All Things Must Pass

森羅万象 ~ 歩く印象派

はじけ君送別会を大いに盛り上げる!

2006年08月30日 12時00分37秒 | 仕事
ささくれ君改めはじけ君が知人の送別会の宴席で思い切り弾けてくれた。
会場のレストランNP。駆け込む姿はOQ氏。時刻は夕方6時。

20名が参加。なかなか盛大だったのだ。

前菜。イタリアンなようだ。

グラタン。

ピザ。

ピラフ。

魚(すずき)の揚げ物。(ピカタか?)

パスタ。

以上、すべ完食した。
さて、はじけ君だが当初はいるのかいないのかわからなかったが
食事会が終了間際にやってくれた。

ぜひ、このはじけ振りを仕事でも発揮してもらいたいなあ~♪
(この際スタミナ不足も一気に解消だああ・・・・某氏)

中国の旅(大連、瀋陽、撫順訪問)その31瀋陽領事館の警備兵は凶眼だった!

2006年08月29日 22時01分35秒 | 中国の旅(大連、瀋陽、撫順)
春風に乗って自転車は若い男女を軽やかに運ぶ♪
そんな瀋陽の街の一コマ。(下の写真)

でも、そのすぐそばに「現場」はあった。
ここは瀋陽の日本総領事館の通りだ。
「都市緑州」で昼食を済ませた私達はタクシーを領事館の角で
停めた。
「軍地」と表示がある。
手前はアメリカの領事館。その隣が日本の総領事館だ。
今回初めて知ったが、アメリカ領事館の裏は韓国の領事館である。
(下の写真:米国領事館)

ところで
唐突ではあるが、軍隊と警察との違いについてご存知であろうか?
荒木 和博氏によれば
「警察と軍隊の大きな違いは武器の使い方だ。警察は法を執行するために必要最小限の武器を使うのだが、
軍隊は武力をもって相手を制圧することによってその目的を達する」(http://araki.way-nifty.com/araki/2006/08/post_a2c6.html
警察の目的はあくまで法の裁きを受けるまでの身柄の確保であるのに対し
軍隊というのは相手の殲滅が主目的だ。この違いは大きい。
中国というのは警察と軍隊の区別がないのではないかと思った。
ここ瀋陽の領事館を人民解放軍の兵士によって警護しているのは納得できない。
本来、警察の仕事だ。
(下の写真:日の丸の旗が翻る日本総領事館)

タクシーを降りて領事館の方へカメラを向けたとたん、大きな声が聞こえた。
警護の若い兵士だ。早口でしかも中国語で何を言ってるのか判らなかったが
狂ったように威嚇する。「お前らが近づくと、俺は迷惑なんだよ。ここから
さっさと離れろ。」とでも言っていたのかもしれない。
その目は凶眼だった。ここで彼と揉め事を起こすのは得策ではないのは火を
見るより明らかなことは確かなのでこの場から速やかに撤退することにした。

あわててタクシーに乗り込む際になんとか撮れたのがここにあげた3枚の写
真である。

ゲド戦記  不評の訳は?

2006年08月28日 02時41分26秒 | 読んだ本・おすすめ本・映画・TV評
  スタジオ・ジブリ ここんとこおかしいな?と思っていましたが、
「映画生活」という映画紹介サイトであらなさんという方のジブリアニ
メの批評を読んで「なるほど!」と思いましたので紹介したいと思います。

以下です。

「最近のジブリ映画を観て思うことなんだけど・・
 
 ジブリ屋という花屋があった。そこのオヤジさんはすてきな人で、花屋にはいつも、赤や黄色や青やとにかくいろんな色の、いろんな形の花がたくさんあった。こども達はオヤジさんがお花で作るちょっと変わった動物が大好きで、そこの花は見ているだけで楽しくて、とってもすてきな気持ちになれたので、大人達もその花屋に行くのが大好きだった。
 何年かすると店に「もののけ」という盆栽がおかれた。みんなは「オヤジさん盆栽も始めたんだ。」と思ったけれど、お店にはまだ大好きな花がたくさんあったから気にする人は少なかった。
 しばらくすると「千尋」というも盆栽もおかれた。「もののけ」も「千尋」も、誰が見ても見事な盆栽でそれは立派だったけど、みんなはその廻にあるお花が相変わらず大好きだった。
 ある時お店に行くと、店の真ん中に「ハウル」という盆栽がおかれ、その横にオヤジさんが立っていた。オヤジさんは「どうだこの盆栽はすごいだろう。」と「ハウル」のどこが素敵なのか、作るのはそれは大変だったこと、でも見事に立派にできてとっても満足していることをお店に入ってくる人みんなに話していた。「ハウル」は立派な盆栽でそれはわかるんだけど、こども達は本当はオヤジさんが作る変わった花の動物が見たくて、大人達はいろんな色のお花が見たくて、でもオヤジさんは盆山の話をやめようとしないからみんなはちょっと寂しくなってきた。
 オヤジさんの息子が自分の作った花をお店に出した。みんな若い息子の花は以前のジブリ屋のような色とりどりの素敵な花だと思ってお店に出かけた。でもそこにあったのはやっぱり「ゲド」という盆栽で、息子も横に立って説明をしている。立派なところ、それとオヤジさんの盆栽とどこがどう違うのかを。
 気がつくとジブリ屋の店先には盆栽だけが並んでいて、店の奥にはきれいな花が見えるんだけど、どんどん、どんどん入りづらくなってしまって、みんなとっても寂しくなった。

 最近のジブリ映画を観ると、晩年の黒沢作品にイメージがダブる。
 「どうだ、すごいだろう。」と。
 「巨匠」の作品が見たい訳じゃないのに・・」(「救いが欲しかった。(あらな)」)より。

いかがでした?
花屋さんにある日置かれた「盆栽」というのが言い得て妙ですね。
「盆栽』に凝り出したのはいいが蘊蓄(うんちく)を語り出すオヤジに違和感をいだき辟易していくかつての客達。そのことに気づかないオヤジ、そして、よせばいいのにはじめから盆栽作りに手を染めてしまった息子。ジブリは単なるブランドと化したのではないか?願わくば、もうこれ以上「盆栽」の自慢話は聞きたくないですね。

「雪崩の時」再び  と「挨拶」

2006年08月27日 21時36分56秒 | 平和憲法9条
いつのまにか「世界に覇を競う国に住む」自分がいる。今の私の実感だ。
石垣りんさん(故人)の雪崩の時を今一度、読み直してみた。(よろしかったらクリックください。)
石垣さんには1991年1月13日のあかんべ山コンサート(第10回)のときお会いした。


私が最も感銘を受けたのは「挨拶―原爆の写真によせて」だ。

「挨拶」 石垣りん

 あゝ
 この焼けただれた顔は
 一九四五年八月六日
 この時広島にいた人
 二五万人の焼けただれの一つ

 すでに此の世にないもの

 とはいえ
 友よ
 向き合った互いの顔を
 も一度見直そう
 戦火の跡もとどめぬ
 すこやかな今日の顔
 すがすがしい朝の顔を

 その顔の中に明日の表情をさがすとき
 私はりつぜんとするのだ

 地球が原爆を数百個所持して
 生と死のきわどい淵を歩くとき
 なぜそんなにも安らかに
 あなたは美しいのか

 しずかに耳を澄ませ
 何かが近づいてきはしないか
 見きわめなければならないものは目の前に
 えり分けなければならないものは
 手の中にある
 午前八時一五分は
 毎朝やってくる


 一九四五年八月六日の朝
 一瞬にして死んだ二五万人の人すべて
 いま在る
 あなたの如く 私の如く
 やすらかに 美しく 油断していた 

毎日の多忙な生活の中でとるに足らないような微小な妥協の積み重ねが
積もり積もった結果、訪れるものは何か?政府は8月15日の小泉首相
靖国参拝に当たって、2度も世論調査を行って、51%の「信任」を掴ん
でいた。その上での堂々参拝であった。

オ・寒さんが自身のブログ(小泉と61年目の8月15日)で「トンボの顔
を変えられないか」とどなたかにコメントで依頼していたのを思い出した。
ついでに小泉さんの路線を踏襲することが確実視されている御方も加えて
おくか。

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CDのお話  何故 非正規社員が増え続けるのか?

2006年08月26日 19時06分54秒 | 仕事
太鼓さんのCDが発売されたのでその話を書こうと思ったが、実はまだ肝心のCDが手元に届いていない。これからAMAZONに問い合わせてみるところだが、その前に分野の異なるCDについてお話したい。


今日の朝日COMに『脱「非正社員」へ支援、高校生に予防策 厚労省予算化』という記事があった。(朝日COMをクリック。)「正社員との賃金などの「格差」が表面化し、将来設計が描けない若者の増加が出生率の低下を招き、少子化を加速させているとの危機感」によるものだが、厚生労働省側は「非正規雇用から正社員への移行を促す政策へ加速する。」が「ただ、肝心の企業側との間には温度差が大きく、実効性は不透明だ。」と効果に対してはかなり怪しい。これを裏付けるように、記事の最後は「日本経団連のアンケートでは、フリーターを正社員として積極的に採用したい企業は、わずか1.6%と温度差は大きい。」と結ばれていた。

経済のグローバル化(海外との直接のコスト競争)とか資格商売と言われるISOの導入強制の中で、企業は安い労働力を求めて、極力「固定費」となる正規の社員の雇用を低減し、「変動費」(業績に応じて調整可能な)としての非正規社員(パート、アルバイト、派遣)の導入を積極的に推し進めてきた。これに対して、働く勤労者の側の労働組合などは正規社員の既得権確保に走り、非正規社員についてはまともな対応を怠ってきた。(というか労働者の立場に立つ労組は80年代以降、確実に切り崩されてしまった。)

 現在「25~34歳で97万人(05年)とされる層」(朝日COM)が現在も就職が困難なままとなっている。雇用者の4人に1人にがパート従業員というのは、今この国に暮らす者は、毎日の生活のなかで実感されていると思う。

 私の知っているとある(非常に零細な)会社でも正規社員の雇用はここ数年行われていない。従業員の募集もパートさんのみである。あとは派遣会社からの人材で賄っているという。先日、専務さんに「どうして正社員を入れないのですか?」と訊いてみた。すると「うちでは、新規に正社員を入れる実力はないんです。退職する正社員が出たときに、非正社員の中から選抜して引き上げるのが精一杯で新卒なんてとてもとても」と漏らしていた。ちなみにこの会社の正社員と非正社員(パート)のの比率は2対3で非正社員の方が上回っている。「雇用者の4人に1人」どころではない。専務さんが言うには「親会社のコストダウン(CD)がきついのが最も大きい。」のだそうだ。年で4%のCDを平気で要求してくるところもあると語っていた。「CDというのは毎年なんですか?」と訊いてみたところ。「毎年です。まるで乾いた雑巾を絞るようなもんですよ。新しい受注でもあれば別なんですけれどもね。」CDに訪れる担当者は「上(上司)から言われた。」の一点張り。これじゃジリ貧ですよ。」とこぼす。「文句は言えないんですか?こんな理不尽な要求に」。私は思わず身を乗り出した。
「とんでもありません。本当は値上げしてもらいたいくらいなんですが、親会社のさらに上の親会社からの上意下達ですから、私どもが四の五の口を挟めるわけがありません。」。ほとんどあきらめ顔であった。

問答無用に近いCD(コストダウン)要求が未だにまかり通る日本の中小企業の実態をまざまざと見せ付けられたようで、なんだか物悲しかった。ただただ、「値段を下げろ。」という物言い、こういうのって違法なんじゃないだろうか?

こんなこと続けているから、保険の加入者だって先細りの一途をたどっているのだろう。


山田洋次の原風景(横浜高島屋にて)

2006年08月25日 18時31分44秒 | 読んだ本・おすすめ本・映画・TV評
上野の「憲法フォークジャンボリー」に行く前に横浜の高島屋で開催されている
「山田洋次の原風景」という展示会を見学して来た。

折しも高校野球準決勝試合中。朝日新聞社が横浜駅西口に設置したTV前に陣取り
熱心に見入る人々。今年の高校野球は相次ぐ逆転劇など派手な展開が多く人々の
関心も高かった。

さて、山田洋次といえば「寅さん」シリーズが有名だ。
写真はもっとも人気の高いシリーズ25作目の「寅次郎ハイビスカスの花」

寅さんシリーズは48作を数える。ギネスにも載っていて、外国でも最も
有名な日本映画だという。

その寅さんの故郷、葛飾柴又の「とらや」のセットが会場内にそっくり
しつらえてあった。
(下の写真。)

寅さんが駆け上がるお馴染みの階段。

とらやの家族が団欒する茶の間。涙あり、笑いあり数々のドラマが生まれた。

寅さんの旅支度。トランクの中にはラジオ、目覚まし時計、花札が見える。

「一つの言葉・・・・」の前に「(とらやの)家族は」と置くとわかりやすい。

おおっ!
寅さんお前もか!
「反省」は太鼓さんやオ・寒さんだけではなかったのだ。
かの、国民的存在の寅さんも反省のしび(日々)を過ごされていたのか。

深く反省して終る。

上野水上音楽堂の館林ロスト(詳細)憲法フォークジャンボリーにて

2006年08月24日 03時44分35秒 | 館林ロストと愉快な仲間たち
上野水上音楽堂だが「上野」という名称ながら、最寄りの駅は地下鉄
千代田線湯島駅が断然近い!
しかしだ!コンサートの看板や案内図、ポスターの類いが湯島駅から会場までの間に1枚も
ないのはどういうことだ?入り口まで行くのにたいへん苦労したゾ!

蓮の花のつぼみだ。

不忍池は一面蓮の池と化していた。それにしても見事だ。

「戦争の廃棄」と掲げられた幟旗上部にあしらわれているのは蓮根を輪切りにした
デザインだ。「先を見通す9個の孔は憲法九条を意味しており、その地下茎は、草
の根の連なりを表しています。」とHPにあった。
蓮根の会をクリック。

それにしてもこの暑さの中、我がロストの面々は木陰で出番を待っていた。

ささくれ君のドブロギターも静かに佇んでいる。

おお、ちゃんと「戦争の廃棄」ロゴのシャツを着ているではないか!
アバウト氏か?オ・寒氏か?瞬時にはわからないところが悲しい!

まだ、夕暮れまでは時間がある。青空がシェード越しに覗く。雨はなさそうだ。

西日が眩しい。

とりあえず団扇でUVカットだ。

西側の座席は人影もまばらだ。
おいおい、採算は大丈夫なのか?(よけいな心配かもしれぬが) 

大事な御札(おふだ)が無造作に置いてある。風で飛んで来たようだ。
真剣に一人一人に配っていた彼はどう思うだろう。

照明が灯った。その下には・・・・。

笠木透氏がいた。この音楽会の仕掛人だ。
どうも、お疲れの様子だ。2日間、あまり寝てないのだろう。

予定より遅れること1時間。ようやくロストの登場。待ちくたびれたぜ。
気持ちを切り換えて「観戦」だ。
過半数を占める女性陣の力強いボーカルでオープニング。
曲は「クローバーの花を摘んで」

リーダーはタオルがよく似合う。
よしだよしこさんも羨む米国製某有名ギターもさまになっているゾ。
2曲目は「自由の中で」
3曲目は「歌をうたってる」
あっという間であった。

3曲終えた後はきたがわてつ氏が「ヒロシマのある国で」を熱唱。
いい曲だ。

はじめて観た、聴いた!生の中川五郎氏。

そして、大御所達によるフィナーレへ。

帰りは湯島から千代田線で新御茶ノ水へ。
長いエスカレータ上で「謝罪のポーズ」をとるのはオ・寒氏。
太鼓さんにこの思い(何の思い?)は届いているのだろうか?

終わり。

ガリガリ桃(オ・寒氏の菜園を味わう会-続報)

2006年08月23日 12時44分35秒 | FROM オ・寒氏の菜園
一見普通の桃にも見えるが、これは「ガリガリ桃」という。
オ・寒氏が蔵王で仕入れてきたものだ。
軟弱な普通の桃に比べ食感が硬めで「硬派」のオ・寒さんや
太鼓叩きさん向けと言える。(かな?)
この桃、実は皮が食べられる、というか皮が美味しい。
オ・寒氏のパートナー殿が私の目の前で、ムシャムシャと
桃の皮を食しているのを見て、私も試してみたところ非常に
旨かった。何より清涼感がある。
下はオ・寒さんのアイディア料理だ。
生ハムにメロンはよくあるが、ガリガリ桃に生ハムをあしら
ったもの。なかなかこれはいける。(硬派むきなんかな?)
写真では見えにくいが、皿の下(左)の方にも桃の皮がチラ
と見える。

下の写真は、昨日の記事では漏れてしまったミョウガの天ぷら
(後方はナスの天ぷら)である。
「とりあえずこんなもので」とオ・寒氏が言いつつ「突き出し」
のようなスタイルで出てきた。揚げたての天ぷらは熱くて口を
ハフハフさせながら頂いた。一杯目のビールも冷えていて最高!
だった。(実はこの時点で私は某作業中であった。背景に「証
拠品」が見える。)

「突き出し」の次に出てきたのがイカゲソをワタで合えたのを醤
油で炒めたもの。やはり、酒によく合う酒飲みの肴だ。

そして、その後に青唐辛子(フシミアマナガガトウガラシ)と
カニさんが登場し昨日の記事へ続くのである。



オ・寒氏の菜園を味わう会(夏バージョン)

2006年08月22日 01時26分50秒 | FROM オ・寒氏の菜園
残暑きびしいとある夏の真っ昼間からオ・寒宅へR氏とともにへ乱入した!
目的はただ一つ!
オ・寒氏の菜園の(もしくはオ・寒氏による)収穫物をたらふく味わうためである!
冒頭の写真は、日本の正しい熱い夏とオ・寒氏の汗とのコラボの結晶ともいえる
夏野菜たちである。キュウリ,ナス,ゴーヤ、トマト、青トウガラシ(2種)、ニン
ジン、ピーマン、ツルムラサキそしてマクワウリがこれでもかとばかりに盛られている。
おっと、忘れちゃいけないのが怒濤のミョウガ軍団だ!
(賽目さん、LadyEさん、ごめんなさい!)

おおっ!まずは天ぷらだ!
畑から取り立ての野菜が天ぷらとなって目の前にある。
揚げたて,最高!乾杯!


夏の幸の臭いを嗅ぎ付けたアバウト氏やフラット氏もいつのまにか乱入してきた
頃良くオ・寒氏が飛騨コンロに備長炭を焚き付けて来た。
備長炭は火が起きるまで少し時間がかかるものの、その持続力と火力は他の炭を
寄せ付けない。何から焼くのだ?
R氏ご指名の砂肝だ。これは断然塩コショウでいただくのが旨いのだ。

コンロの網の上にはさまざまなモノが並ぶ。なんとカニさんまでいるぞ。

蔵王からは天然イワナが登場!面構えが違う!

次は私の大好物(下は調理前の写真)

これが調理後。

今回特別ゲストとして急遽現れた食の達人
NOBさんをして「この味付けは酒飲みの食べ物」と言わしめた青トウガラシの
炒め物である。

あっ、何か大切なことを書き忘れている気がして来たが、もう酩酊して記憶が
定かではない。たぶん、オ・寒氏のブログできちっとした記事が披露されると
思うのでこの辺で失礼する。(次は年末だ!)

馬頭広重美術館 -広重VS国貞 を観て洛中洛外図を思う。

2006年08月21日 21時32分06秒 | 歩く印象派
那珂川町というのは2005年に旧馬頭町と小川町が合併した後の名称だ。
旧馬頭町に広重美術館ができたのは2000年。
美術館開館の経緯についてはこちらを参照されたい。
建物の外観はユニークで格子状に八溝杉がふんだんに使われている。
なんだか凡庸だなあと思っていたのだが下の写真の側より、いったん
くぐり抜けて向こう側の眺めの(上の写真)方がぐっとシックで日本的である。

さて「広重VS国貞」だが
美人の背景に広がるのは、どこかでみた絵?そう、歌川国貞が描いた「東海道五十三
次之内」(左図)(竪中判56枚揃)には、歌川広重の代表作「東海道五拾三次之内」
(右図)(横大判55枚揃)の図柄が借景として引用されている。光による劣化を防ぐ
ために展示室内はかなり照明が抑えらているが歩くのには支障はない。かえって落ち着
いた雰囲気がある。
    
          右)歌川広重「東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪」
左)歌川国貞「東海道五十三次之内 蒲原図」

広重と国貞の絵を交互にを見比べながら進んで行くうちに、先月下旬に訪ねた米沢市上杉
博物館の「上杉本洛中洛外図屏風」を思い出した。

狩野永徳による洛外図は京の都の四季と、そこに暮らす人々の生活風俗が描き込まれた
もの。
永徳は洛中洛外図を京の都の上空からの俯瞰図として描いたが、上杉博物館では大型スクリ
ーンを用いて、洛外図に登場する人物たちの目線に置き換えて、京の町や人々の活き活
きとした暮らしぶりを個別具体的にみせてくれる。

広重の「東海道五拾三次之内」も江戸から京までの俯瞰図として描けば永徳の「洛中洛
外図」のように見えるかもしれない。
(庶民の時代の広重と信長からの下賜品という性格(永徳)など制作の背景は異なるが。)