木燃人の波止場

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1554 音痴の音楽歴(2)カラオケに嵌まる

2017-01-27 08:00:00 | その他

  時はながれて・・・昭和50年頃、山口県徳山市(現周南市)にサービス拠点が作られ、そこで私は営業と総務と経理をやらされていた。本社から総務課長がやってきて、食後にスナックバーに行き、当時始まったばかりの「カラオケ」を指して、営業担当なら率先して歌うべしと諭され目が覚めたのであった。

  だが、歌えるのは童謡や社歌くらいのもの、それから一念発起、先ずは息子のCDを拝借、車に積んで通勤と営業の道中に懸命に歌を覚えた。その時は長渕剛の「乾杯」「とんぼ」などであったが、若者の歌ばかりであったから、CDを次々と買って練習を繰り返し、やっと演歌にも慣れたのであった。

  酒場に「カラオケ」が入ってきたことにより、飲む為か、歌うためか分からないが、私のような「下戸」でも、酒場に出入りするようになったのであった。 しかし、そこで歌う歌は他の人には甚だしく迷惑な下手な歌、“音楽=3”の歌でしかなかった。 だから、今でも酔わないと絶対歌えないのである。

  笑われるかも知れないが、これでも、どんな歌が私に合うか、どのように歌ったら、本気の拍手がもらえるのかなどと、まじめに考えたこともあった。 しかし、所詮は悪あがきでしかなく、歌も聴かず顔も見ずのお付き合い拍手ばかりであったが、それでも本人はとても楽しくて仕方が無かった。

  どうせ下手なんだからと、柄にもなくいろんな歌を歌った。 おはこは、ピンカラ等の「女の願い」「ひとり酒」、森進一「港町ブルース」、八代亜紀「もう一度会いたい」、五木ひろし「千曲川」「蝉しぐれ」、牧ひでと「雨の東京」、箱崎真一郎「抱擁」、園まり「逢いたくて逢いたくて」青江三奈「池袋の夜」等々多々。

  宴会のトップバッターで歌うのが「すごい男の歌」、送別会で普通は「贈る言葉」「帰ってこいよ」、いやな奴の時は「ラブイズオーバー」が多かった、私自身の時は「北へ」を心を込めて歌った。 宴会たけなわの時にはみんなで「サライ」を大合唱し、ラストは「宗右衛門町ブルース」を“さよならさよなら”と合唱したものであった。

  私のカラオケ好きは人が呆れるほどであり、6日間毎日何処かで歌っていた事もあったほどによく歌った。 しかしそれも、会社を65才で退職したので、私の送別会は津市の都ホテルでやってくれた、そして、その後の二次会が私の華々しい(?)カラオケ歴の最後であった。 

 私はみんなに感謝したい気持から、二次会は30人は入る行きつけのスナック(More)を貸し切り、送別会参加者を招待したが、入りきれず立っていたものもいたようであるが、二時間ほどこれが最後と歌いまくった。 費用は餞別金で品物(大工道具一式)を買ってくれた残金と後は私が全額出して確かスナックに30万円払った記憶がある。

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