ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

フィンとパークとハロウィーン

2010年10月31日 | 友達とわたし
Happy Halloween!

秋晴れの今日、8週間前に生まれた、アンドリューとモーリーの息子フィンに会いに行った。
彼らの住む所は、マンハッタン島の北はずれ、ジョージ・ワシントン・ブリッジを渡ってさらに北上した、それはそれは美しいエリア。


今日はどの道も混んでなくて、スルスルと調子良く行けた。なんとうちから30分とちょっとで着いてしまった?!

ブリッジを降りてすぐ、ハドソン河沿いの高速を上ると公園の中に入っていく。この公園が圧巻。石と草花で見事にコーディネイトされた広大な敷地は、どんな年齢層の人達にも居心地が良く、ハドソン河が見渡せるパノラマの景色も素晴らしい。
 

公園を抜けて、彼らのアパートメントまで歩いていると、楽しいハロウィーンデコレーションが施されたアパートメントを見つけた。


入り口まで続くジャック・ランタンの力作。
 

アンドリューが作ってくれたランチ。彼らはフィンが生まれる前から良い食べ物にこだわり、週に一度、オーガニックの野菜を仕入れにコープまで出かける。グァカモリもうまい!野菜もうまい!お腹の調子が今一戻っていないわたしにはピッタリ。


フィンの大のお気に入り、横揺れスィングマシーン。赤ちゃんの世界も20年も経つとこんなに様変わりするんだなあ……。


お祝いに、離乳食を作る時に役立った陶器の小ぶりのすり鉢とすりこぎ、おろし器、それと大判のガーゼタオルを選んで渡した。
自分が赤ん坊を育てていた時に使い勝手が良くて重宝した物が、あれから二昔も経った今の時代の、しかもアメリカンの女性に喜んでもらえるかどうかわからなかったけれど、とりあえず反応は良かったので一安心。

近所の赤ちゃん連れの家族が一同に集まるハロウィーンパーティがあるということで、我々は退散することにした。
せっかくなので、公園を散歩。

ハロウィーン犬。写真慣れしているのが可笑しかった。
 

公園の入り口。アンドリューのアパートから50メートルぐらい。


小さな子供専用の遊び場。


まだまだきれいな花壇。
  

ちょっとだけズームアップ。
     

おっきな木だらけ。


左側に延々と続くアパートメント。ミドルタウンまで地下鉄一本で30分。もちろん家賃はそれなりにする。



うちに戻り、近所のお店でキャンディを買い、ちびっ子達を待つ。


このキャンディ、実は今年もお菓子配りをするつもりがなかった旦那が、急きょ予定を変更して、近くのスーパーに飛び込みで入り、彼自身が買ってきたもの。
ずっとこの買い物はわたしがやってきたので、勝手がわからなかったのは仕方がないが、なんと一袋3キロも入っているキャンディの詰め合わせを、こともあろうに2袋も抱えて戻ってきた。
なので、子供達がやって来て、遠慮がちにひとつずつつまむと、「おいおい、もっと持ってって。ほら、こうやって」と、目一杯手掴かみして見せたりしていた。
変なおっちゃん……とでも言いた気に、じぃ~っと旦那を見つめる子、苦笑いする子……旦那よ、学べたかい?

Trick or Treat! Happy Halloween!









コメント (13)
この記事をはてなブックマークに追加

ミーティングとスコーンとハイラインと天使と

2010年10月31日 | 友達とわたし
もうかなり遅いです。早く寝ないといけません。

ミーティングはいつもに増して喧々囂々、耳をダンボのようにふくらませながらの大奮闘でした。
でも、隣に座ったマイケルに、何回かくり返し説明し直してもらったりしましたが……。
えらいことになってきそうです。
来年は、資金集めのためのコンサートを、カーネギーの室内楽ホールですることも決まり、オーディションが二回、リサイタルホール用と室内楽ホール用に行われることになりました。
オーディションの様式はまだこれから検討しなければならないけれど、もう日は3月の末に決まっているので、急がなくてはなりません。
会員は400名に膨れ上がり、毎月の演奏会ミーティングの場所も、もしかしたらもう少し大きな会場に移さなくてはならないかもしれません。
わずか3年の間に、こんなに大きな協会になるなんて、ほんと、誰が想像していたでしょうか?
なによりも、プレジデントのアルベルトの情熱と行動力があったからこその成功だという事実は、誰もが認めているのですが。

ミーティング場所のフレンチカフェに、旦那とスポウドとあさこがやってきて、そこからスコーンのお店にいざいざ出発!
イギリス人スポウドはもうそこには何回か行っていて、道に詳しかったので、我々はただ後をついていくだけでオッケー。
なにしろややっこしいグラニッジヴィレッジの町中。わたしにはもう迷路としか思えない空間です。

お店の前に停められていたお店の車。


待ち時間5分と言われて外のベンチで待っていたけれど、案の定、20分はたっぷり待たされました。


いかにもイングリッシュな紅茶。
 

さて、肝心のスコーンなのだけど、う~ん……美味しいっちゃあ美味しいのだけど、ニューヨークで一番かぁ~……?なのでした。
あさこも同感。日本でもっと美味しいのあるよ。いや、マンハッタンの他の店にもあるよ。ホールフーズ(高級指向のマーケット)のも美味いよ。などと、店を出てから話し合ったのでした。
 

スポウドとはそこで別れ、雰囲気がめちゃ大好きなグラニッジヴィレッジ散策。夕顔さえもなんだかお洒落な気がするのはきっと贔屓目なのでしょう。


あさこのお勧め、ミートパッキング(食肉加工工場)ディストリクト区域(ここはもともと、食肉加工工場が軒を連ねる一角だったのですが、今は残っている数件の工場と工場の間に、とてもお洒落なブティックやレストランが店を開いている、新しい人気スポットだそうです)に行って、そこでまだ小腹が空いている彼女と旦那はワインと食事をすることになりました。
わたしはもう、ミーティングの時に食べた遅いランチとスコーンで満腹。これ以上食べたらヤバいところに達していたので、ただの付き添いです。

マリリン・モンローに化けたウェイトレスさんが居た店。ここには入らず。


ちょっと運動してから行こうということで、ハイラインを歩くことにしました。
ここは元高架鉄道があった所で、廃線になった線路をそのまま残し、散歩道として復活させた所です。


道の始まりの所に植えられた満開の花。


7月の独立記念日に、ハドソン河から上げられる花火を見に行ったホーボーケンの駅が見えました。


ミートパッキングディストリクトと呼ばれる所以のお店。


線路の枕木を使って作られた、いろんなデザインのベンチが据え付けられていました。
 

その上でいちびる東洋人一名。


道をまたぐように立てられたアパート。旦那が一言、「ボクはここでは住めへん。お風呂上がりに服着んとうろうろ歩いてられへんもん」


道は延々と続いていきますが、ビュウビュウと北風に吹かれて寒い寒い!


線路の名残。


なぜだか大勢の人が、本格的なカメラを掲げて撮影していた場所。意味不明ですが、わたしもパチリ。


さて、運動したし、寒いし、お腹も少し空いてきたので、スペイン料理をいただくことに。
ところが……わたしのお腹の調子がどうもヤバい。久々の食べ過ぎ→ゴロゴロ→冷えた……食べてる場合ではなくなってしまいました。
ほんまもんの付き添いです。しくしく……。
お店はあさこ曰く、まるでほんとにスペインにいるみたいな錯覚を起こすほどにスパニッシュな空気が漂う、素晴らしく美味しいレストランなのでした。


旦那のスペアリブ。


あさこのパエリア。これがタパスの量?充分過ぎるじゃん!味もめちゃウマ!


とりあえず頼んでふたつだけ食べて、即行トイレの主となったわたしのはまぐりちゃん。


なんともトホホなことになってしまったけれど、とりあえずお腹はすっきり。近々、体調バッチリでリベンジじゃ~!



ハロウィーン自転車です。


そして最後に、いろんなふうに仮装した人達を撮り損なったので、天使に登場していただきました。
語学学校に仮装して行ったあさこ天使で~す!彼女はこの日、学校までの地下鉄もこの格好で乗りこんだのでした。
誰ひとり、彼女のことをジロジロと見た人がいなくて、みんないい意味で無視してくれたそうな。ニューヨーカーの得意技ですね。



コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

ハロウィーン・イヴのミーティング

2010年10月30日 | 音楽とわたし
今日はお昼から、マンハッタンのウェストビレッジに出かけます。
ACMAのディレクターミーティングがあるからです。
このミーティングはわたしにとっては英語の修行。すっかり大人のニューヨーカー達の早口英会話の凄まじさには、耳慣れてはいるものの、理解するのは至難の業。
わたしが意見を述べると、その時だけ急に時空が変わります。
みんながイライラする気持ちを抑えながらも、親身になって聞いてくれているのがわかります。
なかなかにトホホな気分になるけれど、そこはもう割り切って、とりあえず自分の言いたいことをちゃんと最後まで言い切ろうと頑張っています。

今年のカーネギーでの演奏会がホールのディレクターの会議にかかり、来年も使っていいよ、という連絡が、プレジデントのアルベルトに届きました。
来年の10月29日でよければ、プライムタイム(夜の部)の演奏会を開催することを許可します。という文面でした。
このホールを使いたい団体や個人は世界中にごまんといて、申し込みが殺到している中、こうやって向こうから提案してもらえる幸運と、アルベルトのバイタリティに、どれだけ感謝しても足りないと思います。

今日はその、次回のコンサートに向けての準備をどうするか、オーディションのこと、出演者規定について、などを話し合うことになっています。
アルベルトとわたしを含むディレクター7人。そのうちの6人が、毎年のように定例コンサートに出演してきました。
1回目は音楽学校のホールで。2回目はカーネギーの小ホールで。3回目は先日の中ホールで。
協会には毎月どんどん新しいメンバーが入ってきて、その中には素晴らしい弾き手がたくさんいます。
特にコンサートがカーネギーホールで行われるらしい、ということで、それなら私も、と意気込んで入会する人達がとても多くなってきました。
この巨大化した団体を、たった15人程度の集まりだった時のノリで運営していくわけにはいきません。
さて、うまく話がまとまるでしょうか。

ミーティングの後、あさこと旦那と合流して、そのカフェからすぐの所にあるお店に行こうと思っています。
出不精のわたしにしては珍しく、わたしからのリクエストです。
そこは、マンハッタン在住のアナウンサー、久下香織子さんのブログで紹介されていたお店で、ニューヨークで一番美味しいスコーンが食べられるのだそうな。
そのちっちゃなレストランの横にイギリス食品店があって、そこを覗くのも楽しみ。

マンハッタンはきっともう、ハロウィーンモードに入っていて、いろいろと写したくなる所がいっぱいだろうな~。

今日の夜、また書きます。
コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加

星座占い

2010年10月29日 | ひとりごと
わたしはどっぷり牡羊座。血液型でも手のひらでも名前でも、いろんなもので占いをしたことがある。
けれども、基本的にわたしは「あなたは占いを信じますか?」と聞かれたら、はっきりと「いいえ」と答えるだろう。

今までに、何かをし始めようとする時に、あるいは何か大きな決心をする時に、あるいは近い未来に何かが起こりそうな気配がするのだけれど、それが見えなかったりする時に、ちょっくら占ってもらおう、などと思ったことが無い。
そんな他人の意見より、自分の心の中に頭を突っ込んで、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の中で何をすべきかを決めて動く。いつだってそうやってきた。
だから、占いの本はわたしにとっては、たまに頭を空っぽにして楽しめる娯楽。

最近、石井さんという女性が書いた星座占いを教えてもらった。
読む本が途切れたところだったのと、簡単に読めそうだったので、牡羊座の小さな冊子を借りて読んだ。

彼女の文章はとてもわかりやすく、知的で、押し付けがましくなく、読む人への思いやりが端々にまで込められていて、気がつくと頬の緊張が取れ、心の疲れもほぐれていた。
すてきな女性だな、と思った。
起こしがちな失敗や、どうしても現れてくる欠点を、こんなふうに温かい気持ちがこもった言葉で指摘されたら、誰でもゆったりと反省できるかもしれない。
これは親業や教職者の心得にもつながるな……と、かなり後の祭りだけどもそう思った。

本の内容を、自分の覚え書きのためにと、昨日ここに掲載した。
けれども、それは著作権の侵害につながるかもしれないからと、注意してくれた人がいて、その部分を削除した。
いろいろなことを無知なわたしなので、そういう注意をしてくれる人がいてくれることがとてもありがたい!
ありがとう~タカちゃん!

どうして覚えておきたかったかというと、いろいろワクワクする未来への展望が書かれていたから。
で、それはもうほんとに、自分としてははっきりと目に見えるような出来事として、心の中に年号の杭が打たれたような気になっている。
なにかが始まる……こういう予感がなによりも好きなわたしなので、その嬉しさだけは残しておきたい。
 
↓これがわたしの嬉しい気持ちの表現です。ちょっと大人気ない表現ですが……。

ふぅ~……2016年っつったらさ、わたしゃ59才で、さらに2021年っつったら64才だよ……。こりゃもう真剣に体鍛えとかにゃいけんな……

でも、過去に「自分はこういうことだけはできない」と否定し続けてきたことを、あえてやってみるって……「こういうことだけはできない」ってのはいったい……どういうことなんだろな……
そういうのを考えるだけでワクワクしちゃうね……ひひひ

コメント (11)
この記事をはてなブックマークに追加

秋の終わりの嬉しいニュース

2010年10月28日 | 世界とわたし
今日まで25℃近くあった気温も、明日からは10℃ちょっとに下がります。
葉っぱはすっかり散り落ちて、道路はもう木の葉まみれ。
家の前の葉っぱを掃きまとめ、山を作っておくと、市からでっかいバキュームカーが来てくれて、ゴォゴォと吸い込んでいってくれます。

今夜はいきなり、旦那がボルシチを作ると言って、仕事が終わってからせっせと料理をしてくれました。



あっさりめの超~ウマ!ありがとう!

今朝の新聞のニュースで、アウンサンスーチー氏がとうとう、今度ばかりは本当に開放されると知り、それからずっと彼女のことを考えています。
彼女の身に起こった出来事をしっかりと読んだのは今日が初めてでしたが、軍という、武器を所有し使用することが当たり前の集団に阿呆がいると、物事がどんなに愚かしいことに進んでいくか、ということを、改めて強く実感しました。

彼女がこの20年以上もの間、心身ともに健康を保ち続けてくれたことを、本当に心から感謝し、讃えたいと思います。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

『ブルーの間』にて

2010年10月28日 | 音楽とわたし
こちらで教え始めて十年目にして、初めて教会で発表会をすることにしました。



この教会は、Congregational Churchという会衆派教会(かいしゅうはきょうかい)で、キリスト教のプロテスタントの一教派です。
『各個教会の教会政治において、会衆制とよばれる教会員の直接民主制に近い制度を採ることが特徴で、各個教会の独立自治を極めて重視する』
とウィキペディアには書かれていましたが、こちらでは、カジュアルな、規則でがんじがらめにされない教会というイメージで受け止められています。

さて、今年の会場決めにはかなりの心配をしました。
毎年6月までには、いつもの美術館の中にあるホールを借りる契約を結ぶことができていた(たまに生徒の人数が減っていて、個人宅の広い部屋でやったこともありますが)のに、今年に限って10月11月の週末は満杯。キャンセルが出たら一番に連絡をしてもらう、というのを条件に待っていたのでした。
でも、残念ながらキャンセルは出ることが無く、どんどん日は迫ってくるし、頭を抱えているわたしに生徒の親達が、「わたし達は別に、子供がホールで弾くことや舞台に上がることにこだわっていないから」とか、「ここらへんでは発表会っていうと教会だよ」とか言って慰めてくれたり……。

で、結局待っても無駄っぽいということがいよいよ現実味を帯びてきたので、いろんな教会に行ってはピアノのチェックをさせてもらったのでした。

ここは、うちから歩いて15分ぐらいの所にあるので、今回は下見に行くのも、ピアノの試奏をさせてもらいに行くのもとても便利でした。
今日、行事担当の女性とやっと会えたので、会場が空いているかどうかを尋ねたところ、
「11月20日って、あなたそれ、来年の11月のこと?」と、いきなりの先制パンチ!
「あのぉ~、それがそのぉ~、今年の11月のことでして……もごもごもご」
目をまん丸にしながらオフィスに後戻りして、さっそくスケジュールの確認です。
「あらまぁ~、奇跡だわ!11月20日の午後だけスッポリ空いてるわ!」
思わず合掌すると、「それはブディズムかしら」と、宗教人らしい質問が飛んできました。

この教会では、あちこちの団体の音楽行事が行われていて、会場も大・中・小と三種類あり、それぞれに趣が違う部屋になっています。
本当は中サイズの部屋が一番人数的には合うと思ったのだけど、客席数80人あまりの『ブルーの間』と呼ばれている所に置かれているピアノが、とてもいいコンディションのシュタインウェイだったので、少し詰め込みになるかもしれないけれど、そこを選んで契約してきました。

さて、これであとは弾き手の仕上がりを手伝うのみ。
なんとか間に合うように頑張ってもらいたい!と祈るばかりなり
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

南無阿弥陀仏

2010年10月27日 | 世界とわたし
被爆ピアノコンサートでお出会いした、浄土真宗のお坊さん、ニューヨーク本願寺の中垣住職が書かれた本を読んでいる。

仏教というものを改めて、いや、本当のところはなにも学んでいなかったような気がして、我ながらに驚いている。

本の中から抜粋したい文章がいっぱいあるのだけれど、同時多発テロを経験された住職の、仏教徒としての思いの中に、ナモアミダブのいう言葉がいかに大きな存在であるかという話があり、それがとてもすばらしいと思ったので、ぜひここで紹介したいと思う。

あのテロが起こってから二日後に、すでに町のあちこちで、反戦運動が起こり始めていた。
マンハッタンに在住するあらゆる宗教家が集まり、怒り、恨みを超えて、慈悲の心を実践すべく、それにはどのように行動していけばいいかの話し合いがもたれていた。
けれども目の前で起こったことは誰の心をも揺るがし、皆それぞれに混乱し、動揺していた。
中垣住職もその中のひとりだった。

その混乱の中、彼が見いだしたことがこのように書かれている。

『浄土真宗の教えは『南無阿弥陀仏』に尽きるのですが、この南無阿弥陀仏という『言葉がある』ということを本当にありがたく思いました。
混乱している場合は、静かに座っていても、心がなかなか落ち着かないものです。
言葉があるということは、そこに還るようにすればいい、ということになります。
ナモアミダブという言葉は仏さまが選び取られた言葉です。
私が自分で考えるまでもなく、そこに言葉が選ばれているのです。
ナモあるいはナム(南無)とは帰依する、たのみにするということで、安住の場所に身をよせるという感じでしょうか。何にナモするかというと、アミダ(阿弥陀)たる仏さまにナモするのです。
アミダとは無量寿・無量光と訳され、量り知れない命(アミターユス)と量り知れない光(アミターバ)という二つの言葉がひとつになっているのです。
このアミターユスが慈悲の心を表し、アミターバが智慧の心を表しているのです。
仏はブッダのことで、目覚めた者、真理を悟った者ということです。
南無阿弥陀仏は感じて書いてあるので、何となく日本語のような気がしますが、実はサンスクリット語であり、その音を取って、漢字を当てはめた言葉ですので、今であればカタカナを使うことになる言葉です。ナモアミアブです。

詳しいことはさておき、その当時に私に聞こえてきた念仏とは、「周りのものに踊らされるのではなく、智慧の目で見ていきなさい(アミターバ)、憎しみ・恨みの心ではなく、慈悲の心を忘れてはいけません(アミターユス)、このことに目覚めつつ(ブッダ)、あなたの中心としていけばいいのです(ナモ)」というものでした。
この言葉によって、私の腹は据わった感じになりました。
それまでは、これから何が起こるのだろうかと不安な気持ちが先に立っていたのですが、「この先、何が起ころうと、智慧と慈悲をもって対処していこう」と思えた途端に、不安な気持ちがふっとんだ感じがしたのを覚えています。
ある意味で、人生に必要な言葉はナモアミダブに尽きるのだ、というのが浄土宗や浄土真宗の心意気ではないかと思うのです』


日本は仏教の国として、世界でただひとつ、原爆を投下された国として、この智慧と慈悲をもって、そして平和憲法を携えて、もっと積極的に、もっとリーダーシップをとって、世界に平和を訴えていかなければならない。
そのためには、自分をはじめとする仏教徒が一丸となって、葬式専門の寺ではなく、地域に根ざし、人々を支え、頼られるような存在になれるよう、具体的に行動しなければならない。

何度も何度も、本の中に、この思いがくり返し書かれている。
非暴力の平和運動こそが仏教の本領なのだと。





コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

今年はかなりやばい!

2010年10月27日 | 音楽とわたし
多分これはわたしの思い違いと、願い過ぎが原因。
そして多分、気持ちがどこか他の所にあって、きちんと考えていなかったことも原因。

生徒達の曲が仕上がらない。
思ったよりも進みが遅く、夏休みの間にある程度形づけておけばなんとかなっていた例年ともまた違い、まだまだ発表できるまでに至らない子が半数ぐらいいる。

発表会の日を決めようにも、決めるのが恐ろしいぐらいのカタツムリ状況のまま、気がつけばもう10月が終わるではないか?!
三カ所のホールに打診をして、それぞれの空きの日をとりあえず押さえてはいるものの、多くの人が「いい所だよ」と言う近所の教会の中を見学に行くことにした。

車のフロントガラスにはまだ葉っぱがいっぱい。


道すがら、昨日の嵐で、すっかり地面に落ちてしまった葉っぱの色がばっちくならないうちにパチリんこ。
 

教会の前にもまだ、辛うじて葉っぱが残っている木があった。


教会のおむかえの家の、燃えるようなモミジ。


この教会はうちから歩いて行ける距離にあるので、ピアノの状態が良くて、人数に見合う場所が希望の日時に空いているようであれば、使わせてもらいたいと思う。

散歩しながら紅葉をもう少し。きっともうあと数日もしたら、みんな地面に落ちて、葉っぱの山を作るのだから。
 

これはうち。右端に、シッポをタランと垂らしてポーズをとるリス君が居る。


さて、今日もこれから7人の生徒がうちにやって来る。
彼らにだって事情があったのかもしれない。難し過ぎたかもしれない。頑張る!と言ってみたものの、頑張っても頑張ってもできないのかもしれない。
『頑張る』ということの質や量の違いを今頃嘆いたところで、なにも変わらないし、いい方向にも進まない。
わたしは経験者として、なにかいい知恵や方法を彼らに教えてあげられるはずなのだから、感情をコントロールして、一ヶ月弱でなんとか人前に出て弾いても大丈夫な形に仕上げられるよう、とにかく冷静に考えてあげなければ。

と、自分を戒めるために、美しくも儚い紅葉の写真を見ながらこれを書いている。

 


 

コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

また来年ね!

2010年10月27日 | ひとりごと
今日は今年のインディアンサマー最後の日。
昨日の晩から天上は荒れ狂っていて、朝起きたらこの通り、葉っぱがすっかり散ってしまいました。

で、旦那がわたしのブログ用に撮ってくれた写真の中から2枚。



近頃すっかりアシスタントっぽくなってきました。ガハハ!

今日一日、まだ荒れ模様が続き、雷なんかもあるそうで、そのあと気温がぐんぐん下がる予定です。
掛け布団、また1枚増やさにゃ~。

家猫はこの天候が理解できなくて(そりゃそうだ)、昨夜は一晩中不安だったのか、旦那が朝起きて寝室のドアを開けるや否や、「にゃ~~~~~あ、にゃ~~~~~」と、節がついた長い長い鳴き声をあげて旦那を見上げていたそうです。
毎朝、ドアの外で、旦那が起きてくるのをおとなしく待っていて、ドアが開いても黙ったまんまで、旦那に抱き上げてもらう彼女なんですが、よほど心配だったのでしょうね、可哀想なような可笑しいような、気持ちをきちんと語れる猫なのであります。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

パソコン中毒

2010年10月26日 | ひとりごと
わたしはれっきとしたパソコン中毒者です。
ずっと以前からそのことについてはわかっていたけれど、そして何度も治そうと思ったりもしたけれど、そのたびにいつも自分に都合のいい理由をつけて、まあしょうがないんじゃないか、と甘やかしてきました。

丁度子育てが終わり、自分がしなければならないことは家事と仕事と練習と雑用だけになった頃から、別に小説を書くのでもないのに、パソコンの前に座って遊んでいる時間が長くなり、用事と用事の隙間には立ち寄っては、頻繁にメールやブログをチェックしたりするようになりました。
「十年前なんて、パソコンを毛嫌いしていて、近くに寄ることすら嫌がっていたのに……」と、パソコンにすっかり妻を取られてしまった旦那は、時々思い出したように独りゴチています。

特に、ずっと前から好きで遊んでいた、麻雀パイを積み重ねた物を同じ柄のペアを見つけて消していくゲームをすると、便意をモヨオすことに気づいてからは、朝食後にこのゲームをするのが癖になり、それが高じて、いつだってしたくなってしまいました。
けれども、家族(旦那と息子達)が、このゲームにだけはハマって欲しくないと、嘆かわしい顔をしてはっきりと抗議してくるので、彼らが近づいてくる気配がすると、サッと違う画面を出して誤摩化している自分が、我ながらかなり情けないと思っていました。

首を痛めた時、これを機会にやめよう!と決心してみたのも束の間、中毒者らしく、堂々と元の木阿弥に戻り、一昨日と昨日の晩など、気がついたら夜中の1時?!
朝になってボォ~ッと起きてきたわたしを見て、「どうして昨日はあんなに遅く寝たの?」と聞いてくる旦那に、正直に答えることができませんでした。

このブログを書くことは、わたしの毎日の日課になっているので、これを削ることはできません。
新聞もある程度は読みたいけれど、かといって、毎日毎日、何時間も座って読む必要もありません。
パソコン時間を減らしたらきっと、できることがいっぱい出てくるでしょう。
寂しがっている旦那にもきっといいに違いありません。

わたしは基本的に座っている時間がもともと長い(食べている、仕事をしている、ピアノを弾いている)ので、これ以上座っていると、お尻が椅子の形になってしまうし(すでにかなりなっている……)、ずっといつも何かを読んでいるので目が異常に疲れているし、多分それのせいで目の下に不細工なクマがくっきりできています。

今度また、頭の中に話がまとまってきて、それを吐き出したくなる(小説を書きたくなる)時まで、ブログ以外のパソコン時間を極力減らそう。
昨日の夜中に、今日そのことを決心しようと、布団の中で決めました。

『中毒者の決心ほど脆いものは無い』

さて、この定説を崩すことはできるのでしょうか。

コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加