12・直感の獲得、って
DNAのランダムな変異を形質に反映させ、着々とダーウィン進化を遂げていく彼は、求める物質を感知すると体内に取り込むためにチャネルを開く、という従来の単純な活動の他に、触れるものを破壊し、必要なものを分離した上で獲得したり、好ましくない相手と接すると自分を封鎖して警戒する、というところまで成長した。
こんな新機能が将来、軍備や装甲という着想につながるわけだ。
外膜にトゲを持った彼は、別の個体に触れると相手が傷つき、死に、求める物質レベルに分解され、取り込みやすくなると知った・・・いや、知ることは彼にはできないけど、そんなアルゴリズムがゲノムに組み込まれた。
さらに途中のプロセスを省いて、相手を丸ごと取り込む方法まで体得した。
そうして有用な物質を消化吸収すると、体内で反応が起きて「いい」感じになることも、直観的に知った(ある意味、ここにおいては本当に知ったのかもしれない)。
感じる・・・知る・・・覚える・・・これまでには持ち得なかった新次元の機能が、彼の中で萌芽しようとしてる。
ゲノムの命ずるところのアルゴリズムに支配されるだけの彼だったのに、ここにきて、劇的な創発が起きてるようだ。
彼が機能上に胚胎させたものは、主観の形成へと連なる感覚器の最初期原理で、要するに痛みや嫌悪や官能といった生理現象に発展していくやつなのだ。
五感の兆しと言いたいところなんだけど、神経系の構築にはまだ時間がかかりそうなんで、ここではあやふやに「直観」としておきたい。
ここに至るまで、彼は機械だ、と念を押してきた。
ゲノムという指示書の命令にただ従うように設定された、ある種のロボットだったんだ。
が、いよいよそこに主体的な行動が混じり込んでいくことになりそうだ。
数億年もの歳月をかけて生存という価値を煮詰め、積み上げた経験値は、ついに本能の域にまで進展を図ろうとしてる。
さて、世界でたったひとりきりだった彼は、おびただくし増殖してこの惑星の海底全域にはびこり、そこから旅立った(飛躍した)ものは海中を漂うようになり、海面に浮上し、海岸線に流れ着き、あらゆる環境下でそれぞれにダーウィン進化を遂げ、多種多様な系に枝分かれして、めくるめく生態系を展開しはじめた。
世界はせまくなってしまったようだ。
ここまで外に向けて開く一方だった彼らの進出だが、ドン突きまでくれば、折り返して内向きに他所を侵食するしかない。
お互いの生活圏を奪い合おうという段階にきて、彼らの進化もまた新たなフェーズに入る。
つづく
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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