ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

広域処理はもう不要!東京都下も、ついに、議員が動き出した!がんばれ東京!

2012年09月30日 | 日本とわたし
『九州ひまわりプロジェクト』からのお知らせです。

広域処理はもう不要!東京都下もついに議員が動き出した!

がれきの受け入れを進める行政に対して、市民が提出した陳情に対して、東京都下でも、議員から、真面目な賛成意見が、ようやく出されました。
皆様にご紹介するとともに、拡散をお願いします。

東京都、三多摩地域の柳泉園組合(東久留米市、西東京市、清瀬市)が、宮城県女川町のがれきを受け入れる問題で、
柳泉園組合の構成市の一つである、清瀬市の9月議会に、提出された陳情に対して、
宮原りえ議員が、現在、宮城県議会で提案されている、契約変更議案を取り上げ、
がれきの受け入れに反対したり、調査と審議を求める陳情に、賛成する討論を行ってくれました。

陳情の賛成討論(意見)全体としても、災害廃棄物の広域化処理に反対する立場を、内部被曝問題から説明した、傾聴に値する意見内容になっています。

宮城県がすでに、民間委託している契約内容を、半減化する提案を出している中で、
(がれきは、宮城県現地では、一度委託した量さえ確保できず、下方修正する中で)、
なぜ東京に、高いコストをかけて、持ってくる必要があるのかを、問う意見となっています。

9月清瀬市議会 陳情16号・17号・19号(柳泉園ガレキ受け入れについて)賛成討論 
2012年9月27日宮原理恵


陳情第16号について、賛成の立場から討論をいたします。
17号、19号についても、関連がありますので、まとめて討論をします。

災害廃棄物の広域処理については、私は、反対の立場をとっています。
そして、清瀬においては、この問題についての議論が不十分であり、市民にも、十分な説明がいき届いているとは思えません。

まず、大前提として、放射能の特性から判断すると、とにかく、
「発生してしまった放射性物質については、特定の場所に封じ込めて、長期間の厳重な管理をする」ことが鉄則であり、拡散させるべきではありません。

災害廃棄物の迅速な処理が、被災地の、復興の一助になるのは確かです。
しかしながら、廃棄物の受け入れについては、安全性の確保が、大前提です。
「安全かどうか」ということで、大きく見解が分かれるところですが、はたして、基準値以下であれば、安全と言えるのかどうか。
お考えいただきたいのは、原発事故前の日本では、IAEAの国際的な基準に基づき、セシウム137が100ベクレルという基準だったものが、
事故後、大幅に、規制が緩和され、焼却後、8000ベクレルという、80倍の基準になったという点です。
その数値は、福島県内限定の基準として設けたものを、十分な説明もないまま、広域処理にも転用したもので、根拠が疑問視されています。

そのため、いくつかの自治体が、受け入れを見合わせたり、独自基準を設けて、受け入れをしています。

放射線防護の国際的合意として、汚染されたものを、汚染されていないものに混ぜて、「危険でない」とすることは、禁止されています。
日本政府は現在、食品とがれきについて、この「希釈禁止合意」に違反していると、ドイツの放射線防護委員会が、日本政府に、勧告を出しています。
そして、汚染された廃棄物の、各県への配分、焼却、および焼却灰の埋め立てなどは、重大な過ちであり、即刻停止するべきだ、と言っています。
「原子力利用と引換に、どれだけの死者と病気を、許容するのか?」と懸念を表明すると同時に、
日本国民に対しても、早急に、専門知識を身につけて、行動を起こすように呼びかけています。

日本弁護士連合会も、広域処理の危険性を指摘する声明を、昨年9月に出しています。
放射性物質は、ひとたび環境中に漏れ出したら、取り返しがつかないのです。

放射能による被害は、ガンにとどまらず、免疫の低下による、様々な健康障害があります。
チェルノブイリエイズ、という言葉をご存知でしょうか。
内部被曝が原因と思われる、免疫の低下により、感染症にかかりやすい、風邪の長期化、貧血などの症状が、周辺地域の子どもたちに見られています。
東京都内でも最近、季節はずれの感染症が、子どもたちの間で流行している
ことは、お耳に入っていると思います。
原爆ぶらぶら病という病気は、原爆投下後に、被爆地に入った人々が、「なんだか体の調子が悪い」、「倦怠感で動くことができない」と訴え、
でも、どんなに検査をしても、どこもおかしくはない、もう少し様子を見ましょうと言ったら、
翌朝、布団の中で死んでいた
、というようなこともあったと、肥田瞬太郎先生は、証言しています。
その不可解な症状は、筋肉にセシウムが取り込まれたことによる、内部被曝が原因だったのではないか、ということがわかってきています。

放射能の被害については、歴史から学ぶべきです。
私は、以前、鎌仲ひとみ監督のもとで、2003年の映画『ヒバクシャ-世界の終わりに』という作品の制作と、配給に携わりましたが、
その仕事の中で、世界中のヒバクシャの、姿と言葉に触れてきました。
アメリカの核兵器工場の周辺で、チェルノブイリで、劣化ウラン弾が使われたイラクで、ウラン鉱石などの採掘場で、
また、世界中の核実験の影響で、多くのヒバクシャが生み出され、苦しみながら、命を落としています。

そして、被曝した妊婦から、多くの赤ん坊が、先天性障害児、いわゆる奇形児という、痛ましい姿で産まれています。
同様のことが、戦後のヒロシマ・ナガサキでも起きていたことは、あまり知られていません。
そして、チェルノブイリでは、25年以上経った今も、人々の健康障害は、増え続けています。
それらヒバクシャの姿を、嫌というほど見てきた私は、少なくとも、
自分の目の届く範囲で、このような被害を繰り返してはならない、余計なヒバクシャを増やしたくない、という信念のもと、今、ここに立っています。
しかし、そういった被害の多くは、「放射能との因果関係が証明できない」として、公式には認定されないままです。

私は、その映画の仕事で、京都大学の小出裕章先生、原発に警鐘を鳴らし続けている方ですが、その方にお会いした際、
「なぜ学者によって、言うことが180度違うのですか?」と聞いてみました。
答えは明快でした。
「私は出世を望まなかったからです」。

原子力政策を推し進めてきた日本では、原子力に疑問を呈する学者は、出世できない、ということでした。
今、日本で、権威のある高名な学者の多くが、「放射能安全説」に立っていることの、説明がつきます。
今、私たちは、歴史から、証言や記録から、学ぶべきです。
因果関係の証明が難しいならば、なおのこと、予防原則に立って、即時、被曝の拡散を止め、
高濃度汚染地帯からは、コミュニティごと避難をする、少なくとも、子供や妊婦は、集団疎開させるという措置を取るべき
です。
そして、除染の可能な地域を、徹底的に除染する。
間違っても、拡散すべきではありません。

汚染された、災害廃棄物の広域処理により、健康障害が生じれば、それは、人為的にもたらされた、二次被曝と言えます。
幼い子ども、病気を持った方々など、弱い立場の人々は、生命を脅かされる可能性もあります。
それは、「生存権の侵害」と言えるのではないでしょうか。
清瀬のリーダーとして、高名な学者のとなえる、放射能安全説に立つのか、それとも、世界中のヒバクシャの声を聞くのか。
渋谷市長の、見識が問われています。


群馬大学の、早川由紀夫先生のつくった汚染マップを見ればわかるように、焼却が始まる前の清瀬は、比較的、汚染の少ない地域です。
ホットスポットや食べ物に注意すれば、幸いにして、住み続けることができている。
その環境を、死守すべきです。
今、清瀬市が行うべきことは、放射能や、有害物質の混入のおそれがぬぐえない、廃棄物を受け入れることではなく、
被災地からの避難者や、保養を受け入れることです。
そして、安心して暮らせる町、安心して子育てができる町であり続けることです。

札幌の、上田市長の言葉を上げるまでもなく、渋谷市長には、清瀬市民の健康と安全を守る、責務があります。

では、被災地の復興はどうするんだ、と思われるかもしれません。

宮城県議会は、今年の3月に、全会一致で、災害廃棄物を利用した「命を守る森の防潮堤」推進議員連盟を結成し、7月には決議をしています。
横浜国立大学の宮脇昭教授が、長年の研究を経て提唱しているもので、
自民党宮城県議の相沢光哉議員は、6月の一般質問の中で、「ガレキを使って防潮堤を作れば、広域処理の必要はない」とはっきり述べています。
そして、議連として、宮城県や国に対して、働きかけをしていますが、県知事側と対立し、議会の声を無視するかたちで、広域処理は進められつつあります。


また、廃棄物の量についてですが、宮城県は、昨年の9月に、鹿島JVと685万トン、金額にして、約2000億円の業務委託契約を交わしていますが、
量が、310万トン程度までに減ったことで、現在、宮城県議会に、契約変更議案が提出されており、変更契約の手続きが進められています。
685万トンが310万トンへと、375万トンもの量が減り、契約を変更せざるを得ないにもかかわらず、東京都が受け入れつつある量が、わずか6万トン。
「処理しきれないから受け入れる」ということだったはずです。
東京都がその量を、輸送費をかけてまで受け入れる必要性が、本当にあるのでしょうか。
その6万トンのために、数十億の税金が、注ぎ込まれます。


柳泉園として、清瀬市長としても、宮城県議会の動き、廃棄物の現在の状況を調べ、
ぜひ、広域処理の必要性、それが、本当に、被災地の望んでいることなのか、復興支援と言えるのかについて、再度、検証していただくことを要望いたします。
ひょっとしたら、「災害廃棄物受け入れ」という形での支援は、受け入れ側の、一方的な支援の押し付け、自己満足に過ぎないものかも、しれません。

以上のような理由から、私は、柳泉園での、災害廃棄物の焼却には、反対の立場です。
そして、清瀬においては、この問題についての議論が不十分であり、市民への説明が不十分で、
市民の理解を得られているとは言えないことを、改めて主張します。

なお、陳情についてですが、憲法に違反するかどうかの判断そのものは、法律の専門家ではないと、難しい部分があるのは事実です。
しかしながら、私は、市民が、生命を脅かされるような危機感を持っている、という事実を重く受け止め、
「憲法違反の可能性がある」ということで、16号と17号について、賛成をします。
(陳情18号については、市長会の、合意の法的根拠が不十分であり、また、周辺住民の理解を得たとは言えないと考え、陳情には賛成をいたします。←<18号は、陳情の提出者が違ったため、まとめて討論できず>)

19号については、先ほど述べたように、鹿島JVとの契約の量が、大幅に減り、契約を変更せざるをないのに、
東京や北九州が、受け入れる必要性があるのかについて、厳正な調査が必要である、という意味合いで、この陳情の趣旨に、賛成いたします。
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内部被ばくから家族を守ろ~!『おかんとおとんの原発いらん宣言』が作ってくれはった小冊子ですよ~!

2012年09月30日 | 日本とわたし
『おかんとおとんの原発いらん宣言』ブログから、お知らせです。

内部被曝から家族を守ろうの小冊子ができました

東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、大量に放出された、放射性物質の数々。

それは、現在進行形で、今でも放出され続けています。

『食べて応援』 『風評被害』 『ただちに影響は無い』
などの言葉に、違和感を感じていませんか?!

モヤっとした不安。

喜びながらご飯を食べる子どもを見ながら、『ほんまにこれ食べさせて大丈夫なん?!』と、思ったことはありませんか?!

私たちは、大切な家族を守るために、何をしたらいいのでしょうか?

おかとんメンバーの、避難ママの一人が、日頃行っている内部被曝対策などを、小冊子にまとめました。

何も知らないお母さんたちにも、配りやすい様に、入門編として、甘めの内容になっています。

   *内部被曝から家族を守ろう!*
*~少しの工夫で内部被曝は減らせます!~*


コチラからダウンロードしてください(←すみません!わたしのブログからは開けませんので、おかとんブログのページのこの部分をクリックしてください!

A4二枚、表と裏に印刷して、折り曲げて重ねて、小冊子にしてお使いください。
(1ページと8ページの裏に、2ページと7ページ。3ページと6ページの裏に、4ページと5ページを印刷してください)

拡散自由ですので、どんどん拡散してください!

内部被曝の危険性を周りの人たちに伝えましょう!!

ちょこっと内容紹介↓

★★★★★★★★★★★★

食品の安全基準

日本では、福島第一原発事故後に、1kgあたり、500ベクレルまで引き上げられましたが、
その後1kgあたり、100ベクレルになっています。

しかし、お米や大豆、牛肉はまだ、1kgあたり、500ベクレルのまま

それももちろん、おかしいのですが、
福島第一原子力発電所事故前は、1kgあたり、100ベクレル以上の物は、
放射性廃棄物として、黄色いドラム缶にいれて、地中深く埋めて、厳重に管理してきました


それをいま、私たちは、私たちの子どもたちは、食べさせられているのです。

『ちょっとくらいなら大丈夫?!』
『薄めて混ぜれば大丈夫?!』

いいえ、被曝は蓄積です。


コンクリートなど、放射性物質に汚染された物質の流通、
国の基準値に従っているだけの、ずさんな学校給食内容、
今後起こるかもしれない、関西の原子力発電所等、核燃料施設での事故、
汚染された、被災地瓦礫の広域処理、
違法に投棄されている、放射性廃棄物……、


などなど、フツーに生活しているだけでも、こんなに様々な、被曝のリスクがあります。

被曝は、少しでもしない方が良いんです!

想定外の被曝に備えて、想定内の、防げる被曝は、できるだけ防ぎませんか??
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啓介さぁ~ん♪

2012年09月30日 | 音楽とわたし
ACMAの花形ソプラノ歌手アイヴィの、ボイス・トレーニングを受けてきた。

彼女の本業は、夫婦カウンセラー。
けれども、常に、複数の歌の先生から学び続けていて、コンサートやショーで、観客を魅了する素晴らしい歌手さんなのである。

去年のカーネギーの舞台の後すぐに、彼女から、フォーレの美しい歌曲の伴奏を頼まれた。
彼女から頼まれたこと自体が嬉しくて、もちろん引き受けたかったのだけど、カーネギーの本番ですら痛みを誤摩化し誤摩化し弾いていたし、
とにかく一旦、全く弾かないと決めて、様子を見ようと決心していたので、泣く泣く(本当には泣いていないけれど)断った。
すると彼女は、わかった、この曲は、まうみの指が治って弾けるようになるまで、わたしは歌わないからと言いながら、ぎゅっと抱きしめてくれた。

それからほぼ1年後、急に思いついた。
そうや、歌やったら歌えるやん♪

若い頃、声量だけは人並み以上にあった。
当時、頸椎圧迫の後遺症で、右手がろくに動かなくなった時、声楽の先生が、鍛えようによっては声楽家としていけるかも、などと言ってくれて、ちょっとその気になったことがあった。
その後も、何人もの声楽科の生徒の伴奏を引き受けていたりしたことから、歌のレッスンの場に身を置く時間が多かった。

それからもう40年近くも経って、わたしは本格的に歌を学ぼうと決めた。
昔習ったイタリア歌曲の本を持って。

さて、マンハッタンのウェストサイドにある、アイヴィのアパートメントまで、旦那が車で送ってくれた。
アイヴィと真向かいに座り、どうして歌を学ぼうとしているのか、そして学んでいた時はどんなだったかを、詳しく話した。
そして、じゃあ、はじめましょかと立ち上がり、まずやったことというと、

全身の力を抜き、頭から肩、それから上半身を、ゆっくりと前屈しながら、あ~~~と声を出す……そしてゆっくり起き上がる、その繰り返し。
すると、「う~ん、まだまだ力が抜けてないなあ。顎も舌もほら、こんなふうに、だら~~っと」
真似してやると、もう少しで床の上に、よだれを落としそうになった。

次にやったことは、変な顔大会?!
アイヴィが見せてくれた顔を真似しろと言われたのだけど……あんさん、わたしにも恥じらいっちゅうもんが少しは……。
しかし……アイヴィの「カモォ~ンッ!まうみ!」という大声を聞いて、やむなく開始。
でも、そんなものは、ほんの始まりに過ぎなかったのだった……。

続いて、びっくり仰天顔+笑顔=目からおでこにかけての場所に響きの空間を作り、舌と顎は限りなく弛緩させる、という訓練が始まり、
奇妙なハミング音から、京唄子のパートナー啓介さんがよくやってた、へちゃげたエ~やイ~に移す練習に入ったのだけど、
自分の出す啓介声に辛抱ができず、吹き出すこと数回……これは宿題となった……。

歌うからって息を吸わなければ、なんて思わなくてもよい。
しゃべるからって、息を吸うことに神経を使わないのと同じく、息は自然に任せる。
歌う前に息をわざわざ吸うから、身体の中に余計な緊張が生まれる。
舌の根は下げずに、滑り台のように斜めに上がってても良い。
人それぞれに心地良い位置、リラックスできる位置というのがあるので、一律に考えるのも教えるのもナンセンス。
声はいつも、うんと上の方からやってくる。
具体的にそれをイメージするのは難しいけれど、高い所にあるリンゴにがぶりと齧りつく感じが近い。
イタリア語は、そもそも歌のような言語なので、それをアメリカ人やドイツ人、ロシア人、そして東洋人が歌うとなると、
普段使っている筋肉と全く違う箇所を使うことになるので、とても難しい。
だから無理をしないでもいいが、歌う曲の言語の映画を何度も見て、口真似するとよい。
単語の音のひとつひとつが、丁寧に磨かれていなければ、歌は美しくならない。
日本語だって、歌うとなると、『あ』は『あ』の、『せ』は『せ』のために、ひとつひとつ響きを磨いていかなければならないのと同じ。

ということで、とうとう曲に入った。
で、歌い終わらないうちに、曲の変更!ぎょえ~!

汗だくだくのレッスン第一回目なのであった♪
うちで今日のおさらいをしたらきっと、めちゃくちゃ怪しまれるやろうなあ……どないしょ……。
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こんなことを呼び掛けると非難されるが、被曝して傷つく子供達の痛みを思うと私などなんでもない!

2012年09月29日 | 日本とわたし
緊急呼びかけ!!福島市の「まるごと博」の自重を求む
武田邦彦

2012年9月27日の読売新聞に、福島市が行う、「まるごと博」の記事が大きく出ていました。
「福島原発事故の、風評被害を吹き飛ばすため」とありましたが、
読売新聞には記事の訂正を、
福島市には中止を、
福島市民には不参加を、呼び掛けます。

まず第一に、被曝は危険です。
本格的な病気に発展するかは別にして、普通なら、100人に1人の甲状腺異常が、福島の女子小学生で54人、女子中学生で55人です。
チェルノブイリでは、26年経っても、甲状腺ガンが増えていることを考えると、お子さんを持つお母さんのご心配は、いかばかりでしょう。
このような人たちを、増やそうとしているのです。

福島市を汚染したのは、東電であり、福島市の人ではありません。
このまま、このようなことをすると、福島市民が加害者になります。
放射線障害が出る可能性が高く、そうすると、福島市の人は、傷害罪と同じです。

すでに、法令で、「被曝をできるだけ少なくすること」となっていて、それを、社会人が知らない、とは言えません。
法令は、「お上」が決めるのではなく、国民(福島市の人、日本国民)の合意です。
つまり、福島の「まるごと博」に、福島市民が参加したら、国民の合意を破り、病気の人がでたら、福島市民が加害者になります。

「まるごと博」の会場前で、デモをしてピケを張ってください。
自分が被曝を避けられないから、他人を被曝させるというのは、日本人の気持ちではありません。

*******       *******       ********

第二に、風評被害ではありません。
法令では、一般人の被曝限度は、1年1ミリであり、福島市では、それを超えます。
福島市の人が、そこにお住みになるかは個人のご判断ですが、それを、「風評被害」と称して、他人を呼び入れるのは、違法であり、善良な市民がするべき事ではありません。

日本国民を被曝させて、生活を守るのではなく、東電と国に、保障を求めるべきです。
自分が交通事故にあったから、他人を車ではねても良い、ということはありません。
交通事故の被害が大きくても、あくまで補償を求めるべきであり、
「俺は傷ついたのだから、他人を傷つける」というのは、善良な日本人が、することではありません。

福島市の皆さん! 
苦しいことは分かるつもりですし、除染もできるだけ早くやって、綺麗な福島を取り戻すために、私も全力を挙げます。
でも、被曝者を増やすことは、賛成できません。

是非、中止してください。
原子力関係者、お医者さん、教育関係者、公務員の皆さん、協力してください。
健康を守り、法令を守ること、それは、とても大切なことです。
他人を、法令違反の範囲に呼び込んで、お金を儲けても、何もなりません。
辛い反省の一生が、残るだけです。

私も、こんなことを呼び掛けると、非難されますが、被曝して傷つく子供達の痛みを思うと、私などなんでもありません。
法令を守る人を、バッシングする人など、軽蔑するばかりです。
一致団結して、子供を守りましょう!!

(平成24年9月28日)

武田邦彦
コメント (4)
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「このただれ切った日本の方向を変える力は、人々の意志と良心的医師たちの活動に委ねられる」広河隆一

2012年09月29日 | 日本とわたし
『DAYSから視る日々』に掲載されていた、広河隆一さんの言葉を紹介します。
わたしの思いをすべて、言葉にしてくださっていました。

↓以下、転載はじめ

最初の小児甲状腺がんの症例の報に接して(広河隆一より)

本人もご家族も、どんな思いで、医師の宣告を受けたのだろうか、どれほどの不安と、恐怖にさいなまれているのだろうか。
せめて医師は、患者の身になって、告知したのだろうか。
それとも、事実は学者のデータ管理庫の中にあって、本人家族には、まだ告げていないのだろうか。

チェルノブイリでは、検査の結果は、親に伝えられた。
しかし、多くの親は、検査結果を子どもに告げることができなかった。
「がん」という言葉は、大人でさえ耐えられないほどなのに、子どもには重すぎる。 
しかし、子どもが、自分の診断書を見つけて、知ってしまうこともあった。
子どもが知った後、泣き明かす母親を、慰める子どももいた。
子どもに襲いかかった事実に、父親が耐えられず、アル中になったり、離婚するケースが相次いだ。
母親と子どもが、残されたケースも多い。

今回、検査を受けたのは、18歳以下の8万人だという。
その子どもたちの多くは、「自分ももしかしたら」と考えているかもしれない。
次の検査で、自分が宣告されるかもしれない、と考えている子どもも多いに違いない。

権威を振りかざす医師や、医師会や、自治体や政府が、「安全」を説くのが自分の役割だと考え、
子どもが、放射性ヨウ素で被曝するのを、予防する仕事を放棄した。
安定ヨウ素剤を与えると、不安をあおってしまい、自分たちが、それまで安全だと言ってきたことが、嘘だということになってしまう。
事故があり、ベントが決定され、被曝の危険性が高まることが分かっていても、子どもや妊婦のために、当然やらなければならないことをやらなかった。

原発事故が起きたら、すぐに何をしなければならなかったかは、専門家でなくても、誰でも知っている。
安定ヨウ素剤を飲むことと、妊婦、子どもの避難である。
それを、権威者はやらなかっただけでなく、むしろ、妨害したケースさえある。
ある医師は、安定ヨウ素剤を、大量に注文した。
しかしそれは、医師会にストップされた。
これら医学界の犯罪は、メディアの犯罪調査とともに、まだ手に付けられていない。

この程度の被曝では、安定ヨウ素剤が必要ないと、彼らは考えた。
しかし、彼らも含め、すべての関係者は、どれほどの放射能が放出されるか、知らなかった。
医師も政府も東電も、分からなかった。
そして、安定ヨウ素剤は、放射能が来る前に、呑まなければ効果がない。
結果的に、多量の放射性ヨウ素が、襲ったと分かってからでは、すべて後の祭りなのだ。
そうしたことが起こらないように、事前に服用するのが、安定ヨウ素剤なのである。
そんなことを知らない医学者はいない。
だから、医学者たちが今回行ったことは、判断の間違いというより、犯罪である。

発表された、子どもの甲状腺がん発症は、放射能のせいではない、と医学の権威者は言う。
「なぜなら、チェルノブイリでは、事故から3-4年後になって、病気が急増したからだ」という。
しかし、実際には、チェルノブイリの事故の4年後に、日本の医学者たちは、小児甲状腺がんの多発を、認めなかったではないか。
「広島や長崎では、小児甲状腺ガンは、十年以上たってから現れたから、これほど早く発症するはずがない」と、あの時彼らは言った。
彼らは、自分たちの知っている知識や経験を超える、「万が一」という言葉を嫌う。
「万が一」に備えることを、恐れる。
自分たちの限界を認めたら、学会のヒエラルキーは崩壊する。

しかし、親が子どもを思う時、何よりも、「万が一」で行動するものなのだ。
そして、チェルノブイリ事故でも、スリーマイル事故でも、母親たちの懸念のほうが、医学者や政府や電力会社の判断よりも、正しかったことが証明されている。
 
今回の、小児甲状腺がんの発症は、時期が早すぎるため、放射能とは関係ない、つまり、原発事故とは関係ないと、医学者たちは言う。
そして、8万人に一人という数字は、ふつうでもありうる数字だと言う。
しかし、これまで彼らは、小児甲状腺がんは、100万人に一人しか現れないと、繰り返し発言していたのではなかったか。
8万人に1人、発症するのが普通だというなら、福島県の子どもの人口30万人余に対して、
これまで毎年、平均して3-4人の小児甲状腺がんが現れていた、とでもいうのか。
そんなデータは、あるはずがない。
 
この、ただれ切った日本の方向を変える力は、人々の意志と、良心的医師たちの活動にゆだねられる。
そして、「万が一」にしろ、被害者がこれ以上増えないようにすることに、すべての力を結集すべきで、取り組むべきである。
子どもたちを守るために。

福島のこども支援プロジェクト「沖縄・球美の里」代表
DAYS JAPAN 編集長
広河隆一
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禅と道教から、ふたつのお話

2012年09月29日 | 友達とわたし
小さな子供が読む絵本に、禅の教えを英語で簡単に書いたお話があった。

年老いた僧侶と、彼の若い弟子が、嵐の後で水かさが増した川を、渡りきれずに困っている女性に出会った、という話だった。

『年老いた僧侶が女性の荷物を、そして若い弟子が彼女を背負い、強い流れに押し流されそうになりながら、やっとの思いで向こう岸に着くと、
その女性は、礼を言わなかったばかりか、しぶきで濡れた荷物や服の文句をぶつぶつつぶやきながら、さっさと去ってしまった。

若い弟子は、その失礼さに激怒したが、隣の僧侶が素知らぬ顔をしているので、その怒りを口にすることはできなかった。

随分経って、歩き疲れた足を休めようと、ある茶店に入った時、今だに怒りが冷めやらないままの弟子が、とうとうこう言った。

「まったく、なんて失礼な女だったんでしょう。あなたはよく、平気でいられますね」

すると僧侶は、少し驚いたような顔をして、しげしげと弟子の、怒りで充血した目を見つめ、こう言った。

「なんだ、おまえはまだ、あの女性をおぶっておったのか……」』



わたしが今の旦那と一緒に暮らすようになってから、こういうふうなことを何回か言われたことがある。
なんでずっと怒ってるのか?と。
ある時など、どうしてそこまで腹が立つのか?と聞かれたこともあった。

わたしはその問いに、答えることはできなかった。
どうしてって聞かれても、腹が立つから腹が立つのだ、としか答えようがなかった。

怒り方はともかく、怒っている時間が長過ぎる。
これについては仕方がない。完璧に親の模倣なのだから。
いったん怒るべきことがあると、くどくどと、時間をかけて、怒りをこねくり回して固め、心の中の引き出しに入れていき、
それを、折に触れて、自分の出したい時に出してきては、まだ熱が残っているそれを、見せたい人に披露する。
そういう作業を延々と続けている母の姿を見て育ったので、それが正しい怒り方だと思い込んでいた。

そんな、ある意味いびつな心の持ち主だったわたしを、長い年月をかけて矯正してくれたのは旦那なのだった。

怒る時間が3日から2日、1日から半日、そして数時間から1時間、そしてついに、ほんの10分ぐらいまでになった今では、
あの、火鉢の中の練炭のように、見た目はくすんだ灰色なのに、芯はふつふつと熱い心を持て余しながら、長い時間を過ごさなくてもよくなった。

身体にも心にも、かなり負担が少なくなったと思う。

先の僧侶が呆れたように、わたしも、長い長い時間、背負い続けていた。

********       ********       ********

昨日は、気功瞑想と道教を学ぶクラスに行った。

立ち瞑想と座位瞑想の後、いつも道教の本から1ページだけ、皆で違う翻訳の本を読み合い、書かれている意味について話し合うのだけど、
昨日は、瞑想が終ってすぐに帰らなければならない人ばかりで、またまたミリアムとわたしの二人きりになった。

「今の日本の政治家に、欠けているものは、倫理と正義を持った行動を実行するための勇気だと思う」とわたしが言うと、
ミリアムは、首を傾げて、「正義って?」と聞いた。
聞かれた意味がわからなかったので、黙っていると、
「正義は、ただ眺めているもので、持てやしない」と言う。
さらにわからなくなったので、どういう意味かを聞いてみた。

正義というのは、人間が作り上げた言葉で、そこに意味なんか無い。
いったい何が正義で、何が正義でないか、そこに線引きができる人などいない。
法律と一緒で、政治的に、人を管理しなければならないような場所にだけ、正義という言葉は存在する。
例えば、ライオンとシマウマがいて、ライオンはシマウマを追いかける。追いつけば噛み付く。そして殺す。

動物と人とは違う。
人の道というのは特別である。
ちゃんちゃらおかしいと、ミリアムはさらりと言った。

殺生をすることで比べてみればわかる。
そうしなければ生きていけない自然界に生きる動物と、そうしなくても生きていけるのにも関わらず、どの生き物よりも活発に行う人間。
生き死にには関係が無いのに、物欲や怒りを理由に、互いを殺し合う人間。
本能で考えれば、助けて当然の、困り果てている同朋を、助けようと決めさえしたらいくらでも助けられるのに、他人事のように無視できる人間。

正義という言葉は、大きな権力を持った人間が、自分の仕組んだ、殺し合いや潰し合いのゲームを、権力を持たない人間にさせる時によく使われる。
ただそれだけ。
別に、なんの大した意味もない。
だからわたしは、眺めていることにするの。
そんなものを持たされたが最後、どうせろくなことにはならないゲームの駒に使われてしまうから。

だからまうみ、正義なんてことを、他人に期待してはだめ。特に、権力を持った人間にはね。
そして、正義という言葉が巷で溢れ出したら、その時は、その場所からできるだけ遠くに離れなさい。

あのね、正義には怒りがセットでくっついてるの。
まうみが今、あの日以来ずっとやってきたことは決して間違っていない。
でもね、自分の中に、正義という言葉があると思っているのなら、それだけは消してしまいなさい。
怒りはろくな事につながらない。
怒りは人間をほとほと疲れさせてしまう。

自然とつながること。
自分を無にして、大地と空との間にいる、ちっぽけな自分を感じなさい。
そして、自分がどんなにちっぽけか、それをしみじみ笑いなさい。
そしたらきっと、元気が出てきて、よし、もっともっと頑張ろうって気持ちになるから。
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『赤旗』はあかんけど、『読売』や『産経』はええって……さすが原子力寄生委員会!

2012年09月28日 | 日本とわたし
今回もまた、きーこさんにおんぶに抱っこで、文字起こししてくださった記事を転載させていただきます。
数日前にツィッターで目にして、とてもひっかかっていた事柄でした。

原子力寄生委員会、いやもとい、原子力規制委員会後に行われる記者会見に、赤旗とフリーランスの記者を入れない、という、
今更なんのこっちゃ?みたいなニュースなのでした。
で、そんなこと、通るはずがないと思っていたら……え?

↓以下、転載はじめ

原子力規制委員会「会見赤旗排除」田中俊一と広報課長のとても見苦しい言い訳 9/26(会見内容書き出し)

原子力規制庁の広報担当者
「委員会後の記者会見には特定の主義主張を持つ機関の機関紙はご遠慮いただく」

しんぶん赤旗9/26

「特定の主義主張を持つ機関の機関紙は、ご遠慮いただく」などとして、「しんぶん赤旗」を排除する方針を25日、明らかにしました。
と、記事に書いてありましたので、25日の原子力規制委員会の会見で、広報担当者がなにかを言ったのかと思って、
裏を取るために、動画を見てチェックしましたが、この日は、それらしき話は出ていませんでした。

そして、9月26日、原子力規制委員会の会見で、「赤旗排除」に関しての質疑がありました。

音声のみです。
動画は一番最後に貼りつけておきますd(◕‿-。) ネ❤


原子力規制委員会記者会見中継(平成24年9月26日14:00~)

フリーランス:
フリーランスの、Watariと申します。
本日の赤旗の記事で、今日のこの会見にですね、赤旗の記者の参加が認められない、という事を、
原子力委員会の広聴広報課の方からあった、ということだったんですけれども、
その際に、フリーランスの人間も含めて、報道内容を精査し、
偏った主義主張の報道媒体、あるいは記者には、記者会見の参加を認められないというふうに、
委員会の方から連絡があった、という事を、記者から直接聞いたんですけれども、そのことが事実か?っていうことと、
「開かれた報道」という事を前提として、この委員会でそういうことは、委員長として、見解としてどうなのか?ということと、
それから、「偏った報道」というのは、たとえば、フリーランスには限らないと思うんですけれども、どこまでのことをいうのか?と。
朝日新聞、読売新聞、産経新聞、毎日新聞等々はですね、「毎日、社説で偏った主張をされている」と僕は思っていますけれども、
そうしたものは偏っていなくて、他の物は偏っている、という基準を教えて下さい。


田中俊一委員長:
えーっと、あの~、事実関係については、あの、事務の方から答えさせていただきます。

広聴広報課長:
ええ。
あのじゃあ、事実関係の、わたくし広聴広報課長でございますので、あの、まず事実関係から、あの説明させていただきますと、
そういうようなフリーランスの方でですね、そういう主義主張を、確認するというような事は、あ、ございません
あの~、わたくしどもがあー、申し上げているのはですね、先の19日の委員会決定でもございましたけれども、
そうした、あー、なかでですね、フリーランスの、お、方のですね、えー、実績ですね、
これまでの活動実績として、えー、そうしたどういう、うー、うーー、そのぉ、おォォォ、記事が、あー、掲載されてきたのか、
で、それが、あーー、つい、あの、できる至近にですね、出来るだけ最近に掲載されているのかというような事をですね、
見させていただくという事はございますけれども、記事の内容をですね、確認すると、いう趣旨では、ございません
あのー、フリーランスうー、の方のですね、
そうした、あ、活動の、顕著な方ー、をですね、え、優先して、えー、対象としたいと、いう、思いでございますので、
えーー、特定の主義・主張で判断するという事では、あ、ございません。……というのが、まず、事実関係でございます。

フリーランス:
赤旗はどうなの?

広聴広報課長:
はい、で、あのー、赤旗さんにつきましてはですね、こちらは政党の機関紙という事でございまして、
ま、いわゆるその、報道を事業とするという趣旨からいくとですね、やはりその、政党の機関紙さんというのは、少し違うんではないかという事で、
いわゆる、その、フリーランスの方っていうのはまさにその、報道を事業とされる、方、かと思います。
え、そうした方々は、を、ですね、えー、やはり、その優先的に、こうした記者会見の場で、えー、お招きしてですね、参加いただくと、いうこと、を、ですね、そういう事を申し上げたと、いう事でございます。


フリーランス:
政党機関紙以外は……(聞きとれない)

広聴広報課長:
そこは、あの、少し繰り返しになりますけれども、フリーランスの方であればですね、

フリーランス:
フリーに限らないで、直接の意味は、政党機関の……(聞き取れない

広聴広報課長:
あの、政党の機関紙というよりは、その報道を事業としている方という事をですね、一つの基準として考えさせていただいています。はい。

田中俊一委員長:
えっと、ちょっと正確には覚えていないですけれども、
第一回目の時に、なんか、新聞協会とか、いろいろ……ああいうのがありましたね。

広聴広報課長:
ああ、ええ、詳しくはですね、第一回目の、おぉぉ…こちらの皆さんも、ご参加された方が多いと思いますけど、
第一回の委員会の資料で、報道のですね…えー、はんぃ、あの、はんい、えっとですね、
んーーーー、えっと、あっ!「報道の体制について」という中でですね、資料で、ま、16ページ17ページにありましたけれど、
報道の態勢についてという事で、えーー、記者会見等に、参加を求める報道機関の範囲は、次の通りにするとか言って、
えー、いわゆる新聞協会、え、あるいは、専門新聞協会、あるいはインターネット報道協会、え、等々のですね、え、会員である方、
あるいは、こうしたものに、あー、準ずる、うー、ー、ような方、というようなことで、一つの基準は示させていただいているところでございます。
ハイ、で、その中に、いわゆるその、報道を事業と、おーー、えっと、その最初の趣旨のところでですね、
報道事業として行う団体や個人を対象にする。というふうに、あの、掲載させていただいています。
という、ことでございます。

田中俊一委員長:
よ ろ し い ですか

週刊金曜日:
週刊金曜日のIdaと申します。
えーっと、赤旗の記事によるとですね、私自身は確認していないんですが、原子力委員会の方は、えー、出席できたと。
ということは、原子力規制委員会は、原子力安全委員会よりも、そこの幅を狭くする、というご理解でいいですか?
田中委員長も、それでよろしいでしょうか?

広聴広報課長:
あの、そこは、事実関係でございますので、わたくしの方から、お答えさせていただいてよろしいでしょうか。
あのー、

週刊金曜日:
事実関係を伺ってから、その事務局の考えでいいかどうか、委員長の、

広聴広報課長:
ああ……、

週刊金曜日:
お考えを、お聞かせいただきたいと思います。

広聴広報課長:
ハイ、あの~、記事の中にありました、原子力安全委員会の記者会見、という事でございますけれども、
あの、わたくしどももですね、あのー、お、当時の原子力安全委員会の、お、職員の方に、そういう事情をお伺いしましたけれども、
位置づけというのはですね、特に記者会見という、位置づけではなくて、その、
いわゆるその、委員会が終わった後のぶら下がりをですね、その自由に受けると。
で、そういう場ではですね、えー、まさにその、記者、という方とか、そういう制約なしにですね、
え、いわゆるその、事前の登録とかですね、そういったもの無しに、い、自由に、その、取材、い、ま、ぶら下がりという事でですね、
取材していただけると、そのような位置づけであった、というふうにうかがっております。

週刊金曜日:
政党機関紙、田中委員長のお考えを、お伺いいたします。
えー、政党機関紙という事で、排除という事務局の考えに、田中委員長としても同調されるのか?
つまり発行部数、それから購読者数、それから等々を考えて、確かですね、赤旗は、そこそこ儲かっているというふうにも、
単純に言うとつまり、赤旗を発行することで、事業的に運営している、というふうに考えられると思うんですけれども、
その点についてはいかがでしょうか?委員長のお考えを、お聞かせ下さい。

田中俊一委員長:
赤旗が儲かっているかどうかは、よくわかりませんが、

週刊金曜日:
うちとしては、そういった、機関誌として排除するのかどうか?

田中俊一委員長:
あのー、いや、これは…ん…なか・あの~……答えにくいところですけれども、
政治からの独立っていうのが、やっぱり、この委員会の、非常に大きな、ま、プリビレージっていうか……それが、ありますので、
政党っていうのは、政治とダイレクトに、政治の、政治の力を……なんていうんですかね、
表に出す一つの手段として使われているのが、いわゆる政党の機関紙じゃないかと思う……んですね。
個人、あ、ま、これは私の考えですけれども。
ですから、そういうーところで、え、そういう方を、同じに、っていうふうには、やってしまうと、
なんか、少し、その、政治からの独立っていうことが、少し怪しくなるかなっていう、感じは、しないことはないですね。
これはみなさんが、是非、あの、皆さんで考えていただいた方がいいと思いますけれども、
あのー、私は、そんなふうに思うところがありますね。

ーーーー

「あー、うー、」等を抜かして内容を分かりやすく、読みやすく

田中俊一委員長:
事実関係については、事務の方から答えさせていただきます。

広聴広報課長:
わたくし、広聴広報課長でございますので、まず、事実関係から説明させていただきますと、
フリーランスの方で、そういう主義主張を確認する、というような事はございません!
わたくしどもが申し上げているのは、先の19日の委員会決定でもございましたけれども、
フリーランスの方の実績ですね。これまでの活動実績として、どういう記事が、掲載されてきたのか、
それが、出来るだけ最近に、掲載されているのか。
というような事を、見させていただくという事はございますけれども、記事の内容を確認する、という趣旨ではございません。
フリーランスの方のそうした活動の、顕著な方を優先して、対象としたい、という思いでございますので、
特定の主義・主張で判断する、という事ではございません。
というのが、事実関係でございます。

フリーランス:
赤旗はどうなの?

広聴広報課長:
赤旗さんにつきましては、こちらは、政党の機関紙という事でございまして、
報道を事業とする、という趣旨からいくと、少し違うんではないかという事で、
いわゆる、フリーランスの方っていうのは、報道を事業とされる方かと思います。
そうした方々を優先的に、こうした記者会見の場でお招きして、参加いただくということを、申し上げたという事でございます。

フリーランス:
政党機関紙以外は……(聞きとれない)


広聴広報課長:
少し繰り返しになりますけれども、フリーランスの方であればですね、

フリーランス:
フリーに限らないで、直接の意味は、政党機関の……(聞き取れない)

広聴広報課長:
政党の機関紙というよりは、報道を事業としている方、という事を、一つの基準として考えさせていただいています。はい。

田中俊一委員長:
ちょっと正確には覚えていないですけれども、第一回目の時に、新聞協会とかいろいろ……ああいうのがありましたね。

広聴広報課長:
詳しくは、第一回目の、こちらの皆さんも、ご参加された方が多いと思いますけど、
第一回の委員会の資料で、「報道の体制について」という中で、資料の16ページ17ページにありましたけれど、
記者会見等に参加を求める、報道機関の範囲は、次の通りにするとか言って、
いわゆる新聞協会、あるいは専門新聞協会、あるいはインターネット報道協会、等々の会員である方。
あるいは、こうしたものに準ずるような方、というようなことで、一つの基準は示させていただいているところでございます。
その中に、いわゆる、その報道を事業と、最初の趣旨のところでですね、報道事業として行う団体や個人を対象にする。というふうに掲載させていただいています。
という、ことでございます。

田中俊一委員長:
よ ろ し い ですか?

週刊金曜日:
週刊金曜日のIdaと申します。
赤旗の記事によると、私自身は確認していないんですが、原子力委員会の方は出席できたと。
ということは、原子力規制委員会は、原子力安全委員会よりも、そこの幅を狭くする、というご理解でいいですか?
田中委員長も、それでよろしいでしょうか?

広聴広報課長:
そこは、事実関係でございますのでわたくしの方からお答えさせていただいてよろしいでしょうか?

週刊金曜日:
事実関係を伺ってから、その事務局の考えでいいかどうか、委員長のお考えをお聞かせいただきたいと思います。

広聴広報課長:
記事の中にありました、原子力安全委員会の記者会見という事でございますけれども、
わたくしどもも、当時の原子力安全委員会の職員の方に、そういう事情をお伺いしましたけれども、
位置づけというのは、特に記者会見という位置づけではなくて、委員会が終わった後のぶら下がりを、自由に受けると。
で、そういう場では、まさに、記者という方とか、そういう制約なしに、
事前の登録とか、そういったもの無しに、自由にぶら下がり、という事で取材していただけると、
そのような位置づけであった、というふうにうかがっております。

週刊金曜日:
政党機関紙、田中委員長の、お考えをお伺いいたします。
政党機関紙という事で排除、という事務局の考えに、田中委員長としても同調されるのか?
つまり発行部数、それから購読者数、それから等々を考えて、確かですね、赤旗は、そこそこ儲かっているというふうにも、
単純に言うとつまり、赤旗を発行することで事業的に運営している、というふうに考えられると思うんですけれども、
その点についてはいかがでしょうか?委員長のお考えをお聞かせ下さい。

田中俊一委員長:
赤旗が儲かっているかどうかはよくわかりませんが、

週刊金曜日:
うちとしては、そういった機関誌として、排除するのかどうか?

田中俊一委員長:
これは、答えにくいところですけれども、
政治からの独立っていうのが、この委員会の、非常に大きなプリビレージ、それがありますので、
政党っていうのは、政治とダイレクトに、政治の力を表に出す一つの手段として使われているのが、政党の機関紙じゃないか、と思うんですね。
これは、私の考えですけれども。
ですから、そういうところで、そういう方を、同じにっていうふうにやってしまうと、
政治からの独立っていうことが、少し怪しくなるかなっていう感じは、しないことはないですね。
これはみなさんが、是非、皆さんで考えていただいた方がいいと思いますけれども、私はそんなふうに思うところがありますね。


広報課長が誰だか判明!!
原子力規制委員会の広報課長は
「福島県民に無用の被ばくを避ける権利があるかどうかは分からない」と言った佐藤暁


ーーー

とっても苦しくて、そして、とても見苦しい言い訳に聞こえたのは、私だけでしょうか?

政党の機関紙だからダメなのか?
報道を事業としていればいいのか?
ならば、赤旗は、どちらに入るのか??
事務方は、一度、口を滑らせました。

「政党の機関紙というよりは、報道を事業としている方に」と。
という事は、政党の機関紙だからダメだ、という事ではなく、報道を事業としていないならダメだ、という様に聞こえましたが、
田中委員長は、とにかく赤旗を排除したいご様子と見ました。

わたしは、このブログにも、赤旗の記事を時々載せさせていただいていますが、
どこかの政党の機関紙とは違って、誠実に事実を見つめて、報じて下さっているように感じています。

独自の取材から、隠されている事実が、明らかになったこともたびたびありました。
九電の、やらせメールをすっぱ抜いたのは、赤旗だったと思うし、
たとえば、東京のホットスポットを、早い時期から調べて下さっていたり、ということもあったと思います。

メディアも国も、本当のことを書かないし、言わない時期に、事実を書いてくれていた新聞だ、と思っています。
(Σ(゜д゜lll)あ……だから排除したいのか!)


ーーこのブログに載せた赤旗の記事一部紹介ーー

これだけ綿密に策を練られたら……恐ろしき洗脳国家
原発推進へ国民分断、メディア懐柔 これが、世論対策マニュアル
2011年7月2日(土) しんぶん赤旗
日本原子力文化振興財団がまとめた『世論対策マニュアル』
「どのようにしたら、世論を、原発推進にする事が出来るか」という、細かい内容に沿って、綿密に練られたマニュアルの実態です。
これ読むと、今更ながらゾッとします。

やらせメールの指示をしてまでも、九電は原発を動かしたいの?国民の命は???
一般紙は、2011年7月6日に報じていますが、赤旗は、2011年7月2日に報じました。

命と地球を壊すものに、税金を使わないでください。
追跡 原発利益共同体 毎年税金60億円
電通・博報堂・産経新聞社など、事業請け負い 安全神話」刷り込み
2011年7月16日(土)「しんぶん赤旗」
税金から出されている広報予算が、電通や博報堂、産経新聞など、メディアにも流れている、という記事。

事故後福島第一原発内で働いていない、作業員の内部被曝
原発作業員、内部被ばく事故後“第1”に入ってない「街なかの住民 同じでは」
2011年9月25日(日)「しんぶん赤旗」
作業員の方への取材
「俺は、事故がおきてから、一度も第1原発には入ってはいないのに、内部被ばくの値が出ている」

こんな町長が、再稼働の判断にかかわるのか!大飯原発の地元、おおい町時岡忍町長
毎日新聞が、2012年4月6日に報じた、時岡町長が社長だった会社(今は息子が社長)への直接受注、
この記事を、しんぶん赤旗は、3か月も前の、2012年1月4日には記事にしていました。

野田政権・癒着の構図(しんぶん赤旗4/22)

「福井県原子力安全専門委員会」お金をもらっている人の顔と名前を覚えておこう!

「関電・電力不足の嘘」と「相次ぐ火力発電の停止」7/8しんぶん赤旗・東京新聞ー追記あり

たねまきJ「福一4号機プールから、燃料棒取り出し・大飯原発の断層」
小出裕章氏(内容書き出し・参考あり)7/18

<参考として>
大飯原発・敷地内 活断層の疑い 再調査要求が続出 保安院聴取会
専門家「関電説明 信用できぬ」しんぶん赤旗 2012年7月18日(水)

そして最近では、
福島第一原発1~3号機から、大気中に、現在放出されているセシウムの量
こうして、記事に書いて下さったおかげで、忘れてかけてきた、
「今でも、放射性物質は放出されているんだ」という現実に、警鐘を鳴らしてくれました。


このような記事を読むと、赤旗という新聞は、私には、真実を伝えてくれる、数少ない、優良な、市民のためのメディアだと思えます。

赤旗を排除する、原子力規制委員会のやり方は、どう考えても間違っている、と思います。

多分、田中俊一さんには、赤旗が取材に来ると、困ることが沢山ある、という事ですね。
今回の事で、見えたものは大きい、と思いました。



10:55~フリーランス記者 15:55~週刊金曜日記者

↑以上、転載おわり


こうやって書き写しながら考えてみた。
そもそも赤旗ってなんなんやろと。

そこでさっそく、赤旗を、ウィキで調べてみると、

『しんぶん赤旗(しんぶんあかはた)は、日本共産党中央委員会の発行する、日本語の日刊機関紙である』
と書いてある。ふむ……。
そして、
『日刊紙の他にも、
別建ての「しんぶん赤旗日曜版」や、
視覚障害者向けの「点字しんぶん赤旗」(東京ヘレン・ケラー協会協力)と、
「声のしんぶん赤旗日曜版」(視覚障害者友情の会発行)などもあり、
また英語翻訳版「Japan Press Weekly」(ジャパン・プレス・サービス発行)も存在する。

赤旗は、共産党の機関紙であり、党が発行する機関紙であるものの、現在では、日本国内外の、各種一般報道を行い、
一般紙然とした紙面・ページ数が特徴であり、党員以外の購読者を、多く抱えている。

現在は、「しんぶん赤旗」が紙名。
2005年現在で、日刊紙と日曜版を合わせ凡そ168万部の発行部数があり、日本の政党機関紙としては最大である。
日曜版は、日刊紙より発行部数が多く、日刊紙約24万部(2011年現在)に対し、日曜版約138万部となっている。

政治資金収支報告書によれば、新聞収入によって、全機関誌を含めて約250億円と、党に大きな収入をもたらしており、
これによって、日本共産党は、収入約300億円で、日本一政治資金が多い政党となっているが、
実際には、発行コストも、全機関誌を含めて約180億円かかっているので、必ずしも、他の政党と比べて資金が潤沢とは言えない。

ちなみに、新聞事業経費を除いた実収入は、約116億円で、日本で3位である。
収入から支出を引いた実収入は、社民党とほぼ同じである。

2011年9月より、日刊紙の月額購読料を500円値上げし、月額3400円となることを、日本共産党第25回大会期の第3回中央委員会総会(2011年7月)で確認。
日刊紙の部数は、過去10年で、約36万部から約24万部に減少し、月2億円の赤字となっていた、としている』

と、最近よくお世話になってた新聞のことを、ようやくきちんと知ることができた。

わたしとしては、近頃ほんまにつくづく思うのやけど、
もうこんな情けない事態になってしもた今では、どこの誰が書いたやの、どの団体が関連してるやの、そんなことは横っちょに置いといて、
とにかく、どちらの立場に立つでもない、ただただ真実を求めて調べ上げてくれた記事を報道する人なり会社なりを支持したいし、
どんな考え方を持っていようが、どんな生き方してようが、原発を日本で動かさん、子どもを救うという目的が同じなら、誰とでも一緒に頑張りたい。

世の中が、一部の阿呆らのために、ここまで暗い、醜い、倫理も節操もない状態になってるって感じてたくせに、
ずっと闘うても無駄やとばかりに、早々にあきらめて、吹いたら飛んでしまうぐらいのうそっぱちの幸せにしがみついてた。
苦しんでる人がいるのを知ってたくせに、ああ、自分や、自分の家族でなくてよかったと、謝りながら無視し続けてた。
自分だって、人に呆れられるほどの苦労を味おうてきてんから、それで帳消しにしてもらおと、勝手に片付けてた。

わたしが今、どうしても、勝てる見込みの無さそうな巨大な権力と闘っているのは、今までの自分を恥じたから。
もうこれ以上、同じことを繰り返して、一部の人間のために振り回された挙げ句に殺されてしまう市民になりとうないから。
こんな社会を置き土産に、あの世に行けるほどに、無責任な人間になりとうないから。
コメント (4)
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「今あなたが住んでいる場所に存在する原子力発電所について、あなた自身がしっかり考えてください!」

2012年09月27日 | 日本とわたし
星の金貨プロジェクト』ブログのこばじゅんさんが、7月の22日に翻訳して載せてくださった、英国紙ザ・ガーディアンの記事を紹介します。

↓以下、転載はじめ

どこまで、いつまで続く、日本政府の「国民の声を無視」

【続く密室の謀議、国民の選択を捻じ曲げる日本政府】

「理想が機能する原子力発電所などは、あり得ない」

原題『失ってしまった国民の信頼を取り戻すための、最良の方法とは』


ダミアン・キャリンドン / ザ・ガーディアン(英国)7月9日



密室の謀議は続けられ、内容の無い政府側の、ごく短い発表の後、あたかも、国民が希望しているかのような演出が行われ、原子炉の再稼働が決まりました。

日本の国会の事故調査委員会は、国民はもはや、日本政府の原子力推進政策について、どのような信頼もしていない、そう明らかにしました。

事故調の調査報告書に、こう書かれていたからと言って、今さら驚くには当たりません。
日本政府の、あまりもの電力業界・原子力業界寄りの態度により、国民は、政府が明らかにする情報を、『信じるべきではない』という確信を持つようになりました。

たとえ、国民の半数以上が、原子力発電からの撤退を、強く望んだとしても、
日本政府は、最も愚かな選択、『悪魔のおすすめ品』の選択を、まるで、国民自身がおこなったかのように、演出を続けるつもりなのです。



透明性を確保することにより、事態は好転すると、国民の誰もが思っていますが、産業界は、密室の謀議を、やめるつもりはないようです。
かつて、軍と核兵器産業が、そうした関係を続けていたことが、良い先例です。
日本の、福島第一原発で起きた、事故のあまりの悲惨さに、あなた自身は、これからは、公明正大であることが何より大切だ、と強く思っているでしょうが……。

福島第一原発で、3基の原子炉が、メルトダウンを引き起こした根本原因は、政府機関、原子力規制当局、
そして、東京電力の、3者のもたれ合い・馴れ合い、そして、危機管理体制が機能しなかったことに原因がある、
と国会事故調査委員会の報告書は、結論づけました。
そして報告書は、原子力事故から守られるべき国民の権利を、ものの見事に粉砕しました。
そして、今回の事故を、「明らかに、人間が引き起こしたもの」である、と結論づけました。



この報告書に対する、イギリスの原子力調査開発委員会(NRDAB)の見解は、読むのに数分もかからない、まさに、悲しむべきもの、としか言いようがありません。
あまりに馬鹿げていて、笑うしかない、と言ったところでしょうか。

わずか150語程度の、この『会議報告書』は、会議の中身が何もなかったことを、端的に表現しています。
議長は、政府主任科学者の、サー・ジョン・バッディントン、メンバーは官僚、学術関係者、そして、産業界の代表。
今後の、エネルギー政策に関する構想などは無く、政府が決めた、今後の原子力政策を、追認するためだけの機関です。
イギリス国内で、新たな原子炉を建設する予定の、フランスの国営企業、EDFのスタッフではないのか?という疑問がわいてくる程、その議事録には、中身がありません。
ここに、3月27日から4月24日までの議事録があるのですが、全部読むのに、数分しかかかりません。

イギリスの、原子力調査開発委員会(NRDAB)は、国家の、長期に渡る原子力政策について、助言を行うための機関ですが、
中でも重要な役割は、現在稼働中の原子炉の、安全性を高めるための対策を、検討する事で、今年、新たに設置されました。



ここで思い起こされるのが、福島第一原発の事故原因となった、政府と原子力産業界の『密室の謀議』です。
事故が起きてしまうと、今度は事故そのもの、そして、その影響を、いかに『過少に』伝えるかが、その謀議の対象になりました。
それ以上、『密室の謀議』を続けることは、かえって逆効果である、と思われていたにもかかわらず、正しい情報伝達は、行われませんでした。

日本政府は、おそらくは、もはや国民の誰もが、日本の原子力発電に対し、信頼を失っていることは、知っているはずです。
国会事故調査委員会の報告書は、
「国民の健康と安全を最優先とし、常に、安全性の向上に向けて、自ら変革を続けていく組織になるよう、抜本的な転換」を求め、「高い独立性を維持」すべきである、と結論づけました。

しかし、組織の集団思考というものは、事故調査委員会が求める、「信頼性を高めていく」という、太陽のあたる道を進もうとはしない、
それが現実であり、理想が機能する原子力発電所などはあり得ない、そう考えるべき
なのです。
原子力発電に関わる人間と組織、その現実を見て、彼らにとっては衝撃的であるが、もっと違う考え方をすべきでしょう。

ドイツでは、市民たちが協力し合い、自分たちで、小規模な再生可能エネルギー発電設備を立ち上げ、自分たち自身で、必要なエネルギーを賄う。
そうした取り組みが始まっており、そのことに、大きな感銘を受けました。
私は、そのことを、自分の目で確かめ、それを記事にしました。
→【『脱原発』後のドイツは、どうなったのか?!】
ドイツでは、『脱原発宣言』 が、新たな技術開発と技術革新が、国家的規模で進む一方、市民が望む社会正義の実現が進んでいるhttp://kobajun.chips.jp/?p=2454 で紹介済み。
こうした市民同士の連携を、今後、原子力発電をどうするかも含め、今後のエネルギー政策の、議論に生かしていくべきなのです」



今、あなたが住んでいる場所に存在する、原子力発電所について、あなた自身が、しっかり考えてください。
原子力発電を続けるためには、莫大な費用がかかり、求められる安全性を、すべて確保するためには、いったい費用がいくらかかるのか、その金額は、ウナギのぼりです。
そして、おびただしい量の、処理が完了するまで、何十年、何百年、何万年もかかる、放射性廃棄物の問題。

『最良の方法とは?』、もうその答えはおわかりですね!


http://www.guardian.co.uk/environment/damian-carrington-blog/2012/jul/09/nuclear-power-energy-secrecy?INTCMP=SRCH

↑以上、転載おわり
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『命より経済』この政治家の思考停止こそが犯罪!

2012年09月27日 | 日本とわたし
一輪の花というブログを書いておられるerath-waterさんが、東京新聞の記事の書き起こしをしてくれはった。

もうそれは去年の末と半年前の記事なんやけど、尊敬する田中正造氏の言葉が、丁寧に書かれてあるもので、読んで大変感銘を受けたんで、
みなさんにも読んでもらいたいなあと思い、ここに転載させてもらいます。

↓以下、転載はじめ



田中正造語録から考えるフクシマ
国策被害 「足尾」と酷似 東京新聞 11月9日
「民を殺すは国家を殺すなり」
 

東京電力福島原発事故後、足尾銅山鉱毒事件の展示施設に、足を運ぶ人が増えているという。
鉱毒と放射能の違いはあれ、それを撒いた加害企業は、政府と親密で、被害住民は、塗炭の苦しみを強いられた。
1世紀以上の時間を隔てながらも、両者は酷似している。
足尾事件で、闘いの戦闘に立った政治家、田中正造は、命を懸けて政府を糾弾した。
その言葉と歩みはいま、私たちに何を伝えるのか。

『己の愚を知れば、則ち愚にあらず、己の愚なることを知らなければ、真の愚である。
民を殺すは国家を殺すなり、法を蔑ろにするは国家を蔑ろにするなり、人が自ら国を殺すのである
』(田中正造之生涯 大空社より)

足尾鉱毒事件を告発した、政治家田中正造は、1900(明治33)年2月17日、衆議院でこう大演説をぶった。
その4日前、鉱毒被害に苦しむ農民たち約2500人が、警官隊と群馬県佐貫村(明和町)で激突。
この「川俣事件」について、政府に抗議した。

正造は1841年、現在の栃木県佐野町に生まれた。
県議を経て、90年に、衆議院議員に初当選。
帝国議会で、足尾銅山の鉱毒被害について、質問をくり返した。
01年に、議員を辞職し、被害住民救済を訴えるため、明治天応に直訴を試みたが、失敗。
その後も、渡良瀬川の洪水防止を名目とした、遊水池建設の反対運動を続けたが、13年に、71歳の生涯を閉じた。

『世の中に訴へても感じないと云ふのは、一つは、此の問題が、無経験問題であり、又、目に見えないからと云ふ不幸もございませう』

同じ演説で、正造はこうも述べた。
大規模な鉱毒被害を引き起こしても、当時の政府は、実態を認めようとしなかった。
目に見えない物質の影響が、どの程度なのか。
福島原発事故による放射性物質にも、その構図は重なる。
1897年の、衆議院での演説は、より辛辣だった。

『まづ鉱毒で、植物が枯れる。魚が取れぬ。人の生命が縮まる』
『銅山に毒があれば、動植物に害を与へると云ふことは、古来学者の定論で、農商務の官吏が、皆正直で宜しいのである』
『銅山の毒が、何に障るかと云ふ位の事は、わかりきって居るのに、農商務省がわからぬと云ふは、不思議千万』


この言葉は、すべての情報を開示していない、現在の原子力安全・保安院や東電にも当てはまる。
正造が住んでいた、栃木県谷中村は、鉱毒沈殿用の渡瀬遊水池が作られることになり、強制廃村に追い込まれた。
加害企業の古河工業と、住民の賠償交渉も長期化。
閉山した足尾銅山周辺では、いまも、少量の鉱毒が、流出し続けている。




見えない毒・情報隠し……
反原発の哲学者 「経済より倫理必要」
『真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし』


今年3月13日、地元紙に、一つの記事が載った。
栃木県日光市にある、古河機械金属足尾事業所の源五郎沢堆積場が、
東日本大震災の、地震の余波と見られる地滑りで崩れ、渡良瀬川に有害物質が流入した
、という記事だ。
堆積場とは、銅を精錬したあとに残った、金属かすを貯蔵している場所。
12日に、同社が、2キロ下流で実施した水質調査では、国の基準を2倍近く上回る、鉛が検出された。

NPO法人・足尾鉱毒事件、田中正造記念館の島野理事は、
堆積場や、1200キロに及ぶ廃坑の坑道からも、有害物質が流れ続けている。足尾銅山の公害はいまだに終わっていない」と話す。

田中正造の研究を続けている、熊本大の小松教授(日本近代史・思想史)は、
足尾鉱毒事件と、今回の原発事故の構図が、あまりにも似ていて、本当にびっくりした」と語る。
約100年前の、正造の言葉を伝えたくて、9月に、『真の文明は人を殺さず』を出版した。(小学館)

放射性物質と同じく、「目に見えない毒」に汚染された、水や作物を飲み食いすることを、
正造は、「毒食(どくじき)と表し、汚染地域の農産物の販売や結婚で、差別が生じたことに心を痛めた
低線量の放射線被害は、未知の分野。足尾のように、福島原発事故の被害者が、見棄てられてはならない」(小松教授)

被害住民は、古河工業や政府に、何度もだまされた。
当時、「鉱毒除去のために設置する」と、政府が表明した機械は、実は、増産を目的とした、銅の採集器だった。
だが、この採集器設置と引き替えに、示談交渉を進めた。
日清戦争時は、「永久に、苦情を申し立てない」という示談契約もあった。
福島原発事故では、東電があとに撤回したが、被災者の賠償請求書に、「一切異議・追加請求を申し立てない」と盛り込んだ。

政府方針の裏付けしかない、御用学者たちもいた。
足尾鉱毒事件では、「銅山から出るのだから、銅中毒に違いない」という説が主流だった。
その中で、帝国大学医科大学(東大医学部)の、林春雄助教授がただ一人、「複合汚染」を疑った。
足尾土王算の銅鉱石は、硫化銅で鉛や亜鉛、マンガン、ヒ素やカドニウムも含んでいたためだ。

ところが、林助教授は、複合汚染を提唱した直後、文部省に、ドイツ留学を命じられた。
林助教授が不在の間に、政府は、第二次鉱毒調査委員会を設置、遊水池を作って、対策を終わらせた。


小松教授は、メディアの責任も指摘する。
古河工業が、鉱毒予防工事を実施したあと、当時のメディアは、「鉱毒問題は終わった」と報道。
実際は、当時の記述では、完全に鉱毒拡散を止められず、被害は広がり続けた。


北海道で、反原発活動を続ける哲学者、花崎皋平さんは、「日本社会における倫理観の欠如」を、問題の背景と見る。
「唯一の行動規範は、経済による欲望の充足。
欲望のまま、科学技術で何でもやっていい、と国策で突き進み、足尾行動事件や福島原発事故を引き起こした」


原発は、半減期が、数万年もの放射性物質を生む。
放射性廃棄物の処理機技術は、確立していない。
潜在的な核武装である。
ドイツ政府は、宗教者が加わった「倫理委員会」で、こうした論議を重ね、脱原発にかじを切った。

「現段階では、人間に原子力は扱えない。
いくら技術があっても、クローンを作ってもよいのか、という話と同じで、倫理的な観点が必要」
と、花崎さんは話し、正造の残した言葉を引いた。

『真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし』

デスクメモ
足尾鉱毒事件の背景にあった、「富国強兵」「増産興業」の標語は、今日、TPP推進派が掲げる「経済成長」に引き継がれている。
1世紀以上も成長神話にひれ伏す中、それが、市井の人たちを幸せにするのか、という、根源的な議論は、国政の議場からは聞こえない。
この政治家の思考停止こそ、犯罪的である。


↑以上、転載おわり


言いたいことが全部書かれてる。
真の文明を持たない国、日本。
いや、日本だけやない。
金、金、金の、命より経済を掲げてる国はみな、文明も倫理も捨て去ってしもた連中に支配されてしもてる。
山を荒らし、川を荒らし、村を破り、人を殺す。
それも平気で、心に痛みを感じないままに。
そんな連中に負けんためには、心を失わんように注意して、皆で支え合いながら粘るしかない。

過ちを繰り返そうとする人間を止める。そうせな未来は消えてなくなる。
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2012年09月27日 | 日本とわたし
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チェルノブイリの真相~ある科学者の告白~

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(イギリス/アメリカ/ドイツ) 2006年








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