ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

『その日のあとで~フクシマとチェルノブイリの今~』

2011年06月30日 | 日本とわたし
産経の意味不明&うそつき『主張』、原発事故を想定した(本人達はしたらしい……)オチャラケ訓練、あっちゃこっちゃであったヤクザ電力会社の『ああ総会』、

知らん間に、泥や食物の放射能汚染をとんでもない数値でもオッケーにして、全国にばらまきまくって知らんぷりの役所や企業や自治体、

あっちもこっちも、どいつもこいつも、信じられへん級の犯罪もどき、いや、ほんまもんの悪事をやり放題。

それを、言いとうても言えんのか、別に他人事なんか、言う気も無いんかなんか知らんけど、
なんら行動もせず、声明も出さず、警告もせず、ダンマリを続けてる検察、世界保険機構、ほんで国連。
あかんわこりゃ。
見捨てられたわ。
っていうか、己が蒔いた種ぐらい己で刈っとけっちゅうことか。

まあほんまに、ここまで毎日、バラエティに富んだガッカリが続くと、さすがに凹む。
けど、凹むのはだいたい20分ぐらいにしとかなね。
 
*送電線の国有化(自由化)→7/4日〆切
*団扇で脱原発を呼びかけようプロジェクト→これは夏祭り限定なので、地域別に〆切
*福島の子供達を守ろう!
*ふんばろう東日本支援プロジェクト(渡す人、渡される人の顔が見える、新しい支援の仕方)

……他にもいっぱい!
わたしにもできること、できんこと、それははっきりしてるのやけど、こんなとこからでもできることは数知れず。
そやから凹んでる場合なんかとちゃうわけで。

でも、やっぱりいい気(エネルギー)は必要。
阿呆連中がやらかす阿呆物語で頭がおかしいならんためにも、池田香代子さんのブログをちょくちょく覗きにいく。
またええこと教えてもろた。
どっかの民放と違て、かなりまともな神経を保ってくれてる毎日放送。
わたしはもちろん、そんな番組は観られへん。

毎日放送はかつて、原発をずっと反対している小出裕章氏をとりあげたドキュメンタリーで、電通や関西電力の圧力を受けた局。
確か、CMの撤退やらスポンサーを降りるとかいう脅迫やら、挙げ句の果てには、原発安全教育番組を強要してきたらしい……。
毎日ラジオ局も3.11以降、それこそ毎日のように、小出氏にインタビューをして、それを逐一流す『たね蒔きジャーナル』という番組をやっていて、
福島原発の矛盾や現状を、他のマスコミのようなウソはつかずに伝えてくれてる。
ほんでそれは全部、YonTubeに載るので、海外のどこに居る者にも聞くことができる。

その、池田さん曰く、"さすがの"毎日放送が、またしても骨太の作品を放映してくれた。
「その日」、つまり3.11からの小出さんと今中哲二さんの行動を追い、その思いを伝えるもの。

ひとりでも多くの人に見て欲しいと言わはる池田さん同様、わたしも同じ願いを込めて、ここに載せます。







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夏の庭便り

2011年06月30日 | ひとりごと
そうそう、東海岸の夏はこうでなくっちゃ!という幸せな気分になる、なんとも清々しい朝。
サラサラの涼しい風が吹き、空は青く澄みわたり、鳥達が思い思いの歌を歌い、モクモクと元気な雲が気流に流されていきます。

キュウリの赤ちゃんもずいぶんキュウリらしくなってきました。トゲがイッチョマエに痛いです!


「もしもし菊菜さん、あんたはなんでそんなにやせっぽちなん?」「そんなことキクナ(←旦那の得意ギャグ)!わての勝手や!」


畑の中にもラブ!禁断の愛に身をよじらせるキュウリさんとシュガースナップさん。


今日の献立のヒーロー達。パツッパツにフレッシュな日本ピーマン君とバジル。豚のひき肉と一緒に美味しい一品になっていただく予定。


さて、後ろの庭ではこの方々。今年も元気に実をつけてくれました。


横っちょでひっそり咲いてた白い花。よく見ると、各花びらに、ポツンとちっちゃな穴があいてます。不思議だなあ~。


線香花火みたい。こういうのがけっこう好きなのです。


おぉ~懐かしい!この草で、弟とよく、相撲ごっこをして遊びました。


この葉っぱ、一枚の横幅が50㎝以上はあります。光合成、すごいでしょうねえ。


夏空に焦点を合わせると……。


おまけ。
おしくらまんじゅう続行中の、すが子さんのアジサイと旦那のカエデ。なんとかせなあかんなあ~と思いながら放っといてます……。
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やっぱり無視できひんわ産経のクソ主張!

2011年06月29日 | 日本とわたし
産經ウェブ新聞6.30日付けの主張。
玄海原発 再稼働の動きを歓迎する


『原発再稼働の兆しがようやくひとつ、見えてきた。歓迎したい。←はいはい、どうぞご勝手に。

定期検査で停止中の九州電力玄海原発の運転再開を目指し、海江田万里経済産業相が地元の佐賀県を訪れ、古川康知事や岸本英雄・玄海町長に理解を求めた。←国民の放射能汚染対策には超~鈍足やのに、この素早さやはなんじゃ?

古川知事は「安全性は確認できた」と前向きに応じ、岸本町長も「私の判断を固めさせてくれた」と、再稼働容認の姿勢をにじませた。←あんたらの確認やら判断は、そんな簡単なことでできたり固まったりするんか!

ここは、菅直人首相自らが地元説得に乗り出すときだろう。←余計なお世話や!菅さんに成り代わりお返事申し上げといたるわ!

東京電力福島第1原子力発電所事故の影響で、定期検査完了後も運転できない原発が増え、全国で54基ある原発のうち35基が停止中だ。←それが地球の常識やん。今再稼働してみ?気でも狂てんのかと思われるし……。

稼働可能な原発には東日本大震災後、緊急の安全強化策が実施され、すでに国により安全性が確認されている。←その国ちゃうん?己の国をぐちゃぐちゃにしたんは!そんな、たかが3ヶ月で、どんな災害がきても絶対安全ですって、どないして確認するん?脳みそ残ってるあんた?

にもかかわらず、地元自治体の多くが「安全確保の説明が不十分」と反発し、再稼働の見通しは全く立っていない。←再稼働なんてもうあったらあかんねん。この先、日本には地震が全く起こらへんっていう保証できひんねんから。

こうした中で、佐賀県の判断は他の原発立地の自治体に大きな影響を及ぼす。←アホの影響は確かに意外とおっきい。 

玄海を第一歩に、ひとつひとつ再稼働を実現させていくことが、政府の責務である。←玄海を最後に、ひとつひとつ廃炉を実現させていくことが、政府の責務でぇ~す!

最大の障害は、安全性に関する国の説明が不足している点ではないか。←もうあんたにはなに言うても、説明してもあかんことがわかった。逆に質問。原発が事故を起こさへん絶対的な安全ってなに?こっちはもうずっと、原発に安全は無いって説明してるねんから、今度はそっちが、絶対安全が存在するっていう説明をわかり易う説明して!

首相も再稼働を口にはしながら、エネルギー政策における原子力の位置付けを明確にせず、姿勢に一貫性がない。←一貫してはるやん、この頃は。原子力は明確に位置付けできる代物やない言うてはるやん。

それが不信を招き、ひいては「脱原発」ムードを広げている。←あんた、ほんま誰?人間?生きてる?報道読んでる?

古川知事も「総理がどうお考えかが重要だ」と、トップの曖昧な態度を批判した。←総理がどうお考えかって……そんな人任せな仕事か、あんたの仕事は!

電力需要の約3割をまかなってきた原発が全面停止すれば、経済への影響は計り知れない。←どんなふうに計り知れへんの?

5月の鉱工業生産指数は前月比5.7%上昇し、復調を見せてきた。←生産指数は、その時々の情勢によって変わるねん。そんな一時の%で簡単に復調とか言えんのか!

電力供給に支障が生じれば、そうした復興の動きを鈍らせてしまう。←今は目先の工業復興よりも、被災者だけに留まらんようになってしもたほぼ半数の国民の放射能汚染対策と、被災者の支援と、二度とおんなじような事故が起こらんように、次の大型地震に備えた廃炉。それが先決中の先決!

28,29の両日、東京電力をはじめ全国の電力会社の株主総会が開かれ、焦点となった「脱原発」の株主提案は全て否決された。←当たり前やんか。黒幕が筆頭株主&大株主やねんから。今までもそうやって原発一筋GO!GO!GO!やったんやろ?

関西電力の総会に出席した筆頭株主の大阪市の平松邦夫市長も、風力や太陽光など再生可能エネルギー推進を求めつつも、原発事業からの撤退には反対意向を示した。←このウソの文章、記者として恥ずかしないん?もうプライドとか捨てたん?マジであんたのこと軽蔑しとなってきたわ。
あんまりやから、正しい報道を載せときます。


『総会には、筆頭株主の大阪市の平松邦夫市長が出席。
「原発の安全性、電力供給のありかたが問われている。
関電が中心になって、新エネルギーの開発に取り組むことが企業の社会的責任を果たすことと考えている」として、
太陽光や風力など新エネルギーへの転換の必要性を訴え、『脱原発』について意見表明した』


中長期的な再生可能エネルギーの推進は、エネルギー安全保障の観点からも重要であり、原発との間で賢明なバランスを取ることが必要だ。←百歩譲って賛成。エネルギーの転換時期には、危険極まりない震源地上に建ってる原発、古い原発をまず即刻廃炉し、できるだけ速やかに、残りを廃炉にしながら転換を図る。それが賢明なバランス。

首相は地元の不安払拭のため、その戦略を自らの言葉で直接、住民に語りかけるべきだ。←そんなアホらしい戦略、誰が語りたいかいな!あんたの家族もうんざりしてはるわ。ほんま、あんた誰?人間ちゃうやろ!
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まるでコントな玄海原発の『全電源喪失想定訓練』

2011年06月29日 | 日本とわたし
笑い泣きしました。
ざまあみやがれい!さんの解説が可笑しゅうて、けどもほんまはめちゃくちゃ恐いのに、それを笑てしもてる自分が恐ろしゅうて……。

↓全文ここに紹介します。




この画像を見て、胸騒ぎがしない人がいるだろうか。

海江田経済産業大臣がわざわざ赴いて、稼働をお願いした玄海原発。
だが、佐賀県知事は、稼働に慎重な姿勢をみせている。

それもそのはず。
ここに一つの動画がある。
玄海原発が全電源を喪失した、と想定した訓練を報じた、報道番組の動画だ。

見れば見るほど、玄海原発に不安を抱かせる出来栄えとなっている。
海江田大臣がこれを知って「玄海原発再稼働OK」とみなしたなら、彼の眼はどうかしている。
ひょっとして海江田大臣は、視力を喪失しているのかもしれない。



動画では、全電源喪失を想定した訓練、と銘打った訓練だ。
だが、役に立たない訓練であることが十分理解できる内容となっている。
動画を見ていただければ一目瞭然だが、以下、その酷さを解説していく。



報道の冒頭。

アナウンサーの不安げな顔に胸騒ぎがする。
アナウンサーの自信をも喪失させる「全電源喪失想定の訓練」とは、いったいどのようなものだろうか。

左上のホースで放水している画像が、更に不安をかきたてる。
人間がホースで水をかけるこの様子は、いったい何の訓練なのだろうか。
私が想像する「全電源喪失想定の訓練」には、このようなのどかな風景はない。



●動画ナレーション「福島第一原発の事故を受けた訓練。九州電力と関連会社80人が参加しました。」

玄海原発は、全電源喪失の際に、80人の人数で対処できるという見通しのようだ。
玄海原発に関わる職員は、スーパーマンなのかもしれない。

さらに、防護服の着用もしていない。

防護服の着用をするほどの時間もない緊急対応の訓練なのだろうか。
まさか、防護服も全喪失した、と想定しているのだろうか。

だとしても、ピリっとしていない。
しかも彼等が集まっている場所は、次ような場所なのだ。





このように、原発の原子炉建屋(右側)のとなりにある建物の正面なのだ。
どうやら、この建物の正面のスペースは、神の力で守られた、絶対になくならない場所のようだ。

全電源喪失は、どのようなときに起こるのだろうか。

福島原発事故の際は、地震によって電源を送る鉄塔が倒壊して全電源喪失が起き、そののちに津波があたり一面に押し寄せた。

玄海原発の全電源喪失は、どのように起きるのだろうか。
この訓練風景を見る限り、自然災害もなく、突然、全電源喪失が起こるとしか考えられない。
繰り返す。
玄海原発は、自然災害も発生しないのに、突然全電源喪失が起きるという想定をしている。

玄海原発は、なかなかに壊れやすい原発だ。

もし自然災害がおきてからの全電源喪失を想定した場合は、このような場所に80人が集合することは出来ない。



●動画ナレーション「まず、最初に1キロほど離れた保管場所から移動させた電源車を使い、非常要電源ケーブル接続の確認をした。」

福島原発の事故の際は、1キロほど離れた保管場所から移動させた電源車を用いての、非常用電源ケーブル接続は不可能だった。

だが、玄海原発の全電源喪失想定訓練は、1キロ程離れたところに電源車を保管している、と報じている。
また、電源車の保管場所が高台である、とは報じていない。
もし、電源車が平地に保管されている場合、地震や津波で、1キロほど離れた保管場所に被害がある可能性が大きい。

大丈夫か。

しかも、電源車のタイヤが小さい。

普通のトラックに使われているタイヤと、同じタイヤなのではないか、と胸騒ぎがして仕方がない。
そんなタイヤで、災害が起きた場所を移動してこられるのだろうか。

だが、彼等はこれを、全電源喪失を想定した訓練だとしている。
だとするならば、私は、この電源車になにか、特別な機能があるのではないか、と思わずにはいられない。

ひょっとすると、この電源車は、空を飛べるのかもしれない。
ならば、タイヤが普通のトラックのタイヤと同じでも問題はない。

いや、空を飛べる機能があったとしても、もし地震や津波の被害があれば、壊れてしまい使いものにならないだろう。

そもそも全電源喪失は、それが起きるほどの自然災害があることが必須条件だ。
その自然災害を念頭に入れた訓練ではないことが明らかだ





●動画ナレーション「次に移動式ポンプによる冷却水供給訓練を行いました」

あまりに小さいポンプ。
このポンプの性能について筆者は詳しくは知らないが、よほど凄いポンプなのだろうか。
これで全電源喪失という、原発が想定する限り最悪レベルの状況に対処できるのだろうか。

さらに何故か、高いところから道路への放水訓練。
冒頭でチラリと目に入ったホースによる放水はこれか。

いったい何を想定してやっているのか、首を捻らざるをえない。
何も無い道路に向かって、高いところから放水。
そこに燃料棒はないぞ。

ほんとうに大丈夫なのか、玄海原発。



●動画ナレーション「この後、計器類や監視装置が集中する中央制御室の運転操作訓練が行われ、職員が一連の流れをチェックしました。訓練は、国の緊急安全対策の指示を受けたもので、玄海原発4基で同時に行ないました。訓練は、停電で冷却装置が機能不全に陥った、福島第一原発の事故を踏まえたものです。」

停電で冷却装置が機能不全に陥った場合、メルトダウンは数日中に起きてしまうことが明らかになった。
この無防備な職員たちは、被曝するおそれがある。

なぜ防護服を着用した上で訓練しないのだろうか。
訓練は、実際に想定した事故が起きたときに、パニックにならないことを防ぐ意味もある。
だからこそ、想定した事故が起きたときの対処と同じように行う必要がある。
もし防護服を着て訓練し、不都合があった場合、それをフィードバックする必要もある。

中央の人物が、妙に腰を入れて気合が入っているように見える。
気合は必要だが、防護服のほうが必要だった。


●動画ナレーション「今週中にも、対応手順を定めた報告書を国に提出し、国は4月末までに妥当かどうかを検査します。」

国はどう判断したのだろうか。
海江田大臣は玄海原発の稼働にOKを出し、実際に現地でお願いしたほどだが、
この「全電源喪失訓練」は、実際の事故への想像力が欠如しており、訓練とは呼べない、と筆者は断言する。

素人目にも明らかだ。




『佐賀知事「理解できた」…玄海原発再開前向き

九州電力玄海原子力発電所2,3号機(佐賀県玄海町)の運転再開問題で、佐賀県の古川康知事は29日、海江田経済産業相との面会後に開いた記者会見で、玄海原発と政府が停止させた中部電力浜岡原発の違いは理解できた、と説明。

「安全性についてはクリアされた」と述べ、再開に前向きな姿勢を示した。

古川知事は、「(海江田経済産業相から)危ないところは政治がとめる、安全なところは政治が動かす、という言葉をいただいた。浜岡と玄海の違いは理解できた」と話した。
古川知事は、再開条件として、安全性の確認、県議会の議論、立地町の意向の3点を挙げていたが、安全性の確認と立地町の意向の2点はクリアした、と語った。

ただ、「今日をもって、玄海原発の再起動容認ではない」とした上で、「菅首相の真意を確かめたい」と言及。
県議会の動向が課題になる、との認識を示した。
(2011年6月29日16時41分 読売新聞)』


佐賀県知事・古川康氏は、脳みそを喪失しているのかもしれません。

いろいろ喪失してる佐賀県ですが、ブラックジョークだけは一級品のようです。

ーーーーー(追記)

コントの世界から皆さんを現実世界に引き戻すために、コメントを転載いたします。

『私の父親は、石炭や液化エチレンなどを運ぶ貨物船の乗組員でして、防護マスクをつけて仕事したことがあるそうです。
それで樋口健二「闇に消される原発被曝者」の(防護マスクをつけた溶接作業員の)表紙写真を見せて解説したら、
「自分がやったときは、連続15分も作業できない。防護マスクのフィルターが詰まってしまって息が苦しくなる。とても連続1時間で作業などできない」と言っていました。
最悪の事態を想定するなら、訓練に参加する作業員全員に防護マスクも含めて、C服(最も厳しい防護服の形式、堀江邦夫「原発ジプシー」に図あり)を着せてから訓練させるべきです。
あと、放水作業ですけど、九州中、いや西日本中の消防士を集めて訓練させないと納得できませんよ。
福島第一原発じゃあ消防庁のハイパーレスキュー隊とかいうのが出動させられたそうじゃないですか。
※父によると、防毒マスクに2つ口があるのは、1つだけだとそれが詰まったら呼吸ができなくなるから、余裕を持たせて2つ口があるのだそうです』


皆さんは、コントの世界と現実、どちらを選びますか。
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『原発ドリームランド』のススメ

2011年06月29日 | 日本とわたし
長いというてもまだ111日目。
けど、放射能の垂れ流しの日数としては長過ぎる。
しかもその垂れ流されてる放射能の量が桁違いに多い。

もし自分の子がまだ小ちゃくて、いろいろ気ぃつけてても無理があって、そのうち怠そうやったり鼻血出したり下痢したりし出したら、
きっとわたしは気が狂いそうになってるか、前後見境無く、とにかくどこかに引っ越してるやろと思う。

子供が無事に、明日も生きてくれる。
その希望ほど強く切ないもんはない。

次男が4才の時、旦那のアメリカの実家に初めて行かせてもろた旅行中に、川崎病にかかって重篤な状態になった。
誰も川崎病のことなんか知らんかったし、そもそも母親のわたしが医者嫌いやったんが災いした。
クリスマスイヴやったことも、医者に連れて行くのが遅れた原因やった。
ぐったりと意識が混濁してる息子に、3人の専門家(心臓・耳鼻科・小児科)の医師が群がって、即座にそれぞれの検査が始まった。
たまたまイヴに当直やった、その小児科の医師が、川崎病の権威やったことが幸いして、息子は一命を取り留めたばかりやなく、日本では認定されてなかった薬を、絶妙のタイミングで点滴してもらい、みるみるうちに回復した。

旅行後、日本に戻り、アメリカから持ち帰ったカルテをもとに治療が始まったけど、日赤のどの医者も、「ほんまに川崎病やったんですか?」と首を傾げてたほどに、息子の体内には、特有の後遺症である動脈瘤が、陰も形も見られなかった。
それでも、重篤やったということは事実やったんで、半年に一回、心臓と動脈瘤の検査を受けた。
「もし、お子さんが胸が苦しいとか、息の仕方がおかしかったりしたら、すぐに最寄りの病院に連れてってください」
この医者の言葉は、わたしの心にトゲのように突き刺さった。
上の息子と違て、特別やんちゃで、けったいなことをするのが大好きな子やっただけに、心配することは山ほどあった。
左胸のあたりに小ちゃい手がいくのを見るたび、わたしの心臓が冷とうなるような気がした。
「中学生ぐらいまで無事に生きられたら、多分ほぼ安心してもろてもいいです」
その時間が、途方もなく長く感じられた。

そやからほんの少しだけ、今の日本のおかあさん達の抱えてる心配がわたしにはわかる。
子供自身だってそう。心配してるのは親だけやない。そんな爆弾みたいなんを抱えてるんやもん。
その子の心の中には、暗くて重たい塊ができる。

そやからものすごく強く、そんな心配をする親や子供達をこれ以上増やさんためにも、
たかが電気のことに、恐ろしい放射能の汚染やゴミをまき散らさんよう、原発や核の利用を止めて欲しいと声に出すことにした。
声に出す限りは、ちゃんとその物事を知ろうと、いろんなものを読んだり見たりした。
まだまだ足らへんし、偏ってるかもしれんけど、それでも三ヶ月前よりはかなり視野が広うなった。

賛成してる人の意見、事情や理由もぎょうさん読んだ。
政治家や企業、それから自治体、そりゃもう、なんぼ読んでも知り尽くされへんほどに絡み合うてる。
総会があったけど、こんな事態になってても尚、大株主さまの言う通り。なんぼ挙手しようが屁のカッパ。
最初っからそうならそうと言うてぇな。
けれども、それにもメゲず、買い損を覚悟で、内部から原発を反対しようと株主を続けてくれてる人達もいる。

それで今日はこんなことを思た。
けど、思いつきやから、きっとまた変わると思う。
今日は特に疲れてるから、ちょっと投げやりっぽい思いつき。

『拝啓、原発推進の皆様、大株主、企業、政治家様。

わたしは原発には断固反対と考える者です。
けれども、なかなかその声はあなた方には届かず、いや、届いているとしても無視をされている状況が続いています。
そこで、賛成と反対のどちらも、とりあえずは尊重できるアイディアを考え出してみました。
なんといっても都会に一番電気が必要なのですから、そこに『原発ドリームランド』というのを作る。
送電するのも簡単。手間も費用もかかりません。電気代もうんと安くなります!
それに、もう原発が始まって40年近く経っているのですから、コンパクトで水のいらない小規模かつ高性能の原子炉が建てられます!
田舎の老朽化した原発は廃炉して、新しいカッコいい原発を、河やお堀のすぐ近くに建てることをお勧めします。

さて、都会に住まれている方々の中にも、反対されている方々がもちろんいらっしゃるはずですので、
その方々の暮らしと仕事、学校など、今までの生活がほぼ持続できる環境を提供する保証付きで、移転する。
原発施設の無い地域では、水力・火力発電の提供を受けながら、再生可能エネルギーの開発に勤め、
万が一(今となっては多分、万ではなく千、いや、百か十)に起こるであろう地震で、原発ドリームランドが崩壊しても立ち直れる準備をする。
こういう感じで、日本の再生、いや、存続を図ってはどうか?と思うに至りました。

いかがでしょうか?推進派の皆様。
ああ、そうでしたそうでした。小型もいいけど、地下型というのもありましたね。
すみませんでした。あまりに素晴らしいアイディア過ぎて、すっかり忘れておりました。
どうぞ、積極的にお建てください。あなた方が暮らしておられる家や会社のすぐそばに』
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池田香代子さんからの質問です。「ずっとウソだった」ってマジで言ってる?

2011年06月28日 | 日本とわたし
以前にも一度紹介した、池田香代子さんのブログ記事より『ずっとウソだった』ってマジで言ってる?を紹介したいと思います。

この記事は、先日の6月11日に行われた『脱原発100万人アクション』で、全国ネットを構築し、朝から晩まで中継を行った岩上安身氏の応援のために、池田さんがスタジオまで行かれた後に書かれたもので、
3.11から今日までの、わたしの心の中のわだかまりを、ぎゅっと鷲掴みして外に引っ張り出してくれました。


斉藤和義 ずっとウソだった


『斉藤さんは岩上さんのインタビューで、「なにも考えずにきてしまった自分にへこんだ」というようなことをおっしゃっていました。
私にも、原発の危険性を知りながら、これといってなにもしてこなかった自分への腹立ちがあります。

けれど、それだけだろうか、私たちはずっとウソに騙されていただけなんだろうか、というわだかまりがありました。
今もあります。
もちろん、25年前のチェルノブイリ事故からずっと原発を不安な気持ちでながめてきた私と、
あまり意識してこなかった斉藤さんたち若い世代の方がたでは、立場が違います。
また、原発立地道県と、そうではない都府県、さらには自分が住む市町村に原発がある人とない人とでは、情報量も思いも異なるでしょう。
つまり、ウソに騙されてきた、と言い切れる度合いが、人によって違うということです。

原発は、いったん事故が起きるとたいへん危険なものだから、絶対安全でなければならない、だから絶対安全に運転している──これが、私たちの多くがなんとなく納得してきた論法でした。
それで、スリーマイルで冷却材喪失事故が起きようが、チェルノブイリで炉心爆発事故が起きようが、あるいはそのたびに世界が原発に慎重になろうが、このくには独立独歩、原発推進にいそしんできました。
この奇観を許したのは、技術立国だという、また秘密国家ではない主権在民の民主主義国家だという自信があったからだと思います。

けれど、危険だから絶対安全とは、すこし冷静に考えれば、論理矛盾もはなはだしいことに気づきます。
しかもこのたびの震災原発事故で、このくには地震や津波に他国に数倍して、もしかしたら世界一脅かされていること、
そうした天災に、原発は技術的にも運営組織的にも、まったく抗う術をもたなかったことを、私たちは思い知らされました。

「危険だから絶対安全」が言い過ぎなら、「危険だけど私たちのもとでは絶対安全」と言い換えてもいいでしょう。
でも、まやかしであることに変わりはありません。
私たちのもとではという自信には根拠がなかった、ただの思い上がりだったということがばれてしまいました。
けれど、なぜこんな見え透いたまやかしがまかり通ってきたのでしょう。
なぜ私たちは、こんなウソにずっと騙されてきたのでしょう。

メインスタジオにいた間、思い出していた文章があります。
伊丹万作「戦争責任者の問題」です(こちらの「青空文庫」で読めます)。
これは1946年、敗戦翌年のエッセイですが、戦後、戦争に協力した責任が各方面で問われました。
伊丹が属する映画界も例外ではありません。
むしろ、戦意高揚のために劇映画やアニメーションを作り、テレビのない時代の映像ニュースを一手に引き受けていた一大メディア産業です。
いきおい、協力者追求もきびしくなります。
でも、と伊丹は立ち止まります。
みんなが、自分は騙されていた、と怒っている、
けれど、子どもはともかくとして、すべてのおとなは騙されると同時に騙してもいたのではないか、
これは正義の戦争だ、絶対に勝つ戦争だ、と。
そして、それにすこしでも背くと見られる言動を、お互い同士が身近であればあるほどきびしく批判しあい、締めつけあってきたのではないか。

「いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである」

伊丹はきびしくたたみかけます。
「だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。」
そして極めつきは、「『だまされていた』といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう」

この暗澹とした伊丹の予言はあたったのです。
絶対安全な原発というウソで塗り固められた、経済成長という名の一本道を、私たちはむしろ意気揚々と突き進み、世界のトップに躍り出るかと思われた時期もありました。
けれど、人口減少や世界情勢といった状況に、有効な手も打たずにのみこまれ、1人あたりGDPは08年には17位、2位のシンガポール、4位の香港のはるか後塵を拝することになっています。
幸せ度ランキングだと、順位はもっと下がります。

そこへきて、今回の大地震津波による原発事故です。
私たちは半世紀かけて滅びの支度をしてきたのかもしれません。
地震と津波の被災地への支援復興に投入したいエネルギーもお金も、原発事故のために大幅に削られ、それでもとうてい足りるはずのない後始末費用に、私たちは日々怯えています。
それ以前に、すでに降り積もってしまった、これからも降り積もるかも知れない放射性物質や、それを含んだ食品に怯えています。
豊かな暮らしどころか、次世代に命をつなぐことができるのだろうか、と。

「わがくにの原発に限って、重大な事故を起こすはずがない、
なぜならわがくには世界に誇る技術立国なのだから、
人材は優秀でアメリカのオペレーターのようなミスは起こさないし、
管轄する官僚や原子力エリートも優秀で旧ソ連のようないいかげんなことはない」
と、
「わがくにに限って、戦争に負けるはずがない、
なぜならわがくには神の国なのだから、きっと神風が吹くし、精神力では絶対に負けないのだから」。
1945年を鏡としたような、そっくりの精神構造です。

だけど、もうやめませんか、騙されるのは。
伊丹は書いています。
「現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである」
この「現在」は、残念ながら2011年でもあることを認め、思い切りへこんだらそれをバネにして、これからはすこしでもましな選択を重ねていきませんか。
なによりも、このていたらくにたいして責任の軽い、なのにより放射能に影響を受けやすい若い人びとや子どもたちのために。
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『心無い政府』の埋め合わせをする、目覚めた人々による『心ある政府』

2011年06月28日 | 日本とわたし
ダイヤモンド・オンライン「災害ユートピア」著者レベッカ・ソルニットさんへの、インタビュー記事からの一部です。

電力会社の、大株主によって粗方のことは決まっていた株主総会、政府が決定する様々な案件、変更し放題の基準値などなど。
このところ特に、がっかりしたり凹んだりのわたしには、彼女の言葉が心にしみました。



災害が起こってはじめて、人々は政府とは何か、いったい政府に何が期待できるのかを知ることができるし、深く考えることになる。

民主主義における政府の質の向上は、何といっても国民の圧力の大きさいかんにかかっている。

たいていの民主主義社会では、人々が積極的に政治参加していないので、国民のことを眼中に入れず自己利益の追求に走る政治家が多くなるものだ。
その意味でも、政府の過失を指弾し、国民への責任遂行を求める災害時の人々の怒りは極めて生産的なものだと言える。
また、機能不全に陥った政府のひどい姿を見て、一体政府とは何かを考えるようになることも悪いことではない。

政府は官僚制度で成り立っており、よくオバマ大統領がオーシャンライナー(スケジュール通りに大洋を渡る船)にたとえるように、大きくて動きが鈍い。
方向を変えるだけでも、計算とやりとりに大変な時間がかかる。

それに対して、災害時の最初の救援者は、市民社会、コミュニティ、近所の住民、あるいは、そこにたまたま居合わせた人々だろう。
普通の人々は、自己組織化に長けている。

ところが、政府は、地震や二次災害の火事が起こると、そのすべてに対応するリソースを持たない。

サンフランシスコ市は1906年と1989年に大地震に襲われ、その経験から非常に美しいことを言っている。
つまり、救済者は市民であって政府ではない、と。
だから、市民を管理すべき対象や敵としてではなく、協力者とみなし、彼らに訓練をほどこして必要な道具も与えている。
訓練を受けた市民の数はまだまだ十分ではないが、救援や消火、トリアージ(災害時の治療優先順位分け)を市民が自分たちで行えるようにしているのだ。

つまり、こういうことだ。
政府や企業など公式の組織は冷徹で、貧困を生み出し、食糧や医療や住まいに恵まれない人々を生み出す。
だが、非公式な組織がその埋め合わせをし、ホームレスの人々を助けたり、病院でボランティア活動をしたりしている。
目覚めた人々がいて、彼らが非公式な制度として、隠れた「心ある政府」として機能しているのだ。

災害は、彼らの存在を求めるだけでなく、顕著に光をあてるのだ。
この世は資本主義だと言われるが、こうした非公式な制度が多くの生命の持続を可能にしていることを忘れてはならない』


彼女は他にも、いろいろと気づかせてくれる言葉を、たくさん述べておられます。
上記の彼女の名前をクリックして、記事の全文を読んでみてください。
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開いた口、誰か塞いでください!

2011年06月27日 | 日本とわたし
『政府開発援助(ODA)配分など、2011年度の国際協力重点方針案が26日、判明した。
東日本大震災被災地の水産加工食品などを購入して、途上国に提供するなど、
国際社会にも「開かれた復興に資するためのODA活用を最優先課題とする」と明記。 
被災地に、外国人研修員を積極的に受け容れることで、風評被害防止にも取り組むとした。
津波被害にあった気仙沼、女川や八戸など、各漁港の缶詰など水産加工品を、ODA予算で優先的に買い上げ、食糧支援に充てることを想定。
放射性物質の安全検査も実施し、輸入規制のかかっている国にも提供を働きかける』

↑先日、東京新聞で報道された記事です。

わたしには全く意味がわかりません。
これは、よその国にも内部被曝をさせようということなのでしょうか?
そして、よその国の人をわざわざ汚染地域に招き、外部&内部のダブル被曝を体験させようということなのでしょうか?
途上国の人達に、安全な暫定基準など全く存在しないと言われている、放射能物質で汚染された水産加工食品を提供して、いったいなにをしようというのでしょうか? 
これが誤報であることを、もし誤報でないのなら、『こんなじわじわと人を病に陥れる可能性のある行為を、方針案として出したことを陳謝する』という続報があることを願います。
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日本の食べ物の、放射性物質の暫定基準について聞きたいこと

2011年06月27日 | 日本とわたし
こういう記事を、もうずいぶん前に読んで、信じられない思いでいながら、これはずっと続くはずがない、きっと変更されると思っていました。

【政府基準は殺人基準】
日本政府は放射性物質の暫定基準を通達した。(3月17日厚生労働省)
水道水「ヨウ素131(I-131)300ベクレル(Bq/L)・セシウム137(Cs-137)200ベクレル(Bq/L)

この数字は、WHO基準の300倍、アメリカ基準の3000倍に匹敵する。
水道水のヨウ素 
WHO基準=1ベクレル(Bq/L)
ドイツガス水道協会=0.5ベクレル(Bq/L)
アメリカの法令基準=0.111ベクレル(Bq/L)


『ドイツ放射能防護学会が、日本人向けに送った緊急メッセージ』
日本政府の基準は野菜・魚介類「ヨウ素、2000Bq/kg」
幼児は4Bq/kg・成人は8Bq/kg以上の野菜を食べるな」。

茨城県沖のこうなごからヨウ素4000Bq/kg検出
急遽、魚介類基準が設定された。(4月4日)。
食品の安全基準は改悪された。
日本政府基準は殺人的基準。基準の根拠は何なのか。


*孫崎享(元外務省国際情報局長)氏→「政府、国民殺すのか」とツイートする。
*ロシア科学アカデミー、アレクセイ・ヤブロコフ氏→「もしあなたが(放射線による)『直ちに害はない』という言葉を聞いたなら、出来る限り遠くに、出来るだけ早く逃げるべきだ」と警告。

 
■殺人政府、殺人官僚:国民の敵 

文科省「学校の校舎・校庭の利用判断の基準:放射線量20mSv/y、3.8μSv/hと通知した(4月19日)。だが、公衆の被曝限度:1mSv/yである。
ICRPの公衆被曝の線量限度1mSv/y。しかし安全な限度は無い。ICRPでもECRRでも閾値無し線形(LNT)の考え方である。絶対に安全な限度はない。



以上、列記した情報は3月17日、4月4日、4月19日と、いずれもかなり前のものです。
なので、きっと、当然のごとく、数値は変更されているのでしょう。
絶対に安全な限度など存在しない被曝。
この現実はもう、チェルノブイリや、核実験や、数えきれない原発施設の事故のたびに、人間自らの身体で証明してきた事実です。
とりあえず、自分のできる範囲で(ネット上)、新聞のニュースなどを検索してみました。
どうも、わたしが見た限りでは、暫定基準はまだ途方もなく高いのです。
おまけに、被曝に関して言えば、暫定基準内か外か、などというふうに捉えて、安全か安全でないかを判断することは、非常にナンセンスで意味が無く、繰り返しになりますが、被曝の線量に絶対な安全な数値など存在しない、と断言されています。

このギャップはなんなんでしょう?
事故の収拾がつかなくて、これからもまだまだ続きそうで、だから汚染ももちろん続いていくので、汚染被害の拡大が必至。

そんなこと、小学生の子供達にだってわかります。
同じどころか、多分、測量することも不可能なぐらいに汚染されてしまった水が、原発の周りにあふれているはずです。
そんな状態でもう3ヶ月以上も経っているのです。
なぜ福島県は、そして近隣の県は、全県上げて徹底的に、子供達の高さ、動きに合わせた地点での汚染状況を調べ、公表しないのですか?
スーパーや八百屋で並べられた食品を、各自がそれぞれに調べられる線量計を設置するべきではないのですか?
全身の被曝量がわかる機械を、各自治体に配置し、きちんと測量した結果を市民それぞれに伝えてあげなくていいんですか?








とにかく、なんだかモヤモヤとした不信感が、心の中を占領しています。
日本で暮らしている人達は、いったいどんな気持ちでおられるのでしょうか?
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そしてわたしは無に……なりたい!

2011年06月27日 | ひとりごと
「まだまうみは、わたしの言ったことをちゃんとやっていないでしょ。だからここに、思いが固まってしまっているのよ」
ミリアムは苦笑いしながらそう言って、両方の鎖骨の間あたりを、右手でトントンと叩いた。

バレたか……。仕方がないので、わたしも苦笑いした。

新鮮できれいで活気のあるエネルギーは、わたし達のまわりで、「早く吸い込め、さあさあ!」と待っている。らしい。
それを、20本の指先から、もっと慣れてきたら毛穴すべてから、心身の内側に流し込む。
そしてもともとあった、内側の悩み、問題、疲れ、病気、汚れなどを逆流させ、指先や毛穴から外に流し出す。
流し込む時の動作や音は決まっていて、お腹側の丹田と、背中側の命門を、キュウッと押し込んで近づける。
その時の息は、吸っても吐いてもどちらでもいい。自分のやり易い方を選べばいい。
音は、「ヘィーーーン」+最後に小さなg(グ)がつく。
流し出す時は、「はぁーーー」。疲れた日の夜、適温のお湯に浸かった時に思わず出るあの、「はぁー」である。

この練習、実はとても苦手なのである。
いいエネルギーを入れる時、わたしはついつい力んでしまう。
イメージとしては、流れ込むというより、自分で綱引きみたいに、必死で引っ張りこんでいる、という感じ。
だから、「へぃーーー」と言っている間中、リラックスどころか、あちこちがギュッと締まってくる。
「いいエネルギーよ、入ってこい!こら!もっともっと!」
これではエネルギーの方だって困るだろう。

「まうみは考えている時間が多過ぎね。もっとなにもしない、なにも考えない時間を積極的に作らないと」
「まずは器の中を空っぽにしないと、なにを入れてもすぐにあふれてしまうし、最悪の場合、なにも新しいものが入らなくなる」

最後の瞑想の時間に、「とても大きな、キラキラと輝いている太陽を、真正面から見つめている氷の塊になりなさい」と言われた。
「その太陽の光は神々しくて、力強く、そして愛に満ちあふれている。その光に全身を包まれた氷のあなたは、少しずつ少しずつ、とても幸せな気持ちで解け出している」
「吸い込むものは新しいエネルギー、力強い光の粒子。吐き出すものは負の気持ち、抱えている問題、そして最後にあなた自身」

まだわたしは一度も、本物の空っぽ感を体験していない。
いつか、時間がかかるかもしれないけれど、身体という器を残して、すっかり空っぽになった自分を、外から見ている心になれるんだろうか。

「まうみ、自分を失うほどに、情報を入れてはだめ。情報は情報。あなたはあなた。あなたの世界はあなたの心で満ちていないといけない。
あなたの心が欠けだすと、そこにいろんなものが入り込んでくる。いいものもあれば、とても邪悪なものもある。
だから気をつけて。あなたひとりになる時間を持ちなさい。ひとりになった自分をじっと見つめなさい」

一週間に一度、ミリアムに逢うことは、今のわたしにとってはとても大切なのだ。
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