ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

ジュゴンが死んだ

2019年03月20日 | 日本とわたし
ジュゴンが死んだ。


「ジュゴンの見える丘」スペシャル映像:アーティストCocco




















沖縄の女なので、少し沖縄の話をします。

沖縄の海は、まだ美しく見えます。
ジュゴンなんか見たことない人がつけた『ジュゴンの見える丘』っていう丘から望む海は、またとても美しく見えます。

その海に、アメリカ軍のヘリポート移設が決まって、国はもう、着工のために、海底調査機を入れて、もう乗り出してます。
どんなに、どんなに声をあげても、拒絶しても、諦めなきゃいけないことがあるんだって、どっかで覚悟しなきゃって思い始めていて、
それで、かといって、沖縄の人が全員、そのヘリポートの移設を反対してるかっていったら、そうじゃない事実もあって、
アメとムチの、ヘリポートがムチだったら、アメっていう施しを受けてる大人の政治があることも事実で、
そうじゃなくても、私たち人間がぶち壊してきた、尊いものがいっぱいそこにあって、
それを無くして失ってから、悔いて泣くしかないのかなって思う毎日でした。

でも、先月、その海に、ジュゴンが帰ってきました。

ちょうど、そのヘリポート移設の、海の、ちょうど国が設置した海底調査機の、真上の、バカみたいに綺麗な海の上に、
ジュゴンが二頭泳いでいる姿が、映像に収められて、そのニュースは、沖縄中に駆け巡りました。

今まで自分は、政治家じゃないし歌うたいだから、わからないけど歌うしかないって多分やってきたけど、
でも、6月23日の慰霊の日に、(聞き取れず)ジュゴンの祈りみたいなあの時、
コッコたちは何も守れなかったし、何もしてあげられなかったし、ぶち壊してきただけなのに、それでも戻ってきてくれたジュゴンに、
コッコは一生かけて向き合っていかないといけないと、思いました。
多分、そのジュゴンのニュースが、内地でどれだけ流れたかは知らないけど、とっても美しいジュゴンでした。

このような公共の場所で、しかも人様のイベントで、こんなたくさんの人がいるところで、でも今日は、わがままに、歌わせて欲しいと思います。
次の曲を、あのジュゴンのためだけに歌いたいです。


『ジュゴンの見える丘』
作詞・作曲 Cocco


まだ青い空 
まだ青い海
終わりを告げるよな真白色

泣きたかろうに
引き受けた夢
シャラシャラ珊瑚
声も上げずに

もういいよ
目を閉じていい
もういいよ
少しおやすみ

悲しみはいらない
やさしい歌だけでいい
あなたに降り注ぐ全てが
正しいやさしいになれ


色とりどりに
きらめく世界
継いで接(は)いで連ね
恥さらせ

どこへ向かうの?
泣き疲れても
名も無き花は
咲いてくれよう

目を開けろ
帰ってきたよ
目を覚ませ
信じてほしい

悲しみはいらない
やさしい歌だけでいい
あなたに降り注ぐ全てが
正しいやさしいになれ


もういいよ
目を閉じていい
もういいよ
少しおやすみ

笑っていてほしい
守るべきものたちに
明日も訪れる何かが
正しいやさしいであれ

悲しみはいらない
やさしい歌だけでいい
あなたに降り注ぐ全てが
正しいやさしいになれ

正しいやさしいになれ

正しいやさしいになれ

正しいやさしいであれ


I believe and I'm sure we can do something for just love and peace. Thank you for being here tonight, thank you.
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報道特集3/9/19文字起こし「復興させてあげるよ、もし8000ベクレルとかの汚染土を再生利用するんなら」

2019年03月13日 | 日本とわたし
前回の記事の続きです。
動画をご覧になりたい方は、下記の青文字をクリックしてください。
https://www.dailymotion.com/video/x73tizt?fbclid=IwAR1Hw9XqkkIQ9Pb6Yb9OO5dS6ujGBl41UD82T-I_szj2ER4DhOEtTIV6dbo

この8000ベクレル以下の汚染土の再生利用を、すでに被災して弱り切っている住民に、復興資金をエサに押し付ける国。
絶対にこんなことはダメだ。間違っている。
けれどももうこの選択肢しか残されていない。
綺麗に片付けたい。
元の姿に戻したい。

そんな人々の弱みにつけ込む。見捨てる。
そもそもここまでに被害を拡げた原発事故は、国策としておきながら杜撰で無責任な態度を直そうともせず、各界からの警告や提案を無視し続けてきた自民党政権の政治家たちと電力会社のせいなのに、
その反省もせず、責任も取らず、事もあろうに「アンダーコントロール」などと吹聴し、オリンピックや武器の購入に莫大な金を浪費し、原発を止めようとしない。
そしてそんな政府や電力会社に、立ち上がって「許さない!」「なんとかしろ!」と怒りをぶつける何千何万単位の大衆は、年に1回あるかないかのデモでしか姿を現さず、普段は忘れてしまっているか、暮らしに追われて考えることができなくなっている。
だから被災者の人たちは、いつまで経っても放って置かれっ放し。

飯館村の菅野村長は、今から7年前、マンハッタンの教会で、飯館村の再建に力を貸してくれという講演をし、わたしはそれを聴きに行きました。
そしてなんとも言えない複雑な気持ちになった自分を、やはり当事者ではないからだなと思いながらも、それでもどうしても放射能汚染を仕方がないものにして、村に人々を戻すことに執着することには賛成できませんでした。

もしも、自分が幸せに暮らしていた、自然が美しくてとても気に入っていた場所が汚染されて、もう二度と元に戻らないということになったら、自分ならどうするか。
もう数え切れないほど考えてきたことです。
わたしが幼かった息子たち二人を連れて、とても美しかった過疎の村を出た理由の一つが、その村の村長が住民にきちんとした説明もせず、産業廃棄物を受け入れたことでした。
廃棄物を積んだトラックが、村の農道を行き交うようになり、風向きによってはなんとも言えない異臭が、部屋の中に入り込んでくるようになりました。
保育園が、その産廃を埋めて造られた山のすぐ隣を歩いて行かなければならない場所にあり、わたしはわざと寝坊をして、息子たちを車で送ったりしました。

話が横道に逸れました。
わたしはやはり、政府は卑怯だと思います。
甚大な事故を引き起こしておきながら、その後始末を被災地に押し付け、ろくな補償も援助もせずに何年も放置し、困り果てて弱り切っている自治体に、援助して欲しけりゃ汚染土を引き受けろ。

汚染土は、もう汚染が酷くて除染をしても暮らせるようにならない地域(帰還困難区域)を指定し、そこに全部集めて埋めて、それにしっかり蓋をして管理する。
全国にばら撒かない。
原発事故というものの現実を、受け入れなければならないと思うのです。

政府の卑怯さ、無責任さに、怒りがふつふつとわいてきます。
汚染土を引受けさせようとする人たちは、村や町の再建を目指し、元の暮らしに戻りたい住民に希望を与えたい一心なのかもしれません。
でも、再建のためのお金と引き換えに、放射能まみれの汚染土を引受けることが、町や村の再建になるのでしょうか。
わたしにはどうしてもそうは思えません。

******* ******* ******* *******

文字起こしの続きです。

さて続いては、福島県の飯舘村から、日下部キャスターです。
日下部さん、飯舘村は、汚染土を使った再生事業を、受け入れているんですよね。

はい、飯舘村でただ一つ残っている、帰還困難区域である長泥地区ではですね、この村内で発生した低レベルの汚染土を使った、農業を主体とした再生事業がすでに始まっています。
苦渋の選択をした、長泥地区の現状を取材しました。


去年4月、普段立ち入ることのできない神社に、人々が集まった。


福島県飯舘村の長泥行政区。


福島第一原発から30キロ以上離れているが、空間放射線量が高いとして、避難指示が解除されていない。


村で唯一の、期間困難区域だ。


例大祭のこの日、短い時間の帰還が許された。
折しも、長泥の未来を左右する決定が、あったばかりだった。


えーこれ、土曜日の新聞の記事なんですけども、飯館の復興拠点、ってこれ、長泥ですね、長泥の復興拠点認定ということで、


長泥地区は、それまでの間、除染がほとんど手付かずだった。
特定復興再生拠点に認定されたことで、国の費用で、除染やインフラ整備が進められることになった。


ただ、復興拠点の整備案には、汚染土の再生利用が盛り込まれた。


再生利用を受け入れなければ、広い範囲で除染を行うことができなかったのだ。


住民にとって苦渋の決断だった。




秋になり、復興拠点の整備に向けた工事が、本格化していた。

日下部キャスター:
えー静かだった長泥地区にですね、ほんとに久しぶりに槌音が響いてます。
この辺りがですね、実験的に行われる再生事業の拠点となる場所で、ここに運び込まれてきた汚染された土などを、種分けするプラントができる予定です。


ここでは、放射性物質の濃度が5000ベクレル以下の汚染土を、使う計画だ。


およそ50センチの新しい土で覆い、農地にする。


そこで、観賞用の花などを試験栽培するという。


一方で、こんな光景も広がる。
再生利用のために、飯舘村の他の地区から、およそ3万4000袋の汚染度が、新たに運び込まれたのだ。




長泥地区の住民:
外国のどっか、ゴミ捨て場かなんかに来たような感じ、と思う時がある。
ほんとに大丈夫なのかなあ、っていう不信感っていうか。
ほんとに安全なものだけなのかなっていうのがやっぱり、拭い去れないっていうか…。



去年10月、長泥の住民に対し、説明会が開かれた。


再生利用計画を進めてきた(菅野 典雄)村長は、


もう皆さんお分りのように、二本松は(再生利用計画が)ダメになっています。
本当に、長泥の皆さん方は、すごいな、よく決心してくれたなっていうふうに思ってます。


環境省の担当者は、こう強調した。
環境省の担当者:
これからまさしく、世界初の事業として進めていくということで、皆さまにとって価値のあるものにしていく、というところをきちんとやっていきたいと思っていますので。


住民からは憤りの声も上がった。


計画を受け入れたにもかかわらず、長泥地区の全域が除染されるわけではないからだ。


住民:
飯舘村で、1700戸あまり家があると思うんですが、その中で15〜6軒だけ、除染もできねえ、家の解体もできねえってのは、これ、国のやり方とか村のやり方なんですか?


説明会の後には、年に一度の懇親会が開かれた。

日下部キャスター:
おいくつですか?

子ども:
5歳。

日下部キャスター:
じゃこの子も

母親:
あ、この子は震災後に生まれました。

日下部キャスター:
長泥を知らない子どもたちが増えてるわけ…いかがですか?


母親:
自分たちはもう、生活に追われちゃってるから、そんなふうに考えたこと無いんですけどね。
子どもたちがもう、今住んでるところが故郷みたいな感じになっちゃうじゃないですか。


久しぶりの再会に笑顔が溢れるが、胸中は複雑だ。

住民女性:
夢ならいいなあって言ったことがあんだけど、夢じゃなくて現実だから、


ま、それを受け止めて。


日下部キャスター:
でもやっぱり長泥は、大切な場所でしょ?

住民女性:
そ、行くと、いろんなこの、想い出がいっぱいあんのね。
だから、ああ、あんな思い出は二度とないなあ、て言うけど、悲しいね。


住民男性:
長泥は再生事業をやることによって埋め立てて、それに関して、あのーなんていうか、お金をもらって利益を上げてるでしょ?って言うの。


それはウソですよって。


ただ、除染してもらいたくて、解体してもらいたくて、長泥住民が選択した最後の砦。


長泥の避難指示解除は、今から4年後、2023年春頃と計画されている。



先月、鴫原良友区長と共に、長泥を訪ねた。


この場所には、避難指示の解除を見据えて、村営住宅の建設が予定されていたが、申し込んだのは、鴫原区長ひとりだったという。




鴫原区長:
8棟ぐらい、住宅を建てる計画して、国に申請したわけだが、


まあ1ヶ月、2ヶ月前から、「住宅はちょっと難しいよ」と言われているもんで。


俺一人だけの申し込みでは建てられないってのが、これからどうなるか、


私たちとしては、計画が違うよと。


長泥では、避難指示の解除後、180人が故郷に戻ることを目標にしている。


だが、震災から8年が経ち、すでに避難先で新たな生活を始めている人がほとんどだ。

日下部キャスター:
えーこの土地一帯にですね、集められてきた汚染土が、埋め立てられる予定です。


そして、こちらのビニールハウスですけれども、すでにですね、汚染土を使った、観葉植物を中心とした栽培実験。
これが始まっているんですね。


汚染土の再生利用を受け入れたことは正しかったのか。
今なお苦悩は続く。

鴫原区長:
やはり周りではな、すごく、大丈夫なのかとかな、人の住めるところか、そんな選択して本当に正しいのかとか、いろいろな周りが騒いでなんじゃら、




放射能持ってきてどうだ、と言われれば、絶対、絶対って言ってもいいな、間違ってるよな、入れるなんていうのは。




でも仕方ないんだ、これが。
少しでも綺麗な状態にしたいっていう。



日下部キャスター:
再び飯舘村です。
汚染土をめぐるバータリー的な政府のやり方に対する憤り、これは長泥の人も南相馬の人も、二本松の人もほとんど変わらないと思うんですね。
ただ長泥が一番違うのは、今帰ることができない。
だから、除染も行われていないし、荒れ放題になっている。
だから住民の人たちは、広範囲の除染を条件に、再生事業を受け入れたわけですね。
まあ取材をしていても、住民の人たちが、故郷の復興に向け、一縷の望みをかけたということを、ひしひしと感じました。




長泥の人たちの苦悩というのは、日下部さん、今も続いているんですよね。

日下部キャスター:
先月、長泥地区の鴫原区長と話をしたんですけれども、こんなことを言っていました

本当に復興のことを思ってくれる人は、100人いたらそのうちの4、5人
過ぎないと。
8年間にわたって復興の最先端に立ってきた人の、それが実感なんですね。
あと、鴫原さん、こういうことも言ってましたね
現場レベルでは、環境省の人とも率直に、腹を割った話し合いができる。
だけどそれを東京の人たち、霞が関とか永田町の人たちが、しっかりと受け止めてくれない。
それが悔しいし悲しい、とこう言ってました。

長泥地区というのは、原発から30キロ離れています。
これまでも、東京電力から何の恩恵も受けてきたことはありません。
そんな、何の落ち度もない人たちが、どうして厳しい選択を迫られて、今もなお、悩み続けなければいけないのか。

これは長泥の人たちだけではなくて、私たちにも突きつけられた問いだと、私は思います。


以上、飯舘村からでした。


膳場キャスター:
はい、再び気仙沼です。
汚染土に悩まされているのは、福島県の自治体だけではありません。
東北から関東にかけて、80以上の自治体で、今でも保管されています。

報道特集では、これらの自治体に、再生利用を検討しているか、アンケート調査を行いました。
その結果から何が見えてきているのでしょうか。



福島県外の汚染土は現在、どのように管理されているのか。


成田空港に近い千葉県白井市では。


市役所の敷地内で汚染土を管理している。


普段このシャッターは閉じていて、一般の人は入れない。


ここは公用車の駐車場。
その一角で、ブルーシートに覆われているのが汚染土だ。


道路の側溝や集合住宅の土が、フレコンバッグに入れられている。


大型バッグ85袋分があり、定期的に放射線量を調べている。


Q. 処分のメドみたいなものは?

千葉・白井市環境課 染谷剛さん:
まあ今のところ全く立っていない状態ですね、はい。


Q. 再生利用については?


染谷さん:
これだけの量を再生して使うってことは、現状難しいであろうという認識です。


岩手県内の保育園では。

保育園の関係者:
ここのマンホールあるじゃないですか。
ここですよ。


雨水が集まる排水溝を除染した。


汚染土は?

保育園の関係者:
ここですね、昔畑だったところです。
この辺りに埋めてあります。




Q. 目印みたいなものはないんですか?

保育園の関係者:
無いです。
何も打ってはいないです。


以前、畑として使っていた私有地に埋めてある。


保育園の関係者:
将来にわたってはね、私がいなくなった後は、ちゃんときちんと伝えておかないと、


知らないで何かに土地を活用したってなるとそれは問題かなって思いますよね。



福島県外の汚染土は、行き場のないまま、地上や地下、およそ2万8000ヶ所で管理されている。


その量は、東北、関東の7つの県で、合わせて33万立方メートルにのぼる。




小学校の25メートルプールで、900杯を超える量に相当する。

報道特集は、今年1月から2月にかけ、汚染度の再生利用に関するアンケート取材を行なった。


再生利用を検討しているか。
今後検討するか。
検討していないかを、その理由とともに尋ねた。


対象は、今も汚染土を管理する自治体だ。
東北地方の福島・岩手・宮城、関東地方の茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉の8県にある、83の自治体(含む1公園事務組合)
が該当する。




東京都は汚染度の管理を行っていない。
アンケートの結果、再生利用を考えていると答えた自治体は、一つもなかった。
一方で、再生利用を考えていないと答えたのは、79の自治体だった。


その理由については。
群馬・下仁田町:
道路等の盛り土など、生活圏での再生利用は、言語道断である。


茨城・日立市:
放射性物質は、「ある」か「ない」かで判断する住民も少なくなく、より丁寧な説明を行ったとしても、理解を得ることは困難。



関東東北豪雨
2015年9月
今、家が流されています。


4年前の9月に発生した豪雨被害を理由に挙げたのは、栃木県の鹿沼市だ。

栃木・鹿沼市:
関東東北豪雨で大きな被害を受けた本市としては、


自然的な被害が懸念され、再生利用には大いに不安を感じる。



国の責任を強調する自治体もある。

金平キャスター:
福島県と隣接する宮城県の白井市に来ています。
この白石市でも、除染土をどう扱うかについて、頭を悩ませているようです。


白石市の私有地に設置されたこの仮置き場は、できてから7年が経つという。


Q. 仮置き場ですけどね、そういうものができたっていうのはどういうふうに思われますか?


仮置き場の土地所有者:
これ持ってって喜ぶ人は誰もいないんだべからね。
福島県だって嫌だべし、嫌なのはねえ、どこに持ってったって嫌なんだと思いますからね。


白石市の山田裕一市長はこう憤る。

山田市長:
責任の所在ですよね、一番大事なのは。
やはりその、そもそも、国の方で責任を持つので、あくまでも一時保管という言葉をですね、それをまあ市町村も地域の住民も信じたわけですよ。
で、その処理の仕方をどうするかっていうところに関しましては、それは国が責任を持ってやるべきであると思いますし、
今その責任を、市町村の方に、まるでもう転化しているようなふうにしか受け止められません。
非常に困惑しておりますし、憤りもあります。







福島県に三包を囲まれた、宮城県の丸森町。


その地理的な近さから、大量の汚染土が発生し、仮置き場は町内に25箇所もある。


再生利用は検討していない。
町は福島県内の自治体には認められていない。
中間貯蔵施設への搬入を許可してほしい訴えている。


宮城・丸森町 保科郷雄町長:
国が、環境省が、除染していいですよ、危険ですから除染してください、って私らは取っているわけですよね。
結局は、法律っていいますか条例っていいますか、まあそうした中で、それを盾にして、「いやここは宮城県ですから」というようなことになるわけですよね。
被災地として、それ(汚染土の搬入)を認めてもらえないというふうなことは、これは本当に残念なことです。







汚染土をどこでどう処分するのか。
アンケートからは、福島県外の自治体の多くが、今なお苦悩する姿が浮かび上がる。


一方、福島県内を走る常磐自動車道では日々、緑のゼッケンをつけたダンプカーが、中間貯蔵施設へと汚染土を運ぶ。


福島県内の汚染土は、県外全てを合わせた量の40倍以上にも上る。


この量を減らしたい環境省は、福島県内での再生利用に期待を寄せている。
環境省で、再生利用の検討を勧めてきた委員の一人、油井三和特命教授はこう訴える。


福島工業高専・油井三和特命教授:
地域住民にとってメリットはあるわけですよ。
産業も生まれるし、あのー、土木工事ですけども、いろんな工事も入ってくるし、人も雇えるし、プラスはあるわけですよ。
現実的で安全なことをやらなければ、福島の復興はないですよと。
最後に大熊町と双葉町の中間施設に、全てを押し付けるつもりですかと。




中間貯蔵施設に運ばれた汚染土は、2045年までに、福島県外で最終処分されることが、法律で定められている。


だが、油井教授は、その実現は難しいと考えている。

油井教授:
栃木県にしろ茨城にしろ、群馬にしろ、そういうとこの反対運動を見てれば、30年以内に(福島)県外で処分って、あり得ると思いますかと。
僕は基本的に、受け入れてくれないと思いますよ、どこも。
他人事なんですよ結局。
でも、福島が立ち上がらなければ、除去土壌(汚染土)の問題は解決しないと思いますよ。







今も汚染土を管理する福島県の自治体は、再生利用について何も検討していないと回答した。

福島・田村市:
すべて中間貯蔵施設に搬出する約束で、除染作業や仮置き場の確保をしてきた。


多くの自治体が、中間貯蔵施設に全て運ぶ、とした。

現在、再生利用の反対運動が起きている南相馬市は、

福島・南相馬市:
再生利用についての法整備、使用場所、社会的受容性の高まりが整っていない。


一方、再生利用について、今後検討する、と答えた自治体もある。

埼玉、茨城、岩手にある4つの自治体だ。

埼玉・三郷市:
除去土壌の処分方法等について、現在環境省において検討中です。
その結果が明らかになった後、再利用や処分について検討する予定です。


岩手・奥州市:
道路や駐車場であれば、アスファルトで遮蔽されるため、安全性は確保されるという考えです。


再生利用を今後検討する、と答えた自治体でも、汚染度に苦慮する姿は共通している。


金平キャスター:
岩手県奥州市を流れる、北上川にかかる橋の上に来ています。
えーちょっと寒いです。
8年前の福島第一原発事故の後の、除染作業で生まれた、いわゆる除染土の問題は、福島県以北の、この岩手県にまで及んでいます。


奥州市は、除染が行われた自治体の中では、最北に位置する。


市の中心部にある駒形神社。


宮司の山下さんは、自ら重機を使い、土囊袋300個分の汚染土を、神社の裏手の林に埋めた。


山下宮司:
ここなんですね。
誰も掘らないように、もう石を載せてしまいました。


金平キャスター:
どれぐらいの深さまで掘ったんですか?

山下宮司:
2メーターですね。

奥州市には現在、仮置き場はなく、除染現場での保管が続く。

山下宮司:
異様な石の並び方ですね。
もうその時は、これで掘らないだろうって。
で、ここもあのー、私が死んだら分からなくなります。
100年間はだから、掘らないでほしいなーと思いますね。





膳場キャスター:
各地で汚染土を持て余している現状をご覧いただきましたが、いつ、どこで、どのように最終処分するかという方針を、国から具体的に示されない中、ご覧いただいたような汚染土の管理を、いつまで続けるのか、危機感を覚えます。
環境省は、汚染土の再生利用を推進していますが、国民的な合意が形成されているかも疑問です。


金平キャスター:
汚染土を生み出すきっかけとなった第一原発に、私はこれまで計10回入りましたけれども、確実に言えることは、事故はまだ収束していない、ということです。
40年以上とも言われている廃炉作業によって、汚染土、放射性廃棄物、汚染水も、まだまだ出続けています。
中間貯蔵施設に運ばれた汚染土は、2045年までに、福島県外で最終処分されると法律で定められていますが、本当にそれが実現すると思っているのでしょうか?
アンダーコントロールという聞こえのいいお題目ではなく、厳しい現実に今こそ向き合うべきではないでしょうか?
去年改定された文科省の放射線副読本から、汚染という単語が消えたそうです。


うーん、でも、それこそが終わりの見えない課題なんではないでしょうか。

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そんなに安全なら東京オリンピック工事に使えばいい。汚染土再生利用の脅かしと欺瞞!

2019年03月11日 | 日本とわたし
そんなに安全なら、汚染土の再生利用は、まず東京オリンピックのための工事に東京都で使えばよい。
その上で考えてみよう!
汚染土再生利用の脅しと欺瞞!

「汚染土と復興~東日本大震災から8年」20190309報道特集


膳場キャスター:
こんばんは、3月9日、土曜日報道特集です。


今日は宮城県気仙沼市から、中継でお伝えします。
東日本大震災からまもなく8年が経ちます。
気仙沼の市街を歩いてみますと、ようやくかさ上げされた土地に、これから新しい施設を建設するなど、復興のスタート地点に今ようやく立てた、と言う人たちも少なくないことに、はっとさせられます。



 
金平キャスター:
東日本大震災と福島第一原発の事故が起きてからの歳月の長さを考えましても、この出来事が風化した過去のものだとは、取材を続けている限り全く思えません。
今年もこの出来事のそれからを、総力取材でお伝えします。

そして福島県の飯舘村には、日下部キャスターが行っています。
日下部さん?


日下部キャスター:
大飯舘村にあるですね、汚染土の仮置き場の一つです。


元々が田んぼだったところですけれども、仮置き場と言いながら、8年経った今も、これだけ多くのフレコンバックが積み上げられています。
そしてグリーンのシートが剥がされているところ、あそこが近く搬出が始まる、ということなんですね。
この飯舘村だけで、除染等によって発生した汚染土、瓦礫などはですね、フレコンバックにして250万という、途方もない量です。
これだけ大量の汚染土をどう処理していくのか、後ほどまたお伝えします。


気仙沼は日が落ちて、海から冷たい風が吹いてきました。


さて、福島第一原発の事故後、除染作業で放射性物質を含んだ大量の土、汚染された土壌、いわゆる汚染土が、大量に発生しました。
この汚染土を、全国の公共工事で再生利用をする考えを環境省が示し、各地で住民が困惑しています。


震災発生からまもなく8年、その汚染土を生み出すきっかけとなった福島第一原発は、今一体どうなっているのでしょうか。


(ナレーション・屋良有作)
事故からまもなく8年を迎える、東京電力福島第一原発。


現在は、1日4200人が、廃炉作業に当たっている。


除染が進み、構内の96%で、防護服を着なくても作業できるようになった。


2号機と3号機の間の通路に来ていますけれども、去年はバスの中で、ここ取材した記憶がありますが、バスの中もかなり高い数値を記録しましたですけれども、今こういう風に鉄板が貼られて…、



だが、線量は依然として高いままだ。

防護服に着替え、当時原子炉をコントロールしていた、3、4号機の中央制御室に向かった。


金平キャスター:
うわーこれびっくりだな、僕初めて見たんで、これこの34号機のコントロールルーム、これ事故当時のままですか?

東電の担当者:
まあ少し片付いたところもありますね。




ここは8年前、事故対応の最前線だった。
十数人の職員が、原子炉の緊急停止や水位の確認に追われた。


金平キャスター:
これが原子炉ですね?

東電の担当者:
(バルブが)緑なら閉じて赤なら開いている。



原子炉への注水などは、別の場所で管理していて、ここは今使われていない。


廃炉作業は、一進一退を繰り返している。


屋上にカバーが付いた3号機では、去年秋に、使用済み燃料プールから、核燃料の取り出しを始める予定だった。
しかし、トラブルが相次ぎ、まだ始まっていない。




カバーの中へと入る。

金平キャスター:
3号機の、オペレーションフロアに来ていますけれども、大体地上30メートル以上なんですが、


東電の担当者:
柵があったんですけど、今はなくて、落ちちゃうんで。


ここは、燃料プールの真上に当たる。
燃料の取り出しに向け、転落防止の柵やネットが外されていて、プールに近づけない。


3号機には、今も566体の燃料棒がある。




取り出し作業は、来月にも始まる見込みだ。


廃炉作業で最も困難なのが、溶け落ちた核燃料、デブリの回収だ。


金平キャスター:
2号機ですね。


2月の13日に、ロボットを使って調査をやったという。



2号機では、ロボットでデブリに触るという、初めての調査が行われた。


デブリとみられる格子状の堆積物を持ち上げることができたが、取り出す方法の検討はこれからだ。


原発事故の影響は計り知れない。


東北から関東にかけて、広く放射性物質が拡散した。
福島県内だけで、除染によって出た汚染土は、およそ14,000,000立方メートル。




東京ドーム11個分もの、膨大な量になるとみられる。


各自治体で仮置きされ、2021年度までに、すべて福島第一原発近くの中間貯蔵施設に、運び込まれることになっているのだが…。




事故から8年、汚染土の現実を追った。



先月3日、福島県南相馬市で、緊急の住民集会が開かれた。


議題は、福島第一原発事故の後、除染によって出た汚染土の、再生利用計画だ。


膳場キャスター:
Q. どうお感じになりましたか?

住民:
絶対ダメです。とんでもない話だ。


南相馬市小高区の羽倉地域を通る常盤自動車道に、汚染土を使うというものだ。


羽倉行政区・相良繁廣区長:
孫、ひ孫の代まで、我々は苦しめられるわけよ。
そんではいかんとなって。


最終的には、羽倉で突破口を開いて、安全性を確かめたよってなったら、ダーっと流れていくと思う。




降ってわいた計画は、環境省の強い意向によるものだった。



膳場キャスター:
除染した土の再利用計画の現場がこちら、常磐自動車道です。


町の中心部からは離れていまして、周りはですね、かつては農地だったと思われる土地が広がっています。
この道路を4車線化する工事で、除染した汚染土を、この盛り土の一部として使おうという計画です。



環境省の計画では、南相馬市内のこの仮置き場に保管されている汚染土、およそ1000袋を、(常磐道)拡幅工事の盛り土として使う。




その表面を、汚染されていない土で覆う予定だ。



羽倉地域の住民:
いやあ、なんで羽倉なのかと。
大熊(中間貯蔵施設)に持ってったらいい。
東京のど真ん中でもいいな。
道路をかさ上げして実験してみたらいい。
みなさん、どう思うか。






住民集会では、全員一致で、計画に反対することが決まった。



汚染度の再生利用は、3年前、環境省が打ち出したものだ。


汚染土の総量を減らすためだという。

使われるのは、放射性物質の濃度が、1キロ当たり8000ベクレル以下の汚染土。


道路や防潮堤などの公共工事で、再生利用を目指している。


今回候補地に挙げられた、羽倉地域のある、南相馬市小高区。


2年半前、ほぼ全域で、避難指示が解除されたが、震災前の2割に当たる、およそ3000人しか帰っていない。


Q. ここで受け入れてしまったら、羽倉地域、羽倉地区の未来にとって、どういったことになりますかね?

羽倉行政区・相良繁廣区長:
プラスには全然見えないでしょ。
若い人たちも戻ってこない。
子どもは育たない。
そしてまた作物事業もできない。





南相馬市で、汚染土の再生利用に反対する渡部寛一市議に、前市長の桜井氏から電話があったのは、去年10月ごろだった。






渡部市議:
(汚染土の)再生利用をするのをダメだなんていうことを言うべきじゃないと。


桜井前市長は、震災直後に、物資が届かない現状を、インターネットで世界に訴えた。


その後、脱原発を掲げ、復興に取り組んできたが、去年1月、市長選には落選した。



Q. 電話の訳は?

渡部市議:
常磐道の小高インターチェンジができる方向で今、かなり前向きに動きが始まっていて、現実的になってきたと。
で、そのインターチェンジをつくる予算は、環境省で出すことに決まっているんだと。






これまで南相馬市は、国土交通省に対して、小高区にインターチェンジを設置することを、要望してきた。


だが、採算性などの観点から、実現に至っていない。

桜井前市長と同じ会派だった市議に聞くと、

渡部一夫南相馬市議:
どうも、小高のインターチェンジをつくる代わりに、実証実験がね、なんかそこにぶら下がってきているんだなっていうことを、私たちが認識をしたっていうか。
南相馬市民からすれば、小高のインターチェンジは、バーターでつくり上げていくもんだなんて、最初思ってもいなかったと思いますよ。




報道特集は、複数の市議から話を聞いた。

南相馬市議A氏:
桜井さんが市長をやめるとき、
「再生利用を受け入れないと、小高インターチェンジができないことになっている」と、直接言われたんです。
本当に驚きました。






南相馬市議B氏:
いわば、アメヤニンジンをぶら下げられた状態ですよ。
国に対しては、卑怯だと言いたい。





小高インターチェンジの実現は、汚染土再生利用の受け入れを条件としたものなのか。
桜井勝延前市長が、私たちのインタビューに応じた。

Q. 桜井さんは、あの事業(汚染土の再生利用)についてはどうお考えですか?


桜井勝延前南相馬市長:
私はやむを得ず、それはやるべきだと思っていますね。


Q. どういったメリットが?

桜井前市長:
一番は、仮置き場が、徐々になくなっていくわけですよ。
そのことによって、農業の復旧が進むわけですよ。





当初、汚染土は、3年から5年で撤去される予定だった。


だが、中間貯蔵施設への搬入が遅れ、今なお、大量に積み上げられている。


インタビューには、小高区の住民も同席した。


こう訴える。

南相馬市小高区の住民:
まだ仮置き場にフレコンバッグがいっぱいあって、再生できなくてどうすんのそれはと。
そのままでは農業再生なんてできないよと。





桜井前市長は、私たちを、南相馬市の防災林へと案内した。


津波で出た、災害がれきが使われている場所だ。

桜井前市長:
災害がれきは当然放射性物質があったわけだけど、それでも当時3000ベクレル以下のものは入れてきた。
今までの経緯でも防災林の下にがれきなんかを入れてきたわけだから、
コンクリート廃材とかアスファルト廃材を利用してるのに、なぜその(汚染)土はできないんですかっていう。









桜井前市長はおととし、インターチェンジの設置について、国交省と交渉した。


桜井前市長:
おおよそ60億弱かかるんですよね。
で、国交省としてはそんな予算がないと。


そこで、国交省から提案されたのが、環境省の予算を使う案だったという。


桜井前市長:
道路局長から、あれは環境省の、中間貯蔵(施設)への除染土の運び込みの予算でつくっているから、
環境省と話してもらえれば、小高(インターチェンジ)の問題も進むでしょうっていう話で。




インターチェンジができれば、中間貯蔵施設への汚染度の運び込みが早くなり、環境省にとってもメリットがある。


南相馬市では、おととし、すでに、環境省による、汚染度を使った盛り土の実験が始まっていた。




桜井前市長:
まあ我々がやって、実証実験も含めてですけれども、小高でそういうキーワードを使えば、予算としては十分確保できるんじゃないかと。


Q. そういうキーワード、小高にとってのキーワードっていうのはなんですか?


桜井前市長:
我々がやっている除染土の、再利用の実証実験をやっているわけじゃないですか。


国交省からの提案を元に、環境省の担当局長らと面会したという。


桜井前市長:
そこは、あの、協力していきましょうみたいな、まあ、前向きな回答だったと思いますよ、当時。


Q. 環境省とのこの交渉の中で、除染土の再生利用っていうことを持ち出したことは、結果的に小高インターチェンジを進める上で、プラスに働いたっていう実感はありますか?

桜井前市長:
ありますよ、うん、それは。
環境省としても、再生利用ができるっていうができるのであれば、進めたいっていう立場だったと思いますから。


悩み抜いた末の選択だった。


桜井前市長:
この人たちの生活を、やっぱり一刻も早く、まあどんな形でも補償して、自らの生活を再建できるようにしていくっていう中では、
まあこういうことも、悔しいけれども、我々としては手段として取らざるを得ないっていう思いでやってきているってことは、理解していただきたいなと思いますね。


環境省は取材に対し、
「南相馬市からの要望をふまえて、当時の桜井市長と、小高スマートインターチェンジを含め、高速道路での除去土壌の再生利用について、意見交換をしたことは事実ですが、結論は出ていません」
と回答した。






一方で、常磐道の拡幅工事における再生利用計画については、
「桜井前市長と、具体的に相談した事実はない」
としている。




また国交省は、
「当時の道路局長との間で、桜井前市長が話したような、除去土壌に関わるやり取りは、行われていません」
と口頭で回答した。





実は、汚染度の再生利用計画は、去年、福島県二本松市で頓挫している。


周りは森林に囲まれた農地、そして民家が点在しているような場所です。


計画では、こちらの道、二本松市の市道なんですけれども、この農道の200メートルに渡って、除染土を埋めていこうということでした。


予定地は、田んぼの脇にある農道。
この先は行き止まりだ
すぐそばを、湧き水が流れる。


近くに住む人はー
Q. この道は使いますか?

住民:
道なんか使わねえんだ。
ただ農作業の時にトラクターで行くくらいなもんで。


計画では、近くの仮置き場にある汚染土500袋を、使う予定だった。


仮置き場が早くなくなるならと、計画に賛成した住民もいたという。


だいぶ劣化が進んでいますね。


一方で…、

大橋さらさん:
絶対にやめてもらいたいというか、反対しなければいけないなというふうに思いました。


近くに住む主婦、大橋さらさん。


娘のなおさんを、神奈川へ自主避難させている。
再生利用計画を知ると、すぐ、インターネットの署名募集サイトで、反対を呼びかけた。


大橋さん:
将来子供を産んで、孫ができたときに、
「おばあちゃんちには放射能があるから、来ない方がいいよ」とは言いたくないんですよね。



汚染土は、当初の約束通り、中間貯蔵施設へ運ぶべきだと考えている。
去年5月の、環境省による住民説明会でも、反対の声が相次ぎ、「東京で再生利用すればいい」との声も上がった。


住民:
オリンピックのなんか、工事やってるでしょ。
(汚染土を)その下敷きにはできないんですか?


環境省の担当者:
福島で今、どこどこの町で出たもの(汚染土)を、東京に持って行ってっていうふうにしても、まあやはりどこも、皆さんと同じように、気持ちとしてやはり難しいかなと思います。




結局、電子署名は、全国から2700人以上集まり、環境省は去年6月、計画を中止した。

大橋さん:
汚染された土を埋めるというのは、故郷を汚すことになるので、それは人が通る通らないということではなく、それはしてはならないと思います。





膳場キャスター:
桜井前市長の取材の中で、非常に印象に残ったのは、
汚染度の再利用を受け入れようと考えたのはやむにやまない南相馬ならではの事情があったからで、一律に他の地域で同じことをしてはいけない、と話していたことです。
つまり、南相馬が汚染土の再生利用に踏み切ったとしても、それを他の自治体でも同様に進めるための布石にするのは間違いだ、ということなんですね。

金平キャスター:
それにしてもね、住民説明会での、その、オリンピック工事の下に、汚染土を敷き詰めたらどうかという住民の訴えには、非常に強烈なものを感じましたね。

膳場キャスター:
そうでしたね。

そして、南相馬の汚染土再生利用計画をめぐっては、おとといの夜、環境省が初めて、地域の区長およそ10人を集めて説明会を行いました。
その中では賛成する意見は無く、反対の声が相次いだということで、環境省は、現状のままでは計画を進めるのは難しいとしています。
環境省の掲げる汚染土の再生利用については各地域の実情に合った議論、しかもオープンな議論が不可欠です。

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続きはまた後日。
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おひな祭りの大雪と灯油ストーブと親友と

2019年03月04日 | 友達とわたし
春の雪はボタボタで、木の枝にしがみつく。


垣根が両側から垂れ落ちて、車道からうちに入れなくなっちゃった?!


粘着質は人間でなくてもやっぱり困る…。




わずか0.5センチぐらいの幅しかないフェンスの縁にも。


おひな祭りの日だというのに…。




向こうの空がようやく晴れてきた。


万が一の時のために、灯油ストーブの準備をする。


芯にオイルを染み込ませるために数時間放置してから点火する。
最初はすごく臭うので地下室で点火したのだけど、それでも1階全体がとんでもなく臭くなり頭が痛み出したので、慌てて外に出した。


今回は出番が無かったのだけど、二人ともに灯油ストーブの臭いにすごく弱いので、できたら使わずに済んで欲しかったりする…いやはや。


さて、先週の土曜日は、嬉しいお客さまをお迎えした。

漢方の学校で学び始めてから週末は土曜日しか無い事になった夫は、それでなくても週末のアクティビティ(いわゆる妻以外の人付き合い)を渇望しているので、何の予定も入っていない土曜日を忌み嫌う。
一方わたしは、週末こそは週日にできないことをしたり、逆に何にもしないでパジャマのままで、家から一歩も出ないでボーッとしたりするのが大好きなので、週末にあれこれ予定を立てるなんて意欲はほぼゼロに近い。
でも、結局夫が立てた計画でどこかに出かけたり人と会ったりすると、あ〜楽しかったと思う。
だからまあ、ただのめんどくさがり屋なのだ、わたしは。

わたしたちのめちゃくちゃ急な誘い&悪天候にもかかわらず、のりこさん&ジャンさん夫妻が遊びに来てくれた。
いつものごとく会話が弾み、話題はあっちこっちに飛んでは大笑い。

のりこさんとジャンさんが、のりこさんのお里の沖縄に遊びに行った時のこと、ジャンさんが日本語の『どうも』の意味をのりこさんのお父さんに尋ねたところ、お父さんはありとあらゆる辞書や本を持ち出してきて、一所懸命説明しようとした。
『どうも』…なるほど、ああいう時こういう時に使うと言えるんだけど、意味を説明しろと言われたら言葉が出てこない。
なんてなことを言ってたら、「じゃあ『Love』は?」と聞かれた。
「『Love』って何?」
「『Love』は『Love』、としか言いようがない」
「でも、『どうも』と同じく、いろんな言い回しができる」
「それって『Fuck』もだよね」
「まうみ、いつか『LoveとどうもとFuckと』っていうタイトルでブログ書いてよ」

えっ…。

むくむくと書きたい気分になってきた。
どちらかというと短編っぽい話で。
今すぐにはとても無理だけど、いつか気持ちに余裕ができた時にでも。

4人で散歩に出かけた時、のりこさんに見せたこの通り。


同じ道なのだけど、右側が裕福層が暮らす町で、左側が庶民(我々も含めて)が暮らす町なので、舗装がきっぱり違う。
税金もだから右側の家に暮らす人たちの方が高い。

はっきりしてるっていうか、はっきりし過ぎているっていうか、いつ通っても笑えてくる。


のりこさんと直に話せたのがとても久しぶりだったので、山のように積もっていた言葉をどこから抜き出していいのかわからないぐらいだった。
のりこさんは、在米の沖縄県系の人たちが、どういう行動に出たらいいかを模索し、話し合い、実行に移そうとしていることを教えてくれた。
インターネットを使って、全米に散らばっている人たちと話し合えることが素晴らしいし、それぞれ個々に行動する気持ちの強さもすごい。
こちらで暮らしているのだから、こちらの政治家に圧力をかけて、アメリカ国内での啓蒙に励もうとしている。

どんなに嫌だと言ってもやめてくださいと願っても、自分たちが暮らしている場所が米軍基地を増やすために破壊されるってことを、日本全土に課して初めて、沖縄が日本の県になる。

沖縄の人たちは、基地の全面撤去を望んでいるのではなくて、本土との分かち合いを求めている。
そのことがなかなか伝わらなくてとても歯がゆいと、のりこさんは言う。
のりこさん自身、自らの意思で沖縄から離れた。
まずは東京に出て、基地の無い暮らしに初めて接して心底驚いた。
基地のことが嫌で嫌で、けれどもそれでもその土地から離れられない人もいる。
沖縄といっても、そこには一人一人、人の数だけ違う考え方感じ方がある。
もちろん沖縄以外のところに暮らしている人たちにも、その人の数だけ違う考え方感じ方がある。
だから伝えていくことが大事なんだな。
日本中で米軍基地を受け入れよう。
そうなったらどうする?
そうなったらどう思う?

米軍基地も原子力発電所も、押し付けられてきた地域の人たちの命や暮らし、そして声を無視してきたわたしたちの生き方が、増やした物事だ。
どちらも政治家や大手土建会社に莫大なお金が流れ、その費用や何か起こった時の後始末代は、国民の税金や電気代に溶かし込んで賄われている。
政治家は痛くも痒くもないし、土建会社は儲かる一方。
建てられた土地は未来永劫ひどく汚染され、病気や事故が発生しても誰も責任を取ろうとしない。

はっきり言ってクソみたいな社会だけど、それでもやっぱりどんなに時間がかかっても、やるべきことをやり、伝えるべきことを伝えていくしかない。
どんなに地味でも、結果が目に見えなくても、行動して伝えていくしかないんだね。

二人が帰った後からずっと、そして今も考えている。
日本に『ろうそく革命』が起きて、悪党を政治の世界から追い出せるのは、まだもう少し先のことなのかもしれない。
けれども希望は持ち続けたい。
もうすぐ春が来る。
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