みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

『臨床瑣談 続』中井久夫著/『子ども被害者学のすすめ』デイビッド・フィンケルホー編著・訳森田ゆり他

2011-01-25 15:13:13 | ほん/新聞/ニュース
明日の午後は、岐阜で『女ぎらい ニッポンのミソジニー』の読書会。
ひと月で2章ずつ読んでいるので、今月のところをとりあえず読んでいます。
20日には著者の上野さんのお話しを聞いてきたので、わたしも少しだけ報告の予定。

きょうは出かける予定がないので、
だいたい読み終えたところで、ついでに他の本も読んでいます。

一冊目。
毎日新聞の12月の書評に載っていた『子ども被害者学のすすめ』。
森田ゆりさんの訳で、読みたかった本です。

    

 今週の本棚:小西聖子・評 『子ども被害者学の…』=デイビッド・フィンケルホー編著 
(岩波書店・2835円)

◇なぜ米国で子どもの犯罪被害が減ったのか
 アメリカの子どもの被害が減っている。「さまざまなタイプの子どもに対する虐待や犯罪は、一九九〇年代初頭から、ものによっては劇的に、減少し続けているのだ」
 子どもへの性的虐待の件数は九〇年から二〇〇五年にかけて、五一%減少した。身体的虐待件数も性的虐待を追いかけるように、一九九〇年代半ばから減少し始め、九二年から〇五年末までに、四六%減少した。一〇代の性的暴行被害も半分に減少、ほかの犯罪も半分以下に劇的に減少、配偶者間暴力も約半数に減少している。
 アメリカでは七〇年代から虐待が社会的問題ととらえられるようになった。八〇年代、何をやってもその数はずっと増え続けていた。なのに、現代のアメリカで、こんなに被害が激減するなんて。これはすごいことである。この間、子どもの総数も減っていないし、一人親家庭だって、ヒスパニック家庭だって増え続けている。研究者だって、こんな激減はだれも予測していなかったのだ。
 この本の著者デイビッド・フィンケルホーは社会学的視点から、子どもや女性の被害をずっと追い続けてきた著名な学者で、彼の研究や意見は専門家の間でも常に力を持ってきた。
 この本は、被害者学を研究する者にとっては画期的、刺激的なものである。前半では子どもの被害に関する最新の研究成果によって新しい視点が提案されている。ただこの部分は、一般書としては難しいかもしれない。
 子どもの被害の激減について具体的に緻密に検討されているのは第五章である。こちらは予備知識がなくても読みやすくまた面白いと思う。
 本当に被害の数は減っているのか、単なる統計上の手続きの変化が反映されただけなのか。九〇年代に、虐待が減少し出したことが認識され始めて、そういう議論が巻き起こった。
 そして、性的虐待や身体的虐待は本当に減っている。間違いない!というのが最初の結論である。これには「強固なエビデンス」がある。複数の自己申告式の被害調査のデータがどちらも減っていること、虐待の定義や数え方が変わったというような見かけ上の原因が考えられないこと、被害に密接にかかわるその他の福祉指標--他の犯罪被害やティーンエージャーの自殺、家出、少年非行、一〇代の妊娠のいずれもが減っていること等が挙げられている。
 ではなぜこういうことが起きたのか。人口の構成変化の可能性は? 死刑の増加が抑止効果となった可能性は? コカイン、クラックの流行が下火になったこととの関連は? 銃規制の強化は? 人工妊娠中絶の合法化は? よく議論されるような要因が、一つ一つ検討されるが、これらのどの要因との関連も否定的である。
 フィンケルホーが注目する要因は三つ。アメリカの好景気、警官やソーシャルワーカーや児童福祉司など子どもの安全や加害者取り締まりにかかわる人間が増えたこと、SSRIなどの精神科薬物治療の普及である。
 「何か建設的なことが社会環境において起こっているのだ」とフィンケルホーは言う。「今後は、私たちは最も有望な説明のいくつかについて、検証計画を立案しなければならない」
 そういう意味では、リーマン・ショックは壮大な実験だともいえる。不景気に突入してアメリカの子どもの被害数はどうなるだろう。ここ一、二年の統計がとても気になるところである。
(森田ゆり・金田ユリ子・定政由里子・森年恵訳)
毎日新聞 2010年12月5日 東京朝刊 


子ども被害者学のすすめ 
デイビッド・フィンケルホー 編著
森田 ゆり,金田 ユリ子,定政 由里子,
森 年恵 訳

■体裁=四六判・上製・254頁
■定価 2,835円(本体 2,700円 + 税5%)
■2010年11月2日
■ISBN978-4-00-022905-0 C0036
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一刻も早く「誰が加害者か」よりも「誰が被害者か,誰に目を配る必要があるのか」に目を向けなければならない.ネグレクトやいじめ,暴力などの被害から,子どもたちをいかに守り,サポートするか.社会的な脆弱性はどこにしわ寄せされるのか.世界的第一人者,フィンケルホー氏が伝える,アメリカの実践と研究の集大成. 


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二冊目。
中井久夫さんの、
『臨床瑣談 続』 
(中井久夫/みすず書房)


2年前に紹介した、『臨床瑣談』の続きです。
「見放された患者と共に闘う"がん難民コーディネーター"」/『臨床瑣談』(中井久夫・みすず書房)2009-01-24

一週間前の朝日新聞に、中井さんの記事が出ていたので、
読みたくなったもの。
中井久夫さんのやさしく語るような言葉、とても好きです。

   傷ついた心あたためる
語る人 精神科医 中井久夫さん
   
   2011.1.17 朝日新聞


 臨床瑣談 続:みすず書房

 「かつては医学の治癒力はきわめて限られていた。したがって、経験を積んだ医師が、〈ぼつぼつ遠方の親戚の方を呼んで下さい〉というタイミングは驚くべきものがあったという。現在の医学はこのような予言が大幅に外れる程度には進歩している。しかし、診断と予後とを〈宣告〉するのは思い上がりであり、科学の名に背くとさえ思う。予後はもちろん、診断も仮説であり、仮説は宣告される種類のものではない」
医学の可能性と限界をしるし、生活者と医療とのかかわりを懇切に描いた本書は、精神科医としての長年の経験から生まれた。しかし、そこにあるのは、指南的役割でも医の倫理の類いでもない。医師と生活者のあいだに立とうとする柔らかい姿勢である。
「本書で取り上げた物語の中で、私は医師でもあるが、同時に家族や甥や義弟や友人や知人である。そして、医師といっても、主治医ではない場合が多い。患者と主治医との間にあって、何らかの役割を演じている。患者側に近い場合も多いが、単なる患者の親戚の医者というのとも少し違う。フィクサーというのか、橋渡し役というのか、一種の仲介者であることを期待される。しかし、このことは一つの分裂を生きることである。一般の人と医師団との間にある、一種のずれ、すれ違い、違和性、どこか相合わないもの――この違いはかなり深い」 
「認知症に手さぐりで接近する」「認知症の人からみた世界を覗いてみる」「血液型性格学を問われて性格というものを考える」「煙草との別れ、酒との別れ」「現代医学はひとつか」「中医学瞥見の記」「インフルエンザ雑感」の7章。
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 「臨床瑣談 続」の著訳者:中井久夫
なかい・ひさお

1934年奈良県生まれ。京都大学医学部卒業。神戸大学名誉教授。精神科医。著書『中井久夫著作集――精神医学の経験』全6巻別巻2(岩崎学術出版社、1984-91)『分裂病と人類』(東京大学出版会)『記憶の肖像』(1992)『家族の深淵』(1995)『アリアドネからの糸』(1997)『最終講義――分裂病私見』(1998)『西欧精神医学背景史』(1999)『清陰星雨』(2002)『徴候・記憶・外傷』(2004)『時のしずく』(2005)『関与と観察』(2005)『樹をみつめて』(2006)『臨床瑣談』『日時計の影』(2008、以上みすず書房)ほか。共編著『1995年1月・神戸』(1995)『昨日のごとく』(1996、共にみすず書房)。訳書としてみすず書房からは、サリヴァン『現代精神医学の概念』『精神医学の臨床研究』『精神医学的面接』『精神医学は対人関係論である』『分裂病は人間的過程である』『サリヴァンの精神科セミナー』、ハーマン『心的外傷と回復』、バリント『一次愛と精神分析技法』(共訳)、ヤング『PTSDの医療人類学』(共訳)、『エランベルジェ著作集』(全3巻)、パトナム『解離』、カーディナー『戦争ストレスと神経症』(共訳)、クッファー他編『DSM-V研究行動計画』(共訳)、さらに『現代ギリシャ詩選』『カヴァフィス全詩集』『リッツォス詩集 括弧』、リデル『カヴァフィス 詩と生涯』(共訳)、ヴァレリー『若きパルク/魅惑』などが刊行されている。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

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目次

1 認知症に手さぐりで接近する
2 認知症の人からみた世界を覗いてみる
3 血液型性格学を問われて性格というものを考える
4 煙草との別れ、酒との別れ
5 現代医学はひとつか
6 中医学瞥見の記
7 インフルエンザ雑感


昨夜は、ほんとに久しぶりのすき焼き。

左手前の黒豚とハクサイがわたし用。
真ん中から右半分は、他の人たちの飛騨牛と根深ネギ。

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