半透明記録

もやもや日記

『居候々』

2010年09月13日 | 読書日記ー日本

内田百(ちくま文庫)




《内容》
同僚の教師や生徒たちの生態を動物に擬してコミカルに描いた表題作に唯一の童話集『王様の背中』を併せて収録。谷中安規氏の美しい版画と共に楽しめる一冊。
「この本のお話には、教訓はなんにも含まれて居りませんから、皆さんは安心して読んでください。どのお話も、ただ読んだ通りに受け取って下さればよろしいのです。」(『王様の背中』序より)


《この一文》
“「万成さん」と鳥雄さんが後から顔をのぞけて云った。「猫の子は捨てたかい」
 「ええ、今捨てて来た」
 「もう死んだかね」
 「もう死んだでしょう」
 後(うしろ)を向いて見たら、鳥雄さんはもういなかった。 ”
  ――「居候々」より




「居候々(そうそう)」は、「時事新報」の夕刊に連載された小説だそうですが、読んでみると、本当に、何と申しますか、わりとどうでもいい内容です。でも面白い。私などはもうこの文章を読んでいるだけで面白くなってしまう。それに、ところどころに版画家の谷中氏の愛嬌のある版画が挿入されているので、それを見るだけでも楽しいのでした。


物語の方は、ある苦学生(万成くん)が、独逸語の吉井先生(あだ名はネコラツ。ネコがラッパを吹いている看板絵にそっくりなところに由来)の家に書生として入ることになり、奥さんにこき使われたり、息子の鳥雄さんは子供のくせにかわいげがなかったり、家族の食卓ではなぜか食器がすべてブリキ! という異常事態に困惑する日常を描いてあります。どうでもいいんだけど、なんだか面白い。

それで、なんでもないようなお話のなかにも一応の筋らしきものはあって、学校の先生同士の内紛が起こりそうな雰囲気がじわじわと漂って来たり、ネコラツ先生が身重の奥さんを差し置いて、なにやらお隣のお嬢さんと怪しい関係になっている様子だったりと、事件が起こりそうなことは起こりそうなのです。
しかし、さあこれから事態が緊迫してきそうですよ! というところでまさかの大惨事が!

私としては、物語もそこそこ面白く読んでいましたけれども、百先生が連載していた「時事新報」が、連載途中にまさかの倒産! という顛末にもっとも面白みを感じてしまったわけです。(原稿料も貰えなかったらしい。…だめだ、笑ってはいかん!)いやもう、ひどい話ですよ!

お話の途中で子猫を箱詰めにして川へ捨てにいくとても心の痛む場面があるのですが、それが何か薄暗いものを暗示していたのか、登場人物および作者の百先生、また時事新報もみな川に流されたかのようなひどい運命に見舞われたのでした。そのへんのいきさつが、あとの方の「再び作者の言葉」に詳しく書いてあって、笑ってはいけないと思いつつ、大変に笑えました。

そういうわけで、非常に面白かったです。このお話は最初と最後の「作者の言葉」がとくに見所と言えますね。もう呪われているとしか思えない。オチとしても強烈すぎる!



『王様の背中』もまた、どうでもいい感じのお話ばかりで楽しいです。「教訓は含まれて居りません」と書かれてある通り、一切教訓などは見当たりません。それどころかお話の筋すらなかったりもします。でも、やっぱり面白い。「桃太郎」で、桃太郎に夢中になって割れた桃の存在を忘れてしまっているおじいさんとおばあさんから、その桃を失敬してくる猪……なんていうところなどは、着眼点がいいですよね。で、この話もただそれだけの話で、オチも教訓もありません。ただ面白い。


ちょっとした気晴らしにはよい一冊と言えましょう。
何と言っても、挿絵がふんだんに入った本というのは楽しいものです。







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