軌道エレベーター派

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専門書・論文レビュー(3) 宇宙旅行はエレベーターで

2009-05-19 13:30:58 | 研究レビュー
ブラッドリー・C・エドワーズ、フィリップ・レーガン
関根光宏訳
(ランダムハウス講談社 2008年)


  現在、軌道エレベーター(本書では「宇宙エレベーター」。以下OEV)研究者の筆頭格ともいえるエドワーズ氏らによる、OEVの可能性と付随する諸問題を総合的に扱った一 般向け専門書。その考証の範囲は実に多岐に渡り、およそ考えられうるほとんどの側面からの考証を行っており、まさに待望の書と言える。
 本書では、様々な可能性を検討した上で、建造すべきOEVの形態を次のようにまとめている。

 静止軌道上のステーションからカーボンナノチューブ製のケーブルを垂らし、浮遊型の海上基地と連結。ケーブルを昇る敷設装置で2本目以降を増設 し、最終的にケーブルを幅1m、全長10万kmにする。約300基の敷設装置は使用後に末端に集めてカウンター質量として利用する。昇降機は、ケーブルに しがみついて上下するタイプで、レーザーによるエネルギー供給。米国を建設主体として想定しているため、建造予定位置は南北緯約35度までの地帯のいくつ かの候補地のうち、中-東部太平洋の赤道域を第一に挙げている。
 建設費は日本円で約1兆円だという。1兆円といえば、日本の国家予算の約80分の1、東京湾アクアライン建設費の3分の2である。
 OEVの構造やケーブル素材の検討、立地条件と仔細な建造プロセスなどをデータの裏付けを持って説明し、ふだん科学に親しみのない読者には敬遠されがちな数 値や計算も、無理なく挿入されている。そしてOEVの実現によって、タイトル通り宇宙旅行が身近になるのはもちろん、月や火星への足がかりとして宇宙開発の 発展にどれほど寄与するかを述べる一方で、ケーブルの破断や防衛の重要性などの課題も知ることができる。

 。。。が、本書で紹介されているOEVの建造プランは、少々割り引いて考えなければならないと私自身は考えている。
 特に惜しまれるのは、ケーブルを昇降機がクモのように昇るという1種類のOEVの紹介に終始していること。本書は私たちの現状から最短距離のOEV建造を念頭に置いて書かれているため、やむを得ないことではある。だがOEVとはこの形しかないという固定観念を植え付けるのではないかと心配で、実際、日本での研究はエドワーズ氏のプランにおんぶにだっこという現状にある(これもいたしかたない面があるが)。昨年テレビで見たある作家による解説も、本書の完全な受け売りで少々呆れた。

 「リニアモーターによる磁気浮上方式は採用しない」と言いきっていることは残念。OEVといえば、リニアトレインが内部を昇降する、巨大な煙突のようなもの を連想するのは私だけではないだろう。リニアによるエネルギーの回収は、OEVの最大の売りの一つだと考えていたからだ。
 建造費が1兆円というのも、純粋な建造費以外の費目に分類できるであろうコストを極力除外したもので、構想のアピールのため少なからず誇張も入っていると思われるほか、北半球に建造することにこだわりすぎている感もある(いずれも悪いとは思わないが)。
 追い追いこのサイトで紹介していくが、OEVの建造方法には、本書とはまったく異なる、それでいてもっと効率が良いと思われる方法が多様にある。そうした多彩な構想や研究の現状について、終盤に広く浅くでも紹介すればより充実したものになったと思われる。また他の構想との組み合わせで、本書で提示されている課題を相互に 解決できることもあろう。このほか世界情勢の分析について、宗教との兼ね合いにも触れて欲しかったと思うのは欲張りすぎだろうか。

 後半では、かなりの紙幅を割いて、OEVを使った宇宙旅行のシミュレーションや、月と火星のOEV建造構想まで話が及んでいるが、遠慮なく言えば冗長な上、スマート過ぎる宇宙旅行の想像が、かえって本書を山師臭い代物にしてしまっているように思えてならない。いずれにしろ、ここに至るまでに相当な情報量になっており、読了には根気が要るかも知れない。

 とはいえ、これほどの包括的専門書の登場は、日本では当サイトでも紹介している、石原藤夫・金子隆一両氏の「軌道エレベータ」(裳華房)以来実に11年ぶりのこと。逆にどう して今までなかったのかと思うほどで、今後のOEVの認知に大きな貢献をするであろうとともに、OEVに関するトピックの貴重な参考書となるのは疑いない。
 OEVに少しでも興味を持たれた方に、いわば種本としてお勧めしたい。
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