ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

行ってきます!

2013年08月30日 | ひとりごと
来月はじめから2週間、長男くんが居候しに帰ってくる。
新しいアパートに引っ越すまでのつなぎ。
3階の、次男くんが前に使てた部屋を、大汗かきながら掃除した。

明日の早朝から出発して、車でひとっ走り、旦那とカナダの山奥に行ってくる。
この夏最後のバカンス(と言えるのか……?)。
わたしらは、宿泊代が一切かからず、自炊の食費だけで泊まれるならば、どこにだって出かけて行く。
まあこの、山奥の湖畔の家は、毎年行ってる場所なんやけど……。

今年は冷夏で、やっぱりカナダの方もかなり寒くて、晩には4℃ぐらいになるらしい。
そんなん、冬やがな~……。
暖炉の火を焚いて、その前に陣取り、ひたすら本読みに没頭するっきゃない。

テレビもラジオも、それからもちろんインターネットも電話も、まったく無い世界。
金曜日から水曜日まで、仙人修行。

冷蔵庫の掃除にと、残った果物を全部、鍋にぶち込んでジャム作り。
シャンパーニュ(小粒のブドウ)、ブルーベリー、白桃、マンゴー、もうなんでもかんでも一緒煮。


野菜室に残ってる野菜も、すべてお腹に入った。

あとはカバン詰めが残るのみ。

では、行ってきます。
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「実は沖縄の海に捨ててた猛毒の化学兵器の容器は、50年で壊れます」米軍より!ど~ん!

2013年08月29日 | 日本とわたし
必死のパッチで、半日以上もかかって文字起こししたビデオ。
ビデオを記事の画面上に載っけられへんから、カメラでいちいち、ここは大事やなと思う場面を静止させて撮ったりした。
ほんだらやっぱり、きーこさんがちゃっちゃと文字起こししてくれてはって、おまけに使われてる写真ときたら……断然見やすいやん、わたしのんより……。

かなり脱力してしもたけど、せっかくやから、写真だけ数枚お借りして、記事に載せさせてもろた。

で、最後の最後で、こんなことが書かれてあって、仰天した。


知花弾薬庫。
番組では、すべての化学兵器を、ジョンストン島へ運んだように言っています。
しかし……、
化学兵器は、沖縄の海へ投棄していたということを、米兵が証言しています。


1969年。
化学兵器の中でも最も恐れられている、マスタードガスやVXガス、サリンが、沖縄の海に投棄されたということです。


えぇ~!!

もう、めちゃめちゃ時間が無いのやけど、これはもう伝えるっきゃないから、ここに転載させてもらう。

↓以下、転載はじめ



新たな証言 米軍が、海に、化学兵器を投棄か

琉球朝日放送 2013年7月29日 18時40分

7月29日、月曜日のニュースQプラスです。
沖縄市でアメリカ軍の廃棄物とみられるドラム缶が見つかり
毒性の強いダイオキシンが検出されたことが問題になっていますが、
こうした中、陸上ではなく、海の汚染をも指摘する衝撃的な事実が告発されました

ベトナム戦争の真っ最中であり、沖縄が本土に復帰する3年前の1969年、
化学兵器の中でも最も恐れられている、マスタードガスやVXガス、サリンが、沖縄の海に投棄されたというものです。


ジョンミッチェルさん:
「米軍は、陸上だけではなく、外にも汚染を広げたとみられています。
海にも汚染が広がったとみられています。
1969年に、沖縄の海岸に、化学兵器が捨てられたのです」


こう語るのは、枯れ葉剤問題の取材を続ける、フリージャーナリストのジョンミッチェルさん。
ミッチェルさんは先週、ジャパンタイムズで、衝撃的な事実を告発しました。


ジョンミッチェルさん:
1969年、知花弾薬庫で、化学兵器が漏れる事故が起きた。
陸軍の兵器責任者から電話があり、これらの化学兵器を、海に捨てるように指示されたと。
VXガス、マスタードガス、サリン
私の調査によると、もう一つのタイプの化学兵器がある。
ルイサイドという、最も危険といわれる、マスタードガスより危険な物


これは当時、沖縄を統治していたランパート高等弁務官が、帰任の際に、自身の回顧録で語った話。
ミッチェルさんは今回、沖縄で、このプロジェクトに関わったふたりの元軍人からも、証言を得ました。


ジョンミッチェルさん:
「当時沖縄にいた2人のアメリカ兵が、1969年の秋、沖縄の海に捨てた時のメンバーだった、と証言している。
1人は軍警察で、化学兵器を積んだ6台のトラックを、知花弾薬庫から天願桟橋まで誘導したことを覚えています」


また、QABが去年、枯れ葉剤に関してインタビューした、ジェームズ・スペンサーさんも、 次のような証言をしています。


ジョンミッチェルさん:
「もう一人は船に乗り、海に捨てる所に立ちあった。
彼も、海に化学兵器を落とす時に、押すのを手伝ったと話している」


1969年と言えば、沖縄が、日本本土に復帰する3年前。
知花弾薬庫では、毒ガス漏れが起こり、25人が病院に運ばれたと、新聞に報じられています。
その前年、1968年には、具志川で、奇妙な事件が相次いでいました



これは具志川の田んぼで見つかった、11本足のカエルの写真。
この辺りでは、こうした奇形ガエルが何匹も捕獲され、子どもたちから、『具志川蛙』と呼ばれていました。

また、具志川の海岸では、児童およそ240人が、海に入った途端、やけどのような皮膚炎を起こすという事件が発生。
アメリカ軍基地がある辺野古や、金武でも、同様の事件が発生し、被害者は320人以上に上ったのです。



返還されたアメリカ軍基地の、汚染の問題が浮き彫りになり、沖縄における化学兵器の存在や、汚染の事実が問題になる中、
ミッチェルさんは、海や土の汚染は過去の問題ではなく、いま、私たちに迫っている危険で、すぐに調査すべきだと指摘します。 


ジョンミッチェルさん:
「科学者は、化学兵器が捨てられ50年と言うのは、とても危険な時期だと語っている。
アメリカの調査によると、海に捨てられた鉄製の容器は、50年経つと壊れてしまう
ガスや化学兵器は、50年経った今、毒が流れだそうとしているのです」


沖縄の海に化学兵器が捨てられたということは、当時の高等弁務官の回顧録、そして、元軍人の証言から明らかになった、と言います。
しかし、その量や、今、それらがどうなっているのかは、わかっていません。

アメリカ軍基地の汚染については先月、沖縄市でも、子どもたちが使うサッカー場から、毒性の強いダイオキシンを含む、ドラム缶が発見されたばかりですし、
アメリカ軍に基地を提供している政府には、きちんと事実を調査する責任があります。


ーーダイオキシンって……枯れ葉剤由来のダイオキシンだった……。


水質280倍、土壌8.4倍 沖縄市ダイオキシン
琉球新聞 2013年8月1日


環境基準を超えた調査結果の最高値

【沖縄】
米軍基地返還跡地の、沖縄市サッカー場で見つかったドラム缶から、環境基準値を超えるダイオキシン類が、国の調査で検出された問題で、
沖縄市は31日、市独自の調査結果を、発表した。
ドラム缶の周辺液体や、付着物の一部から、水質基準値の280倍、土壌基準値の8・4倍の、ダイオキシン類を検出した。
枯れ葉剤の主要成分の一部も検出
市の委託で調査・分析した南西環境研究所は、ベトナム戦当時の枯れ葉剤製造大手企業の社名が、ドラム缶に記されていたことを踏まえ、
枯れ葉剤も含まれていた可能性はある」と総括した。
 
沖縄市は31日、国、県、市議会に、結果を説明した。
市議会は同日午後、基地に関する調査特別委員会を開き、国に、全面調査や原状回復を求める意見書を可決した
5日の臨時会で、可決する見通し。
枯れ葉剤「エージェント・オレンジ」の主要成分「2・4・5―T」は、ドラム缶22検体中、18検体で検出された。
同様の主要成分「2・4―D」は全検体で検出されなかった。


22検体中11検体で、PCB(ポリ塩化ビフェニール)を検出
最高値は、環境基準値の6・4倍の、1キログラム当たり3・2ミリグラムだった。
 
研究所の報告書では、検出されたダイオキシン類の組成が、農薬や除草剤の、PCP(ペンタクロロフェノール)に起因するとも指摘。
ほかにも、ヒ素やフッ素などの有害物質が、比較的高い濃度で検出されたことから、
枯れ葉剤に加えて、「その他の有害物質による複合汚染である」と評価した。
 
ドラム缶付着物22検体のうち、土壌基準と比較した場合、2検体で基準値を超過した。
最高値は、毒性等量(TEQ)1グラム当たり、8400ピコグラム(ピコは1兆分の1)。
周辺液体は、同1リットル当たり、280ピコグラムを検出した。
 
枯れ葉剤特有のダイオキシン類の一種、「2・3・7・8―TCDD」は、TEQ総量に占める割合が、7割を超える高濃度な検体もあり
枯れ葉剤由来の、ダイオキシンの可能性がある

サッカー場表層や残土、北谷町のキャンプ桑江跡地の土壌から、検出されたダイオキシン類は、基準値を大幅に下回った。
ドラム缶埋設場所の土壌からは、基準値以下だが、要監視濃度(同1グラム当たり250ピコグラム)を超える、340ピコグラムが検出された。

↑以上、転載おわり


もうこんなこと、こんな無茶苦茶なこと、いったいぜんたい……。

猛毒の化学兵器を、ジョンストン島にすべて運ばれたと、そう言うて、運んでるように見せて、沖縄の人々を納得させといて、
海に捨ててた?!
それも、沖縄の海に?!
ほんで、海に捨てられた鉄製の容器は、50年経つと壊れてしまうから、注意してくれやと?!
そんな、50年やそこらで壊れてしまう容器を、なんで使うねん?
2019年まで絶対壊れへん確信あんのか?

もう最低!
軍という存在は、この世から消えてしまえ!
いや、その前に、自分らのやった悪事の落とし前つけてから消えていけ!
日本政府も、沖縄に謝れ!
本土のわたしらも、沖縄に謝る!
こんな思いを、長い長いこと押しつけて、健康や命を散々傷つけられて、
もうこんなこと、続けさせたらあかん。
おんなじ国の人間同士、おんなじ地球の人間同士、皆の手で、皆の声で、軍隊を締め出してしまおう。
ゼロは無理でも、力を弱らせよう。
そう決めて行動したら、いつか必ず実現する。
それが今は無理でも、次の、そのまた次の世代に、軍縮を願ってもらおう。
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武器を作るな!作らせるな!もうこんな世界はこりごりや!そう思う人たちと団結して止めさせよう!

2013年08月29日 | 日本とわたし
昨日からずっと、シリア情勢について調べてた。
その間に、ニューヨーカーに掲載されてた、とても良い記事を旦那が見つけ、わたしに教えてくれた。
そこには、イラクに戦争を仕掛けたいがために、ありとあらゆる手を使い、大ウソまでついて、イラクの街や人をズタズタに破壊したアメリカという国に暮らす市民の、この場合は、二通りの見解が、会話方式で書かれていた。

シリア政府の、市民に向けた毒ガス使用は、絶対に許されるべきことではない。
制裁が必要。
その制裁は、我々が担うべき。
正義は貫かなければならない。

わたしももちろん、あの、小さな子どもたちが横たわったビデオを観て、胸が押しつぶされそうな思いがした。
あの子たちの親御さんにとって、そしてあの子たち本人にとって、これ以上の地獄はないと思た。
ミサイルを打った人間の非道を呪い、その人間こそが、子どもたちが被った痛みよりもっとひどい痛みを受けさせてやりたいと呪た。

けども、こんなことは、今に始まったことではなく、世界のあちこちで、いろんな兵器で、子どもたちは殺されてる。
そのあちこちに、いちいちアメリカやイギリスが、今回の件と同じように反応して、制裁を加えに出かけて行ってるんやろか?
んなこと全くあらへんよね。
イギリスもアメリカも、シリアやからやんね。
ずっとずっと前から、攻撃したい気満々のとこやもんね。

もうアホらしてかなんわ。
わたしはこんなこと言うて、パソコンの前で愚痴ってたらええだけやけど、
空から爆弾降ってくるシリアの住民の人たちにとったら、愚痴ってる場合やなくて、イラクの二の舞になる恐怖で、吐き気がしそうなぐらい心配してはるやろ。

調べてるうちに、このビデオを見つけた。
『プロジェクト112-知られざる米軍化学兵器開発』

米軍に限らず、どこの国でも、兵器の開発には躍起になってて、その過程で、人間を使て実験をしてる。
それは日本でも同じ。
米国はその中でもタチが悪い。
なんせ、世界一の軍事力ってのを持ってるらしいから。
原爆も化学兵器も、当時、一番拮抗してる相手国(原発の場合はドイツ、化学兵器の場合はロシア)が、自分らより進んでるらしい、とかいう情報に振り回されて、
焦りまくり、恐がり、勝ちたい一心で、時間と人間をガンガン注ぎ込んで作り上げた。

だってな、◯◯◯が先に作ってしもたらヤバかったさかいに、そやから急いで作って使てみてん。
ほんでな、作る時に実験せなあかんかったさかいに、自分とこの兵士を騙くらかして使てん。
もちろん、捕虜とかいる時は、そいつら使うけどな。

こんな言い訳が通るんやさかいに、どんだけ狂ってる世界かわかる。
そんな兵器を使たことで、いったいどんだけの人間が殺され、どんだけの自然が破壊されてしもたか。
なんでそんなことが許されてんの?

半日がかりで文字起こししてて、気がついてん。
こんなもんを作ってる人間を、なんで世界は、わたしらは、罰することができひんのか?
なんで、こんなもんを作らせんようにできひんのか?
そやろ?
ひとり殺したら懲役◯年で、ふたり殺したら死刑で、何百人何千人何万人何十万人殺したら……誰も罪に問われへん。

なんで?

っていうか、そんなもんを作ってる人、誰?
そんなことを仕事にして、なんで兵器、いや、平気で生きてられるわけ?
いや、ボクも、ワタシも、生きていかなあきませんからって、
なんぼなんでも、そんなことを生業にして生きていったらあかんのとちゃう?
辞めて欲しい。
そういう仕事してる人、今すぐ辞めて欲しい。
兵器を作る人がおらんようになったら、兵器を使おうにも使えんようになって、そしたら戦争屋も派手に人殺しできひんからつまらんようになって、

子どもだましみたいなこと言うなって思う人いるやろけど、
これが案外、真理ちゃうんやろか。

↓以下、文字起こししました。
ビデオは、下記の紫色の文字をクリックしてください。例によって例のごとく、ここに載せることができません。すんません。

プロジェクト112 知られざる米軍化学兵器開発
2013年8月13日

http://www.dailymotion.com/video/x135aa4_プロジェクト112-知られざる米軍化学兵器開発_news

この夏、一つの裁判の判決を心待ちにしている、アメリカ軍の元兵士がいます。
退役して50年になるこの元兵士の身心は、いくつもの病に冒されています。

うつ病、視野狭窄、そして呼吸器の障害
健康を損なった原因は軍隊時代に経験したある特殊な任務が原因だと言います。
その補償を求めて国を訴えているのです。


「国を信じて尽くしたのに、私たちをぼろ布のように使い捨てにするなんて許せません。
今私にできる事は海辺を歩いてリハビリをすることぐらいです」

彼らが問題としている特殊な任務とは、陸軍に入隊した直後に医療のためだと言われ、参加した実験です。

1960年代、アメリカ軍は、総力を挙げて、毒ガスなどの化学兵器の開発に取り組んでいました。
彼らは、そのための身体実験に使われたのです。






ソビエトとの冷戦時代。
自国の兵士たちに、犠牲を強いてまでも行われていた化学兵器の開発とは、いかがなものなのか。
これまで、ほとんど知られなかった全貌が、明らかになってきました。

化学兵器開発の計画を示した、アメリカ政府の極秘文書。
計画はコードネーム、プロジェクト112と呼ばれ、陸軍、海軍、空軍、海兵隊と、
軍の総力を挙げた巨大なものでした。



そしてその拠点は、アメリカ国内だけでなく沖縄にも置かれていました

60年代、沖縄は、ベトナム戦争にのめり込んで行くアメリカの、後方基地でもありました。
基地の弾薬庫に運ばれた毒ガスは、1万3000トン。
アジア最大の、化学兵器の備蓄基地と化していたのです。



その存在は、本土復帰直前の沖縄を揺り動かしました。


沖縄在住市民:
「これはもう、到底だまっておられないと、いうようなことで、ほんとに必死でしたね」


身近に保存されていた、大量の毒ガス。
2年がかりで撤去はされたものの、今なお、沖縄の人々に、深い傷跡を残しています。

冷戦下、ひそかに進行していた、アメリカ軍の化学兵器開発。
それはいかなるもので、今、私たちに何を問いかけるのか?
2万ページに及ぶ資料と、当事者たちの証言をもとに、見つめていきます。

プロジェクト112
~知られざる米軍化学兵器開発~




アメリカ西海岸のサンフランシスコ。
この街で今、冷戦時代のアメリカ軍の、知られざる実態を明るみに出そうとする裁判が起きています。(原告弁護団 ベン・パターソン氏)
この日は、公判に向けて、弁護士たちの打ち合わせが行われていました。
原告は、アメリカ軍の元兵士たち。
いずれも、1960年代、軍の化学兵器開発のための、人体実験に参加した人々です。
半世紀近くを経て、自らの体の異常が、その人体実験に由るものだと、声を上げ始めたのです。


パターソン弁護士:
誰もこんな事実を知らなかったんです。
人体実験に、自国の兵士を使うなんて……本当に、驚くべき事を、軍はやったんです。


・訴状
元兵士たちが、国に要求しているのは、主にふたつ。
自分たちが受けた実験の、詳しい情報を開示すること(実験の詳細な情報を告知)、
そして、今抱えている病気に対する治療と、補償です(医療補償の提供)。

国を相手に声を上げ始めた元兵士たちは、いったいいかなる経験をしたのか。
ノースカロライナ州(ジャクソンビル)に住む、原告のひとりを訪ねました。

フランクリン・ロシェルさん、65才。
高校卒業後、2年間、陸軍に在籍していました。
問題の特殊な任務に就いていたのは、20才の時でした。

これは、私がエッジウッド基地にいた証明書です。
1968年9月3日から、10月31日までいました。
皮肉にも、素晴らしい成果だったと書いています。


ロシェル氏:
エッジウッドの任務は2ヵ月間で、特に厳しくはなく、週休3日ということでした。
その時の私には、とても魅力的に感じられたのです。


当時、陸軍に入隊したばかりのロシェルさんは、ある日、兵舎で、ボランティア募集のフィルムを観せられました。

ボランティア募集のPRフィルムより
『どのような実験でも、合い言葉は「安全」です』

フィルムには、任務の説明はほとんど無く、休暇にでもでかけるような、楽し気な誘い文句が、散りばめられていました。

『休日は、ボルティモアで、アメリカンフットボールを観戦しませんか?もし行きたければね』
『大平洋のビーチで、くつろいでみませんか?もしやりたいならね』


しかし、基地で待っていたのは、予想だにしない任務でした。


ロシェル氏:
実験室で、このサルと同じような吸入器を付けさせられました。
そして、バルブが開けられると、ガスのようなものが出てきて、それを、胸の奥まで入るように、深く吸わされたのです。



そして、ベッドに寝かされている時、突然人の声が聞こえ出し、腕の中で、虫が動き回り始めたのです。
わたしは必死に、剃刀で切って取り出そうとしました。


この直後から、ロシェルさんは、幻覚や精神の不安に悩まされ続けています。
自分は、どんな物質を投与されたのか。
不安の中で、陸軍に問い合わせをしたこともありました。
しかし、返ってきたのは、意味不明な記号(Agent:EA 2233-2)が記された書類だけでした。




ロシェル氏:
これは、うつ病の薬です。
薬漬けになっているんです。



うつ病、慢性皮膚炎、視角や呼吸器の障害、いずれの病状も、年々悪化しています。
人体実験戸の因果関係をあきらかにするためには、裁判に踏み切るしかなかったのです。


兵士たちが経験した実験とは、いったいなんだったのか。
彼らが集められた、陸軍のエッジウッド基地(化学・生物センター・メリーランド州)。
1960年代、ここは、ある特殊な目的のための、研究施設でした。
それは、毒ガスなどの、化学兵器の研究開発です。
当時の様子を記録したフィルムが、残されていました。
ここでは、基礎的な研究から、毒ガスの生産、そして、戦場で使用するための、兵器の開発も行われていました。
そうした開発のプロセスで、欠くことのできないのが、毒物の効果の確認です。
兵士たちは、自らの体で、それを実験させられていたのです。



マックヘンリー
化学兵器開発のための人体実験とは、いかなるものか。
今回、裁判を起こした原告の中に、その詳細を知る、元兵士がいます。
ティム・ジョゼフズさん、63才。マックヘンリー(エッジウッド近郊の町)在住。
脳の神経細胞の異常で手足が震える、パーキンソン病を患っています。
妻のミシェルさんの手助けがないと、日常生活もままなりません。

ジョゼフズさんがパーキンソン病と診断されたのは、15年前。
やはり疑ったのは、18才の時に参加した、人体実験の影響でした。

エッジウッドの実験(1968年1月1日~2月28日)に参加した兵士たち




エッジウッドで、自分は何をされたのか。
情報公開法を使って、自分の記録を手に入れ、探り続けています。


ジョゼフズ氏:
実験は、グループごとに、何種類も行われていました。
白衣を着た人間が、注射器を持ってやってきました。
彼らも、軍に所属する医師だったことがわかりました。


当時、エッジウッドには、巨大な病院のような、研究棟が設けられていました。
兵士たちは、いくつかのグループに分けられ、テストする物質によって、心身の状態を細かく観察されていました。

ジョゼフズさんが受けたものと同様の実験の、記録映像です。



実験記録映像より:
隔離された部屋で、4人の兵士が、72時間の実験を受けます。
安全な化学物質を、皮下に注射します。



この実験は、4人の兵士に、濃度の違う化学物質を与え、その効果を比較しています。
物質の名称は明らかにしていませんが、幻覚作用を起こすものです。

実験記録映像より:
化学物質の影響は、4~6時間後に現れました。



敵から毒ガス攻撃を受けたという設定で、ガスマスクをすばやく着けるテストです。



一番濃度の高い物質を注射された兵士は、朦朧とした状態が続いています。



実験記録映像より:
9時間後、精神状態が不安定になりました。
彼は、36時間も眠らずにいました。



一晩中、出口を探していました。



パニックになるので、継続的に監視をします。


ジョゼフズさんの場合には、実験後の影響は、さらに深刻だったといいます。


ジョゼフズ氏:
得体の知れない化学物質を、体内に入れられ、数日間、意識を失いました。
起きた時、ひどい震えで、手足に痺れと、刺すような痛みがありました。
とても気持ち悪く、不快な気分でした。


ジョゼフズさんは、情報公開法で手に入れた自分のカルテを調べて、驚きました。
そこにあったのは、毒ガスとして使われるサリンの、解毒剤の名前(pyridine-2-aldoxime)でした
無色無臭で、中枢神経を破壊し、極めて高い致死性を持つサリン。
それは、アメリカが、力を入れて開発実験をくり返してきた化学兵器でした。
敵に気づかれずに、建物の中にも入り込むため、局地戦に有効だと考えられていたのです。


ヤギを使ったサリンガス実験の映像より:


建物内のヤギは、1分以内に症状が現れ、4分以内で死にました。

ジョゼフズさんは、自分にも、このサリンが投与されたのではないかと、疑っているのです。

ジョゼフズ氏:
許せないことですが、ヤギを使って試した薬物を、私たちにも投与したんです。
20頭のヤギで実験した結果、半分が死んだ。
そんな薬を、6人の兵士に投与したと、記録されていました。


そしてその実験は、半ば強制に近いものでした。
ジョゼフズさんが1968年2月に、三日間に渡り受けた、実験の観察記録です。

『2月20日、8時35分、化学物質を投与』
何の薬剤かは、わかっていません。
『同日10時30分、異常に神経質になり、不安な様子を見せる』
『同日11時35分、化学物質を再び投与』
『同日13時30分、手足のしびれが起こり、「すごく気分が悪い」「早く終ってほしい」と訴える』
『同日14時15分と15時、落ち着きが無い。「もう嫌だ」「実験はやりたくない」と訴える』
『翌21日、8時45分、顔の半分がけいれんする。とても不安で、悲惨な気分だと言う』

記録によると、ジョゼフズさんは、三日間の実験中に、3度、中止を願い出ています。
しかしそれは、聞き入れられませんでした。


ジョゼフズ氏:
実験に抗議をしたら、おまえ、嫌ならベトナム行きだ。もしくは刑務所行きだ、と言われました
とても怖くて、言うことをきくしかありませんでした。


毎食後、妻のミシェルさんは、ジョゼフズさんの体調に合わせて、10種類近い薬を用意します。
薬代は、毎月2000ドルを超えます
大学病院の診断によると、病気の原因は、若い時に摂取した、大量の化学物質だとされています。


ミシェルさん:
薬を飲み過ぎると、体のコントロールが効かなくなるの。
少量だと効かないし、難しいのよね。

ジョゼフズ氏:
飛び跳ねたこともあるよ。

ミシェルさん:
この2~3年で、15キロも痩せたわ。


60年代に行われた、アメリカ軍の化学兵器開発。
それに関わった兵士の数は、10万人とも言われています。
なぜ、かくも大掛かりな計画が、実行されたのでしょうか。
私たちは、その全容を伺い知ることができる文書を、入手しました。

スタンフォード大学のフーバー研究所。
ここには、8千万ページを超える、安全保障に関連した機密文書が、保管されています。

フーバー研究所職員:
これが、アメリカ陸軍の、化学部隊の概要を記した文書です。
1961年から1962年のものです。

プロジェクト112
そう名付けられた計画は、アメリカの軍事戦略の、新たな柱となるものでした。
『核兵器に匹敵する大量破壊兵器として、開発すべきもの』
それを、化学(・生物)兵器だとした
のです。

計画の立案者は、ロバート・マクナマラ(Robert S. McNamara)でした。
ケネディ大統領により、国防長官に抜擢されたマクナマラは、アメリカ軍の立て直しを任されました



当時、冷戦下での核軍拡に対して、国際世論の厳しさが増す一方で、アジアでは、熱い戦いが続いていました。
停戦状態の朝鮮戦争と、ベトナム戦への介入。
局地戦が予想されるアジアの戦場では核よりも化学兵器が有効だ、と考えたのです。
マクナマラは、陸軍、海軍、空軍、および、海兵隊の4軍が協力して、開発に当たることを指示。
そして、当時の日本の防衛費に匹敵する、巨額の予算(約1418億円”当時”)を投入しました。
マクナマラの指示のもと、世界の10を超える拠点で、一斉に開発が始まったのです。

プロジェクト112が実施された国と地域



国家をあげて動き出した、プロジェクト112。
フォーチュナ
それは、核軍拡の陰で起きていた、もうひとつの軍拡競争だった、と指摘する人がいます。

ジャック・アルダーソンさん、1964年から3年間、プロジェクト112の、海上実験を指揮していました。
アルダーソンさんは今、自分の行ってきた実験とはなんだったのか、あらためて見つめ直しています。

『海上実験で使用した生物化学物質の、健康への影響』

アルダーソン氏:
ここにあるのは、海軍の実験資料です。
これが、プロジェクト112におついて、退役軍人の雑誌に書いた記事です。


強引に進めた化学兵器の開発
その実態は、ソ連の陰に脅える、アメリカの暴走だったと、アルダーソンさんは指摘します。


アルダーソン氏:
アメリカは、ソ連に対抗するために、化学兵器は不可欠だと考えていました。
ケネディ政権は、ソ連がすでに、大量の化学兵器を所有していると思い込み、同じだけの兵器を持たなければ、対等な外交はできないと考えていたのです。

1962年、CIAが、衝撃的な報告を行いました。
ソビエトが、毒ガスを空中散布する装置を開発、アメリカの艦船が、毒ガスで攻撃される恐れがある、というのです。
アルダーソンさんの手元に、ソビエトの動きに対抗すべく行われた、プロジェクト112の実験の映像が残されていました。
艦船が、ソビエト軍からサリンの攻撃を受けた、と想定しての実験です。
空軍が、上空からガスを噴霧。
中の水兵たちに、どんな影響があるのかを調査します。
実験は急ピッチで進められました。


アルダーソン氏:
やっと実験が終了し、水兵が引きあげかけた時です。
上官がまた、海に出ろと言ってきました。
水兵たちは休むことなく、実験をくり返しました。


本物の毒ガスを使っての実験では、水兵たちに健康被害が出ることも、少なくなかったといいます。


アルダーソン氏:
フィルターが機能せず、船内に漏れてきたこともありました。
その時受けていたワクチンが、未承認のものだったと、後で知りました。
ネズミだよ、実験用の


過密なスケジュールで行われた、一連の海上実験。
健康に被害の出た水兵の数は、6千人を超えるといいます。


アルダーソン氏:
罪悪感があります
ですから、生きているメンバーのためにも、その家族のためにも、今なにができるのか、考えていかなければならないのです。


50年前に行われていた、軍の人体実験
健康に障害が出た、元兵士たちに対して、今、国はどう向き合おうとしているのでしょうか。
3年前、退役軍人会の働きかけで、海上の実験の関係者については、医療補償の申請窓口が設けられました
しかしその申請も、来年まで

その他の、大多数の兵士については、手つかずのままです。

パーキンソン病を患う、元兵士ジョゼフズさん。
大学病院で、病気の原因は、かつての人体実験とみられるとの診断を受けて、これまで、軍に対して、何度も医療補償を求めてきました。
しかしその門は、かたく閉ざされたままです。


ジョゼフズ氏:
体調が安定する日などありません。
一刻も早く、事実を認めてほしいのです。
こんなことをした軍に、医療の補償をしてもらいたいのです。


50年の時を経て、明るみに出てきた、アメリカ軍の化学兵器開発の実態。
その中で、開発に並んで重要な計画とされていたのが、毒ガス、サリンの貯蔵です。
その一翼を担ったのが、沖縄でした

1963年(5月)、プロジェクト112が発動してから1年後、一隻の舟が、沖縄のホワイトビーチへ入港しました。
船が積んでいたのは、アメリカのエッジウッド基地からの荷物、毒ガスの弾頭でした。
その量は1万3000トン、1億人分の致死量に当たります。
当時沖縄は、アメリカの施政権下にあり、停戦したばかりの朝鮮戦争や、激しくなりつつあったベトナム戦争の補給基地として、重要な役割を課せられていました。

アメリカ軍の嘉手納基地。
その奥の広大な森の中に、弾薬庫が点在しています。
知花弾薬庫です。



ホワイトビーチに到着した毒ガスは、次々と、この弾薬庫に運び込まれました。
そして、毒ガスの貯蔵管理のために、プロジェクト112直轄の、専門の部隊が編成されました。
267th CHEMICAL COMPANY(米陸軍267化学中隊)、指揮官は、ウィリアム・ゴーフォース中佐でした。



沖縄の基地の中で、彼らはどんな活動をしていたのか。

部隊を指揮していたゴーフォース(74才)さんは、メリーランド州に健在でした。
ゴーフォースさんは、沖縄に3年の間駐留、その後はずっと、エッジウッド基地に勤務していたといいます。


ゴーフォース氏:
これは、科学技術部隊にいた時に、かぶっていた帽子です。
267部隊の最大の任務は、毒ガスの安全管理です。
もちろん、事故が発生した場合には、速やかに対応する訓練も受けていましたよ。
VXガス、サリン、マスタードガス、どれも万が一漏れ出したら大惨事です。
うさぎを探知機として使っていました。



当時の毒ガスの貯蔵庫の、詳細な地図が残されていました。

ゴーフォース氏:
ここがメインゲートです。



知花弾薬庫全体は、フェンスで囲まれていましたが、毒ガスが貯蔵してあった場所だけは、特に2重になっていました。
何かあったら困るからね。



ゴーフォースさんの証言で、沖縄の毒ガス貯蔵の実態が、明らかになりました。
知花弾薬庫の奥にある、レッドハットエリアと呼ばれる一角、そこに70もの毒ガス専用の貯蔵庫が、建設されていました



レッドハットエリアは、基地の中であるにも関わらず、高さ2.5メートルの2重フェンスで囲まれていました。
その間を、267部隊が絶えず巡回し、警備に当たっていたのです。



屋根を芝生で覆い、上空からでは分かりにくいよう、カモフラージュした貯蔵庫。
屋上には、換気口が設けられていました。



コンクリートの壁は、大型爆弾の攻撃にも耐える、厚さ50センチ。



中には、即座に使用できる状態で、毒ガスミサイルが並んでいます



60年代、沖縄はアジアで最大の、化学兵器の備蓄基地だったのです。


ゴーフォース氏:
ここに、155ミリロケット砲がありますね。
これは、3000ポンド爆弾です、サリンのね。




1969年7月(8日)、この貯蔵庫で、沖縄を震撼させる事故が起きました
267部隊の兵士が、爆弾をメンテナンスしている最中に、操作を誤り、サリンが漏れ出してしまったのです。
この事故で、26人の兵士が入院しました。



ゴーフォース氏:
爆弾の修理のため、表面の塗装を落とす処理をしていた時に、作業を誤って爆発して、毒ガスが漏れ出しました。
サリン、それも、3000ポンド爆弾のサリンです。
探知機代わりのウサギの目が、収縮をしました。
それは、私たちにとってはあってはならないこと、緊急事態が起きたことを意味したのです。


この事故を最初に報じたのは、アメリカの新聞でした。
ワシントン発の情報として、沖縄に、毒ガスが存在していることが伝えられました。

『沖縄の事故が、化学兵器の海外貯蔵を暴露』
1969年7月18日ウォールストリート・ジャーナル



突然、しかも外電を通じて突き付けられた、毒ガスの存在
それは、本土復帰を前にしていた沖縄の人々にとって、自分たちの尊厳に関わる問題でした。



島をあげて盛り上がった、毒ガス撤去の運動。
その中で、沖縄の人々が、さらに怒りを新たにする出来事がありました。

当時、中学の教師をしていた、仲宗根正雄(73)さん。



今でもその時のことを、忘れたことはない、と言います。


仲宗根氏:
せめてその、子どもたちの学び舎っていうようなものを守りたいと、みんなが力を合わせて守ったという、場所だと思います。


それは、ようやく始まった、アメリカ軍による、毒ガス撤去作業の初日(1971年1月13日)に起きました。

テレビニュース:
かなり大きく『毒』と書きましたトレーラーが、第一台が、私たちの目の前を通過し、ニ台目が通過いたしました。



毒ガスを積んだトラックが、小学校の前を通過することになったのです。



学校の教室の黒板
『毒ガス移送は、13日(水)に決まりました。
時間は、
第一回、午前十時
第二回、正午

お父さん、お母さんのお話もよくきいて行動しましょう』

子どもたちは急きょ、自主非難を余儀なくされました。

自分たちの知らない間に、毒ガスを持ち込み、撤去する時には、子どもたちを危険に巻き込む。
これ以上、勝手なことは許さない
仲宗根さんたちは、移送ルートの変更を求めて、声を上げ始めました。


仲宗根氏:
もうずっと、深夜まで、焚き火を焚きながら、非常に寒い日でしたけど、北見小学校での阻止っていうのを、最終確認をして退去すると。



お母さんたちが、子どもを守るためにも、このままではいかんじゃないかっていうような声は、非常に大きかったですね。




仲宗根さんたちは、アメリカ軍との交渉役である当時の琉球政府と、3ヵ月間に渡って、粘り強く交渉を行いました。


仲宗根氏:
屋良朝苗(琉球政府首席)
沖縄に貯蔵されている毒ガスを、一日も早く撤去すべきであるという点では、一致しているわけなんですよ。
ところが、毒ガス移送が、ほんとにもう、自分の村を通るというような形になった場合に、通すというわけにはいかんと、
体を張ってでも、コース変更を勝ち取るんだというようなことを決めて……。

この年(1971年7月15日~9月9日)の7月に始まった、本格的な撤去作業。
交渉の結果、輸送ルートから小学校が外されました
のべ、1319台のトラックが、次々と毒ガスを運び出しました。
50日間に及んだ撤去作業は、沿線の住民に、大きな負担をかけるものでした。
店は休業状態、子どもとお年寄りは、疎開を余儀なくされたのです。
発覚してから2年、沖縄を揺り動かした、1万3000トンの毒ガスは、ハワイ沖の孤島、ジョンズトン島へと送り出されていきました。



本土復帰の直前に起きた、毒ガスの問題。
それは、復帰後も続く、沖縄の辛さの始まりでもありました。


この日仲宗根さんは、かつて徹夜でかがり火を焚き、守った小学校へ足を踏み入れました。


仲宗根氏:
なにか事件が起きた時に、事件や事故が起きた時に、そうだったんだ、ということを、事後に知らされるっていう状態が、ずっとこの、戦後61年と言われる今でも、ずっと続いていますね。
これはもう、ぜひ、僕らの子や孫たちの時代には、こういうことは引き継ぎたくないですね。

悔しいですよ……(涙が止まらず)……どうもすみません。


サンフランシスコ

7月の末、人体実験に参加した兵士たちが起こした裁判に、動きがありました。
裁判所が、事実上の一審判決を下したのです。


パターソン弁護士:
きのう、裁判所から、略式判決が出ました。


判事が、裁判の長期化を避けるため、証拠が充分そろっている、と判断したものとみられます。
しかし内容は、元兵士たちにとって、満足のいくものではありませんでした。

人体実験に関する情報の開示については、認められました。
しかし、最も重要視していた、医療の補償については、認められませんでした。
元兵士は、軍の病院を無料で利用できるから、というのが理由でした。


パターソン弁護士:
残念なことに、医療補償が認められませんでした。
これはとても重要な要求だったので、怒りを覚えます。
原告たちの健康状態は、刻々と悪化していっているのです。


パーキンソン病を患う元兵士、ジョゼフズ(63)さん。
この裁判は、生きる上での頼みの綱でした。


ジョゼフズ氏:
医療の補償もなくて、どうやって生きていけばいいのでしょうか。
私たちが、死ぬのを待っているのでしょうか。
人体実験が、国家にとって必要だったかどうかはわかりません。
少なくとも、わたしには必要の無いものでした。


半世紀前、多くの若い兵士たちを集めて始まった、プロジェクト112。
60年代末、アメリカ国内では、ベトナム戦争が泥沼化するにつれて、次第に、反戦運動の声が大きくなっていました。

国はこの時、プロジェクトに、事実上の終止符を打ちました。

リチャード・ニクソン大統領(当時):
化学兵器を、大量殺戮のために使用しないことを、宣言します。



記録と証言から浮かび上がってきた、アメリカ軍の化学兵器開発の実態。
冷戦の中で、国家を上げて進んだ、もうひとつの軍拡。
半世紀を経た今、それはいったい、私たちに、なにを残しているのでしょうか。
製造された数万発の化学兵器は、一度も使われることなく、今、大平洋の孤島、ジョンズトン島で眠っています。

↑以上、文字起こしおわり
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米国『TWO MINDS ON SYRIA』事情

2013年08月28日 | 米国○○事情
THE NEW YORKERに、このたびのシリア情勢に対するアメリカ人の考察を、ふたりの市民の会話形式で書いた、とても興味深い記事が載っていました。
今夜はもう、かなり疲れているので、内容はまた後日。
黒文字で話している人のような考えを持った人が、わたしの周りにはたくさんいます。
そのことが、せめてもの救いです。

TWO MINDS ON SYRIA
POSTED BY GEPRGE PSCKER



So it looks like we’re going to bomb Assad.

Good.

Really? Why good?

Did you see the videos of those kids? I heard that ten thousand people were gassed. Hundreds of them died. This time, we have to do something.

Yes, I saw the videos.

And you don’t want to pound the shit out of him?

I want to pound the shit out of him.

But you think we shouldn’t do anything.

I didn’t say that. But I want you to explain what we’re going to achieve by bombing.

We’re going to let Assad know that chemical weapons are over the line. There’s a reason they’ve been illegal since Verdun or whenever.

Except when Saddam used them against the Kurds―we knew, and we didn’t say a word.

Is that a reason to let Assad use them against his people?

At this point, I don’t think Assad is too worried about the Geneva Conventions.

He should have to think hard before using them again.

He’s a bloody dictator fighting for survival. He’s going to do whatever he has to do.

Not if we really hurt him. Not if we pound his communications centers, his air-force bases, key government installations. He’ll be more likely to survive if he doesn’t use chemical weapons.

Killing civilians while we’re at it.

These would be very specific targets.

The wrong people always get killed.

Maybe. Probably. But if you were a Syrian being bombed by Assad every day, trying to keep your head down and your family alive, wouldn’t you want the world to respond, even if a few more people die? I think so.

Easy for you to say.

Hey, can we not personalize this?

Weren’t you just saying that I don’t care about dying children? (Pause.) So you want us to get involved in their civil war.

I’m not saying that.

But that’s what we’ll be doing. Intervening on the rebel side, tipping the balance in their favor.

Not necessarily. We’ll be drawing a line that says dictators don’t get to use W.M.D.s without consequences.

You can’t bomb targets on one side of a civil war without helping the other side.

It would be very temporary. We’d send Assad a clear message, and then we’d step back and let them go on fighting. We’re not getting involved any deeper than that, because I know what you’re going to say―

The rebels are a bunch of infighting, disorganized, jihadist thugs, and we can’t trust any of them.

I’m not saying we should.

And what do we do if Assad retaliates against Israel or Turkey? Or if he uses nerve gas somewhere else?

We hit him again.

And it escalates.

Not if we restrict it to cruise missiles and air strikes.

Now you’re scaring me. Have you forgotten Iraq?

Not for a single minute.

My point is that you can’t restrict it. You can’t use force for limited goals. You need to know what you’ll do after his next move, and the move after that.

It only escalates if we allow ourselves to get dragged in deeper. Kosovo didn’t escalate.

This isn’t Kosovo. The Syrian rebels aren’t the K.L.A. Assad isn’t Milosevic. Putin isn’t Yeltsin. This is far worse. Kosovo became a U.N. protectorate. That’s not going to happen in Syria.

You think Putin is going to risk a military confrontation with the U.S. and Europe?

I think Russia isn’t going to let Assad go down. Neither is Iran or Hezbollah. So they’ll escalate. This could be the thing that triggers an Israel-Iran war, and how do we stay out of that? My God, it feels like August, 1914.

That was a hundred years ago. Stop with the historical analogies.

You’re the one who brought up Verdun. And Kosovo.

I brought up Kosovo because you brought up Iraq. That’s the problem with these arguments. Iraq! Vietnam! Valley Forge! Agincourt! People resort to analogies so they don’t have to think about the matter at hand.

And because they don’t know anything about the matter at hand.

I know what I saw in those videos.

Thank God Obama doesn’t make foreign policy that way. He knows what he doesn’t know about Syria. He’s always thinking a few steps ahead. He’s not going to get steamrolled by John McCain and Anderson Cooper.

At a certain point, caution is another word for indecisiveness. Obama looks weak! Or worse―indifferent. Anyway, he should have thought ahead when he called chemical weapons a “red line.” He set that trap a year ago, and now we’re in it.

Why does it have to be a trap?

Because our credibility is on the line.

Thank you, Dr. Kissinger.

See, that’s another thing people do in these arguments.

What?

“You sound like so-and-so.” It shouldn’t matter who else is on your side. I mean, you’re in bed with Rand Paul. Anyway, credibility matters even if Kissinger said so. You have to do what you say you’re going to do, especially with bullies.

I don’t think Obama committed himself to any one course of action. But if he does bomb them, we’re involved in that war, and I sure hope his advisers have thought through all the potential consequences better than you have.

Inaction has consequences, too. Assad gases more people, the death toll hits two hundred thousand, the weapons get into Hezbollah’s hands, Iran moves ahead with its nuclear program, the Syrian rebels disintegrate and turn to international terrorism, the whole region goes up in sectarian flames.

And how does firing cruise missiles at Damascus prevent any of this?

It doesn’t. But, look, all of this is already happening with us sitting it out. If we put a gun to Assad’s head, we might be able to have more influence over the outcome. At least we can prevent him from winning.

A violent stalemate. How wonderful for the Syrians. Some people think that’s the best solution for us.

I’m not saying that.

What are you saying?

I don’t know. I had it worked out in my head until we started talking. (Pause.) But we need to do something this time.

Not just to do something.

All right. Not just to do something. But could you do me a favor?

What’s that?

While you’re doing nothing, could you please be unhappy about it?

I am.

___

Above: In a photo authenticated based on its contents and other A.P. reporting, Syrians inspect buildings damaged by heavy shelling from Syrian government forces in Aleppo, on Monday, August 26th. Aleppo Media Center AMC/AP
コメント

「この秋は常の秋ではない。 憲法にとって、また国の将来にとって、尋常ならざる事態!」澤藤統一郎氏

2013年08月28日 | 日本とわたし
『澤藤統一郎の憲法日記』より、転載させていただきます。

秘密保全法-改憲と連動した危険な役割

憲法改正とは、国の形を変えてしまうということ
「安倍改憲」によって形を変えられたこの国においては、国家の秘密が跋扈し、秘密の保全が人権に優先する。

現行日本国憲法は、人権の尊重と国民主権、そして恒久平和主義の、3本の柱で成り立っている。
そのとおりの形で国ができているわけではないが、その方向に国を形づくる約束なのだ。
日本国憲法が気に入らない安倍政権とその取り巻きは、今、憲法を変えようとしている。

それは、とりもなおさず、人権の尊重と国民主権、そして恒久平和主義とは異なる方向に、国の形を作り変えようということだ。

彼らが目指す国の形は、新自由主義が横溢する国、そして軍事大国である。
富者に十分なビジネスチャンスが保障され、貧者の救済は可能な限り切り捨てる
当面は、アメリカの補完軍事力として、世界のどこででもアメリカに追随して、戦争のできる国
そしてやがては、挙国一致で、富国強兵の軍事大国日本を「取り戻そう」、ということなのだ。

憲法を変えることが、国の形を変えることである以上は、
経済、外交、防衛、教育、財政、税務、福祉、防災、メディア規制、公務員制度…、その他諸々の、法律の新設や改正が必要となる。

憲法改正後になすべきが本筋の、諸法制の整備を、改憲策動と並行して一緒にやってしまおう
それが安倍政権の思惑であり、「手口」である。

96条改正を先行させて、これを突破口とし、憲法の明文改正が、安倍政権の「悲願」ではあるが、
これは容易ではないし、時間もかかる。
選挙に勝って議席数では優勢な今、できるだけのことをしておかねばならない
その発想からの解釈改憲や立法改憲の策動が、目白押しである。
これは、実質的な、「プチ改憲」にほかならない

そのスケジュールの全体象が、明確になっているわけではないが、今秋の臨時国会での論争点として考えられるものは、次のとおりである。

*内閣法制局長官人事を通じての集団的自衛権行使容認の解釈変更
*秘密保全法の制定
*国家安全保障基本法の制定
*日本版NSC設置法(安全保障会議設置法改正・法案提出済み)
*防衛計画の大綱の改定
*日米ガイドラインの改定


いまは、安保法制懇という、「政府言いなりの有識者・御用学者グループ」に、意見を諮問している段階。
その回答を待って、この秋、一連の策動が本格化する。
とりわけ、公表されている、自民党の国家安全保障基本法案によれば、

集団的自衛権を認め、
軍事法制を次々と整備し、
国民や自治体を軍事に動員し、軍備を増強、
軍事費を増大し、
交戦権の行使を認め、
多国籍軍への参加を容認し、
武器輸出三原則を撤廃する
ことになる。

明文憲法改正なくして、戦争が可能になる。


そして、本日の各紙は、「秘密保全法」案の内容が、本決まりになったと報道している。
やはり、この秋は、常の秋ではない。
憲法にとって、また国の将来にとって、尋常ならざる事態なのだ。

秘密保全法の制定は、国家安全保障基本法が要求する、軍事法制整備の一環でもあり、
「軍事機密を共有することになる」アメリカからの、強い要請にもとづくものでもある。
かつての軍機保護法や国防保安法を、彷彿とさせる

1985年に、国会に、「国家秘密法」が上程された、当時のことを思い出す。
これも、1978年の旧日米ガイドラインにおいて、アメリカから求められた、防衛秘密保護法制強化の具体策としてであった。
いわば、アメリカからの、「押し付け軍事立法」である。
澎湃として、反対の世論が湧き起こり、結局は廃案となった

このとき、推進派との議論を通じて、行政の透明性確保の必要と、国民の知る権利の大切さについて学んだ。
政府を信頼して、国家秘密を手厚く保護する愚かさを、国民が共有したときに、廃案が決まったと思う。

今回の秘密保全法はかつての国家秘密法に比較して、次の諸点において、遙かに危険なものとなっている。

*その漏洩等を、処罰の対象とする秘密の範囲は、かつては「防衛と外交」の情報に限られていた
今回は、「公共の安全及び秩序の維持」に関する情報まで含む
いったい何が、具体的に「公共の安全及び秩序の維持」に関する秘密となるか、ことの性質上、「それは秘密」となりかねない。

処罰対象の行為は、漏洩、不正な取得を、最高懲役10年の重刑(現行国家公務員法の守秘義務違反は懲役1年)で処罰するほか、過失犯や未遂犯も罰する
共犯、煽動行為も、独立して処罰対象となる。
報道や評論の自由に、恐るべき萎縮効果をもたらすことになる。

*情報を取り扱う者についての、「適性評価制度」が導入される。
公務員本人のみならず、家族のプラバシーにまで踏み込んだ、調査・監督が行われ、思想や経歴による差別を、公然と認めることになる。

秘密保全法のすべての条項が、改憲策動と繋がる。
9条改憲によって、戦争のできる国に形を変えるからには、厳格に軍事機密を保全する法制が必要だ、との発想からの立法だからである。
さらに、人権ではなく、国権が重要、という発想からの立法だからでもある。
個人の自由だの権利だのと、うるさいことを言わせておいたのでは、国の秩序が保てない。
「公益及び公の秩序」の確立のためには、基本的人権が制約されて当然
とする、安倍改憲思想の表れ
なのだ。

現行憲法を改正して、国の形を変えてはならない
そのようなたくらみをする政権を、容認してはならない
秘密保全法は、軍国主義と全体主義が大好きな一部の人を除いて、大方の国民の賛意を得ることができないだろう。
国民の反対運動が、許すはずがない。
安倍政権のそのゴリ押しは、自らの墓穴を掘ることになるに違いない。

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『兵士たちの戦後史』(吉田裕著) 〔5〕 

「大正生まれの歌」

70年代に入り、アメリカの対中国政策が見直され、米中国交正常化がすすめられる。
その動きにおされて、日本も動いた。
72年、田中角栄首相が訪中し、日中共同声明に調印して、国交が正常化された。
声明には、「過去において、日本国が戦争を通じて、中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」という文言が盛られた。

平和への舵が大きく切られたが、これを警戒するかのごとく、このころから、戦友会、遺族会、軍恩連などの、旧軍人団体の運動が、一段と活発化していった。
これらの団体は、日中友好の動きに警戒感を持ち、「侵略戦争」「戦争責任」などの言葉が使われないよう、ブレーキの役目を担った
靖国国家護持運動を支えて、「靖国神社法案」を、1969年から75年まで、5回提出させる原動力となった

その試みは達成されず、すべて廃案に終わって、法制化は断念された。
しかし、その後も、自民党の強力な支持母体となり、圧力団体となって、靖国神社を支えた
それに応えるように、78年には、靖国神社は秘密裏に、A級戦犯14名の合祀を行った。
82年には、文部省は、教科書検定で、「侵略戦争」を「進出」と書き換えさせ
85年8月15日には、中曽根康弘首相が、靖国神社に「公式」参拝した。
これら一連の動きは、アジア諸国、中国、韓国から、強い批判を浴びた。
それから30年たった今でも、根治できない悪性腫瘍の種となっている。

遺族会の動きは、73年のオイルショックに続く、経済低成長にもかかわらず、軍人恩給を大幅に増加させていく、実利を獲得した。

「曹長で敗戦を迎えた山本武は、1978年に年額30万円の軍人恩給を受給し、
年金も加えて、夫婦の旅行、孫たちへのプレゼント、孫のオーストラリア留学の援助などを賄って、恩給のありがたさを痛感している。
『なぜあのような悲惨な、日本が滅亡するような、無駄な戦争を長く続けたのかと憤りを覚え、自分たちが裏切られた』という思いを抱くようになっていたが、
軍恩連の運動に参加するなかで、軍人恩給受給者の待遇改善のためには、『与党である自民党に頼るしかない』と判断し、自民党への集団入党運動を、推進していくことになる。」
(山本武「我が人生回顧録」安田書店1984年)

80年代になると、少しづつではあるが、侵略戦争の実態に迫る、元兵士自身の証言が出てくる。
「ああ戦友、支那事変、台湾歩兵第一連隊第一中隊戦史」(小野茂正編1982年)には、三光作戦、慰安婦、上官への批判が語られている。
「南京虐殺と戦争」(曽根一夫著 泰流社 1988年)には、自身の中国人女性強姦の告白がある。
「悔恨のルソン」(長井清著 築地書館 1989年)には、米軍捕虜の斬首、飢餓状態での人肉食を告白、懺悔している。

このように、一般の将兵が、自身、または仲間の行った残虐行為を語りはじめているが、これらはまだまだ希な例であった。
大半の兵士の気持ちは、下記の「大正生まれ」の歌に歌われたとおりだったと思われる。

(1)
大正生まれの俺達は
明治と昭和にはさまれて
いくさに征って 損をして
敗けて帰れば 職もなく
軍国主義者と指さされ
日本男児の男泣き
腹が立ったぜ なあお前

(2) 略

(3)
大正生まれの俺達は
祖国の復興なしとげて
やっと平和な鐘の音
今じゃ世界の日本と
胸を張ったら 後輩が
大正生まれは 用済みと
バカにしてるぜ なあお前

元兵士の相当部分が、自分たちが従軍した戦争に疑問を持ちつつも、
社会の否定的評価への反発と、軍人恩給拡充の実利を求めることで、保守陣営に組み入れられた。

しかし、その戦争に対する個別の思い入れは、真実を語って懺悔をする人から、「大正生まれの歌」に表れた、世を拗ねた感情まで、振幅は大きい。
巨大な戦争に従軍した、兵士たちの戦後精神史は、それぞれの事情を抱えて複雑である。

(2013年8月23日)

↑以上、転載おわり

秘密保全法っちゅうのは、国家安全保障基本法と密接につながってる。
どっちも恐ろしい法案やけど、その恐ろしさは隠され続けてるやろから、多くの人はまだ知らん。

*国家安全保障基本法の制定
*日本版NSC設置法(安全保障会議設置法改正・法案提出済み)
*防衛計画の大綱の改定
*日米ガイドラインの改定

どれもこれも、人権?え?それなに?国権さまがすべてなのであ~る、という発想からの立法やからね。

「公益及び公の秩序」の確立のためには、基本的人権なんか制約されて当然であ~る!やからね。

澤藤氏が言わはったとおりや。

現行憲法を改正して、国の形を変えてはならない。
そのようなたくらみをする政権を、容認してはならない。
反対の世論をわきあがらせよう!!
コメント (2)

多くの犠牲の上に築き上げられてきた民主主義を守るには、常にそれを破壊する思想と戦わねばならない!

2013年08月27日 | 日本とわたし
もうふたつ、東京新聞の記事を書き起こししました。
このふたつの記事は、最近かなりキナ臭い、民主主義を国家主義に変えてまえと企んでる輩の言動について書かれたものです。
東京にお住まいの目良氏の意見↓とともに、紹介させていただきます。

今朝(8/27)の『東京新聞』11面「記者の眼」欄で、
「国際常識欠いたアソウ発言 ナチス否定こそ民主主義」と題し、三浦耕喜記者がアソウ副総理の「ナチス」発言を鋭く批判しています。

「徹底したナチスとの断絶こそ、国際社会でドイツが信用を得る基盤だ。」

そうです。
アソウはその、「ナチスの手口に学んで改憲を」と発言したのです。
そして、そのナチスと戦前、ムッソリーニ・イタリアをふくめて三国軍事同盟を結んだのが、戦前の皇国・軍国主義日本でした。
アソウ発言の内外の反発の広がりに慌てたアベ政権は、「ナチス政権を肯定的に捉えることは断じてない」との政府答弁を閣議決定しました。
しかし、戦後68年も経ってなお、このような恥ずべき釈明をせざるを得ないのは、
実はこの政権が、安倍首相を先頭に、ナチス政権と軍事同盟を結んだ戦前の皇国・軍国主義日本との「徹底した断絶」どころか、
皇国・軍国主義日本が行った侵略戦争を美化し、大日本帝国憲法体制への郷愁を、思想的にも人脈的にも色濃く持っているからにほかなりません。

はっきりさせましょう。
ドイツが欧米社会で、「信用を得る基盤」が「徹底したナチスとの断絶」だとするならば、
わが日本が、特に近隣アジア社会で「信用を得る基盤」は、ナチスと同盟した戦前の「皇国・軍国主義日本との徹底した断絶」なのです。

戦後日本は、アメリカの反共軍事戦略に組み入れられ、協力する見返りに、「皇国・軍国主義日本との徹底した断絶」を免れ、
社会のあらゆる面で、それとの連続性が保たれてしまいました。
そして、そのもっとも代表的な存在が、自民党という政党なのです。
アベ首相は、その自民党の中でもひときわ、人脈的にも思想的にも、「皇国・軍国主義日本」との連続性の強い存在です。
アソウ「ナチス」発言の根底にあるのは、ナチスと同盟した戦前の、「皇国・軍国主義日本」への郷愁・親近感なのです。
僕たちは今こそ、戦前の「皇国・軍国主義日本」との「徹底した断絶」を求め、内外に宣言し、
それを否定しようとするアベ暴走亡国対外犯罪的政権のたくらみと、たたかうことを決意すべきだと思います。



ナチス否定こそ民主主義
【東京新聞・記者の目】2013年8月27日

国際常識欠いた麻生発言

麻生太郎副総理兼財務相は、首相経験者の中では、英語使いで知られる。
外国要人と会談しても、肩をたたきながら冗談を交わす。
だが、いくら言葉が上手だろうと、座談が面白かろうと、民主主義をめぐる国際社会の常識に欠けては、信用は得られまい。
(三浦 耕喜)

ベルリンのドイツ連邦議会議事堂に、5枚一組の大きな絵がかかっている。
描かれているのは、闇の中に巻き上がる炎。
火の渦から人の背骨が浮かび上がっている。
チェコ生まれの芸術家カタリナ・ジーバーディングが、1992年に制作した『迫害された議員のために』という作品だ。

ナチスは、民主的に選ばれた議員を追放し、殺害し、民主主義を破壊する中で権力を握った。
闇は絶望を表し、炎はナチスの暴力を意味する。
それでも焼かれない背骨は、再生する民主主義の象徴だ。
「ドイツの民主主義は、灰からよみがえった」
議会が付した説明には、こう記されている。

今日の民主主義は、多くの犠牲によって築き上げられてきた。
奪われ、焼かれ、殺され、そのたびに人々は、再生への努力を重ねた。
ゆえに、民主主義を守るには、常に、それを破壊する思想と戦わなければならない。
それが、民主主義を確立した、諸国民の常識だ。

その思いと行動を共にすることが、外交の場で語られる「民主主義の価値観を共有する」ことの重要な要素だ。
ドイツ連邦議会が、ドイツの侵略を受けた国からも作品を求め、議員への戒めとしているのも、
二度とナチスなるものを復活させない決意の表れだ。

市民もナチスを許さない。
ベルリン特派員だった時、ネオナチの集会に対抗する市民が、デモで道をふさぎ、半ば実力で阻止するのを、何度も目にした。
普段は厳しく批判し合う保守系とリベラル系の政治家も、肩を組む。
徹底したナチスとの断絶こそ、国際社会でドイツが信用を得る基盤だ。

だとすれば、麻生氏が、日本の憲法改正をめぐり、
「あの手口を学んだらどうか」と、ナチスを引き合いに出したことは、
「民主主義の価値観を共有する」と宣言する日本の立場に、重大な疑問をもたらす。
ナチスの『闇と炎』は、今も生々しい傷だ。
それを知るなら、ワイマール憲法がナチスによって踏みにじられたことを、「誰も気づかないで変わった」と言えるばずがない。

麻生氏は発言を撤回し、政府は「ナチス政権を肯定的に捉えることは断じてない」との答弁を、閣議決定した。
当たり前のことを、あえて確認せざるを得ないのは、不信感を意識する裏返しだ。
野党に責任を問う力は乏しく、与党側には乗り切った感さえ漂う。

だが、その姿全体もまた、日本は本当に、民主主義のパートナーたり得るのかとの疑問を強めるだろう。
そのような政治を許すことで、傷つくのは日本の国益だ。




「ゲン」制限撤回 手続きのみ問題視
【東京新聞・夕刊】2013年8月27日

知る権利 踏み込まず

松江市教委

漫画『はだしのゲン』をめぐる松江市教委の閲覧制限は、学校への教育行政の指導が、どこまで許されるのかという、重い問題を突き付けた。
学校の自主性を尊重した、要請撤回の判断は妥当だが、なぜ撤回しなければならなかったかについては、議論が尽くされたとは言えない。

市教委が問題視したのは、意思決定のプロセスだった。
法に触れないとはいえ、図書館の運営権を持つ学校に対し、熟慮せず、二度も閲覧制限を要請した市教委事務局の姿勢は、撤回の論拠とはならなかった。
強制力を感じた多くの校長が、要請に従った事実もある。

「過激な描写を踏まえた教育上の配慮」と、制限の理由を説明し続けた市教委。
しかし、ある幹部は、「ここまで大きな問題になるとは……」と漏らした。
全国から批判が相次いだ後、子どもの知る権利と表現の自由を侵す可能性のある閲覧制限の重みに、初めて気付かされたという。

市教委事務局は「重要事項は教育委員に諮る」とする規則があるにもかかわらず、内部協議だけで、閲覧制限を決めていた。
この価値判断の甘さにも問題があった。
戦争体験者が高齢化する今、戦争の記憶をどう継承するのか、というテーマも問い掛ける。
戦争を知らない子どもたちが、多様な図書を読む機会を保障するべきではなかろうか。
作品全体の文脈を軽視し、一シーンの表現を過剰に規制する動きが、学校現場に広がってはならない。
(樋口浩二)

「撤回は当然」「根拠に不満」傍聴の市民ら

「撤回は当然」
「最後で踏みとどまった」
26日開かれた松江市の教育委員会議。
傍聴した市民らは、撤回の結論を評価する一方、手続き上の不備のみを根拠としたことに、不満の声も上がった。

市役所3階の部屋には、会議が始まる1時半前から、市民らが集まり始め、約40人が席を埋めた。

会議を傍聴した、東京都杉並区の永田浩三さん(58)は、
「結論は、最後の最後で踏みとどまったので、一歩前進。
ただ、手続き上の問題ということだけで終ってしまったのが残念だ」と話した。

会議終了後の記者会見でも、質問は、結論の根拠に集中。
「閉架自体については、良い悪いという立場では全くない」
内藤委員長は、あくまで、教育委員に諮ることなく、閉架を要請した手続き上の問題だったと強調した。

「撤回は当然」と受け止めた松江市の女性(43)は、
「子どもが何を読むかを、お上が制限したのはしゃくに障る。
今度もこういうことが起きるかと思うと、すっきりしない」と、語気を強めた。


「早く読めるように」作者中沢さんの妻 安堵

市教委は、閲覧制限の撤回を決めたことを受け、作者中沢啓治さんの妻ミサヨさん(70)は、
「うれしい。早く子どもたちが、読みたいときに読めるようにしてほしい」と、安堵した様子で語った。

「ゲン」について「戦争や原爆の実態を伝え、平和の尊さを知ってほしいという思いで(中沢さんは)描いた」とミサヨさん。
教育関係者に対し、
「その意図をしっかりつかんで、こういうことが繰り返されないようにしてほしい」と訴えた。


現場異論出たのか

教育評論家・尾木直樹さんの話

市教委事務局は、安易に要請したのだろうが、学校側から、「現場ではこう工夫している」などの異論が出なかったとすれば、そのことが問題だ。
感想を語り合うなどすることにより、不安や怖さを共有し合えば、深刻な心の傷を避けることができる。
ただ、手続きに問題があったとする市教委の今回の決定は、政治問題化を避ける意味でも、大人の判断だった。


閲覧制限問題の経過

2012年4~5月
漫画『はだしのゲン』を、学校図書館から撤去するよう、男性が、松江市教育委員会に、計3回要求

8月24日
作品を学校図書館から撤去するよう、同じ男性が、市議会に陳情

10月16日
市教委が、市立小中学校の全校長を対象に、作品の利用状況と感想を求めるアンケートを実施

11月26日
市議会教育民生委員会で、陳情が不採択になる

12月5日
市議会本会議で、陳情が不採択になる

12月17日
市教委事務局が、校長会で、各校に閲覧制限を要請

2013年1月9~10日
「現場で対応が分かれる」と、学校側から指摘があり、市教委事務局が再度、校長会で、閲覧制限を要請

8月16日
問題が表面化

8月19日
市教委が、全校長を対象に、作品の利用状況と対応に関する意見を求めるアンケートを実施

8月22日
教育委員が、定例会議で問題を協議し、結論を持ち越す

8月26日
教育委員が、臨時会議で再協議し、制限要請の撤回を決定

↑以上、書き起こしおわり

わたしらは今、武器こそ持ってはいないけど、戦いの真っただ中にいる。
あちこちで、卑怯な作戦を立ててる輩
コメント (2)

大平洋全滅の危機を招いてる国の官房長官は言いました。「五輪の東京招致には影響はないと考えている」

2013年08月27日 | 日本とわたし
東京新聞、こちら特報部『世界が注目 政府と落差』の記事を紹介させてもらいます。

世界最悪最大の原発事故を起こし、大平洋を全滅させてしまうかもしれんと、世界中から危惧されてる国の政府が、
五輪招致のみならず、原発輸出を成長戦略のひとつと考えてて、
汚染水漏れの記者会見の場で、マイクを通して、国家の官房長官がこう言うた。

「五輪の東京招致には、影響はないと考えている」

終ってるし……。



世界が注目 政府と落差
【東京新聞・こちら特報部】2013年8月27日

原発汚染水の海外報道

「五輪の東京招致には、影響はないと考えている」

福島原発事故での汚染水漏れで、菅義偉官房長官は26日、こうコメントした。
五輪招致のみならず、政府は、原発輸出を成長戦略のひとつに位置づけているが、
海外メディアの視線は、対策が見通せない汚染水漏れと東電、政府の事故対応に注がれている。
(小倉貞俊、林啓太)

英BBC「認識よりはるかに危ない」

「日本国民の怒りを再び呼び起こしたのみならず、海外諸国からも憂慮されている」。
21日付英紙ガーディアン(電子版、以下の各紙なども同じ)は、汚染水問題についてこう記し、世界的に関心が集まっていることを伝えた。

汚染水問題では、今月7日、政府が、
「汚染された地下水の海への流出量は、1日300トンに上る」との試算を発表した。
さらに、汚染水タンクからの漏れも発覚。
原子力規制委員会は、事故の深刻度を表す国際的な事故評価尺度(INES)で、
「重大な異常事象」であるレベル3への引き上げを検討している。
抜本的な解決策は、見いだせていない。

英BBC放送は22日、
「2年前にメルトダウン(炉心溶融)が起きて以来の、深刻な状況」と表現。
「複数の原子力専門家たちは、東京電力や日本政府が認めたいと思っているレベルより、はるかに危ない状況と懸念している」と論じている。

英紙インディペンデントも20日付で、
「日本政府は、原発閉鎖の費用や複雑さを過小評価し、東電も、問題を組織的に隠してきた」という、専門家の言葉を紹介した。

米紙ウォールストリート・ジャーナルは22日付で、
「汚染水漏えいの背景には、もっと深刻な問題がある。
東電は、原発内の冷却水の流れを制御できなくなり、状況が悪化している」と指摘。
事故以来、最悪の危機に直面している、とした。

米誌ネーションは19日付で、
「最初に問題を否定し、対応が遅れる。
その末に、事実を認めて謝罪する。
こうした東電の対応は、よくあることになってしまった」と指摘。
「汚染水漏れが続く福島原発が、心配の種であることは、容易に忘れ去られる。
現場の映像がほとんど提供されないことなどが原因で、関連報道がほとんど注目されていない」


独紙「また東電うそ暴かれた」

脱原発の方針を決めているドイツはどうか。
7日付の独紙フランクフルター・アルゲマイネは、
「東電は6月、外国人ジャーナリスト向けの現地説明で、
『原発事故は管理下にあり、まったく危険はない』と言っていた。
しかし、放射能に汚染された水が、大平洋に流れ込んでいた。
東電はこれまでも、うそをついては暴かれた。
一体、何を学んできたのか」と非難。
「東電のうそが、原発政策を進めようとする安倍首相を、苦境に立たせている」と論評した。

25日付の韓国紙の中央日報は、
「日本の食品恐怖に、積極的に対応すべきだ」と題した社説を掲載。
韓国内で、日本からの輸入食品の不安が膨らみ、「ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)では、放射能怪談が絶えない」と報じた。

韓国政府に対しては、
「徹底した検疫を通じ、国民の不安感を解消するべきだ」
「日本政府が事故情報を隠し、縮小していなかったか、細かく確かめ、対策を促さなければいけない」と訴えた。

海外メディアの強い懸念と、諸課題のひとつと捉える、政府の対応の温度差は、拡大する一方だ。


コメント (6)

6年後、大平洋全域を汚染させてしまう国の、危機感の欠如の凄まじさ。オリンピック招致は最たる愚行!

2013年08月27日 | 日本とわたし
福島第一原発の高濃度汚染水の漏出問題が、世界的規模の脅威となっている現状についての、カレイド・スコープのハリマオさんの記事の紹介と、村田元スイス大使のお話を文字起こししました。

ドイツのシミュレーションでは、福島の汚染水で太平洋は終り



上の画像は、ドイツのキールの海洋研究所(GEOMAR)が、2012年7月6日に発表した、福島第一原発からの放射能汚染水の海洋拡散シミュレーション。
左上の「891」という数字は、海洋に漏れ出してから経過した日数。
つまり今日(8月21日)。




上は、2,276日目の、太平洋の汚染状況。
今から3~4年後には、北米大陸西海岸すべてが、高い濃度の汚染水で覆われることを示しています。

しかし、東電は、キール海洋研究所が前提にしていた数字より、ずっと高い濃度と、ずっと多い量の放射能汚染水が、3.11直後から太平洋に流れ出していたことを、選挙が終ってやっと認めたのです。

このキール海洋研究所のシミュレーションは、「まだまだ楽観的」だということです。


世界は日本の責任を追及するだろう

福島第一原発からの汚染水の海洋流出は、太平洋を死滅させようとしています。

米国GE社の元「沸水型原子炉の安全性研究のヘッド」だったリチャード・レーヒー(Richard Lahey)氏は、
「もし、再度の水素爆発が起こらなかった場合、汚染水の海洋流出が、もっとも世界にとって深刻な事態となる」と、2011年3月29日のガーディアン紙のインタビューで指摘しています。

彼は、東電から出てきた数枚の写真だけを見て、こう判断したのです。

ガーディアン紙の記事の翻訳は、「GEの専門家は「別のスケールの惨事」になる可能性を指摘」に書いてあります。

「気がかりなのは、格納容器から外に水が漏れ出していることだ。それが高い放射能の濃度を持っている、ということ。
それが炉心から漏れ出している、ということ。
現時点では、チェルノブイリ規模の惨事にはならないと思われるが、『別のスケールの惨事』になることは考えられる」。

リチャード・レーヒー氏の分析は、すべて正しいかったのです。
ただ一点だけ難があるとすれば、『別のスケールの惨事』に「」をつけなかったことだけです。

それに反して、日本側の連中…東電も経産官僚も、エネ庁も、安全委員会も、保安院も、文部科学省の官僚も、政治家も、御用学者も、経済界も、
日本の原子力産業の中心にいた人々は、対策を講じる代わりに、事態を矮小化し、国民を被曝させることによって、
「何事もなかったかのように」取り澄ました顔をしてきただけ
でした。

彼らがいかに、無能で犯罪的な人間であるか、この大規模で止まらない汚染水漏出が、完膚なきまでに証明したのです。
彼らは紛れもなく、国家的、いや国際的な犯罪者です。


BBC、CNN他、海外のメディアは「緊急事態」と認識しているが、日本は…

ベストセラー、(株)貧困大国アメリカの著者、堤未果氏のラジオ番組に、元駐スイス大使の村田光平(みつへい)氏が電話出演して、
福島第一原発の高濃度汚染水の漏出問題が、世界的規模の脅威となっている現状について語っています。

(*まうみ注・ここに掲載できないので、文字起こししました)

↓以下、文字起こしはじめ

J-WAVE JAM THE WORLD
堤未果 x 村田光平「廃炉実施計画の認可」2013.08.14

堤未果氏:
今日、8月14日、原子力規制委員会は、東京電力が提出していた、福島第一原発を廃炉にするための実施計画を認可しました。
当初より5ヵ月遅れとなったこの認可について、元スイス大使、村上光平さんに伺います。

堤氏:
村田さん、今回の、5ヵ月遅れの廃炉計画の認可なんですけど、まずこのニュース、どんなふうにごらんになってますか?

村田光平氏:
そもそも、今の事故処理の対応に、大変満足しておりません。
と申しますのは、再稼働、原発輸出に見られるように、倫理不道徳なところが目立っているわけです。
そういう意味では、廃炉そのものにつきましても、アメリカの規制委員が日本のテレビで発言しましたように、
溶解した燃料棒の現状を把握しないで、行程表を立てることはそもそも無理だと断言しているわけです。

堤氏:
燃料棒の現状がはっきりしていないのに、廃炉の行程を立てるのはそもそも不可能であると、いうことですね。

村田氏:
はい、さようでございます。
そして、事故処理の体制ですが、今だに、東電にかなり頼りきっている状況が残っておりまして、
やっと汚染水問題で、国が資金を出すというようなことを言い出しましたが、
本来、国が全面的な責任を負う、要するに、事故処理の国策化、全面的国策が不可欠だと、そのように私は確信しております。

堤氏:
東京電力という一企業にすべて依存するのではなくて、国をあげてやるべきだと。

村田氏:
そういうことですね。

堤氏:
今のような依存している状態で、国が一部、補助金を出すという話はしましたけれども、
この中途半端な状態で廃炉の行程を進めるというのは、何が一番問題になるんでしょう?

村田氏:
そもそも、世界がもう騒ぎ出しました。
つい数日前に、BBCは、今の現状をEmergency、緊急事態であると申しておりますし、CNNなども大きく取り上げておりますし、
そういう意味ではこの、海水の汚染の問題は、これは地球的な規模の問題ですから、いわゆる国際的な戦略があるとよく言われますが、
それは、福島事故が無かったことにしようと、あたかも無かったかのようにしようと、世界が動いているわけです。
しかし、これを目覚めさせる(訂正させる?)のは、地球的規模で広がる、この汚染水問題ですね。
そういうことがありますので、現に世界は騒ぎ出しているわけです。

堤氏:
なるほど。これはそういうことも、国レベルで対応しなければならない事態であると、いうことですよね。

村田氏:
そして、日本にとりまして非常に重大な側面があります。
それは、日本は、経済的、排他的水域ですね、EEZと言いますが、この二百海里の水域の権利を主張するためには、
その水域の適切な管理が条件とされるわけです。
この汚染水が広がれば、適切な管理はされてないと見なされて、その権利を失う可能性が排除されないわけです。

堤氏:
日本の海域の権利も失う、ということになるということですね。

村田氏:
そうです。

堤氏:
今回の、規制委員会が認可した、廃炉実施計画の中に、放射性物質が漏洩した場合の周辺環境への影響対策っていうのが入っているんですね。
そうするとこれは、現実的には非常に厳しいというふうに見てらっしゃいますか?

村田氏:
そもそも一般的に、もう市民グループの間ではよく指摘されておりますように、
放射能の害につきまして、矮小化の試みが為されてきているわけです。
そういう意味では、今の体制そのものが不十分だと思っております。

堤氏:
今、毎日、数百トンの汚染水が流出している状態なんですが、この状態下で廃炉の実施計画というのは、そもそも現実的に可能なんでしょうか?

村田氏:
それは不可能だと思いますね、素人が考えても、不可能だと言えると思います。
この問題の処理無くして、しかもこの、汚染水問題の解決の目処がたってないわけですね。
そういう意味では、非常に細かい部分について議論する意味が無いんではないかと、そのようにさえ思えます。

堤氏:
そうすると今、放射性物質が海洋に流出している中で、他の国も巻き込んできているわけですよね。
それで、村田さんがおっしゃるように、国レベルで動くということになりますと、
例えばそれは、世界中の専門家を集めるとか、そういったもう少し大きな対応が必要になってくるということなんでしょうか?

村田氏:
総論としては、世界の叡智を集めるということは政府も認めているんですが、現実にまだ、具体化していないわけなんです。
チェルノブイリの例では、3万人の軍隊、そして30万人の作業員を動員して、7ヵ月で例の石棺を造り上げたわけです。
日本は、放射性物質が今だに出っ放しで、しかもその放出量について、正確な数字を発表しないわけです。
1年以上続けて言い続けてるのが、毎時1千万ベクレル、それだけなんです。
そんなはずは有り得ないんです。もっともっと出てるはずです。

堤氏:
これは、東京電力が出している数字であるとすると、さっき村田さんがおっしゃったように、
一企業に正確に計測させている、ということも、そもそも現実的なんでしょうかね?

村田氏:
そもそも今の汚染水は、事故当初から漏れているということを、つい最近、東電は認めたわけです。
そしてそれがしかも、400トンというところまで認めたわけです。
それを政府は、300トンというふうに減らして発表しておりますけれども、
そしてその2年半有余、流出されてる状況を、政府は放置したわけです。
この責任は大きいと思います。

堤氏:
そうすると今、日本政府が真っ先にすべきことというのは、なんでしょうか?

村田氏:
やはり、この事故再処理体制を、全面的に国策化しなければならないと思います。
そしてそれを、国際社会は求めてくると思っております。

堤氏:
そうすると、このまま例え、政府が中途半端なやり方を続けたとしても、これから世界が黙っていない、ということになりますね。

村田氏:
それは当然ですね。
被害はこれから、全世界に及び出しているということが、汚染水問題によって認識されたわけです。

堤氏:
そうなると村田さん、世界の他の国から、海はつながっていますから、例えば賠償金の問題ですとか、そういったこともこれから出てくると。

村田氏:
はい。すでに、キールの海洋研究所は、昨年の7月に、予想される影響というものを研究発表しているんです。
これは、インターネットでご覧になれます。
6年後には、全世界に広まっておるんです。

堤氏:
6年後に、全世界に?

村田氏:
はい。海洋の全世界にですね。
そして、そういう中で新たにこのほど、東電が、さらに大きな放出量があったことを認めたわけです。
従いまして、私はこのキール海洋研究所と連絡を取り合っていますが、今、緊急の作業を始めております。

堤氏:
キール海洋研究所が、そうするとこの、試算をもう一度シュミレーションし直している、ということでしょうか?

村田氏:
そういうことです。それを今、大至急やる(スパコンを使った新しいシミュレーションを出す)と言ってきております。

堤氏:
もしその、正確な新しい試算が出た時に、日本としては、どういった対応をすべきでしょう?

村田氏:
それまでに、先程の、事故の処理の国策化ということを真剣に考えて、具体的な策をどんどん打ち出していかなければ、世界は納得しないんではないかと思っております。

堤氏:
今でき得る限りの技術を使って、汚染水流出を止めるということですかね?

村田氏:
そういうことですね。
例えば今やっている、備忘(?)策的なことを、これじゃダメだという声が、外国からどんどん届いてきておりますね、アメリカをはじめ。

堤氏:
そうですね。
そういったことに耳を傾けて、まああの、日本国内でも、例えばタンカーに移して、柏崎刈羽に移した方がいいとかいう声も、ずいぶん政府には届けていたみたいなんですが、そういうことは起きてないわけなんですね?

村田氏:
すべて、この財政問題を理由に、資金不足を理由に、いろんなアイディアを、関連下請け会社などが東電に上げても、
財務改善アクションプログラムによって蹴られてきた、というのが現実のようでございます。

堤氏:
なるほど。
でも、このままいくと、最終的に、海外からの賠償も含めて、もっとマイナスが大きくなるということですね?

村田氏:
そうですね。
さきほど言いましたように、EEZ、排他的水域の問題もありましょうし、由々しき問題がいろいろあるわけです。
そういう中で私が、一番危機感を持っているのは、日本における危機感の欠如です。
そしてこれは、関係者の方々の努力を思えば、言うことは非情に心苦しいんですが、
この、オリンピック招致問題につきまして、最近多くの方々が、これは辞退すべきではないかと。
安心安全を、実質的に保証できないところに、どうして呼べるかと、そういう声がどんどん高まってきております。

堤氏:
そうですね、オリンピックで建設ラッシュなんて言われてますけれども、
一方で、この現実が無視されているということも、深刻に考えなければいけないということですね。

村田氏:
福島事故の教訓は、原発というものが、核兵器に劣らず危険なものであるという認識が今、どんどん世界に広まっているわけです。
そういう中で、アメリカ自身もその認識を深めて、今年3月11日には、新しい原発建設を却下しましたし、それ以後すでに、3件新たに廃炉を決めておりますし、
今後はもう、経済的に原発建設は無理であろう、ということが言われております。
そういう中で、このあいだ、アメリカのルース大使が、広島・長崎に行かれましたが、
今度オバマ大統領が日本にみえた際には、広島・長崎にも行かれると、いうような見通しを述べておられましたが、
非常にですね、核廃絶の問題につきまして、私は、オバマ大統領は真剣に考え出していると思います。
そして、その理想の大統領、ケネディの娘さんの、キャロライン・ケネディが、大使として任命されたこと、
これは、私は『母性文化の大使』と称しているんですが、大変大きな意味を持っていると思っております。

堤氏:
わかりました。
村田さん、大変貴重なお話を、どうもありがとうございました。

村田氏:
どうも、失礼いたしました。
 
堤氏:
福島第一原発を廃炉にする実施計画の認可について、元スイス大使の村田光平さんにお話を伺いました。

↑以上、文字起こしおわり

↓以下、カレイド・スコープからの転載つづき

(カレイド・スコープ管理人)

もちろん、東京オリンピックなど、ありえない

《セシウム137の海洋への拡散シミュレーション》

キール研究所のシミュレーションは、あくまでも、セシウム137だけを対象にしたもので、セシウム134、ストロンチウム90、トリチウムなど、他の核種は考慮に入れていません。

ドイツのキール研究所のホームページは下のリンク。
http://www.geomar.de/

2012年7月6日発表の、シミュレーション等のデータのあるページの、
http://www.geomar.de/news/article/fukushima-wo-bleibt-das-radioaktive-wasser/

下のほうにある、
Animation der Ausbreitung des kontaminierten Wassers.
をクリックしてダウンロードします。
47.9MBあるので、少し時間がかかります。

ダウンロードした動画を再生しているときは、左上に「after release」と表示されたままですが、静止画キャプチャーを取ると、経過した日にちが、ちゃんと表示されています。

キャプチャーを簡単に取りたいなら、GOM player(無料)などのフリーソフトを、DL→インストールしてください。

こちらは、英語の解説付きページ。
動画を速くダウンロードできますが、軽い分、画質は粗いです。
http://iopscience.iop.org/1748-9326/7/3/034004/

下は、時系列のキャプチャー集。


・今から4年後には、北米大陸の西海岸を、べったり放射性物質が被います。
・10年後には、太平洋は終わります。

・今日現在の状況は、トップ画像にあります。

あくまでこれは、2012年7月以前に、キール研究所が試算した結果ですから、
東電が2013年7月22日に、当初から、それも大量の汚染水が、太平洋に漏れ出ていたことを認めた以上、このシミュレーションはやり直しです。
現実は、もっと酷い状況になっている、ということです。

こちらに、キール海洋研究所が、2012年7月にデータを公表したときの、詳しい解説があります。

そして繰り返しますが、あくまでセシウム137だけです。
半減期を考えると、太平洋の資源は「食べたくない」というか、「食べてはいけない

東電は、この画像にあるように、海側に遮水壁を建設する計画です。
完成は26年9月の予定ですが、こんなことでは、汚染水の流出を止めることはできない、ということがわかったのです。
抜本的に、計画の建て直しをやる必要があります。

東電は、昨日までは、「汚染水タンクから海に漏れ出ていない」と発表していましたが、
今日になって、「やっぱり海に流れていました」と訂正。
毎度のこと。

海洋汚染は、お盆休みも関係なしです。

太平洋の終り、日本経済の終わりが近づいているのに、安倍晋三、石原伸晃、茂木敏充らの三バカトリオは、フジテレビの会長とゴルフ三昧、
そして、愛人に入れ込んでいたというのですから、少なくとも、正常な人間の思考を持っていない人々なんでしょう。

↑以上、転載おわり


日本の経済的・排他的水域EEZのことに、考えが及んでなかった。
汚染は、東電や政府が発表してるように、薄められて拡散されていくのではなく、地表と同じく留まって、「海のホットスポット」があちこちにできることも解明されてる。
太平洋で希釈されず、北米西海岸では日本の10倍

ほんま、なにがオリンピックや。
汚染水問題が暴露されてからは、旅行にのほほんと1週間行くのかて、水や食べ物の心配してる人だらけやというのに。
そんなとこに、800人もの人間を動員して、飲み食いさせてる金があるんなら、被災地の問題解決に使え!汚染水対策に使え!
費用をケチって、素人でも疑問に思うようなええ加減な工事したり物造ったり……。
日本はそこまでボケやったんかと、今では世界のあちこちで、開いた口が塞がらん人が続出してる。

収束宣言を撤回し、オリンピック招致を辞退し、緊急非常時宣言を出せ!
今すぐに!
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小泉元首相の、やたらと調子のええ『原発ゼロ節』を読んで思たこと

2013年08月26日 | 日本とわたし
山田孝男さんが書いてはる『風知草』というコラムが、今朝のツィッターで流されまくってた。
題して『小泉純一郎の「原発ゼロ」』

え???

なんかなあ……スッと受け入れられへんのはなんでやろ。
TPPかな?
これまでも、折に触れて脱原発を発信してきたって……ほんま?
そもそも、なんで今なんやろ?
わからんわからんわからん。
そらね、コラムの中での彼の発言は、原発廃棄を訴えてるわたしにも、小気味良かったわ。
けど、小気味良すぎて、かえってほんまのことには思えんわ。

ちゅうか、本気ならまず、日米原子力協定をなんとかして。
日本が原発ゼロにしようがしまいが、核兵器やの使用済み核燃料の始末やの、どうしようもないもん全部押し付けられ続けるねんから。

一応、参考に。


『BLOGOS』の2011年11月19日に載った、天木直人氏の記事から、ちょっと抜粋させてもらいます。

TPPに賛成する小泉進次郎を軸とした政界再編の臭い

前略

財界は今でも、小泉純一郎の食い扶持の面倒を見ているほど、小泉父子とは対米従属で一致している。

そこに、政界再編の臭いを感じ取る。

小泉純一郎が親ばかを覚悟で、息子を世襲議員にしたまではよかったが、野党暮らしでは意味がない。

そして、今の自民党にとどまる限り、小泉進次郎の将来はない。(これは2011年11月現在のこと)

政権政党の議員にならない限り、世襲した甲斐はない。

今のままでは、自民党の政権獲得は困難であり、たとえ政権をとっても、長続きする保証はない。

安定政権の唯一の可能性は、自民と民主をTPP賛成(対米従属)と、慎重対米自立、アジア重視)の二つに割って、
TPP賛成の対米従属「みんなの党」を取り込んで、TPP賛成政党で過半数をとることだ。

それを、財界、官僚、メディアが応援する、ということだ。

そうなれば、TPP反対の自民、民主の議員たちは吹っ飛んでしまう。
もちろん小沢もだ。
共産党、社民党、国民新党などは消えていく。
公明党はいつもの通り、政権政党と連立を組む。
数合わせの雑魚議員は皆、ひれ伏してついてくる。

私が小泉純一郎であればそう考える。

もっともわかりやすい、政界再編のシナリオである。


と、この内容を頭の隅っこに置きながら、これから書き起こした記事を読んでみてほしい。



小泉純一郎の「原発ゼロ」
【風知草】山田孝男

脱原発、行って納得、見て確信ーー。

今月中旬、脱原発のドイツと、原発推進のフィンランドを視察した小泉純一郎元首相(71)の感想は、それに尽きる。
三菱重工業、東芝、日立製作所の原発担当幹部とゼネコン幹部、計5名が同行した。
道中、ある者の幹部が、小泉にささやいた。
「あなたは影響力がある。考えを変えて、我々の味方になってくれませんか」
小泉が答えた。
「オレの今までの人生経験から言うとね、重要な問題ってのは、10人いて3人が賛成すれば、2人は反対で、
後の5人は『どっちでもいい』というようなケースが多いんだよ」
「いま、オレが現役に戻って、態度未定の国会議員を説得するとしてね、『原発は必要』という線でまとめる自信はない。
今回いろいろ見て、『原発ゼロ』という方向なら説得できると思ったな。
ますますその自信が深まったよ」

3.11以来、折に触れて脱原発を発信してきた自民党の元首相と、原発護持を求める産業界主流の、さりげなく見えて真剣な探り合いの一幕だった。

呉越同舟の旅の伏線は4月、経団連企業トップと小泉が参加したシンポジウムにあった。
経営者が口々に、原発維持を求めた後、小泉が「ダメだ」と一喝、一座がシュンとなった。

その直後、小泉は、フィンランドの核廃棄物最終処分場『オンカロ』見学を思い立つ。
自然エネルギーの地産地消が進むドイツも見る旅程。
原発関連企業に声をかけると反応がよく、原発に対する賛否を超えた視察団が編成された。

原発が『トイレなきマンション』である。
どの国も、核廃棄物最終処分場(=トイレ)を造りたいが、危険施設だから引き受け手がない。
『オンカロ』は世界で唯一、着工された最終処分場だ。
2020年から一部で利用が始まる。

原発の使用済み核燃料を10万年、『オンカロ』の地中深く保管して毒性を抜くという。
人類史上、それほどの歳月に耐えた構造物は、存在しない。
10万年どころか、100年後の地球と人類のありようさえ想像を超えるのに、現在の知識と技術で、超危険物を埋めることが許されるのか。

帰国した小泉に、感想を聞く機会があった。

ーーどう見ました?

「10万年だよ。300年後に考える(見直す)っていうんだけど、みんな死んでるよ。
日本の場合、そもそも捨て場所がない。
原発ゼロしかないよ」

ーー今すぐゼロが暴論、という声が優勢ですが。

「逆だよ、逆。
今ゼロという方針を打ち出さないと、将来ゼロにするのは難しいんだよ。
野党はみんな、原発ゼロに賛成だ。
総理が決断すりゃできる。
あとは知恵者が知恵を出す」
「戦はシンガリ(退却軍の最後尾で、敵の追撃を防ぐ部隊)がいちばん難しいんだよ。撤退が」
「昭和の戦争だって、満州(中国東北部)から撤退すればいいのに、できなかった。
『原発を失ったら経済成長できない』と、経済界は言うけど、そんなことないね。
昔も『満州は日本の生命線』と言ったけど、満州を失ったって、日本は発展したじゃないか」
「必要は発明の母って言うだろ?
敗戦、石油ショック、東日本大震災。
ピンチはチャンス。
自然を資源にする循環型社会を、日本がつくりゃいい」

もとより脱原発の私は、小気味よく聞いた。
原発護持は、小泉節といえども受け入れまい。
5割の態度未定者にこそ、知っていただきたいと思う。
(敬称略)

↑以上、書き起こしおわり

書き起こしてる間に、どんどん虚しくなってきた。
やっぱりこの人、調子のええことポンポン言うけど、中身に具体性も決意も無いわ。

ただひとつ、総理に『脱原発』を決断させたるっちゅうのなら、その件だけは支持する。

けど、その前に、米国との協定の廃棄。
それ無しで調子のええことだけ言わんといてもらいたい。

追記
原発推進といわれてるフィンランドやけど、日本のノリで考えん方がええと思う。
↓これは、ずっと前に、どっかの新聞の記事で読んだもの。
そこからほんの一部やけど、抜粋して載せときます。

「原発推進の旗手」というイメージのその国を初めて訪れて、強い印象を受けたことが二つある。
使用済み燃料の再処理はしないと、とっくに決めていること。
そして、使用済み燃料は輸出も輸入もしないとまず決めて、そこから国内での最終処分場探しを始めて、場所決定に至っていることだ。
関係者の話を聞くと、「推進」でも「脱」でもない、現実主義者の像が浮かび上がってきた。


人類が生んだ、最も危険な、廃棄物の最終処分場「オンカロ」を知っているか?

私たち人類には、このまま原発を一生稼働させても、仮に原発をやめ全廃しても、絶対に解決しなければならない問題が残されている。
それは、放射性廃棄物の処分問題だ。
現在のところ、きわめて安定した地層の地下深くに格納するのが、唯一の解決法とされている。
こうした中、世界で初めて、フィンランドが、格納場所を決定し作業が進んでいる。
「オンカロ」と呼ばれるその施設は、フィンランドのオルキルオト島に存在する。
フィンランド語で「隠し場所」を意味する、世界で唯一の、高レベル放射性廃棄物の最終処分場だ。

「オンカロ」は、地下およそ520メートルの深さまでトンネルを掘り、そこから横穴を広げ、放射性廃棄物を処分していくという。
2020年までに運用を開始し、その後2120年頃までの100年間にわたり、埋設処分に利用される予定となっており、
100年後に施設が満杯になった後は、道を埋めて完全に封鎖する。

使用済み核燃料に含まれるプルトニウムの半減期は、2万4000年。
生物にとって安全なレベルまで放射能が下がるには、およそ10万年の月日を要するという。
それまでの間、10万年にわたって、「オンカロ」は地下に封鎖され続ける。

「オンカロ」は、廃棄されたものを無害なものに処理するとか、何かするというものではなく、
安全に隔離し、少しづつ放射性廃棄物の危険が弱くなっていくことを待っているだけ。
ただ、そこに隠しておくだけの施設だ。
安全に隔離しておくというと聞こえは良いが
「今は処理できる技術はないけど、将来研究が進めば処理できるよね?」
「そうだね」
「たぶん誰か考えてくれるよ」といった具合に、10万年後の人類に責任を押し付ける施設ともいえる。

そんな「オンカロ」だが、日本には存在しない。

青森県の六ケ所村に、中間貯蔵施設があるが、最終的に放射性廃棄物の処理をする施設ではない。
「オンカロ」に携わった学者たちは、
不安定で地層処理のできない日本は、最終廃棄物処理場が作れない国だ」と述べたという。

「現在の科学では、放射性廃棄物の処理は地層処理しかない、といわれているが、
地層処理場ができないのに、原子力を持っている国である日本は、火山があり地震があり、常に地層が安定しない
中華料理の回転テーブルの上に、放射性廃棄物を置いたようなもので、いつ動くか解らない
日本は、そういう状況にあるのだという。
続けても、全廃しても、大きな壁が立ちはだかる私たち日本
最終的な選択肢は、
どこかの外国にお願いする」か、
高レベル放射性廃棄物を、無害なものに処理できる技術」を研究するしかない……。

「反原発デモ」が、解決策のないただのワガママとなってしまわないよう、
世界で唯一、「高レベル放射性廃棄物を無害なものに処理できる技術」を、持つ国になって欲しいと願う。

↑以上、転載おわり


*付け足し
実は昨日、ここまで書いて寝た。
今朝起きて、この記事を読んでくれはった人たちからの、短い感想を読んで気がついた。
この、上記に載っけたオンカロに対する記事の最後の文章、「反原発デモ」が解決策のないただのワガママとなってしまわないよう、というのに、
書きながらなんか、うん?と思た自分を思い出した。

原発を反対する。
日本のすべての原発を廃棄し、核燃料の冷却に一日も早くとりかかり、次の巨大地震に備える。
そのことを訴えていく運動に、高レベル放射性廃棄物の無害化技術をセットにせなあかんやなんて、いったいどこまで人任せなん?

ぺてんうるふさんという方がこんなふうに言うてはった。
ワガママは「処理方法がないから核廃棄物を増やすな」という脱原発派ではなく、「処理方法はないけどもっと核廃棄物を増やせ」と主張する原発推進派だろう。

100年、10万年とか、自分の生きてるうちに解決しようがないだけやなく、とんでもない危険を強いる物を押し付ける無責任さが生み出すものは、
地球破壊や傷害、ひどい時には致死に至る犯罪やないのか?

世界で唯一、「高レベル放射能廃棄物を無害なものに処理できる技術」など、持てるもんならもうとっくの昔に持ってる。
これだけは、どんだけ人類が望んでも、必死で取り組んでも、叶わんことやったと認める勇気と常識と責任感を持つしかない。
オンカロを日本の国土に作るわけにはいかんのやから。
こんなちっちゃい領土に、しかも地震大国に、世界で3番目に多い数の原発を建てた無責任と非常識。
これは、世界に向けてどんだけ謝っても悔いてもキリが無い愚行。
せめて、すでにそのうちの4基が大事故を起こし、地球を汚して迷惑かけてる国として、
「目が覚めました。原発はすべて廃炉にし、すみやかに燃料の冷却と安全な状態にして保管することに全力を尽くします」
と宣言できるまともな首相が現れて、その通りのことが実現されるまで、反原発運動をやめるわけにはいかん。
それが、原発を、札束でひっぱたかれながら受け入れてきてしもた、あるいは自らすすんで受け入れてきた人らと同じ国に暮らす(暮らしてた)人間としての想い。
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夏のおわりのひとりごち

2013年08月26日 | ひとりごと
気功瞑想の先生ミリアムから、門のところに咲いてる朝顔の写真を撮って欲しいと頼まれてた。
行くのがちょっと遅すぎたのか、花の盛りはもう終ってて、葉っぱにも花にも、ちっちゃい虫食いのあとが点々とついてた。


この花の種を、去年の秋口に、ちょいと失敬してあったのに、今年は蒔く時期を逃してしもた。


なんともいえんきれいな紫なんやけど、それがうまいこと撮れんのが残念無念……。




などとしかめっ面しながら、あれこれ操作してたら……、


ピクリとも動かん野うさぎくん。
車のドアを開けたりしてみたけど、それでも全く動じない。
いったいキミは、どこ見てんの?目のつき具合からすると……わたしやがな!恐ないん?


さて、いきなりけったいなことを聞きたいのやけど、夫婦のみなさん、普段、どんな話をしてはりますか?


うちの旦那、最近特に、家に戻ってきたら、仕事の話(できる範囲内の)と、自分が買うてきて飲もうとしてる、あるいは飲んでる最中のワインの話しかせえへん。


いやもう、退屈っちゅうたらない。
これって、20年以上も一緒にいて、子どもらも巣立ってしもたら、しゃあないんやろか……。
まあでも、年がら年中、原発事故基の様子や汚染の状況とかをしゃべるのもキツいし。
そうかというて、高校生のカップルみたいに、なに話してたかて楽しいっちゅうのはもう、遠の昔に過ぎてしもた。
まあ、自分以外の人と、こんだけ長いこと、しかもほぼ朝昼晩、顔を付き合わせてるっちゅうのも初めてのことなんやし、
焦らんと、望み過ぎんと、ぼちぼちやっていくしかないんかも。

夏のおわりの独りごち……。
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