みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

襟裳のゼニガタアザラシ・浦河のサラブレッド~「べてるの家」/釧路プリンスホテル泊

2008-06-30 07:48:13 | たび/紀行/温泉

襟裳の日の出はとても早くて4時ごろということ、
6時前に目が覚めると、外は結構明るくて霧と強風。
朝飯前に岬に散歩に行ったのだけど、寒くて寒くて・・・。
大きな獣の足跡があったので、すわ熊か、と思ったのだけど、
宿で聞いたら、シカじゃないか、ということ(ホッ)。

霧が晴れてきたので、「山水閣」をチェックアウトしてから、
ゼニガタアザラシが見えるんじゃないかと、また岬に上った。
北海道は梅雨がないとはいえ、襟裳で二日つづきの晴天はめずらしい。


 

青い空に青い海、すがすがしい空気。
何も考えずにボケっと海を見ていると、心まで洗われるようだ。



襟裳岬先端の岩場は、日本最大のゼニガタアザラシの生息地だけど、
岩とそっくりな模様なので、肉眼では見えない、らしい。
 



ゼニガタアザラシ
ゼニガタアザラシ(銭形海豹、学名:Phoca vitulina)は
アザラシ科ゴマフアザラシ属に属する海棲ほ乳類。
日本沿岸に定住する唯一のアザラシ。
北海道えりも町には現在、『えりもシール・クラブ』というアザラシとの共存共栄を考える会が
漁業被害を受けている地元漁師や旅館の主人などの市民によって運営されている。
その活動は広く知られ、朝日新聞・海の環境賞などを受賞している。


 

昨日通り過ぎてしまった百人浜に戻り、太平洋を望む展望台に登った。
  

  

えりも短角牛


お天気も良いことだし、
ともちゃんと交渉成立で、日高の海岸線を北上して、
わたしが行きたかった浦河に行くことにした。

浦河町は、日高支庁のある、日高地方の中心地のまち。
サラブレット育成で有名だけど、ぜひ来てみたいと思っていたのは「べてるの家」があるから。

ナビをセットしてきたけど、見当たらないので役所に行ったら日曜日で閉庁。
ヤマトの宅急便のお兄さんに尋ねたら、親切に道を教えてくれた。

とうとうやってきました、「べてるの家」
予約してないので見学は無理と思って、草取りをしている人に聞いたら、
「お休み」で「開所は明日から」とのこと(残念)。

ちょっと話をして、写真だけ撮らせてもらった。


通りは広くて、ホテルも二つあり、新しい建物が多いのに驚いたが、
それもそのはず、積極的に移住者を受け入れているとのこと。

浦河町移住ナビ

やっぱりただのまちじゃなかったよ浦河町。

どこまでも続く浦河のサラブレッド育成牧場をみながら、
「天馬街道(てんまかいどう・R236)」で日高山脈を越えることにした。
 

  

「馬横断注意」の看板も多かったのですが、
こんな看板も見かけました。

この天馬街道の中で、日高山脈の野塚岳のどてっ腹を貫いているのが、
延長4,232mと北海道で一番長いトンネル「野塚トンネル」です。



野塚トンネル抜けると、牧場が広がっています。




海岸線に出て、十勝川河口周辺の沼や湿原、原生花園をめぐりながら道東へ。
北海道の中でもよほどマニアックな人しか訪れない秘境中の秘境で、
午後からは曇りでしたが、日曜日だというのに、お花畑を独り占め。

約400枚ほどのお花の画像は整理できないし、
「北海道の花」のガイドブックを忘れてきたので、改めてアップしますね。


夕方、釧路プリンスホテルに到着。
  

道中、昼食を食べるところがどこにもなくて(お店もなかった・笑)、
パンをかじったたたけなので、釧路ラーメンの有名店、
「ラーメン 純水(じゅんすい)」に直行。

店内撮影禁止、でしたが、自家製麺でとってもおいしいラーメンでした。

一夜明けて、


ホテル15階の部屋、釧路港を望む大パノラマです。


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北の空と海・原生花園の花たちに逢いに/飛行機の行先は北海道。初日は襟裳岬泊。

2008-06-29 21:19:33 | 花/美しいもの
天気は曇り。
今にも雨が落ちてきそうな朝、名古屋空港から飛行機に乗りました。

  

雲の間に、遠く小さく、富士山が見えました
(画像の真ん中より少し左。拡大してごらんを)


さらに北上すると、上空は群青色。



1時間半ほどで「とかち帯広空港」に到着しました。
3年ぶりの北海道です。



前の2回はフェリーで来ましたが、
空港からレンタカー(プリウス)で南へ南へ。
海に出て、強風の黄金道路から百人浜を経て、襟裳岬に到着。
襟裳岬は交通の便が悪いので訪れる人は少ないとかで、わたしもはじめてです。

「なにもない」どころか、
思いがけなくたくさんの花たちが出迎えてくれました。



  

  

濃霧と強風の襟裳岬が、こんなに晴れてるのは珍しいとか。
ラッキーです。写真後方の岩場はゼニガタアザラシの生息地です。


  襟裳岬(えりもみさき)
岬上の襟裳岬灯台は海抜73 m、光達22海里。1889年初点灯。
他にも霧笛や無線方向探知局などが備えられている。
沖合で暖流の黒潮(日本海流)と寒流である親潮(千島海流)とがぶつかり、
濃霧が発生しやすいためである。また強風でも知られる。
岬の突端の岩場を中心にゼニガタアザラシが300~400頭棲息する。


襟裳岬の花たち
  

  





止まったのは、宿の裏から岬に徒歩で行ける、
お刺身旅館「山水閣」=さんすいかく=

お刺身の盛り合わせは、地でとれたものばかり。
めぬき、おひょう、かすべ、黒ぞい、サメガレイ、マツカワ、赤ゾイ、
ツブガイ、ホタテ、タコ、ホッキガイ。はじめて食べる魚ばかりです。

  

漁の都合で、お願いしておいた蟹がなかったのは残念でしたが、
とろけるように甘いエゾバフンウニと、こりこりのツブガイが最高でした。

さて、あしたはどこにいこうかな・・・。


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白地に赤のトライアンファイターづくし。

2008-06-28 07:31:11 | 花/美しいもの
戻ってきたCaplioR7で、さっそく庭の花を写しました。

数日前まではつぼみだったオリエントハイブリッドリリー、

トライアンファイターが咲きました。
開いたばかりのトライアンファイター。

白い花のまんなかが赤くいろづいて、すてきな花。
  
超大輪で、一度にたくさん咲くと、華やかで豪華です。


  

数日のうちに次々開いて、あっという間に10輪を越えました。


  




お隣のオリエントハイブリッドリリー・コンカドールはまだつぼみです。


鉄砲ゆりも満開。
  
20輪の以上は咲いたでしょうか。
もう花が終わっているのもあります。




他のゆりも咲き始めました。
  

カサブランカなどの晩生の品種が咲くのは、例年なら7月の半ば過ぎ。
帰ってくるまで、咲くのを待ってて欲しいな、と思いながら・・・・
では、行ってまいりまーす。


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お楽しみに!

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ネムノキには青空が似合う。

2008-06-27 13:09:22 | 花/美しいもの
1週間くらい前、愛用のリコー「CaplioR7」の
電池のふたが外れてしまい、メンディングテープで留めていたのですが、
たまたま、連れ合いのR4の電池押さえも折れてしまい、
東京のサービスセンターに修理に出していました。

けさ、修理してもらった2台が、丁寧に梱包されて届きました。

前にR4も、サービスセンターの加藤さんに直してもらったので、
今回もヤマダ電機では修理に時間がかかるので、
直接お電話して症状を話し、交換品のR7一台送ってもらい修理に出しました。

その間、R7のバッテリーの予備を買いにヤマダ電気に行ったのですが、
取り寄せで1週間から10日かかるとのことであきらめて帰ってきました。、

で、サービスセンターは銀座本社にあるので、
R7のバッテリーも一緒に送ってもらえないかと頼んだら快諾。
なんと、付属のグッズ色々もサービスでついてて、うれしい思いです。

リコーは、コピー複合機「imagio」も使っているのですが、
事務機器で有名なメーカーだけあって、
アフターケアがとってもよくて、信頼できます。



交換品で届いていた「CaplioR7」はシルバーで、
修理の間、ともちゃんと、カードだけ替えて、もうやいっこして使っていました。
R4より画像がきれいで性能がよいので、ともちゃんもすっかりお気に入り。

その交換品の「CaplioR7」で撮った、ネムノキの花。
バッテリーを買いに行った、長良のヤマダ電機(バロー)の駐車場です。


陽のあたってないところの花は、背景がしろっぽく写りますが、
   



高いところの花は、青空を背景に、
  
望遠で、けっこうきれいに撮れてます。

青空に映えるネムノキの花。

ともちゃんの山県市議会は、今日が6月議会の最終日。

わたしはこれから、郵便局で溜まっている振込みを済ませ、
明日からの旅行の買い物です。


明日からちょっと旅に出るので、ランキングを「お花」にもどしました。
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『加害者は変われるか?-DVと虐待をみつめながら』&『母が重くてたまらない』(信田さよ子著) 

2008-06-26 21:27:05 | ほん/新聞/ニュース
先日紹介した信田さよ子さんの『母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き』の書評が、
「ふぇみん 婦人民主新聞」(6月25日号)に載っていました。

  

『母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き』
(信田さよ子/春秋社 /2008/04)
 
(ふぇみん 婦人民主新聞6月25日号) 

信田さんは3月にも、『加害者は変われるか?―DVと虐待をみつめながら』
という新刊を出していて、朝日新聞の書評欄に紹介されていました。 

加害者は変われるか?―DVと虐待をみつめながら 
信田さよ子[著]筑摩書房・1575円

[評者]耳塚寛明(お茶の水女子大学教授・教育社会学)
朝日新聞 2008年6月1日

■敵視するだけでは解決にならない
 家族は、正真正銘の暴力をしつけや夫婦げんかとして長い間隠蔽(いんぺい)してきた無法地帯である。著者は、『アダルト・チルドレンという物語』などを通じて、機能不全家族を告発してきた臨床心理士である。
 DV(ドメスティック・バイオレンス)や虐待にかかわる援助者は、最近すっかり被害者支援、ケアへと力点を移した。被害者に集中し、加害者を敵視するだけの現場の視線の中で、著者はそれでよいのかと考える。臨床事例と事例から作られた架空の挿話が、加害者とは誰か、彼らは変われるか、被害者はなにを望んでいるのかを問う。
 加害者の多くは、虐待とDVの被害経験者、目撃者である。大人になった彼らにとって、妻は自分の思い通りになりどんな自分も受け入れてくれる「母」(であるべき)なのだ。加害者を敵視するだけの問題構成は、そうした理解を妨げ適切な対処方策から目をそらせてしまう。彼らは特殊ではなくどこにでもいる。
 著者には、虐待やDVの根を個人の心理に求めるのではなく、夫と妻、親と子の間の非対称的な権力関係の中に位置づける社会学的発想が見える。心理学界ではやや異端かもしれないが、私には常套(じょうとう)手段にとらわれずに真の被害者支援を追求する、勇敢な実践家に思えた。
(2008.6.1 朝日新聞)



『加害者は変われるか?―DVと虐待をみつめながら』
(信田さよ子著/筑摩書房/2008.3)
  
「加害者」という言葉の魔術 芹沢一也 
 『加害者は変われるか?』、一見、シンプルな内容の本に思われるかもしれない。加害者といえば、何らかのかたちで他人に危害を加えた存在だし、それが変われるのかというのだから、どうすればそうした加害行為を反省させて、善良な人間にすることができるのかということかと、タイトルから連想してしまうかもしれない。だが本書はもっと複雑で、それでいながらもっとリアルな本なのだ。加害者の問題など自分にはまったく無縁だ。いわゆる「普通の人」のこうした思い込みは、本書を読めば根底から覆されることだろう。
 ポイントは「加害者」という言葉にある。この言葉は本書では、ふたつの異なったかたちで用いられている。ふたつの目に見えない事柄をあぶりだすためにだ。一方では、加害者と名指すことで、見えなくなってしまう重要な視角が指摘される。他方ではまったく反対に、加害者とはっきり名指さなければ、見えない関係性が明るみに出される。前者からみてみよう。
 いわゆる凶悪犯罪を知ったとき、ひとは、あるいは社会はどう反応するだろうか。新聞やテレビ、雑誌をみれば明らかだろう。たとえば二〇〇六年に秋田県で起きた豪憲君殺害事件。無垢な子どもを殺害した極悪非道な女として、激しいバッシングがなされたことは記憶に新しい。加害者に向けられるとめどない社会の憎悪。自分たちの日常とはまったく無関係な存在として、ひとが正義を振りかざしてその悪を批判できる、加害者という言葉はそうした行為を可能にする言葉なのだ。とはいえ、こういったからといって、罪を憎んでひとを憎まずといったような話をしているのではない。ここでいわれているのは、もっとリアルなことだ。
 加害者という言葉は、そこに憎悪を向ける以外の想像力を枯渇させてしまう。本書は指摘する。もしかしたら娘の殺害は虐待死だったかもしれない。そうだとしたら児童相談所などの専門機関が機能しなかったことこそが問題なのだと。加害者=悪という等式をふり払ったとき、自分たちとは無縁の極悪非道な女が起こした凶悪犯罪から、児童虐待という多くのひとにとって身近な出来事へと、事件をめぐる想像力が変容する。わたしたちが事件から何らかの社会的教訓を得ようと思うのならば、こうした想像力こそが必要なのではないだろうか。そうすれば、たんに加害者をバッシングして溜飲を下げるという不毛な振る舞いから、虐待を防ぐために行政や専門家のネットワークを整備するという建設的な議論へ、わたしたちは進むことができるはずだ。
 そして、本書の主題である虐待やDV。ここではまったく反対に、加害者という言葉を使うことこそが、真に問題を把握するための視角を提供する。DVや虐待が起こる場所、すなわち家族という密室での暴力。これまではしつけや夫婦喧嘩といった言葉によって正当化されてきた暴力を、はっきりと「暴力」としてとらえるためには、「親が子どもの、夫が妻の加害者になりうること」を認めることが必要なのだ。そして、親や夫を加害者と名指すことによってはじめて、そのような加害行為をコントロールするという実践的な課題に取り組むことができる。はたして、「加害者は変われるか?」。
 具体的なケースについては、本書で読んでいただきたい。カウンセラーとして数多のケースに立ち会った筆者による描写は、善と悪というかたちに単純には割り切れない、複雑な関係のあり方を浮かび上がらせる。だが、問題をあいまいにしようというのではない。それどころか、そこにあるのは一貫して徹底したリアリズムである。それはたとえば次のような言葉からも明らかだろう。「いたずらに美しい家族、温かい家族を称揚することの意味はどこにあるのだろう」。本書では「親の心構えや愛情不足」などといった、言葉だけのお題目が振り回されることは一切ない。家族のなかでもっとも弱い存在である子ども、そして女性が、安心して暮らすために何ができるのか、あるいは何をしなければならないのか、本書で問われているのはただこの一点のみである。
(せりざわ・かずや 社会学者)


どちらも読み応えのある、おもしろい本で、おススメめです。

信田さんは岐阜県出身で、それも郷里は旧高富町(山県市)で、
福井の集会でお会いしたこともあるし、とても親近感を感じてて、
信田さんの著書はだいたい読んでいます。

前にも書きましたが、ご実家は「カルコス」(ナレッジデザイン)という本屋さんで、
信田さんの本は(他の本も)できるだけそこで買うようにしています。

「カルコス」は品揃えのよいユニークな書店で「座り読みコーナー」もあり、
ちょっと遠いのですが、わたしは「カルコス」が好きでよく行きます。
(さりげなく信田さんの本が平積みになっています)

もちろん、この2冊も「カルコス」で買いましたよ(笑)。


28日からちょっと旅に出るので、ランキングを「お花」にもどしました。
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「5月革命」40年・弱者へのまなざしどこに(読売)&「NHK勝訴」の陰で(中日)

2008-06-25 19:23:08 | ジェンダー/上野千鶴子
毎日あさ起きると、パソコンを立ち上げて、
メールをチェックしてから、新聞5紙に目を通す。
寝ぼけ眼なんだけど、そのとき読んでピンときた記事には
すぐに付箋をつけないと、あとで、いつのどの新聞だったか思い出せなくて、
新聞の山と格闘することになる。

たびたびそういう憂き目にあって学習して、
やっと付箋を手元に置いて貼るようになったんだけど、
貼った記事は結局いつかまとめて切り抜かなきゃいけないので、
最近は、おもしろい記事はその場で切り抜くことにしている。

とはいえ、切り抜き記事の多くは
いつかアップしようと思って賞味期限切れになるんだけど(笑)、
タイムリーな記事は忘れないうちにコピーかスキャナをとるようにしている。

昨日も、おもしろい記事がけっこう多かった。

朝日新聞の「わたしの視点」は、名古屋でお会いしたことのある、
北海道・栗山町議会事務局長・中尾修さんの
「地方議会改革 住民の後押しが不可欠」。
この記事は他の議会改革の記事と一緒にあらためて紹介したい。

昨日の朝刊から、一つ選ぶなら、
読売新聞の文化部・尾崎真理子さんの署名記事【緩話急題】、
「5月革命」40年 弱者へのまなざしどこに」がよかった。

読売新聞は全国でも首都圏でもトップの販売部数だけど、
なぜかわたしの周辺では購読してる人が少ない(当然か・笑)。
読売には知り合いの女性記者もいて、文化欄や生活家庭欄、
ガン特集など、よい記事も多い。

そういう記事は、残念なことに、webになかなかアップされないので、
読みながらタイプすることもある(そういえば昔は書いて覚えたっけ)。

昨日の尾崎真理子さんの記事もタイプしたので、以下に紹介します。

【緩話急題】「5月革命」40年
弱者へのまなざしどこに
 
文化部・尾崎真理子
(2008.6.24読売新聞)

 「今日の自由の大半は68年に始まった」。M・カーランスキー著『1968世界が揺れた年』で、フランス女性が語っている。
 パリ大学の分校に端を発した5月革命は、米国のベトナム反戦運動をはじめ、東欧や中国へも飛び火し、日本では東大安田講堂の占領や新宿騒乱事件が起きる。後押ししたのはテレビの衛星通信で、アポロ8号が月面越しに浮かぶ地球の映像を全世界に届けたのも68年。グローバル時代の始まりを実感させたと同書は伝える。
 平和や平等を理想に掲げた若者たちの反体制運動は、しかし社会主義からの決別を促し、大衆消費時代の扉を開いた--40年を経た現在、そんな説が有力だ。フランスでは今も学生運動のデモが起き、一方で「May68」と銘打った高級紅茶が発売され、回顧も盛んだという。が、日本ではどうか。
 弁護士・大谷恭子さん(58)は翌69年、早大法学部に入学し、当然のように学生運動に参加した。
 「暴力もやむなしとヘルメットをかぶって。逮捕者が相次ぎ、組織は小さく割れていきましたが」
 活動へ疑問が膨らむ中、仲間に総括された12人が死亡した連合赤軍事件、「世界革命」をめざした日本赤軍による中東・テルアビブ空港乱射事件が72年に起きる。
 「弁護する人などいるだろうか」。最初の衝撃は、やがて「私たちが後始末しなければ」との思いに変わる。連合赤軍の永田洋子(ひろこ)死刑囚(63)の弁護に加わったのは、82年に一審判決が出た直後だった。
 『判決文には<女性特有の執拗さ、底意地の悪さ>とあり、ちょっとそれはないだろう、と」。男性社会からの果たし状と受け止め、93年の死刑確定まで主任弁護士を務めた。励まされたのは道浦母都子(もとこ)歌集『無援の叙情』。
<死ぬなかれ撲つことなかれただ叫ぶ今かの群れに遠く生きつつ>
 中東から帰国し2000年に逮捕された本日本赤軍最高幹部・重信房子(62)の弁護も引き受けている。高裁判決は懲役20年。年内にも最高裁判決が出される。
   *   *
 社会の流れは個人や組織の思惑を超え、歴史の評価は遅れてやってくる。今となれば、日本の学生運動の挫折は、女性解放の視点が他国に比べ欠落していた点に、理由を求めることもできるだろう。
 「永田さんは私だったかもしれない」と、裁判を引き受けた大谷さんは、故永山則夫連続射殺犯や地下鉄サリン事件にもかかわり、3人の子供を育てつつ「周囲の男性の意識を変えていくしかなかった」と語る。
 そうやってあの時代から受け取った痛みを抱えながら、日常の中で健闘した一人ひとりが、旧弊な社会に静かな革命をもたらし、現在、日本の女性は欧米と大差ない自由を享受している。
 だが、デモも立て看板もない日本の街頭で、なぜ、無差別の殺傷が絶えないのか。ネット上にのみ無数の書き込みが集中するこの国で、弱者へのまなざしの欠落が新たなゆがみを招いてはいないか。
 大谷さんの40年の歩みを聞きながら、思ったのはそのことだ。
(2008.6.24 読売新聞)


朝刊よりもとっている人が少ないのが夕刊。

よほどのスクープや速報じゃないとwebにもまずアップされてないけど、
きらりと光る記事もある。
昨日の中日新聞夕刊の、中村信也さんの記事がそのひとつ。

「女性国際戦犯法廷」を取材した番組で、政治家(安倍晋三)が
NHK幹部介入し番組が改変(削除)させたことに対する訴訟の判決を受けて、
12日の最高裁判決と、NHKの姿勢をしている。

こちらも、忘れないうちにタイプしました。

  【メディア観望】中村信也
「NHK勝訴」の陰で


 これでよかったのか。「慰安婦」問題は昭和天皇らに責任がある、と断じた「女性国際戦犯法廷」を取材したNHKの番組に関し、最高裁が12日に下した判決である。
 
 ■期待権と編集権
 訴訟は、この番組で取材された当初の期待を裏切られ、それについて説明もなかったとして、法廷を共催した団体などがNHKなどを訴えていた。メディアは、NHK側の「編集権」と団体側の「期待権」の対立と報じた。最高裁は「取材対象者の番組内容への期待や信頼は原則として法的保護の対象にならない」としてNHKなどに損害賠償を命じた2審判決を破棄した。
 だが、この編集権の勝利の陰で制作現場の表現の自由、視聴者の知る権利が敗北していたとはいえないだろうか。
 訴訟に上ったのは教育テレビ「問われるのは戦時性暴力」。最高裁の事実認定などによれば、放送前日にNHK幹部と面会した安倍晋三官房長官(当時)は、慰安婦問題などの持論を展開し、公正中立に報道すべきだとNHKに指摘した。NHK幹部らは同日、番組プロデューサーら現場の反対を押し切って内容を削除し、通常より4分短くした。
 日本のほとんどのメディアでは、編集権は現場ではなく経営幹部がもっている。読売新聞争議で労組が編集現場を握ったことに対し、新聞協会が1948年に出した「編集権声明」以来だ。だが、放送前に政治家に特定の番組を説明する幹部をいただく組織はジャーナリズムだろうか。

 ■知らせない権利
 直前に削除されたのは、昭和天皇有罪の「判決」、法廷を評価するコメンテーターの発言、日本政府の責任に言及した部分、慰安婦や日本兵だった人々の証言などだった。
 こうした編集は視聴者の知る権利を侵害する隠蔽ではなかったか。最高裁が尊重した編集の自由はNHKの「知らせない権利」も許容する結果となっている。だが、削除された情報は、視聴者との共有財産である。NHKは視聴者の代理人という役割がある。
 安倍氏に面会した松尾武NHK放送総局長(当時)の2審での証人尋問を思い出
す。安倍氏が慰安婦問題に関する持論を展開したことに裁判官が注目。持論がNHKの公正中立を害すると思わなかったのかと聴いたが、松尾氏は首をかしげるばかり。「NHKの公正中立と安倍氏の公正中立が一緒ならいいですけれども」という裁判官の言葉に、傍聴席から失笑が漏れた。
 
 ■再放送で説明を
 この訴訟は、NHKが取材協力者や視聴者より政府与党を向いてしまう本性を暴露した。司法は法的責任なしと判断したが、ジャーナリズムとしての倫理的責任は残る。削除前後の番組を再放送するなど、視聴者に説明すべきではないか。
(首都圏編集部)
(中日新聞夕刊 2008.6.24)



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話は変わりますが、
花木が好きなので、わがやの庭や畑には花の咲く木が植えてあり、
四季折々の花をさかせて楽しませてくれます。

実のなる木も好きなのですが、果樹は無農薬では難しいので、
花をたのしんだおまけに、実を結んでくれればよし、という程度。

春は、桜や梅のように、ピンクの花が多いのですが、
初夏の花にはウツギやアジサイなど白や紫のさわやかな花が目をひきます。


薄緑の花が徐々に白くなるヤマボウシ。
  
外はピンク中は白のサラサウツギ(更紗空木)
  

大好きな純白のバイカウツギ(梅花空木)。
  

  



「夏は来ぬ」
佐々木信綱作詞・小山作之助作曲

1 卯(う)の花の、匂う垣根に
時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ

2 さみだれの、そそぐ山田に
早乙女(さおとめ)が、裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗(たまなえ)植うる、夏は来ぬ

3 橘(たちばな)の、薫るのきばの
窓近く、蛍飛びかい
おこたり諌(いさ)むる、夏は来ぬ

4 楝(おうち)ちる、川べの宿の
門(かど)遠く、水鶏(くいな)声して
夕月すずしき、夏は来ぬ

5 五月(さつき)やみ、蛍飛びかい
水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて
早苗(さなえ)植えわたす、夏は来ぬ


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『ブータンに魅せられて』(今枝由郎著)/「国民総幸福」を目指す国~「豊かさ」とは何かを問う本

2008-06-24 11:56:54 | ほん/新聞/ニュース
岩波新書の『ブータンに魅せられて』を、
3月の発売と同時に買って読んだ。

著者が、ブータンという小国に魅せられて、書いた本だ。
じつはわたしもずっと、ブータンという国が好きで気になっていた。

文体も簡潔で、新書版という読みやすい本だけど、
しずかに、深く、わたし自身に生き方を問いかけてくる本。


 『ブータンに魅せられて』
(今枝由郎/岩波書店/2008.3/740円)

「国民総幸福」を提唱する国として,たしかな存在感を放つブータン.チベット仏教研究者として長くこの国と関わってきた著者が,篤い信仰に生きる人々の暮らし,独自の近代化を率いた第四代国王の施政など,深く心に刻まれたエピソードをつづる.社会を貫く精神文化のありようを通して,あらためて「豊かさ」について考える.

帯には、
「よりよく生きる、とは? より人間的である、とは?
「国民総幸福」という理念はどのようにして生まれたか」
とある。

書評もたくさん出ているので、ぜひ、手にとってお読みください。

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『ブータンに魅せられて』今枝由郎 岩波書店 740円
評・榧野信治(本社論説副委員長)
読売新聞「よみうり堂」2008年6月2日

97%が「幸せ」な小国
 書評する前に、世界地図をつらつら眺めた。チベットとインドに挟まれ、ヒマラヤ山脈の南側にへばりつくのがブータンだ。面積は日本の九州程度。人口60万人の小国である。
 本著はブータンに対するオマージュといえるが、著者自身の動きもなかなか読ませる。大学でチベット仏教を学んでフランスに留学。1975年に訪仏したブータン宗教界の一行と知り合い、当時、鎖国状態だったブータン訪問を思い立った。翌年、ニューデリーのブータン公館を訪ねてビザ発行を請求したが、3か月間待ってもかなわなかった。同じようなことを5年も繰り返し、本格的に入国できたのが81年だったというから、相当な粘り腰の持ち主だ。
 入国後、ひょんなことから国立図書館の顧問に就任し、図書館の新築やシステムの整備などを手がけ、10年間も長居した。なにやら現代の浦島太郎を思わせる。その体験と直近の動きを交えて本著を書き上げた。
 ブータンは一言でいうなら、極端な近代化を避けながら伝統文化を守り、自然との共生を図る環境志向の国だ。それは、前国王が語った「GNH」という造語に象徴される。GNP(国民総生産)ならぬ国民総幸福=グロス・ナショナル・ハピネス。目指すべきは経済成長ではなく、国民の幸せだという意味である。
 ブータンは道路や飛行場といったインフラ整備より、森林や農地の保全を優先している。最大の産業は水力発電だ。大規模ダムは造らず、急斜面を流れ落ちるヒマラヤの雪解け水などをうまく使って発電する。その電力をインドに輸出し経済を支える。ナイルの賜物(たまもの)がエジプトなら、ブータンはヒマラヤの賜物である。
 観光公害を防ぐため、登山も禁止する。国民は仏教に帰依し、伝統的な民族衣装を身にまとって暮らす。この結果、国民の97%が幸せだと答えた(2005年の調査)という。まさに、世界に幸せのあり方を問いかける国なのだ。

 ◇いまえだ・よしろう=1947年愛知県生まれ。仏国立科学研究センター研究ディレクター・東洋仏教史。
岩波新書 740円
(2008年6月2日 読売新聞)
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ブータンに魅せられて [著]今枝由郎
朝日新聞 2008年5月25日
[評者]小杉泰(京都大学教授・現代イスラーム世界論)

■生産よりも幸福をめざす国の素顔
 しきりとチベット問題が話題になっているが、チベット仏教文化圏は非常に広い。中でもブータンには、チベット仏教の伝統が色濃く残されている。著者はそれに惹(ひ)かれてブータンを訪れ、政府の顧問として10年も滞在し、その後もこのヒマラヤの高地の国と深くかかわってきた。
 それにしても、著者が最初に訪問を企てた30年前のブータンは鎖国中で、有力なツテがあっても3年近くかかってようやく入国できたというから、その徹底ぶりには驚く。
 今でもブータンは出入国管理が厳しく、観光客の流れさえも徹底して抑制している。美しい自然と仏教文化に根ざした社会を守ることを国是として、GNP(国民総生産)ではなくGNH(国民総幸福)をめざしてきた。世界中が開発に毒されている昨今、これはブータンの賢明な生き残り策と言える。本書には、暮らしに根付いた仏教について、興味深い記述も多い。
 さらに、先代の国王による上からの民主化と自主的な譲位を描いている。時代を先取した国王への著者のまなざしは、個人的な交わりのゆえもあり温かい。
 実は評者の勤め先でも、ブータン人の留学生が帰国中に、民主化の中で上院議員として今春当選した。新時代のブータンと日本のいっそうの交流を望みたい。
(2008年5月25日 朝日新聞)


今週の本棚:中村達也・評 『ブータンに魅せられて』=今枝由郎・著 
毎日新聞 2008年4月20日

 ◇近代化を制御する小国の幸福
 ヒマラヤ山脈の東の麓(ふもと)に位置する人口六〇万ほどの小王国ブータン。農業と牧畜を中心とするこの仏教国は、ときに最後の秘境などと呼ばれて関心を呼んだことはあったものの、一般にはほとんど知られることがなかった。ところがこの数年、しばしば新聞紙上にも登場するようになった。
 「GNP(国民総生産)ではなくGNH(国民総幸福)こそが目標」と語った国王の発言が、改めて関心を呼ぶようになったからである。国王がこう語ったのは、一九七六年のこと。第五回非同盟諸国首脳会議後の記者会見でのことであった。しかし、世界の最貧国の一つの、即位後まもない二一歳の最年少国家元首のこの発言は、少々風変わりな理想論くらいにしか受けとめられなかった。
 その後の先進諸国のたどった道筋の中で、若き国王のその発言が今更ながらに浮かび上がってきた。七〇年代頃(ごろ)を境に、先進諸国では経済成長と豊かさとのつながりに疑問が投げかけられるようになった。GNPに代えてNNW(国民純福祉)を、HDI(人間開発指数)を、あるいはGPI(真の進歩指標)をといった具合に、GNPでは掬(すく)いきれない要素をあれやこれや組み込んで、豊かさを新たにとらえ直す試みが重ねられてきた。例えば、イギリスのレイチェスター大学による世界一七八カ国のGNH調査。この分析で第一位にランクされたのはデンマーク、第二位がスイス……と続き、ブータンが第八位でアジアではトップ。ちなみに日本は第九〇位であった。
 長らく鎖国政策が採られてきたために、この国を訪れた人はごく限られていた。チベット仏教研究家である著者のブータン訪問も、もちろん短期の予定であった。ところが偶然にも、ブータン国立図書館の顧問となって一〇年間を過ごすこととなった。研究の対象として眺めていたはずのこの国に、すっかり魅せられていったその様子が具体的に伝わってきて、思わず一気に読み終えてしまった。
 ブータン国民はその大多数が敬虔(けいけん)な仏教徒。生活のあらゆる領域で伝統を重んじ、仏教を中心に据えた暮らしを尊ぶ。先進諸国の物的な豊かさとは別の和やかさと落ち着きに、著者はすっかり引き込まれてしまった。最貧国といわれた国の中のこの充足感。そんなブータンにも近代化の波は押し寄せる。しかし、伝統的な暮らしを護(まも)るために、近代化のスピードを意識的にコントロールする。自動車道路の建設は限定し、定期航空便の開設は八三年、テレビ放送もようやく九九年になってから。一方、教育と医療は原則無料。観光公害を防ぎ信仰の対象である聖なる山を護るために、外貨収入を諦(あきら)めても登山永久禁止令を定める。プラスチック製品の使用を制限し、禁煙国家宣言をし、国土の六割以上の緑を維持する法律を制定。
 もちろん、これには強力なリーダーシップが必要で、その中心になってきたのが国王であった。その国王自身が自ら行政権を譲り、憲法の制定による議会制民主主義への道筋を作った。周囲の反対を押し切って国王の罷免権を議会に与え、国王の定年を六五歳と定めた。そして、その定年のはるか前に自ら譲位。私はふと、数ケ月前に偶然にテレビで見た、ブータンを旅した日本人冒険家のつぶやき、「先進国の腐敗した民主主義がいいのか、賢明なる王政がいいのか」を噛(か)みしめたことであった。こんなブータンが、グローバル化が進む世界の中で、どんな舵取(かじと)りをしてゆくのか。この国は、今年、新憲法が発布され初の総選挙を経て議会制民主主義へと進む。
(毎日新聞 2008年4月20日)


ブータン研究の第一人者の今枝由郎さんの著書には
『ブータン--変貌するヒマラヤの仏教王国』(大東出版社/1994)もある。

ブータンをもっと知りたい人のためには、
ブータンの歴史から、文化、社会、政治、経済、宗教…などを、
60項目で紹介するブータン概説
 『現代ブータンを知るための60章』
(平山修一著/明石書店/2005年4月)
もおもしろいです。

80年代前半、ブータンのお隣りのネパールのカブレから、
ビシュヌ・アディカリさんという男性を、半年ほど、
岩村昇さんが提唱するPHD協会に協力して、
有機農業と平飼い養鶏の研修生として受け入れていた。

ブータン、チベット、ネパールなどヒマラヤの山岳地帯に連なる国が好きなのは、
アディカリさんを思い出すからかもしれない。

激動のネパールで今ごろ、どんな暮らしをされているのだろう。

 
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鉄砲ユリが咲きました/久しぶりの庭仕事で発掘。

2008-06-23 20:56:10 | 花/美しいもの
わが家の庭が半月くらいの間にシャングルみたいになってしまったのは、
雑草が生えたままにしてたのも原因ですが、
お行儀悪く伸びてるノウゼンカズラのせいもあります。

ということで、昼ごはんを食べてから、久しぶりに庭仕事をしました。

ノウゼンカズラはすでにたくさんつぼみをつけていたのですが、
マキノキに登っている蔓だけ残して、
低いところにある枝は花ごと全部、思い切ってばっさり。
  

ノウゼンカズラの蔓の整理が終わったところで雨が降ってきたのですが、
玄関前の見えるところだけは、急いで済ませてしまいました。

剪定前の前庭
  
剪定後の前庭
  

足元の雑草はまだきれいにとってありませんが、
大きな岩も姿を現し、気持ちすっきりしました。


鉄砲ユリも家の中からよく見えるようになりました。




昨年鉢植えしたトライアンファイターは、
年を越してつぼみをたくさんつけています。
 → 
伸びてきた竹と雪柳と萩を切って、花を見えやすくしました。


白蝶花(ハクチョウバナ・ガウラ)も鉢植えのまま年を越して、
  
風に吹かれて蝶が舞うようなかれんな花を咲かせています。

花が終わったら切り戻して、地面に下ろしてやりましょう。


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書評『ポスト消費社会のゆくえ』(辻井 喬, 上野 千鶴子)/シャングルのような庭

2008-06-23 12:25:59 | ジェンダー/上野千鶴子
ブログのアクセスIPは、昨日も1000を越えていた。

「ターシャ・テューダー」で検索してくる人も多いのだけど、
そのターシャさんの訃報がきのうの毎日新聞の隅に載っていた。
悲しい思いでいっぱいで、ひとしきりターシャの本を眺めていた。


ターシャ・テューダーさん死去 米絵本作家
 
 ターシャ・テューダーさん(米絵本作家、園芸家)18日、米東部バーモント州マルボロの自宅で死去、92歳。死因は明らかにされていない。
 米ボストン生まれ。38年「パンプキン・ムーンシャイン」でデビュー。ストーリーだけでなく、情感豊かで繊細な挿絵も人気で「ターシャ・テューダーのマザー・グース」や「ひつじのリンジー」など数多くの作品を残した。作品は多くが日本でも翻訳されている。
 自然との調和や自給自足などをモットーに、19世紀の生活様式を続ける「スローライフ」が共感を呼んだ。(ロサンゼルス共同)



昨日の読売新聞と朝日新聞の書評欄には、
『ポスト消費社会のゆくえ』の書評が出ていた。

 
 『ポスト消費社会のゆくえ』
(文春新書/辻井喬,・上野千鶴子著)


朝日はかんたんな新刊案内だけど、読売の書評が短いけどおもしろいので、
両方タイプして紹介。

辻井喬、上野千鶴子著 「ポスト消費社会のゆくえ」
評・本村凌二(西洋史家)


 対談なのか、鼎談なのか、この書には辻井喬と堤清二という一人二役の古老が出てくる。若々しい作家が代弁しながら、天然ボケの元経営者が過去をふりかえる。しかも、鋭利な刃を片手に、つっこみの巨匠があらいざらい語らせようとするから、スリリングきわまりない。とびきりのオーラルヒストリーの戦後史として推薦できる。
 セゾン美術館に行かないと時代遅れになる、と後ろめたさを持たされたのかわが団塊の世代。でも、文化活動は百貨店の営業促進にはつながらなかったとか。踊らされた身には舞台裏の同時代に目を瞠らされる。
 セゾン王国の独裁者にしてその敗戦を自認しながらも、ポスト産業社会を憂う洞察力はさすがだ。「人間が幸せになれるかどうかが問題で百貨店という業態が必要不可欠ではない」というとき、ここには経験深い人間の優しさがにじみ出る。
(文春新書、900円)
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ポスト消費社会のゆくえ
 辻井喬・上野千鶴子(著)


現代アート紹介など先駆的な文化事業に、街全体を造り替えた渋谷の開発と、大衆消費時代のイメージマーケティンをリードした、セゾングループ。ソノ「失敗学」を元グループ代表と社会学者が検証する対談は、啓蒙と民主主義の危うい関係、男女雇用機会均等法成立の裏話から共同体再構築の展望まで及ぶ。(文春新書・945円)
(2008.6.22)朝日新聞



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気持ちのよい朝、空は晴れ空気もすがすがしい。

とはいえ、
百合の花もさきはじめたというのに、わが家の庭はまるでジャングルだ。



これでは、きれいなお花を撮ることもできない。


と一念発起して、
梅雨の晴れ間にうっそうと繁るジャングルを開拓することにした。

  

どくだみが満開を迎えたわが家の庭。


八重の「白雪姫」や「カメレオン」も咲いてて、
それはそれで美しくて大好きなんだけど・・・・

  

きれいになったら、またアップしますね。
お楽しみに~。


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主婦からおひとりさまへ(中日新聞社説)/ジャガイモ食べ比べ~「レッドアンデス」と「アイノアカ」

2008-06-22 12:32:07 | ジェンダー/上野千鶴子
梅雨に入り、昨日から強い雨が降り続いている。
田植えも終わってひとくぎり、畑や田んぼには恵みの雨だけど、
外に出られないので、今日は、先週収穫したジャガイモのことなぞ紹介しようと、
PCをあけて、ブログの編集画面に入って、びっくり。

なんと、昨日のアクセスが「1297IP/2964PV」で、
GOOアクセスランキングも「101位/1041785ブログ」。

21日深夜に、ETV特集「痛みが美に変わる時~画家・松井冬子の世界」
を再放送していたので、記事を検索して訪問してくれた人が多かったようだ。

 松井冬子と上野千鶴子の対談に想う/
ETV特集「痛みが美に変わる時~画家・松井冬子の世界」(08.4.22)


昨夜は遅くまでテレビを見て、今朝は2度寝してしまい作業がはかどらない。
血圧も92/60と低くて目が覚めないので、まずは新聞を読んで・・・・
と、中日新聞を開いたら、一面下に「おひとりさまの老後」の広告、
社説をみたらタイトルが「主婦からおひとりさまへ」。
上野さんの「おひとりさまの老後」のことに触れられている。
先週の中日新聞主催の講演会が盛況だったからだろうか?(笑)

会場には、中日記者やカメラマンが来て取材していたから、
聴けなかった読者のために、早く講演のことが載らないかなぁ、と待っていたとこ。

「おひとりさまの老後」は刊行からもうすぐ1年。
75万部のロングセラーということだけど、
NHKで松井さんとの対談の再放送や、中日の社説に載れば、
また読者が増える、と思うとうれしい。

わたしたちも、上野さんの本の読書会を2001年から続けて8年目、
昨年末に『生き延びるための思想』 を読み終えて、半年休憩していたが
(なにしろ「ブロジェクトb(ビョーキ)」なので・笑)、
7冊目のテーマ本を『おひとりさまの老後』と決めた。

読みやすいけど奥が深い本で、だれでも参加できるように、
8月から半年くらいかけてオープン企画でやろうと思っている。

ということで、前置きが長くなりましたが、
まずは中日新聞社説を紹介します。


【社説】主婦からおひとりさまへ 週のはじめに考える  
中日新聞 2008年6月22日

 この六月号をもって九十一年の歴史をもつ婦人雑誌が姿を消しました。「主婦の友」の休刊。ひとつの時代の終わりと始まりを告げる事件に思えます。
 「主婦の友」の創刊は一九一七(大正六)年二月でした。
 都市部に給与生活をする新興中産階級が誕生した時代で、復刻された創刊号のページをめくると、「モダニズムと教養主義の大正」の雰囲気が立ちのぼってきます。
 新渡戸稲造の随筆や安部磯雄夫人・こまを子の主婦としての苦心談、編集部記者によって「三人の子供を博士にした未亡人」や「表彰された節婦」などお手本にすべき主婦たちの奮闘ぶりがリポートされ、主婦らしい化粧法や経済的な料理法、家計などの生活関連記事が満載です。

 時代先取りの創刊の志 
 「家庭の幸福と女性の地位向上」の創刊の志は、確かに時代を先取りしたものでした。新聞記事をヒントにしたタイトルの「主婦」の新語と雑誌は人口に膾炙(かいしゃ)して、主婦は農家や商家のあこがれともなっていきました。三四(昭和九)年新年号の発行部数は百八万部を記録します。
 戦争で出版統制を受け、戦後の復刊は四六(昭和二十一)年。講談社の「婦人倶楽部」(一九二〇年創刊)、新たに創刊された「主婦と生活」「婦人生活」とともに四大婦人雑誌と呼ばれました。
 古い商店街には今なお「結婚したら主婦の友」の看板を残している老舗書店があります。これは若い女性の心をとらえた六四年のキャッチフレーズ。主婦は幸福の代名詞でした。戦後の最多発行部数は六九年二月号の七十二万八千部でした。
 しかし、戦後の高度経済成長と工業社会の進展が国の風景を一変させたように女性たちを変えていきました。家庭内の電化によって家事から解放された女性たちの内部に生まれてきたのが個人の目覚めでした。

 自己犠牲は時代遅れ? 
 変化の顕在化は戦後生まれの女性たちがいわゆる結婚適齢期を迎えた七〇年代だったといいます。新しい生き方が模索され、社会参加への志向が生まれました。八六年の男女雇用機会均等法施行は決定的でした。女性たちが望んだのか、資本の要請だったのか、女性の社会進出は加速されました。
 女性たちの変化について村田耕一主婦の友社取締役はこんな例をあげました。
 かつては髪を振り乱して子育てに専念していた女性たちがメークするようになった。育児のさなかにもメークを忘れない女性が二人から三人、やがて六人から八人になっていった-。
 そこには自分を大切にする女性がいます。家族のために尽くす自己犠牲を最大の美徳とする雑誌が消えていくのは宿命でした。
 四大婦人雑誌も八六年から九三年にかけて次々と休刊になり、「主婦の友」は村田取締役(当時編集長)の誌面大刷新で九五年には六十万部までの回復を果たしますが、主婦の時代の終焉(しゅうえん)は現実でした。部数も七万部台に低迷、休刊のやむなきに至ります。 

 二〇〇〇年の日本は、社会学者の上野千鶴子さん風の「おひとりさまの時代」を迎えたようです。
 同年の二十代後半女性の未婚率は54%で三十年前の三倍、半数が未婚です。三十代前半だと女性の三人に一人、男性だと二人に一人が未婚です。
 仕事に生きがいを求めたり、気ままな暮らしが手放せなかったりの多様な生き方が可能になりました。背中合わせの孤独については孤独と正面から向き合うことが人生を豊かにするとの教えも少なくありません。
 作家の曽野綾子さんは著書の「人生の後半をひとりで生きる言葉」のなかで一人で生きる姿勢の大切さを語り、多くの励ましの言葉を贈っています。
 上野さんは「おひとりさまの老後」で楽しく生きるためのノウハウを伝授してくれています。孤独への深い自覚が他者への共感となるようです。
 おひとりさまの時代の自由な選択とは別に、深刻なのは若者たちの周辺に、非正規雇用や低賃金、長時間労働の増大で、結婚したくてもできない、子供を産みたくても産めない、憂うべき状況が生まれていることです。

 生きるに値する国に 
 親元で暮らす二十-三十四歳の独身者は千百四十万人。その90%が結婚を望みながらしていないのが現況なのです。若者たちに雇用と賃金、育児への支援がなければ国が滅びかねません。
 この国が生きるに値するかどうか。そして、時代がめぐって再び主婦の時代が来ないとも限りません。二人以上の子供が欲しいという若者たちの願望は全く変わっていないのですから。



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次に本紙にはさんである日曜版を開いたら、はたまたびっくり!
社説のあとに紹介しようと思っていたジャガイモの記事。
今年は「国際ポテト年」だそうだ。


【大図解】世界を救う ジャガイモ(No.842) 
中日新聞サンデー版 2008年6月22日
 4大作物の一つ・ジャガイモ。栄養があり荒れ地でも育つため、
食料危機を救う食物として期待されています。
2008年は国連の定めた「国際ポテト年」です。
ジャガイモに関する知識や現状をまとめました。
 

記事中、「ジャガイモは奇跡の作物」の解説を書いている浅間和夫さんが館長の、
webサイト「ジャガイモ博物館」がおもしろい。



「ジャガイモ博物館」には、60種ものジャガイモの解説が書いてあって、
わが家で栽培している赤皮の「レッドアンデス」と「アイノアカ」のことも詳しい。
もともと、このイモは昨年8月に秋ジャガの種として購入したもの。

  
薄紫のかわいい花が咲いたころから、少しずつ掘って食べていたが、
入梅前の6月17日に全部収穫した。

   
解説(右) ⇒ 「アンデス赤」(レッドアンデス)
解説(左) ⇒ 暖地向き赤皮品種アイノアカ(農林35号)

↓は左がアンデス、右はアイノアカ。右の写真はアンデス。
   

ともちゃんが、「アイノアカ」(左)と「アンデスレッド」(右)で
同じ調理方法の「肉じゃが」をつくり、食味を比べてみた。


アンデスレッドは、濃い黄色で肉質はホクホクで粉質、
初めて作ったアイアノカは、薄黄色でもっちりしてて煮崩れしにくい。
煮物にはアイアノカが合いそうだけど、わたしはアンデスレッドのほうが好き。



たまたま姉に「キタアカリ」を少しもらったので、3種を食べ比べてみました。
キタアカリはおいしいと評判の品種で北海道で盛んに栽培されてて、
わが家でも以前作っていましたが、いまは赤皮品種のみ。

アンデスレッドはキタアカリ以上の食味で、
「ポテト・サラダ」にすると最高です。


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