毎日新聞 2012年09月27日 東京夕刊
専門家によっては「数年以内に噴火の可能性がある」との見方が出ている富士山。過去に起きた噴火の記録をひもとけば、溶岩流や大量の火山灰などもう 一つの荒々しい姿がのぞく。今起きたら、首都圏を含む広い範囲に莫大な被害を及ぼすことは確実。何に留意し、いかに備えるべきなのか。【井田純】
◇コンタクトレンズ厳禁/パソコンダウンの恐れ/大規模停電の可能性も
「昨年の大震災で日本列島が東西に引っ張られ、マグマが出やすくなった、という考えが成り立つ。日本の 活火山のうち危険度の高い20前後は、どれが噴火してもおかしくない」と語るのは京都大の鎌田浩毅教授(火山学)。最大の心配は富士山だ。首都圏に近く、 江戸時代の「宝永噴火」から約300年間噴火がない分、マグマがたまっていると考えられるからだ。「火山活動と密接な関連のある低周波地震も観測されてい る。富士山が“スタンバイ状態”にあることは確かです」
注目されているのは、大震災4日後に静岡県東部で起きたマグニチュード6・4の地震。独立行政法人・防 災科学技術研究所などによると、この時、富士山のマグマだまりには、宝永噴火時の推定値を上回る1・6メガパスカルの圧力がかかっていた。「あれほどの力 が加われば噴火があってもおかしくなかった。私たちの表現を使うと『マグマだまりの天井にひびが入った』ということです」
いざ噴火の時、まず最初に飛び出すのが噴石。「宝永火口も平安時代の貞観噴火の火口も、長い時間がたっ てふさがっている。最初に火口が開く際に、その岩を水蒸気が飛ばす。これが噴石です」。風向きによっては火口から10キロ以上の場所に達する場合もある。 登山客らが直撃を受ければ、即、命にかかわる。
その後に始まる本格的な噴火にはいくつかのパターンがある。昨年1月に噴火した新燃岳(鹿児島、宮崎 県)では、大量の火山灰が被害をもたらした。91年の雲仙・普賢岳(長崎県)噴火では火砕流が発生、多数の人命を奪った。果たして富士山はどのタイプか。 鎌田教授は言う。「実は、富士山ではこれまでありとあらゆることが起きている。いわば『噴火のデパート』なのです」。火山灰、火砕流、溶岩流、さらには噴 火によって山自体がなだれのように崩れ落ちる現象「山体崩壊」の可能性すら排除できないという。
宝永噴火では、10日以上も火山灰が降り続き、横浜で10センチ、江戸で5センチの厚さに積もった、と伝えられる。火山灰による具体的な影響はど のようなものか。新燃岳に近い宮崎県都城市の危機管理課の職員は「車が通るたびに火山灰が舞い上がり、降灰集中地域の住民のほとんどがマスクを着けた。目 に入ると危険なので、コンタクトレンズは厳禁」と話す。
「灰」といっても、実体はマグマが微粒子となった薄いガラス片だ。目に入れば角膜を傷つけ、吸い込むと 呼吸器系疾患につながる。防災科学技術研究所によると、衣類から作った即席の布製マスクでも大きめの火山灰は防げるという。水で湿らせればさらに効果が高 まる。もちろん、一般的な災害対策と同様、飲用水や非常用食料の備蓄、情報確保のための電池式のラジオは必須だ。
人体への影響だけではない。火山灰の被害は、首都圏を中心とした交通網、通信インフラに及び、経済活動全般に大きな打撃を与える。
個人レベルでまず気をつけたいのがパソコンだ。隙間(すきま)から内部に入り込んだ火山灰がパソコンを ダウンさせる危険がある。鎌田教授は「緊急避難的にとりあえずラップでくるむ、という人もいますが、自宅で使う場合、火山灰を家の中に入れないようにする ことが大事。中に入ってしまうと取り除くのは難しくなります」。ドアや窓をきっちりと閉め、場合によってはテープで隙間を塞ぐことが重要になる。また、屋 内に入る前に、衣服などに付着した火山灰を丁寧に払うだけでも効果が期待できるそうだ。
交通機関への影響も広範囲にわたる。火山灰がジェットエンジンに入ると停止する危険性があるため、空の便はストップ。鉄道、高速道路などは降り積もった火山灰の影響でマヒ状態になることが予想される。
「社会インフラに与える影響で一番心配なのは、火力発電所です」と言うのは鎌田教授だ。火力発電は、圧 縮した空気と燃料を混ぜて燃焼させ、タービンを回す仕組み。外から取り込んだ空気に混じった火山灰はフィルターを詰まらせ、燃焼効率を下げる。さらにフィ ルターを通り抜けるほど細かい火山灰が燃料に混入すれば、タービン自体に損傷を与える可能性も。また、火山灰が送電線に付着することで漏電を起こし、大規 模停電を起こすことも考えられるという。
噴火がおさまった後の火山灰処理も難題だ。都城市の除去作業では、ブルドーザー、鹿児島市から借りた道路清掃車、さらには手作業も要したという。 「大量のゴミ袋が必要になります。家屋の屋根に積もった灰はいったん下に吹き飛ばしてから処理するのですが、屋根からの転落事故も相次ぎました」と都城市 の肥後信行・新燃岳対策監は話す。
震災の記憶が鮮明な今こそ、噴火への備えも忘れないようにしたい。
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◇降灰前に準備しておくもの
□防じんマスク、防じん眼鏡
□3日分の飲用水(1日約4リットル)と食料
□ラップ(電化製品に火山灰が入らないようにするため)
□電池式ラジオ
□手提げランプや懐中電灯
□予備の電池
□暖房用の予備燃料(寒い時期)
□予備の毛布
□医薬品
□ほうき、掃除機、シャベルなど清掃用具と掃除機用の交換フィルター
□現金(ATM=現金自動受払機=や銀行が利用できない可能性があるため)
※防災科学技術研究所のウェブサイトなどから作成