森福都さん、『楽昌珠』

 も一冊続けて、森福さん。  
 これはこれはまた、あわせ鏡の迷宮からどんどん抜け出せなくなっていく…そんなお話かな。 謎は、謎のままに美しく儚く、ざわめく水面にどこまでも水紋を広げていく。 こちら側から覗くあちら側は虚ろ、あちら側から覗くこちら側は幻、ならばいったい果たしてどちらを真とすればいいのだろう…。 

 ええ、私好みな作品でした。
『楽昌珠』、森福都を読みました。

 翡翠、金色の猿、そして白虎。 美しき獣たちが各々に水先案内人となり、三人の幼なじみ同士をひき合わせる冒頭。 彼らが導かれた先には、満開の桜が霞のように連なり、まさに桃源郷を思わせる光景が広がっていた。 
 思いがけない再会を喜び合う、蘇二郎、廬七娘、葛小妹。 桃畑の真ん中にしつらえられた宴席を囲み、酒を酌み交わすうちに、慣れない酒に酔った二郎はいつしか深い眠りへと落ちていく…。

 年の近い幼なじみであったはずの三人が、全く違う年齢と立場で“睡夢の世界の住人”となる。 桃林でのうたた寝が見せた生々し過ぎる夢かと思いきや、現実の重みを増していくのはむしろ夢のはずの世界の方なのであった…。
 
 都で官人になるという夢の叶ってしまった世界で目覚めた二郎、しかしその先に待っていたのは険しい立身出世への道だった。 渦巻く権謀術数をかいくぐり、如何に賢くずるく立ち回り生き残っていくか…。 目の前の事柄への対処に追われていると、夢が夢のままに手付かずだった10代の頃の、桃林の世界はどんどん遠のいていくのであった。
 武則天の時代の宮中にうごめく陰謀、そのどうしようもなくドロドロした雰囲気とかはとても楽しめた。 官人の二郎に続き七娘と小妹が、それぞれの立場で宮仕えをしていくのも面白い。

 二つの世界を繋ぐ、不思議な力を持つ珠“楽昌珠”。 桃林の世界で夢見たことが、睡夢の世界で叶う――というからくり。 ああ、何だったんだろうなぁ…。 
 何もかもを説明し尽くすのも無粋。 解き明かされないからこその美しさって、私はあると思う。 そんな迷宮に迷い込んで、いつまでも彷徨っていたい。
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