ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

白髪染めやめます!とりあえず…

2018年11月10日 | ひとりごと
白髪のことを考えてきた。

毛染めとはつい3年ほど前まで縁がなかった。
60が目の前に近づいてきたときに、ある私立高校の音楽教師にならないかという話が上がり、チラチラと見え始めていた白髪を染めて、わたし、そんなに歳とってませんからと誤魔化そうとした。

それで初めて、白髪染めなるものを美容院でやってもらった。
それまでも、表に出ていた白髪は本当に少なくて、見つけたら抜く程度で済んでいたんだけど、やっぱりきっちり染めると印象が違った。
けれども、それまではツルツルツヤツヤしていた髪の毛が、一気に元気が無くなったように見えた。
髪を洗うたびに、頭皮や髪から漂ってくる毛染めの匂いを嗅ぎ、痛めつけられた髪の毛の悲鳴を聞いた。

確かに、白髪が一本もない真っ黒な髪は、若かった頃(といっても50代後半まで真っ黒だったんだけど)の自分を思い出させてくれる。
ある日突然気がついてびっくりするシミやシワが、しっかり顔に刻まれていても、その周りの真っ黒な髪が気持ちを持ち直させてくれる。
でもそれも、ほんの1ヶ月半ぐらいのことで、抜いた白髪がまた生えてきたり髪の毛全体が伸びてきたら、あ〜あ、また行かないとなあ…という現実に引き戻される。

だけど、そう何回もあのきつい化学薬品を頭につけるのは嫌だから、できるだけ日を延ばして、もう幾ら何でもと思うところまで待ってから行く。
だから4ヶ月に1回。
カットだけのときは半年に1回だったので、年に1回だけ増えた。

でも、そんな毎日の中で、何度も何度も考えている。
白髪染めをやめるべきなんじゃないか?と。

でも、日本に帰省するときなんかは、懐かしい友だちに会ったり、初めての人と会ったりするから、なんかごま塩頭は気が引ける。
それで毛を染めて、若作りして、こちらに帰ってきてからバカらしくなって、なんでこれがわたしですってきっぱりできないんだろう…と思ったりする。
けど、みんなきれいに染めてるんだもんなあ…。
その『みんな』っていうのをまず止めよう。
あなたはどうしたいの本当は?って、自分にしっかり聞いてみよう。

こちらでは、白髪ではなく銀髪って言う。
もちろんこちらでも、銀髪を染めている人はいっぱいいる。
けれども、毛髪の色が文字通り色々だし、銀髪が年相応の美しさだと思っている人もかなりいる。

今までずっと、え?まうみって60歳超えてるの?と、びっくりさせるのが楽しかったし、びっくりしてもらえて嬉しかったんだけど、
もうそういうのは終わりにしよっかなあ…。

アナウンサーの近藤サトさんが、避難用袋の中に白髪染めを入れている自分に気がついて嫌になり、それからきっぱりと止めたって言ってた。
彼女はまだ50歳になったばかりだと思うけど、
「若く見せようとするより、視聴者から「あの人も年を取ったわね。私も年を取るはずだわ」と見られればいいんですよ」
って言ってた。

若く見せようとする。

ここだね、わたしの捨てきれないところは。
でももうやっぱり止めよう。
還暦過ぎて、来年からは年金をもらうんだから。

ほんの3年間の毛染めだったんだけど、いっぱい考えさせられた。
きっとわたしの頭皮も髪も、この決定を喜んでくれると思う。
何度抜かれても歯を食いしばって生えてきてくれる、今はまだ短い白髪くん、染めたとこから先は真っ黒だけど、根本から数センチは真っ白な白髪くん、

虐待はもう終わり。
これからは大事にするからね。
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インデイアンサマーのひとりごと

2018年11月01日 | ひとりごと
毎年10月の下旬にやってくる『インディアンサマー』。
今年は11月の頭にやってきた。
今日は半袖姿の人が多かった。



『インディアンサマー』というのは、晩秋から初冬にかけての、風が弱く穏やかで暖かい日が数日続く時のことを言う。



あと、気温や天気のことだけじゃなくて、「人生や時代が落ち着いてきた晩年期」とか、「晩年の穏やかで落ち着いた生活の続く一時期」などの意味があるらしい。

一時的っていう意味合いに、ちょっとドキンとしてしまうのはわたしだけだろうか…。



明日は雷が鳴るという予報が出ているので、多分それで気温が一気に下がり、また秋らしくなるのだろう。




昨日は子どもたちにとってはお楽しみのハロウィーンだったのだけど、今年はどうしても気分が乗らなくて、キャンディやチョコレートを買わないまま当日になってしまった。
朝からマンハッタンに出かけ、スタンディングをし、とんぼ返りで家に戻ってレッスンをしたら、買い物に行く気力も失せて、楽しみにやって来るだろう子どもたちに心の中で「ごめんね」を言いながら、家の中の明かりを消した。

ドアベルは3回鳴った。
この家の大人はもしかしたら、真っ暗な家の中から飛び出して、驚かせようって魂胆かもしれない。
なんて想像して、ドキドキしながらベルを押したんだろうなあ…。

ごめんね子どもたち。
来年はきっと、ちゃんと準備するからね。

このお方はずっと、この木に引っ掛けられたまま、ワハハワハハと笑っていた。



ぼちぼちとそれなりに色づいてきた紅葉を眺めながら、ついこの間年が明けたと思ったのに、もうあと2ヶ月で次の年がやって来るんだと、この時間の過ぎ方の早さにポカンとしてしまう。



年を取ると時間の過ぎ方がめちゃくちゃ早くなるって言うけど、いやいや、今どきは小学生だって同じことを言っている。
インターネットがどんどん発達してきたことが、原因の一つだって聞くけど、その通りだと思う。
ピーピーピージャンジャンジャンなんていう音を聞きながら、コンピューターの立ち上がるのを、5分近くかけて待っていた時から比べて、
今の社会には、数秒待つのも苦痛になるような、パッパッと物事が進むのが当たり前の感覚が蔓延している。
それほどさっさと済ませられるのだから、時間に余裕ができて、空を眺めたり町並みを眺めたりしてゆったりしているのかというと全く逆で、
どんどんどんどん、次から次へと、やること考えることを抱え込んで、なんでこんなに忙しいんだろうと悲鳴をあげている。



気がついたら木々が芽吹いていて、気がついたら花が咲いていて、気がついたら花が散って若葉になって、気がついたら紅葉してて、気がついたらすっかり葉が落ちてしまっている。
季節を感じる暇ぐらいあるだろうに、過ぎ去っていこうとする季節の尻尾を見て、ああ、もう行ってしまうのかと寂しくなる。

新年のお祝いが終わり、ヴァレンタインデーの大騒ぎが終わり、イースターで家族と会って、母の日でまたまた大騒ぎして、父の日は地味に終わり、独立記念日の花火を観て、夏休みを満喫し、ハロウィーンを楽しみ、感謝祭とクリスマスを家族で過ごす。
世の中は、次の行事の予告に余念が無い。
今はだから、スーパーなどの売り場では、感謝祭のメニューに合った食材や調理器具、グリーティングカードが強調されている。
ああ忙しい。



年の初めになると必ず、今年こそはもう少しゆったりとした毎日を送るぞと、けっこう真剣に思っているのだけど…。

多分来年もしばらくは無理だな。
史上最悪の安倍政権がまだ続いているだろうし、自分自身の作曲や指揮の勉強(多分ピアニカ演奏の特訓も加わる)にも励まなければならないし、
来週の火曜日の選挙でどんな結果が出るのかまだわからないけど、この国のトランプ政権も相当荒れているから。

人生の『インディアンサマー』は、まだもう少し先かな。
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マエストロと友だちとおしゃべりと

2018年10月22日 | ひとりごと
来年の秋か冬に、カーネギーの地下にあるザンケルホール(600席)で、ACMAのオーケストラとコーラスだけのコンサートをしようという計画があげられた。
ここ数年の間にメンバーが少しずつ増えてきて、今現在は30名強の弦と木管金管の奏者が集まった。
これまでずっと、その楽団の指揮を務めてきたアルベルトが、ACMAのエグゼクティブディレクターの役目をニールに引き渡し、指揮活動に重点をおくことにしたのだけど、
それでもまだ大変だから、副主席の指揮を引き受けてくれる人を探したいと言うので、わたしは勢いよく「やらせてほしい」と手をあげた。

「え?まうみ、指揮できるの?」
「は、はい!(多分…)」
「経験があるの?」
「は、はい!(ちょびっとだけど…)」

コンサートは一部と二部に分かれていて、一部はオペラからの10分以内の小曲とバッハのピアノコンチェルト第1番、モーツァルトのピアノコンチェルト、二部はブラームスの交響曲第1番全楽章。
新米のわたしは、二部のオペラの小曲とバッハを振らせてもらうことになった。
さっそく楽譜を取り寄せて、ユーチューブの動画を使ったり、鏡の前に立っての基礎練習をしたりして、それはそれは張り切って練習を続けた。

ブラームスの交響曲第1番を演奏することについては、わたしは賛成できなかった。
なぜなら、オーケストラはまだ起動に乗り始めたところだし、各自がそれほど素晴らしい演奏能力を持っているというわけでもないからだ。
曲はいつもアルベルトが決めていた。
今回、ティンパニー奏者が見つかったからというのが、ブラームスの曲を決めた大きな理由だと聞いて、さらに反対したくなった。
確かにあの曲はティンパニーの存在が欠かせないのだけど…曲の選定の理由としてはいい加減過ぎる。
でも、彼自身の中ではきっぱりと決まってしまっていて、それをどう説得しても変えられないとわかったので、曲の変更について話し合われることはなかった。

その後、わたしがはたして指揮ができるのかどうか、それを確認するための練習日が設けられた。
その時に突然、バッハの曲は却下されたことを知った。
ものすごく練習して、ほぼ暗譜していたから、かなりがっかりしたけれどまあ仕方がない。
その練習には、ピアノでオーケストラパートを弾くアルベルトと、コンサートマスターのバイオリニストとソプラノ歌手が参加してくれた。
2時間のリハーサルを終えて、大丈夫だとみんなを安心させることができたのだけど、その後、これまた何の知らせもなく、今度はオペラの曲が変更された。

変更を受けて、またその新曲のためのテストリハーサルが行われ、それにも合格した。
今回は、ソプラノとアルトのデュエットで、やはりテンポやリズムがコロコロ変わる指揮者にとってはやりにくい曲だけど、
川辺に咲く花を愛でる二人の女性の姿や、美しい花や小川の流れが目に浮かぶような素敵な風景を、オケと歌手と一緒に、音で表せたらいいなあと思った。

それからまた、新曲の練習を重ねた。
独学ではなく、きちんとレッスンにも通うことにした。
するとアルベルトから、「最初の合わせ練習は、オーケストラのメンバーが動揺しないように、僕が振ることにするよ」と書かれたメールが送られてきた。
「まずは僕が曲の大体の形をまとめて、そのあとまうみにバトンタッチする方法がいいと思う」
ということで、今度は彼のためのリハーサルをやることになり、わたしがオーケストラパートのピアノ譜を2日で仕上げ、木管楽器主席と絃楽器主席の2名、それから歌手2名が集まった。
わたしはその日、オケパートを演奏することに専念したのだけど、アルベルトの指揮に合わせているうちに、どんどん不安になっていった。

これまで、曲の却下や変更が、何の相談もなく行われてきた。
もしかして彼は、この曲も振りたくなったのではないのだろうか。
もやもや雲が胸いっぱいに広がってきて息苦しい。
そんな気分でリハーサルを終え、アルベルトにはっきりと聞こうと思ったら、彼の方から話があるから近くのスタバに行こうと声がかかった。
歌手以外のメンバーと一緒に店の中に入り、各自の飲み物を手に席に座った。

「あれからよく考えたんだけど、ザンケルホールでの失敗は許されない。質の良い演奏をしなければならないことを考えると、ブラームスは今のオケでは無理だと思う」
「…(だからあの時、わたしたちはあんなに反対したんじゃない。それをゴリ押ししたのはあなただったでしょうが)」
「で、ブラームスのかわりにベートーヴェンの1番をしようと思う」

モーツァルトとベートーヴェン。
無難といえば無難だ。
でも、聴く側のお客さんは飽きないかなあ…。
今回もまた、違う理由で、オケのメンバーは渋い顔をした。

結局、わたしの話は出来ずじまいで別れた。

街まで迎えに来てくれた夫との待ち合わせ場所に向かう。


もやもやとぶすぶすが入り混じった心と、急に冬になったみたいな寒さについていけない体が、わたしをどんどん不機嫌にしていく。

空はこんなに晴れているのに。


あのクレーンが落ちてきたら大変だ。


黒いビルの右側は、ぶっといパイプがくっついている。


夫よ、メンクイ亭でお腹がいっぱいになるまで、ずっと機嫌が悪かったわたしを許してください。


美しい音楽を演奏する人たちの間にも、良い世界を願って活動する人たちの間にも、政治は存在する。
エゴやプライドが過剰になると、大小さまざまな衝突が発生する。
言った言わない、やったやらない、聞いた聞かない、見た見ない…。
思い込み、勘違い、説明不足や説明過多が生む衝突が、あちこちにゴロゴロ転がっている。

SNSは世界を広げ、気持ちの疎通を妨げた。

キーで打ち込まれていく言葉に、発信する側が込めた気持ちは、受信する側が読んだ途端に、受信する側の望む姿に変わってしまう。
想像する力は、送る側も受け取る側も、相手を尊重しているかどうか、好きかどうかで、強くなったり弱くなったりする。

友だちも同志も、どうしたって他人なんだから、大事な話をするときや話を曲解される可能性が大きいときは、少なくとも電話で、できたら会って話をするべきだと、
春からこれまでの半年の間に、しみじみ考えさせられた。


それで、先週行けなかったふみこさんちに、のんちゃんと一緒に押しかけた。

いつもの超〜ウマな一品料理の数々(写真はねぎ納豆をお揚げさんに詰めて焼いたもの)と、とんでもなく玄人はだしの和菓子。




話が弾みすぎて、あっという間の9時間?!
それでもまだ足りない。
終わり頃にはあっこちゃんもやって来た。

彼女は今、本当に大変な時を踏ん張って過ごしている。
乗りきれるには相当な気力が要るだろうし時間もかかるだろう。
でも彼女は、SOSのサインを出してくれた。
だから助けたり手伝ったりできる。
そこには政治なんてまったく関係がない、助けてほしい人と助けたい人がいるだけ。
気持ちが先にきちんとつながっていると、SNSでも気持ちが通じる。
想像すること、尊重すること、思いやることがまず一番にある人と人は、気持ちを歪めたり歪められたりする心配が無い。


夫がバーベキューコンロで焼いてくれた焼き芋と焼き茄子…うまかった〜…。
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漢方のおはなし

2018年10月15日 | ひとりごと
毎朝毎晩、大さじ山盛りをお湯に溶かしたわたし用の漢方を、エイっと覚悟を決めて飲む。


マンハッタンのソーホーにある診察所に11時。
9時45分発のマンハッタン直行のバスに乗って行けば十分間に合うだろう。
…と思ったのが甘かった。

ここは日本ではなくてアメリカなのだ。
それをすっかり忘れてた。

バスがやって来たのは、30分遅れの10時15分。
このバスは大抵10分から20分遅れるけれども、そしてたまーに通過時間より早い時間に来て、知らんふりしてスーッと走り去って行ったりもするけれども、
この時間帯だと滅多に道が混まないので、マンハッタンのミドルタウンまで30分もかからないだろうから、そこから地下鉄に乗ったらギリギリ間に合う。

念のために普段から用心深い夫にも聞いてみたら、大丈夫だと太鼓判をもらった。

だが…すでに30分遅れのバスが、ニュージャージーとマンハッタン島をつなぐリンカーントンネルのうんと手前から、とんでもない渋滞に巻き込まれてしまった。
やっと終点に到着した時にはもう11時25分になっていて、地下鉄の駅に走るよりタクシーに乗って行くほうが早いと思い、ウーバーの車を予約しようとしたら、なぜか支払いができなくて車を呼べない。
もうヤケクソで南下するアヴェニューまで走って行き、そこでタクシーを拾った。
タクシーに乗ってからも、なぜか街中の道がどこもかしこも混んでいて、時計を見るだけで心臓の鼓動が早まってしまうので目を閉じた。

11時45分。
やっと到着。
9階までのエレベーターがやけにゆっくりに思えた。

部屋に飛び込み、出迎えてくれた漢方医のダニエルと秘書の人に、ごめんなさい!ほんとにごめんなさい!と謝ったのだけど、もう診察時間はほとんど終わりだ。
バスやタクシーの中からメッセージを送っていたので、事情はわかってもらえているのだけど、次の患者さんが来るはずなので、脈診と舌の観察だけでもやってもらえたらありがたいと思っていた。

申し訳なさすぎて縮こまっているわたしに、ダニエルはニコッと笑って、「まあこちらへどうぞ」と隣の部屋に手招きしてくれた。

「もうこんな時間になってしまったので、また別の日に来ます」と言うと、「少しなら大丈夫だから」と、椅子を進めてくれた。

夫は今、2年間のカリキュラムで漢方を学んでいる。
ダニエルはその学校の先生なのだ。
先日、ダニエルが夫のために処方した漢方がすごく良さそうだったので、わたしも処方してもらおうと思ってお願いすることにした。

2、3枚の、すでにわたしについてのアレコレが書かれた紙に、ダニエルの質問に答えるわたしの言葉が書き足されていく。
大きな事故や事件が起こった15歳から31歳までの話は、診察時間が何時間あっても足りないからと、夫が先にダニエルにメールで伝えてくれていたのだけど、
ダニエルはその時その場で、わたしが目で見たこと耳で聞いたことを、さらに詳しく話して欲しいと言って、そのいちいちを書き込んでいった。
そしてわたしは、この夏に知った、とても大きな記憶違い(というより記憶をすっかり消して、全く違うものにすり替えていた)のことを話した。

ダニエルはその時、それまでよりも一番深くうなずいて、わたしの目を彼の目にくくりつけるように強く見つめた。

時間がとても気になったのだけど、ダニエルは一向に話を止めようとしない。
話を締め括ろうと、「結局何度も死にかけて、そのたびに助けてもらった人生だから、感謝しかありません」と言うと、
「僕も何度も死と直面しました」とポツリと言ったので、本当にびっくりした。
「こんなことを聞くのはいけないことかもしれませんが、もしよかったら理由を聞かせてもらえませんか」と言ってしまった。
すると何秒か間があいて、床からわたしの目に視線を戻したダニエルは、「親です」と答えてくれた。
「親?」
「そうです」
「虐待、ですか?」
「そう」
「おとうさん、ですか?」
「そうです」
「それも、死を意識するほどの…?」
ダニエルは薄く笑ってうなずいた。

今度はわたしが言葉を失くしてしまった。

「記憶がどこかで切れてしまったり、失ったり、全然違う状況にすり替えて覚えていたり、そういうことは起こります」
「そうしないと体や心が壊れてしまうギリギリのところで、意識の有る無しにかかわらず、脳が判断して、自衛のための行動を取るんだと思います」

漢方を処方する際には、その患者の人となりや体の様子を、とても丁寧な会話を通じて理解し、脈をとり、舌を診る。
脈を長い時間とりながら思案していたダニエルは、やっとその手を離したと思ったら、「痛みがとてもひどいですね」と言った。
「今は痛みは感じません」と言うと、「体ではなく心です」と言われた。
「心?」
「そうです、心です」
「そんなふうに言われるとは思っていませんでした」
「僕も、こんなふうに心が痛んでいる人を診たのは滅多にありません。トラウマの傷が深いので、そこから治していきましょう」

いい先生に出会えた。

結局ダニエルは、次の患者さんがいつも遅刻して来る人なのでと言って、たっぷり1時間診てくれた。
きっと昼食時間を犠牲にしてくれたのだと思う。

帰り道はゆっくり歩いた。
ゆっくり歩きながら、ダニエルがもうすでに軽くしてくれた心を感じていた。
漢方医は、漢方と言葉で、患者を治してくれるんだなあ。
夫も、鍼灸と漢方、そして患者さんとの会話で、心や体を癒すことができる鍼灸師・漢方医を目指している。
いい仕事だとあらためて思う。
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畑仕舞い

2018年10月07日 | ひとりごと
多分、今年最後の収穫。









今年の畑は、いつにも増してジャングル度が高かった。
というか、夏の間に留守をしたし、戻ってからは体調を崩してしまって世話がほとんどできなかった。

とにかく、このジャングル畑の中心人物、もとい、中心野菜は、オレンジかぼちゃとククッツア。
どちらも植えた覚えがない。
歩美ちゃんが土の栄養のためにと混ぜ込んだコンポーストの中に、それらの種が入っていたとしか考えられない。

野菜作りに関してはいまだに素人なので、その野菜がどんなふうに育っていくのかがわからなくて(わからないのなら調べろと自分でも思う…)、
何かの芽が出てくると単純に嬉しくて、大きくな〜れ大きくな〜れと、トトロみたいに伸びろ伸びろ〜とけしかけるだけで、ある日気がつくととんでもないことになっていて、それを見て途方に暮れるワンパターン。

来年はククッツアもオレンジかぼちゃも、もし生えてきても伸び放題をさせない。
そう自分に言い聞かせていたら、夫がかなり呆れた顔して頭を振っていた。


ククッツアの花はそれはそれは上品で美しい。


けれども、畑一帯にツタを伸ばし、ぐんぐん生い茂っていく厚かましさは、これまでのどの野菜よりも群を抜いていて、隣の葉っぱもの畑にまで伸びてきた。


ククッツアの産毛。


実もこんなふうにグングン伸びて、地面についてからはグルンと曲げてまた伸びる。


こちらは、ククッツアのライバル、オレンジかぼちゃ。


もう鈴生り。


このサイズのものは、よくハロウィンの飾りに使われているので、食用ではないと思い込んでたんだけど、こんなに成ったのに飾るだけではもったいないと思い、試しに一個食べてみた。


ただ半分に切って、種を取り除いて、それをトースターで10分ほど焼いただけ。


ほんのり甘くてなかなか美味しい。念のために30分待ってみたけれど、お腹も痛くならなかった。イエ〜イ!

今年はククッツアとオレンジかぼちゃの勢いに負けて、ちょっと遠慮気味だった紫豆。


でも、まだまだ生る気満々。



今日(10月7日)も、秋とは言えない、蒸し暖かい日だった。
今年は春も夏も、そしてもう始まってるはずの秋も、みんな変。
どの季節もみんな、雨がやたらと降った。
だから今年は蚊にとっては天国のような毎日だっただろうと思う。
いまだにちょっとでも肌を晒したまま庭に出ると、一瞬で10匹以上の蚊に刺されてしまう。

でも、そんな変な秋でも、一部の葉っぱが色づいてきた。




ようやく散歩でもしようかという元気が出てきたので、ちょいと外出。




20歩ほど歩くと隣町。このガス燈が立っているのが目印。



 
地面をついつい見てしまう。








まだまだ夏が居残っている。




根っこの強さ。


咲き残った花。










おまけ:シンクの水をごくごく飲んでいる正体不明のちっちゃな虫。
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夏の日本旅行・2018(終わり)

2018年10月02日 | ひとりごと
あっという間に日が過ぎて、総裁選が終わり、太郎さんのドキュメンタリー映画『Beyond The Waves』の上映会が終わり、沖縄県知事選が終わり、もう10月に入ってしまった。
もちろんしつこい時差ボケからも抜け出した。

夏の日本旅行の後半というか、母と義父が暮らす三重県に移動してからの2週間のエピソードを、ずいぶん遅くなってしまったけれど書き記しておこうと思う。

ちなみにこれは東京のデパ地下の、カウンターのみの小さな和食屋さんで食べたランチ。


ちっちゃなおかずがみんな美味しくて、サービスも細やかで、なんだかもう嬉しくなって体をルンルン小刻みに躍らせながら食べてたら、両隣のお客さんに変な顔で見られてしまった…。

JRの駅で電車待ちしていると、長い長ーいコンテナ列車が通る。




一年ぶりの実家では、「ユリがおかえり〜って言うてるで」と母。


母は今年84歳。
もうあかん、もういつ死んでもおかしないと、毎年同じことを言ってるけれど、耳は地獄耳、抜いた歯はゼロ、親知らずも入れて全部で32本、すべて揃っている。
老眼鏡がすぐに合わなくなって見えにくい、足がふらついて歩きにくいと言うけれど、よくよく観察していると、どうも彼女は50代の目と足のままでなくてはならないと思い込んでいるようだ。
もしくは、80代でもスタスタ歩き、どこにでも出かけて行く人が、周りにたくさん居て、それが当たり前なのにと思っているのかもしれない。
確かに母がこれまでの人生で酷使したのは目と足で、だから他の部位より上手く機能しない問題が出てきているのだろうけれど、
どうやら彼女のスタンダードが高過ぎて、結局自分自身の在り方に満足できず、不満を日々募らせているようにも見える。

でもまあ、今年の3月にインフルエンザにかかってしまい、それから2ヶ月ほどずっとしんどい思いをしたし、妙な湿疹や肌荒れが指全体に出てきたりしてたので、
せめてわたしが居る2週間ぐらいは、おさんどんや他の家事を引き受けて、少しはゆっくりしてもらおうと思ったのだけど、
ここでもまた自分のやり方でないと気が済まない性格が災いして、全部丸投げができない母なのだった。

「あんたみたいに人任せができたらええんやけどなあ」、と母84歳は恨めしそうに言う。
「わたしだって、自慢やないけど、ここまでになるには相当の修行が要ってんで」、と娘61歳は小鼻をふくらませて言い返す。


母の終活に付き合って、彼女の30代の頃からの着物と帯を部屋に並べ、アメリカに送りたいもの、寄付するものに分ける作業をした。
箱詰めをしたら13キロ、船便で送るよう郵便局に行く。
すっかり出不精になっている母だけど、急きょ勤め先に承諾を得て休みを取ってくれた弟と4人で、近場の温泉、それも名前がとても可愛い『やっぽんぽんの湯』に行くことにした。
「やっぽんぽん」と聞くと自動的に「すっぽんぽん」という言葉が浮かぶ…病気か…?


その家族旅行の直前に、ウィーン国立音大で教えている幼馴染の親友佐和子が、故郷でピアノコンサートをするというので聞きに行った。
小学校の頃からお世話になったピアノの先生のお家でゆっくり過ごさせてもらい、本番の前日だけども、先生と一緒に彼女に会いに行った。
翌日のソロ曲や伴奏曲、それから大阪フィルハーモニー交響楽団メンバーによる木管五重奏とのアンサンブル曲、盛りだくさんのプログラムで、聴く方は嬉しいのだけど本人は大変だろう。
なんて思ってたら、なんと彼女は、そのコンサートが終わってすぐにウィーンに戻り、コンクールの伴奏(それも膨大な数の曲)を大急ぎで仕上げなければならないらしい。
すごい…としか言いようが無い。

そして当日、彼女のピアノ(弱く弾く音)がいつも大好きで、それを楽しみに聴いていたら、ピアノからフォルテ(強く弾く音)までの間に、今までよりももっといろんな響きや深みを出せるようになっていて、聴いていてとても心地よかった。
今回は文化協会事業の40周年記念事業ということで、会場には大勢の人が聴きに来られたのだけど、幼稚園の頃の先生や高校の同級生にばったり会って、即席の同窓会気分を味わうことができた。

ホールの駐車場で、大阪から迎えに来てくれた弟に拾ってもらい、母と義父がすでにもう着いているはずの滋賀県のホテルに向かう。
大雨が降った後に、大きな虹が現れた。




風力発電がいっぱい。


大型の台風が近づいているので、空はかなり不安定。


いきなり現れた神社の横をひたすら走る。


弟とはいつも、ゆっくりと時間を一緒に過ごせないまま別れてしまうことが多いので、このドライブは嬉しかった。
一緒にいても、別段何を話すということも無いのだけど、なんか楽しいんだなあ、一緒にいると。
元気そうだけど、体にちゃんと気をつけて、これからも長い間生きて、また一緒に遊びに行こう。

ホテルに着くと、母と義父はもうグランドゴルフのコースをふた周りもして、お風呂にも入っていた。
万歩計で測ると1万歩近く歩いたという。
途中で雨が降ってきて、いよいよ台風かと思ったけど、少ししたら止んだのでまた続きをやった、のだそうだ。
アスファルトは歩きづらいけれど、整備されたゴルフのコースはふわふわして気持ちがいいから、だそうだ。

このホテルは初めて来たのだけど、自宅から40分ぐらいで来られる母たちは常連さんで、ゴルフだけしに来たりもする。
温泉の湯は透明だけど、浸かった瞬間に肌がツルツル(どちらかというとヌルヌル)するお湯で、お風呂から上がる際にもったいなくてシャワーなんて使ってられないと母。
ふむふむ、楽しみ楽しみ。

美味しいと評判のお料理をいただく。
















日本の旅行中は、グルテンも白砂糖もカフェインもお酒も全部解禁!
うわさ以上の美味しさに、舌鼓を打たせていただいた。

ホテルは両はしに宿泊の部屋が並ぶ面白いデザイン。


だから一階ロビーがめちゃくちゃ広い。


翌朝起きてすぐに天気を確かめる。
とりあえずまだ雨は降らない様子。

ではでは、いざ出発!
コースを周るグループはわたしたちだけだったので、好きなように遊ぶ。








いろんなバッタが現れた。




4人でいっぱい失敗して、いっぱい笑って、いっぱい遊んだ。
ホールポストに入ったボールを拾うのは腰が痛いからできないと言って、だから義父が拾って渡さないと文句を言う母が、自分が打つボールをピンの上に置くときは、痛いのいの字も言わずに平気でやっている。
それを見て娘のわたしと息子の弟は、ヒソヒソ陰口を言う。
なにはともあれ、元気に遊んでいる母を、ワハハと大声で笑う義父を見ているだけで、どんなに嬉しく幸せか。
ありがたいことだ。

お昼を食べてまた2周。これで全員1万歩。

『やっぽんぽんのお湯』本当にオススメです!

そして二日目の晩はまた違う趣向が凝らされていて、これも本当に美味しかった。






これはトマト鍋。










出発の朝、起きて見たら、窓の外はすっかり台風になっていた。
風がものすごく激しい。

大阪に車で戻らなければならない弟が先に出発し、母と義父、そしてわたしの3人も、少ししてから帰途についた。




途中で寄ったスーパーの棚がこんなことに。


久しぶりの日本の台風を経験した。
雨もすごかったけど、家を横に揺らすような強い風が何度も吹いて、その度にドキンとした。
でも、台風時の交通規制が、わたしが日本に居た頃とかなり変わっていたので驚いた。
まだ上陸をしていないときから、早々と運行を止めたり、いよいよ近づいてきたときには、会社や学校に行かないよう、できるだけ外出しないよう呼びかけたり。
こちらに来て、酷暑や極寒、そして自然の猛威が近づいてきたときなどは、テレビやラジオで一斉に外出禁止を呼びかけるのを聞いて、最初は大げさだなあ、なんて思ったけれど、それが当たり前だと気づいてからは、日本はまだまだ自己責任で判断させられてるなあと思ったりした。

相変わらず政府の動きは鈍かったけど、社会のシステムは良い方向に進んでいるなと思えた。

台風のすぐ後に、北海道を大きな地震が襲った。
大雨の後で地盤がゆるんでいたせいでもあったけど、たくさんの山の木が山肌ごとズルリと落ちてしまって、大変な被害が出た。

台風のせいで関西空港が浸水した。
もう気象は今までの、昭和と平成を過ごしてきた者には想像することが難しい激しさを伴って、人間社会を襲うようになった。
国はそのことを無視しないで、いろんな可能性を考慮して、それぞれの地域、それぞれの施設に応じた対策を立て、避難準備や実施を可能にできるよう、予算をしっかり当てて取り組んで欲しい。
マスコミも、ウケを狙ってばかりでなく、人々が知るべきことは何か、一番大切なことは何か、それをよく考えて報道して欲しい。
と、どこのチャンネルを回しても、同じ事件やスキャンダルのことばかりを延々と話しているワイドショーを、家族と一緒に観ながらしみじみ考えた。

母が通っている『うたごえ喫茶?』に飛び入りさせてもらった。
65歳以上の人たちが集まる会なので、わたしはちょっと規定外。
でも、みんなとってもいい声。先生が面白くて大笑いする。


可笑しかったのは、多分以前は音楽の先生や趣味で鳴らしておられただろう男性数名が、大きな声で気持ち良さそうに歌っておられるのだけど、微妙にタイミングがズレる。
それを母にこっそり伝えたら、「そやねん、わたしもそれとなく伝えたろか思うねんけど、それもちょっとなあ…」と苦笑い。
なるほど、有名人さんなのだな。
みなさんは発表会を控えているのだそうで、2回目の会にも参加させていただいたときには、運営委員会とやらも覗かせてもらった。
母ももちろん参加する。

もうあと3日で実家とさよなら、というときに、夜遅くからだけどそれでもよかったらと、名古屋から友人が会いに来てくれた。
残り少ない日の夜に出かけるのもなあ…なんて思ったりしたけど友人にも会いたい。
それで出かけたのはよかったのだけど、帰りが夜中の1時を過ぎてしまった。
裏の雨戸をそっと開けて入り、ベッドに入っていたものの、やっぱり寝てなかった母にごめんと謝って、無事就寝。
ところがその翌日、これまたメチャクチャ懐かしい20歳の頃の、そりゃもう破茶滅茶で大変なヤクザ絡みの毎日を送っていたときに付き合っていたボーイフレンドと、その彼の友人であり、また余命を宣告されたわたしを救ってくれた宗教の現在の管長、そして大大好きなあけみちゃんと会うことになっていて、

なぜか落語会が開催される場所で待ち合わせてるからと、津駅前にあけみちゃんの車で到着。


寄席が始まるまでの間に美味しい食事をいただき、今や社長の元ボーイフレンドが奢ってくれる。




3人と会うこと以外、この会のこともお店のことも全く知らなかったので、キョトンとしたまま昔話に花を咲かせる。
なんといっても40年ぶりの再会なのだ。
わたしは基本的に、学生から大人になる間に知り合った人たちには、行方不明かすでに死亡していると思われているので、同窓会の類の連絡は一切来ない。
だからこういう再会は滅多に無い。
なのでもう、頭の中も心の中もしっちゃかめっちゃかで、どんな顔をしたらいいのかわからないくらいに動揺した。

林家菊丸さん。亀山出身なんだそうな。本物の寄席は初めてだったけど、めちゃ面白かった。やっぱプロのライブっていいな。


会の後、一緒に食事に行って、もうみんな興奮しまくっちゃって、時間があっという間に過ぎてしまい、気がついたら12時?!
あっちゃ〜…母には10時半ぐらいに電話して、これからちょっと食べに行くから悪いけど先に寝て。と伝えたけど、きっとまた起きて待っているはず…61歳の娘を。
結局家に戻ったのは1時半。
母は玄関のドアをちょっと開け、わたしは起きて待っていた(怒)をアピール。
そろそろと入って行くと、廊下に立つ母が居て、わたしはもう門限を破りまくった高校生の女の子気分。
「ごめんなさい」と謝るも、「何時やと思ってんの」と低い声で遮られる。
やばい、これはほんとにやばい。
さらに歯を磨いていると、また母がやって来て、
「わたしは今夜はいささか怒っているよ」と言う。
いささか…なんて文学的な言い方。
などと、感心している場合では無いのだけれど…。
明日はこの家で過ごす最後の日なのに、これだけ怒ってたら口を聞いてくれないかもしれない…などとクヨクヨ思いながらとりあえず布団に入った。

でもありがたいことに、翌日の朝の始まりはまだちょっと硬かったけど、午後からは機嫌を直してくれた。
ありがとうお母さん。

母と義父に別れを告げていざ名張へ。

今回の名張は、伸び代が大き過ぎて、一体どこまで良くなっていくのかと楽しみなメゾソプラノ歌手と、確固たるスタイルをすでに構築してる凄腕ピアニスト、そしてこれまた素敵なマリンバ奏者3人のコンサートを聴きに行くため。
その歌手は、二日前に会ったあけみちゃんの愛娘綾香ちゃん。
あけみちゃんは前々から、絢香ちゃんのことを、母親だからじゃなくて、一人のアーティストとして惚れているからサポートしてるって言う。
その気持ちはとてもよくわかる。
綾香ちゃんのオーラは日々の鍛錬と努力が作り出したもので、彼女が舞台に立つと目も耳もうっとりとして、幸せな気持ちになる。
録画したのを何件かあけみちゃんの方から送ってもらったのだけど、それをここに載せる方法がわからない。
もしできたら載せて、ぜひみなさんにも楽しんでもらいたいと思う。

綾香ちゃんとピアニストの久美ちゃんが、コンサートの直前にワークショップを開いてくれて、発声の仕方や準備体操なんかを一緒にやっていると、ここ数ヶ月、突然声が出ない病にかかってしまって密かに悩んでいたのにずいぶんマシになった。
また家に戻ってから練習を再開しようなんて思ってたら、いきなり「まうみちゃん、歌ってみて」と、「赤とんぼの歌をピアニストの久美ちゃんに伴奏してもらって歌うことになった。
いや、ちょっとそれは無理、まだ喉の詰まりが取れてないからと、言い訳しようと思ったのだけど、綾香の目力にあっさり降参。
カラカラに乾いた喉に無理させて、なんとか1番だけ歌った。
「赤とんぼ」の歌は、わたしにとってはとても大切な思い出の歌。
だから歌い出すと必ず、胸の奥がじーんと熱くなり、じわりと涙がにじんでしまう。
まだ家の中が平穏で、恐ろしいものは両親が退治してくれると信じていた幼い頃に何度か、父におんぶしてもらいながら、彼の背中に耳を当てて聞いた「赤とんぼ」の歌。
ちゃんと歌えなかったけど、それでもやっぱりじーんとして、涙がこぼれそうになった。

この日のコンサートは客席も舞台の上、だから演奏者が間近にいる。
そういう形式は初めてだったので、すごく新鮮で楽しかった。
もちろんわたしはど真ん前のかぶりつき席。
至極の時を過ごさせてもらった。
わたしの横には、これまためちゃくちゃ久しぶりに会った友だちが二人、よねちゃんとみっきー。
二人とも全然変わってなくて、今はピアニカデュオ奏者として頑張っているらしい。すごいなあ。

その夜は、またまた通子先生のお宅に泊まらせてもらう。
一緒にお料理して、いろんな話をして、超お利口なマッサージ機でコリをほぐしてもらって、ああ極楽極楽。
本当は、数日じっくりと集中的に、通子先生にインタビューしたいとずっと思っている。
先生は会うといつも、とても興味深い話をしてくれる。
それはピアノのことだったり、教えるコツだったりいろいろで、ピアノを教えることに情熱をかたむけてきた彼女だからこその気づきや発見の話は、わたしにとっては宝ものだから、たくさん聞いて残したい。

夏の日本旅行はこれでおしまい。




大きなスーツケースを宅急便で送るというのを、今回は行き帰り両方にやってみた。
日本では別に珍しいことではないかもしれないけれど、ここアメリカではそんなサービスは無いし、あってもちゃんと着くかどうかが心配で利用できない。
どちらもちゃんと、それもそんなに高額な費用でもないのに、受け取ることができた。
日本のサービスはほんとにすごい。
こんなのが当たり前って思えるシステムって贅沢だし、それだけ働いている人が居るってことだ。
時間外や深夜に働いている人たちの賃金をもっと上げて欲しい。
これほどの夢のように便利で確実なサービスを提供してもらっているのだから、
本当は、スーパーのレジや駅の切符売り場で、すごいスピードでレジ打ちしたり切符の手配をしてくれる方々にも、迅速かつ的確な仕事をしてくれてありがとうって感謝状を贈りたい。
何回もしつこく言って申し訳ないけど、ほんとに日本のサービスは、決して当たり前なんかじゃ無い。
いっぺんこちらに来てみてください。
すぐにわかりますから。


今回もいろんな人との出会いがあった。
初めての経験もいっぱいした。
まだまだ知らないことだらけ、知りたいことだらけ。
あっつぅ〜い夏の日本、バイバイ、また来るぞぉ〜!!
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無駄な抵抗?

2018年08月19日 | ひとりごと
毎晩寝る前に、水に溶かして飲んでいるマグネシウムとカルシウムの白い粉。


20日分ともなると結構な量だ。

これをスーツケースの中に入れて、空港のセキュリティを無事通過できるかしらん…。
それでなくても、なぜか再検査される回数が多いのだ、わたしは…。

いやあ、かなり誤解を招きそう…なので、容器に写真を貼っつけた。


余計に怪しまれたりして…いや、縁起の悪いことは考えないようにしよう。

というわけで、記事は当分書けなくなると思います。
みなさん、十分に気をつけて、暑い夏を乗り切ってください。
わたしもどこかで、あっぢぃ〜!!と滝汗かいてへたばっていると思います。

ごきげんよう。
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「HANEDAに化けたNARITA」もしくは、「すっかりBOKETA?」

2018年08月16日 | ひとりごと
「アッと驚く為五郎ぅ〜♪♪」

って、これ読んでメロディが思い浮かぶ人は何人いるだろう…ふふふ。

『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』っていうテレビ番組の中で、クレージーキャッツのハナ肇さんがやってたギャグ。
いや、巨泉、前岳、ゲバゲバ90分、クレージーキャッツ、ハナ肇…全部聞いたこともないっていう人も少なくなかったりして…。

今日はこの「アッと驚くタメゴロゥ〜♪♪」を口ずさみながらうなだれることがあった。

「出発前に、フライトスケジュールをプリントアウトして渡しといて」
と、夫に言われ、ホイホイと作業し、ハイヨッと手渡しして数分後、
「ちょっとちょっと、日本の空港、羽田じゃなくて成田になってるけど?」

えぇっ?!
いや、そんなはずないって!!
だって、今回チケット探してたとき、ずっとニューアークから羽田の往復しか見てなかったし、
そやし、1ヶ月半粘っても見つからんと、とうとう観念して旅行会社に電話したときも、成田やなんて名前、一言も言わんかったし。
そやから、「ニューアークから羽田のユナイテッド直行便ありますよ」って言われて、「うわぁ〜そんな便利なんができたんですか!」って感激して、「ぜひお願いします」って頼んだ、つもりやったんやけど…。
あの会話中、担当者が間違って空港名を言ったのか、それともわたしの耳がふさがってたのか…。
去年は、天候不良で乗り継ぎの飛行機に乗れず、泊まりのホテルや次の便の予約とかでクタクタになったし、旅の始まりがぐちゃぐちゃになったので、もう絶対に直行便!と決めていた。
ほんでもって空港は羽田。
そう心に強く決めていたわたしは、送られてきたEチケットを確認してたのに、成田という名前が全く目に入っていなかった。

だから、最初の晩だけちょっとだけ贅沢して、空港付近の普通のホテルを予約した。
もちろん空港は羽田。
夫に言われて初めて、チケットに書かれている到着場所が成田だとわかり、慌てて羽田のホテルをキャンセルした。
ふぅ…。
キャンセル料を取られない期限ギリギリだった。

今回は友だちに面倒をかけない旅をしよう!などと意気込んで、生まれて初めてのカプセルホテル連泊にチャレンジするはずだったのに、
もうどこもかしこも満室で予約ができず、21日の夕食を一緒に食べようと約束してた友人宅に、急きょ転がりこませてもらうことになった。
ごめんなさぁ〜い!

いやもう、危ない危ない。
これだけで済めばいいんだけど…済むかなあ…。

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本日の収穫。


今年は、植えた覚えのないカボチャやククッツアが畑の主になっていて、ナスやシシトウ、キャベツやトマトが、でっかい葉っぱの下で細々と生きている。
紫豆は去年の種を植えたのだけど、絶賛成長中で、わたしの旅行中に男衆がちゃんと収穫しなかったら、とんでもないことになりそう…。

四苦八苦の末、やっと見つけた竹のフェンスを買い、余分な長さを切って作った猫よけフェンス。


これで、わたしの寝室が大好きな猫たちの侵入を防ぎつつ、リビングのエアコンの冷たい空気を流し入れられるようになった。
ありがたや〜。

明日で仕事はひとまず終わり。
明後日はまた、指揮のオーディションがある。
前の曲よりかなり振りにくい、テンポや拍がコロコロ変わる、そして二人の歌手の歌い方にも左右される、ちょいと難儀な曲だ。
練習すればするほどこんがらがってきて、まだ自分の考えや気持ちを整理できないでいる。
う〜ん、どうしよう…。

作曲もあまり進んでいない。
旅行中に思い浮かんだらと、一応五線譜は持っていくつもり。

極暑の日本、飛んで火に入る夏のブ〜ちゃんで〜す!
東京に1週間、三重県に2週間、あちらこちらに出没しま〜す!
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夏休み日記その2

2018年08月13日 | ひとりごと


日本ほど暑くはないけど、こちらも夏の真っ盛り。
今年の夏はとにかく雨が多い。
だからからか、こんなのが生えてきた!


ゴルフボールか?


熱帯雨林気候のような毎日が続いているので、カラッとした空気が恋しいったらない。
毎日のように、携帯に、洪水警報が発令される。
あんまり頻繁だから慣れっこになってしまい、まあ大丈夫だろうと外出したら、地道にも高速道路にも水があふれていて、迂回ラッシュに陥ったりする。
やはり警報を侮ってはいけない。

こちらに移り住んで早18年と3ヶ月。
その前半は貸し部屋で、そして後半は持ち家で暮らしているのだけど、一家に一台、バーベキューグリルは必須の物(特に男性にとっては)らしく、
うちもこれまでずっと、ガレージセールで手に入れた1台10ドルのコンロを使ってきた(夫のみ)。
炭の火起こしに手間がかかるが、炭で焼いた食材は香りが良い。
面倒な作業は全て夫がやってくれるので、わたしはずっと任せっきりだった。
ここ数年、準備が楽だし、それだとまうみも簡単に使えるから、やっぱりガス仕様のが欲しいなあ…と、たまに思い出したように言っていた夫。
「今年の誕生日に何が欲しい?」と聞いたら、「ガスのバーベキュグリル」と言う。
それならば家族3人合同でということにして、すっかり社会人な息子たちと一緒にお金を出し合って、これを買った。



さっそく感慨深げにソーセージ2本だけを焼く夫。


バーベキューと言えばジョージさん。
ジョージ作の畑は、うちのヘロヘロビニールフェンスとは大違い。


ハンディな彼は、ツリーハウスもお手の物。


トウモロコシはまずお水にしっかり浸けてから焼く。


野菜はこちら。


サーモンをポン酢とオレンジジュース(この日はレモネードだった)と日本酒のタレに浸けて…、


これまたしっかりと水を吸わせたヒノキの板に置いて焼く。


ご近所さんのお家を拝見。
いろんな石を集めて、いろんな物を造っている。


自作の階段。




夏の焚き火。





今年の夏は異常に虫が発生して、玄関口の灯りカバーの中はえらいことに?!
ちょっとこれは気持ちがいいものではないので、小さく載せる。(こういうのが平気な方は拡大してどうぞ)



蚊に刺されるのが嫌な長男くん、蚊取り線香を何個も焚いて結界を作っての作業中。


年季が入ったこの車、彼の手でずいぶんと良くなったそうな。


自分で調べてはトライして、失敗してはまたトライして、だからどんな修理もできるようになった。


まだまだ一緒にドライブするつもりらしい。



暑いからかジメジメしているからか、夫もわたしもちゃんと眠れない日が多い。
ご近所さんの垣根から、ちょいといただいてきた漢方。


この中の種を取り出し、


フライパンで乾煎りしていただいた。



うちの畑に、勝手にすくすく生えてきてくれたククッツァさん。
あっという間に巨大化し、ぎゅーんと曲がり、その先っぽがフェンスの一コマにはまったまんま、さらに大きくなり…どうしよう、どうしようと思いながら放っておいたのだけど、歩美ちゃんが切り取ってきてくれた。

ずっと締め付けられて苦しかったろうに。


鹿さんにガシガシかじられたりもして…、


その部分は中がこんなことになっていた。


いやしかし、マジででかい。まずは夫の足(多分27センチ)と比べてみる。


小太りの海くんと。


強烈に固い皮をむくと、中はそれはそれは美しい白の世界。


タネとワタの部分を取り除き、豚肉や海老と一緒に煮ていただいた。

うちの畑で初めて巻いてくれたキャベツさん!


しっかり虫に食われている。


これからは紫豆とトマト、それから葉物野菜がぐんぐん出てくる予定。
わたしが日本にいる間の3週間、男たちはちゃんと収穫してくれるだろうか…。


先日行ったコリアンレストランで、初めて頼んだソーセージ鍋。


ソーセージといってもまさか、ホットドッグやスパムが出てくるとは思っていなかったのでびっくり!
でもまあ気を取り直して、夫とわたしは緑豆の麺を、長男くんはラーメンを頼んで、この鍋に入れて食べた。





昨日はお隣のエステラ&ロバートの家でバーベキュー。
彼らの家から見る中庭(うちと彼らとで半分こしてる)は、なぜかうちからよりも数倍いい感じ。


だけど、訳もなくいきなり折れたカエデの爺さんの姿が痛々しい…。


エステラ作のカクテル。すごーく美味しかったけど、もう半分以上飲んでしまって…本当に久々だったので酔いが回った。


ロバートは焼く係。






何もかもが超〜美味しかった。Thank you!!


ということで、バーベキューに始まり、バーベキューに終わった夏休み日記。
来週の月曜日から3週間、日本にいます。
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夏の花と青空を見上げながら

2018年07月13日 | ひとりごと
年々開花が遅くなっているムクゲの花が、数日前からやっと咲き始めた。




何年もの間、全く花を咲かせなかった紫陽花が、今年は今になって可愛い姿を見せてくれている。








ちびっこだけど、毎年律儀に咲いてくれる桔梗。


畑で元気に次々と咲く花。






フェンスも重たかろう…。


トマトも鈴生り。


ブラックラズベリー。




今年のキャベツはちゃんと巻いてくれるだろうか。


葉っぱもの畑の自由さといったら…。


ナスビさんも元気。


紫豆がジャックと豆の木みたいになってきた。





気温は30℃近いけど、空気が乾燥しているので風が涼しい。

そんなことを考えると、今苦しい状況に居る人たちのことが頭に浮かび、申し訳ない気持ちになる。
1日でも、半日でも早く、段ボールベッドや空調、トイレやお風呂の十分な設置を、小規模の避難所に至るまで、しっかりと行ってほしい。

一度だけ、大雪の日に、早くから警告が出されていたにもかかわらず高速道路に乗り入れ、そこで約1日閉じ込められたことがある。
一家4人で、車のラジオを聴きながら、待っても待ってもやって来ない救助を待ちながら一晩過ごした。
ラジオで次々と流される状況の中に、わたしたちが閉じ込められている高速道路がいつまで経っても放送されなかったことから、無視されているんだとわかり、絶望的な気持ちになった。
ほんの1日の、それも直ちに命に関わるような状況ではなかったけれど、あの時の怒り、焦りは、今でも忘れられない。

国民の命と安全を考えるのが国家。
国民が危険に陥れば、すべての手段と方法を動員して救出するのが国家。

きれい事を言うなと言う人がいるかもしれないけど、それができない、しないなら、国家なんてクソ食らえだと思う。

きれいな花を見ながら、からりと晴れた青空を見上げながら、考えたこと。
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