ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

「患者数だろうと失業者数だろうと死者数だろうと、数字だけでは新型コロナの影響を推し量ることはできない。彼らは単なるリスト上の名前ではない。彼らは我々だ」

2020年05月25日 | 世界とわたし
今日のニューヨークタイムズの一面に、新型コロナウイルスによる死者の約千人の名前と享年、そして一言紹介が載せられました。
アメリカ全土の新型コロナウイルスによる死者が10万人を超えてしまう日が近づいています。

「彼らは単なるリストの上の名前ではない。彼らはわれわれだ」
「患者数だろうと失業者数だろうと死者数だろうと、数字だけでは新型コロナの影響を推し量ることはできない。千人は全体のわずか1%にすぎない」

一言紹介には「厳しい仕事ぶりで知られる裁縫師」など、米国各地のさまざまな新聞に掲載された訃報を集め、まとめたものが載せられています。

世界各国の新型コロナウイルス感染者や死者の数には、国それぞれの政治事情や方針が影響しているので、どこまでが真実なのかはっきりわかりません。
アメリカの人口は3億2700万人、日本の人口の約3倍です。
アメリカの感染者数は約162万2670人、日本の感染者数は1万7262人、
アメリカの死者数は9万7601人、日本の死者数は833人。
どちらも100分の1になっています。
人口100万人あたりの感染者数は、アメリカが5000人弱、日本は131人。
人口100万人あたりの死亡者数は、アメリカが約300人、日本は6.5人。
ところが、感染者数における死亡割合になると、アメリカが6%、日本が5%と、それほど大きな差がありません。

このような事態が起こった際に、数字を弄ったり誤魔化す事を良しとしない国と、国益のためなら隠したり変えたりするのも致し方がないという国では、出されてくる数字が全く違ってきます。
アメリカのこの突出した数字は、もちろん検査数の多さからきているのですが、死亡時の検査がどうなっているのか、そこを調べたいと思っています。
どのような症状で亡くなったとしても、陽性検査を行って、死因が新型コロナウイルスに因るものであるのかを徹底的に調べているのか否か。
それが知りたいのです。

最近「超過死亡」という言葉を目にする事が多くなりました。
「超過死亡」というのは、感染症が流行した一定の期間の死亡数が、過去の平均的な水準をどれだけ上回っているかを示す指標です。
この指標が日本でも上回っていて、2月中旬から3月末までの6週間で、東京だけでも300人の超過死亡が確認されています。

今回のパンデミックでわたしたちは、それぞれの国の在り方、政府における危機対応の優劣、生活と環境のバランス、人と人との繋がりを、立ち止まってじっくり見直す事になりました。
わたしが暮らす地域では、緊急事態の解除はまだまだ先のようで、町のレストランや劇場はずっと扉を閉ざしたままです。
共にとても小さな規模の自営業者である我々夫婦には、5月の中旬にやっと、4月中のはずだった一律給付金約26万円が送られてきました。
完全休業の夫には、今回のコロナ禍限定の失業保険の支給も始まりました。
誰も雇わず全て個人でやっている仕事でこれほどのストレスと不安を抱えるのです。
今まだ休業を続けている経営者の方々、その会社やお店で働いている方々の気持ちを思うと、深いため息しか出てきません。
政治がどれだけきめ細かく、そして的確で十分な支援ができるのか。
それをしっかり監視して、足りない場合は厳しく指摘してきちんとさせなければなりません。
そして何より、次の第二波の襲来に備えるべく、最悪の事態を想定し、医療設備や防護器具、人員、それから症状別の隔離施設を用意しなければなりません。
今回どこよりも辛酸を舐める事になったニューヨークは、もう二度と同じ失敗は繰り返さないでしょうし、頭はすでに第二派の対応に向かっています。
日本は今回同様、安倍政府スタイルを続けるつもりなのか、はたまた政権が変わっていて、違う対応をとるのか。
いずれにせよ、新型コロナウイルスが生んだ新しい世界を生きていくしかないわたしたちは、既存の常識や習慣に拘らない柔軟な頭と心を持てるよう、少しずつ慣らせていかなければならないのでしょうね。
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ワシントンポストが日本語で、しかも無料で読める記事を?!「コロナウイルスのようなアウトブレイクが指数関数的に拡大する理由と、曲線を平坦化する方法」

2020年03月20日 | 世界とわたし
ワシントンポスト(The Washington Post)が、今回無料で読めるよう配慮してくれた、とても参考になる記事を紹介します。
それもどういうわけか日本語なのです。
アメリカ国内の感染事情の記事ですが、日本の方々にも参考になることがあると思います。
ぜひ読んでください!
 
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#IranianCulturalSites 「イランの美しい文化財を攻撃するな!」

2020年01月08日 | 世界とわたし
2年前の2018年4月、アメリカ、イギリス、フランスの3カ国が、シリアにミサイル攻撃をしました。
その時の理由は、シリア政府軍がダマスカス東部で化学兵器を使用した疑いがあるというものでした。
けれども、この時も、民間人を巻き込むかもしれない武力介入を避けるための外交努力をせず、国際安保理決議を経たものでもなかったのです。
ただ、この攻撃はシリア政府軍による化学兵器の使用防止を目的に、攻撃対象を関連施設のみに絞り、攻撃予告から1週間近く過ぎてから行われました。

けれども、内戦が続くシリアの子どもたちはずっと、恐ろしい思いをしながら暮らしています。
その時に作られたビデオです。
Save The Children - #SaveSyriasChildren.




当時、このビデオをTwitterで観た時、頭の上から落ちてくる爆弾の音や、地面で炸裂したガスの臭いに怯えるこの子の心を想像して、たまらない気持ちになりました。
そして思いました。
わたしの人生の中で、見上げた空から爆弾が落ちてくるようなことはただの一度も無かったと。
もしそんな経験があったなら、そんな経験をした人なら、軽々と爆弾を落とそうなどとは思わないでしょう。
そんな経験をしなくても、人の心を持っているなら、爆弾を落とす前に、なんとか話し合って解決しようと努力するでしょう。
爆弾を一方的に落として解決できることなんて一つもありません。
国を背負って他国の人を殺めたら、その殺された人の国の人の激しい憎しみを買い、何倍にも膨れ上がった殺し合いが始まるだけなのです。
これはもうずっとずっと続いてきたことです。
国の長に限って学ばない、今だけ金だけ自分だけという人が多いので、いつまで経っても戦争の無い世界は実現しません。

一体全体、どうしてこんなバカバカしい殺し合いを始めようとするのか。
何か、どんなちっちゃなことでもいい、自分にできることは無いのか。
そんなことをずっと考えていたら、こんな記事を見つけました。
今、世界中の人たちが、あるハッシュタグをつけて、イランの美しい建造物の写真をTwitterに投稿しています。
これは、トランプ大統領が、
「イランが米軍基地などを攻撃した場合、イランやイラン文化において、とても重要な場所を含む52カ所を標的にする」とツイートしたことがきっかけ。
ハッシュタグ「 #IranianCulturalSites(イランの文化財)」が生まれ、人々は「イランの美しい文化財を攻撃するな」と、各国から写真を投稿しています。

なぜ52箇所なのか。
それは、イランで1979年に起きた米大使館占拠事件で、人質となった人の数が52人だったからです。
けれどもこの考え方がどんなに意味が無く無謀で愚かなことか。
そもそも、文化財を攻撃することは「戦争犯罪」なのです。
というか、文化財さえ守ればそれでいいのか?
いいえ、戦争そのものが犯罪であるとわたしは思います。
合法的な殺人なんて狂気は、この世に存在してはいけないのです。

もうこれ以上、子どもたちの頭に、爆弾を落とさないでください。
ビデオの最後に流れる言葉を、よく考えてください。
「ここで起きていないからといって、起きていないという意味じゃない」
世界の、どこの子どもも、空を怖がらないで見上げられる毎日を作ってあげたいです。
だから今、イランの美しい文化財のみならず、その地で暮らしている市民を攻撃するな!と声を上げなければと思います。
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国や政治家が生き延びるために私たちが死ぬなんてもうたくさんだ!

2020年01月06日 | 世界とわたし


大変なことになりました。

これ↓はアメリカの下院議員アレクサンドリア・オカシオ-コルテス氏のツイートです。
彼女だけでなく、今回のトランプ大統領の愚行を非難する議員が続出しています。
拙訳:
これは戦争犯罪です。
あなたは文化施設などを標的にして、つまりは罪の無い家族、女性や子どもを標的にして殺すと脅かしている。
そんな人間はタフガイでも戦略家でも無い、モンスターです。

わたしは正直言って、中東の政治や社会についてあまり詳しく知る者ではありません。
それでも今回のこのトランプ大統領の決定が、先のイラク戦争を引き起こした当時の政治家よりもさらに酷い、極めて愚かな行為であったことはわかります。

引用:
■そもそもの発端は?
報道では、中東の声として、ソレイマニ司令官を美化するものも目立つ。
しかし、ソレイマニ司令官らイラン革命防衛隊は、イラク戦争後のイラクやシリアで、極めて残忍な人権侵害に加担してきた事実が報告されている。
決して美化されたり、礼賛されるべきではない。
今回の事態の発端として、昨年イラクとイランで始まった反政府デモと、イラン当局の動きがある。
2019年、政治変革を求めるデモが相次いで起きた。
香港のデモ等が日本では注目されているが、ここでも若い世代が立ち上がった。
ところが、イランでは、治安部隊がデモ参加者に残虐な弾圧を続け、多数の死者を出した
BBCニュースが弾圧についてまとめているが、革命防衛隊に向けられる視線はこのようなもので、イランは一枚岩ではない

2019年10月、バグダッドのタハリール広場で始まった反政府デモは「10月革命」と呼ばれ、かつてないほどの規模に拡大している。
非暴力を宣言し、現場に寝泊まりし、汚職撲滅、失業率と公共サービスの改善を叫ぶ若者たち。
宗教宗派を超え、思い思いの形でデモに参加する老若男女。
これまでとは全く違う市民の結集が起きている。
しかし、治安部隊の武力鎮圧も激しさを増し、2か月間で死者400名以上、負傷者およそ2万人
首相の辞任が承認されても、デモ隊は、すべての要求が満たされるまで継続すると発表。
イラクのサレハ大統領は12月26日、親イラン派の国会勢力が推す人物を首相に指名することを拒否し、大統領を辞任する用意があると表明していた。
こうしたなか、ソレイマニ司令官は人々の怒りの矛先を米国に向けるようゲームチェンジを模索して画策していたとの報道もある。


知らないことだらけでした。
汚職撲滅や失業率と公共サービスの改善を求め、平和的に抗議集会を開いているイラクの若者が、450人以上も殺されていた、だなんて…。
デモに参加しただけで殺される。
わたしは今までの人生の中で、デモに参加した際に、自分はここで殺されるかもしれないという恐怖を感じたことはありません。
殺されることを覚悟でデモに参加したこともありません。
日本で43年、軍隊を持たないと憲法で誓った国で暮らし、そしてこちらで約20年、他国に戦争を仕掛けて暴力を奮うけれども、デモに参加する市民は傷つけても殺しはしない国で暮らしてきました。
けれどもまた、人が多く集まる場所でのテロ攻撃を、常に頭の片隅に置いて行動しなければならなくなりました。
それくらい、よその国の空から爆弾の雨を降らせ、日々の暮らしを営む人々や動物の命を奪い、大切にされてきた文化や建物を破壊する軍隊の本拠地に暮らす者として受け入れろと、世界は非難の目を向けるでしょう。

でも…。


せめて何かできないか。

そしてトランプ大統領の暴力と脅迫に満ちたツイートを通報しました。

自衛隊員を中東派遣するなどと、国会での議論もせずに閣議決定してしまった安倍首相は、今日もまだずっと沈黙を続けているのでしょうか?
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守田敏夫さん「中村哲さん、そして同行していたみなさんの死を悼み、ビジルを行います!12月7日午後5時半三条大橋にて」

2019年12月07日 | 世界とわたし
今日のニューヨークタイムズに、中村哲さんの死を悼む記事が載っていました。

守田敏夫さんから、中村哲さんと同行しておられた方々の死を悼むキャンドル追悼集会のお知らせです。

守田さんのブログ『明日に向けて』https://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011より
一部引用させていただきます。

● 中村哲さんとみなさんの死を悼んで
みなさま。4日のアフガン時間の午前中にペシャワール会の中村哲医師が何者かによって銃撃され、その後にお亡くなりになられました。
同行していた運転手、護衛の方々5名も同時に命を奪われました。
中村医師とお仲間のみなさんの死を悼み、京都市三条大橋にてビジルを行いたいと思います。

● 平和の心を繰り返し教えてくれた中村哲さん
中村さんとの思い出はたくさんあります。
僕が参加しているピースウォーク京都との出会いは、2001年の「911事件」のあと。
アメリカが、証拠も何もなしにアフガニスタンへの「報復」戦争を始めたことに対し、ペシャワール会と中村哲医師は、緊急援助を呼びかけました。
「2000円あれば一家10人が冬を越せる!」
それで、油と小麦を買って手渡せる、と言うのです。
このため中村さんはチャリティを呼びかけて全国を飛び歩かれました

● 平和を築くために最も困難な水の事業に携われた中村さん
たくさんのエピソードがあるのですが、みなさんにご紹介したいのは、講演会の際に京都の蓮華寺にお連れした時のこと。
ほっこりしていただきたくて、庭に清流の流れる場を選んだのでした。
ところが中村さんは、水の流れをじっと眺めた末に、対応してくださった住職のお連れ合いに、
「これは手掘りですな」と問われました。
「あら、良くお分かりですね。この付近に水を通した後ですの」。
それを聞いて、中村さんはさらに、
「ということは、この辺りには水争いがありましたな」と問われました。
住職のお連れ合いは、この問いに驚きながらも、この付近にあった深刻な水争いのこと、それを治めるために手掘りの水路が作られ、水が流されたことを語って下さいました。
哲さんは、腕組みしながらうんうんとうなずかれ、その後に、
アフガンのクナール川に用水路を作るために、九州の多くの川を歩かれ、古文書も調べたことを教えてくださいました。

「古の川の歴史を紐解くと悲しい話がたくさん出てきます。
例えば、ある堰を開発した人々は、その後に、藩に暗殺されておる。
石高が上がることを、藩が幕府に知られたくなかったからです」

中村さんは、古の川の改修を行った方たちの多くが、実は非業の死を遂げていることに、深く心を寄せられました。
水は命の源です。
だから、人類にとって、最も古くから繰り返されてきたのが、水争いでもあるのです。
どこかが潤うと、どこかの水が減ることになる。
あるいは、どこかが洪水対策を進めると、他のところが洪水にあいやすくなる
上流と下流、右岸と左岸の対立が絶えないのが、川と人々の歴史でもあるのです。
そのために、
中村さんは古文書をくまなく読まれ、どうすれば人々が争わずにすむのか、いやどうすれば争いの目を摘めるのか。
そこまで研究を重ねて、用水路へのチャレンジを続けられたのでした。
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12月7日午後5時半。
京都市三条大橋にぜひ!
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世界の首脳と呼ばれる人たちよ聞け!「Water, Not Weapons」

2017年05月18日 | 世界とわたし
武器や戦車を使い、人や町や文化を殺すことで、問題は何も解決しない。
 農業の復活、そのための用水路の建設こそが、アフガン復興の礎である。


Water, Not Weapons

戦乱と干ばつが続くアフガニスタン。
この地で、干ばつと闘い続けてきた医師・中村哲(69)。
始めたのは、用水路の建設。
渇いた大地に、再び緑を取り戻すまでの、15年の記録です。

アメリカ同時多発テロから15年。
今も戦乱の続くアフガニスタンで、干ばつと闘う日本人がいる。
医師・中村哲(69)。

「武器や戦車では解決しない。農業復活こそがアフガン復興の礎だ」

中村は白衣を脱ぎ、用水路の建設に乗り出した。
15年たったいま、干ばつの大地には緑がよみがえり、人々の平穏な営みが、再び始まろうとしている。
戦乱の地アフガニスタンに、必要な支援とは何か。
 15年にわたる、中村の不屈の歩みを通して考える。


↓以下の青文字の部分をクリックすると、きれいな画像で観ることができます。

はじめの部分だけをキャプチャしました。
ぜひこの、50分のビデオを、多くの方々に観ていただきたいと思います。


2011年9月11日の朝、私は、アメリカがテロ攻撃を受けたというニュースを、ジャララバードからの緊急電話で聞いた。


テレビのニュースは、いつもはすっかり無視している国の名前、アフガニスタンを連呼し始め、

ブッシュ大統領は、アメリカの国民に向けて、最強の国アメリカは、テロリストを倒すべく、直ちに反撃に出ると宣言した。


そして激しい攻撃が始まり、アフガンの人々の命や町が、激しく破壊されていった。
とてつもなく悲しい出来事だった。

日本人医師の中村氏は、アフガニスタンでずっと、人々の治療に当たってきた。

2001年の歴史的な干ばつで、アフガニスタンの農業は、膨大なダメージを受けた。

それに伴う飢餓によって、大勢の人たちが亡くなっていった。

中村医師:
医者を100人連れてくるより、水路一本造った方がいいんですよね。

中村氏は白衣を捨て、乾いた大地に水を運ぶ、水路建設の実行に乗り出した。


アメリカのヘリコプターが、彼らが働いている区域の空を、何度も飛び交っていた。

重機も機材も無く、砂埃にまみれ、重い砂袋を担いでいかなければならなかった。

何もかも人力での、とてつもなく大変な作業だった。


そして16年が経ち、この乾いた大地は、

緑が豊かに茂る草原に生まれ変わった。

これは、今も続く戦火の中で焼かれるアフガニスタンで、水路建設一筋に励む、医師中村哲の物語である。

水、武器ではなくて
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「彼の気を散らせておくんだ。その間は北朝鮮と戦争しなくて済むんだから」

2017年05月03日 | 世界とわたし
米大統領が異例の欠席 ホワイトハウス記者会夕食会
【NEWS JAPAN】2017年5月1日
http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-39768271

米大統領とホワイトハウスの記者団が、お互いを痛烈にからかい合うのが慣例となっている、毎年恒例のホワイトハウス記者団夕食会が、30日に開かれたが、ドナルド・トランプ氏は欠席した。
大統領の欠席は、銃撃されて負傷したロナルド・レーガン大統領が欠席した、1981年以来の異例な事態となった。

前年の夕食会では、バラク・オバマ大統領(当時)が、トランプ氏を徹底的にこき下ろした。
このため民主党は、大統領となったトランプ氏が欠席するのは、まだ前回の傷が治っていないからではないか、と皮肉った。

トランプ氏はこの日、代わりに、ペンシルベニア州で支援者集会を開き、「すごく退屈な」夕食会から遠く離れて、「これほど嬉しいことはない」と述べた。

大統領が欠席した(そしてBBCも欠席した)正装の会場では、何があったのか――。

1. コメディアンの最難関
ホワイトハウス記者会夕食会では、大統領が、まず軽い調子で、自分と記者団をからかってから、次に、コメディアンが大統領をネタにして、からかうのが慣例だ。
しかし、その展開は、今年はあり得なかった。
コメディーニュース番組「デイリー・ショー」の「特派員」、ハサン・ミナジ氏が、
「お集まりの皆さん、ホワイトハウス記者会夕食会の、シリーズ最終回にようこそ!」とあいさつしたように。

トランプ氏とマスコミをネタにしたジョークに、集まった報道関係者は、何度か「うーん……」と頭を抱えていたものの、クスクス笑いが聞こえるジョークもあった。
比較的、受けが良かったミナジ氏のジョークは、たとえば――、

「この国の指導者は、この場にいません。
だってモスクワに住んでるから。
すごい長いフライトだし。
それで、もう片方の奴はというと、ペンシルベニアにいるらしい。
冗談が通じないので」

「どうしてドナルド・トランプが、今日、ロースト(からかわれるの意味)されたくなかったのか、分かりますよ。
見た目からして、70年間ずっと、ノンストップでロースト(焼く、の意味)されてきたみたいだから」

(報道陣に)
「このトランプ時代に、皆さんは、今まで以上に完璧じゃないとダメなんですよね。
大統領は、皆さんを通じてニュースを知るので、(中略)だからミスはできない。
誰か1人のミスを、大統領は、会社全体のせいにするから。
おかげで、マイノリティー(少数者)が、日ごろどういう気持ちでいるか、わかったでしょ」

「あと4時間もすれば、ドナルド・トランプは、ニッキー・ミナジ(女性ラッパー)が、この夕食会ですべりまくったってツイートしますよ」


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ロイターの記事には書かれていませんが、彼はとても素晴らしいメッセージを話してくれました。

大統領の替わりに登壇した、イスラム教徒のコメディアン、ハッサン・ミナージュ氏。
そのメッセージの一部を、ここに紹介させていただきます。

呼んでいただいて光栄です、と言ってもいいけど、
それは”オルタナティブ(二者択一)な事実”になるね。
嫌だよ!
誰もこんな仕事やりたくないよ!
だからこそ、(僕みたいな)移民がやることになるんだ。
いつだってそうでしょ?
誰だってやりたくないよ!
誰だって!

多くのメディアが、ドナルド・トランプはゴルフに行きまくってるって報じてる。
でも、一つ聞いていい?
それって悪いことかな?
彼がゴルフしていない時、何してるか知ってる?
大統領やってるんだよ!
彼にゴルフでもさせておこうよ。
気を散らせておくんだ。
バドミントンでも教えたらいい。
彼の体格はボブスレーにぴったりだって、言ってやればいい。
マルバツゲームをやらせてもいい。

彼が気が散っている間は、北朝鮮と戦争しなくて済むんだから!

ドナルド・トランプが、酒を飲まないって知ってるでしょ?
それ自体は立派なことだよ。
でもね、ということはつまり…、
どの声明も、どのインタビューも、どのツィートも、
完全にしらふってことだ。
ありえないでしょ!


このトランプ時代、メディアの皆さんは、かつてないほど完璧じゃないといけないよ。
だって、トランプ大統領は、皆さんからニュースを得てるんだから。
補佐官からでもなく、専門家からでもなく、情報機関からでもなく、皆さんから?!
だから皆さんは、最善を尽くさなきゃいけない。
人の倍できなきゃいけない。
一つも間違いを犯しちゃいけない。
皆さんの誰か一人でもしくじったら、大統領は皆さん全員を非難するんだから。
さあ
これで皆さんも、マイノリティの気持ちがわかったでしょ

皆さんも、今やマイノリティだから、今この瞬間はね、僕の置かれた立場もわかってくれるでしょう。
それは、この国の、たくさんのマイノリティの子どもたちが、感じてることでもあるんだ。
こういう場では空気を読んで、ことを荒立てないでおこうか、それとも本心を言おうか…。

だって、この場は、合衆国憲法修正第一条にある、言論の自由を祝福する場でしょ?
言論の自由は、開かれた、自由な、民主主義の基礎なんだ。
大学のキャンパスからホワイトハウスまで。
アメリカだけだよ。
インド移民一世のイスラム教徒のガキが、こんな舞台に立って、大統領をからかうなんてことができるのは。


この会は、素晴らしい伝統だよ。
世界に向けて、大統領でさえ、(言論の自由を保障した)修正第一条を超える存在ではないんだ、って示してるんだ。
でも、大統領は来なかった。
なぜなら、ドナルド・トランプは、言論の自由なんて気にしていないからだ。
頭に浮かんだものすべてをツィートしちゃう男が、その自由を与えてくれる修正第一条を、認めようとしないんだ。
今何時?11時?
4時間もすれば、ドナルド・トランプは、「ニッキー・ミナージュ(*似た名前の女性ラッパー)が、この会でどんだけ悲惨なパフォーマンスをしたかを、ツィートするでしょうよ。
それも、完全にしらふで。
でも、それは彼の権利なんだ。
その権利(言論の自由)を守るために、僕ら全員が、今晩ここに集まったことを、誇らしく思います
たとえ、ホワイトハウスにいる男が、決して守ろうとしなくても。


******* ******* ******* *******

アメリカは大国です。
その大国を牛耳っている、軍産複合体を始めとする権力を持つ者たちが、たくさんの過ちを犯しています。
その最たるものが戦争です。
アメリカが大国になったのは、戦争をし続けてきたからと言っても過言ではないと思います。

そんなふうに上の者に愚か者が多いけれども、この国の社会には、特に市民レベルでは、言論の自由、個人の尊重が、力強く生きているように感じます。
大統領の言動を非難しても、誰一人、「無礼者」などとトンチンカンなことを言いません。
大統領が間違ったことを言ったりしたりしたら、激しく抗議するし、マスコミも無視しません。

日本の今の総理は、漢字もろくに読めないし、自分が口癖のように使っている「そもそも」の意味すら知らなかった…。
こちらでそんなことがバレた日にはもう、夜中の番組までずっと、徹底的にとことんバカにされますし、国の長としての資質を問われます。
まあ、質問を先に知らせてもらってるばかりか、フリガナ付きの、誰かがきちっと書いた回答原稿を読むだけの、小学生にも劣る言論能力しかない閣僚なんて、
そもそも、まともな国会を実施する国には、絶対にいませんしね。

ほんと、日本の政治家、大掃除が必要ですよ。
特に、わたしたち国民に与えられている言論の自由に足枷をつけ、生き辛い社会に変えてってしまおうと企んでいる連中は。
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水を守り、土を守る。それがわたしたちの使命であることを、そろそろ本気で考えませんか?

2017年03月18日 | 世界とわたし
3月11日。
東北大震災が起こった日。
それがこのWater Walk for Lifeの最終日。
地球上にある国は全て、人の心でつながっていく。
命のもとである水を汚され、苦しめられている人たちの所に足を運び、非暴力の祈りを実践しながら歩き続ける純さんの、渾身の祈りに引き寄せられた人たちの、90マイルにも及ぶ行進が、この日終わりました。

インディアンポイント原発に向かいます。






歩いているわたしたちに向かって、手を振ってくれるドライバーさんや、クラクションを鳴らして共感の気持ちを伝えてくれるドライバーさんがいました。


ガソリンスタンドでトイレ休憩。


わんちゃんも参加。




インディアンポイント原発の入り口に近づいて来ました。


警官が10名ほどいます。


お祈りの前に、セージの煙で清めてくれるジャネットさん。


祈りが始まりました。




まずは純さんが、折り鶴を手に、ゲート前で祈ります。




警官たちにお祈りを捧げる純さん。


鴨下上人の祈り。




ゲートに向かう人を見守る祈り隊。




折り鶴が増えてきました。


池田上人も。




ものすごく寒い。


盲目の根ディアさんも、祈りに加わります。


みきちゃんがお世話役。


南無妙法蓮華経。














駆けつけてきてくださったシェリル・エンジェルさんの祈り。




南無妙法蓮華経を唱えることが苦手だったわたしが、気がついたら一緒に唱えていました。
そして、東北に、ノースダコタに、沖縄に、ラマポに、目の前で対峙している警官の人たちに思いを馳せていると、胸がジンジンと熱くなり、涙が湧き出てくるのでした。



祈りを終え、皆で警官の方々にお祈りを捧げ、そのあと円になって、タイラーさんの話、そしてシェリルさんとジャネットさんの歌を聴きながらダンスをしました。
























とにかく寒い!
けれども、これから行くところはもっと寒い!
のんちゃんとわたしは勝手がわからず、右往左往しながらも、とりあえず無事に、Water Ceremonyに間に合いました。



































波を立てるハドソン河に、握りしめたタバコを巻くはずが、あまりの寒さに凍っていて、近くまで行けません。




こんなに近いんだ、インディアンポイント原発…。


ああもう、本当に寒いったらありません!










マジで古いんだと、改めて実感。


やっとのやっとで、2020年に廃炉が決まったインディアンポイント原発。
でも、汚染はこれまでにずっと続いており、その被害は常に有耶無耶にされてきました。
どこの国の原発ムラも、同じような悪行をしてきているのですね。



祈りを軽く考えている人、祈るということがイマイチ理解できない人、祈りなんか何の役にも立たないと思っている人は多分、
自分の中に神さまがいることに、気づいていないのかもしれません。
自分の中の神さまはいつも、自分を生かしてくれる世界に感謝し、手を合わせています。
そうして、大きな力がもたらず暴力や理不尽な扱いを前にして、無力感を感じている自分に、こう伝えようとしています。

相手の言動に対する憎しみや怒りをまず横に置き、その相手のために祈りなさい。
相手のことを知り、相手のために祈り、どうぞよろしくお願いしますという柔らかな心根を生やし、実際に手のひらを合わせて心から祈りなさい。

そこに、少数派であってもいつの日か、大きな力を削ぐことができる時がやってくる。
良い水と良い土を守っていくことが、わたしたち大人の使命なのだからと。
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非暴力の祈り→「敵のためにこそ祈りなさい。そのようなことをする人たちこそ、祈りが必要なのだから」

2017年03月17日 | 世界とわたし
3月4日から11日までの1週間、計90マイル(145キロメートル)を祈りながら歩き、行く先々の町で出会った人たちに、水を守ることの大切さを訴えたPeace Walkerたち。
日本山妙法寺ニューヨーク・グラフトン道場を守る安田純法尼が企画されたこのWater Walk for Lifeは、無事に終わり、関わった人たち全てに、大きな達成感とたくさんの出会いをもたらしてくれました。

純さんのことも、日本山妙法寺のことも、アメリカンインディアンのことも、ほとんど知らずにいたわたしに、情報だけがどどっと押し寄せてきたので、かなり戸惑った1週間でもありました。

人と出会うことによって生まれる、つながりの妙。
そして新たに知ることによって生まれる、怒りや悲しみ。

とても混乱し、考え、悩み、自分を見つめ直したり、思いを馳せたりする毎日でした。

結局、行進に参加できたのは、最終日だけ。
開始日のウォーターセレモニーと最終日のウォーターセレモニーは、強風が吹き荒れる極寒の中で行われ、骨まで冷えるような寒さでしたが、
スタンディングロックで抗議行動をしていた人々に比べたら、という思いがふつふつとわいてきて、祈りがより深くなったような気がしました。

純さんは、平和運動という場に欠かすことのできない人です。
水や大地という、生き物にとって欠かすことのできない、そして汚してはならないものを守ろうと、祈り続けている法尼さんです。
その祈りの深さ、真さは、アメリカインディアンとの連帯を生み、アメリカ国内のみならず、世界中を巡り歩いては、平和の太鼓を打ち鳴らしています。

純さんのことは、少し前から、歩美ちゃんから何度も聞いていて知っていました。
純さんが地べたに座り、太鼓を叩きながら「南無妙法蓮華経」と祈る姿を、映像で何度も見ていました。
そんな純さんから「5人泊めていただけますか」とお願いの電話がかかってきた時、とうとうわたしもお手伝いの真似事ができると、心がワクワクしました。

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二日目の5日の夜は、9年間暮らした町モントクレアの教会に、宿泊していただくことになりました。
わたしの生徒のクラウディアが会員である教会に打診してもらったところ、オッケーの返事をもらったので、宿泊する部屋と夕食の確保をお願いすることにしました。

この部屋は、わたしの生徒の発表会の、1部と2部の間の休憩時間(スナックタイム)のために、いつも使わせてもらっている部屋です。


予定より1時間も早く到着して、くつろいでいるWalkerさんたち。


円座を組んで話し合う、純さんと沖縄からの参加者さんたち。


焦りまくっているキッチンのみなさんを捕まえて。
右端の女性がクラウディア。今回はすごく頑張ってくれました。感謝!


若手Walkerのジムが、飛び入りで参加。


さあ、夕飯の時間です!


夕食後、大きな円になって、自己紹介をすることになりました。












ホワイトセージの煙で、わたしたちを清めてくれるジャネットさん。




そして、太鼓を叩きながら、祈りの歌を唄ってくれるジャネットさん。


さあ、それでは大切な話を聞きましょう、と太鼓を叩いて知らせる純さん。



まずはジャネットさんからのお話。通訳は歩美ちゃん。


ピルグリムパイプラインのことについて話します。
このパイプラインは、コークブラザーズ(オイル富豪・日本でいうと日本会議のようなもの)が関連している会社のもので、ニューヨーク州アルバニーからニュージャージー州リンデンまでの170マイルもの距離に、設置される予定です。
パイプラインはほぼ平行に2本。
1本は原油のために、そしてもう1本は精製されたオイルのために、ということで、予定地の中には、高速道路の87号線を挟み込むような形で設置されるところもあり、多くの非難が上がっています。

さらに、スタンディングロックと同じように、アメリカインディアンのラマポー族の聖地の辺りも通ることになっていて、
そこにはハイランドラマポー水脈と呼ばれる、とても美しい水脈があることがわかっています。
ちなみに、広大なハドソン河は、もともと氷河が削られてできたもので、その堆積物が積まれて造られたのがロングアイランドなんだそうです。
ハイランドラマポー水脈は、ラマポー川の下の深い深い所を流れています。
ラマポーという名前はスイートウォーターという意味で、だからラマポー族はずっと、水を守ってきた種族なのです。
そのラマポー族は、ニュージャージー州からは認定されているのですが、連邦政府からは認められていません。
なぜかというと、ラマポー族として認定し、居住地を与えると、そこにカジノができる可能性があるということで、
アトランティックシティのカジノ街で大儲けをしている、トランプ(現大統領)氏を始めとするカジノ所有者が、こぞって反対したからです。
そしてまた、コネチカット州からペンシルバニア州に渡る山奥で、長い間狩猟をしながら暮らしていた彼らのもとには、様々な事情で逃げてきた黒人やヨーロッパ人たちの血が混じりました。
連邦政府が認めるのは純粋な一族であることもあって、ラマポー族は今も、アメリカンインディアンとして正式に認定されていません。

けれども彼らは誇り高く、そして大地と水を守るために闘い続けているインディアンに変わりはありません。
ラマポー族のチーフペリーが、スタンディングロックに9ヶ月ほど行き、そこで起こっている運動を目の当たりにして、
自分たちにも、運動の拠点となるようなものーー「キャンプ」が必要だと確信し、自分たちが所有している土地にティーピーを建てました。
その土地のすぐ近く(道路を挟んだ向かい側)に、高級住宅地があり、景観を壊すだの、不動産の価値が下がるだのと、住民からの苦情が出ているのだそうです。
でも、そのティーピーが建てられている場所は、少し多めに雨が降るとすぐ洪水になるような土地で、暮らすには不適切なのです。
元々は、彼らインディアンが暮らしていた場所に、白人がどんどん入り込んできて、お前たちは出て行けと言ったのです。
「この土地は私たちの土地だ」と抵抗するインディアンに、「じゃあ税金を払え」と言う白人。
そんな社会で暮らしたことがないインディアンに、税金というシステムがちゃんと理解できるはずもなく、「払えないなら土地を売れ」と言われて、二束三文で売ってしまいました。
もちろん、銃などの武器による殺戮も頻繁に行われ、90%以上ものインディアンが、何らかの方法で殺されたといいます。

さて、反対運動によって、今はまだ認可されていないこのパイプライン。
いくつかの自治体は、反対の決議を出しています。

ということで、パイプが設置できないうちは、貨物列車で運ぶことになるのですが、その列車が通る橋の老朽化が激しくて、いつ崩れるかわかりません。
なので、オイル会社は、パイプラインが通るとこの列車(バム<爆弾>トレインがあだ名)を使わなくて良くなると言って、賛成の人々を取り込もうとしています。
パイプラインが設置され、そこをオイルが通ってしまうと、必ずどこかから漏れて、土と水が汚されてしまいます。
土と水を守る闘いが、アメリカ全土のあちこちで起こっています。


タイラーさんのお話。


スタンディングロックで暮らした話をします。
僕は、ミズーリー州のアシュラム(エコビレッジのような感じ)から来た、ガンディアン(ガンジーの教えに沿った生き方をしている人)です。
なので、スタンディングロックで、ノンバイオレント(非暴力)のトレーニングや祈りを教えている、シェリル・エンジェルさんと仲良くなりました。
ラコタ・サティアグラハ(ラコタではナヒと呼ばれている丹田の辺り)のところからくるエネルギーが、命と繋がっていると教えてもらいました。
命の力の源です。
(純さんの師である)日本山妙法寺の開創者、藤井日達山主は、アメリカインディアンとの繋がりが深く、彼は一貫して「人を殺すな」という教えを説き、インディアンに非暴力の運動を教えました。
彼らインディアンの精神には、怒りの感情が根強く残っているから、それが行動に出てしまう。
だけども、だからこそ、彼らのために祈りなさいと教えました。
なぜなら、彼らの方が、祈りが必要な人たちなのだからと。
でも、実際には、キャンプは全て撤去されてしまいました。
そしてオイルは通ることになっています。
その現実を受け止めてなお、祈りなさい、祈り通しなさい。
そうシェリルさんは教えてくれました。
とにかく祈りの時間が多かった。
ノンバイオレントの教育の時間にも、祈りの時間がありました。

さて、今、ワシントンでは、抗議する人たちを逮捕できる、抗議すること自体を犯罪にできる法律が、作られようとしています。
そのような動きに対し、徹底的に反対しなければなりません。
米憲法修正第1条(言論・集会の自由)に反します。
そして、戦争に関係するようなことに、税金を払うのをやめましょう。
自由裁量予算と言って、動かせない予算以外の、議会がいじることができる予算のうちの54%が、軍事予算に当てられています。
だから本来は、議会が変えられるはずなのに、これまでじわじわと増え続けています。
その54%の税金を、せめて25%に減らすこと。
そしてその分を、社会福祉や教育に回すこと。

タイラーさんが歌ってくれた歌の詞。


People gonna rise like the water.
All colors(肌の色) and all creeds(信仰).
Hear the voices of my great grand daughters.
Saying Mni Wiconi (Water Is Life).


マデリンさんのお話。


ニュージャージーでのピースアクションとして、核廃絶運動を訴えるための、千羽鶴を折るプロジェクトをしています。
5月までに、1万羽の鶴を折り、それをワシントンに届ける予定です。
協力お願いします。


お名前がわかりませんが、彼女はいつも、TDバンクという、このパイプライン計画に最も多額の資金を調達している銀行から、預金を引き出す運動を呼びかけている人です。


TDバンクはもちろんですが、日本のみずほ銀行と三菱東京UFJ銀行は、巨額の融資をしています。
三井住友銀行も融資をしていますが、みずほと三菱東京UFJに比べると、少ない方だということです。


純さんの閉会宣言。


純さんはこの後、さっさと電気を消して回り、「早く寝なさい」とウォーカーの人たちに声かけしていました。

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わたしたちの歩みを阻もうとする人たちのために、非暴力を暴力で制圧しようとする人たちのために祈る。
そのようなことをする人たちにこそ、祈りが必要なのだから。


この言葉がわたしの中で、渦巻いています。

そんなことができるのだろうか。
不可能なのではないのだろうか。
そのようなことをする人たちにこそ祈りが必要であると、思うことはできても、それを信じて行動できるようになるのだろうか。

そんなことを考えながら帰りの支度をしていたら、一人でないと眠れないと純さんが言っていたことを思い出し、うちに連れ帰ることにしました。
ついでに、体調が悪そうに見えたジャネットさんのことを尋ねると、なんと彼女が、週に2日の透析を受けていることを知り、彼女もうちで泊まってもらうことにしました。

純さんは、翌朝3時には起きて頭を剃らなければならないのでと、さっさと二階の寝室へ。
そしてわたしは、前々から知りたかった、なぜジャネットさんがインディアンの祈りの歌を歌えるのか、なぜそれほどに繋がりが深いのかについて、尋ねることにしました。
ジャネットさんから聞いた話は、まるで一冊の本を読み切ったかのような、小説よりも奇なりの見本のような、数奇な出会いが散りばめられた、小さな宇宙の物語でした。
この話は、またいつか日をあらためて、紹介したいと思います。

翌朝、6時前に純さんを、そして8時前にジャネットさんを、それぞれ教会まで送り、そこから次の集合場所であるダンキンドーナッツまで、ウォーカーの人たちを送りして、わたしのお手伝いは終わりました。

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3月8日木曜日。雨が降りました。
ラマポー族の居住区に到着するWater Walk for Lifeのウォーカーさんたちをお出迎えしようと、マワまでやって来ました。




話には聞いていましたが、まるで湿地帯のような場所で、地面はジュクジュクとぬかるんでいます。


奥に見えるのは、ティーピーと呼ばれるテント。


待っている人たちにも、祈りがささげられます。




予定より随分遅れて到着した、ウォーカーの人たち。


出迎える子どもたち(左側の女の子は、わかちゃんの娘ちゃん)。


二人とも、待っている間に、大きな水たまりの中に入り、ワイルドな水遊びをしていました。


近づいて来ました。




出迎えの笛を吹きながら、ウォーカーさんたちを出迎えるラマポー族の人たち。
















聖地の入り口で、歓迎の太鼓を叩くラマポ族の人たち。




祈りの場に集まります。




儀式が始まりました。












沖縄から来たたくま君が、土を守り、水を守り、森を守ろうと闘っている沖縄の人たちとの連携を、インディアンの人たちに訴え、
祈りの人純さんが、命と水の繋がり、祈りの連帯を呼びかけました。

話でしか知らなかった、アメリカインディアンの人々に対する迫害や強要の歴史、そして今現在もなお続いている理不尽な差別を、初めて自分の五感で感じた日でした。
けれどもその辛さ、悲しみ、怒りをはるかに超える、祈りの強さと深さに、圧倒された日でもありました。

本当に、一本の道を挟んで、全く違う世界が存在しています。






パイプラインはお断り。


洪水の度合いを測る看板。



たとえ、どんなにマイノリティ(少数派)であっても、そしてやっていることといえば、世界には良い部分があると信じて、そこに向かって一心に祈るということなのだけども、
その祈りは、世界の良くない部分にもきっと届いていて、いつか変わり始める日がやってくる。
自身よりも、自我よりも、まず世界の弱い人たちのために、苦しんでいる人たちのために、そこに飛んで行って地べたに座り、太鼓を叩きながら一心に祈る。
その行為はとてもシンプルだけども、同じようにやるには、相当の勇気と謙虚さが必要になる。

純さんは祈りの人。歩くお坊さま。
ウォークはまだまだ続きます。
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『いのちのためのWater Walk』その1

2017年03月09日 | 世界とわたし
水は命。
Water Walk for Life.

日本山妙法寺の尼僧、安田純さんは、1970年代からずっと、アメリカンインディアンによるムーブメントをサポートしてこられた、とてもパワフルな女性です。
その純さんが企画された、Water Walk for Life。
ニュージャージー州の南から北上して川を渡り、インディアンポイント原発までの90マイルを歩くという、祈りの行進です。
期間は3月4日から11日まで。
東北大震災がきっかけとなって、水や大地が汚され、そのために今も大変な思いを抱えながら暮らしておられる方々への祈りも、純さんにはとても大切なものなのです。

今年の1月に沖縄でも祈られた純さん。
大阪で行われたイベントにも出席されたのですが、そこで話された内容を、書き起こしてくださったものがありますので、ここに紹介させていただきます。

Standing Rock について 
~日本山妙法寺 安田純 法尼のお話から~

【7Generations Walk blog】2017年1月24日
http://blog.7gwalk.org/?eid=1262633

昨年2016年の11月19日に、中崎町ホールで行われた、デニス師のイベントのフォローイベント「Dennis Banks Gathering のメッセージを深め繋ていく会」が開かれました。
この会に、偶然に、アメリカから来日中のデニス師と、アメリカンインディアンムーブメントを1970年代から強力にサポートされている、日本山妙法寺の尼僧、安田純さんにご参加いただきまして、スタンディングロックについてのお話などをしていただきました。



そのシーンは動画として公開されています。

https://www.facebook.com/hamachan.peace/videos/1193613857412118/

このお話の内容がとても重要に感じられましたので、内容を書き出しまして、シェアさせていただきたいと思います。

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以下 安田純法尼のお話から書き出しです。



スタンディングロックに続く歴史の紹介

Standing Rock の運動が盛り上がっていますが、そこにいたるまでの歴史の一部をご紹介します。

1978年に、アメリカのサンフランシスコからワシントンDCまでの、ロンゲスト(Longest 一番長い距離の)ウォークがありました。
これは、アメリカ政府が提出した、『インディアン撲滅法案』とも呼ばれる11の法律に反対し、
『水の権利』『森の権利』『信仰の権利』、などなどの権利を守る為に、デニス・バンクス師をはじめ、多くのインディアン達が「歩く」という行為で立ち上がる、「祈りのウォーク」でした。

私の師匠の藤井日達上人に、「インディアンがアメリカの大地を歩いているので、そのお手伝いをして下さい」と言われ、私はそのウォークに参加したのです。

師はまた、こう言いました。

アメリカが平和に変わっていくとしたら、それはインディアンの人達の祈りが中心になるでしょう。
インディアンの祈りの中で、変わっていくでしょう。

しかし、この約500年間、インディアンは弾圧され、虐殺され続けてきました。
ある時は、約1000万人いたといわれるネイティブが、70万人にまで減ってしまった、と言われています。
ですからある意味、力を失っている部分がありますから、太鼓を打って後ろからついていって下さい」


インディアンの精神性の高さに感動した

そして、ウォークに参加した時に、インディアンの祈りの精神性の高さに、感動しました。

「大地をうやまい、大地に帰る。
大地を母として祈り、大地の上に全て繋がっている」


ここに力があると確信し、それ以来ずっと、インディアンの後ろを歩いてきました。

インディアンの人達は、大地を大切にしてきました。
40年前、まだそんなに環境問題が悪化していない時も、ずっと大切にしてきました。
欲望が、私達を滅ぼそうとしています。
インディアンの人達の声を、今こそ聞くべきです。


Stnding Rock について



(スタンディングロックの基本情報はこちらをご覧下さい。http://blog.7gwalk.org/?eid=1262635

ダコタパイプラインの計画では、約1800キロのパイプラインを、2016年の11月15日までに作る予定でした。
その時までに、スタンディングロック周辺の約3kmを除いて、完成している状態でした。
その反対運動を、警察や機動隊、軍隊までも出動してきて、鎮圧しようとしました。
インディアンは、軍や警察の暴力に対して、手を上げたり反撃したりしません。
その姿に、多くのアメリカ人は感動し、多くの若者がこの運動に参加しました。
普段はあまりこのような運動に興味のないような若者も、この運動に興味を持ち、協力したり参加するようになりました。
アメリカでは、このスタンディングロックの運動は、広く有名になっています。

現在、スタンディングロックには、約4000人が滞在していますが、キャンプ地は三つのブロックに分かれています。
そのキャンプを2016年の4月に始め、最初に立ち上がったのは、部族の一人のお母さんでした。
そのお母さんには6人の子供がいますが、一人の息子さんは亡くなっていて、その息子さんのお墓が、パイプラインの建設で破壊されてしまう予定でした。
ですので、そのお母さんが部族の人達と話し合い、お母さんの土地がパイプラインの直ぐ側でしたので、その土地を解放して、反対運動に参加してくれるように呼びかけたのが、このキャンプの始まりとなったのでした。

このキャンプを、「Sacred stone Camp~聖なる石キャンプ~」と名づけています。
しかし、大勢の参加者が現れまして、そのキャンプ地は満員になってしまい、部族の公共の土地を解放してキャンプ地にし、その土地も満員になったので、川の向こう側の部族の公共の土地も開放し、今は三つのキャンプ場がスタンディングロックにあります。
(まうみ注・先月2月1日に、スタンディングロックでの抗議キャンプは撤去されました)


祈りと非暴力で問題を解決しよう



キャンプに新しい参加者が来ると、キャンプの主旨を説明してくれるレクチャーがあります。

「ここは、精神的な祈りのキャンプです。
問題を解決するのは祈り、『祈り』が解決をします。
暴力で解決しようと思う人は、このキャンプから出て行くようにお願いします。
インディアンは朝晩、サンライズセレモニーとサンセットセレモニーをします。
それを理解出来ない方も、このキャンプから出て行くようにお願いします。
軍や警察と向き合う時、彼らは武器を持っています。
怒りを持つ人は、前列には立たないようにお願いします。
全てが繋がっていると思う人、向こう側に立つ人とも繋がっていることを理解し、その人達のことも思える人だけが、前線に立って欲しいと思います」



ウォールストリートのオキュパイ運動との繋がり

スタンディングロックが起こる前、ウォールストリートのオキュパイ運動が起こりました。
1%の富を独占し、世界を支配しようとする人達に対して、99%の民が、自由と平等を求めて運動を起こしたもので、そこでも、何ヶ月も、若者たちがキャンプしました。
その若者達も、スタンディングロックの祈りに触れて、感動しています。


軍と警察の暴力



警察や軍隊は、銃を使って、運動を鎮圧しようとしてきました。
しかし、反対運動をする市民を殺すことはできないので、ゴム製の弾丸を使いました。
また、からしのスプレーを目にかけたりして、目をつぶそうとしたりして、殺しはしないけれども、拷問のような仕打ちを運動者にしてきました。
しかし彼らは、非暴力で、その運動を続けてきました。

11月頃はすでに、気温は-10度~-15度でした。
風が来ると、さらに寒さが増します。
そんな中、祈りの行進をスタンディングロックでしていますと、その人達に対して、警察や軍は放水をしました。
5分もその水をかぶっていたら、凍ってしまいます。
それが原因で、200人近くが病気になりました。
戦争で、市民に使ってはいけないとされている武器も使用され、女の子が大怪我をし、病院で手術して治療しなければならなくなり、大問題になりました。
軍は、その武器の使用を否定しましたが、彼女の傷口の中から、その武器を使用した証拠が見つかっています。
しかし、そのような時にでも、彼らは、祈りでその残虐な行為に応えました。
そのような姿に共感し、中米や南米、カナダ、そしてオキュパイ運動に参加していた若者達も、このムーブメントに参加しています。


退役軍人2000人も、スタンディングロックの運動に参加し、12月5日に、軍部の意志が変化



アメリカ軍部から、2016年の12月5日までに、キャンプの撤去するように勧告されていて、緊張感が高まっていました。
そこで、ナバホ族の退役軍人が、アメリカ中の退役軍人に、スタンディングロックの支援を呼びかけたところ、約2000人の退役軍人が、12月5日に集まりました。
そして彼らは、反対運動をしている側に立ちました。
現役の軍人と退役軍人が、対峙することになってしまいました。
その事実を目にした軍部は、急に態度を急変させて、ダコタパイプラインの建設許可を却下して、今は一度、一応、工事は止まった状態になっています。

しかし、まだ工事関係の機材も、軍の人達も撤収したわけではなく、工事中止と言いながらも、新しい溝を掘る工事をしていたりするそうです。
新しい大統領のトランプ氏は、オイル政策を推進する意志が強いので、また状況が変わる可能性が高く、まだ約4000人の人がキャンプに残っています。(まうみ注・大統領令によって工事は再開されました)
今の季節、ノースダコタの大平原は、気温が-40度から-50度になります。
皆、薪を燃やして暖をとっていますが、ノースダコタは平原なので、薪があまりありません。
そこで、全米の人が協力して、スタンディングロックに薪を運んでいます。


様々な宗教者も、スタンディングロックに協力しています

アメリカには、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などの、多くの宗教が混在しています。
その様々な宗教の聖職者の中で、「大地を守ろう」という思いある人達が、約500人集まり、スタンディングロックで活動し、そのうちの約200人が逮捕されました。
そして、その裁判の中で、人権をアピールする、という活動もしている人達もいます。

そのような活動を、真剣に受けとめている人達も、全米に多くいて、そのうねりの中にスタンディングロックがあります。


沖縄の人達との共感



私たちは、一昨日まで沖縄に行き、辺野古や高江を訪問し、現地の人と交流してきました。
沖縄の人達は、スタンディングロックのことを良く知っていました。
沖縄の人達も、アメリカのインディアンも、政府に虐げられてきたからです。
私たちのアメリカからの訪問団30人の内に、黒人やネイティブや平和活動している退役軍人もいて、沖縄の皆さんも、私たちの訪問を喜んでくれました。
スタンディングロックの問題は、スタンディングロックだけの問題ではありません。


それぞれの場所で、スタンディングロックを作っていこう

それぞれの場所で、スタンディングロックのような、精神的な祈りの運動の場をを作っていこう、という運動がひろがってきています。
ニューヨークのマンハッタンから北に約80キロ、ハドソン川沿いのインディアンポイントというところに、原発があります。
その原発のすぐ側にも、オイルのパイプラインを通す計画があるのです。
この計画も、あまりにも危険ということで、地元のインディアンの「ラマポラマぺ族」の人達が、そこでキャンプを始めました。

私たちも、3月11日に、このインディアンポイントに到着する予定で、祈りのウォークをする予定です。
「水が私たちの命」というメッセージを、発信していきたいと願っています。
ニューヨーク州には、シックスネーション(イロコイ連邦)のネイティブの人達がいますので、彼らに、ウォーターセレモニーを、ウォークの最初と最後にしていただく予定で、色々な人達と協力して、このウォークもしていく予定です。

ニューヨーク州、ニュージャージー州でも、地元のスタンディングロックができています。

スタンディングロックはこれから精神的改革の中心になると感じています。

スタンディングロックと共に立ち上がりましょう。



以上 安田純法尼のお話からでした。


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ということで、バタバタとみなさんの寝床と夕飯を用意し、純さんと4人のワーカーさんたちをうちにお迎えしたのが、先週の金曜日、行進開始の前日でした。
いよいよ始まるんだな、という興奮がわたしを厚かましくさせたのか、いつの間にか気がつくと、メモ用紙を手に、純さんにインタビューをしていました。
彼女は世界中どこにでも出かけて行って、祈りの行進を実践する、歩く尼僧です。

1978年に、アメリカ政府が提出した『インディアン撲滅法案』に反対するために行われた、アメリカのサンフランシスコからワシントンD.C.までの約4000キロの行進にも参加された純さん。
『水の権利』『森の権利』『信仰の権利』などの権利を守るため、多くのインディアンたちが『歩く』という行為で立ち上がった、『祈りの行進』でした。



純さんに、その行進に参加するよう勧められた、純さんの師である藤井日達上人は、

アメリカが平和に変わっていくとしたら、それはインディアンの人達の祈りが中心になるでしょう。
インディアンの祈りの中で、変わっていくでしょう。

しかし、この約500年間、インディアンは弾圧され、虐殺され続けてきました。
ある時は、約1000万人いたといわれるネイティブが、70万人にまで減ってしまった、と言われています。
ですからある意味、力を失っている部分がありますから、太鼓を打って後ろからついていって下さい」

とおっしゃったそうです。

アメリカンインディアンの祈りはまず、敵対している、あるいは憎んでも憎みきれないような相手に心を馳せ、その人の和平と健康を祈ることから始まると聞いたことがあります。
経済発展に重きを置き、快適便利な暮らしを電波に乗せて煽り、それこそが人生で必要なことだと疑わない人たちに支持された政府からの、
執拗で過剰な迫害を受け続けながら、それでもなお、その精神性の高さ、広さを保ち続けることは、どれだけ難しかったか。

「大地をうやまい、大地に帰る。大地を母として祈り、大地の上に全て繋がっている」
として、彼らたちは、大地と水を大切にしてきたのです。

その、大地や水を大切にしたいという切なる思いと、非暴力を貫く決然とした態度が、スタンディングロックの祈りとして、徐々に世の中に知れ渡りました。
大きな権力や企業の欲望に、じわじわと時間をかけて滅ぼされようとしているのは、他の誰でもない、わたしたち自身であり、わたしたちの未来であると、気がついた人が増えてきました。

純さんはわたしに、やんちゃだった若い頃のこと、そして、これまで歩いてきた国々で接した市井の人々とのエピソードを、いろいろと話してくださいました。
またいつか、純さんのことを詳しく紹介する機会を作りたいと思っています。お楽しみに。

純さんは、
「祈りを学びたかったら、まず相手のことを学びなさい」
「生きとし生ける、あなたにつながる全ての命に対して祈りなさい」
「自分たちのミッションは、母なる地球をお世話し、守っていくことである」
という、アメリカインディアンの教えを教えてくださいました。

2枚目のメモのあちらこちらには、純さんの思いが短い言葉で書き記されています。
「どうやって人を変えられるか…変えられるのは人ではなく、自分自身」
「お祈りして歩く」
「南無妙法蓮華経を唱える」
「それぞれの人の心の中に仏様があって、すべての命は尊ばれる」
「仏様というのは、聖なる美しい思い。輝く朝日」
その一つ一つが純さんの声に溶け込んで、わたしの心の奥深いところに、流れていきます。
これらの言葉を書き留めている間、わたしの魂が少しずつ、清められていくような気がしました。

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土曜日の早朝、もう純さんのお祈りが始まっていました。


あわわっ!!空と海の爪とぎ台にっ?!






みんなも集まってきて、







ここでちょっと私的なことを少し。
実は、この『南無妙法蓮華経』という題目、これを耳にするたび、わたしの心はざわざわするのです。
もうかれこれ45年ほどの年月が経っているというのに、やれやれ…と思わないこともないのですが。

ティーン時代に突入した頃のことです。
『波乱万丈』が服を着て歩いている、と言われたほどに悲惨だった時期の始まりに、新しく家族として加わってきた人たちが、創価学会の熱心な会員だったのです。
なので、一緒に暮らすようになってから一家離散までの6年間、毎朝毎晩、約40分ほどの間、「なんみょーほーれんげきょー」の連呼を聞かされました。
その人たちと関わりを持ってからはさらに、波乱万丈に磨きがかかり、命からがらという場面を数回経験させられたこともあって、
どうもこの『南無妙法蓮華経』という題目を聞くと、その頃の、思い出したくもないことだらけだった、それこそギリギリで生きていた自分の気持ちとリンクしてしまうのです。
だから、唱えようとすると喉が詰まり、ずっとできないままでいたのでした。
「なんみょー」じゃなくて「なむみょう」なのだからいいじゃないか…なんてヘンテコな言い訳を考えたりしましたが、なかなか声にすることができません。
それがここ最近になって、わたしの周りに、『南無妙法蓮華経』と唱える人がわらわらと現れてきて、そしてその人たちがまたみんな素晴らしい人たちで、
おかげで、わたしの心に深く刺さっていたトゲが、少しずつ溶かされてきているような気がします。


さあ、いよいよ出発!


到着した波止場は、覚悟していた以上に寒かった!




奥に見えるのは、巨大なオイル工場です。


いやもう、ほんっとに寒いったらありません!
昨夜、強風のために運行が遅れ、シカゴ空港で乗り継ぎができなくて、しばらく行方不明になられていた池田上人(左端)も無事到着。(あっこちゃん、何度もの空港通い、お疲れ様でした)


行進の参加者が続々と集まってきました。






沖縄からやって来た若者たち、ゆりかさん、しおんさん、たくま君。この寒さはこたえるだろうなあ…。


右端の青いジャケットを着た女性は、全盲のネリアさん。彼女は心の目で世界をしっかり捉えている、それはそれはパワフルでおおらかな人です。






突然、右方向から、巨大なタンカーがやってきました。


オイル工場にオイルを運ぶタンカーなのですが、これが汚染の源になっているのですから、とても皮肉な感じがしました。




水のセレモニーを行ってくださる人が、予定の時間を30分過ぎても現れません。
風がびゅうびゅう吹き荒れる極寒の気温の中、手分けして車の中で待つ、というのはどうですか?と尋ねると、
「スタンディングロックで闘っている人たちのことを思えば、これぐらいなんてことはない。彼らの犠牲に心を添わせるためにも、外で待ちましょう」と純さん。





セレモニーを行う台場に集合しました。
















沖縄から、ハワイから、遠く離れた州から、たくさんの人が集まりました。

ニュージャージー州はもちろん、全国のパイプラインに反対すると表明する、緑の党で知事候補のデイル氏が、メッセージを伝えました。






それにしても寒い!寒すぎる!しかも、1時間半経ってもまだ到着しない、水の使者さん!
ということで、寒さ凌ぎに歩くことにしました。








おぉ〜!!やっと到着!!


彼女が運んできてくださった聖水を、汚されて弱っている川に注ぎ、よみがえる力を与えようという儀式。
















こういう儀式には、子どもの参加がとても意義があるのだそうです。




川に注ぎます。






さあ行進が始まりました!










ウォーカーズ全員の無事と健康を祈ります。
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