みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

ファミリー・サポート・センター事業 事故責任あいまい/チェルノブイリの経験から 内部被ばく減らす食事を

2011-12-31 19:31:45 | 地震・原発・災害
いよいよ2011年の大晦日。
午前中に記事をアップしようと思っていたのですが、
ゆうちゃんを数時間預かることになって、夕方まで
庭の掃除をしがてら、外で一緒に遊んでいました。

   

大みそかは高島屋や生協へ、閉店間際に買い物に行くのを恒例にしているので、
そのあと、出かけて帰ってきたのは7時を過ぎていました。

差し入れの更科の冷やしたぬきそばと、買ってきた半額のお刺身で夕ご飯。
   
昨日は金目鯛の煮つけとブリアラのみぞれ煮だったので、二日続きのお魚です。
   

今年最後の日のブログの記事は何にしようと考えて、
取材等でお世話になった中日新聞の稲熊さんの記事と、
後半は放射能汚染が子どもたちに与える影響にします。

 ファミリー・サポート・センター事業 事故責任あいまい 
2011年12月29日 中日新聞

 子育ての援助を受けたい「依頼会員」と、手助けをしたい「援助会員」とを橋渡しする「ファミリー・サポート・センター事業」(通称ファミサポ)で昨年十一月、大阪府八尾市の生後五カ月の女児が脳死状態になる事故が起きた。両親は、市に原因究明を求めているが、市側は「会員同士の契約で、当事者ではない」として調査に乗り出していない。全国で三十万人以上の親が利用する事業だが、責任の所在の曖昧さが浮き彫りになっている。  (稲熊美樹)

 昨年十一月中旬、八尾市の藤井真希さん(32)は、長女さつきちゃんを迎えに、預け先の女性宅に着くと、女性の叫び声が聞こえた。「お母さーん、救急車!」
 通院のため一時間ほど預けただけだった。部屋に駆け込み、ぐったりしたさつきちゃんを抱き上げると冷たく、顔も真っ白。呼吸と心臓が停止状態だった。救急車で搬送され、一命は取り留めたが、低酸素脳症で脳死状態に。一歳七カ月になった現在も人工呼吸器につながれ、声掛けにも反応がない。
 生後間もない娘を預けることに不安もあったが、ファミサポから「援助会員に研修をしている」と聞いた。市社会福祉協議会が運営する市の事業という安心感もあり、依頼会員に登録した。
 援助会員の女性とは登録後に顔合わせをし、さつきちゃんが寝返りできないことを伝えた上で、預けることにした。事故は二回目の利用で起きた。
 事故後、真希さんと夫朋樹さん(32)は、市職員らの立ち会いで、女性と話し合いを持った。藤井さんによると、女性は「泣いたさつきちゃんをうつぶせ寝にし、目を離した」と話した。うつぶせ寝が危険という認識がなかったという。その後、女性と接触できておらず、事故の詳細な状況は分かっていない。
     ◇
 両親は、八尾市に事故の原因究明をする第三者機関の設置を求めた。市は「契約の当事者ではなく、原因究明をする機関でもない」と主張。他の会員にも、事故のことを知らせていない。
 取材に市の担当者は「原因究明はできない」とあらためて語り、「事実関係を整理し、医学的な見地から確認したい」とした。事故翌日に一度、女性から聞き取りをしたが、今後、その予定はないという。
 真希さんは「真実が分からないと、さつきに申し訳ない」と無念さをにじませる。事故調査を求め、約八万人分の署名を添えて市議会十二月定例会に出した請願は、二十一日に大まかな意図に賛同する「趣旨採択」された。
     ◇
 厚生労働省の調査によると、全国のファミサポ事業で最近五年間に起きた事故で、治療に三十日以上かかったのは八都道府県で十五件。さつきちゃんの事故のほか、骨折五件、歯を折った事故、やけどが各二件だった。
 交付金などを出している厚労省は、さつきちゃんの事故後、自治体に対し、事故が起きた場合は解決に向け、会員同士の連絡調整を求める通知を出した。
 保育事故に詳しい寺町東子弁護士は「公の事業だから、親は信頼して利用している。契約関係にかかわらず、事故の調査をする責任は市にある」としている。


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【わかりやすい地図】放射性セシウムの都道府県別月間降下量2011年3月〜6月合計の汚染マップ(福島県の降下量発表、45都道府県合計の47倍)
2011.12.29 「子供を守ろう SAVE CHILD」

福島県の月間降下量がやっと公表されました。福島県のセシウムの降下量は45都道府県の合計値の47倍に相当するという結果でした。福島県の測定値は双葉郡大熊町です。
この地図は文部科学省が発表した2011年3月・4月・5月・6月の放射性物質の都道府県別月間降下量の資料のセシウム134と137の降下量の合計値(単位はメガベクレル/平方キロメートル)を各都道府県ごとにわかりやすく表示したものです。数字だけの資料で見るよりも非常にわかりやすいです。(※注意:この数値は3月18日からのデータです。3月11日〜3月17日の間は公表されていません。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(以下略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2011年12月29日 13:35) 

「子供を守ろう SAVE CHILD」サイト

東日本大震災:暮らしどうなる? チェルノブイリの経験から 内部被ばく減らす食事を  

 チェルノブイリ原発事故が起きたウクライナで、内部被ばくの一番の原因は、放射性物質で汚染された食品の摂取だった。ウクライナで事故以来25年間、子どもの健康調査を続ける医学博士、エフゲーニャ・ステパノワさんに、被害の実態と大人ができることを聞いた。【中村美奈子】

 ◇野菜は洗い、皮をむく/肉、魚は塩水に漬ける/干しぶどう、チーズ有効
 事故前はロシアの小児科医だったステパノワさんは現在、ウクライナ放射線医学研究センター放射線・小児・先天・遺伝研究室長。NGO「グリーンピース・ジャパン」主催の福島市での講演会で今月、子どもたちの健康被害について語った。
 ウクライナは、放射性セシウムの汚染度によって、被災地を(1)立ち入り禁止区域(原発から30キロ圏内)(2)強制移住区域(年間被ばく線量5ミリシーベルト超)(3)自主移住区域(同1ミリシーベルト超)(4)放射線環境強化管理区域(同0・5ミリシーベルト超)の四つに分けた。汚染地域の住民の被ばく量は年間1ミリシーベルト以内、生涯で70ミリシーベルト以内と法律で決められた。福島市と郡山市のそれぞれ一部は、ウクライナでいえば強制移住区域にあたる。
 ステパノワさんによると、事故で被災したウクライナの子は90万人で、そのうち86年から08年までに甲状腺がんになった子は6049人。事故前は発症者10~20人の珍しい病気だったという。
 「汚染された食品が最大の内部被ばく源で、牛乳がその8割を占めた」とステパノワさん。子どもの主要な栄養源だったからで、今も汚染されていない乳製品の入手は困難な地域があるという。
 がん以外の異変もある。汚染地域に住む子どもは複数の慢性疾患にかかることが多い。「病が長く続き、再発する傾向がある。治療の効果は薄い」とステパノワさんは話した。汚染地域では消化器系の病気の子が増えた。年間線量が5ミリシーベルト超の強制移住区域では汚染が少ない地域と比べ、気管支炎などの呼吸器疾患、肝臓組織の筋腫化、血液系障害、免疫障害になる子が約2倍になった。がん以外の病気や障害は、事故との関連を含め研究が始まったばかりという。
 ステパノワさんが強く訴えたのは「毎年必ず子どもの健康診断をすること」だ。ウクライナでは、被災地に設置した国の健康保護センターで健康診断を行う。小児科▽内分泌▽血液▽神経▽眼▽咽喉(いんこう)(のど)▽外科の7分野で各専門医が超音波や血液検査を毎年実施し、国へデータを送る。被災者への医療や健康診断はすべて無料だ。
 「早期発見が最も大事。ウクライナで甲状腺がんで死んだ子は、早期発見できなかった2人だけ。できることはたくさんある」。その一つが、毎年子どもを汚染地域外に送り健康増進プログラムを行う国の事業だ。4週間以上保養地で過ごし、被ばく量を減らすのに大変効果があるという。
    ◇  ◇
 食品による内部被ばくはどうしたら減らせるのか。ステパノワさんによると下ごしらえが重要で、▽よく洗う▽ゆでる▽肉や魚を塩水に漬ける--ことを住民に指導している。
 野菜はまず洗い、5ミリの厚さで皮をむき、さらに洗い、ゆでる。こうした処理でセシウムは30~50%減らせるという。ゆで汁は捨て、使わない。
 肉や魚は2~3時間塩水に漬け、この間数回塩水を替える。塩水の濃度はしょっぱければよい。
 桃やにんじん、りんご、ぶどうなど植物由来の抗酸化物質が入った食品には、放射性物質を排出させる働きがある。ウクライナの強制移住区域の小学校や幼稚園ではこれらの生ジュースや食物繊維のペクチンを含む補助食品が与えられ、無料で給食が出る。
 「カリウムはセシウム、カルシウムはストロンチウムと体内での動きが似ている。事前にカリウムをたくさん取れば、放射性セシウムが体内に入る余地がなくなる。同様に、カルシウムをたくさん取れば、ストロンチウムも入ってこられない」とステパノワさんは言う。
 積極的に食べたいのは、カリウムをたくさん含む、汚染されていない干しぶどうや干しアンズ。生より干した物の方がカリウム濃度が高い。カルシウムはチーズで取るのがおすすめ。牛乳が汚染されていても、チーズの製造過程で液体部分の乳清に放射性物質が出ていくからだという。「農家には、汚染された牛乳はチーズにしなさいと助言している。穀物や野菜、海藻を豊富に取るのも効果があると思う」と話す。
    ◇  ◇
 ウクライナの北隣、ベラルーシに90年に設立された民間研究所「ベルラド放射能安全研究所」の放射能対策をまとめた「自分と子どもを放射能から守るには」(世界文化社刊)は、食事対策を詳しく解説している。
 同書によると、放射性セシウムは水に溶けやすく、油脂類とは結合しない。セシウムがたまりやすいレバーなどの内臓や、ストロンチウムがたまりやすい骨付き肉は放射能検査済みの物を買い、魚は内臓、頭部、えら、皮、骨を取り除く。肉も魚も2%の塩水に12時間さらし、その間数回塩水を替える。骨を煮出したスープは飲まない。
 訳者の辰巳雅子さんによると、野菜は洗って皮をむいた後に、再度よく洗うことを徹底する。キノコと肉・魚は、塩水に漬けると浸透圧で食材の水分がしみ出してくるため、除去効果が上がる。また塩水に酢を少し入れると、肉や魚のたんぱく質流出を防ぐという。
毎日新聞 2011年12月30日 


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12月30日(金)のつぶやき

2011-12-31 02:47:00 | 花/美しいもの
11:50 from Tweet Button
【わかりやすい地図】放射性セシウムの都道府県別月間降下量2011年3月~6月合計の汚染マップ(福島県の降下量発表、45都道府県合計の47倍) | SAVE CHILD http://t.co/5I94EUUs @save_childさんから
16:59 from Tweet Button
リスクと向き合う:3・11を経て M9以上の地震、火山に「波及」 大噴火対策を本格検討 - 毎日jp(毎日新聞) http://t.co/diLOCyU4 @mainichijpnewsさんから
18:08 from web
RT @sazanami810: 1月1日~1月6日の間に…ぜひWANサイトへ。★さざ波日記:383_2012年1月1日@WANサイト★ http://t.co/wqRw0PHl
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石灰沈着性腱板炎 肩関節に石灰が沈着し、ある日突然痛みが生じます。

2011-12-30 15:43:31 | 健康/くらし/薪ストーブetc
2011年もあと二日となりました。
年末年始の行事は特にしないと決めているので、けっこうのんびりしています。

雪が積もって青菜がないので、たくさんある大根とニンジンを
ピーラーで薄くささがきにして、庭にあるキンカンの薄切りをのせて、
青みにちぎったレタスもまぜて、キンカンサラダを食べています。

キンカンの皮に濃くと甘みがあるので、このままでもイケてます。

大粒の籐九郎ぎんなんもあらって乾燥させて出番を待っています。


おせち料理も作らないつもりですが、箸休めに、
「赤カブのユズ酢漬け」をつくりました。
 
まだ発色途中ですが、鮮やかな赤色とゆずの香りが食欲をそそります。

友人から郵便物が届きました。
軽くてふわふわしているので、なにかしら、と思って袋を開けたら、
   
「絹に炭を塗布した手首用あったかサポーター」がでてきました。
   
さっそく手首にはめて、PCに向かっています。

昨年くらいから、指の第一関節がはれて曲がってきて、
ホパーデン結節(変形関節症の一種)になっています。
華麗、じゃなかった、加齢によるものだという事ですが、
手指を酷使する人に発症しやすいとか。
PCを長時間したり、冷えてくると痛み出てくるので、
すこしでも手を温めるように、と送ってくださったのです。
両手もポカポカ、こころもポカポカ、お心づかい、ありがとうございます。

数年前までは、右肩の「石灰沈着性腱板炎」に泣かされていて、
右手が全く使えない状態が半年ほど続きました。
とつぜん起きる激痛で身動きもできず、
つれあいがこのまま寝たきりになるのでは、と心配したほどでした。

いわゆる「五十肩」とは違う病気で、理解してもらえることが少なかったのですが、
ちょうど25日の毎日新聞に、この病気の詳しい説明がのりました。
「五十肩」と思っている人で痛みがひどい人は、「石灰沈着性腱板(けんばん)炎」かもしれません。


毎日新聞 2011年12月25日

この時の肩の痛みに比べたら(といってももう二度と経験したくない)、
指の痛みはなんとかガマンできる痛みです。

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  医療&健康ナビ:石灰沈着性腱板炎 肩関節に石灰が沈着し、ある日突然痛みが生じます。

◇痛み・炎症抑え、回復待って
 札幌市内の男性会社員(48)は10月中旬、仕事中に突然右肩に強い痛みを感じた。「五十肩かな」と気にしないようにしていたが、じんじんとする痛みは時間がたつにつれ強くなった。
 振動が伝わると痛みが激しくなるため、ひじ、手首も動かせず、歩くこともままならない。布団に入っても激痛で眠れなかった。
 我慢できず、2日後に整形外科を受診。レントゲン撮影をすると、右肩の端に小さな塊が白くはっきりと写っていた。診断は「石灰沈着性腱板(けんばん)炎」。医師には「直径2センチくらいの石灰の塊がある」と言われた。痛み止めの注射を打ってもらい、炎症と痛みを抑える飲み薬や座薬を処方してもらった。
 注射で一時的に痛みは治まったが、箸も持てない状態は丸4日間続いた。「その後、日に日に肩を動かせる範囲が広がった。『今日は右手で歯ブラシが持てた』など、徐々に普通の生活ができるようになった」。週1回、計1カ月ほど通院し、日常生活に困る痛みはなくなったという。

 ◇発症原因は不明
 石灰沈着性腱板炎は、「腱板」という組織に、骨や歯を構成する主成分で石灰の一種、ハイドロキシアパタイトが沈着し強い痛みが生じる病気だ。石灰性腱炎とも呼ばれる。腱板とは、肩の屋根にあたる骨(肩峰(けんぽう))と上腕骨の間にある四つの筋肉・腱の総称。石灰は膝など、どの関節にもたまることはあるが、肩関節が一番多い。
 広瀬聡明・札幌医科大助教(整形外科)は「激烈な痛みが起こるのは石灰が溶け始めた兆候で、溶け出した石灰を体が異物とみなし、炎症反応が起こるためと考えられる」という。医療機関では治療として、ステロイドとヒアルロン酸、局所麻酔薬を組み合わせて注射して痛みを抑え、抗炎症作用のある飲み薬を処方したりする。
 広瀬さんによると、国内で肩の痛みを訴えて受診する患者の6~8%は石灰が沈着しているという。患者は40~50代の女性が多いが、生活習慣や運動歴などに目立った共通点はなく、発症原因ははっきりしていない。広瀬さんは「(肩関節周辺の炎症が原因と考えられる)五十肩では腕を限界まで動かしたときの激痛と、安静時のじんわりとした痛みがあるのに対し、石灰性腱炎は、ある日突然、肩を動かしていない就寝時などに激烈な痛みが始まる」と話す。
 石灰のたまり始めのころは自覚症状はほとんどない。石灰が増えて腱板が腫れると、腕を真横や前に動かすときに、何かに引っかかるような違和感を覚えるようになるが、安静時の痛みは少ない。
 ところがある日突然、強烈な痛みが生じる。あまりの痛みに、その後の肩への影響を心配する人もいるが、自然に回復する。痛みが軽くなっても石灰が残る患者もいて、手術で石灰を取り除く場合もある。最近は小さな切り口から内視鏡を入れて切除する、関節鏡視下手術を行う医療機関が増えている。

 ◇姿勢正し軽く運動
 広瀬さんは、石灰が完全になくなるまでの間、猫背を避けて姿勢を良くすることと、可能な範囲で肩のストレッチをすることを提案する。
 肩峰の下の組織は元々血行が悪いため性質が変わりやすく、動かすことで摩耗してしまうなどの理由から、比較的傷みやすいと考えられている。姿勢が悪いと腕を動かすときに腱板が肩峰に引っかかり、炎症がさらに悪化したり、周囲の組織に広がったりしやすくなる。
 ストレッチは、肩の可動域(動かすことができる範囲)を確保したり、姿勢を維持するのに必要な筋肉を鍛えるのが目的だ。「肩を自然に下ろし、胸を張った状態で5秒間停止」「壁を押すように手を前に出して力を入れたまま5秒間止める」などの簡単な運動でも、その後の痛みを軽減できるという。
 絶対に避けたいのは、痛みを我慢したままの無理な運動。広瀬さんは「痛みを避けようとすると、不自然な動かし方をして姿勢が悪くなる。痛みは我慢せず、ストレッチもできる範囲でやってほしい」と話す。【大場あい】
毎日新聞 2011年12月25日


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12月29日(木)のつぶやき

2011-12-30 02:45:49 | 花/美しいもの
07:53 from web
RT @hiraimori: お早うございます。今朝、上野千鶴子さんから返信が入っていました。忙しい中、有難い。WANのサイト、いよいよ充実。男性を排除はしていません。反原発情報もしっかりしています。グローバルなのがいい。よろしく。http://t.co/BgzHTa7f
16:17 from Tweet Button
【暮らし】中日新聞:小児疾患の医療費助成 成人後まで延長を:暮らし(CHUNICHI Web) http://t.co/i56nVbA1
16:18 from Tweet Button
稲熊美樹さんの記事です。【暮らし】中日新聞:ファミリー・サポート・センター事業 事故責任あいまい:暮らし(CHUNICHI Web) http://t.co/xc820h3s
16:19 from web
RT @asakaruko: 11月4日に開催した、上野千鶴子さんと熊谷晋一郎さんの対談「快楽はどこから来るのか?」の内容が、「現代思想1月号」に掲載されました。会場のライブ感がじんじん伝わってきます! http://t.co/8r4NSdcY (石)
17:43 from Tweet Button
さざ波日記:382_『プラネットの軌跡2010』編集中! http://t.co/1h9JxFAK
17:43 from web
RT @kama38: なんと~「ヒバクシャ」と「六ヶ所村ラプソディー」がついにテレビに登場です。岩井俊二監督セレクト「映画は世界に警鐘を鳴らし続ける」特別企画です。詳しくはこちらをーhttp://t.co/ddIZsuwC
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均等法25年:わたしたちはいま/上 家庭との両立に残業の壁/下 「非正規」の待遇改善遠く

2011-12-29 17:03:49 | ジェンダー/上野千鶴子
ケンちゃんとひまりちゃんが、沖縄土産を届けがてら、
遊びに来てくれました。

沖縄のおみやげは、いま人気(だそうです)の
 元祖「紅いもタルト」



御菓子御殿HP

紅イモの自然な色で、無着色・無香料で作ったタルト、おいしそうです。


さっそくキンカンを添えていただきました。

自然な甘さでやさしい味です。

そうそう、けんちゃんからは「洋ナシ(ラ・フランス)とふじリンゴ」も
宅急便で届いていました。
   
サンフジは小ぶりですが、蜜リンゴです。
ラ・フランス、そろそろ食べごろですね。
  
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12月26日と27日の毎日新聞で「均等法25年:わたしたちはいま」が
二日続きで載りました。
26日の(上)の記事中には、ウィメンズアクションネットワーク理事長の上野千鶴子さんも登場。
リンクが切れてしまわないうちに紹介します。

均等法25年:わたしたちはいま/上 
2011.12.26 毎日新聞


均等法25年:わたしたちはいま/上 家庭との両立に残業の壁  

 男女雇用機会均等法が施行されて25年。働く女性が増えた一方で、長時間労働を避けられず、家事や育児に追われる中で、仕事と家庭の両立を諦めてしまう人はいまも多い。女性の働き方と職場の現実をみた。【山崎友記子、田村佳子、榊真理子】

 ◇出産で6割退職「家族のため」「職場に迷惑」
 仕事は好きだったけど、家庭を犠牲にしてまでは--。東京都内に住む知美さん(30)=仮名=は昨年7月、4年間勤めた情報サービス系の会社を退職した。会社員の男性(32)と結婚した5カ月後だった。
 職場には30代以上で独身の女性が多く、午後9時前に退社する人はほとんどいなかった。結婚していても「平日はご飯は作らない」という先輩、子どもがいても「夕食は保育園で食べさせてくれるから」と残業する女性社員もいた。知美さんには「カルチャーショック」だった。
 子どものころ、母親はパートで働いていたが、必ず子どもたちより先に帰宅し夕食を作っていた。学生時代は「総合職でバリバリ働きたい」と思い、就職後も忙しいのは苦ではなかった。出版物の広報を担当し、やりがいも感じたが、「自分はそうまでして働きたいだろうか」との疑念が晴れず、結局仕事を断念した。
 「子育てにはお金がかかるしマイホームもほしい」。今年4月に長男を出産した知美さんは、再び働くことも考え始めている。「正社員のまま働いていた方が良かったかな」とも考えるが、「今度働く時は自分の生きがいのためでなく、家族のため」という。
     *
 90年代以降、下がり続けていた専業主婦志向の割合が、若い世代を中心に上向いている。国立社会保障・人口問題研究所の「全国家庭動向調査」(08年)によると、「夫は外で働き、妻は主婦業に専念すべきだ」と考える既婚女性の割合が増加に転じた。特に29歳以下は48%と、03年の前回調査より12ポイント増。50代(42%)より高かった。
 NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長で元東大教授の上野千鶴子さんは「上の世代の女性が苦労しているのを見ているから、結婚も仕事も要求されたら『やってられない』という感覚が若い女性一般にある」とみる。 美希さん(38)=仮名=が10年以上勤めた会社を辞めたのも、仕事と家庭を両立できない、と思ったからだ。
 96年に大学を卒業後、情報通信関係の企業に就職。入社7年目に東京の本社にある希望の部署に配属され、大きなプロジェクトを次々と担当した。会社員の男性(39)と結婚し、公私ともに充実していた。
 一方で、子どもが欲しいという気持ちも膨らんでいった。現実には長期の仕事を任されるたび、「周りに迷惑をかけたくない」と妊娠しないように気をつけた。出張や深夜業務が多く、休みも不定期。子育て中の同僚は皆無で、尊敬していた女性の先輩からは「あなたがママ社員のパイオニアになりなさい」と言われた。「言うのは簡単だけど無理じゃん」
 気がつくと結婚生活は5年目に入り、30代半ばに。上司に新たな仕事を打診された時、決心した。「今を逃したら、また身動きが取れなくなる」。決意が揺らがないよう、誰にも相談せずに退職を申し出た。
 今、美希さんは都内にある小さな会社に再就職し、深夜まで働いている。結局子どもには恵まれず、結婚生活にもピリオドを打った。「今の会社も子どもがいない女性ばかり。そうでないと続けられない」と苦笑する。結婚はもうしないのでは、と思っている。
     *
「母性を尊重されつつ充実した職業生活を営むことができるようにする」(第2条)とうたう男女雇用機会均等法だが、残業が当たり前の職場が多く、長時間の保育サービスや夫や親の協力なしに仕事を続けられないのが現実だ。同じ研究所の昨年の調査では、出産で仕事をやめた人は約6割にものぼる。
総合商社の伊藤忠商事に勤める細辻享子さん(45)のもとには、後輩たちから多くの相談が届く。89年に女性総合職第1号として入社した細辻さんは、現在2児の母。「結婚して子どもも欲しい。この会社で両立できますか」と悩む若い社員に、「どっちかではなく両方やったらいい。自ら可能性を狭めるのはもったいない」と励ましている。
 均等法が施行されたころ、細辻さんは大学生。バブル景気に沸き、就職は学生の売り手市場だった。入社2年目からシステム開発のプロジェクトを担当。土日の休みもなく、会社に寝泊まりして働いた。7年目からはインターネット事業の発足を任された。ずっと独身でいい、子どももいなくていい、と思っていた。
 だが、37歳で結婚し、夫は子どもを望んだ。40歳で長女を、2年後には長男を出産した。「家庭か仕事か」でなく、「子どもがいても働き続けるにはどうしたらいいか」と選択肢を探したという。
 出張がなく残業の少ない部署に異動し両立を図った。夫は「こちらの時間に合わせてくれる人」で、食事の支度などもしてくれて助かっている。「穴はあけたくない」と2度の出産とも育休はとらなかったが、後輩には育休を勧めている。
 20~30代のころは全部自分で解決しようとしていたという細辻さん。「出産後、周りに助けを求めないとやっていけないと気づいた。子育てで制約はあっても何かやり方があるはず。諦めないで」とエールを送る。
 自分には、働き方のモデルとなる先輩がいなくても気にならなかった。でも若い人たちには、モデルがいないのが不安なようだ。「私でもやってるんだから大丈夫。定年まで、がんばろうかな」。細辻さんに笑みがこぼれた。
==============
 ◇男女雇用機会均等法
 採用や昇進など雇用に関する男女の平等な待遇を目指し、86年に施行。性別を理由とした募集・採用、配置、昇進や定年の差別的扱いや、結婚、妊娠・出産による解雇などを禁じる。セクハラ防止の配慮義務や、転勤を昇進の要件にするなどの間接差別の禁止も盛り込まれ、男性も対象に含めた。育児・介護休業法、パートタイム労働法とともに「均等3法」と呼ばれ、仕事と家庭を両立し、差別なく能力を発揮することが図られてきた。しかし、女性の平均勤続年数は01年以降、伸びておらず、労働環境の改善が求められている。
毎日新聞 2011年12月26日


均等法25年:わたしたちはいま/下 「非正規」の待遇改善遠く 

◇正社員でも賃金は男性の7割、昇進にも格差
 関東地方の自治体で、非常勤職員として相談員を務めていた正子さん(39)=仮名=は、出産を機に退職を余儀なくされた。約7年間勤めた職場だった。
 08年春に、長男を出産。2カ月間の産休が明けた後は、保育所に長男を預けて職場復帰するつもりだった。しかし保育所に空きがなく、民間の託児サービスも利用料が高くて手が出なかった。
 保育士の夫と共働きで、双方の親は離れて暮らす。預け先が見つからず職場に戻れないまま、自己都合の「欠勤」扱いになった。正子さんは労組を通じ、育休が取れるように交渉を続けたが、逆に上司からは「代わりの職員を補充できず、職場が大変」と暗に退職を勧められた。1年ごとの雇用契約は翌春、更新されなかった。長期の「欠勤」が理由だった。
 「均等3法」の一つ、育児・介護休業法(育休法)は現在、正社員だけでなく、一定の条件を満たすパートや派遣社員などの非正規労働者にも育休取得を認めている。民間にならい、地方公務員育児休業法が改正され、今年4月からは自治体の非常勤職員(一般職)も育休が取れるようになった。
正子さんが出産した当時、まだ非常勤職員は育休制度の対象外だった。同じ職場の相談員は全員、非常勤。同僚が以前、妊娠・出産した際に「育休制度を作ってほしい」と共に掛け合ったが、聞き入れられなかった。同僚も子どもの預け先が見つからず、退職したという。
 待遇は劣っていても、社会的意義を感じて続けてきた相談員の仕事。「職場は非常勤職員で支えられているのに、育休を取ることさえ認められなかったのはおかしい」と正子さんは憤る。この自治体で相談員は「一般職」ではなく、専門性の高い「特別職」と位置づけられているため、育休法改正後の今も、育休取得が認められていない。
    *
 非正規に比べ、男女が均等に待遇されているはずの正社員でも、格差が埋まらない現実がある。男女雇用機会均等法の施行後、男女間の賃金格差は徐々に縮小してきたが、女性労働者(パートを除く)の平均賃金は依然として、男性の7割程度(厚生労働省の調査)。男性に比べ管理職の割合が低く、勤続年数も短いことが主な要因だ。
 「同期・同学歴の男性は半数以上が管理職になったのに、女性は2人だけ。同じようにがんばってきたのに、なぜこんなにも差があるのか」
 中国電力に約30年間勤めてきた長迫忍さん(49)は08年、同社を相手取り、広島地裁に提訴した。昇級や賃金に男女差別があったとして、損害賠償などを求めている。
 入社した当時、男性には契約や集金などの業務が割り当てられたのに対し、女性はお茶くみやコピーといった雑務が主で、男性が当直で使ったシーツの交換や風呂の掃除までさせられた。長迫さんは上司に「男性と同じように働きたい」と訴え続け、認められたのは入社から10年近くたってから。均等法の施行後だった。
 週1回の当直や深夜の停電対応にもあたるようになり、職場の業務改善を提案して社内表彰も受けた。しかし、業務は男性と同じになっても、昇進昇格は差が広がるばかり。同じ職能等級に13年間留め置かれ、10歳年下の後輩男性が自分を飛び越え、管理職になった。
 今年3月の地裁判決は、社内全体で女性が男性より平均して昇格が遅く、「男女差がある」ことは認めた。だが、長迫さんが昇格しないのは個別の人事評価の結果とし、「女性差別ではない」と訴えを退けた。
 長迫さんが判決で何より驚いたのは、中国電力が提出した女性社員の意識調査に言及した箇所。調査は97年に実施され、女性の75%が「管理職になりたくない」と回答していた。
 <女性社員には、就労するのは結婚出産までという意識や女性は家庭を守るべきという意識の人が少なくない。このような意識が労働意欲に影響を与える結果、人事考課で評価が男性より低くなる女性がいるという可能性も否定できない>
 長迫さんは判決文の紙に、蛍光ペンで強く線を引いた。「裁判所が差別を女性の責任にして正当化するなんて許せない」。原告側の宮地光子弁護士は「調査に表れた女性の意識は、仕事と家庭の両立を困難にするような企業の差別的な雇用管理の結果」と指摘する。
 長迫さんは広島高裁に控訴し、係争中だ。「こんな手間暇かけて勝ち取るものじゃなく、男性も女性も共に働くことが当たり前になってほしい」【山崎友記子、田村佳子、榊真理子】
毎日新聞 2011年12月27日 


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【福島原発事故調 中間報告】および新聞各社の社説/東電と国による「人災」暴くetc

2011-12-28 18:28:48 | 地震・原発・災害
2011年もあと数日となった一昨日、3月11日に起きた福島第1原発事故の
調査・検証委員会の中間報告が出た。
年の背のあわただしい時期に重大発表をするのは、
なんか都合の悪いことを隠したいときに、よく使う手で既視感がある。
それとも、原発事故については今年のうちに終わらせておきたい、
または、野田首相の事故終息宣言に合わせたのだろうか。

中間報告は500ページにも及ぶかなり厳しい内容、とのことだけど、
うがった見方をすれば、マスコミは年が変われば、紙面も新年企画に変わるので、
年末の発表なら、追及を振り切ることもできる。

毎日新聞と中日新聞に載っていた要約を読む限り、
一つずつの検証や原因究明、責任がどこにあるのかがあいまいで、まだまだ甘い。
とはいえ、読んでいて胸がわるくなり、さらに読みすすめるうちに、涙が出てきた。
こんなことは原発事故が起きた時に、きっとそうなるだろうと予想できたこと。
じっさい、わたしは事故直後に「メルトダウン」と書いて、
事故を過小評価し原発を擁護する人から「大げさに言うな」と非難を受けている。

昨日の新聞各社は、社説で「事故は人災」と断じているけれど、
取り返しがつかない被害は、解決されないまま、いまこの瞬間もつづいている。
年が変わっても、今日も明日も、来年も再来年も、
この先何十年も続いていくのだろう、と思うと、胸ふさがる思いです。

社説:東日本大震災 原発事故中間報告/東電と国による「人災」暴く  

 過酷事故への備えや、当然講じるべき対策をことごとく怠っていた。発生後の対応もお粗末の一語に尽きる。東京電力と規制機関である経済産業省原子力安全・保安院とのなれ合いも、事故の一因となった。
 福島第1原発事故をめぐる政府の調査・検証委員会の中間報告。安全神話を過信し、あぐらをかいてきたことのつけが、いかに大きかったかを指弾する内容と言える。
 事故後、「想定外の事象が起きた」との発言が繰り返されたことについては、たとえ発生確率が低くても「あり得ることは起こり得る」と考えるべきだったと厳しく批判した。
 決して事故を起こしてはならない原発を手掛ける関係者の災害、事故への心構え、対策があまりに不適切だったことに、驚きを禁じ得ない。ここまで不手際が重ならなければ、被害拡大を防げたのではないか。
 最終報告は来年夏で、今回は判断を先送りした事項もある。当時の閣僚の聴取を含め、どこまで真相を明らかにできるか。慎重に見極めていきたい。
 中間報告の要点の一つは、事故を未然に防止する機会はなかったかだ。東電が、政府の地震調査推進本部の見解に基づく2008年の試算で、最大15.7メートルの津波が起こるとの結果を得ていたことが重視された。
 この時、東電の担当者は防潮堤を造れば数百億円の費用と約4年の時間が必要だと指摘。幹部らは「そんな津波は実際には来ない」と断言したという。
 貞観津波の研究でも9.2メートルの津波が起こると評価され、09年に東電が保安院に説明。しかし、保安院側は対策工事を求めず、上司にも報告しなかった。
 08年の試算については、保安院が大震災直前のことし3月7日になって把握。「早く津波対策を検討し、報告書を出してほしい」と述べたものの、対策工事を求めることはなかった。
 東電は安全性の確保を第一に考えるべきなのに、経済性にこだわるあまり、津波による過酷事故への備えを放棄した。そう非難されても仕方あるまい。対策を指示すべき保安院も、自らの役割を全く果たさなかった。
 両者のなれ合い、原発を推進する経産省に規制機関の保安院があることの弊害が、最悪の事態を招いたのは間違いない。
 事故後、官邸と関係省庁、東電との情報共有が不十分だったことや、原子炉冷却作業で不手際が続いたことも指摘された。
 第1原発1号機では、原子炉冷却の最後の手段である非常用復水器を作動した経験がある運転員が1人もおらず、作動状況を正しく認識できなかった。
 これが1号機への海水注入を遅らせ、蒸気を放出して圧力を下げるベントに時間がかかった原因とされる。停止した装置が稼働していると誤認したことが燃料溶融を早めたことも分かった。あぜんとするばかりだ。
 十分起こり得る複合災害を「想定外」に追いやり、対策を怠ったことが招いた事故。「人災」だったことは誰の目にも明らかだ。これでは原発維持を肯定することなど到底、できない。
2011年12月28日水曜日 河北新報 


社説:福島原発事故調 住民を守る態勢の貧弱さ(2011年12月28日 西日本新聞)

【社説】原発事故報告 設計欠陥に迫る姿勢で(2011年12月28日 中日新聞)

原発事故報告―危機を想定せぬ愚かさ(2011年12月27日 朝日新聞)

社説:原発事故調 最終に向け踏み込め(2011年12月27日 毎日新聞)


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 東京電力福島原子力発電所における「事故調査・検証委員会 」中間報告 

福島第1原発:東電ミス連鎖で深刻化 事故調中間報告書

 東京電力福島第1原発事故の原因などを調べてきた政府の「事故調査・検証委員会」(委員長・畑村洋太郎東京大名誉教授)は26日、中間報告書をまとめた。炉心溶融を防ぐための冷却装置への東電の対応に問題があったと認定し、「極めて遺憾」と指摘。政府の対策本部が機能不全に陥っていたことにも言及した。深刻な被害にいたった背景として、自然災害と原発事故の複合災害という視点がなく、政府や東電の備えの欠如があったと分析した。
 報告書は一連の事故で、(1)東電の対応(2)政府の対応(3)市民の被ばく防止(4)過酷事故(シビアアクシデント)対策--の4点で問題があったとしている。
 東電の対応では、1号機の冷却装置「非常用復水器」(IC)の稼働状況で誤解があった上、3号機の冷却装置「高圧注水系」(HPCI)の操作で不手際があったと分析している。具体的には、ICは津波到達後に機能を失ったが、現場ではICの役割を十分把握していなかった上に、吉田昌郎所長(当時)や本店は稼働していると誤解。誤解に気づく機会は何度もあったが見逃された。
 HPCIの操作では、運転員が吉田所長らの判断を仰がず、別の注水操作をしようとして稼働を停止した。その後、バッテリーがなくHPCIの再起動はできなかった。
 検証委は1、3号機で「より早い段階で現状を認識し、別の方法で注水に着手していれば炉心損傷の進行を緩和し、放射性物質の放出量は減った可能性がある」と分析。ただし、最善の対応が実施できても1、3号機の水素爆発が防げたかは判断が難しいと評価した。
 政府対策本部の問題では、原子力災害対策特別措置法に基づき、首相官邸の地下に官邸対策室が設置されたが、携帯電話が通じない上に菅直人首相(当時)らは官邸5階にいて、情報共有ができず円滑に対応できなかった点を挙げた。経済産業省原子力安全・保安院は、東電のテレビ会議システムの活用に気づかない上、職員を東電に派遣しないなど情報収集に消極的な姿勢を問題視している。
 このほか、放射性物質の拡散を分析し、被ばく防止に役立てる政府の「緊急時迅速放射能影響予測システム」(SPEEDI)に言及。地震に伴うシステム損傷で本来の機能が発揮できなかったほか、暫定分析の公表も遅れたために、被災者の避難に混乱を招いたとしている。
 シビアアクシデント対策では、巨大津波の来襲を予想できたにもかかわらず実施していなかったことから、東電など電力事業者による自主的な運用には限界があるとした。
 一方、地震による重要機器の損傷は確認できないが、現場の調査が実施できていないとして最終判断は先送りした。
 検証委は6月から調査を開始。原因解明に主眼を置き、責任は追及しない方針を打ち出し、今月半ばまでに関係者456人から延べ約900時間聴取した。時間的な制約で閣僚の聴取は終わっておらず菅前首相ら官邸中枢の具体的な関与などは来年夏の最終報告書に盛り込む。
 中間報告書は本編507ページと資料編212ページで構成。検証委のウェブ(http://icanps.go.jp/)で公表し、来年1月末まで意見を募集する。【奥山智己、岡田英】

 ◇IC(非常用復水器)とHPCI(高圧注水系)
 ICは古いタイプの原子炉に特有の緊急時用冷却装置で、福島第1原発では1号機にしかない。交流電源が失われた時に、炉内の核燃料を冷却するために使用する。HPCIは、非常時に原子炉内に注水するために備えられた緊急炉心冷却装置(ECCS)の一つで、原子炉内の水位が異常に下がった場合に働く。停電時でもバッテリーで使用できるのが利点。
毎日新聞 2011年12月26日 


  【福島原発事故調 中間報告】
2011年12月27日 東京新聞

政府の福島第一原発事故調査・検証委員会中間報告の詳報は次の通り。

<第1章>はじめに
 当委員会は、事故の原因と被害の原因を究明する調査・検証を行い、被害拡大防止と事故再発防止に関する政策提言を行うことを目的として、五月二十四日の閣議決定で設置された。来年夏に最終報告を取りまとめる。

<第2章>事故の概要
 三月十一日午後二時四十六分、マグニチュード(M)9・0の地震が発生し、津波の第一波は十一日午後三時二十七分、東京電力福島第一原発に到達した。主要建屋エリアはほぼ全域が浸水。浸水高は一一・五メートル~一五・五メートル。運転中の1~3号機は自動スクラム(緊急停止)が達成されたとみられるが、地震と津波でほぼ全ての交流電源が失われ、原子炉や使用済み燃料プールが冷却不能に陥った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(以下略)

-------------------------------------------------------------------------------------------------
【福島原発事故調 中間報告】
<第5章>発電所外の事故対応

2011年12月27日 東京新聞

▽SPEEDI
 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)は外部電源喪失でデータ伝送ができず、放射性物質の拡散予測ができなかった。管理する原子力安全技術センターが単位量放出を仮定して予測したが、文科省、原子力安全委は活用しなかった。しかし拡散方向や相対的分布量を予測でき、少なくとも避難方向の判断に有効だった。各機関はさまざまな仮定で計算したが、結果はしばらく公表せず避難に活用されなかった。

 ▽住民避難
 避難指示は現地対策本部長が市町村に伝えることになっていたが、電話がつながるまで時間を要し、自治体が認知したのはほとんど、テレビなどの報道によってだった。避難用バスの割り振りはスムーズにいかず、道路損壊や渋滞で必要な自治体に行き渡らなかった。

 ▽東電の放射線管理
 東電は当初、社内規定による管理区域を指定し直さなかった。五月十日ごろまで、放射線業務従事者に三十分程度の簡易な説明や指導を受けさせただけで作業をさせた。放射線管理手帳を持たずに作業する者も生じた。
 東電は警報付きポケット線量計約五千個を配備していたが、大部分は津波で使用できなくなった。三月十二~十三日に柏崎刈羽原発から五百個が届いたが、担当者間の連絡が不十分で四月一日まで保管されたままだった。

 ▽住民の被ばく
 福島県は三月十一日夜からスクリーニングの実施を決め、翌日開始。人手が足りず国や大学などの支援を得た。県内の初期被ばく医療機関のうち三病院は第一原発から半径十キロ圏内。避難区域に含まれ、機能しなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<第7章>問題点の考察と提言
 ▽事故後の政府対応
 現地対策本部の設置場所のオフサイトセンターが、放射性物質による汚染に十分配慮しておらず、使用不能に陥った。大規模災害でも機能を維持できるよう速やかに整備を図る必要がある。
 事故対応の意思決定が行われたのは主に官邸五階で、五階と地下の参集チームのコミュニケーションが不十分だった。情報の入手ルートが確立されておらず国民への情報提供にも課題が残った。

 ▽原発の事故後の対応
 1号機のICの機能の認識や操作の習熟が不足しており、対処遅延の連鎖を招いた。3号機ではHPCIを手動停止した後、代替注水の操作に失敗、事後報告が遅れ、注水が途切れたことは極めて遺憾。代替注水の緊急性の認識が欠如していた。適切に対処していれば炉心損傷の進行を緩和、放射性物質の放出を少なくできた可能性がある。

 ▽被害拡大の防止対策
 避難の判断材料となるモニタリング装置の多くが津波や停電で使用不能になった。SPEEDIが避難指示の意思決定に活用されず、指示は「ともかく逃げろ」というに等しく、きめ細かさに欠けた。汚染された水を、周辺諸国への事前説明をしないまま海洋放出したことは、わが国の対応に不信感を招いた。

 ▽不適切だった津波・過酷事故対策
 津波対策の基準を提示するのは保安院の役割だが、その努力がなされた形跡はなかった。
 東電は対策を見直す契機はあったが、見直しはなされず事故を防げなかった。具体的対策を講じておくことが望まれた。
 過酷事故対策が実施されたのは機械故障や人的ミスなどだけで、地震や津波など外的事象は対象にならなかった。民営である電力事業者が、発生確率が低い津波などへの対策に前向きでないのは、ある意味当然で、自主保安の限界を示す。

 ▽安全規制組織
 政府は新組織「原子力安全庁」(仮称)発足を目指している。安全規制機関として実を挙げるため、独立性と透明性の確保、緊急事態に対応する組織力、情報提供の役割の自覚、人材確保と専門能力の向上に留意するよう要望する。

 ▽まとめ
 問題の多くは(1)津波による過酷事故対策の欠如(2)複合災害という視点の欠如(3)全体像を見る視点の欠如-が影響している。いったん事故が起きると重大な被害を生じる恐れのある巨大システムの災害対策は、考え方の枠組み(パラダイム)の転換が求められている。
 事故後、関係者から「想定外の事象が起こった」との発言が相次いだが、どんなに発生確率が低い事象であっても「あり得ることは起こり得る」と考えるべきである。(人物の肩書は断りのない限り今年三月時点の肩書)


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12月27日(火)のつぶやき

2011-12-28 02:46:42 | 花/美しいもの
08:23 from Tweet Button
新米・有機・無農薬 初霜(ハツシモ)――上野千鶴子 | WAN:Women's Action Network http://t.co/E19k6qsf
11:48 from Tweet Button
この中日の社説、とっても良いです。◎中日新聞:遠くて近きものは 週のはじめに考える:社説(CHUNICHI Web) http://t.co/VzIttr1D
22:29 from web
RT @dol_editors: [相川俊英]市民税減税案の可決で名古屋の庶民革命は結実したか河村市長に見え隠れする国政への執念と残された課題 - 相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記 http://t.co/1tyhsUIy
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中日新聞社説:遠くて近きものは 週のはじめに考える/初雪で木々の被害・・・

2011-12-27 20:27:58 | 市民運動/市民自治/政治
一昨日からの雪で、畑は一面の銀世界。

火曜日は野菜の配達日なので、収穫する畝だけ積もった雪をどけて、
ダイコンやニンジンを抜き取ります。
   
とはいえ、葉物野菜は雪の重みで地面にくっついているので、
どこに何があるのか、まったくわかりません。
雪をかぶった野菜は、凍りつかないように糖分を濃くするので、
「雪下野菜」は甘みが増してきます。
  

お昼ご飯は、ひと月前に掘った山の芋で、
   
山芋と初産み卵のせとろろそば。
   

昼からは晴れてきたので、雪で折れた庭木を起こし、
支柱を立てて補強してやりました。

根が浅くて背が高いギンバイカは完全に倒れてしまったので、
三脚のはさぐいを立てて、シュロ縄で支柱ごとぐるぐる巻きに。
   

手前のツルバラは、フェンスの支柱が折れて倒れてしまいました。
   
一昨年、大雪で枝が裂けて折れてしまったミツマタは、
雪が降る前に、テープで枝をつったので被害なし。
   

   

枝が弱い木は、雪のなか、ぐるぐる巻き。
       

矮性の姫タイサンボクは、枝が地面に垂れていると思ったのですが、
近づいてみると、大きな枝が二か所、大きく折れていました。
  
主枝が2メートルくらい折れてしまったので、高さは半分になっていました。
葉が大きな常緑樹なので、また雪が積もったら、
雪の重みで他の枝も折れてしまうでしょう。


はさぐいの三脚でしっかり固定、広がった枝を
一本ずつシュロ縄でいちばん上からつりました。

雪が降る前にやっておけばよかったです。

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話しは変わりますが、
昨日の中日新聞の社説、とっても良かったです。

・・・・誰かに任せるのではなく「国の未来は自分たちで決める」という気概に富む主権者でありたいものです。

社説:遠くて近きものは 週のはじめに考える 
2011年12月26日 中日新聞

 過去は現在を照射して未来への展望を開いてくれます。閉塞(へいそく)感に覆われ、政治が非力な時代だからこそ熱狂を警戒し冷静であることが求められます。
 真珠湾攻撃から七十年、映画の完成もあって山本五十六が脚光を浴びています。対米戦争に誰よりも反対しながら、開戦の指揮を執ることになった提督です。

 経済停滞、政治の機能不全に不安、不満が募る状況に当時と似たところがあるからでしょう。
 陸軍若手将校がクーデター未遂の二・二六事件を起こした一九三六年から開戦の四一年までの五年間で、内閣総理大臣が六人誕生するほど政治は不安定でした。

 民主的に握った独裁権
 政治のブレーキが利かず、軍部は既成事実を積み重ねて暴走し、まるで軍部独裁でした。
 それから七十年余、「独裁も必要」と言う橋下徹氏の率いる「大阪維新の会」が大阪府議選、府知事選、市長選で圧勝しました。橋下氏は「民意を無視する職員は去ってもらう」と自分になびかない職員を威嚇し、「維新の会」は政治的に中立であるべき教育委員を政治に追従させる教育基本条例を制定しようとしています。
 枕草子には「遠くて近きものは極楽、舟の道、人の仲」とあります。「十万億土の彼方(かなた)にある極楽も、ひたすら仏を念ずればたちまち到達する」「遠いと思っても舟旅ならすぐ着く」「男女はいつの間にか結ばれる」と言うのです。
 清少納言が生きていたらこれに「民主主義と独裁」を加えるかもしれません。
 日本の同盟国だったドイツのナチスはクーデターで権力を奪ったのではありません。極めて民主的と評されていたワイマール憲法の下で選挙に勝ち、全権委任法を議会で制定して総統ヒトラーが独裁者になったのです。独裁を許したのは国民でした。

 言葉が躍るだけの政治
 野田佳彦首相は、小泉純一郎氏が退陣した後の五年間でやはり六人目の総理大臣です。政権が変わっても民主党のマニフェストは多くが空手形です。政治家の言葉が躍るばかりで成果はいっこうに見えてきません。
 破産に近い国家財政、破綻寸前の社会福祉制度、難航する地震、津波被害からの復興、終息の見えない原発事故…重なる危機を前に責任者が適切なリーダーシップを発揮できず混乱しています。
 その一方で「風評被害」だとか「絆」などといった責任を曖昧にする言葉が飛び交い、異論を唱えにくい空気もあります。
 政治不信が高じると強力な指導者待望論に結びつき、独裁を歓迎する雰囲気が生まれかねません。
 閉塞感に覆われた時代に民衆の不満を束ねるには、敵をつくって目をそちらに向けさせ、二者択一の決定を迫るのが手っ取り早い手法です。分かりやすく激しい言葉で熱狂させ、「人気」を「支持」に変質させます。
 橋下流はその典型といえます。その人気に押され、異なる考えの主は萎縮し沈黙します。地方自治にしろ国政にしろ、そうなると真の民主主義は機能しません。
 かつての日本軍部の暴走もナチスの暴虐も民衆の熱狂が後押ししました。「改革派か守旧派か」と問題を単純化して異論を蹴散らした小泉元首相も、有権者は圧倒的に支持しました。
 小泉改革の熱が冷めた後に見えてきたのは荒涼たる社会です。社会福祉は揺らぎ、貧富の格差が広がり、貧困層が増大し、若者が夢を抱けなくなっています。
 清少納言は「近うて遠きもの」に「宮のべの祭り、思わぬ同胞、親族の仲」をあげました。後の世に「民主主義と国民の幸せ」と加えられないよう、歴史の教訓を生かさねばなりません。
 多様性、少数意見の尊重は民主主義の大原則であり、責任ある立場の人の適切な指導力発揮と、時間をかけた丁寧な議論により相対的に適正な結論が生まれます。自らと正反対の意見でも真摯(しんし)に聞いて、自分の主張を疑ってみる寛容が社会を成熟させます。
 国民一人一人が、冷静な目で全体を客観的に見渡し、人気を能力や識見と見誤らずに熱狂から距離を置くことが大事です。
 それは報道に求められる姿勢でもあると自戒しています。近現代史はメディアが国民を熱狂に追い込んだ歴史でもあります。

 自分たちで決める気概
 混沌(こんとん)たる不安、不満から建設的な力は生まれません。情緒や感覚に頼らない冷徹な現実認識と主体的思考が、不満や政治不信を前向きエネルギーに変えます。
 増税論議の本格化など一段と厳しくなる新しい年を前に、誰かに任せるのではなく「国の未来は自分たちで決める」という気概に富む主権者でありたいものです。


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12月26日(月)のつぶやき

2011-12-27 02:48:01 | 花/美しいもの
21:52 from Tweet Button
それでもやっぱりフェミニズム~「排除されてない感」の先にある「つながり」への、心地よい面倒くささと希望(2) 荒木菜穂 | WAN:Women's Action Network http://t.co/UKODlYH6
22:46 from Tweet Button
[26,27日中]集団強姦事件控訴要請の声を検察に! | WAN:Women's Action Network http://t.co/pNrAAGkq
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日本蜜蜂に砂糖水の給餌/福祉工房「Kid's Dream」~シュトックマーの蜜ろうクレヨンと蜜ろう粘土

2011-12-26 20:35:15 | ニホンミツバチ
朝起きたら雪が20センチくらい積もっていました。
昨日、雪の重みでつぶれかけた木をシュロ縄でつったのですが、
今朝はつり忘れた、2メートルほどの姫タイサンボクがほとんど地面にくっついていました。

午前中にハートフルGで1月7日のイベントの最終打ち合わせ会議があったので、
1時間ほどの余裕を見て、ともちゃんに岐阜駅まで送ってもらいました。

12時に会議を終わって、アクティブGの「ひな野」で、
残ったメンバー4人で、年忘れビュッフェ。
  
年の瀬であわただしいのでランチは1時間半ほどでおわり。

名古屋方面からの仲間を改札口まで送ってから、
わたしはアクティブGの3Fをプラブラ。

前に通って気になっていた、子どものおもちゃ専門店に立ち寄りました。
福祉工房「Kid's Dream」(キッズ・ドリーム)

お店の入り口に蜜ろうのクレヨンと粘土があったので、
中身を見せてもらって、買いました。
  
蜜ろうは、ミツバチの巣からできていて、
小さな子どもが口にいれても安全で、発色もきれいです。

シュトックマー社の蜜ろうクレヨン

             シュトックマー社の蜜ろう粘土


吟味したおもちゃがそろっているこのお店、
ただのおもちゃさんではなかった、のです。

 福祉工房「Kid's Dream」とは?

 平成12年7月7日、JR岐阜駅アクティブ-G 3階に<もの創り><人育て>の拠点「匠」のフロアーがオープンするにあたり、その一角310号を借り受け、福祉工房「Kid's Dream」をオープンすることになりました。
 私たちは工房の立ち上げに対して、不特定多数の人が出入りをする「駅」というこの場所において、それまでALD岐阜(岐阜県・障害者地域生活支援センター)の活動を通して培ってきた
「地域で生活をする障害者(重度障害者を中心に)が福祉の名の下に保護されることに甘んじることなく、常に目的意識を持ち、積極的に社会参加をするために、同じ様な障害をもつ者が中心となり、お互いに助け励まし合う中で、情報や知識を共有し、合わせて地域社会の理解を得る中で、自らが生活環境の整備を図り、快適な生活を築いていくためのお手伝いをしていこう」
と言う目的と熱い思いの実践の場に出来たら・・・・・と考えました。
お陰様でオープンより2年半をむかえる中で、年々理解の輪が広がり、相談を始めとする利用者や仲間・支援者も増え、地道ながら着実に一歩一歩取り組みを進めることが出来るようになりました。
 私たちの工房は、
一見「玩具屋さん」!?の様に見えるかもしれませんが、
これも、利用者の方々のお声を大切にしていく上からも、私たちの大切な取り組みの一つだと考えていますし、
車いすに乗ったスタッフがお出迎えするのも、そんな思いの一環からです・・・・・
 是非一度お出かけ、お立ち寄り下さい!
福祉工房「Kid's Dream」
  代表:上村数洋 


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ところで、わが家の日本蜜蜂。
さむくなったので、巣箱を防寒することにしました。


急場しのぎに寒風をさえぎる発泡スチロールは立ててあったのですが、
梱包材の断熱材のプチプチを巻きつけました。
 
箱の下の部分は、巣くずがたまらないようにまだ網のままなので、
ここも発泡スチロールか何かでふさごうと思っています。
網のしたの板も掃除したら、裏側にスムシがべったりくっついていました。


ひょっとしたら、巣のなかにもスムシがいて冬のうちに蜜蜂が弱くなってしまうのでは、
と心配になって、砂糖水を給餌することにしました。
今まではほぼ放任。というか、世話らしい世話は何もしていませんでした。

発泡スチロールのふたをカッターで削って、
蜜蜂がおぼれないように足場を作り、そこに濃い砂糖水をいれました。

翌日見たら3匹ほど頭を砂糖水につけたまま死んでいたので、
どんな給餌器がよいかを調べてみました。

いろいろ試している人がいるようです。
 日本ミツバチ用の給餌器の製作

密閉容器の給餌器も、ひよこの飲水器と同じ原理でおもしろそうです。

  
とりあえず、スチロールトレイに穴をあけて、
浮島を作るのが簡単でよさそうなので試してみました。

一回で300ccほど入ります。


砂糖水をいれたらさっそくミツバチが降りてきました。

翌日は、いつもより元気にミツバチたちが蜜集めに出かけていたような気がします。
このあと、雪になりました。

翌朝、ともちゃんが見に行ったら、砂糖水はほとんど空っぽとのこと。
雪のなか、砂糖水を足してやりました。

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