軌道エレベーター派

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専門書・論文レビュー(7) 大林組「宇宙エレベーター建設構想」

2015-01-18 13:25:08 | 研究レビュー
大林組「宇宙エレベーター建設構想」
大林組プロジェクトチーム
(2012年)


はじめに
 本稿は、2010-11年度宇宙エレベーター協会(JSEA)で、大林組の「宇宙エレベーター建設構想」を取り上げた特集記事に、わずかに手を加えたするものである。発表当時にこのサイトでストレートニュースとして紹介したが、現在もなお閲覧数の上位を占め続けていることから、詳細解説にも需要があると考え、「専門書・論文レビュー」のコーナーで再掲することした。(全体図を除く画像はいずれも大林組提供)
 本構想は軌道エレベーター(構想内での名称は「宇宙エレベーター」。以下OEVと略記)を総合的に検証した仮想のプランではあるが、建設会社が提出する一つの施工計画書であり、発注者に見せる青写真であり、提供できる体制の内訳である。この点が従来の研究成果とは異なるところであり、面白い点でもある。"建設屋さん"の視点や発想が巧みに盛り込まれていて説得力もある。本構想が広くニュースとして話題となったのは、「あの東京スカイツリーを造った企業が『OEVを造れる』と言った」ということが、ふだんOEVになじみのない人たちの興味を誘い、現実味を感じさせたことも理由の一つだろう。


1. 大まかな構造
 同構想を紹介まとめた、石川洋二氏を初めとする「大林組プロジェク」のチームは、OEVを次のように定義したという。
 「直立したケーブルに沿って、クライマーという乗り物が昇ったり降りたりする、未来の宇宙交通・輸送システム」
 これに基づき提案するモデルは全長約9万6000km。静止衛星軌道(高度約3万6000km)を挟んで2本のカーボンナノチューブ(CNT)製ケーブルが地上と宇宙を結ぶ。B.C.エドワーズ博士らによるプランを基礎とし、名称の一部も準じている。その概観は『宇宙旅行はエレベーターで』(オーム社)や"The Space Elevator" などで述べられている。

 エドワーズプランも具体的な建造手順に言及しているものの、同社の構想は、建設会社が提供しうるノウハウで、可能な構造と造り方をまとめた、より現実的なものとなっている。また「実際に施工する観点からエドワーズ案を見直すと、工程全体に不明の部分が数多くあり、検討を要する」(38 頁)と本文中にあるように、私たちが『宇宙旅行─』などを読んでも把握できなかった(それでいて深く考えず、受け流していた)部分に考察を及ぼしている。
 民間企業によるOEVというと米Liftport Group を思い出すが、完成見込みを先延ばしし、見通しは明るくない。大林組の方が遥かに実現に近いと言える。以下、地上から宇宙へ昇っていく順序でOEVの構造を見ていく。


2. ケーブル調整機能を備えたアース・ポート
 概観だが、各部の独創性が光る特徴に重点を置きながら、若干の考察を加えたい。地上基部となる「アース・ポート」は赤道付近の海上に設けられた、セミサブ式メガフロート。空港や長期滞在施設などの拠点機能は陸上に置き、海中トンネルで結ばれている。人工島を海上橋で結んだ関西新空港などをイメージすれば良いだろうか。アース・ポートは内部にクライマーの発着施設や工廠などを備え、人々はここから宇宙へ向かうことになる。
 ここの設計におけるアイデアで注目すべきは、ケーブルの調整機能を備えている点。浮体下部(図の中央部付近)にバラストタンクを擁し、負荷や外部から加わる力などに応じてケーブルが伸縮した際、注排水してケーブルのテンションを最大400tまで調節できる。
 今回の構想策定において、プロジェクトチームはとりわけケーブルの挙動解析に重点を置いたという。施工や運用において大幅にケーブルが伸びるといった問題に対応したこの機能は、これまでになかった斬新な発想だ。海水を利用して、ケーブルの振動をある程度吸収できる免震機構に似たシステムを備えているほか、係留をパージして移動も可能。これから見ていくことになるが、建設会社ならではの経験に裏付けられたアイデアが盛り込まれている。


3. 精密なケーブルの挙動解析
 OEVの背骨とも言えるケーブル(引っ張り強度150GPa)を、6両編成・全長144m のクライマー(定員30人)が、レーザーによるエネルギー供給で昇降。先述のように、チームはケーブルがいかに揺れ動くかの予測に注力し、共振しないよう考えを搾り出した。空気抵抗や高度による温度差、クライマーの自重や昇降時の反動、月や太陽の引力など、多岐にわたる要素でケーブルは伸縮、屈曲する。このため精密なシミュレーションを行って挙動を予測したという。
 結果として、カウンターウェイトを重く設定して引っ張り上げる力の方を強くし、逆さ振り子のように揺れに対する復元力を持たせ(この原理はエドワーズプランも同様)、さらに先述のアース・ポートの調整機能などを考案。これにより、施工段階から様々な理由で生じる偏差を吸収し、ケーブルが一定の長さを保ちながらクライマーが昇れるシステムを構築している。
 OEVのケーブルは、料理で言えばラーメンやパスタの麺にあたる不可欠の部材でありながら、その振舞いについて、ここまで集中して考察したものは稀有だ。OEVの研究の多くは、十分な強度を持つCNTが存在するという仮定の下で行われている。「素材が完成したら」という前提は本構想も同じだが、ケーブルの伸縮という、OEV実現の上で必ず直面する大問題に対し、具体的な一つの回答を提出している。


4. 静止軌道部はユニット結合で拡張可能
 静止軌道ステーションは、ケーブルに負荷をかけずに設けられ、周囲に浮かぶ太陽光発電設備から、レーザーとマイクロ波のハイブリッドでOEV や地上に送電。
 おさえるべき点を程よくおさえたという感じだが、その造り方と増設性が面白い。静止軌道に通常50人が滞在し、そのために必要な空間を1万3200立方mと見積もり、ユニット化したインフレータブル式の小部屋の集合体でこの空間を確保した。幅3.6m、長さ10~15 m程度の三角に畳んだユニットを、クライマーで牽引して搬送。宇宙空間でこれが膨張して六角柱の形となり、体積はおよそ6倍に増えるという。これをらせん状に近い形で配列するほか(下図参照)、直線的なトンネル状の連絡路も設けている。
 本構想では66ユニットとしているが、必要に応じて増設が可能。重力の制約をほぼ無視できるため、理屈の上では際限なく拡張できる。「膨らませて、つなげて、捻って出来上がり」という感じでユニットが増殖していくので、施工時に、宇宙船で言う船外活動を極力少なくしているほか、老朽化したユニットの交換も容易。「人間が住む所に我々が行ってインフラを造り、快適な環境を造る使命がある」(同社)という、顧客のニーズに応じた多様な空間を提供するサービス精神の賜物かも知れない。
 ステーション周囲の太陽光発電設備は同期して周回している。この高度の周回速度はすなわち軌道速度であるため、周囲に浮かせておけばいいわけだ。大きさが5km×10km、発電能力5GWで、地上への送電も視野に入れているそうだが、これも原理上いくらでも拡張でき、OEVの必須アイテムと言っていい。


5. 各種付帯施設
 静止軌道を挟んで、様々な施設が取り付けられる。高度3900kmの位置に火星、8900kmに月と同じ重力環境をそれぞれ体験できる「重力センター」が設けられ、2万3750kmには人工衛星の軌道投入ゲート。この高さから衛星などを投下すれば、高度約300kmの地球周回軌道に乗せることができる。
 さらに5万7000kmの位置と、カウンターウエイトを兼ねた末端部には、それぞれ火星、木星や太陽系外へ質量を送り出すカタパルトを備え、OEV自体の運動エネルギーを利用し、宇宙船や探査機などを放出する。火星へはOEVから接線速度でそのまま放出、木星へは放出後にわずかな加速をすることで、各惑星の公転軌道に接するホーマン・トランスファができる。軌道傾斜角などの微調整は必要だが、宇宙船などは自力で初期加速する負担がほとんどなしで、外惑星へと旅立つことことになる。
 こうした施設は宇宙開発を躍進させ、人類の宇宙進出のための格好の練習場や港となるだろう。今やOEV研究において、当然期待できる付加価値となっている。


6. 運用
 静止軌道ステーションなど居住区の生命維持や運用思想は、国際宇宙ステーションに準じつつ、地上からの輸送コストの低減と技術開発の進展を考慮に入れた上で、次のように構想しているという。以下は基本データ。

 ●静止軌道ステーション
  飲用水:廃棄水から約100%再生
  空気:二酸化炭素から酸素を約100%再生
  食糧:地上からの輸送を中心に、一部植物
     栽培、藻類栽培など
  廃棄物:地上へ輸送

 ●その他の付帯施設
  基本的に地上から輸送
 ・クライマー
  水12t、空気0.5t、食糧1t(ステーション及び他の付帯施設用を含む)を地上から輸送し、2.5日おきに出発


7. 建造方法
 建造の仕方は標準的なブーツストラップ式。ケーブル素材と作業用宇宙船をロケットで打ち上げ、静止軌道上からケーブルを地上に向けて繰り出しながら宇宙船が上昇。9万6000kmにわたるプライマリーラインを敷設するもので、宇宙船とケーブル先端の推進装置が引っ張り合うことで姿勢維持に役立てるなど、やはりケーブルの挙動に細心の注意を払っているのがうかがえる。
 あとは最初の1本を足がかかりに、時速40kmで最大8台の作業用クライマーが同時にケーブルを増設、その後付帯施設を運搬・設置する。作業用クライマーが1台発進する=懸架されるたびに生じるケーブルの伸縮を、アース・ポート側で調整・解消しながら運行する。ケーブル全長を9万6000kmとしたのは、この調整の範囲内で運行可能な作業用クライマーの間隔(1万2000km)の倍数になるからだという。
 基本的な手順はエドワーズプランに則りつつも、作業用クライマーの速度を遅く設定しているほか、上昇すれば重力が減少しケーブルへの負荷が減ることなど、施工に影響する各要素を考慮し、無理のない建造ペースを打ち出している。
 チームはこのようなやり方で、2050年にOEVを建造可能と位置付けて工程表を示し、基本的に、日本が有する技術の延長で本構想を実現できるとしている。 
 なお記事中には記載されていないが、建造費は今後の技術発展を視野に入れた上で約10兆円とみなしているという。内訳は次の通り。

 初期ケーブル打ち上げ費用:7,000億円
 CNTケーブル費用:1兆円
 その他(地上施設、建設用宇宙船・クライマー、運用クライマー、静止軌道ステーション等各 付帯施設など):9兆円


8. 残された課題
 概観したが、既存の理論から依然として残る課題もある。チームは主な課題として次のような点を挙げている。

 ・ケーブル素材の実現
 ・クライマーの駆動技術
 ・エネルギーの伝送技術
 ・帰還時の放熱
 ・安全性その他

 また個人的にかねてから疑問に感じていた点もある。本構想ではケーブルを20年ほどかけて少しずつ増設していくが、完成までに1本目と最後のケーブルの損耗度の差が強度のバランスを乱さないか、高度による疲労度のムラも悪影響を与えないか、などと気になった。加えて、今回の構想の対象外ではあるが、10万km近い行程を行き来するクライマーの耐久性などもあるし、大気圏内と宇宙空間での仕様の違いも大きな課題だ。
 施工途中にデブリが衝突するといったトラブルについては、たとえば静止軌道ステーションは、必要に応じて切り離すなど、構想に取り入れた仕組みなどを利用できるかも知れないが、今回は本格的な考慮から外しているという(同社CSR室)。
 こうした、同社の専門外の点や不確定要素の多い問題については、各分野の専門家に任せるとして、本構想では遠慮なく切り落としている。各要素技術の成熟はそれぞれの道のプロの肩にかかっているので、本構想に触発されて各分野が幅広く活性化し、より発達した技術を持ち寄れるような相互作用が望まれる。


9. 世間の受け止め方について
 誤解してはならないのは、同社が実際にOEVを造ると決めたわけではないということである。今回、間違ったニュースでそう受け止めた人は多いようだ。ネット上で「大林組、2050年までに宇宙エレベータ造ると発表」といった見出しが今も目立つが、この点は誤解が広まっている。
 ゼネコンである以上、事業のプランナー、建設資金を出すスポンサー、発注者もろもろがいて、初めて出番が来る。同社の仕事は、必要な技術や動員可能な人員、構想力を駆使して、可能な限り注文に応えることである。この点は、どこかの国家なり金持ちなり、本当に発注してくれる実力者の登場が待たれる。


10. 結び
 「なんてカッコいいんだ」。私情だが、本構想の印象はこれに尽きる。2012年1月、同社を訪れて完成予想図を拝見した時、機能美と知性、完成度の高さを感じた。
 記事を読む時、人は文章の前に見出しに、見出しの前に写真や絵にまず目が行く。その印象次第では結局読まないままのこともある。OEVを広く理解してもらうには、見る人を理屈抜きに誘い込むインパクトが必要なのだ。本構想OEV像には、詳しく知りたいと好奇心をかきたてられた。「自分でこれを造りたい」とときめいて研究者や技術者になる人も出てくるかも知れない。「本構想の完成予想図は、有名なNASAのイラストと並び、今後OEVといえばヒットするキービジュアルの一つになる」と、本稿の最初の発表時に書いたが、果たしてその通りになった。
 数多くの実績と信用を持つ民間企業がOEVの構想を打ち出したことは、世間の耳目を集め、大きな説得力をこの分野に与えてくれた。同社は「現実に造るかどうかわからないが、建設会社に何ができるかを示した」と話す。この構想力を生かせるキャパシティと気概を社会が持ち、実現へ向かう動きが起きることに期待したい。
 建設のプロフェッショナルによって提示された発想や工法、シミュレーション上のパラメータなどは、今後の多くの研究に引用され、さらに発達を遂げるに違いない。OEVの歴史に欠かせない成果を日本の企業が示したことに、確かに時代が変わりつつあると実感する。
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