ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

にわか作曲家

2013年05月25日 | 音楽とわたし
今日もまた寒い。
ほんこないだは、レッスンのために、扇風機二台を駆使せなあかんかったのに。
マンハッタンは、冷たい雨と風。
みんな、冬の恰好して歩いてた。
明日の夜は4℃……いつまでこんなん続くんやろか……。
野菜の苗さんたち、負けるなよ~。

カーネギーでやる定期コンサートのオーディション、どきどきしたけど、とりあえず無事に終了。
合わせ一回だけ、の割にはうまくいったかも。
それにしても、自分の曲を審査してもらうってのは、なんか変な感じ。
嬉しいの半分、わかってもらえるかな~が半分。

日本への祈りと願いをこめて作った曲やから、好いてくれはる人がぎょうさんいて嬉しかった。

今日の演奏者の中に、チャンネル11のニュースキャスターの女性がいてびっくり!!
ほんでもって、オーディション後に、
「わたし、あなたの曲がとっても気に入ったの。すばらしいと思う。
わたし(彼女はフルート奏者)とパートナー(クラリネット奏者)のあなた(ピアノ)のために、曲を書いてくれないかしら」と頼まれた。
「あー、えーっと、それがその、わたしは別に作曲家でもなくてですね……」
「なに言ってんの、あんなすてきな曲を作ったじゃないの。そういう人を作曲家と言うのよ」
「ひぇ~!!」

なんという迫力。
ガンガン押されて、結局引き受けてしもうた……大丈夫かわたし……。

ということで、審査結果は2週間後。

これから明日からの韓国行きの準備します。
日程は1週間。
また戻ってきたらコツコツ書き始めます。

その時までごきげんよう。

原子力みたいな途方もない危険なもんを、いい加減で欲深な原発ムラの人間に扱わせててええんかいな?

2013年05月25日 | 日本とわたし
『公益通報』『内部告発』ともに、これをやった人は必ず、解雇されるか、徹底的ないやがらせを受けて自分から辞めるか、脅かされるかする。
原発の世界では、それは常識。
こっちでもそれは起こってる。

原発みたいな、途方もなく危険な物の、検査データというものがどれだけ重要なことか、それぐらい誰にでもわかる。
けど、それを好きなように書き換える人間、書き換えろと命令する人間がいる。
もうそこで、この発電施設はアウト。
どんだけ安全なもんを必死で造っても、人間がこれやねんからアウト。

この本『原子力ドンキホーテ』わたしも読もう。


「ドンキホーテの告発」
AGARA 紀伊民報

その本を読み終えた後、しばらくは立ち上がれなかった。
それほどの衝撃だった。
書名は『原子力ドンキホーテ』(ぜんにち出版)。
「原発の検査データ改ざん命令に背いた男」という副題がある。

著者はみなべ町北道出身の藤原節男さん(64)。
大阪大学工学部原子力工学科を卒業して、現在の三菱重工に入社。
その後、日本原子力研究所を経て、原子力安全基盤機構に勤務していた生粋の原発技術者である。

藤原さんは2009年春、北海道電力泊原子力発電所3号機の使用前検査を担当。
その際、組織的なデータ改ざんが行われたことを、法律に基づいて「公益通報」したことで翌年、解雇された。

本では、検査記録の改ざん命令から始まり、「原子力ムラ」と呼ばれる電力業界とメーカー、官僚組織、研究者、マスコミが一体となった原子力行政の暗部を、
当事者の実名をあげて告発している。

驚いたのは、福島原発事故の3日前、経産省記者クラブの記者たちに、
「この公益通報が無視されたままの状態が続けば、明日にでも、チェルノブイリ級の大事故が生じる可能性があります」とメールで発信していること。
そして、予告通りに大事故が起きた。
3号機の爆発は政府、東京電力のいう水素爆発ではなく、核爆発だったという。

自らの立場を脱原発派であり、原子力研究推進派と位置付けたうえで、
「まずは原子力ムラを解体すること」と、繰り返し説く著者の主張には、説得力がある。(石)


「医者として人の健康維持、疾患の予防、早期発見治療に役立つ仕事をする!無料で!」by東京民医連

2013年05月25日 | 日本とわたし
福島から避難されてる住民の方々にお知らせします。
東京民医連(東京民主医療機関連合会)さんが、無料の健康診断をしてくれはりますよ~!
これは、東京民医連が独自に行わはるので、福島県がやってるような健康管理調査とは関係ありませんよ。
みなさんを、モルモットやのうて、人間として迎えてくれはります。

どうか、安心して、どしどし診てもろてください。

ものすごいストレス抱えてヘトヘトになってはるでしょう。
どうか、どうか、お知り合いにもどんどん伝えて、みなさんで行ってください。


2013年5月1日
東京民主医療機関連合会

東京民医連震災支援事業
福島からの避難住民、無料健康診断受診のご案内

福島から東京近郊で避難している皆さんの、健康不安に応える無料健康診断を行います。
これは、東京民医連が独自に行う事業で、福島県が行っている健康管理調査とは関係なく、原発事故による被ばくの影響調査ではありません。

慣れない土地での長引く避難生活の中で、生活不安や被ばくへの不安など健康不安に応え、健康状態を評価し、
健康の維持や疾患の予防・早期発見・早期治療に役立て、避難者の皆さんの健康を守る一助として実施するものです。


受診対象: 福島県より東京近郊に避難している避難者で、受診を希望される方

受診料: 無 料

健康診断内容: 身体診察、血液検査、尿検査、心電図検査、甲状腺エコー検査

<一般的な健康診査項目>
診察・問診、身長、体重、腹囲(BMI)、(血圧:7歳以上)
血算(赤血球数、ヘマトクリット、ヘモグロビン、血小板数、白血球数、白血球分画)
尿検査(尿蛋白、尿糖、尿潜血)
血液生化学(AST、ALT、γ-GT、TG、HDL-C、LDL-C、HbA1c、空腹時血糖、血清クレアチニン、eGFR、尿酸)
心電図

<甲状腺検査項目>
甲状腺エコー
FT4、TSH


実施期間: 2013年5月1日より

実施医療機関: 東京民医連加盟の病院、診療所

※ それぞれの医療機関によって実施日、実施できる検査や年令など条件があります。

申し込み: 受診を希望する東京民医連加盟病院・診療所に直接お申し込みください。

問合せ先: 東京民主医療機関連合会

〒170-0005 東京都豊島区南大塚2-33-10 ラパスビル2階
:03-5978-2741 Fax:03-5978-2865
Mail:ikatu@tokyominiren.gr.jp



「世界中どこを探しても、"国民投票年令が確定しない"、そんなバカな民主国家は存在しない」南部義典

2013年05月24日 | 日本とわたし
以前にも、ここで紹介させていただいた、南部義典さんによる「日本の立憲政治の崩壊危機」に対する警告。
その、より具体的な事例を、マガジン9さんが掲載してくれはった。

2年前の3月11日以前は、立憲政治やの憲法やの、国民投票やの、そんな言葉は読んでるだけで、そのことの存在価値も意味も、深う考えたことがなかった。
原発も然り。
あることは知ってたけど、それで困ってる人がいはることも知ってたけど、ほんまはちゃんと考えた方がええやろと、チラッと思た事もあったけど、
それでも表立って声を上げたり、反対行動とかするのは自分にはできんと思うことにしてた。
そやないと、もし始めてしもたら、自分の生活になんらかの支障が出るやろし、あんたどないしたん?と、友人知人、それから家族やらから変な目で見られると思てた。

そういう、わたしみたいな人が、わたしが思てる以上にぎょうさんいたことが、今の日本の社会を作ってしもた一因になってる。
わたしが思てたみたいに、誰かがやってくれてはるからと、いっつも人任せにしてきたことが、今の日本の政治を築いてしもた一因になってる。

そのことで、今の日本に生きてる子どもらが、どれだけイヤな思いしてるか。
どれだけ心身ともに生きにくい毎日を送ってるか。
どれだけ恐い思いしてるか。
憎いやろ。腹立つやろ。呆れるやろ。絶望するやろ。
ごめんな。ほんまにごめんな。

ちょっとでもマシな日本にしてからこの世とおさらばする。
ちょっとでもマシな日本にならんまま、この世とはおさらばせえへん。

今回の、安倍政権とやらの、違憲のまんまゴリ押しで、でたらめの政治ごっこしてる連中に、これ以上やりたい放題はさせん。
憲法96条にはいらわさへん。
国民投票の法律も、今のままやったら破棄させる。
今度の選挙も、違憲状態のままやったら中止。

ちょっとは大人としての責任を果たしてよ、日本の大人の、3.11までの生活をのほほんと続けてる人ら!

↓以下、転載はじめ

立憲政治の道しるべ
南部義典


憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第20回
実は決まっていない、憲法改正国民投票の投票年齢


96条先行改正論は、「物置の奥」へ

先日まで、意気揚々としていた「96条先行改正論」。
96条1項が定める国会の改憲発議要件を、「総議員の3分の2以上」から「過半数」へと引き下げることを、他の憲法改正より先に行うべきとする問題提起でした。

しかし、国民の賛同が拡がっていません。
いくつかの世論調査で明らかです。
所詮、にわか仕込みだったのです。
理論的にも深化していません。
衆議院憲法審査会の自由討議(2013年5月9日)では、苦し紛れに、「"5分の3"が落としどころになる」との意見、
「条項によって"3分の2"、"過半数"と発議要件に高低を付けてはどうか」という、ダブルスタンダードまで飛び出す始末…。

現実観察として、96条先行改正論は、「物置の奥」に押し込められました。
再登板の機会は、もはや無いでしょう。


18歳? 20歳? たな晒しの「国民投票年齢」

96条先行改正論のように、一部の政治家のテンションが上がって、憲法改正問題として火が付くということがあります。
政治現象としてはありえますが、法的な条件が整っていることはもちろん、政治的正統性に即した憲法改正論議でなければ、一過性の、単なる主義主張の表明で終わります。
法的な条件が整っていない段階での憲法改正論議、政治的正統性から逸れた憲法改正論議は、実現可能性も何もない、欲求充足型の妄想です。
55年体制以降、国民はこのことを学習済みのはずです。

この点、憲法改正手続きに係る法的な条件に関し、ある"重大な問題"が長らく放置されていることを看過できません。
それは、国民投票の投票年齢の問題です。

現在、国会は憲法改正の発議をすることはできます。
しかしその後、国民の承認を求めるための国民投票に付すことができません。
国民投票年齢が、18歳以上なのか、20歳以上なのか、いまだに確定していないからです。
手続上、これが障碍となることは自明です。
今回は、問題の発端である国民投票法の制定経緯を振り返り、"国民投票年齢の未確定問題"を炙り出していきます。


国民投票法の立場

国民投票法は2007年5月14日、参議院で可決、成立しました。
同18日に公布、3年を過ぎた2010年5月18日に、全面施行されました。
 
公布とは、法律の内容を国民に広く知らせることであり、施行とはその法律が効力を持つことです。
内容によりますが、法律(新規、改正いずれも)は公布から施行まで、一定の周知・準備期間が置かれることが通例です。

国民投票に参加できる年齢資格に関して、国民投票法3条は、「日本国民で年齢満18年以上の者は、国民投票の投票権を有する」と定め、18歳国民投票権を明文化しています。


選挙年齢との一致を

18歳国民投票権の採用は、公職選挙に参加できる年齢資格(選挙年齢)と一致させるという前提条件がありました。
(1)国民投票に対する参加権、選挙に対する参加権、これら二つは参政権として同種のものであること、
(2)海外でも国民投票年齢と選挙年齢を一致させている立法が通例であること、が主な理由です。

選挙年齢は、公職選挙法という別の法律が定めています。
ご存じのとおり、選挙年齢は満20歳以上とされています。
もし、現状のままとすると、「国民投票年齢は18歳以上、選挙年齢は20歳以上」というように、年齢における不一致が生じ、私たち有権者の側に大きな混乱をもたらします。
法制度上、これは適切ではありません。

したがって、国民投票法は、附則に以下のような条文を置いて、選挙年齢を18歳以上とするための「法制上の措置」を、政府に命じました。


(施行期日)
附則第1条 
この法律は、公布の日から起算して3年を経過した日から施行する。
ただし、(略)、附則第3条第1項、(略)の規定は、公布の日から施行する

(法制上の措置)
附則第3条 
国は、この法律が施行されるまでの間に、年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法(明治29年法律第89号)その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。
2 
前項の法制上の措置が講ぜられ、年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加すること等ができるまでの間、第3条、(略)の規定の適用については、これらの規定中「満18年以上」とあるのは、「満20年以上」とする


国民投票法は、18歳選挙権法の実現を求めていた

法律が公布されて施行されるまでの間、一定の周知・準備期間が置かれることに、先ほど触れました。
国民投票法は2007(平成19)年5月18日に公布され、3年が経過した2010(平成22)年5月18日に施行されました。
3年間に及ぶ、周知・準備期間が用意されていたわけです。

その間、附則3条1項が定めるように、選挙年齢を18歳以上とするための改正法(公職選挙法の一部を改正する法律。
本稿では「18歳選挙権法」と呼びます)を実現するべく、政府に検討措置が命じられたという次第です。
この義務は、附則1条により、公布の日から発生しています。
18歳選挙権法の制定に向けて、早速取りかかろうという趣旨です。
しかも、3年間という期限付きです。

ここで、附則3条1項の「法制上の措置」とは具体的に何を指すのか、附則3条2項はどういう意味があるのか、字面だけでは判りづらく、解釈の問題になります。
 
18歳選挙権法は、どのような制定経過を辿るべきだったのかが、今回のテーマの核心部分です。
文章だけの解説は難しいので、当時の立法担当者の考えをもとに、図で説明します。

 

(図1)は、18歳選挙権法が2009年4月1日に公布され、その施行が2年後、2011年4月1日であるという、立法者のシミュレーションです(説明を分かりやすくするため、日付は筆者が記しました)。
少なくとも18歳選挙権法の公布が、国民投票法の施行日(2010年5月18日)よりも前に行われ、
18歳選挙権法の施行は、国民投票法の施行日より後になっても構わないという前提です。

この場合、国民投票法の施行日より後に、18歳選挙権法の施行日(2011年4月1日)が到来します。
このわずか10か月間において、何も法的な調整を行わなければ、「国民投票年齢が18歳以上、選挙年齢が20歳以上」と、食い違うことになります。
そこで附則3条2項は、やや解き難い表現ではありますが、国民投票年齢を18歳以上ではなく「20歳以上と読み替える」規定を置いて、
(図1)のとおり、両者の食い違いを解消することとしているのです。


理想形との違い

国民投票法の立法担当者の考え方は、(図1)のようなものでしたが、理想形をあえて示せば、(図2)のようになります。



(図2)は18歳選挙権法が2009年4月1日に公布され、2010年4月1日に施行されるというシミュレーションです。
(図1)とは逆に、国民投票法の施行日の前に、18歳選挙権法の施行日が到来しています。
国民投票法の施行日には、国民投票年齢と選挙年齢はともに18歳以上となり、両者が食い違う期間が生じません。
この意味で、理想形なのです。
附則3条2項のような読み替え規定を、そもそも置く必要がないことになります。

(図2)の理想形をご覧いただいたことで、国民投票法の立法担当者があえて、附則3条2項を置いた理由が明確になると思います。
つまり「政府の責任において、国民投票法の施行までに18歳選挙権法を必ず実現する。
18歳選挙権法の公布までは可能としても、それが国民投票法の施行日の直前になってしまうこともあり、
18歳選挙権法の施行が国民投票法の施行よりも後れてしまうことも想定される。
したがって、そのような万が一のときのために、国民投票年齢と選挙年齢の不一致を調整するために置いたのが、附則3条2項の読み替え規定である」ということなのです。

(図1)が2007年当時、採用されていた考え方です。
(図2)と比較しながらご覧いただければ、理想形を採らず、一定のリスクに配慮した趣旨が理解いただけるでしょう。


今日まで実現していない、18歳選挙権法
これが、すべての原因


現在はどのような状況でしょうか。
(図3)をご覧ください。




18歳選挙権法は、公布、施行されるどころか、議論すら進んでいません。
国民投票法の施行日をとっくに徒過し、さらに3年間が経っています。
立法不作為は、今日までずっと続いています。
立法担当者にとって、全く想定外の事態です。

現在、選挙年齢が20歳以上であることは間違いありません。
 
問題は、国民投票年齢です。
早晩、改めて問われます。
国民投票法がすでに施行されている中、憲法改正国民投票が行われるとしたら、国民投票年齢は18歳以上か、20歳以上か、いずれに確定するのでしょうか。

まず、国民投票年齢を18歳以上と解釈する説は、本則3条の規定を重視し、原則的に扱うものですが、
選挙年齢(20歳)との食い違いを正面から認めることになってしまいます。
両者は一致させるべきとする、立法者の考えに反します。

また、国民投票年齢を20歳以上と解釈する説は、附則3条2項の趣旨を広く捉え、選挙年齢と一致させることで上記の批判をかわそうとするものです。
しかし、(図1)で先ほど説明したように、附則3条2項は、国民投票法の施行日までに、少なくとも18歳選挙権法が公布されていることを想定していました。
18歳選挙権法が成立していない現状で、当条項をあてはめることはできません

したがって、本稿冒頭で述べたとおり、国民投票年齢は18歳以上か、20歳以上か、いずれかに確定することができないのが現状です。
"立法上の想定外"というのは、実に恐ろしいことです。
国会では今や、解釈を確定させようとする努力すら見られません


国民投票の行政実務はどうなっているか

国民投票が実施される場合に、市町村は投票人名簿を調製しなければなりません(国民投票法20条)。
国民投票年齢が確定しないのでは、要件を欠くことになり、名簿を調製することはできないはずです。
 
国民投票事務に対する影響が問題となります。

2008年度から09年度にかけて、国から全市町村に対する交付金事業として「投票人名簿システム構築事業」(執行ベースで約60億円)が実施されました。
現在までに、事業はすべて完了しています。
事業の「要件定義書」(2008年9月版)によると、「18歳以上、20歳以上、いずれも選定できるシステムとする」となっています。
現状は即応可能で、18歳以上の投票人名簿も、20歳以上の投票人名簿も、調製することができます。
 
もっとも、市町村は国民投票年齢を自由に判断できません
国会の責任で、国民投票年齢をできるだけ早期に確定させることが期待されています。


国民投票年齢と選挙年齢との、乱暴な「切り分け論」

国民投票年齢の問題は、憲法改正発議のさい、法的な障碍になります
(図3)のように、想定外の事態が現実となっています。
放置しても、自然解決には至りません。
18歳選挙権法が実現しないことを、元来誰も想定していないわけですから、
国民投票年齢を18歳以上とも、20歳以上とも、後付にも合理的な解釈を行うことができない(説明がつかない)のです。
 
そこで、想定外と評価されないよう、法的な障碍を除去するべく、立法上の工夫をしようという動きが出てきています。

日本維新の会は、国民投票法の附則3条を「削除」すること等を内容とする法案(国民投票法の一部を改正する法律案)を、衆議院に提出しました(2013年5月16日)。
国民投票年齢と選挙年齢を一致させるという前提条件(2007年)のもと、
18歳選挙権法の整備が今日まで行われていないことが、解釈上の困難をもたらしているという問題意識です。
附則3条を条文ごと削除してしまえば、国民投票年齢は18歳以上、選挙年齢は20歳以上と、法的連関は否定され、問題が一件落着するというわけです。

維新案は、国民投票年齢を20歳以上とし、選挙年齢と無理やり揃えない点だけは、評価すべきかもしれません。
しかし、実際には、18歳国民投票権を貫徹するというより、憲法改正発議の手続上の障碍を取り除きたいという動機が優先されています。
国民投票法の制定時(2007年)、18歳国民投票権が導入された背景の議論や、18歳選挙権の実現に向けた立法者の意思を否定し、年齢条項見直し論議をゼロベースに戻してしまいます。

維新案を容認すれば、18歳国民投票権はともかく、18歳選挙権法の立法機運が、数年、数十年単位で損なわれることになりかねません
乱暴な「切り分け論」です。


18歳成年ほか、さらなる国民的議論を

本稿では、18歳選挙権法のみに着目し立論を進めてきました。
ここで、附則3条1項を改めてご覧ください。
 
下線を引かなかった部分に、「成年年齢を定める民法、その他の法令について見直しを行う」とあります。
選挙年齢だけが対象ではありません。
民法の成年年齢(一般に成人年齢といわれます)、その他の法令上のさまざまな"年齢条項"を、体系的に整理することが意図されていたことが読み取れます。

附則3条の「国政選挙に参加することができること等となるよう」という文言は、国民投票年齢が18歳以上となる、法的条件を示しています。
どのような立法措置を行えば、条件が成就したといえるのか、「その他の法令」の具体的な範囲等、その時々の国会が、賢明な判断を下さなければなりません。
本来であれば、国民投票法の施行日までに、法制上の措置を完了していなければならなかったわけですが、責任の所在がはっきりしない以上、過去を悔いても仕方ありません。
この点に関しては、回を改めて論及します。

                        *

「石の上にも三年」という諺(ことわざ)があります。
熟議を重ね、合意を形成していくためには、一定の我慢と忍耐が必要です。
そうは言っても、国民投票法の公布から全面施行まで3年、全面施行から今日まで3年、すでに6年が過ぎました
国民にとって、国民投票法にとって、この諺は3周期目に入っています。

世界中どこを探しても、"国民投票年齢が確定しない"、そんなバカな民主国家は存在しません
この程度の議論が冷静、堅実にできないようでは、日本は到底、真の立憲国家とはいえません

96条先行改正論を惰性で続ける時間と余裕があるのなら、まずは国民投票年齢の問題の解決に向け、あらゆる努力を重ねるべきです。


しあわせでんせん

2013年05月24日 | 家族とわたし
5月24日は、我々ふたりの、書類上の結婚記念日。
今から20年前のこの日、大阪の区役所に行って、婚姻届けを出した。
婚姻届けというても、日本人同士みたいな正式のんではない。
外国人は戸籍謄本を作られへんから、旦那はわたしの戸籍に、たった一行、名前と国名が記入された。
グリコのおまけみたいに。

それでも、この届けを出すのに、半年待たなあかんかったから、それなりに嬉しかった。
けど、わたしらが幸せを得ようとしたことで深い傷を負わせてしもた、少なくない人達の心を忘れたらあかん。
そんなこんなの、まぜまぜの気持ちのまま、それでもまあ、ああ、やっとこれで済んだという感じ。

女だけ、離婚手続きが済んでから半年間は、再婚が許されへん。
チビやった息子らを連れて家出したのが、1992年の4月末日。
新しい暮らしを、大津の元は置屋やった五軒長屋の奥で始めたのが5月。
元旦那との離婚が成立したのが、その年の10月で、そやからそれから半年待って、1993年の5月24日に区役所に行った。
区役所から、アメリカ大使館に行き、そこでも手続きをして、晴れて夫婦となったのが今から丁度20年前。

続いてるやん♪

ということで、今日は丁度、次男くんのガールフレンドまなつちゃんの大学卒業の日でもあったので、4人で一緒にお祝いの食事会をした。

今まで暮らしてたアパートの契約が切れたまなつちゃんは、今日からうちで、我々の旅行中の留守番をしてくれる。
家猫ショーティの世話と、ネズミのおでこ庭の草花と、畑の野菜のお水やり。
それから、冷蔵庫の掃除料理が大の得意ということで、ガンガン使てもらう。
恭平は、お料理上手なガールフレンドに、ほっぺたがゆるゆる。
「ボクはとても幸せです」と、ほんまに幸せそうな顔して言う。
それを横で見て、こくんこくんと頷くまなつちゃん。
そんな若いふたりを見て、おかんのわたしもほんまに幸せ。



今日は朝から、3週間ぶりの気功瞑想。
呼吸が腹に戻ってきた感じ。
気がどすんと据わる。

今日から新しく加わった40代の男性のために、常連のメンバーが、この気功瞑想が自分にとってどんな意味があるかという話をした。
ミリアムがまず話し出した。
「このクラスはなにも教えない。どうすればよいかも言わない。どんな状態が良い、というのでもない。
みなそれぞれに違うので、得るものの量も質も、そして早さもみな違う。
なにが良くなるとか、うまくなるとか、そういうのでもない。
けれども、いつか、だれもが、ふと、あれ?なにかこれまでとは違うなあ、なんとなくいいなあ、と感じる時がくる。
そしてそれは、それほど大きなことでも、驚くことでも、特に人に誇れることでもないけれども、
自分の暮らしの、長い長い年月の間に、この方が好ましいと思われる行動であり、考え方であることなのは確か。
そしてそれは、あなたを、とても幸せな気持ちにしてくれるのも確か。
そしてその幸せな気持ちは、自分でも気がつかないうちに、言葉を使わなくても、あなたの周りの人に伝わっていく。
そしてその幸せは、だんだんと、水面に広がる波紋のように、世界に向かって伝わっていくの」

さて、わたしはその、幸せ波紋の中のひとつになれるやろうか……。

橋下さん、これまでもいろいろあったけど、あの暴言はなんぼ誤摩化してもあかんよ。もう辞めなはれ!

2013年05月23日 | 家族とわたし
上脇博之さんとおっしゃる、憲法研究者の方が、橋下徹大阪市長の「慰安婦は必要」発言に抗議し辞任を求める、請願署名用紙の紹介をしてくれてはりました。

↓以下に転載させてもらいます。
みなさん、どしどし書いて、がんがん送ってください。

上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場より、
http://blog.livedoor.jp/nihonkokukenpou/archives/51727133.html

人権保障呼びかけ
橋下徹「慰安婦暴言」に抗議し、公職辞任を求める請願行動(署名用紙)の紹介

日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長の、「慰安婦は必要」発言に抗議し辞任を求める、大阪憲法会議の文書と、請願行動(署名用紙)を紹介します。


日本維新の会 様

「慰安婦は必要」発言に抗議し、撤回と謝罪を求めます

貴党の橋下徹共同代表・大阪市長は13日、「『慰安婦』制度は必要だった」と発言しました。
橋下共同代表はこれまで、旧日本軍「慰安婦」問題について、「強制連行の証拠はなかった」と強弁し、歴史の事実をゆがめてきました。
さらに今回の発言は、「慰安婦」の「必要性」を説くまでに暴言をエスカレートさせるという異常なものです。
女性の人権を貶め、人間の尊厳を踏みにじる橋下氏の暴言に怒りをもって抗議するものです。
このような暴言、妄言をエスカレートさせる橋下氏には首長の資格はもちろん、国政を語る資格もまったくなく、人間としても許されるものではありません。
 
その上、沖縄米軍の司令官に対して「日本の風俗業を活用してほしい」と求めたことも明らかになるなど、国民、沖縄県民を冒涜し、違法な売春をすすめるという、まさに驚くべき異常さです。
 
貴党は「占領憲法を大幅に改定する」と綱領に書き込み、橋下氏は平和憲法9条を敵視する発言を繰り返してきました。
戦時における性暴力をはじめ、人権無視の言動は、憲法改悪し、戦争する国づくりをすすめようという意図をあらわにしたものといわざるをえません。
 
貴党の石原慎太郎共同代表は「軍と売春はつきもの」、「橋下氏は間違ったことは言っていない」などと擁護し、松井一郎幹事長も慰安婦制度があったのは「必要とされていたから」と述べるなど、貴党自体が橋下代表の発言の立場に立っているといわざるをえません。
その人権感覚の欠如は許しがたいことです。

「慰安婦は必要」の暴言を直ちに撤回し、旧日本軍「慰安婦」とされたみなさんと日本、および世界のすべての人々への謝罪を強く求めます。

2013年5月15日
憲法改悪阻止大阪府各界連絡会議(大阪憲法会議)
                         幹事長  梅田 章二



大阪市長
橋下 徹 様

「慰安婦は必要」発言に抗議し、撤回と謝罪を求めるとともに
市長の即時辞任を求めます

貴職は13日、「『慰安婦』制度は必要だった」と発言されました。
貴職はこれまでにも、旧日本軍「慰安婦」問題について、「強制連行の証拠はなかった」と強弁し、歴史の事実をゆがめてきました。
さらに今回の発言は、「慰安婦」の「必要性」を説くまでに暴言をエスカレートさせるという異常なものです。
女性の人権を貶め、人間の尊厳を踏みにじる貴職の暴言に怒りをもって抗議するものです。
このような暴言、妄言をエスカレートさせる貴職には市長として、政治家としての資格はまったくなく、人間としても許されるものではありません。
 
その上、沖縄米軍の司令官に対して「日本の風俗業を活用してほしい」と求めたことも明らかになるなど、国民、沖縄県民を冒涜し、違法な売春をすすめるという、まさに驚くべき異常さです。
 
日本維新の会は「占領憲法を大幅に改定する」と綱領に書き込み、貴職は平和憲法9条を敵視する発言を繰り返してきました。
戦時における性暴力をはじめ、人権無視の言動は、憲法改悪し、戦争する国づくりをすすめようという意図をあらわにしたものといわざるをえません。
 
「慰安婦は必要」の暴言を直ちに撤回し、旧日本軍「慰安婦」とされたみなさんと日本および世界の人々への謝罪とともに、大阪市長を即時辞任するよう強く求めます。

2013年5月15日
憲法改悪阻止大阪府各界連絡会議(大阪憲法会議)
                         幹事長  梅田 章二



2013年5月24日
大阪市長
橋下 徹 様

貴職による「慰安婦」暴言は重大な問題です。
暴言の撤回と謝罪、すべての公職を即刻辞任するよう強く求めます。

私は、日本国憲法と請願法にもとづき、貴職に請願します。
 
貴職が5月13日に、旧日本軍「慰安婦」問題について、「慰安婦制度というものが必要なのは誰だってわかる」などと、慰安婦制度そのものを正当化する暴言を吐き、また、沖縄の米軍司令官に米兵犯罪を減らす一策として「風俗業の活用」を進言しました。以降、自らのツイッターなどで釈明を繰り返していますが、撤回や謝罪とはなっておらず、まして言い訳をしてすむ問題ではありません。
 
また日本維新の会の石原慎太郎共同代表も「軍と売春はつきもの」と呼応しました。
松井大阪府知事(同党幹事長)も14日、「(「慰安婦」は)現実にあったわけで必要とされていた」と追認し、米軍司令官への「もっと風俗業を活用してほしい」という橋下市長発言についても、「米軍関係者は風俗店で楽しんで」と擁護する発言をおこなっています。
 
さらに、橋下・石原両共同代表は19日午後の会談で、慰安婦に関する橋下発言を撤回する必要はないとの認識で一致し、過去の「侵略」の定義など歴史認識について維新の会として見解をまとめないことも確認するなど、自らの発言と居直りの姿勢を擁護しています。
 
これらは、まさに人権感覚が欠如した、人間の尊厳をおとしめる、許しがたい態度であり、既に多くの批判が巻き起こっていることは極めて当然です。

私は、貴職の暴言を断じて容認することはできません。
あわせて、松井知事や日本維新の会の態度についても、到底許されるものではありません。
日本維新の会幹部の発言は、同党の歴史認識の偏向や、人権意識の欠落を示すものであり、貴職と同様に、公党としての責務と存在が問われる重大問題です。
 
ここにあらためて、貴職の暴言と日本維新の会幹部の発言に強く抗議し、発言の撤回と謝罪を求めると共に、貴職に対し、大阪市長をはじめすべての公職を即刻辞任するよう強く求めます。

(私の一言)

住   所
氏   名

安倍内閣が勝手に作った国民投票は、投票総数の半分を超えたら国民の承認があったものとする詐欺法律!

2013年05月23日 | 日本とわたし
ほんでその、オヨヨの安倍ちゃんが、前の総理時代から着々と進めてきた、憲法改悪計画のずるさを、わかり易う説明してくれはった文章を載っける。

目的のためには手段を選ばぬ安倍晋三氏の危うさ
2013年5月22日 (水)

日本国民のバランス感覚が問われている。

「中庸」を欠いて極端に走れば、ものごとは安定を失う。

安倍晋三氏は憲法96条改正を主張しているが、これは安倍氏の憲法観が極めて未熟であることを示している

憲法は国家の基本法である。

日本の憲法は改正されていないから改正が必要だとの主張があるが、改正の回数などは些末の議論だ。

国家の基本を定めている以上、その変更には慎重であるべきと考えるのが「保守」の思想である。

安倍氏は「保守」を標榜しているにもかかわらず、憲法改正については、その変更を容易にする方向に舵を切ろうとしている。

ここにあるのは、
「目的のためには手段を選ばない」、
「目的のためには、根本原則を安易に歪めることを厭わない」、
「拙速主義」、
「軽挙妄動」
だ。

そして、憲法改正のハードルが高く設定されるもうひとつの大きな理由は、
憲法が、国家権力から人民の権利を守ることを目的に制定されていることにある。

権力の暴走を防ぐことが、憲法制定の最重要の目的である。

憲法によって、国家権力の暴走を抑制するのである。

これが「立憲主義」の考え方である。

だからこそ、憲法を簡単に変更できないための高いハードルが設定されているのだ。


安倍氏は憲法に対する基礎的な素養を欠いていると言わざるを得ない。

憲法を変えたいとの思いが先走って、ものごとの根本をおろそかにしている

「その本(もと)乱れて末治まる者はあらず」

とは、中国の四書のひとつ『大学』の一節だ。

『大学』における「本(もと)」とは「修身」のこと。つまり徳を身に付けることである。

しかし、この「本」を、ものごとの「根本」と置き換えても良いだろう。


憲法は国家の根本である。
根本であるからこそ、定めた以上、それを尊重するのである。

尊重するというのは、絶対に変えてはいけないということではない

本当に必要があれば変えるべきものであるだろうが、その際には、あらかじめ定めた正規のルールに従うべきなのである。

憲法を変えたいがために、あらかじめ定めてあるルールを変えてしまおうというのは、「ご都合主義」そのものである。


こうした判断を示すところに、安倍氏のひとつの危うさがある。

この問題は、憲法改正の手続き全体の問題として捉えることが必要である。

日本国憲法第96条の条文は次のものだ。

第九十六条  
この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。
この承認には、特別の国民投票、又は、国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

憲法改正発議には、衆参両院で、それぞれ、総議員の3分の2以上の賛成が必要である。

そして、憲法改正が成立するためには、さらに、国民投票で過半数の賛成を得なければならない。

問題は、国民投票での「過半数の賛成」の具体的内容だ。

安倍晋三氏は、第一次安倍晋三政権の時代に、国民投票の制度を定めた

「日本国憲法の改正手続に関する法律」

を制定したのである。

この法律の第126条に以下の条文がある。

第百二十六条  
国民投票において、憲法改正案に対する賛成の投票の数が第九十八条第二項に規定する投票総数の二分の一を超えた場合は、
当該憲法改正について日本国憲法第九十六条第一項の国民の承認があったものとする

この条文のポイントは、

「投票総数の二分の一を超えた場合」だ。

全有権者の過半数ではなく、投票総数の過半数なのだ。

自民党は衆議院で、480の定数に対して295議席を保有し、圧倒的な影響力を保持している。

しかし、自民党が比例代表選挙で獲得した得票は、全有権者のわずか16%に過ぎない。

つまり、国会過半数の意味は限りなく低い

したがって、国会過半数の賛成を得たからといって、とても「国民の総意」とは言えない状況にある。

他方、国民投票での投票総数の過半数といっても、投票率が5割なら、全有権者の4分の1に過ぎない
この4分の1の国民の賛成で憲法改正が成立してしまうことは健全でない。

国民投票の低いハードル設定と、憲法改正発議要件の緩和の二つを、二段階で推進してきたのが安倍晋三氏なのである。

これを、「目的のためには手段を選ばず」と言う。

河野談話を非難してた橋下を、大変勇気ある発言やと評価し、戦いにおける同志やと言うてた安倍…オヨヨ

2013年05月23日 | 日本とわたし
なんや、安倍ちゃん、絶賛しとったんやんか……。

↓以下、転載はじめ

橋下「慰安婦」暴言の根っこに首相の認識
【しんぶん赤旗】2013.5.22
昨年「勇気ある発言」と絶賛 安倍氏

日本維新の会の橋下徹共同代表の「慰安婦制度は必要」(13日)との暴言について、
安倍晋三首相(自民党総裁)は、「立場が異なる」(15日)と、人ごとのような態度をとっています。
一方で、橋下氏の暴言そのものに対してはいっさい批判せず、「侵略の定義は定まっていない」という自らの発言についても、いまだに撤回していません。
首相のごまかしは通用するのでしょうか。

「橋下氏は同志」

(写真)日本軍「慰安婦」問題での橋下氏の暴言を、「大変勇気ある発言だ」と評価する安倍氏のインタビュー記事を掲載した「産経」2012年8月28日付


安倍首相と橋下氏は、「立場が異なる」どころか、政治的にも思想的にも“蜜月”を続けていました(表参照)。
焦点となっている日本軍「慰安婦」問題でも、「産経」の昨年8月28日付記事で安倍氏は、
「慰安婦」問題の強制性と政府の関与を認めた「河野談話」(1993年)を、「強制の事実に確たる証拠はない」と非難する維新・橋下氏の発言を絶賛
安倍氏は、
私は大変勇気ある発言だと高く評価している。
彼はその発言の根拠として、安倍内閣での閣議決定を引用した。
戦いにおける同志だと認識している

と述べていました。

安倍氏は、昨年11月30日の日本記者クラブの党首討論でも、
安倍政権時代に、それ(強制連行)を証明する事実がなかったことを、閣議決定している」と述べ、
「産経」12月31日付などで、同様の発言を繰り返しています。
橋下氏も、「僕の発言の根拠は2007年の閣議決定」(16日、フジテレビ系番組)と発言しているように、
橋下氏の“慰安婦暴言”の根っこには、“強制連行はなかった”とする安倍首相らの認識があります


政府の責任否定

実際、安倍氏と4人の閣僚、が賛同者として名前を連ねた米国紙「スターレッジャー」意見広告(2012年11月4日付)は、
(『慰安婦』は)『性的奴隷』ではない。彼女らは、当時世界中のどこにでもある、公娼制度の下で働いていた」と述べ、
強制性と日本政府の責任を、否定する主張をしています。


これは成り立たない議論です。

国連人権委員会はじめ国際社会が、「慰安婦」制度を「性奴隷」と批判しているのは、
「慰安所」という施設内に女性たちを拘束し、兵士らとの性行為を強制したという、否定できない事実そのものです。

河野談話」は、「慰安婦」の生活は、
強制的な状況の下での痛ましいものであった」こと、「その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」と認めています。
安倍、橋下両氏が「発言」の根拠にしている「閣議決定」(07年の第1次安倍内閣)も、実は、「河野談話」の継承を表明しているのです。

このように、国際社会で通用しない議論のため、安倍首相が表だって言えなくなったことを今回、橋下氏が代弁。
それが、国内外からの批判をあび、あわてて「立場が異なる」とごまかしているのが、事の真相です。

政府として、「河野談話」継承の立場をとるかぎり、「強制性を立証する文書がないから強制の事実はなかった」などという議論を、肯定する余地はまったくありません
選挙直前に批判を受ける維新の姿を見て、自民党があわてるのも無理はありません。

東京都議選(6月14日告示、23日投票)に向けて、「前市長の○○」(南多摩選挙区)と連呼して維新を名乗れない候補や、
「数日、この問題だけの対応に追われ、本来の選挙活動ができていない」と嘆く維新の参院候補も出てきています。

維新・橋下氏に対する国内外の批判は、そのまま安倍首相に突き刺さるものです。
それは、韓国の新聞、東亜日報14日付が、
「日本の最高指導者である総理が、侵略を否定して以降、保守勢力がはばかることなく本音を明かしている。
安倍総理がいる限り、政治家の妄言は続くだろう」と指摘したとおりです。
(松田繁郎)



恋の季節

2013年05月22日 | 日本とわたし
なにを見上げてるのかと思たら、


さか立ちで、ぶんぶん尾っぽを振り回してるリス吉が……。


リス子ちゃん、思い余って登ってったら……あれ、どこ行ったん?


いやん、逃げ足はやいねんから、リス吉くん。


おばちゃん、アタシの恋路を邪魔する気?


そんなん放っといて、ほれほれ、こっちこっち♪


あほらし……。

畑しごと

2013年05月22日 | ひとりごと
突如30℃近くにまで上がった真夏日の昨日、オーディション間際にしとうなかったので、仕方なく、おっきくなった野菜の苗を畑に移す作業をした。

ほんでもって今日も、昨日みたいにお陽さんがガンガン照ってはおらんけど、それでもやっぱり暑い。

今週末の日曜日に、旦那の両親のお伴で、韓国に行く。
一週間の、スネカジリまくり旅行。
なんやしらんけど、今年は、2月末のタイ旅行といい、今回のんといい、親に連れてってもらう旅行が重なった。
なんともラッキーというか、ええ歳してどない?っちゅう気もせんでもない……。

その旅行前日に、カーネギーのオーディションがあるわけで、そのための作曲と練習もせにゃならん。
旅行の用意もせにゃならん。
旅行で万が一のことがあったらと、旅行前にはとりあえず片付けときたいタチなもんで、掃除もせにゃならん。
ほんでもって、1週間の、あれもこれも頼みます、の一覧も作らにゃならん。
幸いにして、次男くんは、料理も得意、掃除もまずまず、思いっきり自立してるので、留守にするからいうて、あれこれ世話を考えんでもいい。
家猫のきげんはまた、思いっきり悪なるやろから、腹いせに悪いことをされんように、あちこち閉めとかなあかん。

ってなことで、いっちゃん気になってた、この家でいっちゃんちっちゃい存在。


水をしみ込ませた綿の上で、やっとやっとここまで、おっきくなってくれたゴーヤさん達。
達っていうても、双葉までしっかり出たのんはたったの一個。
他のゴーヤさんらは、まだ双葉の頭の先っちょがちょいと見えてきたとこなんやけど、もう待てへん。

申し訳ないけど、まずはここに入ってもらうことにした。小松菜と水菜が、ワサワサと生えてる野菜の苗床。


毎晩わっしわっしといただいております♪


先々月に、日本に帰る寸前の駐在家族の方からいただいた稲わらを、うんしょうんしょと運んできて、


日本なすびと日本かぼちゃと、枝豆ととうもろこし、それから去年からのニラ。今年もまた、野生動物との攻防があるわけで……。

もう全然寒ないけど、水やりがもしかして充分でなかったりする可能性大なので、藁で乾燥を防ぐことにした。


ミョウガさんらも今年も元気!


ついでに、実がおっきくなってきたイチゴさんとこにも♪



稲わらの掃除ついでに、ドライブウェイを掃いてたら、きれいな、真っ黄色のお腹の鳥が、息絶えてるのを見つけた。
慌てて拾い、カエデ爺さんの根元のお墓に埋めた。

自然は、生きることと死ぬことのくり返し。