ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

紫と緑の祭宴

2024年05月15日 | ひとりごと
先日、シアトル在住の次男くんが、びっくりするような写真を送ってきた。
なんと、この見事なオーロラは、自宅のバルコニーからの実写である。




いやはや、こんな見事な景色を部屋に居ながらにして観られるとは、なんたる幸運であろうか。
などと一人で盛り上がっていたら、ここでも今夜か明日の夜に観られるはずやでと、夫がさらりと言うではないか!
うっひゃ〜!
だがしかし…どちらの夜も思いっきり曇ってしまって、オーロラのオの字も観られなかったのであった😭

壮大な自然の風景の続きとしてはちょいと地味なのであるが、4年目にしてやっと花を咲かせてくれたあやめさんを紹介させてもらおう。
このあやめさんは、友人のA美ちゃんから分けてもらったもので、毎年春になるとニョキニョキと葉が生えてきて大きくなるのだけど、一度も花を咲かせてくれなかった。
それが今年はいきなりの満開!嬉しいったらもう。

つぼみからして妖艶そのもの。

よくよく見ると、黄色い花もあるようだ。

その横で素朴に咲いている雑草の花。

そして、あやめさんたちからちょっと離れたところにぼんやり立ち止まっているのはうさぎさんである。


なぜか近寄って行っても逃げようとしない。

紫といえば、うちにはジャイアン藤がいらっしゃる。


伸びた根っこが庭中に蔓延っていて、気をつけていないと引っかかって転けそうになるので、いつかはちゃんと手入れをして規模を小さくしないといけないと思っているのだが、やらなければならないことが多過ぎて、それがいつになるのかはわからない。
家を持ったら最後、エンドレスだよ〜といろんな人たちから言われたのだけど、全くその通りだと思う今日この頃である😅

アメリカンな『母の日』とジャパニーズな『土作り』

2024年05月14日 | 家族とわたし
保育園児だった頃の息子たちから、母の日を祝ってもらえるようになったのは、今から34年前のことだ。
まあ、保育園時代の彼らは、『母の日』の意味などわからないまま、先生に言われた通りに鍋敷きを作ったり絵を描いたりして、それらの裏側に先生が「おかあさんありがとう」という言葉と一緒に彼らの名前を書き込んでくれた。
今やコンピューターエンジニアとして中堅の働き手となった彼らから、今年はお小遣いをもらった。
ありがたや〜。

どこもかしこも母の日を祝う家族でいっぱいだったが、エチオピア料理のレストランで予約が取れたので、ランチを食べに行った。


タイトルの写真は、帰り際にいただいた一輪のバラ。
レストランに来た女性は全員、このバラを渡されるみたい。

こちらでは『母の日』はめちゃくちゃ大騒ぎになる。
1週間前にもなると、出かける先々で、ちょっとした知り合いからでも「Happy Mother's Day!!」と声をかけられる。
楽しい母の日になりますように、という感じなんだけど、それはそれでいいことなんだけど、たまにう〜ん…と考えてしまうことがある。
だって、この世はほんと、人それぞれだから。
わたしはたまたま、ありがたいことにこの歳になって、理不尽なことや不幸なことから遠ざかることができて、これまでもずっとなんのこともなく普通に生きてきたみたいな顔をして暮らしている。
そして息子たちはどちらも、はちゃめちゃな親の行為に巻き込まれ、それはそれは大変な人生を送らざるを得なくなったのにも関わらず、グレもせず立派な大人になってくれた。
だから、誰から「Happy Mother's Day!!」と声をかけられても、自然に笑みがわいてきて、「Happy Mather's Day to you, too!!」と返事する。

でもね、例えばわたしは、母親になってからでもとてつもなく大変で辛かった時があって、そんな時の無邪気な「Happy Mothar's Day!!」には落ち込んだなあ。
それに、こんなふうに誰彼なく挨拶がわりに言っちゃってたら、中には母親になることを選択しなかった、あるいはなりたくてもなれなかった、もっと言えば、母親だったけど、いろんな事情で別れたり死別するというような、とんでもなく悲しいことが起こった人には辛い挨拶になるんじゃないかな。
でもまあ、お国柄というのか、成人したと見受けられる女性には、その人に子どもがいようがいまいが、言っちゃってる。
冒頭に言ったように、レストランなんかだと、成人女性全員に一輪の花がプレゼントされる。
あんまり難しく考えない方がいいのかなあ…。


母の日は家事をしない。
そういう決まりになっているんだけど、菜園の土作りだけはどうしても終わらせておきたかったので、渋る夫にお願いして手伝ってもらった。
師匠は日本野菜専門の農場主、鈴木さんである。
彼は毎年4月末から3週間、週末の土曜日に、デラウェア州からフェリーに乗って野菜の苗を売りに来てくれるのだが、わたしは毎年その苗を買うのが楽しみで、買いに行くと必ず鈴木さんにあれやこれやの質問をする。
鈴木さんはそのいちいちに丁寧に答えてくれる。
一昨年から発生したランタンフライの被害について話すと、どうやら鈴木さんの農場にはまだ現れていないらしい。
あれがひとたび発生してしまうと、胡瓜に大きい被害が出ると思うので、デラウェアまで広がらないことを祈っている。
そんなことを話していると、じゃあ今回は思い切って、土を一から作り直しませんか?と言ってくれた。
教えてもらったことを実行してみた。

まずは土起こしをしたところに、おからの粉、窒素とマグネシウムとカルシウムの粉、そして自家製の枯葉をよく混ぜ、



そこに水をこれでもか!というほど大量にまき、黒いビニールですっぽり覆って2週間待つ。


この間に土の中はかなり高温になるので、害虫の卵は死滅する。
その後、土の中にどんどん良い菌が繁殖し、野菜がよく育つ環境が整うのだそうだ。
さて、うまくいきますかどうか、ワクワクドキドキの2週間なのである。

誕生日と牡丹桜と裏庭つくりと

2024年04月27日 | ひとりごと
なんだかもう月日が経つのが早くて、うかうかしていると月が変わっている。
1月から3月はいろいろとあったから仕方がないと思っていたけど、もう4月が終わって5月になるっていうのが…それをまた、昨日レッスンにやってきた小学生の生徒が言ってて、世界観というか時勢感というか、インターネットが世の中に根づいてからの時間の経ち方が、ガラリと変わったと思うのはわたしだけではないだろう。

今月のど真ん中に67回目の誕生日があって、長男くん夫婦と夫の母とわたしたちとの5人で、お祝いディナーを食べに行った。
前に住んでいた隣町の、美味しいと評判のイタリアンレストランで、グルテンフリーの魚介パスタをご馳走してもらった。

義母はバースデーケーキ(パイナップルのアップサイドダウンケーキ・黒っぽい部分はブルーベリー)を焼いてくれた。

次男くんは、自分たちが超気に入って使っている枕をプレゼントしてくれた。
The Purpleという会社の製品で、蜂の巣状の突起加工が施された表面部分は、ひんやりと心地良い肌触りだ。
わたしは普段、タオルを折りたたんで枕がわりにしているので、この分厚さは大丈夫だろうかとちょっと心配したけど、不思議な柔らかさと安定感が良い眠りをもたらせてくれる。
長男くんのおまけプレゼントのクッションといい、今年は二人ともにわたしの睡眠について考えてくれたようだ。
ありがたやありがたや😭


さて、ポンちゃんとヨシノ姉妹が咲かせてくれた花にさよならを言って1週間が経った頃から、牡丹桜の最盛期に入った。
通りのあちらこちらで盛大に賑わっている牡丹桜は、いつ見ても笑顔にしてくれる。




そしてお隣さんの歩道のチューリップ花壇は、年々面白くなっている。




うちの前庭の、毎年蘇ってきてくれる草花たち。








茗荷もぼちぼちと。


これは、1時間ばかり車を運転して通ってきてくれている生徒さんが、わたしが知らないうちに植えてくれていた花。


先週末から、裏庭に通じる階段の改造作業が始まった。





ついでにといってはなんだが、ここに越してから15年が経ち、その間ずっと放ったらかしていた(見て見ぬ振りをしてきた)庭の整備を、ぼちぼち始めようではないかということになり、小さなパティオを造ってもらうことにした。
台所からスッと外に出られるウッドデッキを造るというのがわたしの夢だったんだけど、費用を考えるとそれは叶わぬ夢で、だからこれから歳をとっても階段の上り下りができるよう、足腰を鍛えていかなければならない。
その小さなパティオにしても、ほんの数段の小さな階段にしても、50年100年越しのセメントやレンガを打ち砕き、土台を一からやり直すのがどれほど大変なことか、毎日作業に来てくれる人たちの様子を見て思い知らされる。
どの作業の過程も興味深く、写真を撮りたくてうずうずしてしまうのだけど、邪魔になりたくないし、誤解されたくもない(自分たちの作業を疑っているのかとか)ので、じっと我慢している。

夫のオフィスも引っ越しが決まり、今週末はその作業を終えなければならない。
夫にとってこれが三回目の引っ越しになる。
今まではどちらも車で5分強のところにあったので、よくギリギリまで家にいて慌てて出かけることが多かったけど、今度のは15分強かかるので、出勤の準備パターンを変える必要がある。
まあそれはそれとして、自営の仕事場を変えるというのは大変なことである。
名刺はもちろんのこと、パンフレットやネット上の記載を変更しなければならないし、患者さんたちにも伝えなければならない。
今回は距離的にもちょっと離れるので、これまでの場所に馴染んでいる患者さんたちの中には、不便さを感じる人が出てくるかもしれない。
そんなあれやこれやを、それでなくても年がら年中何かしらについて考える癖のある夫は、今まで以上に考えているんだろうと思う。
わたしにできることは高が知れているけど、引っ越し作業はもちろん、できることを見つけて手伝っていこうと思う。
たとえば、患者さん用のガウンの洗濯してきれいにたたむとか…😅。
え?それはショボ過ぎる?
ケンチャナケンチャナ〜😁

米国「2024年版・桜公園での皆既日食」事情

2024年04月09日 | 米国○○事情
今回の皆既日食は、北アメリカ本土を横断するというので、かなり盛り上がっていた。
夫の母は夫の姉と一緒に、その皆既日食のスポット巡りに出かけて行った。
そういう騒ぎには常に出遅れる我々は、いつもの如く、観察用のメガネも買い求めないまま一日前となり、慌ててあちこち探し回っても、結局どこもかしこも売り切れてしまっていた。
ここニュージャージー州は、完全な皆既日食を見ることはできないらしく、それでも90%ぐらいまで隠れるということなので、薄暗くなるのを肉眼で楽しもうということになった。
たまたま春休みでレッスンを休む生徒も多く、夫も患者が少なかったので、お互いに午前中の仕事を済ませてから、近くの桜公園に行くことにした。

公園近くの有名な教会。名前は全く覚えていない😅

今年は満開になるのが例年より早い。




そろそろ始まったみたいだ。


こんな立札は前には無かったな。


皆既日食はすでに始まっているので、肉眼で太陽を見てはいけないのだけど、ついつい…。




カメラではなかなか、わたしたちが肌で感じた薄暗さっていうのが写せないのだけど、ちゃんと普通に見えているようで見えていない、なんだか別の世界にワープしたような気がした。












太陽って9割が隠されてもあんなに世の中を明るく保てるんだな。
そのことにすごくびっくりした。
思ってたより暗くならなかったし、景色もそれほど変わらなかったように思われたけど、家に戻ったら二人ともふらふらに。
え?なんでこんなに疲れてるんだ?って思うほどぐったりして、それは寝る直前までずっと続いた。
きっと、あの公園で、肉眼では見えなかったけど太陽がスッポリと隠れていた数分間に、わたしたちは吸い取られたんだと思う。
何を?
何かを。

JAZZ VESPERS at Bethany Baptist Church

2024年04月09日 | 日本とわたし
毎月第一土曜日に開かれる「JAZZ VESPERS」に再び行ってきた。
「VESPERS」ってなんぞや?とわたしはずっと思っていて、今更ながら夫に尋ねると、「教会で土曜日の晩に歌を歌ったり祈ったりする行事のこと」と答えた。
「ほんじゃ、なぜこの教会はその歌や祈りをJAZZにしたん?」と聞くと、「知らん」と一言。
それで今回は、教会で上の立場にいそうな人を見つけて、その成り立ちについて質問をしてみた。
彼女はその時プログラムの準備に忙しくしていて、「あなたの質問にはちゃんと答えたいので、名前とメールアドレスを教えて」と言ってくれたので、今は彼女からの連絡待ちである。
それでとりあえずネットで調べてみると、
VESPERS(晩課・ばんか)とは、正教会の晩の奉神礼、およびカトリック教会の晩の典礼をいう。
英語の"Vespers"に対応する、両教派に共通する訳語であるが、教派によって構成はかなり異なっている。
と書かれているのだが、これではあまり意味がわからない😅。

雲がなかなか面白い夕方だった。

このBethany Baptist Churchの建物は独特なのである。

音響の調整がなかなか上手くいかないらしく、開演が40分ほど遅れたので、礼拝堂の隣の部屋で待つ。

ようやく演奏会場となる礼拝堂に移動し、演奏が始まった。

サックスとトランペット、ベースとピアノとドラムの5人編成で、中心人物のCamilleさんはまだ大学を卒業したての若者さん。
大学の専攻は音楽じゃなくて科学。でも彼女はサックスはもちろんのこと、バスクラリネット、フルート、ピッコロを演奏し、そしてとんでもなく歌が上手い。
特にスキャットがすごくて、それはもう声というか楽器というか、思うがままに、感じるがままに、自由に浮遊するフレーズで、聴いていてとても心地よかった。


ピアニストさんだけは肉眼では見えない場所で演奏していたので、モニター画面から紹介。

献金タイム。差し出されたカゴに好きなだけ入れる。

天井はこんな感じ。

この日の牧師さんのお話は、すごくノリがあって面白かったのだけど、どんどん加速していって話が長くなっていき、わたしは少々飽きてしまった。
でもあのリズムの良さには惹きつけられる。
なんかブロードウェイの役者の演技を見ているような気分にもなった。
ほんと、いろいろだなあ。
次は5月の第一土曜日。
その時までにはこの教会のJAZZ VESPERSの成り立ちが判明している、かな?

米国「かなり自己満足な桜まつり」事情

2024年04月09日 | 米国○○事情
先週はずっと雨が降り続けて、しかも最後の二日間は強風と雷まで加わって、ぽんちゃんの花びらはもうもたないだろうと諦めたのだが…雨雲が去り、春の霞がすっきりと消えた青空の下、まだまだ美人のぽんちゃんだった。




家の前の歩道横の芝生も、そろそろ芽が出始めた。

裏庭のソメイ姉妹も満開を迎え、枝を天空に向けてしっかりと伸ばしている。

去年から急にぐんと背が高くなったと思ったら、花の数も何倍も増えた。








お隣の家の塀の前にも春!

【台湾地震】発生後3時間で避難所…スピード開設ができたワケ

2024年04月05日 | 世界とわたし
今朝、遅い朝ごはんを食べている最中に、家がゆらゆらと揺れ始めました。
え、なに、まさか揺れてる?とビビりまくりながら、テーブルの下にもぐろうかどうか思案すること30秒あまり、いやらしいほどに長く揺れた地震でした。
震源地はニュージャージー州ホワイトハウスステーション付近で、マグネチュードは4.7だったことを知り、愕然としています。
ホワイトハウスステーションってどこ?と思って調べてみました。
熱気球を上げるお祭りやアンティークショップで有名な、風光明媚な街です。

東海岸に引っ越してきた理由の一つが、ここは滅多に揺れないところだから、だったのに…😭
万が一、ここで規模の大きな地震が発生したら、慣れないことに右往左往して、とんでもない騒動になるだろうなあ、と思います。

でも、日本ほどの地震大国であっても、過去に何万回もの経験を積んでいても、いまだに避難所では雑魚寝が続き、被災地の自治体やボランティア、そして自衛隊のみなさんに援助活動を丸投げし、改善策も新しいシステム作りも為されないということを、もっと問題視するべきじゃないかと思います。

【台湾地震】発生後3時間で避難所…スピード開設ができたワケ 

花蓮の避難所にやってきました。
震源から最も近い街ということで、こちらの避難所なんですけれども、普段は小学校として使われているもの、その体育館が現在、避難所になっています。
避難所を運営する市役所の方にお話を伺ったところ、現在は80人近くがこちらに身を寄せている、ということです。

後ろのスペースには、避難されている方が食事をするスペースとして、テントがいくつも設置されています。

運営する市役所の方にお話を伺ったところ、避難所の中に食事の匂いがこもらないように、あえて外に設置をした、というふうに聞きました。

それでは、特別な許可いただいておりますので、これから避難の中で取材をさせていただきます。

たくさんの方が避難をされているということで、いくつかのブースがあるんですが、まずこちらのブースでは、地震が起きた時に、携帯電話などを持って出ることができなかった方のために、電話を使えるようになっています

また、Wi-Fi、インターネットも、全て無料で使用できるということなんです。


中をお邪魔してみますと、たくさんのテントが並べられています。

その手前には、被災されたみなさんが、自由に取ることができる食事が並んでいます。
お菓子や食べ物、こちらにはピザといった温かい食事も用意されていました。

奥に目を転じてみますと、タオルやティッシュ、さらには石鹸や歯磨きなど、日用品もたくさんこちらに届いています

こういった物は、被災された方が自由に利用することができるそうです。

そして私の後ろに並んでいるのがテントですけれども、プライベートな空間が守られた作りになっています。
こちらのテント1つにつき最大で6人寝泊まりすることができるそうで、現在こちらにはベッドが2台用意されています。


こういったテントが、現時点で、46個設置されているということなんです。
実はこの花蓮なんですけれども、6年前にも大きな地震がありました。
その時には、この避難所ができるのが、地震発生からおよそ1日かかったということなんですが、今回は、地震発生後3時間で避難所ができて、受け入れが可能になったということなんです。

台湾の今の避難所の環境が、とても整っているように感じてびっくりしました。
能登の避難所では、1ヵ月たってもまだ雑魚寝が続いているような状況のところもありまして、なぜこの台湾ではスピード感を持って、避難所の環境を整えることができるんでしょうか。

そのあたりを運営する市役所のスタッフに伺ったんですけれども、実は市役所だけではなくて、支援する民間団体が本当にたくさんあるということなんですね。

台湾では、6年前に、17人が亡くなった大きな地震があったんですけれども、その時には、避難された住人のプライベートを守るというような空間が全くなかったそうです。
また、食事も寝泊まりするスペースでされていて、匂いがこもってしまったということで、今回その経験を生かして、ボランティアの団体支援団体との連絡線を事前に作っていて、災害が起きたときに、まずその民間団体に連絡をする、そして連絡をしたら、町中にその民間団体が持っている倉庫があるそうで、その倉庫からこちらの避難所に、物資が送られるようにシステムを既に作っていた、
ということなんですね。



とてもスピーディーなんですね。
避難されているみなさんは、避難所の生活について、どんなことを話していらっしゃるんでしょうか。

こちらには、80人近くの方が現在避難されていますけれども、今回、17歳の男性にお話を伺ったんです。

「今、避難所で足りていないものはありますか」と聞いたところ、「特にありません」とおっしゃっていたんですね。
「いろいろな人が支援をしてくれていると感じている」とお話になっていました。

この17歳の男性、6年前の大きな地震の時にも、この、まさにこの避難所を使っていたということなんですけれども、その時には「プライバシーが守られる空間がなかった、食事の匂いが充満していた、それが改善されている」というふうに語っていました。

避難所を応援するスタッフの方にお話を伺ったら、「現在この状況に満足していることではなくて、さらにもっと広いスペースが必要なんじゃないか」ということも語っていました。
というのも、「災害が起きたときには、被災されたみなさんの健康、さらにメンタルケアが大切だ」と言ってるんですね。
今こちらにも、マッサージをするようなスペースがあったり、この体のケア、そしてメンタルのケアというのが非常に意識されている避難所だな、ということを強く感じました。

こういった避難所の開設、さらには物資の提供がすばやくできるように心がけているということで、これまでの経験を活かして、そしてそこにとどまることなく、何か災害が起きたときに迅速に被災者の皆さんに寄り添えるようなシステム作りができている、と強く感じました。


おまけ

ぽんちゃんとの15回目の春

2024年04月05日 | ひとりごと
ぽんちゃんがめでたく満開を迎えた日は、雨降りが続いた3日目。
枝や幹は真っ黒で、うす桃色の雪洞は水分をたっぷり吸っていかにも重たげだった。
その夜、嵐のような風が吹きはじめ、それは4日目の朝も続いていて、極めつけは夜の雷嵐だった。
ぶっとい枝もがブゥーンブゥーンと、右に左に、上に下に、大揺れに揺れている。
稲光の中に一瞬浮かび上がるぽんちゃんが、花びらを大量に散らせている。
春の嵐に腹を立てたところでどうしようもないのだけれど、何もそこまで荒れなくてもいいじゃないかと思いながら、しばらく窓から眺めていた。

一夜明けて嵐が去り、4日ぶりに雨も上がった。
相当散ってしまっただろうと思っていたが、まだそれなりにいい感じだ。
これはわたしの寝室の窓から見えるぽんちゃん。

さてここからは、ただただひたすらに、ぽんちゃんの花顔アップ写真が続きます😅。









レンズを向ける場所によっていろんな顔を見せてくれるぽんちゃん。
毎年ほんとうにありがとう🌸
愛してるよ〜❣️

最近の楽しかったこと嬉しかったこと

2024年04月02日 | 日本とわたし
タイトルの写真は、雑誌のニューヨーカーに掲載されてた挿絵。
夫が見つけて教えてくれた。
その日は一日中、これを見てはクスクス笑ってた。


これは先日、シアトル在住の次男くんが送ってきてくれたインスタントラーメン。

一蘭ラーメンという、ラーメンマニアの間では有名なラーメンなのらしい。
グルテンフリーだけどいただくことにした。
豚骨スープと細麺、そしてピリ辛の赤い粉、作り方を忠実に守り、ゆで卵と大量のネギと薄切り椎茸を足して食べた。
激ウマ!


これは去年のクリスマスに義弟がプレゼントしてくれたポップコーンメーカー。


夫は次々と新しい味付けのアイディアを試している。
オリーブオイルとカレーパウダー、オリーブオイルと擦りニンニクと乾燥ディル、さてさて、お次は何が出てくるか。


まうみはカエルが好きなの?と新しく入ってきた生徒さんや親御さんによく聞かれる。
はい、大好きでございます!



幼少の頃、田んぼとかで捕まえて、お尻の穴からストローを突っ込んで、プープー吹いていじめてたことは内緒内緒😅

春が来た!どこに来た?ここに来た!

2024年04月02日 | 日本とわたし
ようやく来てくれた春。
ぽんちゃんの花が開き始めた。

自生の花たちもいっぺんに咲き始める。


紫陽花の新芽も出てきた。

A美ちゃんから株分けしてもらったアヤメも元気に姿を現してくれたのだけど、3年目の今年こそは花を咲かせてくれるかなあ。

ヨシノ姉妹のつぼみもふくらんできた。



お昼寝石さんのキラキラが写せないのはすごく残念!

玄関ポーチからのぽんちゃん。

とうとう始まった垣根の剪定。葉っぱが茂ってくれないと、前庭が丸見えなのである😅


この家に引っ越してきてから早や15年、歩道横の芝生は枯れ放題、なので散歩の犬が好んでウンチをしていたのだけど、今回とうとう新たに芝生を植えた。
さて、どうなることやら。

週明けから雨続きという予報が出ていたので、重い腰を上げて裏庭に出た。
菜園はこの通り、豆科の雑草に覆い尽くされていた。

よくよく見ると可愛らしいのである。


でもまあ、とりあえず、ささっと土を耕しておくことにした。

すると夫も出てきて、最近手に入れた日本製の、夫曰く、危険なほどによく切れるノコギリ刃が付いた道具で、枯れ木をゴリゴリと切り始めた。


ヨシノ姉妹の開花開始!




なんちゃってモザイク遊びをするための材料集め。
全部掘り起こしてきたもの。

石っころも拾い集めてきた。

庭仕事?遊び?のあとは、二人で夕飯作り。
夫がシェフでわたしは助手😅