半透明記録

もやもや日記

『寒い国から帰ってきたスパイ』

2008年10月08日 | 読書日記ー英米
ジョン・ル・カレ 宇野利泰訳(ハヤカワ文庫)


《あらすじ》
ベルリンの壁を境に展開される英独諜報部の熾烈な暗闘を息づまる筆致で描破! 作者自身情報部員ではないかと疑われたほどのリアルな描写と、結末の見事などんでん返しとによってグレアム・グリーンに絶賛され、英国推理作家協会賞、アメリカ探偵作家クラブ賞両賞を獲得したスパイ小説の金字塔!

《この一文》
“「なにが自分の希望か知らないで、どうして自分の行動が正しいと確信できるんだね?」 ”



たまにはスパイ小説が読みたいと思い、以前ある素敵な人が「面白いよ」と言っていたジョン・ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』を読むことにしました。

で、面白かったです!
かなり骨太、硬派なスピード感ある物語で、非常に面白かった。

スパイものと言えば、強大な悪の国家に潜入した一流のスパイが(たとえば007のような)最後はド派手に滅亡させてしまうという展開も娯楽としては面白いものですが、この『寒い国~』の面白さはそういう派手さとは無縁な、粛々と作戦を展開する地道でリアルな諜報活動について優れたバランス感覚でもって描いているところです。

読み進めると、スパイするほうもスパイされるほうも、どちらともが常に相手の裏をかこうとさまざまな罠をしかけ合います。もはや互いの掲げる主義や思想ましてや正義などはなんの関係もなく、謀略そのものを愉しむための謀略なのではないだろうか、この人たちいつまでもこんなことを続けてちょっと馬鹿なんじゃないだろうか、と疑わしくなってきます。こんなことに優れた知力と労力を惜し気もなく投入して、それでいったい何が得られるって言うんだろうか。馬鹿なんじゃないだろうか。空しくなってくるぜ。

悲しみが押し寄せる。私たちがあんまりにもみじめにこの馬鹿げた社会を通り過ぎなくてはならないことに。虚しくて泣けてくる。
そんなことを思って気持ちが沈んでくる私の胸に、主人公である中年のベテラン情報部員リーマスの一言が激しい振動をともなって響きました。

“「リズ! 信じてくれ。おれだけは信じてくれ。きみ同様、おれはそれがいやでたまらんのだ。憎んでいる。つくづくいやになっている。だが、それが現実であるのは否定できない。それがおれたちの社会なんだ。人類は気がくるっている。たしかにおれたちは、ただにちかいはした金で買える品物さ……だが、それはおれたちでなくてもおなじことだ。人間はみんな、たがいにだましあい、嘘をつきあう。平気で生命を奪い、射殺はする、牢へはほうりこむ。グループ、階級を問わず、人間の価値など考えたこともない。そして、リズ、きみの党は――そういった人間の上に築かれているんだぜ。きみはおれとちがって、人の死ぬところを見ていない。リズ……」”

……エレンブルグを読んでいるみたいだな、この感じ。まるでフレニト先生かエンス・ボートみたいじゃないか。ただのスパイ小説だと思ってたけど、これはもっと…普遍的な何かを訴えている。

こんな風に「みじめに使い捨てられる道具」としてのスパイを描くのは、実際斬新なアイディアだったのだろうと思います。そしてこのことは、スパイという立場に限らず社会に生き、道具として扱われる人間すべてに当てはめて考えられます。物語ではこのあたりにもちゃんと焦点を当てていて、この作者の冷静かつ鋭いまなざしを感じて、たいそう興味深いところでした。

面白かった。素敵なあの人が言った通りだった。もっとお話ししておきたかったなぁ。



最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (piaa)
2008-10-08 18:07:19
>スパイものと言えば、強大な悪の国家に潜入した一流のスパイが(たとえば007のような)最後はド派手に…

いやいや、ntmymさん、007の原作読んでないでしょ?
ド派手なのは映画の方だけ。フレミングの原作を読まなきゃ。
原作は映画よりずっと渋いですよ。ど
れか一作なら「女王陛下の007」をお勧めします。
あれは映画もよかった。
返信する
はい… (ntmym)
2008-10-08 19:15:28
ご明察、実は007は映画だけしか知らず、原作は読んだことがないのです;
つーか、映画と原作では手応えが違うとか、原作者がフレミングという人であるということすら知りませんでしたよ…(/o\)
うぅ、出直してきます……!

「女王陛下の~」は面白いらしいですよね、これは映画のほうに前からちょっと興味がありましたが、原作も読んでみようかなー。
返信する

コメントを投稿