みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

福島県6地点の土からプルトニウム検出/配布されなかった安定ヨウ素剤/ベラルーシにおける非ガン性疾患

2011-09-30 20:01:30 | 地震・原発・災害
テレビを見ていたら、衝撃的なニュースが飛び込んできた。

福島・浪江町や飯舘村など3町村6地点の土壌から
島第1原発事故に由来するとみられるプルトニウムを検出したと文部科学省が発表した。
同時に、ストロンチウムも検出されているとのこと。
予想していたとはいえ、ショック。

恐るべき事実は、このように事後的に小出しにされる。
そこに住んでいた人たちの、いのちと健康はどうなるのだろう。
その悲しみと、怒りと、不安は、どれほど大きいだろうと思わずにはいられない。

  飯舘村など プルトニウム検出 
9月30日 19時38分 NHK

東京電力福島第一原子力発電所からおよそ45キロ離れた福島県飯舘村の土壌から、国の調査で、事故によって放出されたとみられるプルトニウムが検出されました。事故のあと、プルトニウムが原発の敷地の外で検出されたのは初めてですが、文部科学省は「濃度は低く、このプルトニウムによる被ばく量は非常に小さい」としています。
調査は、ことし6月から7月にかけて文部科学省が、福島第一原発から80キロ圏内の合わせて100か所で土壌を採取し、プルトニウムなどの濃度分布を調べました。その結果、原発から北西方向の双葉町と浪江町、それに飯舘村の合わせて6か所で原発事故によって放出されたとみられるプルトニウムを検出しました。このうち最も原発から離れた場所は、飯舘村のおよそ45キロ地点で、プルトニウム238が1平方メートル当たり0.82ベクレル、プルトニウム239と240の合計で、1平方メートル当たり2.5ベクレルが検出されました。国の調査で原発の敷地の外でプルトニウムが見つかったのは初めてです。文部科学省によりますと、今回検出されたプルトニウムの濃度はいずれも低く、これらのプルトニウムによる被ばく量は非常に小さいとしています。
核燃料に含まれる放射性物質に詳しい東京大学大学院の長崎晋也教授は「揮発してガス状になりやすいヨウ素やセシウムと違って、プルトニウムは粒子で存在し質量も大きいので、45キロも離れたところまで飛ぶとは思わなかった。ただ、粒子が非常に小さければ気象条件によって遠くに運ばれることはありえないことではない。メルトダウンして溶け出した燃料に含まれるプルトニウムの小さな粒子が水蒸気などと一緒に大気中に出て、風で運ばれたのではないか」と話しています。


 文科省、福島県の3町村の土壌からプルトニウム検出 原発事故が由来か


文科省は、福島・浪江町や飯舘村など3町村の土壌から、福島第1原発事故に由来するとみられるプルトニウムを検出したと発表した。
プルトニウムが検出されたのは、福島・双葉町、浪江町、飯舘村の6地点の土壌からで、福島第1原発事故に由来するとみられるという。
今回検出されたプルトニウム238の最大濃度は、浪江町で1平方メートルあたり4.0ベクレル(Bq)だという。
福島第1原発の事故が由来するとみられるプルトニウムが、原発の敷地外で検出されたのは、これが初めてとなる。
(09/30 18:58)FNN


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こんな取り返しのつかないことも、今になって明らかになっている。

配布されなかった安定ヨウ素剤―福島原発事故後の混乱で

2011年 9月 29日 ウォールストリートジャーナル日本語版

 【東京】東京電力福島第1原子力発電所の3月11日の事故による放射線のリスクを最小限に抑えることができた可能性のある錠剤が数千人の地域住民に配布されていなかったことが、政府の関連文書で明らかになった。
 今回の開示で、東日本大震災後の混乱した日々に政府が緊急処置を怠ったことがまた裏付けられた格好だ。
 世界中の原発周辺地域の大半と同様に、福島第1原発周辺地域にも十分な安定ヨウ素剤の備えがあった。これは比較的安全な薬剤で、甲状腺癌の予防に効果がある。甲状腺癌は大きな原発事故の場合、最も一般的かつ深刻な影響と考えられている。
 政府の防災マニュアルでは、原発の周辺地域はこうした薬剤の服用に関し、政府の指示を待つことが規定されている。原発の安全性に関する国内の一部の専門家らは錠剤の即座の服用を勧めたが、政府は3月11日の事故から5日目まで錠剤の配布、服用を命じなかったことが今回の関係文書で明らかになった。
 その時までには、10万人近い避難住民の大半はさらに安全な場所に避難しており、福島第1原発からの放射線の放出量も当初のピーク時から減少していた。
 放射性ヨウ素が甲状腺に侵入するのを防ぐ安定ヨウ素剤は放射線にさらされる直前、もしくは被曝後2時間以内に服用するのが最も効果的だという。放射線が放出されてから何日も経って服用してもほとんど効果がない。
 複数の政府および地方自治体の当局者らと助言者らは、ウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで、東日本大震災の様々な面の責任を負う異なる政府機関の間でコミュニケーションの行き違いが続いたことを指摘した。
 指示の遅延については、事故直後の政府の突然の動向の変化にも言及されている。その時、地方自治体の当局者らは個人が安定ヨウ素剤や汚染除去による安全措置を受けられる放射線の基準を大幅に引き上げた。
 福島第1原発から30キロ余りの距離にある川内村の村役場の井出寿一総務課長は、「そんなものを飲まなければいけないなんて、殆んど誰も知らなかった。16日に役場に届いたときには、もうみんな避難した後だった」と語った。

 井出課長は、川内村の3000人の住民用の安定ヨウ素剤の入った箱はいまだに、住民が後にした村役場にあると話す。
 福島原発周辺の町にはこうした薬剤の備えがあり、双葉町と富岡町の2つの町は、政府の指示を待たずに住民にこうした薬剤を配布した。また、福島原発からやや離れたいわき市と三春町も独自の判断で住民に錠剤を配布した。いわき市の住民は政府の指示を待つよう言い渡されたが、三春町の住民は渡された錠剤を服用し、その後、県から回収するよう注意を受けたという。
 国内の放射線の専門家らは、福島県の住民のその後のテスト結果で、薬剤なしでも甲状腺の病気を引き起こすほどの著しいリスクにつながるほどの放射線量を被曝した住民はほとんどいないことが示唆されたとしている。
 しかし、2つの政府系機関――原子力安全委員会と原子力安全・保安院――の当局者らは、特に子供に効果の高いと考えられている薬剤がなぜ地域住民に与えられなかったのか互いに問い正している。
 原子力安全・保安院の関係者は、同院がこのケースについて調査を行っていることを明らかにした。
 国際医療福祉大学クリニック院長で原子力安全委員会の緊急技術助言組織のメンバーである鈴木元氏は、「我々のような専門家にとって、一番防御しなくてはいけないのは、小児甲状腺ガンのリスクだということは明らかだった」と述べた。さらに、「肝心な住民は安定ヨウ素剤を当然飲んでいるはずだと思っていた」と続けた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(以下略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


参加しているメーリングリストからの情報。

 ===以下、転載======
Thursday, September 29, 2011
■チェルノブイリ事故による放射性物質で汚染されたベラルーシの諸地域における非ガン性疾患 Y・バンダシェフスキー教授 
Non-cancer illnesses and conditions in areas of Belarus contaminated by radioactivity from the Chernobyl Accident: Prof. Yuri Bandashevsky Click here to open the original text in a PDF file.


ユーリ・バンダシェフスキー教授は、チェルノブイリ事故汚染によるベラルーシ地域の汚染被曝の影響について広範囲な研究を行ったベラルーシ人の科学者です。その功績に対して2009年欧州放射線リスク委員会(ECRR)レスボス会議からエドワード・ラッドフォード記念賞を授与されています。この受賞にあたって博士が寄与した、放射線核種のセシウム137の内部被曝による非ガン性影響に関する論文の日本語訳をご紹介します。

バンダシェフスキー教授は豊富な実験データを提示し、「セシウム137が人体に与える影響の特徴は、生命維持に重要な臓器や臓器系統の細胞内の代謝プロセスの抑制だとみられる」とまとめています。さらには「セシウム137により人間や動物の体内に引き起こされる病理的変異をすべてまとめて“長寿命放射性物質包有症候群”(SLIR)と名付けることもできそうである。」といい、その症候群は心臓血管系、神経系、内分泌系、免疫系、生殖系、消化器系、尿排泄系、肝臓系における組織的・機能的変異によって規定される代謝障害という形で表れると書きます。

SLIRを誘発する放射性セシウムの量は年齢、性別、その臓器の機能的状態により異なることを明記したうえで、「子どもの臓器と臓器系統では、50Bq/kg以上の取りこみによって相当の病的変化が起きている。しかし、10Bq/kg程度の蓄積でも様々な身体系統、特に心筋における代謝異常が起きることが報告されている。」という指摘を行っています。

バンダシェフスキー教授は2001年、ベラルーシ政府によって8年間の刑期で投獄されました。これは表向きには収賄容疑でしたが、国際的な人権団体であるアムネスティ・インターナショナルが同氏を「良心の囚人」(暴力を用いていないのに、自らの信条や信仰、出自、肌の色などを理由に、政府によって拘禁されたり自由を制限されたりしている人)と認定し、釈放を求めるキャンペーンを行った結果、2005年に釈放されました。
(田中泉 記)
参考:http://www.amnesty.org.au/news/comments/2406/ 

=====以下本文=====
■チェルノブイリ事故による放射性物質で汚染されたベラルーシの諸地域における非ガン性疾患 ユーリ・バンダシェフスキー教授
ミコラス・ロメリス大学(リトアニア、ヴィリニュス)

生態学的な環境は人体に影響をあたえ、人間社会の発展を支える。世界で環境保護(そして人々の健康)に関してかなりの全体的進歩があったことを見ようともせずに深刻な環境問題を抱えている国々がある。その先頭を行くのが旧ソ連諸国である。旧ソ連政権は、西側諸国の軍事的・経済的発展に追いつき追い越せという願望のあまり新しい産業技術を導入したが、それは環境、ひいては人びとの健康に致命的な影響を残した。何よりもまず、ソ連による核実験について考える必要がある。

1960年代以降、ベラルーシ、リトアニア、ラトヴィア、エストニア、ウクライナ、ロシアにまたがる広範な範囲が放射性物質で汚染されたのがその直接的な影響である。これらの国に住む人々は放射性物質があることに関して何の情報も持っていなかったので、当然その影響から身を守ることができなかった。

●ベラルーシにおける放射線と生態系にかかわる問題
1960年代初頭以降、これら旧ソ連諸国の住民が消費する食材から放射性核種セシウム137が非常に多く検出されている。[1]
チェルノブイリ事故によるベラルーシの汚染は有名だが(図1)[訳注:図1は見当たらず]、対してそれ以前に核実験の放射性降下物(フォールアウト)による汚染があったことはあまり知られていない。図2.2~2.4に旧ソ連における汚染の証拠資料をいくつか提示する。図2.2は、チェルノブイリ事故が起きる前の1960年代、セシウム137のレベルは非常に高かったが、1963年に大気圏核実験が禁止された後は着実に減っていった様子を示している。

たとえば、ベラルーシやバルト諸国の人びとが日常的に摂取する産品のうち、高レベルのセシウム137が含まれていたものの1つが牛乳である。[図2-3は]1967年から1970年にかけての「牛乳-セシウム 汚染地図」である。放射性核種セシウム137が最も多く観測されたのはベラルーシ共和国ゴメリ地方だった。
・・・・・・・・・・・・・・(略)・・・・・・・・・・・・・・・・

986年のチェルノブイリ原発事故は、多くの欧州諸国の住民、とくにベラルーシ共和国の住民に対し、すでに存在していた放射性物質の影響をいっそう強めた。
チェルノブイリ事故後、1992年*のベラルーシにおける放射性核種セシウム137の沈着量を示す地図(図2.1、図2.4)[訳注:図2.1は1987年の地図である] は、1960年代のベラ
ルーシにおける同様の放射性核種沈着の地図にほぼ符号している(Marey A.N.ら共著1974年)。1986年のチェルノブイリ事故
後、ベラルーシなどの国の人びとの健康に放射線が与えた影響について語ることができるようになったが、これはひとえに西側諸国の大衆の関心が高まったことによる。

1986年4月26日のチェルノブイリ事故は、その規模と影響からみて人類史上最大の人災と考えられている。その社会的・医学的・生態学的影響は、詳細な研究を要する。ベラルーシは欧州全体で最大の被害をこうむった国だ。チェルノブイリ原発4号炉で起きた事故の結果大気中に放出された放射性物質の約70%はベラルーシ共和国の領土の23%以上に当たる部分に降下し、そこを汚染した。

この地域では現在、子ども26万人を含む約140万人の住民が暮らしている。いまだに放射能汚染について大きな問題を抱えている地域が散見される。最も危険なのは放射性物質セシウム137とストロンチウム90を含む食材の摂取である。これらの放射性核種が内部被ばくに寄与する割合は70-80%に達する(バズビー&ヤブロコフ 2009年)。死亡率の上昇と出生率の低下により、
1993年以降のベラルーシの人口は、2002年は-5.9‰、2003年は-5.5‰、2005年は-5.2‰と、マイナス傾向になっている。
・・・・・・・・・・・・・・(略)・・・・・・・・・・・・・・・・

ベラルーシの住民の死因のうち主なものは心臓病と悪性腫瘍である。最大死因である心臓病が統計的に有意な増加を示していること、中でもチェルノブイリ原発事故の後処理に関わった人びとの間で増加していることには不安を禁じえない(図2.9)。
食物から永久的・慢性的に摂取される状況下において、放射性核種セシウム137は甲状腺、心臓、腎臓、脾臓、大脳など、生命活動のために重要な臓器に蓄積される。これらの臓器が受ける影響の度合いは様々である。
・・・・・・・・・・・・・・(略)・・・・・・・・・・・・・・・・

セシウム137の取りこみにより、高分化細胞の代謝障害と変性・類壊死性のプロセスが進行する。それらの傷害の重症度は、生体内および上に挙げた臓器内のセシウム137濃度によって左右される(セシウム濃度の関数である)。傷害プロセスの強度ともたらされる組織傷害は並行する。通常、いくつかの臓器が同時にその有毒な放射線の影響にさらされると、全般的な代謝障害が誘発される。注意すべきなのは、生理的状況下において細胞増殖が無視できるほど少ないか全く起きない臓器や組織(例:心筋)が最も被害をこうむることである。

生体内に蓄積された場合、セシウム137は代謝のプロセスを阻害し、細胞膜の構造に影響を与えるとみられる。このプロセスは多くの生命維持に重要なシステムの組織的・機能的障害を誘発する。その主たるものが心臓血管系である。心筋における組織的・代謝的・機能的変異は放射性セシウムの蓄積と相関関係にあり、その毒性の影響を証明する。エネルギー産生系システムとミトコンドリア系システムが侵される。セシウム137の蓄積量が増えることによって細胞において重大かつ不可逆的な変化が起こると、類壊死のプロセスが発生する。エネルギー不安定性の影響でクレアチン・フォスフォキナーゼという酵素の抑制が表れる(図2.14)。
・・・・・・・・・・・・・・(略)・・・・・・・・・・・・・・・・

セシウム137の影響が最も激しく現れるのは、成長中の生体の心臓血管系である。小児の心筋における10Bq/kg以上の放射性セシウム蓄積は、電気生理学的な諸プロセスの異常をもたらす。1986年以降に生まれ、セシウム137による地表汚染が15Ci/ km2(訳注:55万5千Bq/㎡)以上蓄
積する地域で継続的に暮らしてきた人びとには、心臓血管系の深刻な病理的変異を反映する症状と心電図異常が現れる。学齢期の児童では、放射性核種セシウム137の取りこみにより、心拍の障害をもたらす心筋の電気生理的な障害が引き起こされる。生体内の放射性核種量と不整脈発生率との間には、明らかに相関関係が見受けられた(図2.15)。
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症状はかなり臓器毎に特異である。図2.17は腎臓における影響を示している。微小循環系の組織構造が異なるため、放射線被ばくによる病理変化も臓器によって異なる特徴を示す。腎臓の放射性疾病でネフローゼ症候群が伴うことはごく稀だが、通常の慢性糸球体腎炎に比べて重く、経過が早いという特徴がある。後者の場合、悪性がしばしば早い時期から発症することが多い。2-3年のうちに放射性腎臓障害は慢性腎不全や脳卒中、心臓病などを併発するようになる。生体中に代謝性に蓄積し、それが心筋やその他の臓器に有毒な影響をもたらし、高血圧を発症させることに加え、腎臓の破壊は、セシウム137の主要影響の1つである。

ゴメリにおける突然死の89%はこの種の全般的な臓器の破壊を伴っており、その状態は生前には記録されていなかった。また肝臓の深刻な病理的変化も重要である。肝臓において顕著な細胞蛋白の破壊と代謝性変容を伴う中毒性変性が進行すると、類脂肪物質が生成され、それが脂肪肝や肝硬変などの深刻な病理的進展をもたらす(図2.18)。
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図内分泌系もまた、取り込まれたセシウム137の影響にさらされる。それから副腎も取り込まれたセシウムに影響を受けると見られる。コルチゾールレベルは体内セシウム濃度に左右される。母親の胎内(特に胎盤)に相当量の濃縮されたセシウム137が蓄積されていた新生児においては、コルチゾール生成の変異が特に顕著にみられる(図2.19)。これらの胎児たちは子宮に適応できないことでよく知られる。この影響は、セシウム137が与えられた母親を持つラットにみられる(図2.19、2.20)
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女性の生殖系の疾患は内分泌系統の異常で起きる。放射性セシウムはまた、妊娠可能な女性では性周期のさまざまな時期における黄体ホルモン-女性ホルモンのアンバランスの原因ともなる。これが不妊症の主たる要因となる。胎盤その他の内分泌系の臓器に取り込まれた放射性セシウムは、母親の生体にも胎児にもホルモン障害を増加させる。

特にセシウム137の濃度が高まるとテストステロンや甲状腺ホルモン、血液中のコルチゾンの含有量も増加する。放射性セシウムにより母子の生体内でホルモンバランスが乱れると、妊娠期間が遷延し、分娩合併症と新生児の発育障害が増加する。母乳を与える場合、放射性セシウムは子の生体中に移行する。従って、母親の放射能が減った分、子の生体はセシウム137により汚染される。この新生児期にからだの諸器官が形成されるが、放射性セシウムは子の生体に対して極めて否定的な影響を与える。

放射性元素の取りこみに最初に反応するのが神経系である。28日間オート麦を介して放射性セシウムを40-60Bq/kg投与したラットでは、脳の様々な部位、特に大脳において、モノアミンおよび神経刺激性のアミノ酸の生合成に顕著なアンバランスが起こる。これは平均致死線量(訳注:細胞の生存率を37%まで減らす線量。哺乳類では1~2Sv)あるいはそれを越える線量に被ばくした場合に見られる現象である。このことは自律神経の様々な障害に反映される。

放射線汚染地域に住む児童に白内障が増加した件についても触れられるべきだ。この疾患の検出頻度は、他の疾患と同様に、生体内の放射性核種セシウム137の量と直接関係性がある(図2.21)。

まとめると、長寿命の放射線核種セシウム137は、多数の生命維持に重要な臓器や身体系統に影響を与える。その結果、放射性セシウムの濃度に依存するプロセスとして高分化細胞が悪影響を受ける。エネルギー産出系統の破壊を基盤にしたこのプロセスは、蛋白の破壊へとつながっていく。この繋がりにおいて、セシウム137が人体に与える影響の特徴は、生命維持に重要な臓器や臓器系統の細胞内の代謝プロセスの抑制だとみられる。これは毒性組織(窒素化合物)の直接的な影響と効果、および心臓血管系の障害による組織発育の阻害とによるものである。

セシウム137により人間や動物の体内に引き起こされる病理的変異をすべてまとめて「長寿命放射性物質包有症候群」(SLIR)と名付けることもできそうである。この症候群は生体に放射性セシウムが取り込まれた場合に表れる(その重症度は取り込まれた量と時間で決まる)。

そして、その症候群は心臓血管系、神経系、内分泌系、免疫系、生殖系、消化器系、尿排泄系、肝臓系における組織的・機能的変異によって規定される代謝障害という形で表れる。SLIRを誘発する放射性セシウムの量は年齢、性別、そしてその臓器の機能的状態により異なる。子どもの臓器と臓器系統では、50Bq/kg以上の取りこみによって相当の病的変化が起きている。しかし、10Bq/kg程度の蓄積でも様々な身体系統、特に心筋における代謝異常が起きることが報告されている。

●結論
チェルノブイリ原発事故から23年、長期間に渡って放射性物質に汚染された地域に生活しこれらの放射性核種を摂取してきたベラルーシ共和国の住民たちは、心臓病と悪性腫瘍の発症リスク増加に見舞われてきた。これらの病気が事故後23年間着実に増加し続けたことにより、住民の死亡率が出生率を2倍以上上回るという、人口統計上の大惨事といえる状況がもたらされた。現在の状況は、チェルノブイリ事故の被害を受けた地域に暮らす市民の健康を守るための対策を速やかに講ずるための国レベルおよび国際レベルの決断を必要としている。
[1] (Marey A.N. 共著 1974年、ルシャーエフA.P.共著 1974年、テルノフV.I., グルスカヤN.V. 1974年).

翻訳:田中泉 翻訳協力:松崎道幸
(以上、転載終わり) 


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コメント

福島・郡山市土壌汚染濃度 チェルノブイリ被害地匹敵/菅谷昭『子どもたちを放射能から守るために 』

2011-09-29 17:09:33 | 地震・原発・災害
9月26日放送のNHKクローズアップ現代「放射能から子ども守りたい~母親たちのネットワーク~、
期待して観たのですが、なんだか肩透かしを食ったような・・・期待はずれでしたね。

ゲストの医師は上から目線だったし、最後の「放射能よりストレスのほう が悪い」という発言は最悪でした。
NHKは影響力が大きいんだから、子どもたちへの放射線被ばくの害をもっと自覚してほしいですね。

わたしは、10年後のチェルノブイリの子どもたちを実際にこの目でみてきたので、
福島の10年後とどうしても重なってしまいます。
だから、3,11以降、いつも気が晴れないのです。

自称「専門家」が、どんなに「だいじょうぶ」「心配しすぎないように」といっても、
だれが何百回「安心・安全」と繰り返しても、「それはちがうだろう」と思っています。

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福島原発事故後の情報の洪水のなかで、じっさいにチェルノブイリの現地に入って調査してきた人たち、
チェルノブイリ原発事故被災者に関わってきた人が、書いたものや、発言が貴重です。

 福島・郡山市土壌汚染濃度 チェルノブイリ被害地匹敵
2011年9月28日 琉球新報

 福島第1原発事故で放射能に汚染された福島県内の土壌は、1986年のチェルノブイリ原発事故で健康被害が続出したウクライナ・ルギヌイ地区に匹敵する汚染濃度であることが矢ヶ崎克馬琉球大名誉教授の分析で分かった。同地区は事故後5~6年で甲状腺疾病と甲状腺腫が急増。9年後、子どもは10%の割合で甲状腺疾病が現れた。通常10万人中数人しか出ない子どもの甲状腺がんは千人中13人程度まで増えた。矢ヶ崎氏は「福島で同じような健康被害が出る恐れがある。子どもの遠方避難を含む被ばく軽減策に全力を挙げるべきだ」と訴えている。
 福島県内の土地について文部科学省が8月30日に発表した詳細な汚染度(放射性セシウムの濃度)調査の結果を基に、ルギヌイ地区の汚染状況と郡山、福島両市の汚染濃度を比較した。
 ルギヌイ地区はチェルノブイリ原発から西へ110~150キロ離れた場所で、強く汚染された地域。ウクライナの汚染度区分は三つのゾーンに分かれている。移住の判断基準は国際放射線防護委員会(ICRP)基準を原則的に適用し「年間自然放射能を除いた1ミリシーベルト以上の被ばく」と設定されている。1平方メートル当たりで、55万5千ベクレル以上が「移住義務」、55万5千ベクレル未満~18万5千ベクレルが「移住権利」、18万5千ベクレル未満~3万7千ベクレルが「管理強化」となっている。
 ルギヌイ地区の汚染程度は「移住義務」と「移住権利」を合わせた地点数の割合は13・3%に対し、郡山は14・4%、福島市は33・0%。両市の方が汚染度の高い地域が多い。汚染の少ない「無管理地域」の割合はルギヌイ地区が1・5%で、郡山市27・1%、福島市10・6%と両市の方が多い。濃淡分布の幅の違いはあるが平均値などをみると「汚染度はほぼ同程度とみなせる」という。
 ルギヌイ地区では、子どもの甲状腺疾病の罹患率が上がったほか、同地区全病院全ての患者に免疫力の低下や感染症の増加・長期化などが確認された。90~92年の死亡率を事故前の85年と比べると、死期は男性で約15年、女性で5~8年早まっていた。
 矢ヶ崎氏は「ウクライナの法定放射能定義はICRPの基準に従っているのに、その基準は健康管理の点ではあまりにも甘すぎたことを示している。健康被害は年間1ミリシーベルト以下でも深刻だ。だが日本政府は緊急時の措置として20ミリシーベルトを設定した。許し難い。住民を『被ばくされっぱなし』の状態に置く『棄民』政策そのものだ。国民の健康管理の面から、その点は厳しく追及されねばならない」と強調した。(新垣毅)

<用語>シーベルトとベクレル
 シーベルトは人間が放射線を浴びた時の影響を表す単位。国内の自然状態で年間約2・4ミリシーベルト浴びるとされ、これ以外に人工的には年間1ミリシーベルトが一般人の許容限度とされる。放射線作業者は別の基準がある。ベクレルは放射能の強さや量を表す単位。1秒間に原子が一つ崩壊する値が1ベクレル。シーベルトとベクレルの関係は電球に例えると、光の強さそのものがベクレル、距離により異なる明るさに当たるのがシーベルトと説明される。



 菅谷昭『子どもたちを放射能から守るために 』(亜紀書房)

現松本市長の菅谷昭さんは、5年半もの間、チェルノブイリ原発事故の被災地で、医療支援活動をした医師です。甲状腺がんにかかった子どもたちの治療にあたってきました。いまも現地の支援を続けています。
菅谷さんは、福島原発事故のあと、原発事故の被害を知る医師として、また行政のトップとして、さまざまな発言をマスコミに発信してきました。チェルノブイリの被害を知っているものとして、黙ってはいられなかったからです。

「核の災害は、自然災害とはまったく違います。最悪の事態を予測して、先へ先へと手を打っていくことが大切です。最終的に予測より悪くならなければ、『ごめんなさい、でもよかったね』と、喜び合えばよいのです」

この発言には菅谷さんの事故に対する危機意識が表れています。とにかく早めの対処が大事であると。そしてこうも言っています。

「チェルノブイリ事故の被災地で、人びとの体に健康被害が現れてきたのは、5年後のことでした。これから日本で起きてくるであろうさまざまな問題を最小限にくいとめるためにも、一人ひとりが放射能の正しい知識を得て、正しい判断をできるようになってほしい」

まずは個人として、しっかりと放射能の知識をもってほしい。そのために本書はわかりやすく、必要最低限のことが書かれています。


子どもたちを内部被ばくから守るために親が出来る30のこと  ―チェルノブイリの体験から  

内容紹介
子どもの内部被ばくの害は大人の比ではない。 子どもを守るために何をすればよいのか。 食べ物、飲み物、生活環境……具体的にアドバイス。
【目次】 ●はじめに 原発賛成・反対 どんな立場の人も力を合わせて まず子どもたちを救おう
●目の前の危険から 子どもたちを守るために、 まずできること30  
・何を食べればいいのか(15項目のほか、リンゴペクチンや酵素ジュースの作り方レシピを紹介するコラム収録)  
・どのように生活すればいいのか(15項目)
●子どもたちがいきていゆく 環境を整えるために、 さらに出来ること
●おわりに
出版社からのコメント
放射能は「直ちに影響しない」と言われるが、5年後10年後にあらわれる晩発性の影響についてはすっかり見過ごされている――。 チェルノブイリ原発事故後、20年にわたり被災地児童を日本で転地療養させる活動を続けてきた野呂美加さんは、そういいます。 チェルノブイリの現地を訪れ、母子たちの抱える健康被害、悩みに直に接してきた彼女は、 3.11以後、自身が代表をつとめるNPO法人「チェルノブイリへのかけはし」のブログや各地でのお話し会を通じて、放射能の不安を抱えるお母さんたちへ向けて情報を発信し続けています。 本書はそんな彼女が、ひとりで悩むお母さんたちに向けて、目の前の放射能の危険から子供たちを守るために、何を食べればよいか? どのように生活すればよいか? 具体的な手段をアドバイスします。 各項目ごとに温かなイラストも添えられていて、やるべきことが一頁または見開きでわかりやすくまとめられています。 「私だけが焦っている気がする…」、そんなあなたのためのハンドブックです。 


追跡2011ひろしま:脱原発訴え放影研にデモ行進--広島・市民グループ /広島
 
 ◇「子どもたちを放射線から守る」
 ◇「安全神話」で原発推進、軍事か平和--研究目的市民判断を

東日本大震災から半年を迎えた今月11日、脱原発を訴える市民グループが、比治山(南区)にある放射線影響研究所(放影研)に向かってデモ行進をした。放影研は前身の米原爆傷害調査委員会(ABCC)の時代から、被爆者の調査データを基に原爆放射線の影響を研究し、東京電力福島第1原発事故を受けた健康調査にも関与する。デモの行き先は、なぜ放影研だったのだろうか。【樋口岳大】

 ■「広島を問い直す」
 市民グループ「原発・核兵器なしで暮らしたい人々」(事務局・西区)が呼び掛け、約100人が原爆ドームから比治山まで歩いた。グループは原発や核兵器に反対してきた市民運動家らが福島の原発事故を機に設立した。
 放射線の影響を巡って、100ミリシーベルト以下の低線量被ばくによる発がんリスクは「確認されていない」などと説明する専門家は多い。放影研の長期間にわたる調査は、国際放射線防護委員会(ICRP)による放射線の影響評価の基になっている。グループ事務局の久野成章さん(51)は「広島の被爆者の高線量外部被ばくのデータから、低線量放射線が安全だという『神話』が作られ、それによって原発が推進された」。広島を問い直すことは、核を巡る国際世論を動かすことになる--という主張だ。

 ■「福島」調査に異議
 原発事故を受けて福島県が県民202万人を対象に実施する健康管理調査には、放影研の研究員2人が助言をしている。放影研は8月、福島県立医大との連携・協力協定も結んだ。
 同調査の資料は「(原発事故による)放射線の健康影響は、現時点で予想される外部及び内部被ばく線量を考慮すると極めて少ない」「チェルノブイリで唯一明らかにされたのは、放射性ヨウ素の内部被ばくによる小児甲状腺がんの増加のみで、その他疾病の増加は認められていない」などと記す。これに対し、グループは「結論を決めてかかっている」と批判し、特に「子どもたちを放射線から守る」よう強調する。
 放影研の秋本英治事務局長は「うちは研究所として純粋に中立的に科学を追究する姿勢だ」と語る。

 ■情報公開に壁
 ABCCは原爆投下国の米国が設立しただけに、研究は「軍事目的」の影がつきまとう。グループはこの日、放影研と米アレルギー感染症研究所の研究契約を協議した09年4月28日の議事録の開示を要望した。医師会や被爆者団体代表、学者らでつくる地元連絡協議会の議事録だが、「米国の核テロ対策への協力になる」と一部に反対意見もあった。放影研は「平和目的の免疫基礎研究」として契約した経緯がある。
 放影研は「非公開が前提の会議」と回答したが、グループは協議会の出席者に公開の可否を尋ねるよう再度要望した。財団法人の放影研は行政機関や独立行政法人のように情報公開法に基づく文書開示義務はないが、今年度予算収入約33億円のうち、約20億円を日本政府が補助する。グループ側は「研究が軍事目的か平和目的かは市民に判断させてほしい」と訴える。
毎日新聞 2011年9月29日 



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「山に行きたしヘルペス怖し」。疲れや紫外線で再発「口唇ヘルペス」によく効く治療薬/今年も咲いた彼岸花

2011-09-28 14:49:15 | 健康/くらし/薪ストーブetc
暑さ寒さも彼岸まで。

今年もお彼岸に、ちゃんと彼岸花が咲きました。
毎年、忘れずに、暦きっちりに開花するのが不思議です。

   
数年前に球根を植えたのが、こんなに増えました。
  

球根を植えた夏水仙も増えてきました。

春に咲く水仙や、夏に咲くリコリスと同じ、ヒガンバナ科の多年草です。
   
どこにでもある花ですが、ぱっと咲くときれいです。

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富士山に上る旅では、うれしくないお土産も。

帰った翌日、なんだか体がだるくて熱っぽくて、
暑かったり寒かったりで風邪でもひいたかなぁ・・と思って、熱を測ったのだけど36度台。
それでも何となく不調。

翌朝起きると、
上唇の真ん中より少し左の、唇と皮膚の境あたりに違和感があり、
あつぼったく痛かゆいようなムズムズ感が出てきました。

この感じはなんだっけなぁ? なんだかやばい感じがするなぁ、
と記憶をたどったら、10年ほど前の口唇ヘルペス、だと思い出した。
その10年ほど前にも、唇を腫らして、大きな水ぶくれがつぶれて痛くて何も食べられなかった。
その時は、口唇ヘルペスと知らずに、目立つ黒いかさぶたが治るのに3週間ほどかかった覚えがある。

口唇ヘルペスは、疲れが溜まると免疫力が低下して発病するとか。
ストレス、紫外線なども引き金になる。
わたしゃ、膠原病の疑いがあった時期があり、「日光は禁忌」だったのに、
もういいだろうとたかをくくって、徐々に無防備になっていた。

山に登るときは、マスクやバンダナで鼻から口まで覆って、
目だけ出していたのだけれど、今回は空気が薄いからマスクをしてると苦しいだろうと、
日焼け止めをぬっただけ。それも、車を降りてから。
あわてて車のガラスを鏡代わりに塗ったので、そういえば、唇は塗らなかったような・・・??
と、後悔しても後の祭り。

急いで治療法を調べると、口唇ヘルペスはウィルスによるものなので、
ほっておくとひどくなるし治りにくい、とのこと。
よく効く塗り薬も発売され、薬局でも買えるとのこと。

朝はムズムズだったのが、見る見るうちに赤くなり、
数時間で水泡ができて、ピリピリと痛くなってきた。

時間を見ると、すでにお昼を過ぎ、午前の診療には間に合わない。

ウィルスが増える速度と抑えるタイミングは、時間勝負なので、
とりあえず、市販されている塗り薬を買いに近くの薬局に行きました。

お目当ての薬は、薬剤師の説明が必要な第一類なので、マスクを外して唇を見せ、
「ヘルペスだと思うんですが・・・前にもやったことがあるので」と欲しい薬を指さすと、
薬剤師が一目見て「ヘルペスですね。この薬高いけどよく効きますよ。」
と、アクチビア軟膏を渡してくれた。
小指くらいの2グラムチューブで、1100円だったけど、
背に腹は代えられない。
車の中で、封を開け、鏡を見ながら軟膏を塗った。
とりあえずは、アクチビア軟膏がウィルスの増殖を抑えてくれるだろう。

午後の皮膚科は3時半から。
10分くらい前に着いて、問診票を書いて待っていると、
すぐに呼ばれた。
医師は、一目見るなり、「口唇ヘルペスですね」。
「お疲れなのですね。疲れて免疫が低下すると出てきます。」
「この連休に山に登ったのですが・・」というと、
「紫外線や日光にあたって日焼けしても発症します」。
やっぱりぃ・・・・油断大敵!

「水泡ができ始めているので、塗り薬と飲み薬を出します。
飲み薬は一日2回で5日分出しますが、今朝の分をすぐに飲んで下さい」。

ということで、お隣の薬局で処方薬をもらって、
お水ももらって、すぐに一錠飲みました。

帰りには、心なしか、チクチクが軽くなったような気がしました。

単純ヘルペスウイルス感染症

 口唇ヘルペスってなに?

口唇ヘルペス再発治療薬(塗り薬)アクチビア軟膏
   
口唇ヘルペス治療薬(塗り薬)アラセナ-A軟膏3%

 口唇ヘルペス再発治療薬アクチビア  
有効成分アシクロビル
抗ウイルス成分アシクロビルはウイルスに直接作用し、口唇ヘルペスに効果がある
成分として認められています。
マクロゴール配合
アクチビアには、皮ふの保湿及び保護の作用をもつマクロゴールが添加物として配合されています。
患部を保護し、かさぶたにうるおいを与え、皮ふをなめらかにすることによりひび割れを防ぎ、肌への負担を和らげます。
一般用医薬品として薬局・薬店でお買い求めいただけます
世界100カ国以上でアシクロビル製剤を販売している弊社グラクソ・スミスクライン(GSK)が一般用医薬品としてお届けします。


アラセナ-A軟膏3%(成分(一般名) : ビダラビン ) 
概説: ヘルペスウイルスの増殖をおさえる塗り薬です。帯状疱疹や単純疱疹の治療に用います。
作用: ヘルペスウイルスの仲間は、皮膚や粘膜に水ぶくれを作るのが特徴的です。ヘルペスウイルスによる病気には、水痘(水ぼうそう)や帯状疱疹のほか、口唇ヘルペスや性器ヘルペスなどがあります。口唇ヘルペスは、カゼなどで体調の悪いときによくできますし、性器ヘルペスは性的接触でも感染します。
この塗り薬の有効成分は、ヘルペスウイルスに効く抗ウイルス薬です。ヘルペスウイルスの増殖をおさえる作用があるので、発症初期に用いることで症状悪化を防ぎ治癒を早めます。


アラセナ軟膏には、スイッチOTCの市販薬もあります。
 口唇ヘルペス市販再発治療薬「アラセナS」(サトウ製薬) 

口唇ヘルペス治療薬(飲み薬)バルトレックス錠
   

 バルトレックス錠500(抗ウイルス剤/アシクロビル系)
概説:ヘルペスウイルスの増殖をおさえるお薬です。単純疱疹や帯状疱疹、性器ヘルペス、水痘(水ぼうそう)の治療に用います。
作用
【働き】
 ウイルスは、細菌とは別の微生物です。細菌より小さく、他の生物の細胞内で増殖します。このうち、ヘルペスウイルスの仲間は、皮膚や粘膜に水ぶくれを作るのが特徴的です。単純ヘルペスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルスがその代表です。単純疱疹や帯状疱疹は、そのウイルスが皮膚や粘膜で暴れたし、水ぶくれや発赤を生じ、ピリピリと痛む病気です。
このお薬は、そのような悪さをするヘルペスウイルスに効く抗ウイルス薬です。この種のウイルスが原因の単純疱疹や帯状疱疹、性器ヘルペス、水痘(水ぼうそう)などの治療に用います。ヘルペスウイルスの増殖をおさえますので、ウイルスの少ない発症初期に用いると効果的です。初期治療により 病状の悪化がおさえられ、治癒が早まります。
【薬理】 ウイルス感染細胞内で活性化し、ウイルスDNA鎖の伸長を停止、ウイルスDNAの複製を阻害します。
【臨床試験】 同類薬のアシクロビルにおいて、帯状疱疹の患者さんを対象にしたプラセボ(にせ薬)との比較試験がおこなわれています。半年後に痛みが残っている人の割合は、アシクロビルで治療していた場合、約半数に減ることが示されています。
特徴 アシクロビル(ゾビラックス)のプロドラッグです。すなわち、体内で抗ウイルス作用を持つアシクロビルに変換されて効果を発揮します。
吸収効率がよく、1日1~3回の服用で済みます(アシクロビルは1日5回)。第2世代抗ウィルス薬とされます。


   

「口唇ヘルペス」の発症から二日目、水ぶくれもつぶれずに、
痛みも昨日がピークで腫れも引いてきていますし、跡も残らず治りそうです。
早目の治療をしたのがよかったみたいです。
抗ウイルス剤、さすがよく効くという実感です。

塗り薬は皮膚科でもらったほうを、食事が終わるたびにつけています。

薬局で買った「アクチビア軟膏」は、成分が飲み薬と同じ「アシクロビル」なので、
唇がムズムズしてヘルペス再発の兆しがあったら、迷わず、いっこくも早く塗ることにしましょう。

とはいえ、

「山に行きたしヘルペス怖し」。

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雄大な景色が楽しめる。富士山5合目・お中道~御庭・奥庭トレッキング

2011-09-27 15:31:09 | 花/美しいもの
富士山に初冠雪があった日、富士スバルラインから車で富士山五合目に上り、
5合目をトレッキングしてきました。

中央自動車道、双葉PAから、富士山が見えました。
ウキウキワクワク、わーい富士山だ、あそこに行くんだぁ、
と期待に胸が膨らみます(笑)。

   

朝ごはんを食べてこなかったので、双葉PAで名物の吉田うどんで腹ごしらえ、
お昼に食べるおむすびを購入。ついでに、「幻の富士納豆」も買いました。
  

河口湖インターを降りて、そのまま富士スバルラインへ。 

富士山5合目の駐車場は、すでに満車。
「5合目まで1000メートル」のところから、歩きました。

5合目駐車場は、ひと、ひと、人でいっぱい。
6合目まで登って戻るつもりだったのですが、東に行く人が多くて、
東側はガスがかかっているようなので、
いくつかあるルートの中から、「お中道から奥庭コース」を選択。

   
これが大当たりでした。

林の中を抜けると、南に富士山、西のほうには南アルプスが見え隠れします。

   

5合目のお中道には、目印の石が並んでいて、
見晴らしがよく、高低差のない歩きやすいコースです。
   
富士山は信仰の山で、昔は頂上まで登れない人が、このお中道を一周したとか。
いまは大沢崩れがあって、一周はできないそうです。

人にはたまに出会う程度で、このルートに来る人は少ないようです。

ときどき灌木の中に入ると、汗も引いて、ひんやりした空気がとてもおいしく感じられます。
  

西に歩くとともに、景色が変わります。

雄大な姿を見せる富士山。

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白樺の林のなかで、高山に生えるコケモモの大群生地を見つけました。

   
写真撮りほうだい、です。
  
シャクナゲの自生地。
   
種もたくさんついていて、来年の花芽もすでに準備されています。
花の季節に来たら、きっと見事でしょう。

  


振り返ると、東の稜線がなだらかに続いています。
 

   

このまままっすぐ登ったら、頂上に着くのではないかと、思うほど、
手の届きそうなところに、お山が見えます。
景色の良いところで、富士山を見ながら、持参したおむすびを食べることにしましょう。


  

   

   

御庭に到着。ここまでの距離。5合目から2300メートル。
景色や植物をを楽しみながら歩くにはほどよい距離です。

   

   
御庭から奥庭に行き、展望台に下らずにさらに西に歩き、大沢崩れを目指しましたが、
けっこう遠かったので、途中で引き返しました。

石で整備された道があったので、まっすぐ下ってみると、
駐車場まで2000メートルの地点に出ました。
スバルラインを東に歩いて、車に到着。
帰りは違うルートを通ったので、ずいぶんショートカットできました。

「道の駅なるさわ」にある温泉に入ったころは、すでに3時を過ぎていました。
精進湖から、旧上九一色村を通って甲府南インターから岐路につきました。


精進湖から見た富士山

今回の、「富士山5合目・お中道~奥庭トレッキング」ルートは、
富士山登山は無理でも、富士山を楽しみたい方に、おススメです。

今度は、お花の季節にまた来たい。
それまで、待っててね! 富士山。

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今夜7時30分~NHKクローズアップ現代「子どもを放射能から守りたい~母親たちのネットワーク革命」

2011-09-26 08:28:23 | 地震・原発・災害
昨夜10時から11時半まで、NHK総合 【ETV特集】で放送された、
「原発事故への道程 / 後編 そして“安全”は神話になった」をみました。
このシリーズ「原発事故への道程」の前編は、「置き去りにされた慎重論」。
「事故はぜったいに起こらないので想定も不要」の安全神話を前提に、
安全への疑問をだれも口にすることもできなくなっていく
行政と業界、学術界の「原子力ムラ」の様子が、当事者の証言で明確になっていきます。

原子力を推進してきた人たちが、福島の事故が起きて反省を口にしながら、
なお「原発推進」の信念を変えていないことに、根の深さを感じます。

昨日の山口県上関町長選では、原発「推進派」の町長が3選を果たしました。
開沼博さんの「フクシマ論-原子力ムラはなぜ生まれたのか」に書かれていた、
もうひとつの「原子力ムラ」を崩すのも簡単ではないようです。

【社説】上関町長選 原発マネーと別れよう 

 原発新設への賛否が地域を二分する山口県上関町長選は、推進派の現職が三選した。だが今や新設は不可能だ。原発で町はつくれない。脱・原発マネーの先駆けになるような町政の転換を望みたい。
 上関町が原発誘致を表明したのは、一九八二年のことだった。
 瀬戸内海を埋め立てて、出力百三十七万キロワットの原発二基を建設する計画で、二年前から敷地の造成が始まった。来年六月に1号機の本体工事に着手し、二〇一八年三月の営業運転をめざしてきた。
 原発は小さな町を推進派と反対派に引き裂いた。町長選も両派の対決が続いてきた。予定地から四キロ沖、反対派が多い祝島では、祭礼さえ両派に色分けされるほど、その溝は深まった。
 過去八回の町長選はすべて、推進派が勝ってきた。今回も推進派と呼ばれる現職が、反対派を退けて三選を果たしたかたちだが、これまでとは背景が大きく変わり、推進派の九連勝とは言い難い。
 福島第一原発の事故を受け、野田佳彦首相も「新規原発建設は困難」と表明した。山口県知事は周辺市町にも配慮して、来年十月に期限が切れる海面の埋め立て免許を更新しない方針だ。原発ができないと、交付金や固定資産税など「原発マネー」も入らない。
 現職も選挙前から「交付税が入らない場合のまちづくりを同時に考えなければならない」と、脱・原発マネーに含みを持たせ、推進、反対の立場を超えた地域ビジョン検討会の設置を決めていた。
 原発誘致表明後、町税収入二億五千万円の上関町に、計四十五億円の交付金のほか、中国電力から多額の寄付金が支給され、温泉施設の建設などが進められてきた。それでも当時約七千人いた人口は半減し、高齢化率は県内一で五割に近い。
 原発マネーは、まちおこしの特効薬にはなり得ない。
 新町政の課題は脱・原発マネーの意志をこのまま強くして、住民の心の溝を埋めていくことだ。
 祝島では、太陽光パネルで電力の自給をめざす「自然エネルギー100%プロジェクト」が始まった。推進派と呼ばれる町長が後押しすれば、融和は進む。
 地域に溝を掘ったのは、安心安全と財源をてんびんにかけ、住民の心を揺らし続けた原発推進の国策だ。祝島の自然を生かした持続可能な地域おこしに、法外な原発交付金を付け替えるなど、政府も責任を負うべきだ。 


山口・上関町長選 「推進派」町長3選 「原発抜き」町づくりへ 

◇福島事故で新設は困難
 中国電力が上関原発を計画する山口県上関町の町長選が25日投開票され、原発推進派の現職、柏原重海氏(62)=無所属=が反対派で新人の前町議、山戸貞夫氏(61)=同=を破り、3選を果たした。福島第1原発の事故後、原発新設計画のある自治体としては初の首長選挙。野田佳彦首相は新規原発建設に否定的なため、柏原氏は原発なき後の町づくりも見据えた選挙戦を展開して圧勝した。確定得票数は柏原氏が1868票、山戸氏が905票だった。当日有権者数は3206人。投票率は87・55%(前回88・08%)。【小中真樹雄】

 福島原発事故後は各地に「脱原発」の機運が拡大。上関原発の建設予定地周囲30キロ圏内にある周辺8市町議会は、6月末までに次々と「原発建設凍結」「中止」を求める意見書を可決した。
 柏原氏は、商工業者ら推進派7団体の推薦を受け、町議12人中9人を占める推進派の支持も得て、選挙戦を戦った。
 今年度、上関町には約11億円の原発交付金が流れ込み、一般会計予算の4分の1を占めた。選挙戦で、柏原氏は原発財源が入らなくなっても、高齢者へのバス代助成や中学生以下の医療費無料化などを続けるとした。
 また、原発推進の姿勢は変えないものの、国策変更もにらみ「原発を想定しない町づくりを、選挙後に発足させる検討会で話し合う」と有権者にアピールしてきた。当選後、柏原氏は「国のエネルギー政策の扱いは不透明。我々が30年国を信じ、国に疑いを持たず、原発を推進してきたことをしっかり受け止めてほしい」と原発なき後の支援を改めて国に求めた。
 敗れた山戸氏は、地元・祝島の事務所で「これまで原発反対を言えなかった町民が、はっきり反対の声を上げてくれるようになった」と明るい声で敗戦の弁を述べた。

==============
 ■解説
 ◇「脱依存」へ経験に期待

 上関原発の構想が表面化した82年以降の上関町長選で、原発推進派は連勝を「9」に伸ばした。現職の柏原重海氏が圧勝したが、民意が原発推進を100%支持したのではなく、建設が極めて厳しくなった今、原発なき町づくりを実績のある現職に託した面が強い。柏原氏は福島第1原発事故を受け、6月町議会で原発財源に頼らない町づくりに言及。原発に不安を感じた人や建設の実現性に疑問を持ち始めた人にも支持されたとみられる。
 原発計画浮上以来、同町には計約45億円の「原発マネー」が投入された。人口は30年前の半分の約3500人で、半数が65歳以上。「町の税収は先細る一方」という柏原氏の危機感は、原発交付金が消滅すればさらに高まるだろう。
 町は国策に翻弄(ほんろう)された面もあり、原発計画中止となった場合の国の支援を柏原氏は期待している。しかし、国に依存するだけでは、新たな町づくりは見えてこない。「原発抜き」を想定した町政運営の方法を早急に示す必要がある。
 原発推進、反対を超えて町内をまとめ、原発がなくても安心して暮らせる町の将来像を描くため、選挙後には地域ビジョン検討会(仮称)が発足する。上関町はどんな未来を描くのか。全国の原発立地自治体の今後にも一石を投じそうだ。【遠藤雅彦】
毎日新聞 2011年9月26日  



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いっぽう、福島原発事故をきっかけに、新しい動きも起きています。

「子どもを放射能から守りた」と思う母親たちが、
みずから当事者となって独自のネットワークを立ち上げ、市民運動を展開しはじめています。
この様子は、今夜7時30分から、NHKクローズアップ現代で取り上げられます。

 子どもを放射能から守りたい~母親たちのネットワーク革命~(仮題)  

クローズアップ現代
(NHK総合 毎週月曜~木曜 午後7時30分~7時56分)

東京電力福島第一原発の事故から半年あまり。食品、土壌などから次々に放射性物質が検出される中、「子供を放射能から守りたい」と、30~40代のごく普通の母親達がネットワークでつながり活動している。今や200余の団体、賛同者は1600人以上に発展。行政が測らない食品を独自に測定。秋の運動会シーズンを前に、近隣市町村の母親達が連携して行政に働きかけ、校庭の除染を実現させる。更に、国が被ばくの上限として、内部・外部合わせて「生涯100ミリシーベルト」という基準を設けようとする中、母親達は、「子供だけは特別の配慮を」と公聴会に駆けつけ、国内だけでなく海外の専門家にも直接意見を聞き、政府の意見募集に積極的に投稿、今月末には厚労相にも直接訴える。立ち上がった母親達に密着。どうしたら子供を放射能から守れるか考える。


今朝の朝日新聞の社説は、「新しい公共の世紀へ―市民の力で社会を変える」。

政官財や組織が変わらないなら、ひとりひとりの市民が、社会を変えていく。
これが「市民運動」であり、「市民自治」の基本です。

社説:新しい公共の世紀へ―市民の力で社会を変える  
2011年9月26日(月)付 朝日新聞

 行政を担うのは、だれか。そんなの役人に決まっている。
 私たちはずっと、そう考えてこなかったか。だが、そろそろ発想を変えてみよう。もっと市民、住民が主役になるべきではないのか、と。
 いわゆる「新しい公共」という考え方だ。
 利点は、役所の合理化にとどまらない。市民がみずからの意思で参画し、「公」の責任を分かち合うことで、やりがいや生きる価値も見いだせるはずだ。そんな前向きな発想である。
 行政はいま、国も地方も、低成長による税収減と、高齢化に伴う行政需要の膨張にあえぐ。この窮状を打開するカギとして「新しい公共」を考えてみる。
 行政を立てなおす取り組みには、二つの潮流がある。
 ひとつは「小泉・竹中改革」のような小さな政府路線だ。「官から民へ」を掲げ、行政コストを下げて増税を避け、企業活動の活力や消費を生もうとする。労働人口が減っていく日本では、著しい経済の成長は望みにくい。活力を引きだそうと考えれば、「官から民へ」の手法は一定の説得力を持つ。
 もうひとつは増税路線だ。福祉社会を維持する費用を社会全体で担おう。高齢人口が増え、膨らんでいく福祉予算を賄うには増税しなければならない。借金を続ければ、いずれ日本もギリシャのような債務危機になりかねないと警告する。

■ウィン・ウィン関係
 だが、どちらにも危うさが潜む。「小さな政府」は行政が担うべき役割を放棄して、弱者に厳しい格差社会を招く恐れがある。増税論は納税者の財布を直撃し、消費など国内経済をしぼませかねない。
 そこに「新しい公共」の出番がある。
 原発事故で避難を強いられた福島県双葉町の人々が多く暮らす埼玉県加須(かぞ)市には、ユニークな事業がある。「ちょこっとおたすけ絆サポート」だ。
 買い物の代行や病院への付き添い、庭の草むしり……。誰かの手を借りたい人は、商工会が発行する「絆サポート券」を買う。1枚500円で1時間の支援サービスを受けられる。支援するサポーターは、商工会に登録した市民だ。09年度の開始から、1500時間分の券が売られ、高齢者らの利用が広がる。
 券は市内の商店などでの買い物に使えるので、お金が地元に落ち、地域経済を元気づける。サポーターは券とともに、人々の役に立つことで精神的な満足感も得られる。市は商工業をてこ入れでき、福祉充実の経費を抑えられる。それぞれがメリットを享受できる「ウィン・ウィン」の関係だ。
 埼玉県も資金を援助した。「ただし3年間。立ち上がりは助けるが、担うのは市民。継続するには、やってみて市民自身がその価値に気づくことが大切だ」と、上田清司知事は話す。

■大震災を契機に
 東日本大震災の後、民間の復興支援サイト「助けあいジャパン」が立ち上がった。政府の情報を市民が加工し、避難者の生活を応援し、ボランティアの便宜を図っている。費用は手弁当だ。「民間なので、あえて公平にこだわることなく情報を出すなど、小回りがきくのが強みです」と、運営する佐藤尚之さん(50)は言う。
 大震災の義援金が象徴するように、この国にも寄付文化が拡大しつつある。後押しする制度もできてきた。前の国会で成立した改正NPO法と税制改正法だ。寄付額の約半分を納税額から直接減らせる方式になり、税の配分を自分で判断できる範囲が広がった。「新しい公共」づくりへの大きな一歩になる。
 この流れをさらに加速させよう。それには「公」が担うべき施策なら、まずは市民の手でできないのか、と考える気風を国全体に広げていくことだ。
 その前提としては、市民が担った方が、より質の高いサービスを実現できることが欠かせない。同時に「行政の下請け」にならない仕組みが要る。英国では、NPOなどと政府、自治体が「コンパクト」という合意文書を結び、下請け関係に陥らない制度を用意している。日本でも知恵を絞ろう。

■政治の責任は重い
 「新しい公共」づくりに向けた制度づくりに、政治が果たすべき役割は大きい。とりわけ政権交代を機に、政策として提示した民主党の責任は重い。鳩山政権は旗を振ったが、菅政権は増税路線が先に立ち、野田首相の所信表明演説には「新しい公共」の言葉すらなかった。
 しかし、大震災の後、ボランティア活動の領域と、かかわる人々の数は確実に増大している。市民の知恵と力が、社会を変える大きなうねりになりそうなエネルギーを感じ取れる。
 「市民が主役」が党名の由来である民主党であれば、これを好機と捉え、いまこそ「新しい公共の世紀」を築いていく覚悟で取り組んで欲しい。


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ほんのりピンクに、ほろ酔い酔芙蓉/オオスズメバチとの攻防-2

2011-09-25 19:31:58 | 花/美しいもの
数日留守にしていて帰ったら、酔芙蓉が咲いていました。

酔芙蓉は、朝は真っ白で咲きはじめ、
   
時間がたつにつれて、ピンクの色が濃くなっていきます。
   
それで、「酔う芙蓉」という意味で、スイフヨウと名付けられています。
   

白からピンクに、そして、赤に。
   

   

   

  

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(注)ここから先は、オオスズメバチが出てきます。
  蜂が嫌いな人はご注意を!


スズメバチが来ていた、ミツバチの巣箱は無事でしょうか。
ずっと気になっていたので、スズメバチがいても大丈夫なように
ネットをかぶって見にいきました。

ナンジャモンジャにつるしたペットボトルのトラップには、
オオスズメバチが何匹も入っています。

入り口をHの形に切ったCCレモンとぶどうの皮を入れたトラップです。
 
みているうちにも一匹入って、出られなくてもがいています。
あまり気持ちの良いものではありません。

ミツバチの箱には、スズメバチが何匹もまとわりついていて、
ミツバチはまったく外へ出る気配なし。
何日もこの状態が続いて外に出ていないかもしれないので、
ともちゃんが、スズメバチ退治を始めました。

わたしは怖いので、家の中にひっこんで作戦本部を担当。

ともちゃんが瞬間冷凍スプレーで気絶させたスズメバチを網で捕まえて、
干し網の中に入れて、その上にネズミ取りのペッタンコをおいてみると、
様子を見に来た仲間の蜂が、くっついて離れなくなりました。
      

オオスズメバチは捕まえても次次にやってくるので、
ミツバチの箱を目の細かい網ですっぽり覆い、
箱の上にもペッタンコを載せました。
すると、
巣箱の周りを飛んでいるオオスズメバチが、
何匹もくっついてきました。

オオスズメバチが来なくなると、ミツバチたちが驚くほどたくさん外に出てきて、
興奮したように、あちこちを飛び回っています。
 
朝から蜜を集めに行けなかったので、お腹がすいていると思い、
砂糖といらない蜂蜜を水に溶いて給餌してみました。
   
ミツバチたちが並んで、おいしそうに甘い水を吸って、
夕方までには、空っぽになっていました。

とりあえず、今日のところはミツバチは無事でした。

オオスズメバチは、今日だけで32匹も捕獲。
この攻防、いつまで続くのでしょう。

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『たとへば君 四十年の恋歌』河野裕子・永田和宏共著/『紅梅』津村節子著。

2011-09-24 22:09:26 | ほん/新聞/ニュース
数日でかけていて、帰ってきたばかりです。

昨日は秋分の日、「お彼岸」とも言います。

「彼岸(ひがん)」とは、「仏教で向こう岸に渡るという意味。迷いのこの世(此岸(しがん)から、
川の向こうの悟りの世界に渡るために教えを守り、行いを慎むのが本来の彼岸の意味」だそうです。
わたしは無宗教なので、彼岸(ひがん)も(此岸(しがん)もありませんが、
大切なひとをうしなう、という意味を考える日でもありました。

最近読んだ本で、つれあいを失った人が、相手のことをつづった本があります。

   
   『たとへば君 四十年の恋歌』河野裕子・永田和宏共著

歌人の河野裕子さんと永田和宏さん夫婦の共著『たとへば君 四十年の恋歌』は、
乳がんで亡くなった河野さんと永田さんのエッセイと短歌で構成されています。

「相聞歌」
死の直前まで歌を詠みつづけた河野裕子さんの歌を、
ともに歌人の永田さんと子どもたちが口述筆記したそうです。
河野さん亡き後、永田さんが作った、心に残る一首があります。

 わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんたうに死ぬ 

(『たとへば君』P283)

かけがえのないひとの記憶はそのひとの心のなかに残る、のですね。


 短歌月評:巨大な「課題」=大辻隆弘 

昨年逝去した河野裕子に関する書物が多く出版されている。
 出版社名は省略するが、『河野裕子読本』『京都うた紀行』『家族の歌』『たったこれだけの家族』『たとへば君』、そして彼女の遺歌集『蝉声(せんせい)』、枚挙にいとまがない。テレビで放映された「この世の息」も多くの視聴者を得たという。
 主婦として母として、体当たりで生き、家族を愛し抜いた彼女のひたむきな生きざまが、今、多くの人に感動を与えている。震災によって人と人との絆の大切さを再認識した私たちにとって、河野の著作は深い共感を与えるものなのだろう。これらの著作によって、彼女の短歌に触れる人々が増えるのは、まことに喜ばしい。
 ただ、彼女は家族愛だけに生きた一女性ではない。河野裕子は、戦後に生まれた歌人のトップランナーであり、短歌史に大きな足跡を残した歌人だった。その巨大な歌人の全貌はまだ私たちには見えていない。
 「塔」の八月号が出た。「河野裕子追悼号」である。
 四百頁(ページ)以上にわたるこの大冊は、河野裕子という歌人の全貌を客観的に捉えようとする明確な意志に貫かれている。
 松村正直による初期作品の発掘や、学生時代の友人や教え子たちの証言、身体感覚や文体について詳細に研究した作家論、厳しい目で河野の作品歴を検証した座談会……。ここには結社指導者の追悼号にありがちなヨイショはない。あるのは、河野を歌人として客観的に位置づけようとするフェアな意志である。
 河野裕子は一過性の「話題」ではない。短歌史のなかでその本質の解明が待たれる巨大な「課題」である。この追悼号は、その課題を果たすための必須の一冊になるに違いない。(おおつじ・たかひろ=歌人)
毎日新聞 2011年8月28日 東京朝刊


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もう一冊は、津村節子さんの最新刊『紅梅』。

   
   『紅梅』津村節子著


津村さんは、つれあいである吉村昭さんの、がんの発病から死までを、
本のなかで、克明につづっています。
淡々としたことばのなかに、思いの深さを感じました。

  しあわせのトンボ:空を見上げて=近藤勝重

 豪雨禍をもたらした台風12号が去ってほんの数日、秋の気配がちらりとした。東京湾の上空には、さざ波のようにいわし雲が散り広がる日もあった。
 どういうわけか、いわし雲には郷愁を誘われる。その時は、革のグラブがほしいなあと思いながら川の土手に寝転んで、やはり雲を見ていた少年時代のことが思い出された。グラブは後日、中学校の先生をしていた長兄が野球部で使い古されたものを持って帰ってくれ、その夜、そのグラブを手にはめて寝たのを覚えている。
 今夏はまた、格別の思いで空を眺めたことがある。お盆休みのころ、がん告知も覚悟して大阪の病院で大腸の精密検査を受けた。胃がんの手術を受けているせいで、癒着があるらしく、内視鏡(ファイバースコープ)がくねくね動くつど、うめき声を上げた。しかし院長の「大丈夫そうやな」という声が聞こえた途端、痛みも吹っ飛び、結局、小さなポリープを三つ切除しただけですんだ。
 病院を出ると、ああと声を出し、思わず空を見上げた。太陽がギラつく炎天ながら、どうあれ空はありがたい。「幸せだなあ」とか、「この日、この空、この私」とか、こういう時によくつぶやく言葉と一緒に、天空の人となった2人の作家を思い浮かべていた。吉村昭、城山三郎両氏である。
 吉村氏が青空を眺めては「幸せだなあ」と言い、それを城山氏が「幸せ教だね」とからかっていたという話は、妻として、作家として吉村氏の最期を見つめた津村節子さんの近著「紅梅」にも出てくる。夫人はそういう言葉を交わす両氏の対談の内容を紹介したあと、こう続けている。
 <夫は対談のように、毎朝幸せだなあ、と言っていた。どこも痛くなくて幸せだなあ、と。
 舌癌(ぜつがん)の告知を受けるまでは……>
 がん告知と言えば、城山氏は一度下されたがん宣告が誤診だったという体験の持ち主だ。その体験をして以降の氏の思いは「この日、この空、この私」というエッセー集に書かれている。<それ以降、何でもない一日もまた、というより、その一日こそかけがえのない人生の一日であり、その一日以外に人生は無い--と、強く思うようになった>
 この先も、空に向かって「幸せだなあ」と声をもらし、「この日、この空、この私」で日々生きていきたいものである。(専門編集委員)
毎日新聞 2011年9月16日



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ペットボトルのトラップでオオスズメバチ捕獲作戦/日本蜜蜂の巣箱を襲撃されススメバチとの攻防はじまる。

2011-09-23 07:11:54 | ニホンミツバチ
春にやってきた日本ミツバチは、
熱い夏を無事越して、強い群に育っているようです。

夏の間、暑さよけにすだれをかけていたのですが、
9月になって台風が立て続けにやってくるので、

すだれをはずして大風対策。
ふと見ると、ミツバチたちが、ビピッビビッと一斉に羽をふるわせています。
近づいてみると、スズメメハチが飛び回っていて、
ミツバチたちがスズメバチにびっしりボールのように取りついて、
「熱殺」しています。

羽を一斉にふるわせるのは、警戒音だったようです。
この日やってきたのは、調べたらキイロスズメバチだったようで、
日本ミツバチたちが、ぶじ撃退しました。

台風15号が近付いている夕方、ともちゃんが呼ぶ声で巣箱を見に行くと、
蜜蜂たちが一匹も外にいなくて、前より一回り大きなスズメバチが
2匹巣箱の下にもぐりこんでいます。
巣箱の下には、ミツバチが10匹ほど死んでいます。
今度はオオスズメバチのようで、
「熱殺」作戦は通用しないので、巣箱に籠ってしまったのでしょうか。
気配を消してシンとした巣箱から、ミツバチたちの恐怖が伝わってくるようです。

オオスズメバチはわたしも怖いので、
ともちゃんが完全防備で、タモを持って捕獲作戦。
2匹を捕まえたのですが、あとから3匹も来ました。



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大変だぁ、といそいで、「ハチ激とれ」をしかけました。

スズメハチの好む匂いで誘って、溺れさせる仕掛けです。

翌日のために、ペットボトルのトラップの作り方を調べて、
ハチを誘因する液もいろいろ試すことにしました。

ペットボトルの上部を切って逆さにする、という形が
簡単そうなので、いくつか作ってみました。
  

この日は日没近くだったのですが、1時間足らずで、
トラップにスズメバチが入りました。
小さめのオオスズメバチのようです。


大小いろんなタイプのトラップもつくってみました。
  

入口をHにきって折り曲げたトラップには、
大きなオオスズメバチが入っていました。




参考までに、ペットボトルのトラップの作り方です。
  ペットボトルを利用した「ハチ捕り器」の作り方と注意事項(郡山市)

身近な材料による簡単な「ハチ捕り器」の作り方を紹介します。
1 準備する材料および道具
(1)ハチ捕り器本体
①ペットボトル(大きさは1~1.5 リットルで、形はなめらかな円筒状のもの)
②カッターナイフ
③ひも(ビニル製等 長さは設置箇所に合わせること)
(2)誘引剤(ハチをおびき寄せる匂いの元。以下、1.5 リットル分の量)
①砂糖(100g)
②酒(日本酒を220mL)
③酢(70mL)
2 作り方
(1)ハチ捕り器本体
①カッターナイフを使い、入口と
なる の左、右及び上辺の
3箇所を切り、下辺 をビ
ンの内側へ直角に折り曲げます。
(ビンの反対側も同じにします)
②キャップ首に、ひもを結びつけ
ます。
ひもの長さは、ハチ捕り器の設
置箇所に合わせて変えるので、
初めは余裕をもたせておきます。
※穴は四角形で、1辺の長さは
(2)誘引剤(ハチをおびき寄せる匂いの元)
適度な長さのひも
穴の1辺の
長さは
1.6~2cm
誘引剤の深さ:
約7cm
下辺をビンの内側へ折り返します。
1.6~2cm
ハチ捕り器の完成図(例)
(2)誘引剤
1で準備した砂糖、酒、酢を大きめの容器の中で混ぜあわせます。
砂糖が十分溶けて、液が透明になれば大丈夫。
※この中に、少し傷みかけたブドウを1粒いれると発酵が進み、効果が増します。
(3)できあがった誘引剤を、ハチ捕り器本体に注ぎ込みます。
(4)ハチ捕り器本体を木陰等にひもでつるします。
※取り付け位置は下記を参照してください。
3 ハチ捕り器の管理方法
ハチ捕り器は、その原理上、誘引剤の匂いに引かれたハチが集まってきます。
一度に捕殺できるハチの数も多くありません。餌を捜しにたまたま立ち寄ったハチを駆
除対象としています。
従いまして、使用にあたって、以下のことに十分注意してください。
(1)取り付け場所はよく選んでください。
①ハチの巣の5m以内では、使用・設置をしないでください。ハチが集まりすぎて、
危険な場合があります。
②普段から人が通行・作業する場所を避け、そういった場所から3 メートル以上離
して設置してください。
③子どもがイタズラできないような高さ(2m以上)に設置してください。
④直射日光の当たらない場所(木陰等)に設置してください。
(2)誘引剤の補給や交換
①ハチが行動する日中を避け、「夜から明け方」の時間帯に、付近をハチが飛び回っ
ていないことを確認したうえで行ってください。
②誘引剤が蒸発して残り4~5cm 以下になったとき、もしくは、スズメバチや他の
昆虫でペットボトル内が満たされ、液面が見えなくなったときには、誘引剤の交
換あるいは補給を行ってください。
4 注意事項
①自宅等の近くに、巨大なハチの巣を見つけ、多数のハチが飛び回っているようで
したら、ハチ捕り器による安全な使用限界を超えています。早急に専門駆除業者
に依頼して対処してください。
②人の生活に支障のない場所に巣がある場合には、そっとしておきましょう。
スズメバチは、植物等にとっての害虫を食べる「益虫」でもあるからです。
どのように優れた道具であっても、使用法を誤れば事故につながることをお忘れなく!
-お問合せ-
保健福祉部 保健所生活衛生課
TEL 024-924-2157 FAX 024-934-2860 


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記者の目:妊娠しても流産繰り返す不育症=五味香織/秋の庭:白萩・白芙蓉・秋明菊

2011-09-22 06:22:54 | ほん/新聞/ニュース
台風が通り過ぎた庭。
秋も深まってきました。

   白萩
   

   

   秋明菊
   

   

   白芙蓉
   

   

  

   


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「こうのとり追って:第3部・不育症」を連載していた
友人の五味香織さんが、昨日の「記者の目」に登場。
生活報道部にいかれて以来、ずっとこのシリーズを精力的に担当してみえます。

先週最終回を迎えた「IS男でも女でもない性」のテーマになった「性分化疾患」も、
毎日新聞で取り上げられたことがきっかけで、広く知られるようになりました。

「こうのとり追って:第3部・不育症」の記事(みどりの一期一会) 

 記者の目:妊娠しても流産繰り返す不育症=五味香織 

◇自力で解決できぬ苦悩 理解を
 病院で検査を受け異常がなかった時、「よかった」と思えないのはどんな時だろう。流産や死産を繰り返す「不育症」患者にとって、異常がないことは「治療の手立てがない」という残酷な意味を持つ。
 子供を持つことをテーマにした連載企画「こうのとり追って」の第3部(8月23~31日)で、不育症を取り上げた。取材を通して改めて感じたのは、命とは人の手が及ばないものであり、だからこそ患者には心の支えが必要ということだ。少しでも多くの人が不育症を知ることから、「支え」の裾野は広がると思う。

 ◇65%が原因不明 治療法がない残酷
 不育症は、妊娠することが難しい「不妊症」と混同されがちだ。厚生労働省研究班の報告では、妊娠経験がある女性の4.2%に起き、年間3万人が発症すると推定される。胎児への血流が妨げられる血液凝固異常や子宮の形態異常など原因があるのは少数派で、65.3%が「原因不明」だ。検査で原因不明とわかると、みな「どうしていいかわからない」と途方に暮れる。子供を得るため、残念な結果を覚悟で妊娠を重ねることしか、手だてがない。
 取材では、不安と苦しみにもがく人に多く出会った。
 5回の流産を経験した愛知県稲沢市の女性(32)は、現在の妊娠が分かった時、「うれしいはずなのに2日間、不安で泣いてばかりいた」。診察台に上がるたび「心拍が止まっていたら」という嫌な予感に脅かされる。やはり5回流産した東京都の女性(43)は自分の無力さを強く感じたという。「だめになるのを見ているしかない。仕事のように努力すれば結果が返ってくるものではない。普通の人は当然のように産めるのに、なぜ私が……」と思い続けた。
 不育症の患者は、無遠慮な言葉にもひどく傷つけられている。流産すると「よくあること」「無理したんじゃないの」。大阪府の女性(41)は不妊症と比べられ「妊娠するだけまし」と言われた。4回流産しても願いはかなわず、今は治療から距離を置く。「自分は普通以下。一生引きずると思う」と目を伏せた。
 不育症の専門医で、自らも患者として苦しんできた人がいた。慶応大病院で不育症外来を担当していた女性医師(39)は4回の流産を経験し、「なぜ自分が」と答えのない自問を重ねてきたという。友人に「子供は親を選んで来る」と言われ、傷ついた。
 つらさの中で、気づいたこともある。この女性医師は流産後、夫が夜中うなされたり、ひそかに泣く姿に、悲しみを共有できる温かさを感じ、「夫とでなければ乗り越えられないと何度も思った」。

 ◇寄り添う人の存在が救いに
 慶大病院では「不育症学級」の講師を務めた。「自分がいけなかったのか」「妊娠するのがこわい」--。押しつぶされそうになっている患者を前に、「不安にも、前向きな気持ちにも寄り添います」という言葉を伝えた時、深くうなずく参加者が多かったという。臨床心理士が「子供を授かることや治療には、これぐらい頑張ればいいというものがない。悲しんでいいのです」と呼びかけた時は、自分自身の心に言葉がしみていくのを感じたという。効果的な治療法が見いだせない患者の救いとなるのは、寄り添ってくれる人の存在なのだろう。
 取材で会った人の中には、悲しい結果を迎えた人もいる。3回目の妊娠をしていた東京都港区の女性(36)は9月上旬、死産に至った。病院へ駆けつけた夫に「ごめん」と謝ると、泣きながら「お前がいればいいんだよ」と言われ、心が慰められた。夫は仕事を休んで病院に付き添い、退院後も泣いてしまうと、落ち着くまでそばにいてくれるという。女性は悲しみの中にありながら、「この人と結婚してよかったと思っている」と胸の内を明かしてくれた。
 研究班の報告では、妊娠経験がある女性の38%が流産を経験していた。私はその多さに驚いた。自らの経験を明かさない人が多いのだろう。連載に、妻が流産したばかりの男性から感想が寄せられた。「人ごとのように思っていたが、本当につらい」という。
 わが子を失った経験者でつくる自助グループや、心の痛みを和らげる取り組みを進める病院もある。医師や助産師らによる支援団体も発足した。こうした活動とともに、不育症への理解が広がってほしい。流産や死産は誰かのせいではないということ、身近にもつらい思いをした人がいるかもしれないことを、多くの人が知ってほしいと思う。(生活報道部)
毎日新聞 2011年9月21日


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脱原発集会―民主主義が動き出す(朝日社説)/9・19さようなら原発・武藤類子さんのスピーチ

2011-09-21 15:29:11 | 地震・原発・災害
母が亡くなって、ちょうどひと月。
朝から台風15号が吹き荒れています。

昨日アップした「9・19 さようなら原発5万人集会」の続きです。
朝日新聞が今日の社説で、この脱原発集会のことを書いています。

社説:脱原発集会―民主主義が動き出す
2011年9月21日(水)付 朝日新聞

 「ええじゃないの 原発なくてもええじゃないの」と踊り歩く人がいる。「原発なくせ。即時廃止しろ」とシュプレヒコールをする人もいる。「げんぱつじこまえの ふくしまに かえりたい」というプラカードを掲げる子どももいる。
 おととい、東京・明治公園で開かれた「さようなら原発」集会は、主催者発表で6万人を集めた。圧巻だったのは、その規模よりも参加者の多様性だ。
 労働組合や平和団体だけでなく、高齢者、学生、女性、子どもたちが練り歩く。のぼりやゼッケンの主張も、さまざまだ。とにかく言いたい、思いを伝えたい。そう願う人々が、あちこちから集まってきた。
 人々が横につながり、意見を表明することは、民主主義の原点である。民主主義とは、ふつうの人々が政治の主人公であるということだ。国の場合は、議会制による間接民主主義とならざるを得ないが、重大局面で政治を、そして歴史を動かすのは一人ひとりの力なのだ。
 米国の公民権運動を勇気づけたキング牧師の「私には夢がある」という演説と集会。ベルリンの壁を崩した東ドイツの市民たち。直接民主主義の行動が、国の政治を動かすことで、民主主義を豊かにしてきた。
 日本でも、60年安保では群衆が国会を取り囲んだ。ベトナム反戦を訴える街頭デモも繰り広げられた。それが、いつしか政治的なデモは沖縄を除けば、まれになった。政治的な訴えが通らない現実に、あきらめが先に立ったからだろうか。
 しかし、東日本大震災から半年あまり、この国のどこか深いところで変化が起きている。とりわけ「脱原発」のうねりは、かつてない勢いで広がる。
 もはやプロの政治家に任せてはいられない。生活、命、そして子どもたちの未来をどうするのか。同じように差し迫った不安や不満を抱く人と手を携え、政治にもの申そう。そんな思いが共鳴しあう。
 「私らには民主主義の集会や市民のデモしかない。しっかりやりましょう」。呼びかけ人の一人、作家・大江健三郎さんの言葉が象徴的だ。「脱原発」は、私たちの民主主義に新たな一ページを刻む動きに見える。
 今までにない形で人々の手をつないでいくインターネットの普及も、集会を活気づける。
 この絆を太くし、現実の変革につなげるには、もっともっとたくさんの手が要る。新聞や放送などのメディアが変化に注目し、政党や政治家も問題意識を共有することが欠かせない。   


「スポーツ報知」も詳しいとコメントをくださった方、ありがとうございます。

「脱原発」集会に6万人!山本太郎「命懸かっている」(2011年9月20日06時01分 スポーツ報知)


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東京での脱原発集会の様子は、ユーチューブで視聴できますが、
なかでも、「ハイロアクション福島」の武藤類子さんという女性のスピーチが胸を打ちます。
全文が、「ハイロアクション 福島原発40年」にアップされていますので紹介させていただきます。

9・19さようなら原発・武藤類子さんスピーチ 
2011年9月20日  ハイロアクション 福島原発40年

9・19 さようなら原発5万人集会での、ハイロアクション福島・武藤類子さんのスピーチをご紹介します。
ふくしまの想いを、ひとりでも多くの方に、伝えたい。

*********************************
みなさんこんにちは。福島から参りました。
今日は、福島県内から、また、避難先から何台ものバスを連ねて、たくさんの仲間と一緒に参りました。初めて集会やデモに参加する人もたくさんいます。福島で起きた原発事故の悲しみを伝えよう、私たちこそが原発いらないの声をあげようと、声をかけ合いさそい合ってこの集会にやってきました。
はじめに申し上げたい事があります。

3.11からの大変な毎日を、命を守るためにあらゆる事に取り組んできたみなさんひとりひとりを、深く尊敬いたします。
それから、福島県民に温かい手を差し伸べ、つながり、様々な支援をしてくださった方々にお礼を申し上げます。ありがとうございます。
そして、この事故によって、大きな荷物を背負わせることになってしまった子供たち、若い人々に、このような現実を作ってしまった世代として、心からあやまりたいと思います。本当にごめんなさい。

皆さん、福島はとても美しいところです。東に紺碧の太平洋を臨む浜通り。桃・梨・りんごと、くだものの宝庫中通り。猪苗代湖と磐梯山のまわりには黄金色の稲穂が垂れる会津平野。そのむこうを深い山々がふちどっています。山は青く、水は清らかな私たちのふるさとです。
3.11・原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降りそそぎ、私たちはヒバクシャとなりました。
大混乱の中で、私たちには様々なことが起こりました。
すばやく張りめぐらされた安全キャンペーンと不安のはざまで、引き裂かれていく人と人とのつながり。地域で、職場で、学校で、家庭の中で、どれだけの人々が悩み悲しんだことでしょう。 毎日、毎日、否応無くせまられる決断。逃げる、逃げない?食べる、食べない?洗濯物を外に干す、干さない?子どもにマスクをさせる、させない?畑をたがやす、たがやさない?なにかに物申す、だまる?様々な苦渋の選択がありました。

そして、今。半年という月日の中で、次第に鮮明になってきたことは、
・真実は隠されるのだ
・国は国民を守らないのだ
・事故はいまだに終わらないのだ
・福島県民は核の実験材料にされるのだ
・ばくだいな放射性のゴミは残るのだ
・大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ
・私たちは棄てられたのだ
私たちは疲れとやりきれない悲しみに深いため息をつきます。
でも口をついて出てくる言葉は、「私たちをばかにするな」「私たちの命を奪うな」です。

福島県民は今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上がっています。
・子どもたちを守ろうと、母親が父親が、おばあちゃんがおじいちゃんが・・・
・自分たちの未来を奪われまいと若い世代が・・・
・大量の被曝にさらされながら、事故処理にたずさわる原発従事者を助けようと、  労働者たちが・・・
・土を汚された絶望の中から農民たちが・・・
・放射能によるあらたな差別と分断を生むまいと、障がいを持った人々が・・・
・ひとりひとりの市民が・・・ 国と東電の責任を問い続けています。そして、原発はもういらないと声をあげています。

私たちは今、静かに怒りを燃やす東北の鬼です。
私たち福島県民は、故郷を離れる者も、福島の地にとどまり生きる者も、苦悩と責任と希望を分かち合い、支えあって生きていこうと思っています。私たちとつながってください。私たちが起こしているアクションに注目してください。政府交渉、疎開裁判、避難、保養、除染、測定、原発・放射能についての学び。そして、どこにでも出かけ、福島を語ります。今日は遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。思いつく限りのあらゆることに取り組んでいます。私たちを助けてください。どうか福島を忘れないでください。

もうひとつ、お話したいことがあります。
それは私たち自身の生き方・暮らし方です。 私たちは、なにげなく差し込むコンセントのむこう側の世界を、想像しなければなりません。便利さや発展が、差別と犠牲の上に成り立っている事に思いをはせなければなりません。原発はその向こうにあるのです。 人類は、地球に生きるただ一種類の生き物にすぎません。自らの種族の未来を奪う生き物がほかにいるでしょうか。 私はこの地球という美しい星と調和したまっとうな生き物として生きたいです。 ささやかでも、エネルギーを大事に使い、工夫に満ちた、豊かで創造的な暮らしを紡いでいきたいです。
どうしたら原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか。誰にも明確な答えはわかりません。できうることは、誰かが決めた事に従うのではなく、ひとりひとりが、本当に本当に本気で、自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分ができることを決断し、行動することだと思うのです。ひとりひとりにその力があることを思いだしましょう。

私たちは誰でも変わる勇気を持っています。奪われてきた自信を取り戻しましょう。 そして、つながること。原発をなお進めようとする力が、垂直にそびえる壁ならば、限りなく横にひろがり、つながり続けていくことが、私たちの力です。
たったいま、隣にいる人と、そっと手をつないでみてください。見つめあい、互いのつらさを聞きあいましょう。怒りと涙を許しあいましょう。今つないでいるその手のぬくもりを、日本中に、世界中に広げていきましょう。
私たちひとりひとりの、背負っていかなくてはならない荷物が途方もなく重く、道のりがどんなに過酷であっても、目をそらさずに支えあい、軽やかにほがらかに生き延びていきましょう。 


同じ日に長野県下諏訪町で開かれた「9.19福島のお母さんのお話を聞く会」。
この集会で話された西片嘉奈子さんの講演もユーストリームにアップされていますので紹介します。

9.19福島のお母さんのお話を聞く会 の様子 

福島のお母さんの講演(80分)ユーストリーム
始めは音声が小さいですが、8分くらいから音声が大きく聞きやすくなります。スピーカーからでなく、アンプから直接音声を録音しているので、音声がとてもきれいです。
 (70分過ぎに雑音が入りますがすぐに収まります)
音声重視の設定をしたため、映像は小さいですが、気にしないで下さい。

講演のイントロとワンポイント
・原発に無知無関心だった
・3月末までは、長崎大から福島県のアドバイザーになった山下俊一教授の「100mSvまでは大丈夫、外で遊ばせてよい」を信じて子どもを外で遊ばせていた
・多種多様な情報がでるなか、どれが正しいか自分で調べようと思い、県の原発誘致の歴史から調べ始め、会合にも参加するようになった
・新学期から、帽子・マスク・手袋着用しての登下校が始まった
・外で遊べないと子どもにストレスが溜まり、兄妹げんかばかりするようになった
・5月連休に県外に出たときに、「ぶっ倒れるまで走り回りたい」と言って実際そうした
  その帰り、長男が「もう福島に入った?」と何度も聞き、「入った」と言ったら、自分からマスクを付けた
・長男に避難の決心を話したら、「やっとお友達と友だちになれたのに離れるのはいや」とさんざん泣かれた
  でも、西片さんの話を長男はOKしました。さて、西片さんはお子さんとどのような話をしたのでしょうか。
・その後、お父さん(子どもらの祖父)にも反対されましたが、最終的には賛成していただけました。ここでも、お父さんと西片さんはどのような話をされたのでしょうか
・最近、ほかの親から「山下氏を信じて子どもを外で遊ばせ、後悔している。大丈夫でしょうか」と泣きながら訴えられることが多い
・今、福島市には公園や車道の草が伸び放題のところがたくさんある
・私は、子どもを助けたいんです。福島の子ども、みんなを。
・除染が終わるまでは、避難を勧め支えるべきです。
・東電は、福島県民全員に補償すべきです。
・子どもたち4人が、お役人に対して切実な思いを話した
・子どもたちの思いを後世に残すため、一冊の本にしたい

ぜひ全編をお聴き下さい。引き込まれ、あっというまに聴き終わります。
 私たち発足間際の脱原発諏訪連絡会は、東電原発事故による最大の被害者である福島の子ども・お母さんお父さんらの声をきくところからまず始めるべきではないかとの思いから今回の企画を立てましたが、この視点の大切さは、全国どこでも同じだと思います。全国・全世界でお役立て下さい。



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