All Things Must Pass

森羅万象 ~ 歩く印象派

万一の備え 原辰徳

2010年01月16日 23時54分06秒 | 歩く印象派
以下はHARA spirit より引用

原辰徳 「初めての経験」
2009.9.8
 9月に入り、チームはラストスパートに入っています。今のところは順調で、9月4日からのスワローズ3連戦は2勝1引き分け。ローテーションの順番を入れ替えるなど、今後に向けての戦略も順調に進んでいます。しかし、勝負事は何が起きるか分かりません。今回、肝を冷やした試合がありました。スワローズ戦の初戦、延長戦に入ってからでした。

 2点を追う9回裏、勝負をかけました。異論を唱える人はいるかもしれませんが、とりあえずは同点に追いつかなければ話になりません。先頭打者になる鶴岡に代打・木村拓を送りました。このとき、阿部はベンチに下がっており、残っている捕手は加藤のみ。延長戦に入れば替わりの捕手はいません。木村拓はセカンドゴロに倒れましたが、少しでも得点する確率を高めるための攻撃です。1死一、三塁から、ヒットで出塁した坂本に代走の鈴木を送りました。坂本は足も速く、盗塁ができない選手ではありませんが、ここも少しでも盗塁の成功が高くなる鈴木を選択したわけです。1点を返し、2死三塁から小笠原の打球が天井を直撃し、同点タイムリーに。本当に運がよかったのですが、同点に追いつくための最大の努力を惜しまなかったチームに神様が味方をしてくれたのだと思いました。

 延長戦に入り、加藤に何かあれば捕手がいません。万が一の事を考え、代打の木村拓をセカンドに入れました。木村拓は内野手ですが、捕手の経験もあるからです。これまでも、頭の中ではこういったケースを想定して試合をしたことがありますが「万が一」が起きてしまったのです。延長11回裏、加藤が頭部に死球を受け、交代しました。

 加藤は立ち上がってベンチに戻りましたが、試合に出すわけにはいきません。12回表は、木村拓がマスクをかぶりました。ケガをせず、ボールを捕ってくれれば御の字であり、この時点で負けたとしても、無事に試合が終わってくれればいいと思いました。しかし、木村拓の目の色は、凄まじいものでした。1イニングだけで豊田、藤田、野間口の投手をつぎ込んだのですが、見事なキャッチングです。豊田の初球には捕りにくいフォークで入りました。青木の三振は掟破りのインスラです。最後は野間口の投げたファウルチップの真っすぐをしっかり受け止めて三振に打ち取りました。木村拓がカープにいたころ、捕手もできる野手ということで、捕手の練習をしたそうです。ベンチ入りするための必死の努力です。当時は自分が生き残るための捕手練習だったのでしょうが、そんな大昔の努力がチームを救ってくれたのです。

 勝負事は何が起きるか分からない。万一の備えを怠ってはいけない。そして、勝負に対する執念の大事さを、改めて木村拓のプレーから学びました。球場に観に来ていたお客さんも、一球一球に沸いていました。私も監督を務めて6年目になりますが、いい経験をさせてもらいました。