ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

空の災難と感謝祭

2018年11月28日 | 家族とわたし
空(くう)の様子がおかしくなったのは、先々週の金曜日だった。
海(かい)にちょっかい出されても、フニャ〜とか言って逃げてばかりだった空。
さすがに深く噛まれて痛かったりした時は、フーッと威嚇することはあったけど、やんちゃな弟に手を焼く兄、という感じだった。 
その空が突如、海を追っかけ回し、それだけじゃなくて手(?)を出し始めた。
そんな空は初めてだったので、夫とわたしは唖然として見ていた。

空ちゃん、性格変わったんか?
それとも、もうこれからは我慢せえへん、ぼくのやりたいようにやらせてもらうってことか?

とにかく金曜日の朝から突然変異した空の態度に、海はかなりショックを受けたみたいだった。
それでなくても内弁慶で、ほんとは怖がりの海だから、これはこれで困ったなあと思っていた。

ところがその翌日の土曜日は、なぜか空の元気が失せて、外遊びもせずにずっと丸くなって寝ていた。
ただ寝ているだけではなくて、すごく落ち込んでいるような感じだったので、昨日の今日ということもあって、もしかしたら何かあったのかな?と心配になり始めた。

日曜日になると、今度は眠りはしないのだけど、少しびっこを引いて歩いていることがわかった。
調子が悪いのは左の後ろ足で、それが怪我なのか打撲なのか知りたかったけど、毛が邪魔をしてよく見えない。
とりあえず食欲はあるし、歩きづらいというほどではないので、様子を見ることにした。

翌月曜日、そして火曜日になると、びっこが目立つようになってきた。
さらに食欲も落ちてきた。
もうこれは放っておけない、獣医さんに診てもらわなければと思ったけど、新しく通うようになった動物病院はホリスティックなので、まだ一回も診てもらっていない空はまず、血液検査を受けなければならない。
以前、海が大怪我をした時に診てもらった時の支払いが、ものすごく大変だったのがまだ記憶に新しい夫は、なかなか連れて行こうと言わない。
もちろん少しでも早く連れて行くべきで、それは夫もそう思っているのだけど、先立つもののことを考えると踏み切れない。

そんなこんなでぐずぐずしている間に、悪化してしまったらどうしようと、考えるだけでゾッとすることを想像してしまったり、
そうかと思うと、普段からすごく健康なので、もしかしたら自己治癒が可能かもしれないと、勝手にいい方に考えてみたり。

でも、そうはならなかった。
水曜日の朝、空のびっこは相当酷くなり、傷んでいる部分がとても腫れてきていた。
急いで病院に電話をかけ、予約をした。
その時初めて、患部から血が流れ出してきて、どこに傷があるのかがわかった。

初治療にビビって、部屋の隅っこに隠れてる(つもりの)空。


この診療台に乗せることができるだろうか。


犬と猫と馬の鍼灸のツボの図。


漢方薬がずらりと並んでいる。


治療のために患部の毛を剃ると、傷の様子がはっきりと見えた。

「これは多分、野良猫かアライグマ、もしくはスカンクに噛まれた痕だと思う。猫だとまだいいんだけど、アライグマやスカンクだったら狂犬病にかかっている恐れがある」

体温がかなり高かったので、抗生物質の注射を打ってもらい、血液検査のための採血もしてもらった。
幹部の傷を徹底的に消毒してもらい、巻いただけで石膏みたいに固まる特殊な包帯を巻いてもらった。

「野生動物に噛まれている可能性もあるので、空は今日から7日間、誰とも接触しないよう隔離しなさい」
「野生動物管理局から連絡があると思うので、その際はきちんと答えるように」

えらいことになった。
でも、とにかく治療をしてもらえてよかった。
家に戻る道中、完全に隔離するなら二階の、普段は誰も使っていない治療室兼客部屋しかないな、と考えた。
怖がりの空が、二人の看護師に押さえつけられて治療を受け、採血され、気がつくと後ろ足に変なものが巻かれてしまっているのだから、パニックにならないはずがない。
ひとまずケージから出して、部屋の中に入れたのに、あっという間にわたしの足元をくぐり抜け、外に出てしまった。
そしてそのまま地下室に真っしぐら。

最悪だ…。

地下室は雑菌だらけだ。
そして暗くて寒い。
一人で家に居る時には、怖くて降りていけないようなところで、110年前から全く何も改装されないままの石壁と、積もり積もった砂ぼこりが、傷を負って熱がある空に良いわけがない。
しかも天気予報では、水曜日の夜からガタンと気温が下がり、零下10℃になると言っていた。
空は完全にわたしに怒っていて、わたしの声を聞いただけでサッと隠れるか、とんでもない所に移動する。
熱がまだあるだろうに、傷の包帯が外れてしまったらえらいことになるだろうに、ああどうしよう…。

実はわたしもフラフラだった。
空の様子がおかしくなり始めた先々週から、夜中に様子を見に行ったりして、まともに眠れない夜が続いていた。
今年のThanksgivingは、当初はマンハッタンにある夫の両親のアパートで、親族揃ってお祝いするはずだったのが、急きょ各自の家ですることになったのだけど、空の怪我騒動があったのでとても助かった。

長男くんに感謝祭ディナーの買い物と料理を、次男くんに餅つき器で餅作りをお願いして、わたしはただ粒あん作りをすればよいだけにしてもらった。
感謝祭ディナーというと七面鳥の丸焼きにクランベリーソース、マッシュポテトにグリーンサラダ、みたいなのが定番だけど、
今回はもう外れついでに好きなものを食べようということにして、しゃぶしゃぶ鍋をみんなでつつき、夫が作った芽キャベツ炒めをおかずにして、デザートはあんこ餅と夫が焼いてくれたパンプキンパイ(グルテン&乳製品フリーと普通のやつ)で〆る。
直前までフラフラだったのに、やっぱり家族揃っての食事パワーってすごい、食欲まで戻ってきた。

夫が作ってくれたパンプキンパイと芽キャベツ炒め。




次男くんがついてきてくれたできたてほやほやのお餅。


乾燥ナツメヤシを甘みに使って炊いた粒あん。



地下室で二日間過ごした空を、夫と二人でなんとか誤魔化しながら二階に誘導して、やっと隔離部屋に入らせることができた。
地下室ではとうとう一度も近づかせてくれなかった空だったけど、日頃からお気に入りだった椅子の上で、暖かな日差しを身体中に受けて気持ちがほぐれたのか、背中を撫でさせてくれた。
ありがたいことに、足の包帯も外れていなかった。
熱も下がっていた。
一緒に部屋の中で過ごしながら、空にいろんな話をした。
丸三日間、空はまるでこれまでずっとそうしてたかのように、不満を言うでもなく、脱出を試みるでもなく、運ばれてくる食事を食べ、ウンチをし、あとはひたすら眠るか、わたしや夫と遊んだ。

そして週明けの月曜日に、空はもう一度獣医の検診を受けに行った。
大雨が降り、なぜかどこの道もすごく混んでいて、しかも変な運転をする車が多い日だった。
待合室で45分も待たされて、さらに診察室に入ってさらに20分待った。

やっぱりここに隠れる空。


ありがたいことに熱は下がり、傷の治りがとても早かったので、もう元の生活に戻してもいいと言ってもらえた。
狂犬病予防の注射を打ってもらい、あとは4週間後に送られてくる血液検査の結果を待つばかり。
「確かに怪我をしたり命を落としたりするリスクは高くなるけど、猫生の質を考えると、外遊びができる猫は幸せだと思う」と、
これからはどうするの?と聞かれて、「危険を承知で、そして失うことの悲しみを覚悟して、やっぱり外にも出します」と答えたわたしに、獣医はそう言ってくれた。

このことについては一生かけても答えが出ない、本当に悩ましい問いかけだと思う。

さて、やっと自由の身になって戻ってきた空に、なんと海が威嚇した。


声を紹介できないのが残念だけど、これまでに聞いたことがないような音で威嚇しながら、空から離れた場所から睨んでいる。


一難去ってまた一難…。
どうした海?
空を忘れたか?
それともまさか…動物にしかわからない異変を感じてるのか?

いや、それはないと思う。
威嚇されてもなお、ただただ平常心を保ち、仲良くしようとじっと待っている空はいつもの空だ。


そして三日経った木曜日の今日、疲労と寝不足から始まった膀胱炎も、やっと今日あたりからかなり治ってきた感じがする。
海もやっと、変な音を出さなくなった。


野生動物管理局から電話がかかってきた。
「アライグマに噛まれた」ということですがと、当時の状況を詳しく聞かれた。
何に噛まれたかは、実際に見ていないのでわからないし、何日の何時頃というのもはっきりしない。
けれども、今日までの経過を見る限り、とりあえず狂犬病に罹患した可能性はかなり低いと思うし、獣医の所見も同様だと伝えた。
もしかしたらもう二度と外に出してはいけないと言われる可能性もあったので、すごくドキドキした。
とりあえずあと3週間様子を見て、また連絡して欲しいと言われた。

こんなふうな結末を迎えられたことが本当にありがたい。
今夜のお祈りには、特大の感謝の気持ちを込めようと思う。


ーおまけ写真ー

愛車のこととなるとなんでもやっちゃう長男くんは、今やそんじゃそこらの修理工さんより丁寧な仕事ができるのだそうだ。


修理はもちろんのこと、屋根を交換したり、幌を外したり、パーツや道具を注文してはコツコツやっている。




歩美さんが持ってきてくれた椎茸の木。今はカエデの爺さんにもたれて日向ぼっこ。
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夏休み日記その2

2018年07月12日 | 家族とわたし
いろいろ試して、そのたびに海の突撃で壊された、寝室侵入止めの柵。
これでダメだったら滝汗かいて眠ろうと覚悟を決めて買った竹フェンス。


幅が8フィートもある竹フェンス。
だけど必要なのはドア一枚分なので、わずか1フット。
なのでその分の長さだけ切って、あれこれ工夫して取り付けた。
ぶっといワイヤーは長男くんが切ってくれた。
あとは工具入れの中の『あるもんで』ねじ釘やフックを使い、なんとか入り口に取り付けた。
開け閉めしていると、寝室に入る直前の床の、すごく短い距離なんだけど下りになってる問題を、竹のフレキシブルさが解決してくれたことに気がついた。
ラッキーだった。
高さは4フィート。
さすがの猫ジャンプもこの高さは超せまい。
いや、お願いだから超さないで欲しい。


ちっちゃなてんとう虫。



一昨日の10日は、夫の53歳の誕生日だった。
あの若造だった彼が今やこんな年に。
いやはや、わたしが還暦を超えるのも無理はない。

次男くんとエレンちゃんがお祝いをしに、クィーンズからワイン持参で来てくれた。
ちょっと前に見つけた超ウマのタコスレストランに行って、みんなでお祝いした。
でっかい扇風機だけで空調をしているお店の中は熱気でムンムン。
汗をかきながら食べるのもいいではないか。

長く待たせたからと、いつもは4つなのに5つずつ置いてくれた。




ここ、ほんとに美味しいので、近所のみなさんオススメです!


歩美ちゃんが玄関ポーチに置いてくれてあった収穫野菜。


やっと黒くなってきたブラックベリー。



今日はせっせとお味噌汁用の冷凍ネギを刻み、サワークラウトのキャベツを刻み、オーガニック西瓜を一口大に切った。
こういう単純作業は、やる前は面倒で仕方がないんだけど、やり始めると楽しくなって、やり終えた時は食べる時の気分を想像して幸せになる。
小さいけれど確実にそこにある幸せ…『小確幸』…村上春樹さんが作った言葉。
小さな幸せに出会うたび、この言葉を思い出す。
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26年経ちました

2018年05月24日 | 家族とわたし
26回目の(公的な書類上の)結婚記念日。
1回目のが13年だったから2倍の長さになった。
誰かの妻っていうのをもう40年近くもやっているのか…はじめは味噌汁の作り方もわからずに、焦りまくって伯母に電話をかけていた。

木曜日は漢方のクラスが夜の9時まである夫は、記念日どころではないので、明日の夜、隣町でやってる映画祭に行くことにした。
寺島しのぶさんが主演した『Oh Lucy』、楽しみにしている。

はじめの数年は、極度の貧乏を経験した。
こちらに来てからも、生活保護のお世話になった時期があった。
気持ち圧が上がったり下がったりはしたけれど、なんとかなるさ〜と前を向いて生きて来た。
記念日が来たからって、別に何にも特別に変わらないのだけど、こんなふうに、今まで通りに、お互いが健康で過ごせていることに感謝したいと思う。

味噌汁の作り方さえ知らなかったわたしが、今では手前味噌の壺を、地下室で大事に保管している。


子育ての真っ最中にしなかったことを自分の不甲斐なさを思うと、心の中がチクチク痛むのだけど…。

これまでずっと、わたしを妻として愛してくれる夫よ、わたしを母として愛してくれる息子たちよ、心からありがとう。

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オリンピア訪問記・その2

2018年04月26日 | 家族とわたし
「長年暮らしているのに、まだ一度も行ったことがなかったし、きっとまうみが気に入ると思ったから」とジムが言うレインフォレスト。
広大な面積の国立公園のうちの、ほんの一部を一緒にハイキングするのが、今回の旅の目玉。
森のすぐ近くにあるホテルは宿泊代がべらぼうに高いのだけど、今回はジムがわたしたちの部屋の分も払うと言って聞かない。
それでなくても彼は、特別な検査だの治療だので、人のためにお金を使うような余裕が無いのに…。

さすが、雨の森と呼ばれるだけあって、いつ降ってきてもおかしくない曇りっぷり。




年間の降水量を示す目盛り。
去年は上から三つ目のところまで降ったそうな。


まるで神社の境内にいるような感じの、杉の大木があちらこちらに。


森の中は鬱蒼としていて、目に入る緑の濃淡がうまく写せない。
かといって色をつけるのも変なので、そのまま載せることにする。
本当はもっと緑が濃くて、木々の幹が深い色をしているので、それを想像して見ていただけたら、と思う。


出発!


わたしはいつものように、歩幅も小さいし撮りたいところだらけだし、だからついつい遅れてしまう。


なんでこんなところにスカンクが?と思ったら…スカンクキャベツが!日本名は『座禅草』。なんとイメージの違うことよ…。


雨の森の木々は、苔を身にまとっている。




どういう理由なのかはわからないけれど、ドスンと倒れた杉の大木。


根っこの周辺だけで4メートルはある。


切り落とされた木に寄生して大きくなった木。




あちこちに現れるミニチュア滝。


国立公園内では重機などが使えないので、木の世話は全て人間の手で行われる。




この大きさ、存在感を、写真では伝えられないのが残念!






ゾンビみたい。でも、緑はもっときれいな色だ。






もっとたくさんのカタツムリが見られるだろうと楽しみにしていたけれど、見つけたのはバナナスネイルだけ。




倒れた木が道を塞ぐこともしばしば。


兄弟!


空はいつもこんな感じ。


疲れ過ぎたらあかんで〜!


腕のような枝。


これも寄生中。英語では「nursing tree」と言うらしい。「元の古木が新たな命を大切に育ててあげる」という表現は、「寄生」よりもいいなと思った。


オリンピアの州花。


降ったり止んだりの雨に濡れて、すっかり冷えてしまった体を温めるオトナコドモたち。


ステファニーのダントツ勝ち。


空が晴れてきた。



翌日の日曜日、ピーカン晴れ!
部屋の窓を開けると、




朝ご飯をまず食べて、


でっかい流木によじ登り、先っちょを覗くと、石をいっぱい抱っこしてるのが見えた。






日本の杉だと書いてある。




たくましい草。


車で移動しながら、ハイキング再び。


よう晴れちょる!


巨大コブ。


どういう用具を使ってこんなデッカイ木を切ったのだろう…。ステファニーが登っている木の年輪は約400あったそうな。






湖に向かってゴロンと寝っ転がっている。




よじ登って湖に向かう。




ルーンがいた。


湖の中で横たわっている木。


これは何?


マイクロブーストに襲われた場所。






橋を渡る。


墓標のように立っている。



ハイキングコースの入り口の標識に「ここ一帯はクーガーが生息しているので、独り歩きは絶対にしないこと。もしばったり居合わせた場合は、走らず、背を向けず、じっと目を見て動かないこと」と書いてあった。
そんなこと言われても…。




晴れていてもやっぱり、目で見ている緑がどうしても撮れない。






ジムは昨日からの続きで疲れが出て、「ゆっくり行くから気にしないで」と言う。
わたしは「どちらにしてもいつも遅れるし、写真も撮りたいから、ちょうどいいペースだから」と言って、しばらく二人で歩いていた。
「僕はここでやめておくよ。まうみは気にしないで行って」
そう言って、ジムは大きな岩に腰掛けた。

一緒にいようかどうしようかと迷ったけど、ジムに余計な気を使わせたくなかったので、ほいじゃあ行くね、と言って別れた。











先に行ってしまった4人の後を追いかけたのだけど、追いつくわけがない。
森の中はしーんと静まり返っていて、遠くの方から滝の音が聞こえるだけ。
ふと、あの立て看板の注意書きが頭の中に蘇ってきた。

クーガー…。
どうしよう…独りになっちゃってるやん、思いっきり。
いや、多分大丈夫。
よりにもよって、襲われたりなんかせえへんし。
けど、わたしの人生には、よりにもよってとか、なんでこんなことがとか、そういう状況が人より何倍も多かったしなあ…。
クーガーが今、笹の中に身を潜めてて、いきなり襲いかかってきたとしたら、まず鋭い爪で顔をひっかかれたりするのかなあ…一気に首元に食いついてくるのかなあ…。
あっという間に死ねたらいいけど、あちこち噛みちぎられながら、痛いよ〜痛いよ〜なんて思いながら死ぬのは嫌やなあ…。
もうすっかり襲われている自分という想像に頭の中がいっぱいになってしまった…。
そこにカサカサっという音が聞こえてしまったからもういけない。

足元に落ちている、一番とんがっている石を手に持って、万が一の時はこれで戦うぞ!と決心する。


そしてまず、下草が生い茂っていない、とりあえずクーガーが隠れられないような場所を選んで、そこで休憩することにした。


やっと戻ってきてくれたステファニーと合流して、二人で降りることに。ああドキドキした。


道端に突然現れた滝。





世界で一番大きい、1000歳のSitka Spruce。













帰り道のガソリンスタンドで、超アンティークなのを見っけた。



二日間、たっぷりと森林浴を楽しませてもらった。
ほんとにありがとうジム!

ジムのスクリーニングは翌日の火曜日に行われる。
良い結果が出ることを祈りながら、空港に向かう。

エゾマツがめちゃくちゃ多い。


イチゴが走ってる!


また来るからね。



お別れのハグをしている時、ジムはわたしに「僕は死なないから」と一言言った。
言葉の代わりに、ぎゅうっと抱きしめた。
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オリンピア訪問記・その1

2018年04月24日 | 家族とわたし
ぽんぽんと咲いたポンちゃんに、「出発の日に、こんなきれいな姿を見せてくれてありがとう」とお礼を言った。






木曜、金曜、そして月曜の仕事をキャンセルして、悪性リンパ腫と闘っている義弟のジムが暮らすオリンピアに向かった。


高速道路に入る手前に二車線用の信号があり、1台ずつが交互にゆっくり入って行くシステム。こんなの初めて?!


一人乗りの車は、決められた車線を走る。


オリンピアはワシントン州の州都。


わたしたちが泊まったホテルの名前が『ガバナーホテル』。まさしく州都である。

ホテルで荷解きをして、ジムのアパートメントに行き、ジムの息子アレックと我々、そしてジムの4人で、近くのレストランに食べに行った。


ピュージェット湾の南端オリンピアの湾はサウンドと呼ばれ、綴りが音”sound”と一緒なので、はじめは何を言っているのだろうと思っていた。


水の近くに行くと、わたしの中の水が反応して、あちらこちらで揺れ始める。










公の場で帽子を脱ぐのはこれが初めて、と言うジム。


桜がぼちぼち、其処此処で咲き始めていた。


アレック手作りの『紅茶キノコ』。




ジムが趣味の木工に励む製作所に案内してもらった。


親友の家族のワンちゃん。名前がマンマミーア!


中に入ると、まるでプロフェッショナル。いろんな工作機械がある。




ジムのこだわりは釘を一切使わずに組み立てること。彼の方法は組みつぎ(だと思う)。








作業の合間にウッドストーブに薪を入れ、火を起こし、ビールを飲むのが楽しみ。






巨大成層火山のレーニア山。標高約4400メートル。富士山のように広大な裾野を持つ。




近くの森でプチハイキング。






今回、わたしたちが行くのに合わせて、夫とジムの幼なじみ&高校の同級生で、同じく西海岸に暮らすジャンと奥さんのステファニーが夕方から合流。
ジムはスパゲティソースを、夫はサラダを、わたしは日本食のおかずを一品作り、持参したワインで乾杯。

翌日の土曜日と日曜日の2日間、オリンピックレインフォレスト(直訳すると雨の森)に行く。

だから疲れ過ぎてはいけない。
今日のところはこの辺で。
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イースターと大雪

2018年04月02日 | 家族とわたし
昨日はイースター(復活祭)の日。
イースターはクリスマスと違い、毎年日付が変わる。
どうしてかというと、その年の、春分の日の後の、「最初の満月から数えて最初の日曜日」 と定められているから。
最初の満月の日から数えてっていうのがいいな。

というわけで、今年のイースターは4月1日、エイプリルフールの日になった。
寒さも緩み、いいお天気。
なぜかイースターの日は、いつも良く晴れる。

集まる場所は例年と同じ、夫の従妹のエミリー宅。
ちょうど、集まってくるみんなの中間点にあるからだけど、毎回のホスト役、ありがとう!
1年に一回、イースターの日に会える親戚は、誰も年を取らないような気がする。
子どもたちは年々大きくなって、それぞれの個性をしっかりと発揮している。

1番のお楽しみ、イースターディナー。


相変わらずの蓮根のきんぴらが加わる、ちょっと風変わりなディッシュ。


義父と伯母が並んで座るのはとても珍しい。




わたしの周りをパチリパチリ。








よく晴れているけど肌寒い。


卵集めが終わった子どもたち。髪の毛を緑に染めたアンソニーと、すっかりお姉ちゃんになったエメラ。




大好きなおじちゃんを独り占めのマリエラ。ほんの少し前は赤ちゃんだったのに…。


若芽はまだまだ先。


話は全然尽きない。



そして翌日の今日、またまた雪がこんなに積もった…。








いつもと違うのは、ポーチには積もらなかったこと。


かあちゃん、春来たんちゃうん?

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あけましておめでとうございます!

2018年01月02日 | 家族とわたし
年が明けて早くも2日。
今日から仕事も学校も始まりました。

昨日の元旦のお月さまは、まぁ〜ん丸!


外に出るには寒すぎて、部屋の中から撮りました。
今週末などは、最高気温でも零下10℃以下、最低気温は零下18℃?!なんていう予報が出ているこちら東海岸は、
お正月料理がどんなに余っても、冷蔵庫に入れる必要がなく、かえって凍りやしないかと心配しなければならない、トンデモな寒さが続いています。

そんな超サムな中、クィーンズから次男くんとエレンちゃんが、年越しと新年を祝いに来てくれるというので、
やっぱ今回は気が進まないなどとウダウダ考えるのはやめて、ほんのちょっとぐらいはお正月の準備をしようかと思い、
次男くんの大好物の伊達巻と、黒豆と筑前煮とお雑煮だけ、用意することにしました。


日本食マーケットに行ったのは30日の午後。
黒豆の棚はすっからかん。
はんぺんと筑前煮の根菜を買い、コリアンマーケットに向かいました。
今回初めて、中は緑色の豆だけど皮が真っ黒、というオーガニック黒豆を1キロ、大晦日の朝から炊いてみました。


炊きあがりが金時豆みたいな大きさで、大丈夫なのかな?とちょっと心配になりましたが、味はまろやかでとても美味しい!


鶏肉が柔らかくなりすぎてホロホロと崩れてしまい、なんだかグチャグチャですが、とりあえず筑前煮、ということで…いやはや。


おやつの蒸し栗!


活躍してくれた菜箸とお玉の向こうは、超〜極寒の世界。


にもかかわらず、うちの空と海は、外遊びを続行中。


祝杯を待つお猪口たち。


年越し蕎麦は、二人前の十全蕎麦を4人で分け、豚肉とおネギを甘辛く炒め、溶き卵でとじたのを具にしていただきました。


まだ使い切っていないお味噌が冷蔵庫にあるのだけど、古い麹で作ったまあまあなお味噌なので、お雑煮には新しいお味噌を使うことにしました。


昨日の鍋の残りに蕎麦湯を混ぜ、玄米おじやを作りました。

カメラを向けると、いまだにティーンエイジャーな顔を作る、今年30歳を迎えようという次男くん…困ったもんです。


ちょっくらピアノでも弾くべと、昔取った杵柄を披露しようとした次男くん。その杵柄が…およよ♪


楽譜を出して思い出し中なのですが、ピアノをしっかり習ったエレンちゃんに、音の読み違いを注意されまくり。



はじめっから終わりまで、楽しい年越しと年明けでした。
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ありがとうね

2017年12月30日 | 家族とわたし
昨日、この子のことを書くのをすっかり忘れてた。


下の突起をパコンと押し込むと、中の鉛筆がピョンと飛び出してくる。


大阪の弟からの、『どないしたん?元気出しや』箱の中に入ってた。

箱の中には、富士山のジグソーパズル、温泉の素、大阪弁に訳されたちょっとシュールでほんわかな不思議な絵本、腕に問題を抱えて生まれた女の子の話、日本の番組の録画が入っていて、
その一つ一つから、弟の「大丈夫やで」の声が聞こえてきた。

いつまで経っても全然音沙汰がない姉を心配してくれた。
自分もめちゃくちゃ大変な状況に居たのに、あれこれ買い揃えたものを箱に詰め、高い送料を払って送ってくれた。

筆入れを、さっそくレッスンで使ってみると、鉛筆を手に取ろうとするわたしを、大抵は何かを注意される時だから首をすくめて見ている生徒が、
まずはこの可愛い顔を見て笑い、それからピョンと飛び出した鉛筆を見てちょっと飛び上がり、最後にニヤニヤしているわたしを見て笑った。
レッスンがなかなかいい感じで進んでいく。

大丈夫やで。

そう言ってくれる家族や友人がいることは、本当に幸せな、恵まれたことだ。
だからって、気持ちを無理やり動かせはしないのだけど、少なくとも自分が自分に言う『大丈夫やで』とは全く違う温かな何かが、すうっとしみこんでくる。

ありがとうね。
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大丈夫やで

2017年12月29日 | 家族とわたし
今年のクリスマスは、夫の姉の家で祝った。


イヴの日の昼過ぎに家を出て、クリスマスの夜に家に戻る予定で、今回初めて自動餌やり器なるものを買って、猫たちの世話を誰にも頼まずに家を留守にした。

家から車で5分ぐらいの高速に乗った瞬間、フロントガラスの向こうに広がった光景。


イヴディナーは、前年と同じインディアンレストランに、夫の両親、姉一家、姉の義弟、それからバージニアからやってきたうちの長男くんと我々夫婦の9人が集まった。
それぞれの近況を、と言いたいところだけど、ついひと月前に感謝祭で会って話したばかりなので、真新しい話はあんまりない。


クリスマス当日はよく晴れた。
けれども寒い!マジで寒い!







暖炉が大活躍。


とうとうティーンエイジャーになったエメラだけど、まだまだクリスマスが嬉しい女の子。


クリスマスというとこれ、エグノグ(卵、ミルク、砂糖、シナモン、たまにラム酒などを混ぜて作った飲み物)。


クリスマス特別おやつを待つソニア。




わたしの今回の主要作業は栗の皮むき。
平らな側に十字の切れ目をつけた栗を熱湯で湯がき、熱々の時に剥いていくのだけど、なぜかこれだけの栗を剥くだけで30分以上もかかってしまった…。


この栗は、ブラッセルスプラウトとシャロットと一緒に炒め、タイムと塩コショウで味付けした。


今回はターキーではなくハム。
今年は次男くんが欠席したので、切り役を仰せつかった長男くん。


夫とポール。


でっかいオーブンが2台あると、こういう日の料理には超便利。


そろそろ出来上がり。


いただきまーす!


グルテンフリーバージョンのパイもある。



クリスマスといえば贈り物。
だから、クリスマスが近づいてくると、商店街近辺の路上駐車は軒並み無料になる。
さあ、どんどん買い物してくださいよーと、パーキングメーターにまで呼び込まれているような気がする。
以前は、周りの興奮にすっかり巻き込まれて、最後の方なんかはどうでもいいような物を買ってしまうことがあったのだけど、
ある年から、家族以外は送る人ともらう人を決めて、プレゼントはその人の分だけを60ドル以内で買うっていうルールになってからは、超〜シンプルな買い物になって大助かり。
疲れ切った顔をして、両手に荷物を抱えながら、それでもなお何かを買おうとしている人を見ると、余計なお世話だけれど、みんなもそうすればいいのに、なんて思ってしまう。


家に戻って真っ先に、台所の自動餌やり器を点検しに行くと、エェ〜!?器の中にドライフードがてんこ盛り?!
な、なんで…?
空も海も、とりあえず無事な様子だけど、この餌の残り様は異常だ。
セットしたにも関わらずめちゃくちゃ多い量が出てしまったのか、それともドライフードだけというのが気に入らなかったのか。
空はともかく海は、目の前にあったらあっただけ食べてしまう大食らいなのに…。
とりあえず様子を見ることにしたのだけれど、二匹とも機嫌がすこぶる悪い。
追いかけっこをした挙句に、どちらからともなく飛びかかる寸前の一触即発状態。

黒猫の空は、暗がりではよく写らないのでわかりにくいのだけど、後ろに回って飛びかかろうとしている海をけん制して、思いっきり睨みつけている。


やっぱり世話をお願いするべきだったか…。


年末年始も仕事と受験勉強があるからと、さっさとバージニアに帰ってしまう長男くんと、1年に1度のすき焼きパーティ。


******* ******* ******* *******

10月の末に親友のルエルが亡くなって、カナダとここを二往復した。
そのあと生徒の発表会が近づいてきて、平常時のレッスンに臨時のレッスンが加わり、そこに発表会の準備作業が重なって疲れが溜まっているところに、高校生の生徒たちが数人、急に出られないという知らせが入った。
どの子も皆、一から教えてきた子たちで、それぞれ上手になってそれなりの曲を弾く予定だったので、プログラムが寂しくなってがっかりした。
そこに、今回わたしとデュエットを弾いてくれるはずの友人からのドタキャンがあり、急遽ソロで弾く曲を選ばなくてはならなくなった。
それで、ずっと頭の中で歌っていた曲を弾こうと思い、楽譜を探したのだけどもどうしても見つからなくて困っていたら、ピアノ教師の友人が助け舟を出してくれた。
彼女が届けてくれた楽譜のコピーを譜面台に置いて、練習を始めたのが発表会の3日前。
曲はショパンのノクターンの遺作。
発表会の最後に弾くにはちょっと暗い曲想なのだけど、わたしはどうしてもこの曲が弾きたかった。

発表会は、当日までのストレスが一気に解消されるような、気持ちの良い会になった。
会場の教会の係りの伝達が悪くて、発表会の準備が全くされてなかったばかりか、前に行われたであろう行事のゴミや物が散乱していたことを除いては…。

すごく疲れたけれども、心地よい満足感に浸りながら、夫が運転する車の助手席に座っていると、
「あの曲は、ルエルのことを想って弾いたんだろう」と、夫がポツンと言った。
それを聞いて初めて、あの曲がずっと頭の中に流れていた理由がわかったような気がした。

発表会の後の1週間は、身体を支えているはずの骨がスポンジになったみたいで、立っていても座っていても、同じ姿勢を続けるのが辛かった。
疲弊した時に決まってやってくる膀胱炎も始まった。
腎臓結石を患った時に感じた背中の痛みもやってきた。
さすがにこれはかなりヤバいかもと思い、徹底的に休むことにした。

なのに、休んでも休んでも、一向に元気が戻ってこない。
膀胱炎と結石は、重い症状になる前に退散させることができたけど、今度は夕方になると微熱が出てくるようになった。

体が弱ったから心も弱ったのか、心が弱ったから体も弱ったのか。

いずれにせよ、ほんの少しの無理もできなくなった、というより、したくなくなった。

けれども、音楽家協会の役員会議に出かけたり、3月のコンサートのための舞台慣れになるからと、パートナーのエリオットと一緒にコンサート兼パーティに出演したりした。
芸術家であり市民運動家でもある素敵な女性の家のパーティに誘われて、出かけて行ったこともあった。
そこで出された料理は、デザートの和菓子に至るまで全てその女性の手作りで、本当に美味しくて素晴らしかった。
そのどちらのパーティも、わたしは写真を撮っていたのだけれど、ブログに載せることができないまま時間が経ってしまった。

こんなことは本当に初めてで、自分のことながら、一体どうしてしまったんだろうと思うのだけど、その答がいつまで経っても出てこない。
時間が解決してくれるのかと思ったけれど、2ヶ月近くも経っているというのに一向に見つからない。

このことは書きたいと思い、いろいろと関連する記事や写真を探しては、それをパソコンの画面上に残しているのだけども、書けないまま時間が過ぎてはゴミ箱に移動させるということの繰り返し。

でも…。

大丈夫やで。
そう思えるとこまで戻ってきた。

いや、もしかしたら、戻ってきたんじゃなくて、新しい自分に向かってるのかもしれない。
弱ってるのじゃなくて、自分で自分に無理を強要しない人に変わろうとしてるのかもしれない。

いずれにせよ、ブログの記事を毎日書くことがとても重要なことだと思って、書くことを自分に課してきた6年半だった。
それは、家族との時間や身の回りの始末を蔑ろにしたり、疲れている自分を無視し続けてきた6年半でもある。
夫婦ともにとても親しく付き合ってきた二組のカップルの、いずれも夫が続けざまに亡くなり、残された二人の妻の悲しみと喪失感の深さを目の当たりにして、妻としての自分自身の在り方を思い直した。
それと同時に、40代50代の時と同じように考えて、無理をし続けていても良いのかどうかも考えた。

ペースが落ちるかもしれないけれど、これからも書いていくつもり。

外はずっと零下が続いている。
日中でもマイナス7度ぐらい。
朝晩はマイナス11度になる日もある。
だから外に出ると、まるで巨大な冷凍庫の中に入ったような気になる。
なのに、我が家の猫たちは外遊びをやめない。
さすがに長い時間出っ放し、ではないけれど…。

温かな部屋を失ったホームレスの人たちは、シェルターや教会に避難している。
ホームレスではなくても、お金が払えなくなって、部屋を暖められない人たちもいる。
寒さが厳しくなるたびに、そういう大変な状況に陥っている人たちや、野生で生きていかなければならない動物たちのことを考える。

わたしはいくら感謝してもし足りないくらいに恵まれているのだ。

1年が終わり、1年が始まる。
無事に生かされていることに感謝することは、その恵みを自分以外の人に配ることだ。
今はまだ、元気よくはできないけれど、もしも中に、同じように元気を失っている人がいたら、その人に言ってあげたい。

大丈夫やで。
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海のプチ家出

2017年10月31日 | 家族とわたし
海(カイ)がまたおらんようになった。



けども前回は、おらんかったんじゃなくて、フェンスを飛び越えようとした時に受けたひどい裂傷を、独りで治そうと地下室に隠れていたからで、結局は家の中に居たんやけど、



今回はわからへん…。

今日はハロウィーンやったから、ゾンビやお化けに変身した子どもらが、夕方から通りに出没した。
海はやんちゃのくせにビビリやから、もしかしたら気が動転してしもて、いつもと違う場所か、いつもより遠くに行ってしもたのかもしれん。



前回、なんぼ探してもどうしても見つけることができんかった、地下室の究極の隠れ場所も調べたけど、どこにもおらん。



外もぐるりと、左右前後、懐中電灯の光を当てて探したけど、彼の姿を見つけることはできんかった。



夫は、覚悟して外に出してるのやから、1日帰って来んぐらいで狼狽えたくない。
普段の気持ちで、いつも通り、よう眠れるようにゆったり過ごしたい。
ほんでまた明日、どうしたらええか考えるって言う。

そう思うべきなんやろうけど、どうしてもそんなふうに割り切れへん。
覚悟ってなんなんやろなあ…。


食いしん坊やのに、朝に食べたっきりでどうしてるんやろう…。
帰りとうても帰れへんとこに閉じ込められてしもたんやろか…。
外の気温は5℃。
寒いやろに…。

カエデの爺さんとサクラのポンちゃんにお願いした。
もしも、シマシマの猫がうろうろしてるの見たら、早よ家に帰らなあかんでって叱ってって。

空(クウ)も心配してるよ。



『空海』の『海』が抜けたらあかんねん。
二匹と一緒に、もっともっと暮らしたいねん。
お願いやから帰ってきて。

かんにんやで、外に出してる限り何かが起こるかもしれん、それは覚悟してる言うて、普段は偉そうにしてるけど、
やっぱりかなんねん。
海を失いとうないねん。
待ってるしな。
帰ってきてな。

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今、夜中の1時20分。

海が帰ってきた!
帰ってきてくれた!
ありがとう海!
ありがとうカエデの爺さん!
ありがとうサクラのポンちゃん!
もう寝ます。
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