ビアス作 西川正身訳(岩波文庫)
《内容》
ジャーナリストとして辣腕をふるった時代、ビアス(1843-1914?)は
ニガヨモギと酸をインクの代りに用いると評された。名手の名をほし
いままにした短篇からもその皮肉と酷薄は見てとれる。ここに収める
7篇はいずれも死を前にした人間の演ずる悲喜劇を扱ったものだが、
ビアスにとっては死さえも人間の愚かさを示す一つの材料であるにす
ぎない。
《この一文》
”将軍は落ち着き払って、その顔に見入っていたが、相手の言葉を十分注意して聞いてはいないらしい。目は捕虜の見張りをしているが、心はほかのことに奪われているような様子だ。やがて長い吐息をつくと、恐ろしい悪夢からさめでもしたように、身震いをして、ほとんど聞きとれない声で言った。
「死は恐ろしい」--人殺し商売のこの男が。
--「哲人パーカー・アダスン」より ”
「酷薄」。なるほど、酷薄です。そして意外な結末。かなり皮肉はきいていますが、面白いです。いえ、面白いというよりも、むしろはっとさせられるというべきでしょうか。
特に印象的だったのは、「空とぶ騎手」と「哲人パーカー・アダスン」です。「空とぶ騎手」のほうは、タイトルのとおり、騎手が空をとぶのですが、その描写がすごい。鮮烈で美しい。スロー再生で見ているような詳細さ。物語の結末も「あっ!」というようなものでした。やられた。
「哲人パーカー・アダスン」のほうも、結末は意外です。とてもよくできた物語です。強烈な皮肉には妙に説得力があって、考えさせられました。うーむ、これは。
どれも短く、死を目前にした人々のほんの一瞬を切り取った物語ですが、短いなかにも人物の精神や状況を大きく展開させているのでかなり読みごたえがありました。たしかにビアスのインクにはニガヨモギが含有されているようです。読後の爽快感などはまったくありませんが、しかし癖になるような鋭さなのでした。