16・五感、って
さて、原始的な感覚器官と心細い神経系を手に入れた(手はまだないが)、よろこばしき彼なんであった。
現代のわれわれが持つ五感のうち、彼がどの感覚を最初に通電させたは永遠の謎だけど、筆者が考えるに、嗅覚ではなかったか?と。
鼻は、危険に向かって真っ先に突っ込んでいく前衛である、とはよく使われる言い回しで、この器官は要するに「斥候(偵察要員)」だ。
目前(目はまだないが)に迫る化学物質のサンプルをかすめ集め、分析し、危険か安全かを識別する。
それを「くさい」「心地よい」「いっそ食べちゃいたい」という、高度な情動に転化するアイデアを思いついたご先祖さまはまったく天才だけど、未だ原形質に毛が生えたようなたたずまいの彼には、拾い集めた問題物質が受容体に収まる際の噛み合わせが安定かどうかで取捨を選択するのみだ。
しっくりくれば接近し、不安定さを「感じた」ら拒否る、という単純な行動基準をつくり上げたわけだ。
こうしてにおいのメカニズムを獲得した彼は、生きのびる確率をぐんと上げたはずだ。
次に身につけた感覚は、味覚かも知れない。
嗅覚が識別し、体内に取り込んだ物質を、不要か必須か、あるいは忌避するべきかを最終的に判断する役割りだ。
飲み下したら後には引き返せない、という決定に関わるこの感覚器は、実は死ぬほど重大な責任を負ってるんだ。
聴覚は、外界における事件の発生を感知するためのレーダーだ。
水や空気の震えをキャッチするこの機能は、遠距離の出来事を知る上でとても便利だ。
こうして彼は、世界のひろがりと方向、それへの関わり方を理解しはじめる。
ところで、触覚の元となる外膜の開閉系は、彼が発生した当初から持ち合わせてたものだ。
が、触れた相手がどんな性質のものかを判断し、行動に反映させるには、神経系のさらなる洗練が必要だった。
その作業は、外界の未知の物質と自身を構成する物質との化学反応をどう解釈するか、の問題だ。
彼は結局、この機能を磨いて分化させ、においや味、音という具体的な記号に置き換えるという仕事をしようとしてるんだった。
いろんなチャンネルにおける情報のキャッチが、神経系の発火と通電を誘発し、彼の中に世界の立体像が立ち上がる。
さらに、感覚器官をネットワークでつなぎ、オンラインにすることで、彼は時間の概念までも理解しはじめた。
そしていよいよ、視覚・・・すなわち、目の登場となるわけだ。
つづく
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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