本、CD、映画日記

目標は年間読書100冊。その記録と目標管理をかねたブログです。

こちらあみ子

2024-07-07 07:07:11 | Weblog
■本
59 今も未来も変わらない /長嶋 有
60 動物化するポストモダン/東 浩紀

59 2020年に発表された長嶋有さんの長編小説です。東日本大震災後の長嶋さんの作品は、どちらかと言えばシリアスな印象の作品が多かったのですが、本作は、登場人物それぞれに問題を抱えているものの、全体的にはコミカルな印象です。もちろん、長嶋作品に特徴的な、固有名詞が飛び交いまくるサブカルのトリビア、一定のルールに基づくオリジナルなゲーム(本作では、歌詞に「あぁ」が含まれる曲限定のカラオケ、が何度も繰り返されます)、ソーシャルメディアでのウイットに富んだやり取り、ささいな心の動きを描写する芯を食った表現、が満載で、これらの細部の仕掛けが全体の雰囲気に見事にマッチしています。長嶋さんの魅力全開でファンとしては大いに楽しめました。一方、ストーリーの方は「婦人公論」に連載されていた影響なのか、バツイチ中年女性作家が若い美形大学院生に好かれるという、男女を問わず中年の夢を叶える展開で、少し捻りが足りないかなとも思いました。その分、主人公の作家による作品内作品として、タイトルにも通じる、タイムトリップもののSF小説を展開して、一見複合的な試みもなされていますが、それも必ずしも成功していないと思います。楽しく、かつ、読みやすく、敷居が低いので、長嶋さん作品の入門書としては最適だと思いますが、ブルボン小林名義のエッセイも含めて、長年フォローしている身としては、まだまだこんなものじゃない、という若干の物足りなさも感じる作品でした。

60 オタク文化の詳細な分析を通じて、日本社会やポストモダンの特徴について考えられた本です。オタク文化の特徴として、作品世界にある「大きな物語」(ガンダムでの連邦政府とジオン公国との戦争といった作品世界の基盤となる大きな枠組み)よりも、作品内の個々の設定の「データベース」(エヴァンゲリオンにおける、綾波レイのキャラクター設定やそのビジュアルなど、個々のキャラクターやその背後にある世界観)の方に関心がある、と述べられているのがこの本の趣旨であると私は理解しました。その上で、このオタク文化の特徴がポストモダンの特徴(宗教やイデオロギーなどの「大きな物語」の影響力が少なくなり、映画やアニメなどの虚構の「設定」の影響力が大きくなっている)と一致しているとも説明されている、と私は捉えております。この本は2001年に発表されましたが、この考えは現在のAIの影響力が増す社会でより説得力を持つと思いました(なぜなら、AIはネットなどから学習した膨大なデータベースを統計的に処理して、もっともらしい回答を導びくものだから)。タイトルにある「動物化」とは、他者からどう見えるかも意識する「欲望」とは異なり、単純に満たされるとなくなる空腹(オタク文化の文脈で行くと二次創作物などの収集欲かもしれません)などの「欲求」を重視する構造を指しています。このように私自身のこの本の理解もまだ浅いですが、デジタル化が進展する社会で、そこで生活する人間を理解する上では必要な教養であると感じました。


■映画 
57 こちらあみ子/監督 森井 勇佑
58 招かれざる客/監督 スタンリー・クレイマー

57 先々週に観た「星の子」に続き、今村夏子さん原作小説映画化作品を。病院に連れて行ったら自閉スペクトラム症(ASD)と診断されそうな、自由な少女あみ子と彼女に振り回される周囲を描いた作品です。前半は空気を読まない(読めない)あみ子に、いらいらとしますが、中盤以降は彼女を取り巻く環境が悪化する一方で、健気にあるがままに生きる姿に切なくも愛おしくなります。家族や友人も決して悪い人ではないのですが、それぞれに自分の問題を抱える中、あみ子からの心乱される言動を許容できずに、次第に家族が崩壊し、また、あみ子は学校のクラスから孤立していきます。そんな中、若干頭が悪そうな幼馴染が、これまたズケズケとしたもの言いであみ子に絡むシーンは、排除ではなく素朴な興味がベースにあるので、少し救われた気持ちになりました。あみ子はまだ可愛げな子どもだから、それでも一定のサポートは得られそうですが、これが、汗臭いおっさんの言動だったらと思うとゾッとします。最も助けが必要な人が、得てして最も助けたくないような人である、という事実について考えさせられました。このような、行き場のない感情が呼び起こされる映画ですが、あみ子演じる子役の名演と、淡々とした演出で不思議と後味は悪くないです。それにしても、こういう題材で第一作を書こうと思った今村夏子さんは凄いです。努力や経験だけでは身につかない天性のセンスが感じられ、こういう人を天才と呼ぶのだと思います。原作小説も読んでみます。

58 こちらも社会課題を巧みな脚本でエンターテインメントに仕立てた傑作です。白人女性が歳の離れた黒人男性との結婚意向を親に伝える場面を切り取り、親の混乱とその背景にある社会の差別意識を巧みにあぶり出します。多様性が議論されることの多い現代でも十分に通用する作品ですが、まだ、異人種間結婚が違法だった名残のある1967年に公開されたという事実に、アメリカ映画界の批評性と底力をあらためて感じました。かなりリベラルな両親が、それでも愛する娘の将来の苦労を思うと手放しで結婚を賛成できないという葛藤が、いくぶんコミカルに、スペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘプバーンという名優の重厚な演技で巧みに表現されています。相手の黒人男性が、社会奉仕の意識が高く実績も既に上げている医師という非の打ちどころのない人物である点と、リベラルな両親がその日中に結婚の承諾有無の結論を出さないといけない点(娘はその夜の便で相手の出張先について行ってそのまま結婚すると言い張っている)が設定として絶妙で、ありがちな「いったん保留」という妥協を許さない状況に追い込んで、混乱状況にある人間の本質をあぶり出そうとしている企みに感心しました。黒人家政婦が使用人の娘に対する愛情が故に、最も黒人男性に疑念を持っているという倒錯した構造も見事です。繰り返しになりますが、重いテーマをサラッと描かれている点にセンスを感じます。今のリベラルな人たちが取るべきスタンスかもしれません。喜劇テイストで観客側の負担がほとんどないのに、得られる気付きの多い感情的なコスパのよい作品とも言えます。細やかな気配りが行き届いた素晴らしい作品です。
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