小沼丹、『村のエトランジェ』

 少し前に読んだ堀江敏幸さんの『彼女のいる背表紙』にみちびかれて、『黒いハンカチ』を図書館で借りて読んでみた。 作者は小沼丹、読みは“おぬまたん”。 
 『彼女のいる背表紙』にて紹介されていた『黒いハンカチ』で活躍する可愛い探偵さんが、ニシ・アズマ(!)という名の女学校の女教師であったこともあり(ちなみにその妹は、ミナミコと云ふ)、何となーくのイメージで女性作家であろうと思い決めていたところが、実際に読み始めるホンのちょっと前になってようやくその思い違いに気付かされるといういきさつ(…って言うほどのことでもないけれどさ)があったりした(すみません、何も知らずに解説の中の著者近影を目にしていたら眩暈で倒れていたかも…)。 …ま、作家の性別の思いこみ違いはよくあることではある。 

 『黒いハンカチ』からの流れでもう一冊、『村のエトランジェ』、小沼丹を読みました。  

 この一冊は短篇集なのであるが、どの作品もとても面白く読んだ。 サラッと読ませてくれる、飄々と洒脱な語り口。 それでいてしみじみと面白いって言うか、けれんみのないままに何処かしら粋なひねりを感じさせるところとかが、なかなかに心憎かったりするのであった。 

 稀覯本をめぐる犯罪と、それに振り回される人たちの姿に思わず知らず苦笑いのこぼれる「バルセロナの書盗」。 話の発端からずーっと滑稽で可笑しみに溢れているのに、生真面目過ぎる法師の蒙昧な一途さが、そこはかとなく哀しくって…でもやっぱり笑ってしまう「登仙譚」。

 「白孔雀のいるホテル」は、綺麗なタイトルから勝手に想像していたのとは全然違う内容なのにのけ反ったりした。 大学生になったばかりの主人公が、かなり珍妙な人たちとばかり関わりながら宿屋の管理人を勤める話なのである。 まったく現実を見据えていない経営者・コンさんが語る、空中楼閣こそが“白孔雀のいるホテル”。 あまりにもその夢ばかりが壮大で、読んでいる内にだんだんいじらしいような微笑ましいような楽しい気分になってくる話。

 表題作の「村のエトランジェ」は、終戦をはさんで小さな村で繰り広げられた大人たちの三角関係の顛末を、疎開してきた都会の少年と村の少年が一緒にのぞき見る…という話。 これも面白く読んだのだが、終戦を挟んでいるというのがちょいとミソだなーと思う。 疎開のために東京からやってきた姉妹も詩人も“僕”も、村側から見ると“エトランジェ”。 そして夏と共に去っていく。
 妙齢の美しい姉妹(姉の方はやや薹が立っているらしいけれど)がいったいどうして…?と考えた時に、戦中だから他に男がいなかったのね…と思い当たってちょっぴりほろ苦い気持ちになった。 煮え切らない男がなぜもてる!とか…。


 こちら、洒落た文庫本である。
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