ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

ヒートテックと更年期のつれない関係

2012年02月29日 | ひとりごと
ホットフラッシュ。
更年期症状のひとつで、昼夜を問わず、何の前触れもなく、突然それはやってくる。
ひどい人は大量の汗をかくというけど、わたしはそこまでひどくはない。
せやけど、昼夜を問わず、何の前触れもなく、突然、スティームサウナに、服を着たまま閉じ込められたみたいな状態になるのは、気分の良いもんではない。

わたしの汗は、ティッシュを押し当てるとベタッと濡れる程度。
けども、気分としては、バケツの水を景気良くぶっかけて欲しいぐらい。

バケツの水……おぉ~思い出した……『フラッシュダンス!』


あ、やっぱり水やとチベタ過ぎやな。温いお湯にしとこか……。

とにかく、最近特に、このミニホットフラッシュにまとわりつかれるようになって、ある事に気がついた。
ユニクロのヒートテックが超~不快ってことに!?
なんちゅうか、身につけた瞬間に、暑いやんかっ!状態になるのである。

いや、きっと、シャワーから出たとこやからやわ。
などと、着たいばっかりにあれこれと理由を考えてみたけど、あかん、きっと皮膚の穴が更年期バージョンになってしもてる……。

かなしい……。
日本に帰省するたびに買うた、ブラ付きのタンクトップとタートルネック。それぞれ5着もたまったのに……。

いつか、更年期ちゃんを卒業したらまた、気持ち良く着られるようになるんかなあ~……。
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日本国憲法第九条・わたしはこれを地球憲法にしたらええと思う!

2012年02月28日 | 日本とわたし
日本国憲法第九条

その1 
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

その2 
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。


今日一日、ずっと、この憲法第九条を、頭の中で諳んじている。
この力強い、確固とした、そして永久にという、戦争や武力への拒絶。
わたしは、今更ながら、こんなすばらしい憲法を持つ国を母国として誇れる幸運な人間やったんやと、しみじみ思た。

と、そうしてるうちに、今度は、わたしが忌み嫌てるアメリカ合衆国憲法の修正第二条のことを思い出した。
あれがあるがために、銃規制が進まんと、凝りもせずにあちこちで射撃による殺人が起こってる。


アメリカ合衆国憲法修正第二条

「国民が銃をもつ権利」を述べたアメリカ合衆国憲法修正第二条は、以下の通り。

Amendment II  A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.

訳をしてくれてはる、阿川大樹さんとおっしゃる小説家のブログ『阿川大樹のつぶやきの壺焼き』から、一部を拝借させていただく。

アメリカ合衆国修正第二条

規律のとれた人民軍は、自由な国家を守るために必要であるから、市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない。
(阿川大樹による日本語訳)

武器を持つ権利について、日本人によくある誤解は、アメリカでは「自分の身を守るために銃をもつ権利がある」のだという勘違いだ。

けれど、この条文が示しているのは、他国からの侵略や、自国の政府が、国民の自由を抑圧する可能性があるから、
国民が組織だって、それと戦うことができるように、国民には武器を持つ権利があるのだ、という考え方だ。
 
つまり、合衆国憲法の精神は、「自由国家」が武器によって守られる、という考え方が基本になっている。
銃によって守る対象は、個人の生命や財産ではなくて、「自由な国家(free State)」である、ということ。

いい悪いは別にして、日本人とはまったくちがう理念で、武器を捉えている。
たとえば、自衛隊がクーデターを起こして、軍事政権ができたら、武器をもたない国民は闘うことができないではないか、
だから、市民にはつねに、武器を持つ権利が保障されていなければならない、というのが、アメリカの憲法修正第2条の精神である』



あらら?
なんかちょっとちゃう。
というか、すっかり勘違いしてた人間のひとりっぽい。

日本もアメリカも、素晴らしい条文が存在してるのに、
核兵器をコソコソ作ってたり、銃を全く違う意味合いで持ってたり、アホな連中のために、せっかくの憲法が台無しや。

憲法が泣いてるで! 
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小出先生へのインタビュー文字起こし・2/28/2012

2012年02月28日 | 日本とわたし
すみません。途中から聞いた部分だけ。
しかも、ボケボケ頭で聞き取ったので、間違いとかがあるかもしれません。
もう寝ます。
とりあえずひととおり読んでみてください。おやすみなさい。


『汚染瓦礫を、全国の自治体が引き受けて燃やしてもよいと思うと言ったことについて。
絶対に譲れない条件がある。
放射能汚染をほぼ除去できる、専用の装置をきちんとつけ、運搬ルートやその他の作業の際も、汚染が拡散しない状況に整える。
それをきちんとやり終えた上で、瓦礫を拡散する。

本来ならば、現場で特別な焼却炉を作り、現地で燃やすことが一番の策。

ただ、私は、子供を被ばくから守りたい。まずそれを一番に考えたい。

大阪も東京も、全国の自治体の子供も、福島の子供も汚染地の子供も、
トータルとして被ばくをどれだけ減らせるかどうか、というのが一番の問題。

専用の焼却炉を作れ。それが間に合わないのなら、全国でやれ。
ただ、だからといって、既存の焼却施設で燃やしてはだめ
その焼却灰を、自治体で勝手に処分するのもだめ
既存の焼却炉では、放射性物質を取り除けない。
バグフィルターは全く効率の保証が無い。

管理が重要。
現場でそれを確認し、測定し、大丈夫かどうかを、まずはっきりさせなければいけない。
けれども測定調査は簡単。
だからまず、それをやり、数値的に大丈夫なら燃やす。
セラミックフィルター、高性能フィルターを新たに設置した焼却施設なら、そこで焼却してもよい
沿道の構造を変え、フィルターをつけ、徹底して放射能対策をする。
例えば大阪で焼くとしても、専用の場所を決めて、そこでやるというふうにしなければならない。
たとえ焼却してもいい、ということになっても、その焼却灰は、その地域内で絶対に処理してはならない
その灰は、福島原発の石棺や、地下遮蔽壁のコンクリートの材料として使うために福島に戻す。

速度が大切。

もともと行政の計画自体に疑問がある。
宮城、岩手、福島のがれきの1~2割を全国でやってくれ、と政府は言う。
10~20年かかるので頼みたいというわりには、8~9割を地元でなぜやろうとするのか?
民間の産廃業者が焼却してしまうと、さらにとんでもない被ばくが発生する。
災害立地。
本来ならば、現地で焼却施設を建てる、あるいは既存の焼却施設を徹底的に改良し、汚染地で処理することが最良の手段。
汚染地に専用の焼却施設を即刻建てること。
ただしそれにはなんども言うが、放射能汚染の拡散を遮断できる、特別の装置がきちんと設置されているという条件をクリアしなければならない。

こんな事故が起きてしまったということが事実なのであって、
その一割のがれきが全国に撒かれるということで、さすがに自分のこととして捉えてくれるのではないか、と思ったりもする。

溶けてしまった炉心がいったいどこにあるのか。
それがわかるまでは多分10年近くかかる。
最終的になにができるのか、それはまだわからない。
とにかく、放射能を閉じ込めなければならないことだけは明確。
そのためには、膨大なコンクリートが要る。


中間処分場、最終処分場をどこに置くか。
福島原発の敷地内に、汚染濃度が非常に高い灰を戻した場合。
一カ所にまとめた場合、全国にばらまいた場合。
いったいどちらがトータルとしての被ばくを減らせるか、それしかもう考えようがない。
全体の被ばく量を減らそうとしたら、一カ所にまとめる方法がベスト。

中間貯蔵施設は、福島第一の周辺に、もう二度と人が住めないという地域(例えば双葉町のような)があるのだが、
こういう言い方は申し訳ないが、そういう地域に作ることが賢明。
政府が双葉町に頼んだ際に、町長は断ったが、猛烈な汚染地帯で、もう二度と帰れないということが明確になった場合、そこに建てると良いと思う。
けれども、もともとは福島第一にあったものなのだから、そこに返すのが一番の解決法。
このゴミは、東京電力の本社の社長室から始まって、東京電力の建物がすべて、放射能のゴミで埋め尽くされれば良いと本気で思っている。
福島第二の広大な敷地を、中間貯蔵施設にすれば良い。
まずは、東京電力が所有する施設を使う、使い切ってもう場所が無いというところまでに至ってから、他の候補地を打診するべき。


再稼働について。
大飯原発の再稼働が特に差し迫った問題になっている。
わたしは本当に不思議に思っている。
あの事故を防げなかったことに、言葉に尽くせない無念を抱いている。
安全だ安全だと、言いふらしてきた彼らが、想定した条件のもとで計算をして、勝手に決めた指針に照らし合わせて安全だと判断してきたことが、大きな間違いだとわかったはずなのに……。
ストレステストだって同じ。
単に彼らが頭の中で想定した仮定をもとにやっているだけ。
しかも、これまでの指針をベースにしてやっている。
それが最大の過ちであったのに、それをまた、あの事故の責任の一切を取っていないまま、同じようなことをやろうとしている。

わたしも含めて、原発に関係してきた者は、全員刑務所に入っていなければならない。
そんな連中がまた、全く意味の無いテストを作り、原発を再稼働させようと躍起になっている。
事がここまできたのであるから、一切の原発は即刻止めなければいけないし、廃炉を進めていかなければならない。
事故というのは、どんな安全基準を作ろうと、事故を防ぐことはできない。
たかが電気のために、原子力を動かすという愚かなことをやめなければいけない。

原発はそもそもあってはいけない。
電力は足りている。
原発コストは全く経済的ではなく、国民にとって重い負担となる。


政治の場にいる方々の中には、『原発に関して、核の動機がはじめからあった』と、はっきりと認めている人がいる。
先の戦争で負けて、二等国となってしまった日本は、核武装というものを持つことで、立ち位置を向上させたかった。
原子力発電をやる上での、一番根本的理由は、核武装というものを所有するということ。

核の導入について。正力氏が原子力の平和利用という言葉を隠れ蓑に使い、原子力発電所を推進した。
核武装という言葉が最近また、チラチラと出始めている。
なぜそれをしなければいけないのか。
どうしてそこまで思わなければならないのか?
アメリカの都合よく動かされているのか。
アメリカの属国として、都合の良いように使われているだけなのか?
確かに属国だったが、そこからなんとか抜け出して、独自に一等国として存在するために、核武装を発展させたいという意思もあったかもしれない。
核を持つということの理由は、単純なことだけではない。

ウランの濃縮なり、プルトニウムを持つということは、アメリカの原子力産業の顧客となったわけで、
アメリカにとってのアジアの防波堤として存在している限り、アメリカは日本を、共産主義の脅威と対峙するための壁として使い、中国との接触にクッションを作る。
核の開発体制としての原子力発電所。これを政府は国民に全く説明していない。


プルトニウムは今どこにあるのか?最終的にどこにあるのか、高度な軍事機密であり、国民には知らされない。
原爆にできるようなウランがあるが、それも最高機密。
核物質というものはそういうもの。
単なる物理的な防護だけでなく、情報上も、完璧な機密事項。情報が漏れないように国家としては情報統制をとる。

日本の国民に対してスピーディは隠され、米軍には渡されていた。
主権者は米国?一応、形上は外国であるが、核の親分である米国に先に情報を流すのは、当たり前である。
米国は、IAEAを通じて、日本のどこにプルトニウムがあるのか、そのことも知っている。
IAEAは、基本的に米国が握っている。
常任理事国(アメリカ、日本、中国、イギリス、フランス)になる←核兵器を持つ
そして常任理事国は、他の国には核を絶対に持たせない→そういう意味もあってIAEAを作った。
常任理事国というのはそういうもの。

現在の厳しいパワーポリティクスのようなシステムの中で、わたしのような小さな者が、なにを言っても仕方が無いと思ってしまうが、
絶望したらその時に終わってしまうので、とにかくあきらめず、声に出し続けていく。
現在のようなパワーポリティクスが支配しているような世の中をひっくり返したい。
すぐにはできない。
そのための鍵は、日本国憲法にある。
特に第9条。
自分達の安全をどう守るか。
軍事力で安全を守らない。
もちろん容易な事ではない。
軍隊を強化することより遥かに難しいこと。

米国は今、自分の思いに添わない国は地球の裏側であっても攻撃するような、不公正で不平等な世界。

米国の属国から離れる。

不公正な劣位に置かれている国が、属している国から独立することは、想像を絶する困難や痛みが伴う。
核をすべての国が持つ自由。それは絶対に求めてはいけない。
核をすべての国が捨てる自由。これしか地球が続く未来はない。

不公正な世界は、人類が生まれてからずっと続いてきた。
核が生まれてからは60年。
人類というのはそういう愚かなものだ、という結論として認めてしまうとそれで終わってしまう。
違う歴史を作りたい。

人類の支配、披支配という不公正な世界を変えたい。

みんながひとりひとりで考えて欲しいこと。
原発だけの問題ではなく、核を視野に入れないと、この強大なシステムをひっくり返すことはできない』




小出氏が生きてこられたこれまでの世界には、常に絶望というものがまとわりついている。
この彼の絶望が、言葉の端々ににじみ出てしまう。
それはほんまのことなんやと思う。
それこそが現実なんやと思う。
けれども、それでもなにか、希望はないやろか、打開策はないやろかと思う。

瓦礫を全国の自治体で処理すればいい、と思てはることについても、
そうすることで、今なお、無関心でいる日本の大人達に、せめて考えさせるきっかけにもなる、と言わはった。
ここに彼の、孤高に闘うてきはった彼の、長年の怨念がチラチラと見え隠れするように思えてしまう。
それほどの、簡単に言葉に言い表せへんほどの毎日やったんやと思う。
あそこまでの悲惨な事故が起こらな、呑気に、適当に、無責任に、快適さを楽しむことをやめんかったわたしらへのお仕置き。
そして、わたしら以上に、無責任で破廉恥で強慾で無反省な原子力に群がる連中への、凄まじいまでの怒り。
これこそが、彼を絶望の淵からなんとか救い上げてるものなんかもしれん。

どんなに時間がかかろうとかまへん。
放射能の汚染に負けへんぐらい時間かけて、世界を変えるねん。
そのためには、わたしらが今、その一歩を踏み出さなあかんねん。
遠い未来の子供らが、学校の世界史を学ぶ時、今の平和な、核なんてもんはゴミでしかない、戦争も紛争もない世の中のきっかけを作ってくれた、一番はじめの人間やったと、
その中のひとりとして、代々語り継がれてもらえるなら、そんな爽快で名誉な人生はないやんか。
なんちゅう意味のある、かっこええ時代に、大人として生きてられる幸運を、感謝したいぐらいや。

日本国憲法第九条。
その1 
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

その2 
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。

わたしはこれを、地球憲法にしたらええと思う。
暴力で権力を保持しようとする野蛮人に、どんだけ時間かかっても、この憲法を理解させることが、核廃絶を叶えることに繋がると思う。
ほんで、それができるのは、この憲法を持つ日本であり、日本人なんやと思う。
ここまでに思いが至った時、わたしは、日本に生まれ育った日本人ということを、心の底から誇りに思う。
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あたらしい命の息吹

2012年02月27日 | ひとりごと
ブルーベリーの芽。


旦那が植えたカエデの芽。


緑の炎。


前の家から一緒に引っ越してきた、不死鳥というあだ名がある木の……花か実か?


美味そうな紫陽花の芽。


この時期の、すっかり枯れた土から出てくる緑の命。大好き!
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この可愛さよ!

2012年02月27日 | 友達とわたし
ウーヴェとケリー、そして一人息子のハンズが遊びに来てくれた。
ウーヴェはずっと風邪をひいていて、一週間近く臥せってたらしく、お互いに咳をし合いっこしては苦笑い。
ハンズは3歳半の男の子。
クルクル巻き毛を、わざとねじってバネにしたみたいな髪の毛がめっちゃキュート!
ウーヴェおとうさんの祖国ドイツ語と、ケリーおかあさんの米語を、ペラペラと気分良さげに話す、にくったらしくも賢い子。

昨日は、野菜中心のメニューにして、旦那とわたしとで作ったランチを食べながら、ゆっくりと4人で語り合うた。

ウーヴェとケリーはふたりとも、旦那が会社で働いてる時に知り合うた友達。
旦那の友達の間では、ここ数年、結婚して、あるいは前から同居していてて、子供を授かる人が続出してる。
彼らもその中のふたり。
けど、彼らがその中でも特別なのは、子供が生まれる前と同じように、楽しく話しながら時間を過ごせるってこと。
こういうカップルは彼らだけなので、ある意味スゴいことなんやと思う。
3才半のハンズは、お気に入りの『機関車トーマス』のビデオを観たり、大人の会話を横でじっと聞いてたり、
時には、「これはどこ?」「どうしてここにこんなものがあるの?」などと、幼児とは思えない質問を投げ掛けてきたりする。

ウーヴェとケリーは、わたし達の近況を、それはそれは楽しそうに尋ねてくれる。
日本の状況を、眉を寄せて、心から心配しながら聞いてくれる。
そしてまた、我々の未来の夢にも興味を持ってくれる。
もちろん旦那もわたしも、同じように、彼らにとても興味があって、いろんなことを聞き出そうとする。
それはもう、山ほどのトピックに渡り、いくら時間があっても足りないくらい。

これはそのトピックの中でも、ひときわ光ってたもの。

その1
ケリーは前世で日本人やったらしい。
しかも、腹切りをした?!
その超能力者に、「あなたのお腹のこの辺りに、一文字の傷があるはずです」と言われ、愕然としたらしい。
実は彼女、子供の頃に自転車事故で大怪我をし、その際に右側の脇腹の手術をしたのだそうで、それがまさにその場所であり、一文字の痕が残ってる。

その2
自給自足のスローライフを夢見ているケリー。マサチューセッツ州に100エーカーもある土地と家を見つけ、ただ今考察中。

その3
6年前に、散々考えた挙げ句に買った家は、それはそれはチャーミングな、文化財として指定されてもいる古い家なのやけど、
妙な現象(鏡が相当な高さから落ちていたけど全然割れてなかった、というのが3回)があったのと、
去年のハロウィーンの3日前に、ハンズが急に、
「ママ、前にここに住んでたっていう女の人と話したよ。台所や居間を見て、わたしが住んでた時と随分違うって言ってた。
彼女は4人家族で、ママが使ってる寝室で寝てたって。
いい人みたいだけど、ボクはあんまり好きになれない。
だって、歯が全然無いし、すごくイヤな臭いがするんだもん」と、ケロッとした顔で言うたらしい。

ハンズ、君はシックスセンス保持者やったんかっ?!
うちも100年を越える古家。一晩泊まってもらおかな……。


さあ帰るぞ~。という時になって、写真を一枚も撮ってないことに気がついた。
カメラを向けると、「撮らないで~」ときっぱり拒否するハンズ。
ごめんよ、君の可愛さを撮らないわけにはいかないのだよ。


コートを着る新テクニックを披露中。素早過ぎてピントが合わない。君は歌舞伎役者かっ?


隠し撮りしようと焦ったからボケボケ。


ああ楽しかった!また来てね!
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どれだけ覚悟して腹括っても、子供が苦しむかもしれんという予想など受け入れられるか!

2012年02月26日 | 日本とわたし
毎日新聞、2012年2月24日の東京夕刊、特集ワイドという記事に、俵万智さんの近況が書かれてたのを、ツィッター友のTaddy西田さんが教えてくれた。
以下↓に転載させていただきます。
 
日本よ!悲しみを越えて 歌人・俵万智さん

<この国はどこへ行こうとしているのか>
 
◇「便利」の先に何が?--俵万智さん(49)


あのミリオンセラー歌集「サラダ記念日」から25年になる。
<大きければいよいよ豊かなる気分東急ハンズの買物袋>
日本人が酔った、バブル時代の空気を、そう詠んだ人が今、東京から2000キロ以上離れた南の島にいると聞き、会いに行った。

気温14度。
待ち合わせたリゾートホテルの庭には、真っ赤なハイビスカスの花が咲いていたが、北風のせいで南国情緒は感じられない。
「石垣にしては肌寒いですね」。
落ち着いて、すっかり島になじんだ様子の俵さんだったが、東日本大震災当時の状況を尋ねると、笑みがすっと消えた。

「あの日は、都内の新聞社にいたんです。読書推進会議の最中にすごく揺れて、『仙台で震度7!号外が出ます!』という情報が飛び込んできたんです。
すぐ、実家のある仙台に電話したんですが、手が震えちゃって、ボタンをうまく押せなくて……」

俵さんは、03年11月に未婚のまま、男児を出産したシングルマザー。
一人息子の匠見君を育てながら、都心で創作を続けていたが、幼稚園入園を控えて06年に、両親が老後の家を求めた仙台市に移り住んでいた。
「母が仙台出身で、父も東北大大学院で学びました。子どもの頃からなじみの深い土地だし、息子を土の園庭で伸び伸びと遊ばせてあげたくて。
東京へも日帰り圏内だし、引っ越したんです」

それから4年余り。
かつて、家族や恋愛模様をうたっていた歌人の関心の対象は、最も大切な存在である息子へと移った。
<だだ茶豆、笹(ささ)かまなども並びおり仙台の子のおままごとには>
母親の眼差(まなざ)しに、仙台の風土を織り交ぜた作品を詠むようになったが、震災がそれを中断させた。

幸い家族は無事だったが、交通機関はストップ。
5日目に、ようやく山形経由で、仙台入りした。
<電気なく水なくガスなき今日を子はお菓子食べ放題と喜ぶ>
再会した息子が発した言葉は、そのまま歌になった。

だが、東京電力福島第1原発事故による、放射能汚染が重くのしかかった。
いとこの勧めもあり、着の身着のまま、息子を連れて2人で、仙台を離れる決心をした。
<子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え>
その苦しい胸中を、そんな31文字で表した。

「子どもを被ばくさせてはいけない、安全な所へ逃げようと。那覇便が空いていたので、春休みいっぱいぐらいは様子を見ようかと思ったんです。
2月に始めたばかりだったツイッターに、『西を目指す』と書いたら、大部分は励ましのツイートが寄せられたのですが、
『行ける人はいいね』『もう帰ってこなくていい』とかの批判もあって、心に刺さりました」。
それでも、息子を守れるのは自分しかいない、と思い定めた。

那覇のホテルにいた2週間、震災ニュースにくぎ付けになった。
正月に、家族で滞在した南三陸にも、津波が押し寄せていた。
「2人とも、だんだん煮詰まってきたんですね。息子は指しゃぶりを始めたり、おかしくなって、
私も般若のような顔で、テレビを見ていたりして。
ちょうど、歌人の松村由利子さんが、石垣に住んでいることを思い出して連絡したら、『いらっしゃい』と言ってくれ、1週間くらい居候させてもらいました。
海に連れて行ってもらったり、近所の子どもと遊んだりしているうちに、息子も回復してきて。
やっぱり、人のつながりがある所にいなきゃダメだなって、つくづく思いました」

そのまま、石垣への長期滞在を決意し、目の前に美しい湾が広がるマンションを見つけた。
4月、小学2年生になった匠見君は、地元小学校に元気に通い、すっかり地元の言葉も板についてきた。
<ダンボールから衣装ケースに移すとき「定住」という言葉を思う>
創作活動はどこにいてもできる--夏休みを過ぎるころから、こんな心境にもなってきた。
「私が仕事で留守にする時には、近所の人が、息子を預かってくれます。
昨日は、、近所の幼稚園が、我が家に『泊まりたい』『いいよ、いいよ』って。
地域社会の中で、子どもが育っている感じが、すごく魅力的なんです」と笑う。

<まだ恋も知らぬ我が子と思うとき「直ちには」とは意味なき言葉>

月刊誌「歌壇」の、昨年9月号に寄せた歌。
原発事故によるパニックを避けるために、政府高官がひねり出したごまかしの言葉に、
世事を、直接的にうたうことを避けてきたはずの歌人は、鋭く反応した。

「国って、自分たちに何をしてくれるのとか、今までそういう見方で、何かを考えたことはなかったんです。
今だって、スローガン的には書きたくはない。
けれども、『直ちに』と言われた時に、後からだって影響が出たら困ります、だって、子どもはまだ、恋もしたことがないんですよという、
母親としての感情なら、うたえるかなという気がした
んです」。
そうした心境の変化は、子どもへの放射能被害を懸念する全国の母親たちの気持ちを、まさに代弁していないか。

権力者の言葉を信じず、地域住民の手助けがなければ生活もできない、スローライフをあえて選択した俵さんは、さらに続ける。
「便利は快適だし楽しいし、別にそれを否定するつもりはありません。
でも、便利の先に何があるのか、それをどんどん研ぎ澄ませていったところに広がる空気は、それほど幸せでもなかったのかなあって」

過剰なまでの「便利」の追求--。
「その便利の象徴が、電気だったような気がします。
今、私たちは、そのしっぺ返しを受けているんじゃないかと……でも、人間ってキリがない
んですよね」。
消費社会の“魔力”を知る歌人は、苦笑した。
ホテルのBGMで流れるヒーリング音楽が、耳障りな音に聞こえてきたのは気のせいだろうか。

取材後、私が運転するレンタカーで、俵さんを、市中心部の市役所まで送った。
「きっかけは避難でしたが、今は、ここが気に入って住んでいますね。
自宅から市街地まで、タクシーで30分くらいかかるので、用事をまとめて済ませるようにしているんですよ。
これから、窓口で子ども手当をもらってこなくっちゃ」

助手席で、そう話した彼女の後ろ姿を見送りながら、自分にとって、かけがえのない存在とは何だろうか、と考えさせられた。【中澤雄大】

たわら・まち 1962年大阪生まれ。
現代歌人協会賞受賞の第1歌集「サラダ記念日」で、口語短歌の裾野を広げた。
「愛する源氏物語」で紫式部文学賞。
主な歌集に「チョコレート革命」「プーさんの鼻」など著書多数。




今わたしは日本におらん。
「おらんくせに、そんな人間が好き勝手なことをうるそう言うのが腹立つ」、と言われたりする。
「日本に帰ってもらわなくてけっこうです」と、見ず知らずの人から言われたりもする。
「いいですよね、高みの見物で」、とも言われたりする。

自分が今、日本におらんことの意味を考える。
もし居たら、ほんで息子らがまだ小学生やったら、しかもそれが関東やったら、
わたしは迷わず、この俵さんのように、子供ふたりを連れて、西へ西へと逃げてたやろう。
逃げることに精一杯で、般若の面みたいな顔して、出来る限りの情報を集め、息子らはそんな母親を見て、怯えて暮らす事になったやろう。
他の人に声をかけたり励ましたりするような余裕は無く、妻の狼狽ぶりに仰天している夫を説得する元気も無く、
スーパーの棚の前で泣き崩れそうになり、なんでこれは食べたらあかんのと愚図る息子を叩きそうになり、
やっと、やっとのやっと、人並みな暮らしができてきたとこやったのに、なんでまたこんな貧乏のどん底に落ちてしまわなあかんのかと国を罵り、
それでもやっぱり、放射能みたいな、わけのわからん、目に見えへん猛毒が混じった空気を、水を、食べ物を、我が子の身体に入れること思たら、
こんなん、屁でも何でもないわいっ!と、自分が取った行動を、決して後悔せえへんと思う。

ほんで、いつかきっと、息子達は、わたしが選んだ彼らの子供時代の人生を、心から喜んでくれるやろと思う。

今までにも何度か、息子達は、母親がわたしやったばっかりに、ワケも分からんまま、それまでの人生にさよならをせなあかんことがあった。
新しい人生は、それはそれは大変で、難しくて、子供心にも、なんでこんな毎日を送らなあかんねん、と思たやろうと思う。
わたしら家族を知る人達のほとんどは、息子らがいつかグレたりせんかと、ハラハラしながら見守ってたと言う。
親のわたしがそう思てハラハラしててんから、無理も無い。
ところが息子達は、そんな大方の大人達の期待を裏切り、非行にも走らず、どちらかというと健全に、それぞれの得意なことを生かして、充実した毎日を送ってくれてる。

高線量の地域から、あえて移動せんことを選んだ人、移動しようとしてる人、すでに移動した人、
いろんな大人がいて、その大人と暮らしてる子供がいる。
子供は自分では動けへんから、一緒にいる大人が決めた世界で生きるしかしゃあない。
どんな事情があるにせよ、大人は自分が決めたことに責任と誇りをもって、きっぱりと前向きに生きることが大切。
大人がそういう気持ちをしっかりもってたら、子供はきっと安心する。
ただし、放射能に敏感な子、線量が多過ぎた子は、言葉にすることもできん辛い毎日を続けなあかんことになる。
その時に、その子の苦しむのを見て参ったり後悔したりすることのないよう、残ると決めた大人は腹をしっかり括らなあかん。
わたしはどれだけ腹括っても、そんな我が子の姿を見なあかん生活なんて絶対に無理やとわかってるから、
そやからダッシュで逃げるねん。人からなんと思われようと。わたしとわたしの子供のことは、わたししか助けられへんて知ってるから。
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「まだ恋も 知らぬ我が子と思うとき 「直ちには」とは意味なき言葉」by 俵万智

2012年02月26日 | 日本とわたし
まだ恋も 知らぬ我が子と思うとき 「直ちには」とは意味なき言葉

これは歌人・俵万智さんがうとた歌。


昨日、旦那とふたりで、ミツワに行った。

(1) アメリカが、2012年2月17日現在、通関拒否してる物。
福島県:きのこ、たけのこ、ほうれん草・かきな等一部の野菜、牛乳、イカナゴ・アユ等の一部の水産物、ゆず、キウイ、米、牛肉、クマ肉、イノシシ肉等
栃木県:ほうれん草、茶、牛肉、シカ肉、イノシシ肉、クリタケ、ナメコ
岩手県:牛肉
宮城県:牛肉、シイタケ
茨城県:茶、シイタケ、イノシシ肉
千葉県:茶、シイタケ
群馬県:茶
神奈川県:茶

(2)(1)以外の福島県、茨城県、栃木県産の牛乳・乳製品、およびその加工品については、検査なしでの留置。

(3) (1),(2)以外の福島県、茨城県、栃木県産の製品については、必要に応じてサンプリング検査等を実施。

というのが現在の状況。

それでも、これが充分なんかどうかわからんし、非常事態やからと、常識では考えられへんぐらいに勝手につり上げられた基準やから、これは常識で考えて基準とは到底思えん。
県境の線に、特別な放射能遮断ビームでもあるんやったらまた考えるけど、そんなもんが存在するとも思えん。

豆腐売り場で、『男前豆腐』を買おうか、それとも米国産の豆腐を買おうか、思案しまくってるアメリカ人の女性がいた。
たまたまわたしがそこに通りかかり、アメリカ製の豆腐を、一秒の迷いも無く手にして、過ぎ去ろうとしたらつかまった。
「どうしてあなたは、なにも考えようとしないの?この豆腐に興味は無いの?」
「もちろんこの豆腐が美味しいのは知ってるけど、これに7ドルも払いたくないだけ」
「でも、この豆腐は日本から時間をかけて送られてきてるから、賞味期限があと3日しか残ってないのよね」
「日本に居る時は、近所の豆腐屋さんで豆腐を買ってたけど、水道水を毎日替えたとしても1週間で食べてって言われたよ」
「実はこんなことを言われたのよ。アメリカの豆腐はちゃんと発酵させられてないからニセモノだって。だから日本のをわざわざここに買いに来たのよ。放射能の汚染がちょっと気になったんだけど」
「豆腐は、腐るという意味の漢字を使ってるけど、発酵させて作るのは納豆で豆腐じゃありません」と、とりあえず納豆が並べられた棚に案内した。
「そして、放射能汚染の本当のところはわたしにはわからないけれど、この会社は確か京都だから、心配するほどの汚染は無いと思います」と言うた。
「ただ、原料の大豆を、どこから仕入れてるのか、それが問題ですけど……」

それからしばらく、日本の話をした。
この一年間の日本政府の愚行は、世界史に残るにふさわしいほど酷いけど、もしここで重大な事故が起こったら、さほど変わらん状態になるんやろね……と、暗い予感を共有しながら別れた。

わたしらは、空気を吸うたり吐いたり、食べ物を食べたり、飲み物を飲んだり、適度に運動したりして、起きてる時間を過ごす。
そのうちのどれかが無くなったら、たちまち生きる力を奪われてしまう。
その、命にとってものすごく大切なもんを、なんとかええ状態に保てるようにと、日本の国の統治者は努力しようとせえへん。

ミツワに行っても、あの事故以降、買い物に費やす時間は二倍近くかかる。
そしていつも、日本の大人達のことを考える。
みんな、もっともっと大変な思いして、買うてはるんやろなと。
でも、ここはモンサント帝国。
大豆には、いったいどれほどの人間の悪事がしみ込んでるんやろ。
今はまだ、検査するようなきっかけもなんも無い、虚栄の世界が続いてるからわからんままやし。

わたしらは、いったいいつから、こんなどうしようもない世界で生きてたんやろ。
子供らに、普通に生きられる権利もろくに与えてあげられへん、ウソと欺瞞と欲にまみれたクソッたれの世界。
「直ちには」と繰り返した男は今また、原発原発と言い出した。

今度こそ、絶対に、これ以上のクソッたれの世界にさせてたまるか!
我が子を守ろう!よその子も守ろう!地球の子を守ろう!

それができてこその大人やろ?そやろ?
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真珠のピアスでおしゃれして

2012年02月25日 | ひとりごと
小粒の真珠のピアスとシンプルな白いシャツ。
これが、わたしの中では一番のおしゃれ。

ピアスには、旦那と再婚してから挑戦した。
三十代の半ばやった。
自分が膿みやすい体質やとわかってたから、わざわざ冬の一番寒い時期を選び、耳鼻科に行って、医者に空けてもろた。
念のために、穴を空けた時につけた練習用のピアスを、医者に言われた期間より長めにつけて、消毒も毎日欠かさずちゃんと続けた。
そやのに、膿や血がにじんではかたまり、またにじんではかたまりの連続で、穴がちゃんと通ってるようには思えなんだ。

けども、そろそろええやろと、旦那がお土産に買うてきてくれたピアスをどうしてもつけとうて、
ある日、勇気出して、医者のんを外し、鏡で様子を見てみた。
わたしの耳たぶは分厚くて、そやから穴の距離は人より長い。
耳たぶの前の方は、黒ずんだ穴のようなもんが見えるけど、なんぼ引っ張って穴を大きゅうしても、後ろの方まで通って見えへん。
なんか詰まってるんやろなあ……。
その穴と同じぐらいに暗い気分になったけど、ええい、詰まったもんも一緒に突いて押し出してしもたれ!
めちゃくちゃ恐かったけど、耳たぶを横にギュ~ッとひっぱりながら、ピアスの針を入れてみた。
痛っ!
なんで痛いんやろ?
ピアスしてる人ってみんな、こんな痛い思いしながら毎日付け替えてはるんやろか?
もっと恐なったけど、もう疲れてきてしもて、やけくそでギュッと突っ込んだ。

その直後、目の前が真っ暗になり、変な音が聞こえてきた。
もわぁ~ぐわぁ~。
次男が観てるテレビの音が、宇宙人みたいな声になって部屋中に響いてる。
こりゃえらいこっちゃ。
目が全く見えんので、床に這いつくばって助けを呼ぼうと思うのやけど、吐きそうで声も出ん。

30分ほどで、徐々に元に戻った。
大事に至らんで良かったけど、ピアスをあきらめるには充分の出来事やった。

今も、わたしのあこがれのおしゃれは、小粒の真珠のピアスとシンプルな白いシャツ。
耳たぶのすぐ下に、涙の粒みたいなちっちゃい真珠をポツンとつけてる女性を見ると、うっとりと見とれてしまう。







去年のクリスマスに、甥がダウンロードしてくれたビジュエルド・ブリッツ(BEJEWELED BLITZ)。すっかりハマってしもたがな~!
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ひとたび手を離れてしまえば、大変な惨禍を生み出してしまう製品を作る事は、人間性を失う事につながる

2012年02月24日 | 日本とわたし
もう今から11年も前の、随分古いインタビュー記事ですが、一所の姿を見て、やみくもに非難してはいけないなと、考えさせられました。
どんな世界にもやはり、裏と表、正と悪、というような、対極なものだけではないものが存在するのだと。


原発製造企業・東芝を内側から問う

インタビュー・東芝働く者ネットワーク・松野哲二さん/上野仁さん

『●月刊『オルタ』2月号アジア太平洋資料センター刊 (2001年1月10日談 聞き手/内田聖子)より転載


★原発製造の現実

―アジア諸国への、原発輸出の問題を考える時に、日本の大企業が、原発製造にかかわっている、という現実があると思います。
そして、当然のことながら、その労働現場には、たくさんの労働者がいる。
上野さんと松野さんは、東芝府中工場で働きながら、労働運動の一環として、東芝に、原発の製造中止を訴え続けてきたわけですが、
まずは、お二人のかかわる「東芝府中働く者ネットワーク」が、これまでどのような運動をしてきたのかを、教えていただけますか?

●上野
1979年の市議選で、会社と組合が一緒になって、自分たちの代表を当選させようとする、企業ぐるみ選挙が行なわれました。
そこで、松野さんたち数人が中心となって、「こんなでたらめは許せない」ということを書いた、ビラを撒き始めたんです。
私自身は、入社して4年目くらいの時期だったのですが、興味を持ったので、一緒に活動するようになりました。
それが、今のネットワークにつながる始まりですね。
その後、ひどい職場を少しでもよくしていくために、ビラを撒いたり、いろいろと発言をしたり、組合と議論したりしてきました。


―その中で皆さんは、「原発製造の中止」を企業側に訴えてきたわけですが、
そもそも、働いている人たちは、自分が原発をつくっているということを、どうやって知るのですか?

●上野
現場に流れてくる図面に、「原子力」、という朱印が押されているんです。
一つの原発をつくるのには、何千、何万という数の図面があるんですが、その一枚一枚に押してあるので、それを見ればすぐにわかります。
東芝府中では、原子炉そのものはつくっていなくて、僕らがつくったさまざまなものが、最終的に現地で組み立てられて、原発ができるわけです。

●松野
原子力発電であれ、火力・水力発電であれ、一つのシステムをつくるには、おびただしい数の部品やパーツが必要なわけです。
例えば、ただの配電盤も、原子力発電所のシステムに組み込まれてはじめて、「原子力発電所用の配電盤」になる。
その時に、「これは、原子力発電所で使われる部品ですよ」ということを生産者が知るために、印がつけられているんです。


―朱印が押されているかどうかで、つくる側の意識は変わるのですか?

●松野
実際には、原子力のハンコが押してあるから丁寧にやるかと言えば、そんなことはないですよ。
みんな、「お釈迦」をつくらないように、一生懸命やるだけです。
結局は、東芝にとってのお客さんである電力会社に対して、
「私たちはきちんと、製造管理・安全管理を徹底していますから、品質は保証できますよ」というポーズだと思います。


★台湾原発中止で企業が儲かる!?

―企業側からは、原発そのものの、危険性などについての情報や説明は、なされるんですか?

●松野
会社側は、原発についてのPRを、盛んにしているんです。
それはもう、おびただしい量のパンフレット類を発行して、みんなに配っています。
今、世界の流れは、脱原発なのにもかかわらず、「原発の見通しは明るい」「これからも国内外、特に中国・台湾の需要がもっと伸びます」と。
つまり、国内はだめでも、国外があるからいい、とにかく儲かればいい、という発想
なんです。

●上野
そういったパンフレットも、結局は労働者向けではなくて、東京電力や、社会見学に来る子どもたちなど、外側の人たちに向けたパフォーマンスなんですよ。
会社はなるべく、「会社からもらった印刷物は、家庭に持ち帰って家族に見せるように」と言っていますけど、たいていの人は捨てていると思います。
要するに、会社から与えられた仕事をこなさなければ、給料がもらえないわけですから、
それが原子力であろうが、水力であろうが、兵器であろうが、そんなことは考えない。


●松野
大企業の現場では、自分たちがつくるものが、原発であるか兵器であるかと考える以前に、「成果をあげろ」ということを強制されている。
だから、いちいち仕事の意味を問うている暇はなくて、量をとにかくこなさなければならないんです。
危険な仕事や、社会悪の仕事を、労働者に従順にやらせるには、中身を政治的に理解させるよりは、毎日毎日労働漬けにしていく方が、よっぽど効果があるんだな、と思います。


―自分たちのつくる原発のシステムが、アジア諸国へ輸出されるということを、皆さんが知る機会はあるのですか?

●上野
仕事表に押されたハンコには、地名も書かれてあるんですよ。
だから、例えば台湾へ持っていかれるものには、「台湾○号機」、という記載が必ずされてきますからわかります。


―昨年、台湾では、原発製造が中止される、ということが決まりましたが、その影響はあるのですか?

●上野
うちは昨年、台湾に持って行く予定のものを、かなりつくりましたが、途中でストップされました。
それを、台湾が引き取るのかどうかはわかりませんが、とにかくすべてを梱包して、どこかに送っています。
解体する方が費用がかかりますから、当面は捨てずに取っておいて、別の国からの引き合いを、待っているのかもしれない。
同規模の同型であれば、そのまま使えますからね。

●松野
主要には、中国に転売したいと思っていると思います。
あとは、アメリカの圧力が、台湾の政治を変えてくれるんじゃないか、という期待を持っていると思うんですよ。


―台湾の原発中止も、企業にとっては、大したダメージではない。

●上野
たとえ中止になっても、企業はもとは取れるんですよ。
中止になったら、当然、その保証は、台湾から出るでしょうし、出してこなければ、東芝は要求するだろうし、日本政府も、アメリカのGEだって、要求するでしょうしね。
むしろ、台湾からは補償金をもらって、どこか別の国へ、つくったものを転用すれば、またお金が入ってくるわけですから、東芝にとってはおいしい話ですよ。
多少は、困ったポーズもするでしょうけど、痛くも痒くもないと思います。

●松野
結局、台湾やドイツの例を学ぼうとはしていなくて、「AがだめならBがある」という発想なんです。
根本的に、やめようという発想にはならない。
だから、残念ながら、台湾の結果は、日本の住民運動を勇気づけても、原発製造企業や電力会社に、反省を促すことにはなっていないでしょうね。


★原発製造企業の傲慢さ

―そうした企業の姿勢に対して、皆さんはずっと「原発製造中止」を求めて運動してこられました。
そこには、どんな思いがあったのですか?

●上野
ほとんどの人は、東芝が原発をつくっているなんて、知らずに入社するんですよ。
私自身も知らなかったし、知った直後も、別に悪いと思ったわけではないんです。
でも、働きながらいろいろと勉強して、見たり聞いたりする中で、自分たちが危険なものをつくっていることがわかり、「これはやばいんじゃないか」と思った。
それで、原発をつくらされている立場の者として、黙っていない方がいいんじゃないか、という結論に達したわけです。

●松野
やはり、一つは、反戦・平和の意識ですよね。
労働組合の運動方針には、「平和運動」という課題が必ずあって、「反核・核兵器反対運動に取り組みます」とある。
しかし実は、東芝の労働組合は、原発推進の立場を取っているんです。
すると、当然のことですが、僕たちの反戦・平和の意識と、仕事として原子力発電をつくる、ということは矛盾しますよね。
それから、僕らが徹底的に怒ったのは、組合が発行していた、東芝の『理論誌』というものに対してなんです。
当時、会社は、自分たちが言えないような政治的なことや、労務管理上のことを、その『理論誌』上で言わせていたんです。
その中で、東芝が、組合を通じて、自分たちの正当性を主張するために、第二次大戦を、肯定的にとらえるような記述を載せていたんです。
それは、「第二次世界大戦は、帝国主義の列強による資源争奪の争いで、日本はそれに巻き込まれた。
このまま原発を推進していかないと、石油資源が少なくなってきて、再び戦争に向かう」という、荒唐無稽な論理で、
日本の侵略についての反省など、まったく欠落した視点で貫かれていた。
原発を推進する、という論理が、日本の歴史までつくり変えているということに、非常に恐ろしさを感じました。
だから、僕らは絶対に、反原発の姿勢でいかないといけない、と思ったんです。
実際、東芝の経営全体から言うと、原子力の利益は三%くらいで、そんなに高くない。
それでもなぜやるのかというと、「国策」といういう意気込みと、傲慢さがある
と思うんです。


★内側から、声を挙げ続ける

―皆さんの活動に対して、会社はどんな反応を示しているんですか?

●上野
まずは、「原発は安全だ、推進しよう」という大量情報を日常的に流し、労働組合を通じて、さらに徹底している。
僕らが一枚二枚ビラを撒こうが、どこかの集会で反対の声を挙げようが、そんなものは虫ケラみたいなものだ、と思っているんでしょうね。
また、職生以上は全員、原子力発電所を見学させて、感想文を書かせているんです。
それは、一種の踏み絵で、同意書のようなものを、会社が回収することになるわけですよね。
さらに、僕らのような人間が増えないように、僕らをいじめるわけです。
例えば、新入社員に対して、「松野は大変危険だから、口を聞くな」というようにして、まず人間の鎖を断ち切る。
他にも、絶えず、監視や尾行をされたり、トイレの回数が多い、と注意されたり、始末書、反省文をたくさん書かせられたり、飲み会やレクリエーションに誘われなかったり。


―上野さんは、会社を相手に、裁判を起こされたそうですが、その内容はどんなものだったんですか?

●上野
職場で、ビラの入った封筒を、同僚に渡したのが見つかったことがきっかけで、いじめられ始めたんです。
とにかく、いろいろと難癖をつけられたり、始末書を書かされたり。
その後に、上司と同僚から暴行を受けて、病院に運ばれたんですが、そのせいで仕事を休んでいた間の扱いが、「欠勤」とされていて、その年のボーナスも、欠勤分が引かれていた。
その間の慰謝料と、賃金を求める裁判でした。
結果としては、会社が控訴を取り下げで、決着しました。

●松野
上野くんが裁判で勝って、公然といじめられることは減りましたが、今だに陰では、いじめは続いています。


―そうした陰湿ないじめを受けながらも、運動を続ける中で、会社を辞めてしまおう、という判断はしなかったわけですか?

●上野
確かに、毎日毎日、「原子力」っていうハンコが押された仕事をするわけですから、矛盾は感じたし、悩むことも当然ありました。
でも、辞めても問題を先送りするだけで、何も変えられない、たとえ東芝を辞めて、別の会社に行っても、結局は無関係ではいられない、と思ったんです。
人間も、動植物も、食物連鎖でつながっていると言うけど、すべての労働や産業も、連鎖していて、自分一人が転職したから、安全な暮らしができるかというと、そんなことはないんだと。
だとしたら、顔見知りの仲間がいるところで、一緒に反対運動をした方が、効率がいいし近道じゃないかと。

●松野
確かに、企業の中にいて、批判の声をあげ続けるのは、大変ではあるんです。
企業や御用組合にとっては、労働者に、社会問題なんて知ってほしくないわけですからね。
ただ、僕らは常に、「自分たちの労働の意味を問う」という議題を、組合なりに提起してきたつもりなんです。
つまり、組合は、賃金を多く取ればいい、というのではなくて、自分たちの労働の意味や、意義をきちんと問うべきで、
そこで、兵器や原発をつくっていいのか、ということを問題にしてきた。
例えば、アジアの国ぐにの貧困も、先進国の大量消費社会とつながっているわけで、僕らが自分たちの社会を変えなければ、その貧困は解決しない。
まずは、自分がつくり出す生産物を通して、「労働の意味」を問うていけば、
もっと人にやさしい、社会にやさしい、生産物や働き方へと、変わっていくはず
なんです。
そのためにも、労働現場で声を出すことが、大事だと思う。
企業だけでなくて、行政も、原子力発電や兵器という、巨大で、しかも、ひとたび手を離れてしまえば、大変な惨禍を生み出してしまうような製品をつくることから脱却しないと、結局は、人間性も失われる、と感じるんです。
そういう僕らの言い分に、会社も組合も、恐怖感と怒りを感じたんでしょう。
それが、激しい弾圧につながったんだ、と思います。


―会社側からすると、皆さんのような人たちは辞めてほしい、と思っているのではないですか?

●上野
それは思っていますよ。
向こうは向こうで、辞めさせるためのチャンスを狙っているし、我々は我々で、いかに辞めさせられないように楽しくやるか、というチャンスを狙って、毎日、会社の落ち度を探しているわけですよ(笑)。
その意味では、僕らは、会社にとっての「癌」なんです。
企業側は「やっかいな癌なんて、切ってしまえばいい」と思っているだろうけど、そういう癌が増えることで、企業はもっと変わっていくはずです。
だから、何とか切られてしまわないように、内部から訴え続けていきたいと思っています』

 

ああ!
この松野さんと上野さんという方々は、今も東芝の社員としていらっしゃるのだろうか。
「何とか切られてしまわないように、内部から訴え続けていきたい」
この言葉には、どれほどの強い意志と決意が込められているか。

「企業だけでなくて、行政も、原子力発電や兵器という、巨大で、しかも、ひとたび手を離れてしまえば、大変な惨禍を生み出してしまうような製品をつくることから脱却しないと、結局は、人間性も失われる」


本当にその通りだと思う。

「原発を推進する、という論理が、日本の歴史までつくり変えている」

11年前のインタビューなのに、まるで今現在そのままを語っているように思える。
それは多分、狂信と強慾が骨の髄までしみ込んだ人間達による原子力狂団の体質が、全く改善されないまま今に至っているからだろう。

闘っている人は、東芝の中にも存在した、あるいは存在している、いや、今も存在していてほしい。
こういう方々を、わたし達はどうやって支えることができるのだろう。
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リスとネコとオバはん

2012年02月24日 | ひとりごと
我が輩はリスである。名前は、まだあらへん。


まだ子供なのである。尻尾もせやから、ちょいと貧弱。


まだ子供でも、あくびくらいする。


足掻きかてうまいもんや。若いから、さっきからしつこう写真撮ってるおばはんみたいにつったりせえへん。


器用やから、こんなふうに木の実かて握れる。


ちょっと食うといたろ。


うふふ、と可愛く笑てみる。これもリスのお仕事。


ドラマの役者ふうに、遠くを見つめたりもする。おばはん、喜んで撮りよるやろ。


はいおしまい。


かあちゃん、あんなネズミみたいなん、何枚も撮って嬉しいんか?暇やなあ~……。
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