脱あしたのジョー

MTオリーブフィットネスボクシングクラブのブログ

Omnes viae Romam ducunt すべての道はローマに通じる

2016-01-02 | Weblog

正月ケーブルテレビでテルエロマエと言う映画を見た。テルエロマエはイタリア語ではない、ラテン語でローマの大衆浴場と言う意味でローマと日本の共通の風呂文化を題材にして書かれた物語で非常に興味深い物語だ。おもしろいと思ったのはラテン語がそのままつかわれていたことだ、映画で漫画家を目指す女性がラテン語を徹夜で勉強して話せるようになったと言う設定であったが、しかしラテン語はそんなに甘くはない。ドイツ語なんかよりもさらに各支配などの法則が細部にわたってあるのでそれだけでもおぼえるのはたいへん、したがって一日で徹夜したからと言って話せるようになると言うのはかなり強引であると思うのだが、それは一度でもラテン語の勉強をしたらわかることだろう。しかしところどころではあるがラテン語を使って当時の生活をそのまま表現したことは貴重である。おそらく作者はイタリア史に詳しい人物だと思う。この映画のラストで現在に戻ろうとする漫画家の女性が別れ際に「また会える」と言う、その時主人公が言った言葉が「Omnes viae roman ducunt(すべての道はローマに通じる)」であるが、非常に粋なセリフだ。この言葉はラテン語の中でも有名な言葉である。すべての道はローマに通じるというのは当時のローマ支配はヨーロッパをこえて当時の世界観から見て全世界にわたる支配であったが、彼らはそこで内乱が起こった時いわゆる有事に備えて道路を設備したのだが、その道路があらゆるところ全世界に通じていたのでこの言葉が生まれた。この時代設定はハドゥリアヌスの時代であり、当時はかなりの帝国であったローマであったが、のちに分裂そしてローマ帝国は崩壊する。このローマの崩壊はローマ人のおごりとそして国民の堕落によると指摘する人たちもいるのだが、事実この時代のローマ人はパンとサーカスと言う言葉があるように娯楽に興じるばかりで、肝心な政治などは人任せであった、そういう隙がローマを崩壊にいたらせたらしい。そしてこの時代はパンとサーカスだけではなくコロッセウムと言う闘技場があってその闘技場でプジョリストたちの戦いにかなり盛り上がったと言う記述が確かギボンのThe history of the dicline and fall of the roman empire(ローマ帝国衰亡史)にあったと思う。ここ何年か前から格闘技がおおみそかに放映するテレビ局がでてきた。それはそれでいいのだろうが、しかし私は思いっきりしらけている。ローマ人もそうだったが当時はPax romana(ローマの平和)と言って平和でたいくつな時代が続いたので国民は刺激を求めて当時殺し合いだった格闘技に夢中になったのだと思うが、年末にこういう刺激を求める平和ボケした日本人はまさにそれである。前回のブログで世界には我々が考えられないような起こっているそこに多少なりとも目をむける必要がある。そしてそういうことに関心を持つためには英語を話す。宗教的センスを持つ、そして世界には自分たち以外に民族がいると言うことを肌で感じる必要があると言ったが、アスリートと言うのは自分の記録を伸ばすこと、そして女にもてること、目立つことしか考えていないように見えるのだが、これは私の偏見であろうか?アスリートがテレビに出てきて目立つために部室で話すようなくだらない話や女の話をちょっとでもさいて世界で起こっている現実をうったえることができたら一人二人とそのことについて多少なりとも考える人間が出てくるだろう。言葉が話せない、単一民族で自分たちの文化や世界しか知らない、宗教的センスがないような人間はグローバル社会では通用しない、発言できない。将来東京オリンピックが開催されるのだからこれからはアスリートにこういうことを求めることは必要なことであるように思える。

これからはアスリートにも勉強させることは必要だ。授業中寝てたら出席とはみなさない、そこまでつかれるようなトレーニングをさせるのも問題だ。作文のようなレベルのひくいレポートには単位をやらない。好きなことだけをやってりゃいいと言う自分だけの世界にどっぷりつからせることは非常に価値観の狭い自分勝手な人間を生み出す。日本もアメリカのようにアスリートの成績を管理させるボードをつくるべきである。

 

 

 

 

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