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The Wine Heat!

オテル・ド・ヤマダ ワインフォーラムの主催者であるDr.ヤマダのワインな日々の記録です。

年忘れワイン大放談会♪

2019-01-06 15:40:25 | ワイン
その会は毎年と同様に29日に行われた。
ワイン生産者、ワインに関する学識経験者、ワイン販売業者、そしてワタクシと全くの素人の、合わせて8人がそのメンバーだった。
並んだワインはつごう13本、白泡ナチュール⇒白ジュラのナチュール⇒白ニッポンワイン⇒白イタリアのナチュール⇒赤ニッポンワイン⇒赤ジュラのナチュールMG⇒赤カリピノ⇒赤ブルピノ⇒赤ソノマピノ⇒赤ガメイのナチュール⇒赤ブルピノ⇒赤グラーヴ・ボルドー⇒赤ボルドー右、という流れだった。



これらのワインの中で、ナチュールと言われるものは、2010年以降の比較的新しいワインを、ニッポンワインは2011年と2009年、それ以外のコンヴェンショナルなワインは全て90年代以前のワインが用意された。

ここで思うのは、それぞれがその経験値の中で、とくにもナチュールとコンヴェンショナルが群雄割拠する並びで、それぞれをどのように感じて飲んでいるのだろう?ということだ。
すなわちナチュールから入った者は、90年代のコンヴェンショナル系を飲んで、はたして美味しいと思うのであろうか?
例えば中途半端に熟成したシャトー・クリネなどを・・・

現代のワインに携わる人達は、4大シャトーを並べて飲んだり、グランクリュをホリゾンタルに飲んだりする経験はまず無い。
いきなりナチュールから入って、コンヴェンショナルなワインは若飲み一点物というのが関の山なのだ。
だから綺麗に熟成したビューティフルなボルドー、今回で言えば86物のオー・バイィのようなワインを飲む経験などは特別大事なことなのだと思う。

ということで、こういう機会は時間が有ればともかく作るし、ここまで言うと少し重くなるけれど、昔飲み呆けたワレワレの使命とも思っているのです。
1月4日に亡くなった勝山晋作氏も同じようなことを言っていたのを、思い出したりもした。
氏がいつもナチュールを飲ませていたワイン関係者に、特別な日ということでペトリュースを振舞ったところ、その若人はこともあろうに不味い!と言ったとのこと。
その時に氏が思ったのは、やはりコンヴェンショナルなワインについても経験が大事なのだと、つくづく思ったそうだ。
ナチュールの伝道者と言われる氏でさえも、そのように感じたらしい。

ともかく飲み手に伝わったかどうか?はその内に分るだろう。
それは造ったものに現れるということだ。
そんなことを期待しての、年忘れワイン大放談、今年も面白かったー!
参加者にはアリガトーなのだ!

ワインに携わりながら、本当の醍醐味を知らずにいるのは、拷問みたいなもの。
誰と飲めばそれが分るのか?まずはソレが急務.
その為に、さあ Let's Go!

年末⇒年始、ワイン乱れ飲み!何でもござれ、で何か?

2019-01-02 17:01:55 | ワイン
ここでは細かいコメントは無しにして、年末⇒年始に開けられたワインの報告だけに留めておくことにする。
で、一点だけ言わせてもらうならば、コンヴェンショナルなワインもナチュールも、そしてニッポンワインでさえも、ラインナップとして並べるのに遜色は無くなって来ているということだ。
で、何でもござれ、で何か?となるわけで、ともかく乱れ飲んだ年越しラインナップをまずは眺めて欲しい。










ということなのだが、どうでしょう?
飲んだ本人に言わせれば、ゼンゼン違和感無し!
実にスムーズに飲みきることが出来たというわけだ。

すでにそんな時代が来て、コアなワイン飲みは格好ばかりを気にして日陰に集まり、食中酒として親しむこだわりの無いワイン生活者はミッドナイトクルーズを繰り広げるわけだ。
2019年も飲みますよ、なので夜の巷で見つけたら声をかけてください。
皆さん、よろしく!

2003 光 甲州 シャトー・ルミエール

2018-12-24 18:42:22 | ワイン
これはニッポンワインに興味をもち始めた頃に買い置いていたワインの一本。
自宅セラーの下段の隅っこに入っていたのを先日見つけて、発作的に開けてしまった。
なぜ開けたのか?と聞かれても理由は無い。
でも敢えて言うなれば、その時にこのワインの製造に関わっていた人こそドメーヌ・オヤマダの小山田さんということだから。
そのドメーヌ・オヤマダのワインこそ今最も気になっているニッポンワインの一つということなのだ。

見よこの鼈甲色!





濃密にエキスが満ち溢れる酒躯。
カンロ飴、黄桃、蜂蜜、蜜蝋、そして微かな漢方の香りが続く。
甘くとろりとして、余韻も後ろ髪引かれるもの。

これは言い過ぎになるかもしれないが、熟成したオー・ブリオン・ブランのようでもある。

ニッポンワインも待ってみるもの!
改めてこのワインでそれを感じた。

2015 マコン・ピエルクロ アン・クレジー ギュファンス・エナン

2018-12-23 17:20:35 | ワイン
ジャン・マリー・ギュファンスの白ワインの凄さや際立ちを経験している者にとって、さてじゃあ今はどうなっているのか?という欲求は、常に付きまとうのも当然だ。
それだけ彼の造りは想像の上を遥かに越えている。

マコン・ピエルクロは1979年に初めて彼がマコンに購入した畑で、ここがスタート地点であり、同氏にとって思い入れのある畑とのこと。
そしてアン・クレジーとは、それだけクレイジーで変態ということであり、どうやら彼の愛称とのことである。

飲んでみると、説明するまでもなく2015年も素晴らしかった!





何が他のマコンと一線を画しているのか?
それは繊細で端正でありながらも、並外れて張り詰めたようなミネラルであり、隙間無く精緻に詰め込まれたエキスなのだ。
ともすれば、それは名うての造り手のピュリニー・モンラッシェと見紛うばかり。
そのスタイルは今も昔も変わってはいない。
ここで語るのもなんだけど、はたしてこの造り手の見事さを、どれだけの人が知っているのだろうか?
ナチュールを飲んで、ニッポンワインを飲んで、ガストロノミック的には納得するけれど、このワインを飲んで感じ取れる戦慄のようなものは、ほぼほぼ感じることは無いといっても言いすぎではないのだろう!
それを飲んだその日は、そんな原点回帰の一日にはなった。

2012 ロエロ カッシーナ・フォルナーチェ エンリコ・カウダ

2018-12-20 23:41:32 | ワイン
凡そロエロと言えば、マテオ・コレッジアと来るわけだけれど、サント・ステファーノ ロエロに自然派の物凄い造り手がいた。
先日上の橋のいつものイタリアンで、この表題のロエロを飲ませてもらった。
2008年に父の畑を引き継ぎ、2011年にファースト・リリース。
ということは、このワインの造り手は駆け出しも良い所。
それが目を見張るほどの見事さで、そこいらのバローロも形無しなのだ。
その日は2013年のヴィンテージの自根の葡萄を混ぜたヴァルドヴァートも並べて飲ませてもらって、いかにカッシーナ・フォルナーチェのロエロが凝縮している物であるかを目の当たりに出来た。







その迫力たるや、並みのロエロではない。
オーガニックの畑の耕作に、ビオディナミの調剤を取り入れて、不耕起、無肥料を踏襲す。
醸造はナチュラルと言えば在り来たりなのだが、その徹底振りは他を寄せ付けず、いわゆる何も引かない、何も足さない。
そして出来たワインが、ファンファーレを鳴らさんばかりの、目の詰まった、果実味全開なのだ。
山形村の短角牛を炙っていただいて、まさしくココは極楽浄土!



そう思ったのは、もちろんワタクシだけではなかったはず。
月に何度かイタリアンに通い、こんな瞬間をいつも待っている。
ブルとボルだけの時代はこうして終わって行くのだとも感じている。