倉橋由美子さん、『スミヤキストQの冒険』

 大好きな“桂子さんシリーズ”以外の倉橋さんの作品を読むのは、何年振りでしょう。再読したい作品もあるのですが、今回は未読の作品に挑んでみました。
 古本で入手しましたのは、44年に発行された函入りの一冊です。函入りですが、定価が490円ですよ。うわあ…(付箋を貼ったら紙の表面が剥がれた)。それにしても、現代仮名遣いに直されてしまっているのが甚く残念でした。

 『スミヤキストQの冒険』、倉橋由美子を読みました。
 

〔 「……抽象の壁はいたるところにありますよ、あなた……壁にとりまかれているどころではない……いたるところが壁だ……われわれは壁のなか、壁土のなかにいる……そしてわれわれのなかにも壁はあるというわけですよ……」 〕 69頁

 凄い。生半可な感想を呟く気になれないくらい、完全にのまれてしまいました。何て濃ゆい、何て圧倒的な読み応えでしょうか。
 でも、思っていたほど内容そのものは読み難くなく、むしろ面白くてぐんぐん読めてしまうのです。消化不良を心配する余裕すらなく、めくるめく饒舌な観念の世界に溺れてしまっていたようです。本当に凄いの。途轍もなくグロテスクな登場人物たちが、長いときには2ページにも渡ってしゃべるわしゃべるわ。流石は反リアリズム小説である…。 
 その長広舌をふるわれる度に主人公Qは、頭の中を思いっ切りかき回されて再び反論を立て直して…。その経過がまた詳述されていくのが、読んでいて堪らないくらい滑稽ですが、そこが面白かったりしました。

 結局Qが党員になったスミヤキ党って、いったい何だったんだろう? 
 発表当時にこの作品を読んだ人たちの脳裏には、きっと学生運動や新左翼運動のことがすぐに浮かんでいたことでしょうけれど、今私が読んでも充分に楽しめたということは、この作品に描かれた人々の姿に何らかの普遍性があるということでしょうか。グロテスクさにも、滑稽さにも。
 風刺…ということをあまり気にとめず、この作品の持つ奇妙な魅力を堪能してみました。本来ならば、取り止めもなくぐにゃぐにゃしているはずの悪夢的な世界が、倉橋さんならではの理知的な文体で容赦なく整然と語られていくのですから、これはもう戦慄ものです。特に終盤…!

 すっかりセピア色になってしまった折り込みの付録がそのまま挿まれていて、それがとても嬉しかったです。書評集になっていて、筆頭に倉橋さん自身の文章が載っていますので、作品の読了後に読んで「なるほど…」と得心したのでした。

〔 スミヤキストQはあのラ・マンチャの卿士ドン・キホーテの末裔にあたるといえます。ひとつの観念をもち、忠実にその観念にしたがって行動しようとする人間は、あの風車に挑戦するドン・キホーテ同様、純粋で愛すべきものがあって、滑稽千万であります。 〕 『スミヤキストQの冒険』付録より

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )