All Things Must Pass

森羅万象 ~ 歩く印象派

44年前の布川事件、再審無罪 水戸地裁土浦支部

2011年05月25日 21時19分59秒 | 許すな冤罪事件

44年前の布川事件、再審無罪 水戸地裁土浦支部

2011/5/25 15:07

   1967年に起きた強盗殺人事件、布川事件の再審の判決公判で無罪判決が出た。2011年5月24日、水戸地裁土浦支部(神田大助裁判 長)は、無期懲役が確定後に仮釈放された桜井昌司さん(64)と杉山卓男さん(64)の2人に対し、「(2人を目撃したとする証人供述は)信用性に欠け る」などとして無罪を言い渡した。

   茨城県利根町布川(ふかわ)で男性が殺害された同事件の再審で、弁護側は「捜査段階の自白は強要されたもの」「無罪につながる証言証拠を(警察・検察は)隠していた」などと批判していた。

   戦後に発生し、死刑か無期懲役が確定した事件の再審判決は7件目で、過去の6件は無罪が確定している。


脅迫的取り調べ、録音で判明 大阪府警、いす蹴り大声

2010年11月08日 05時06分07秒 | 許すな冤罪事件
 大阪府警東署員による脅迫的な取り調べをICレコーダーで録音していた30代の男性が朝日新聞の取材に応じ、暴言を浴びせられた時の恐怖や強引に自白を迫られた様子を語った。男性は取り調べ後に体重が6、7キロ落ち、夜は捜査員の怒声がよみがえって眠れない日もあるという。

 取材には代理人の森直也弁護士らが立ち会い、約3時間の録音を再生しながら当時の取り調べ状況をたどった。

 東署刑事課の警部補(34)と巡査部長(31)が、システムエンジニアとして働く男性の会社に来たのは9月3日午後1時半。警察が社員を調べていることは数日前から知っていたが身に覚えはなく、自分も調べを受けるかもと思ってICレコーダーをズボンのポケットに入れていた。

 会社の駐車場に止めた車の後部座席で警部補は黙秘権も伝えず、「家もガサ行くぞ」「出せよ、お前、財布。出せ! 出せ! 出せ! なめんなよ」とすごんだ。

 容疑は、大阪府内の女性が昨年12月に出勤途中に落とした財布を着服したとする遺失物等横領で、男性は女性と同じ駅を利用していた。反論しようとしたが、「お前の意見を聞きにきたんちゃうわ」「人生むちゃくちゃにしたるわ」と怒鳴られた。

 約1時間後、大阪市中央区の東署の取調室に連れて行かれた。警部補は自分の家族を引き合いに出し、「4人目も生まれるねん。こうした生活の基盤がなくなったらむちゃくちゃやん」と自白を促した。幼稚園児の長女の笑顔、マンションのローン……。すべてが壊れてしまうと思うと、恐ろしくなった。

 否認する男性に、警部補は「手出さへんと思ったら大間違いやぞ」と大声を出し、パイプいすをけった。調べが始まってから約3時間後、録音に気づいた警部補は急に穏やかな口調で「信じてるよ」と握手を求めたという。

 東署を出たのは午後9時すぎ。調べの間、恐怖でトイレにも行けなかった。自宅への電車で悔しさと情けなさがこみ上げ、乗客の目もはばからずに泣いた。残っていた録音をもとに弁護士に相談し、警部補らを特別公務員暴行陵虐と録音を消させようとした証拠隠滅の容疑で大阪地検に告訴。25日に受理された。

 「冷静に話を聞いてほしかった。すごい圧力で本当に怖かった」。こう語る男性に対し、東署からの連絡はその後ないという。

 一方、府警によると、警部補らは男性への暴言を認めているが、暴力的な行為は否定しているという。当時の取り調べ状況の調査と、遺失物等横領事件の捜査を続けているとしている。(板橋洋佳、野上英文)

証拠書き換え「想定外」 改ざん疑惑、法曹関係者に驚き

2010年09月21日 19時13分20秒 | 許すな冤罪事件
2010年9月21日16時58分朝日COM

 郵便不正事件で主任検事が証拠として押収したフロッピーディスク(FD)を改ざんした疑惑は、刑事裁判にたずさわる法曹関係者らも、重大に受け止めている。

 元最高検検事の土本武司・筑波大名誉教授(刑法)は「事件の真相解明を目指す捜査機関が捜査資料に手を加えることは前代未聞で、信じられない思いだ」と話す。

 土本氏によると、検察は、押収した資料について名刺1枚に至るまでリストを作り、厳格に検察庁内の倉庫などで管理しているという。検事の取り調べに証拠品が必要な場合は、検察事務官が帳簿に持ち出しや返却の記録を残す。「だが、今回のようにフロッピーディスクの中身を書き換えられるようなことが起きたのであれば、点検のしようがない。想定外の事態で、ルール以前の問題だ」と述べた。

 元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士は「捜査における証拠品の重要さへの認識が全く欠如している。捜査の基本ができていないと言わざるを得ない。最高検を含めて徹底的な内部調査が求められる」と話した。

 「開いた口がふさがらないというのが実感だ」。40年の裁判官生活のうち35年を刑事裁判官として過ごした元松山家裁所長の安原浩弁護士(67)=兵庫県弁護士会=もそう感想を話す。「裁判官としては、供述調書は信用性を慎重に吟味するが、物証や鑑定結果などの客観的証拠は基本的に信用できるというのが前提。その客観的証拠に手が加えられる事態は想定を超えている」と驚きを語る。「こうしたことが起きると、客観証拠自体の信用性も慎重に吟味していく姿勢が裁判所には求められるだろう」

 刑事弁護経験の長い小坂井久弁護士=大阪弁護士会=は「客観証拠の収集過程は完全なブラックボックスであり、そこに不正があると弁護側が見抜くのは非常に困難を伴う」と指摘。今回の問題に関しては「相互監視の仕組みがないことで、検事の暴走が見逃されたということではないか。個人の問題というよりシステムの問題という印象を持った」と述べた。

「一方的なリーク記事、冤罪の被害出る」中井公安委員長

2010年01月23日 07時01分59秒 | 許すな冤罪事件
2010年1月23日0時53分朝日COM

 中井洽国家公安委員長は22日の閣議後の会見で、1990年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された事件の再審公判が開かれていることについて「今の自供中心の捜査、捜査当局から一方的にリークされる記事しか書かないマスコミ。そういう中では、冤罪の被害はこれからも出る」と発言した。

 報道陣から「リークしか書かないマスコミとはどういう意味か」と問われると、「捜査当局のリーク情報しか書かないマスコミと言った。ずっとそうじゃないか。一度被疑者になると、徹底的に被疑者になるじゃないか」と語気を強め、「10年、15年たってから名誉回復しても大変つらい。そういうことが起きないようにお互い気を付けてほしいと申し上げた」と付け加えた。

「DNA確度低く、自白必須」 足利事件の地検内部資料

2009年10月19日 05時47分31秒 | 許すな冤罪事件
2009年10月19日3時0分朝日COM

 90年に女児(当時4)が殺害された「足利事件」で、再審開始が決定した菅家利和さん(63)について、宇都宮地検が捜査段階で、DNA型鑑定の確度が低いため「自白」がなければ逮捕できないという方針を警察に示していたことが、朝日新聞が入手した内部資料でわかった。

 菅家さんが一審公判の途中で足利事件について否認に転じた際、検事が再び「自白」を迫ったことが取り調べを録音したテープで明らかになっているが、DNA型鑑定の確度が低いという認識を持ちながら「君と同じ体液を持っている人が何人いると思っているの」などと追及していたことになる。弁護団は誘導的な取り調べがあったとして、録音テープを「法廷で再生すべきだ」と主張、21日から始まる再審公判で証拠として調べるよう求める方針だ。

 朝日新聞が入手した内部資料は、一審公判中の92年3月に、宇都宮地検が上級庁あてに作成した捜査報告書。弁護側がDNA型鑑定の信用性に疑問をさしはさんで証拠採用に同意しなかったため、公判に鑑定人を呼んで証人尋問する直前の時期だった。

 捜査報告書の中で、地検は菅家さんを逮捕・起訴する前の捜査の経過を記載。DNA型鑑定の結果が「確率としては1千人に1.244人」と低かったため、「ただちに被告人を検挙するには問題が残る」として、警察に「被告人を任意で調べて自供が得られた段階で逮捕するよう指示した」と書かれていた。

 捜査報告書にはまた、DNAの構造に関して「現在では高校の教科書にも出てきているが、26年も前に高校を卒業した検事は学校で学んだことがなく、目下、高校生物の受験参考書を買い求めて悪戦苦闘中」と、知識の浅さを告白するような記述もあった。

 92年12月8日の取り調べを録音したテープでは、前日に突然否認に転じた菅家さんに対し、検事が「DNA鑑定で君の体液と一致する体液があった」と、「自白」を迫り、菅家さんが「絶対に違うんです」と反論すると、検事が「君と同じ体液を持っている人が何人いると思っているの」と問いつめ、「自白」させる様子が録音されていた。

足利事件、検察「否認おかしい」 「自白」促す様子録音

2009年10月07日 06時56分42秒 | 許すな冤罪事件
2009年10月7日5時0分朝日COM

 90年に女児(当時4)が殺害された「足利事件」で再審開始が決まった菅家利和さん(62)の取り調べ録音テープの存在が明らかになった問題で、別の2人の女児殺害事件=不起訴=だけでなく、足利事件そのものについても菅家さんがいったん否認し、再び「自白」に転じる様子が録音されていたことが、事件関係者の話でわかった。

 足利事件に関する供述の録音の存在が明らかになったのは初めて。21日から宇都宮地裁で始まる再審公判でのテープの取り扱いが焦点になりそうだ。

 複数の事件関係者によると、この供述が録音されていたのは92年12月初旬の2日間。足利事件について犯行を「自白」していた菅家さんが初めて否認に転じた第6回公判(同年12月22日)の直前にあたる。不起訴が決まっていなかった別の2件の女児殺害事件を取り調べていた。

 関係者によると、菅家さんは取り調べ中、担当検事に「やっていません」と、足利事件への関与を否認。起訴前の調べで「自白」した理由について「検察官も怖かったからだ」などと話したとされる。

 ところが、翌日の調べでは検事から「昨日の否認はおかしい。(菅家さんが)犯人であることは証拠上も間違いない」などと追及され、再び「自白」に転じたという。

 検察側は当初、テープは足利事件とは別事件の取り調べのものだとして開示を拒んできたが、再審協議で「本件(足利事件)の自白の任意性に影響を及ぼした可能性を否定できない」と地裁から促されて開示した。弁護側は「自白の任意性を調べる重要な資料で、法廷で再生されるべきだ」と主張している。

■足利事件の捜査の経過

90年5月 足利市の渡良瀬川の河川敷で女児(当時4)の遺体発見

91年12月 菅家さんを女児に対する殺人などの容疑で逮捕・起訴。別の保育園児に対する殺人容疑で再逮捕

92年1月 家族に無実訴える手紙を出し始める

92年2月 宇都宮地裁の初公判では起訴内容を認める

92年12月初旬 拘置所で菅家さんの取り調べを録音。「やってない」と否認。翌日の取り調べで検事に否認はおかしいと迫られ、再び殺害を認める

92年12月22日 第6回公判で突如否認に転じる

93年2月 保育園児と幼稚園児の二つの殺人事件で不起訴処分

93年7月 足利事件で宇都宮地裁が無期懲役判決

<足利事件>「自分の人生を返してもらいたい」菅家さん会見

2009年06月05日 06時50分05秒 | 許すな冤罪事件
毎日新聞 - 06月04日 21:12

17年半ぶりの自由をかみしめた。足利事件で無期懲役が確定して服役していた菅家(すがや)利和さん(62)が釈放された。「本当にうれしい」。4日夕、支援者に見守られて会見に臨み笑顔を見せたが、警察と検察、そして裁判所には激しい怒りをぶつけた。「自分の人生を返してもらいたい」【森禎行、神足俊輔】

 「本当にうれしく思います。私は無実で犯人ではありません」。午後5時前、千葉市内のホテル。会見場に姿を見せた菅家さんは、カメラのフラッシュを浴びながら、緊張した面持ちで切り出した。

 グレーのチェック柄のジャケットに黒のズボン姿。短く刈り込んだ頭髪に、白いものが目立つ。警察に任意同行を求められたのは91年12月1日。勤務していたことのある保育園の同僚の結婚式に呼ばれていた日だった。

 17年半の思いを問われると、表情が険しくなった。「犯人にされて、ずっと我慢してきた。当時の刑事、検察官に謝ってほしい」。そう何度も繰り返して強調した。「『間違った』では済みません。絶対に許せません。自分の人生を返してもらいたい」。裁判官にも「謝ってもらいたい」という。

 支援者から花束を受け取ると、笑顔になった。千葉刑務所(千葉市)の刑務官から「今日釈放する」と伝えられた時は「もう少し先だと思っていたので、びっくりした」。午後、弁護団の佐藤博史弁護士と支援団体代表の西巻糸子さん(59)の2人が迎えに来た。握手を交わすと、3人とも涙で声にならなかった。

 「いっぱい店があるな」。外に出て街並みが目に入った時、そう感じた。ホテルに着いて飲んだコーヒーは「(刑務所内とは)一味も二味も違った」。所内でのど自慢大会に出場したこともある。「カラオケを歌い、すしを食べたい」とうれしそうに笑った。

 故郷の足利市に帰って兄弟に会い、事件で殺害された女児にも「おじさんは犯人ではないよ」と伝えたいという。逮捕後、父親はショックで亡くなり、2年前の4月には母も亡くした。「自分は犯人ではないので安心してほしい」。一日も早く墓前に報告するつもりだ。

 この日午後、千葉刑務所前には十数人の支援者が集まり「おめでとう」と書かれた横断幕を掲げた。菅家さんが乗ったワンボックスカーが出てくると歓声があがった。菅家さんは、後部座席の窓から右手を伸ばし、その手を大きく振りながら、笑顔で何度も「ありがとうございます」と繰り返した。

足利事件の菅家利和さん、17年半ぶり釈放

2009年06月04日 16時19分10秒 | 許すな冤罪事件
2009年6月4日16時3分

 90年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された事件で、無期懲役が確定していた菅家利和さん(62)が4日、収監先の千葉刑務所から釈放された。

 女児の衣服に残った体液のDNA型が、菅家さんの型と不一致だったとする再鑑定結果を受け入れた東京高検が、刑の執行を停止する異例の措置を取ったため。菅家さんについては、再審が始まることが確定的となっている。

 菅家さんが釈放されたのは、00年の最高裁判決の確定以後9年ぶり。逮捕された91年12月以来、約17年半がたっている。

足利事件、弁護側が刑停止申し立て DNA不一致受け

2009年05月19日 18時34分24秒 | 許すな冤罪事件
2009年5月19日15時1分朝日COM

 栃木県足利市で90年に女児(当時4)を殺害したとして殺人罪などに問われ、00年に最高裁で無期懲役が確定した菅家利和受刑者(62)の再審請求で、遺留物のDNA再鑑定で不一致の結果が出たことを受けて弁護側は19日、東京高検に菅家受刑者の刑の執行停止を申し立てた。立証の中核だったDNA鑑定というよりどころを失ったことから、検察内部では早期釈放も視野に検討している模様だ。

 刑事訴訟法は、再審開始まで検察官が刑の執行を停止できると定めている。弁護側は申立書で、「再鑑定で菅家受刑者が犯人でないことは明白だ」と主張するとともに、再審開始の見込みが明らかなのに刑の執行停止をしないことは裁量の逸脱だとする判決例を指摘した。

 弁護側によると、申し立てを受理した際に高検公判部長は「公正に対処したい」と述べたという。

 菅家受刑者の再審請求審では、女児の肌着に残された体液のDNA型と、菅家受刑者のDNA型についての再鑑定が認められ、今月8日までに検察・弁護側がそれぞれ推薦した2人の鑑定人から、いずれも「一致しない」との結果が出た。この結果について、検察内部には「必要な検討をしたうえで、犯人でないという可能性が高まった場合は、在宅のまま再審をすることも考えられる」との声も上がっている。

 一方で検察側は、鑑定結果の分析を進めている。今回の再鑑定で使われた試料が、事件後に女児の肌着に触れた捜査員の汗などである可能性もあるとして、事件を担当した捜査員のDNA型が鑑定結果で出た型と一致するかどうかの確認なども検討している。

 さらに、弁護側推薦の鑑定人の鑑定結果に対しては、「判定が正しいかどうか検討する上で必要だ」として、追加の判断資料を提出するよう求める上申書を12日に東京高裁に提出した。

 弁護側によると、弁護側推薦の鑑定人は女児の肌着に付着していた体液のしみのうち5カ所から試料を採取し、不一致の結論を出した。弁護側は、これらのDNAが肌着の繊維の層のうち、女児の肌に近い部分から採取されたことなどから、「捜査員の汗などが後から付着したものではなく、真犯人の体液だ」と反論している。