ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

ガラスバッジのストラップに書かれた『がんばろう日本!』こんな醜い国の桜は、それでもきれいですか?

2014年03月26日 | ひとりごと
あと10日に迫ってきたコンサート本番。



今だに朝晩になると、堂々と零下4~7℃に下がってしまう、北風がビュウビュウ吹き荒れる毎日で、
周りには、風邪ひきさんがウジャウジャいて、だから気分的に、なんとなぁ~く熱っぽかったりするのですが、



コンサート当日までは、なにがなんでも健康でいたい!

という思いで、つい先日も、記事を書かない宣言っぽいものをしたくせに、
なんのこっちゃない、やっぱりついつい覗いてしまったツィッターで、見逃せない記事を見つけてしまい……。



いつもの生活のペースだけでも、十分に疲れている、ということを、わたしはやはりちゃんと認められずにいる甘ちゃんだ。
そのことを、通しリハの当日に、しっかりと思い知らされました。



その日(先週の土曜日)は、いつになく暖かで、春めいていました。
けれどもわたしは、もやもやとした緊張感にどっぷりとつかっていて、そんなお天気の良さを喜べない状態でした。
こんなことでどうする?
だいたい、誰も一度も聞いたことがない曲を演奏するのだ。
わたしが音を外そうが、変になろうが、パートナーのサラと自分以外、誰にもわからないのだ。
そもそもどうして、そんなにはじめから、きちんと弾けそうにない、などと思い込んでしまっているのか?



それもこれもきっと、自分というものをきちんと管理できなかった、いろんなことを甘く見ていたわたしが招いた自信喪失なのだ、
後悔先に立たずを、いったいわたしは何度経験したら学べるのか……と、かなり落ち込んだりもしました。



マンハッタンへの電車の中、どんどんと体調がおかしくなり、サラとのリハ前の合わせはもちろんのこと、通しリハも大丈夫か?と思うような、かなり辛い状態になりつつも、とりあえずどちらも無事?終了。
曲の全容を、コンサートの出演者全員に聞いてもらい、好評をいただきましたが……そりゃ創った本人を前にして誰もけなせないですもんね……、



それまでずっと、緊張が生んだ不調だと思い込んでいたら、なんのこっちゃない、また膀胱炎になりかけていて、熱まで出てきました。
にわとりが先か、卵が先か。
どちらにしても、わたしはアホです。



でも、でも、体調がどんなであったにせよ、あんなんじゃダメだ。
あと2週間、とにかく頑張ろう。
そう思いました。
素人ながらも曲を書かせてもらい、そしてそれを一緒に演奏してくれる人がいて、しかもその演奏をカーネギーホールで聞いてもらえる。
こんな幸運を授かっているのに、そのために、たくさんの人が支えてくれているというのに、なにやっとんじゃ~自分!



今日は雪が降るという予報が出ていたのに、カラリと晴れて気温は2℃。今夜は零下8℃まで下がります。
北風がビュンビュン吹いていて、体感温度は多分零下5℃以下だと思います。

日本では、桜がそろそろ咲き始めているのですね。
三寒四温というけれど、今年はもうずっと、ずっとずっと寒いので、マイナス2℃が暖かく感じられたりしてしまいます。

あの通しリハを終えて、へとへとで家に戻ると、家猫が家出をしている最中でした。
旦那が、あまりに気持ちの良い暖かな日だったので、つい一緒に、玄関から出てしまったのでした。
そのあと、ご近所さんとしゃべっているうちに見失ってしまい、それっきり戻ってこないのだと。
で?
探したよ、もちろん、もう5回も、あちこち探した。
でも見つかってないやん。

たまらなくなって、コートをまた羽織り、表に出ました。
彼女の名を呼びながら、かなり遠くの通りまで探しに歩きましたが、どこにもいません。
日中は暖かでしたが、夜になるとぐんぐん気温が下がり、おばあちゃんの彼女には全然良くありません。

糖尿病治療で入院、そして退院してからは、嫌いな缶詰の餌に変えられ、朝晩インシュリンの注射を打たれ、そして前日にはまたまた獣医に連れて行かれ、新しく薬を餌に混ぜられ……と、
散々な毎日を過ごしているのに、その上にわたしがバタバタと忙しくしていたり、ピアノをガンガン弾いてたりしていたので、
ついに我慢の緒が切れて、家出をしてしまったか……そう思うとものすごく悲しくなり、カエデの爺さんのところに行きました。

上の写真中、リスくんや鳩さんが、ビュウビュウ風に吹かれながらもくつろいで?いる、憩いの場でもあるカエデの爺さんの木です。

「カエデの爺さん、お願いです。彼女を見つけて伝えてください。帰りなさいと言うたってください」
ぶっとい体にペタリとおでこをくっつけて、お願いしました。

すっかり暗くなっていたのは幸いでした。
わたしは真剣だし、カエデの爺さんにはきっと伝わっていたと信じていますが、他の人から見たら異様な光景でしょうから。
でも、それから数分後に、彼女は帰ってきてくれました。
なんでもなかったかのように、ちょっと散歩してただけやんか、とでもいうように。
彼女が戻って来るまでは眠れない、と思っていたので、本当に助かりました。
もうかなり熱っぽかったし、ちゃんと寝ないと、後にひびくのは確実でしたから。
でも、翌日起きてみると、体はもうヘロヘロで、探しては泣き、見つかっては泣きと、たくさん泣いたので目はボウボウに腫れて、かなり悲惨な様相でした。

あと10日。
集中すること。大事をとること。甘くみないこと。
そのことを忘れずに、残された日を一日一日頑張ります。

今だに、首からガラスバッジなどというものをぶら下げさせられてまでして、放射線量の高い所に住まわせられてる子どもたち。
そのガラスバッジにつけられたストラップには、『がんばろう日本!』と書かれてあるのだそうです。

「いやあ、放射能が高いけどさ~、日本のために頑張ってよ。どれだけ被ばくしてどんなふうに体がなっていくか、ちゃんと記録したげるからさ~」
「そういう記録っての、めっちゃ意味があるんだよ~」

なんという国かと思います。
がんばろうだの応援しようだの、いったい誰が、誰のために、わたしたちに押し付けているのか、そのことを見誤ってはいけません。
そんなふうに、いろいろと考えることが出てきて、なかなか追いつきません。
記事はもう、コンサートが終るまでは絶対に書かないと決めましたが、わたしは毎日、考え続けていこうと思います。
子どもたちを助けたい。
その願いや祈りもこめて、一所懸命練習しようと思います。
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追加被曝線量の年間1ミリシーベルトを達成できないまま区域再編を進め、警戒区域を消す無責任国家日本

2014年03月24日 | 日本とわたし
わたしは今、先月の終わりに、やっとの思いで仕上げた(仕上げたことに無理矢理した)自作の曲を、ちゃんと演奏できるよう練習している最中です。
その曲は、生まれてからかなり長い年月が経っているわたしが、初めてひとつの作品としてまともに取り組み、長い時間をかけて(音符がひとつも出てこない日の方が多かったのですが……)創ったものです。
そのきっかけは、東北地方を襲った大震災、そして原発の重大事故であり、あの日々から3年以上も経つというのに、まるで何事も無かったかのようなふりをし続ける国への怒りでした。

毎日毎日、調べたり考えたり書いたりしながら、被害に遭われた方々を思ううちに、ある講義で、たった3日の間で仕上げさせられた短い曲のテーマが蘇ってきました。

このテーマで曲を創ろう。
命を亡くされた方々、被災された方々、懸命に新たな生活を築こうと努力されている方々を思いながら、音を紡ごう。

そんな思いで創った曲です。
わたしの心と、ピアノの音と、そしてサラが演奏するバイオリンの音は、日本とつながっています。

今日の記事のはじめは、フェイスブックで知り合ったHiroshi Hasegawa さんが、去年の10月の初旬に、南相馬市と浪江町に行かれた際の記録です。
この3年の間に、わたしはそれまで全く見ず知らずだったたくさんの方々と、知り合うことができました。
Hiroshiさんもその中のひとりです。

被災地の復興と放射能汚染の現状。
その場に居てこそ知り得ることだということは、十分に分かっています。
その場に身をおかず、自分の目で見ず、耳で聞いてもいないのに、好き勝手なことを言うなと、これまでも何度も何度も非難されました。

だからこれからも、わたしはたくさんの記事を読み、意見を聞き、考え続けていかなければならないと思っています。
そしてこの思いだけは、何を言われようと変えないと思っています。

子どもを救わなければならない。
子どもとともに、家族も救わなければならない。
そのために、村が、町が、市が、地図の上から消え、新たな場所に復活するというような、大変な過程を支える国の支援を、全国の市民によって強く要請しなければなりません。

願いを、祈りを、行動に移せる人が、ひとりひとりと増えていきますように。

↓以下、転載はじめ

南相馬市・浪江町訪問
10/5/2013

10月6日(日)、10月7日(月)の2日間、福島県南相馬市・浪江町に行ってきました。
今回が4回目の訪問になる南相馬市では、6日(日)は番場ゼミナールで学習支援。
センター試験英語長文問題対策講座、ということでしたが、
なんとまったく同じ日時に、AKBが南相馬に来てイベントに出演することが判明…!!
「学生さんたちみんなAKBの方に行っちゃって誰も来ないかも…」
「誰も来なかったら私たちもAKB見に行きましょうか…?(苦笑)」
などとSachiko Bamba先生とお話ししていましたが、学生たちちゃんと来てくれました…!

翌7日(月)は浪江町の「希望の牧場・ふくしま」訪問。
毎時3~4マイクロシーベルト台の高線量の牧場の入り口には、
「決死救命、団結」と書かれたブルドーザー。


牧場内では、牛たちが草を食んでいた。

牧場長の吉沢正巳(まさみ)氏とお会いしてお話しできた。
自宅から福島原発の排気塔が見える14kmの至近距離で、
3号機の2度の爆発音を聞いたという。
一時は避難を余儀なくされたが、
警察の静止を振り切って牧場に通い、牛にえさや水を与えた。
牛は汚染のため出荷できず殺処分を命じられたが、
吉沢氏はそれに抵抗し、高線量の牧場に戻って、
3百数十頭いる牛の世話を続けている。

吉沢氏の父親は満蒙開拓団に加わったが、
戦争で「棄民」の扱いを受け、
苦労してこの牧場を開いた。
吉沢氏は今福島県民が「棄民」の扱いを受けていることに憤る。
出荷の見込みのない「汚染牛」の飼育を続けても、
問題の「解決」の見通しは見えない。
でもそれでは吉沢氏が牛たちの飼育をあきらめ、
この牧場を捨てて仮設住宅にでも入れば、
問題は「解決」するのだろうか?
問題は「見えなくなる」だけだ。

吉沢氏の抵抗は、福島の抱えるまだ終わりの見えない問題をあえて「可視化」して、
(オリンピックなどと浮かれている!)私たちにつきつけている。


吉沢氏の闘いを追った、APF通信のジャーナリスト針谷勉(はりがやつとむ)氏のルポ「原発一揆」。
必読です!
http://www.amazon.co.jp/dp/4904209222/



原発一揆~警戒区域で闘い続ける“ベコ屋"の記録



遠く神奈川県茅ケ崎市から、南相馬市に通い続け、市民にとって貴重な医療支援を続けられているMasatoshi Nakao医師。


草を食む牛たちの向こうに、東京に電気を送る鉄塔・高圧線が見える。


牧場長の吉沢氏と、牛の頭蓋骨が飾られた牛のオブジェの前で。


牧場の線量。










↑以上、転載おわり


↓そしてここからは、飯館村農民見習い伊藤延由氏が、3月22日にツィッターでつぶやいておられた言葉と写真です。

ここは最近新設されたMP、道の駅“まごころ”。
ここは金網もなく、MPの頭頂部で測定。
MPは0.805μSv/hを示しているが、写真の通り、5割の差は何なのだ。
機器類だから誤差はあるとしても、許される範囲ではない。



農業の復興に、ため池の除染は欠かせない要件。
しかしため池は、除染で一旦は綺麗になりますが、何処から水が流れ込むのでしょうか?
私のいい加減な調査でも、腐葉土は5~10万㏃だ。
これを、賽の河原の石積みと言う。
業者は泣いて喜ぶ。



国は総力を上げ、原発事故は終わった事にしているが、震災の関連死が直接死を上回った。
関連死とは、避難途中や、仮設など避難先で死亡し、災害弔慰金が支給された死者。
避難が長引けば、更に続く。
だから、今急ぐべきは除染ではなく、復興住宅建設が最優先の課題。



福島大学で開催された、国連人権理事会の特別報告者アナンド・グローバー氏の報告を報じる毎日新聞記事。
記事の内容は、日本政府が決めた安全基準などに、疑問を呈している。
私が問題にしたいのは、地元紙が一切触れない事。
何故なのか?
やはり舌を抜かれた。



↑以上、転載おわり


そしてこれらは、福島に厳然と実在する現実として、わたし自身が心にとめておけるよう、パソコン画面に載せている写真です。





当時(2013年11月9日)小佐古教授は、この報道を受け、
「この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは学問上の見地からのみならず、わたしのヒューマニズムからしても受け入れ難い」とおっしゃいました。
コメント (2)

世界中の大中小すべての軍隊よ、今すぐ武器を捨て、救助隊におなりなさい!

2014年03月21日 | 日本とわたし
世界中の軍隊よ、今すぐ武器を捨て、救助隊になりなさい!
人を殺さず、人を救いなさい!
まず、自分の国を救いなさい!




明日は最初で最後の、カーネギーコンサート(4/5)の本番もどきリハーサルです。
先日の水曜日、冷たい雨と冷たい風がびゅうびゅうと吹き荒れる中、マンハッタンの貸しスタジオに行って、サラと合わせの練習をしてきました。
彼女は、一言も言葉にして頼んでいないのに、こんなふうに弾いてくれたら……とわたしが望んでいる音や表情を表してくれるので、
ついつい感動して、聞き惚れて、自分のことがおろそかになり間違える……などという、トホホなことになってしまうわたし……。
本番は気をつけなくちゃ!

家猫のおしっこの量がまた、ガンガン増えてきたので、今朝早く、血糖値の検査も兼ねて診てもらおうと、病院に行ってきました。
血糖値は180、とても良い数字です。
きちんと世話と看護ができている証拠だと、キャメロン先生に褒めてもらいました。
触診や聴診の結果もとても良好なので、腎臓の動きを整えるカプセル剤を、餌に混ぜて服用させることになりました。

などと、なかなか練習に心身を向けることができない上に、ネットはしないと公言までしたくせに、こんなことをしている自分が、なんともはや……。
パソコンをつけない、それだけではだめなんですね。
携帯でつい、軽い気持ちで見てしまうんですから……。
そして、こんな記事を見つけてしまった日にゃ~……。

今回も丸ごと、コピペの作業のみの転載をさせていただきます。

↓以下、転載はじめ


<集団的自衛権>元イラク派遣自衛官の警告~イラク派遣により在職中に死亡した隊員は35名もいた!


<集団的自衛権:柳澤協二さん(2)>抑止だけが戦略ではない2/28(文字起こし)

私がよく申し上げているのは、自分が経験したイラク派遣でありますけど、
撤収の際に、小泉総理が記者会見をする、その時に、総理に私が申し上げたのは、
「総理、この自衛隊は、1発の弾も撃たずに見ずに、ま、交通事故はあったけど一人のけが人も出さずに無事に帰ってきた
これがすごく大事なことで、なかなか簡単にできる事じゃないんです」という事を申し上げたら、
小泉さんも「うん、そうだ」という事で、記者会見で、盛んにそれを強調しておられた。



第一次安倍政権で、官邸の主要メンバーとして安全保障分野を担当し、自衛隊のイラク派遣等にもかかわってきた、
柳澤協二さんのお話を文字起こししていて、
柳澤さんが、「交通事故はあったけど」という時に、言い淀んだ感じがあったので、
なんとなくずっと、「交通事故」という言葉が、私の心の中に引っ掛かっていました。

そのイラク派遣の時に、その交通事故に遭われた、元イラク派遣自衛官の記事です。

国に裏切られた元イラク派遣自衛官が警告
-安倍政権「集団的自衛権の行使」の行く先にあるもの

志葉玲 フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和) 2014年3月18日


取材に応じる、元イラク派遣自衛官の池田頼将さん

「もう、何度も死のうか、と思いました。
でも、私のような経験をする自衛官を、これ以上出してはいけない。
国に対して、責任を認めさせなければ、死んでも死にきれない……!」


元イラク派遣航空自衛隊員の池田頼将さんは、そう静かに、だが固い決意を込めて語った。
池田さんは、2006年(平成18年)7月、イラク派遣部隊の一員として、イラク隣国クウェートの基地に滞在中、米軍関係車両にはねられた。
だが、事件は隠蔽され、池田さんは、まともな治療を受けられないまま、帰国すら許されなかった。
そのために、池田さんには、重い後遺症が残ってしまった。
今、安倍政権は、米国等との共同軍事行動を可能とするべく、「集団的自衛権の行使」の解禁を目指している。
その先にあるものは、米国の戦争に日本も巻き込まれ、池田さんのような自衛官を、何人も出すことになるという、平和国家としての終焉ではないか。



◯隠蔽されたイラク派遣中の事故、まともな治療を受けさせず、放置

イラク戦争(03年3月開戦)を支持した日本政府は、開戦直後から、自衛隊イラク派遣を推し進め、
航空自衛隊は、04年1月から08年12月まで、16期にわたりイラクに派遣。
池田さんが派遣されたのは、第9期(06年3月~7月)。
小牧基地所属の航空自衛隊小牧通信隊として、愛知県・小牧基地から、イラク隣国クウェートのアリ・アルサレム基地へ
派遣された。
事故が起きたのは、06年7月4日のこと。
基地内での米軍主催のマラソン大会に参加した池田さんは、米民間軍事会社KBRの大型バスに、後方から衝突されたのだった。
「突然、ドスンという鈍い音がして、私は意識を失いました」(池田さん)。
意識を失った池田さんは、救急車で、米軍の衛生隊に搬送された。
その時、一度、意識を回復し、自分が事故にあったことを悟った、と言う。

池田さんにとって不幸であったのは、KBRのバスに跳ねられたことだけではなく、事故後、自衛隊による「裏切り」が、幾度も続いたことだった。

「眼球の奥や、首、肩がすごく痛く、体を動かすことすらできなかったのに、米軍の衛生班には『異常なし』と診断されました。
自衛隊側も、『米軍側が異常なしと言っているのに、それと反する診断ができるわけない』という有り様。
クウェートの病院に連れて行ってもらったのですが、言葉の違いもあり、私の症状をうまく伝えられず、治療はできませんでした」(池田さん)。

結局、池田さんは、米軍、民間軍事企業側からも、謝罪や補償は得られなかった
その上、治療のための帰国を、何度も上司にかけあったにもかかわらず、
事故にあってから2ヶ月弱もの間、ろくな治療も受けられないまま、池田さんは帰国が許されなかったのだ。

当時、池田さんの事故について、情報を掴み、報道した記者は、皆無だった。
池田さんの事件が公表されなかったのも、彼の帰国が許されなかったのも、
事故発覚による、自衛隊イラク派遣への影響を、防衛省、あるいは政府自体が懸念したからではないだろうか。

池田さんが事故に遭ったのは、2006年7月4日。
航空自衛隊が、それまでイラク南部サマワ周辺までだった活動範囲を、中部のバグダッド周辺までに拡大した直前のこと
この、バグダッド周辺への空輸拡大には、米国側から強い要請があった
それは、航空自衛隊「国連など人道復興支援関係者や物資の運搬」という、当時の日本政府の説明とは裏腹に、
米軍など、多国籍軍の兵員や物資などの運搬が、主だったものだったからだ(関連記事
)。
そうした政治情勢の中で、池田さんの事件は、絶対に国民に知られてはいけない事件だったのだろう。


◯何度も考えた自殺、同じような犠牲を出さないための裁判



池田さんの食事は流動食のみ

池田さんは帰国後も、事故の後遺症をめぐり、自衛隊内で執拗な嫌がらせを受け、肉体的にも働くことが難しかったため、2011年10月、退職。
結婚していた池田さんだが、退職が原因となり、離婚した。


池田さんは現在も、深刻な後遺症に悩まされている。
左腕は肩から上にあがらず、右手も力を入れると震えて、自分の名前すらまともに書けない
池田さんは、あごの蝶番となる軟骨円板を失ったため、1ミリ程度しか、口を開けることができない
一般の食事は一切取れず、わずかな隙間から流動食を流し込む、それが現在の池田さんの食事の全てだ。
眼球の奥や首、肩、腰などの、慢性的な痛みに悩まされ、大量の睡眠薬を使って強引に眠らないと、睡眠を取ることすらできません」と池田さんは言う。
以前は、野球観戦に行くのが趣味だった池田さんだが、体が思うように動かず、今は、ほとんど自室に篭りきりだ。

自殺することを何度も考えた」と語る池田さん。
その池田さんが、辛うじて踏みとどまり、2012年9月、国を相手取っての裁判を起こした理由は、
恐らく、同じ様な境遇にいる自衛隊員がきっといる」という思いだ。
池田さんの裁判は、現在も、名古屋地裁で係争中である。


◯米国のために、自衛官の命と安全を差し出す安倍政権

「二度と、自分と同じような経験を、自衛官達にさせてはいけない」と語る池田さんだが、
安倍政権が、今国会中にも目指すという「集団的自衛権の行使容認」の閣議決定がなされたら、
池田さんの様に、国に裏切られ、使い捨てにされる自衛官達が、続出するかもしれない。


集団的自衛権とは、端的に言えば、「米国の戦争に巻き込まれ権」だ。
米国が何者からか攻撃された場合、日本が攻撃を受けてなくとも、日本は米国と共に、その「敵」と戦うというものである。
米国は、太平洋戦争後から現在に至るまで、常に、紛争当事国であった国だ。
集団的自衛権の行使が、容認されるようになれば、米国の抱える紛争に日本も巻き込まれ、
米国のために、自衛隊が、戦地へ送り出されることになるかもしれない。
自衛官の負傷や、死亡する事態は、避けられないだろう。
そうなれば、日本を守るためでなく、米国の戦争に駆り出され、自衛官の負傷や死亡することに、日本の世論が批判的になることを嫌い、
自衛官の負傷や死亡は、隠蔽されやすくなる

安倍首相が、憲法改正を経ずに、閣議決定のみで「集団的自衛権」を行使できるようにしようとすること自体、
憲法を無視した独裁者の振る舞いであり、噴飯もの
だ。
その上、米国のために、自衛官の命や安全を差し出すことは、許されないだろう。



元内閣官房副長官補の柳澤氏は、
イラク派遣では交通事故のほかは一人のけが人もなく帰ってきた」とおっしゃっていますが、
事実はどうだったのでしょうか?

平成19年11月13日
河野洋平議員へ、その時の内閣総理大臣、福田康夫首相からの答弁書です。

内閣衆質一六八第一八二号 平成十九年十一月十三日 内閣総理大臣 福田康夫
衆議院議長 河野洋平 殿
衆議院議員照屋寛徳君提出イラク帰還自衛隊員の自殺に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員照屋寛徳君提出イラク帰還自衛隊員の自殺に関する質問に対する答弁書

一について
我が国は、平成13年9月11日の、アメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる、国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して、我が国が実施する措置、及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法(平成13年法律第百十三号。以下「テロ対策特措法」という。)に基づき、延べ約1万900人の海上自衛隊員をインド洋に派遣してきたところである。

二について
我が国が、イラクにおける人道復興支援活動、及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法(平成十五年法律第百三十七号。以下「イラク特措法」という。)に基づき、派遣した自衛隊の部隊の一部については、イラクに入国していない場合があることから、お尋ねの人数について、確定的にお答えすることは困難であるが、平成19年(2007年)11月7日現在までに、我が国は、イラク特措法に基づき、延べ約5千600人の陸上自衛隊員、延べ約330人の海上自衛隊員及び延べ約2千870人の航空自衛隊員を派遣してきたところである。

三及び四について
テロ対策特措法又はイラク特措法に基づく派遣と隊員の死亡との関係については、一概には申し上げられないが、
平成19年(2007年)10月末現在で、
テロ対策特措法又はイラク特措法に基づき派遣された隊員のうち

在職中に死亡した隊員は、
陸上自衛隊が14人
海上自衛隊が20人
航空自衛隊が1人であり、

そのうち、
死因が自殺の者は、
陸上自衛隊が7人
海上自衛隊が8人
航空自衛隊が1人

病死の者は、
陸上自衛隊が1人
海上自衛隊が6人
航空自衛隊が零人、

死因が事故又は不明の者は、
陸上自衛隊が6人
海上自衛隊が6人
航空自衛隊が零人である。
 
また、防衛省として、お尋ねの、
退職した後に、精神疾患になった者や、自殺した隊員の数」については、把握していない
 
海外に派遣された隊員を含め、退職後であっても、在職中の公務が原因で死亡した場合には、
国家公務員災害補償法(昭和二十六年法律第百九十一号)の規定が準用され、一般職の国家公務員と同様の補償が行われる
ほか、
その尊い犠牲に思いをいたし、哀悼の意を表するとともに、その功績を永く顕彰するため、
毎年、自衛隊記念日行事の一環として、防衛大臣の主催により、内閣総理大臣の出席の下、自衛隊殉職隊員追悼式を執り行っている。
 
政府としては、海外に派遣された隊員が得た経験については、今後の自衛隊の活動に、最大限いかしてまいりたい。



参考までに、この答弁書に対する質問主意書

イラク帰還自衛隊員の自殺に関する質問主意書

山田洋行や日本ミライズなどの、防衛専門商社と官僚、政治家の癒着や、利権疑惑が、大きな社会問題になっている。
守屋武昌前防衛事務次官の、山田洋行からのゴルフ接待、飲食接待は、国民の常識を超えるもので、接待を受けての見返りは明らかである。
 
一方、在沖米軍基地が集中し、今なお、米軍再編の名の下に、基地機能の強化が進む沖縄では、米軍基地利権疑惑が急浮上している。
巨大な防衛利権を、許してはならない。
巨悪を眠らせないために、検察も、勇気を持って、適正な捜査を断行し、利権構造にメスを入れてもらいたい
 
海上自衛隊によるインド洋での補給活動の、法的根拠であったテロ対策特別措置法が、2007年11月2日午前零時をもって期限切れとなった。
石破防衛大臣は、
「テロ対策特措法に基づく対応措置の終結に関する命令」を発出し、海上自衛隊の補給艦「ときわ」と、護衛艦「きりさめ」に、撤収命令を出した。
私は、アフガン戦争、イラク戦争の開戦に反対し、テロ対策特別措置法やイラク対策特別措置法の制定に、反対をしてきた立場である。
 
さて、イラク、インド洋、クウェートなどに派遣された、自衛官の自殺等による死者が、多数に上っているらしいとの事実が判明している。
以下、質問する。

 テロ対策特別措置法に基づき、インド洋における補給活動に派遣された海上自衛隊員の、派遣時から撤収時までの、重複を含むのべ人数を明らかにされたい。

 イラク対策特別措置法に基づき、イラクに派遣された自衛隊員の、派遣時から現在までの、重複を含むのべ人数を明らかにされたい。

 インド洋における補給活動に派遣された自衛隊員、及びイラクに派遣された自衛隊員のうち、
在職中に死亡した隊員の数、そのうち死因が自殺であった者、死因が傷病の者、死因が「事故または不明」の者の数を、陸海空自衛隊員毎に明らかにした上で
これらの方々の尊い犠牲に対する政府の見解を示されたい。

 自衛隊員のうち、インド洋、イラク、クウェートなどに派遣された経験者で、帰還し、退職した後に、精神疾患になった者や、自殺した隊員の数を、陸海空自衛隊員毎に、その数を明らかにした上で
元隊員、または、ご遺族に対し、政府としては、どのような形で責任をとるつもりなのか、見解を示されたい。
右質問する。



<集団的自衛権:柳澤協二さん(2)>抑止だけが戦略ではない2/28(文字起こし)

政府は従来から、国、または国に準ずる相手に対して武器を使えば、
それは、憲法が禁止する、国際国際紛争解決のための武力行使になる恐れがあるからという意味で、
いわゆる、駆けつけ警護のような、積極的な武器使用は出来ないんだよ、という解釈をとっていました。
あるいは、ガイドラインとか、イラクなんかで使われている言い分ですが、
非戦闘地域で後方支援をやるというのは、当該やっているアメリカなんかの戦闘行為と一体化しないから、憲法上許されるという、そういう理屈をとってきている訳です
国、または国に準ずる相手とは、戦いを交えませんという事は、
第三国の内戦には関与しません、という事を原則として言っている訳です。
もうひとつは一体化。
各国の武力行使と一体化しない、という事はつまり、直接の武力攻撃には加担しないと、こういう事を言っている訳で、
非常に私は、理にかなっている(と思っています)。
イラクでは、自衛隊は、武器を使わないだけじゃなくて、銃を向けた事もありませんでした。



イラクへの派遣に関しての賛否は別として、
柳澤氏がおっしゃるところの、制約のある中での派遣でさえ、これほど多数の犠牲者が出ています
これから安倍政権がやろうとしている集団的自衛権は
武器を使い、銃を向け、人を殺すこともできる」ようになるという事で、
この、イラク派遣時の、自衛隊の死亡者どころじゃないほどに被害が大きくなる事は、簡単に想像できます。

でも、イラク派遣の自衛隊に、こんなに死亡者がいたとは知りませんでした><;
答弁書に書かれていた人数を、表にしてみました。



「退職後の死亡人数は把握していない」という事なので、実態は、この何倍も多いのではないかと思います。

ー追記ー
自殺が26名と、コメントで教えていただきました。
赤旗の記事を見つけましたので追記します。

自衛官の自殺26人 国民平均の14倍/イラク派兵から帰国後 赤嶺議員に防衛省回答(しんぶん赤旗)より




米国『NATO(実質アメリカ軍)こそがテロリスト。最悪な間違いだった。目覚め始めたアメリカ兵』事情



戦争反対!
軍隊はいらん!
武器もいらん!
みんなでみんなを助け合おう!
コメント (3)

「『ハンド・イン・ハンド』人生の全てがなくては、できなかったプロジェクトです」指揮者・山田あつし

2014年03月20日 | 日本とわたし
被災地の高校生たちが、この日(3月26日)のために、1年の歳月をかけて、一所懸命に取り組み、努力してきました。
そのお手伝いをしているスタッフの中のひとりが、うちの家族にいます。
はじめ、生徒たちの渡航費が足りなくて、今回は企画が流れてしまうかもしれない……などということをチラッと聞いて、とても心配していましたが、
どうにか整い、無事に実施されるようです。
ホッとしました。

お近くにお住まいの方がおられましたら、ぜひ、彼らの歌声を聞きに行ってください。
チケットは無料です。

被災地の高校生の歌声をNYから世界へ!
復興への感謝を届ける




このプロジェクトについて
被災地3県の高校生が、ニューヨーク・リンカーンセンターという国際的なステージで、
プロのオペラ歌手とオーケストラ、米国学生と一緒に、合唱を披露するコンサートを開催します。


私たちプロジェクト『ハンド・イン・ハンド』は、国内外へ、広く、復興の現状と課題を発信し、復興支援への感謝を伝える取り組みをしています。
また併せて、米国学生との友情を育み、青少年の国際交流プログラムを主催しております。
国際的な場を体験し、友情や感動を創造して、復興を担う若い世代の育成も、目的としています。

岩手県と福島県の高校生、約60名が、舞台に立つことに決まりました。
高校生たちの渡航費が不足しております。
皆さまからの温かいご支援をお願い致します!

(23日に、不足解消済み)

(第2回ニューヨークコンサート)


本プロジェクトの音楽監督/指揮者・山田あつしは、1998年に渡米し、ニューヨーク・シティ・オペラ指揮者研究生となり、
その後副指揮者、正指揮者となり、「9・11世界同時多発テロ犠牲者のためコンサート・シリーズ」をプロデュース・指揮を行いました。
日本人で、NYCOの指揮者になったのは、山田が初めてで、リンカーンセンターで指揮をしたのは、小澤征爾さんと山田だけです。
そして、忘れもしない2011年3月11日の、東日本大震災が発生。
山田は、震災後間もなく、東日本復興支援プロジェクトを立ち上げ、
2012年3月28日(水)にニューヨーク・リンカーンセンターで、第1回のハンド・イン・ハンドコンサートを実施しました。

第2回目は、2013年3月22日(金)に、被災地代表高校5校の合唱団72名を、ニューヨーク・リンカーンセンターに連れて行き、コンサートを実施。
復興の担い手となる、若い世代の育成にもつながる、教育プログラムも行いました。

(第2回ニューヨークコンサート)


今回が3回目の実施となる本公演。
11月4日(月・祝)に、2014年代表校決定記念コンサートを、仙台・イズミティ21にて実施し、
岩手県立宮古高等学校、福島県立橘校高等学校の2校(約60名)が、ニューヨークの舞台に立つことが決定。
現在、練習と準備に励んでいます。

第3回ハンド・イン・ハンド コンサート in NewYork
【日時】 2014.03.26(水)20:00開演

【場所】 ニューヨーク市
     ジャズ アット リンカーンセンター・ローズシアター

【プログラム】
●ベートヴェン 交響曲第7番
●オルフ カルミナ・ブラーナ
<出演>
ソプラノ オルガ・マカリーナ
テノール ディナ・エラ(メゾソプラノ)
バリトン 未定
合唱   岩手県立宮古高等学校(日本)
     福島県立橘高等学校(日本)
     カレッジ・オブ・ニュージャージー(米国)
指揮   山田あつし
管弦楽  NewYork City Opera Orchestra

音楽総監督 山田あつし
エグゼクティブプロデューサー 吉井久美子



(第2回参加校強化合宿風景)


(2014年代表校決定記念コンサート/仙台市・イズミティ21にて)



いただいた支援金は、高校生たちの渡航費用に使われます。
音楽を通じて、被災地の高校生たちに勇気を与え、それを世界に発信するために、ぜひご支援をお願いします。


■お礼
ご協力いただいた方には、下記の商品を持って、お礼とさせていただきます。(写真とことなる場合がございます。)

*ハンド・イン・ハンドオリジナルステッカー


*Facebookでお名前掲載
https://www.facebook.com/handinhandconcert
(※twitterにも流れます)

*高校生からのお葉書

*ニューヨークコンサートで配布されるパンフレット


*パンフレットにお名前掲載


*ホームページに名前を掲載(個人寄付の欄)
第2回:http://handinhandconcert.com/sec_09.html

*指揮者山田あつしの音楽指導の権利

(リンカーンセンター)



■東日本復興支援プロジェクト ハンド・イン・ハンドホームページ
http://handinhandconcert.com/

■東日本復興支援プロジェクト ハンド・イン・ハンドFacebookページ
https://www.facebook.com/handinhandconcert




■山田 あつし プロフィール
1987年、早稲田大学卒業。
故福永陽一郎、ジョージ・マナハンの各氏に師事。

1992年から1998年まで、合唱アマチュアリズム振興会のプロデュース、 指揮をし、市民文化活動のモデルとして注目され、
特に、1995年から実施された、阪神大震災被災者救済チャリティー・コンサート・シリーズでは、
物心両面の被災地へのサポートが、各メディアの注目を集め、高く評価をうける。

1998年、ニューヨーク・シティ・オペラ(以下NYCO)指揮者研究生となり、音楽監督助手として、プッチーニ、ヴェルディ、モーツァルトなどの主要10演目、約100の公演のアシスタントを務める。

2002年より、NYCO副指揮者となり、2003年11月の「ヘンゼルとグレーテル」の正指揮者として抜擢、リンカーンセンターでデビューを果たす。
NYCOの歴史上初めての日本人指揮者を、本公演に迎えた。
日本では、ニューヨーク・シティ・オペラと東京シティ・オーケストラによる共同制作、 「9・11世界同時多発テロ犠牲者のためコンサート・シリーズ」をプロデュース・指揮。
NYCO音楽監督ジョージ・マナハンとともに来日し、犠牲者の遺族などへの継続的な支援を訴える。
以降、2008年まで、NYCO正指揮者として、「椿姫」「蝶々夫人」などの主要レパートリーを指揮する。

2005年5月には、「愛・地球博」米国側文化プログラム代表としてのニューヨーク・シティ・オペラ日本初公演で、「蝶々夫人」を指揮し成功を収める。

2006年より、ニューヨークで設立された、アジアン・アーティスト・シンフォニー(NYASOに改名)の音楽監督に就任。
NYASOは、その主旨・活動内容が、高く評価され、ニューヨーク国連総会議場にて開催された、
「国連設立60周年・日本の国連加盟50周年記念コンサート(2006年)」「パン・ギムン新国連事務総長就任祝賀コンサート(2007年)」に2年連続で招待され、演奏。
パン・ギムン事務総長に、「国連の理想を音楽で実現している」と、絶賛される。

2009年には、NYASOの日本公演を実施。
東京公演では、世界最長老のピアニスト、 ウォルター・ハウツィヒと共演する。

2010年、イスラエルのエルサレム・ミュージック・アカデミー・オーケストラに、日本人としては初めて客演、現地にて高く評価される。

この他、ヨーロッパでも、モスクワ・フィル、スロヴァキア室内管弦楽団などと共演し、いずれも現地で好評を博している。
指揮者としての活動の他、日米国際交流におけるプロジェクトなど、プロデューサーとしても、その手腕は高く評価されている。


東日本復興支援プロジェクト ハンド・イン・ハンド : http://handinhandconcert.com/
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どこの国も、軍ではなく救助隊を持ちませんか?世界中で、殺し合うのではなく、助け合いませんか?

2014年03月18日 | 日本とわたし


今夜は、市民活動家であり、友人であるあゆみちゃんが、『標的の村』の試写会を、近所の教会の一室を借りてやるぞ~ってんで、行ってきました。
レッスンが遅くまである日なので、ろくな手伝いもできず、おまけにかなり遅刻しての参加でしたが、
とりあえず、ポットラックの一品になればと作って持ってった大鍋に豚汁は、みなさんに喜んでいただけたようでホッと一安心。
会場には、ピースアクションのメンバーや、『The WALK of LIFE』(命の行進)を命題に、世界各地を歩いておられるお防さまたちも参加してくださり、
マンハッタンやニュージャージーから集まってきたアメリカ人の方々と一緒に、『標的の村』を観ることができました。

どうして、いやなものはいやだと言うことがいけないのか。
どうして、普通の暮らしをしたいと思うことがいけないのか。
どうして、こんなに皆がいやだと言っているのに、そのことを無視して、強引に、半ば暴力的に、いやなことをするのか。

同じ日本人でしょう。
同じ沖縄人でしょう。
どうして、いつまでもこんなふうに、争わねばならないのか。

画面の中の、沖縄の方々の、どうして!という悲痛な叫びが、今も心の中に突き刺さっています。

軍さえなければ……。
軍ではなく、救助隊になればいい。
どこの国にも、よその国に攻め入るために訓練された集団ではなく、その国の災害や危機が生じた際に、救助に向かう熟練者たちの集団になればいい。
武器という武器をすべて放棄し、軍という軍をすべて消滅する。

その実現を、世界中の、実際に殺し手にされてしまう者、殺されてしまう者である、我々市民が、本気でひとつになって声を上げれば、
きっと叶うと信じています、今でも。

アメリカの軍隊は、どこよりも巨大で、残酷で、愚かで、狂っています。
それをひた隠しにするために、ありとあらゆる誤摩化しが行われ、以前よりはかなり少なくなったとはいえ、今でも志願する人がいます。
もちろん、貧困からの脱却や、就職のためなどという、かなりプラクティカルな理由や事情で入隊する人もいます。

今年また、巨額のお金が軍に流れ、ついに国家予算の57%が注ぎ込まれるという異様な状況になり、
たくさんの町の議会が、教育や生活保護など、市民が本当に必要としている所に戻せ!と、声を上げ始めました。
それもこれもみんな、その町の市民が本気になって怒り、電話やファックス、そして実際に議員の元に抗議に行くなどして、メッセージをくり返し伝え、
議会の採決がある日はもちろん、会議の傍聴席に座り、市民を守る側に立っているかどうか、にらみを効かしてきた結果です。

いったい、どんな思いをして税金を支払っていると思うのだ!
いい加減にしろ!
そういうことです。

その運動の中心になっている女性が、こんなふうにおっしゃっていました。
「アホらしいほど愚かなことばかりする政治家、世界は自分たちのものとばかりに、やりたい放題する権力者たちに振り回されて、鬱憤や怒りがたまりまくりの毎日だけれども、
今日ここに集まった人たちと出会えたこと、つながることができたこと、そしてこんな話を聞いてもらえたこと、
これを始まりとして、もっともっとつながっていきましょうよ!地球全部がつながるまで!」

お坊さまの言葉も、アメリカ人活動家で、あの高江にも行って抗議をしてきた人の言葉も、そして、今夜の会場を心良く貸してくださった牧師さんの言葉も、

みんなみんな、本当に、なにひとつ特別なことではないのです。
なのにどうして、これほどに、しみじみとした気持ちになってしまうのでしょう。
人間として当たり前のことを、当たり前のこととして望みにくくなってしまった社会。
その一員のひとりひとりであるわたしたちが、やはりもっともっと考えなければならないなと思いました。


前置きが長くなってしまいました。
冒頭に載せた『The Ghost of Jeju』という映画を紹介させてもらいます。

これは、韓国のお話です。
アメリカ人の監督 Regis Tremblay 氏の映画です。
けれども、『標的の村』とそっくりの場面が出てきます。
そうです、韓国でも、同じようなことが起きているのです。
今、Tremblay 氏は、この映画の邦訳に取り組んでおられるそうです。
映画をまだ観ていませんので、きちんと観てからまた報告します。
このJejuという韓国の島は、沖縄の高江同様、それはそれは美しい、自然の豊かな島だそうです。
そして米軍はそこに、巨大キャンプを造ろうとしています。

けれどもそれは多分、米軍のためというのではなく、今米軍が密かに企んでいる、アジアでの紛争ゴッコ勃発のための準備であると言われています。
米軍自体は、日本や韓国、そしてフィリピンなどからも、米軍を撤退させ、サイパンに造る予定である超巨大キャンプに集結させるはずなのですから。
なので今、沖縄が反対し続けている施設造りは、真性のバカと言われている天ぷら総理とその側近が作ろうとしている日本軍のためだと言われています。

もしこれらのことが本当ならば、いったい沖縄の方たちや、Jejuの方たちは、誰を相手に闘っていることになるのでしょうか。
こんなことのために、どうして、市井の人たちの人生が丸々、破壊されなければならないのでしょうか。
そしてもうひとつ、Jejuでは、世界各地からの座り込みの参加が、けっこう多くあるのだそうです。
そういうアピールに長けているのだと思います。
高江はどうでしょうか。
沖縄の、特に地元の方々に、そのご苦労がのしかかっていないでしょうか。
もっともっと世界にアピールして、Jejuとともに、基地なんかいらん!軍なんかいらん!
アジアは平和を叶えるために闘う!
アジアに戦争や紛争はいらん!と、とてつもなく大勢の市民が一緒に、きっぱりと宣言しなければ、
今にきっとアジアも、中東と同じように、戦争や紛争まみれの社会が延々と続く悲惨な地域に成り果ててしまいます。
それが、アメリカ軍の狙いだからです。

そんなことをつらつらと考えながら、またまた書いてしまいました。


あゆみちゃんからの言葉を追記させていただきます。

本当に、本当に、沖縄も、済州島も、フィリピンも、プエルトリコも、キューバ―も同じことが起きています。

「アメリカの国家予算の57%は、軍事費であり、海外基地をなくして、このお金をコミュニティーの貧困や、環境や、福祉や教育に取り戻そう」
↑これは、ジョン神父が話して下さったことです。

米軍基地に苦しむ地球の別のところの人々、生きものの叫びは、私たちの問題と紙一重なのです。
今、ここから始めよう。
軍事費削減のロビー活動、署名活動を始めよう。
コミュニティー改善のための、プログラムをはじめよう。
生きとし生けるものが、平和のうちに尊重される世の中を、ここから作ろう。
世界の、すべての基地問題を抱える住民たちと、手を取り合おう。

そして、私の一番の懸念は、TPPです。
2020年までに、沖縄や韓国の海兵隊を、グアム・ハワイに移し、サイパンに大きな軍事要塞を造る予定であること、
そして、これからの軍事拠点は、アジアにシフトして、「日本と韓国で、大規模(Nuclear Aircraftも使った)演習を行う」、と明記してあることです。

もし、海兵隊が沖縄から移るのであれば、何故に、辺野古V路滑走路の建設や、高江ヘリパットの拡大が必要なのでしょう?
それは、9条を変え、「日本国軍」が使用するためです。
天ぷら総理による武器禁輸3原則解禁や、秘密保護法、9条改悪と、流れが一致しています。
天ぷら総理はしかも、原発を再稼働させ、将来的に、核兵器を持つつもりでいます。

ここが、私たちの子どもたちの将来を左右する、重要な過渡期です。
TPP絶対反対!
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日本はいつから、超高濃度放射性物質の焼却を、こんな爺さん数人だけで決めてもよくなってたんですか?

2014年03月18日 | 日本とわたし
わざわざネットしない宣言をして、自分に言い聞かせたのですが……。

今朝、携帯で、軽い気持ちでツィートをチェックだけしとこうと、チラッと読んでいたら……。

鮫川村の住民が『焼却施設の運転再開を了承した』、という記事を読んで、あまりにびっくりしてしまい、パソコンをつけてしまいました。
この鮫川村の焼却施設については、ここでも何度も書いてきました。
必死で反対している方々とも、ずっとつながってきました。
なので、どうしてこんなことに急転したのか、それを知らなくてはならないと思いました。

やはり、きーこさんが、詳しいことを記事にしてくださっていました。
いつもなら、彼女が書いてくださった文字のひとつひとつを打ち直しながら転載させていただいていましたが、
今回はちょっと、自分の練習と、今夜近所の教会で行われる『標的の村』の試写会&ポットラック集会に持って行く豚汁を作るのにも時間を使うので、
コピー&ペースト、そして若干の文字の強調の追加を加えて、転載をさせていただきます。

↓以下、転載はじめ

<高濃度汚染物焼却>「鮫川村の焼却施設住民の了承受け運転再開へ」←了承した住民とは数十名のお爺さんたちのことです。

事故で停止の鮫川村の焼却施設、住民の了承受け運転再開へ

FNNLocal 2014/03/17



放射性物質を含むわらを燃やす福島・鮫川村の焼却施設は、住民の同意を得られたため、­
18日以降、運転が再開されることになりました。



環境省は、鮫川村の住民の代表に、焼却施設の試験運転の結果などを説明し、
本格運転の­再開に理解を求めました。





これに対し、住民側は、安全策が講じられたとして、運転再開を了承しました。







鮫川村の焼却施設は、2013年8月、一部の施設が爆発事故を起こし、運転を停止して­いました。



鮫川村の大楽勝弘村長は、
隣接の市町村の理解をもらってからの稼働になると思います­」と述べた。


環境省と村では、18日以降、運転を再開することにしている

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これで本当に「住民の了承を得た?」

住民の了承を受け、運転を再開するようですが、
了承した住民は代表、ということです。
代表とは?
どうやって選ばれた住民なのでしょうか?

うしろ姿から察するところ、若いお母さんやお父さん、またはおばさんやお婆さんはいません。
おじさんもいないかな……。
お爺さんばかりに見えます。
そしてその人数も、とても少なく見えます。
画面に映っているだけで、一体何人ぐらいいるのか?



画面に映っている鮫川村住民代表25人
画面上では、手を上げなかった(反対)ように見えた人は4人(水色の枠で囲みました)
前と横に座っている環境省などの人は、映っているだけで11人

これって、密室で決めていると言えませんか?

8000ベクレル/kg以上の放射性物質で汚染された、わらを燃やすのに、
今更放射性物質を吸い込んでも、あまり影響がなさそうなおじいさま方ばかりで、決めているように見えます。

鮫川村の本当の住民は、知っているのでしょうか?
そして、風向きで飛んでくる近郊の住民は、知っているのでしょうか?
こんな内輪の説明会が、許されるのでしょうか?

高濃度の放射性物質を、排出法の網にかからない小さな焼却炉で燃やすというのに、
日本中の国民が、知っていなくてもいいものなのでしょうか?
何百年も消せない、放射性物質をばら撒くというのに、
こんなお爺さん数人達だけで、決めてもいいのでしょうか?


これほどまでにも日本は野蛮だということを、世界の国々にも知ってほしい。

最近本当に思います。
日本が先進国だなんて、ウソだったんだって。

↑以上、転載おわり
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いつも読みに来てくださるみなさんに、そしてたま~に読みに来てくださるみなさんにも、感謝を込めて

2014年03月16日 | 音楽とわたし
さてこれはなんでしょう?


裏はこんな感じ。


この真ん中に、それはそれは小さな鍼がついています。
シールを貼るような感じで、患部にペタリと貼ると、チクッとします。
当たり前ですね、小さくとも鍼なんですから。
まあ、トゲが刺さった時みたいな感じです。

これを、関節が変形してしまった左手小指の、まさにその部分に刺してみてはどうだろう。
これが、お抱え鍼灸師、旦那の最新のアイディアです。
で、びくびくしながらやってみました。


やはり、指先に近いので、けっこう痛いっ!
けれども、少しでも症状が改善するのなら……ピアノ弾きにとってはとても大事な問題ですからして……。

つけたまま弾いてみました。
……残念ながらボツ。
あの、わずかに出ているポッチンが、鍵盤に引っかかって痛いのなんの!

なので、もうまず弾くことは無いだろうという、寝る直前に貼り、次の日の練習が始まる直前まで付けておくことにしました。


そしてこれはなんでしょう?


うちの居間(週日は、生徒の親御さんたちの待合い部屋)のランプが、突如壊れてしまいました。
それで、近所のホームセンターで、明かりの度合いが変わるランプを購入することにしました。
東海岸特有なのかもしれませんが、たまに、袋や箱にかなり損傷があっても、堂々と売り場の棚に並べられている製品があります。
わたしが欲しかった、そして値段もかなり安いランプが、たった一個しか残っておらず、そしてそれがそのボロボロな箱なのでした。

家に戻り、レッスンが始まる前にと、慌てて箱に手をかけると……バッラバラのビッリビリのボッロボロ……。
どこもかしこも、なぜかどうしようもないほどに、バラバラになってしまうのです。
製品の保護のための発泡スチロールでさえ、ちょっとでも持とうとすると、ボロボロと剥がれてくる始末……。

これって……ええんかいな……明かり、点くんかいな……。


無事に3段階、50ワット、100ワット、150ワット、すべて点いてくれました。


さて、こちらのビリビリはなんでしょう?


薩摩産、家猫のおやつ用のかつお節です。
うちには、6年前にいただいた、分厚くて硬いかつお節がまだ残っていて、出汁にはそれを使っています。

犯人(にゃん)はこの方……「そやかて、お腹がへってへってしゃあないねんもん……」


重症の糖尿病を患い、餌の量と内容を、これまでの15年半のものとすっかり変えられてしまった家猫ショーティ。
最初の頃はとても混乱し、加えてかなり落ち込んでいました。
今も、仕方なく慣れてきたとはいえ、朝と晩の食事の時以外は、かなりお腹が減っています。
そこへきて体重も軽くなり、若かった頃の、サーカス団員も顔負けの飛び乗り技が復活し、こんなオイタをするようになりました。
彼女は赤ちゃんの頃から一切、台所の食べ物を漁ったり、あちこち爪研ぎをしたりしない、お利口の猫だと思っていたのですが、
それはきっと、ドライフードのちょこちょこ食いをしていて、ものすごくお腹が減ったことが無かったからかもしれません。
トホホ。


ついでに、うちで元気を取り戻した、花屋の片隅で枯れかけていた植物。名前は……知りません。



そしてもういっこ、春休みでうちに遊びに来た甥っ子が、買って来てくれたお土産パイ。


わたしは実は、パイが苦手です。
特にアップルパイとかは、苦手なシナモンがドドッと入っているのでいけません。
けれどもこの、甥っ子がわざわざ選んで買ってきてくれたチェリーパイは、トースターで焼き直して食べると、超~美味しかったのでした。

彼は、うちに来てもほとんど、パソコンでゲームをしているだけで、食べる時以外はほとんど話さないのですが、
今週末に、演奏会の本番リハーサルを控えているわたしを気遣ってくれた旦那が、
ペンシルバニアの両親の家に、数日の間泊まるよう、彼を連れてってくれました。

なのでこの週末は、自分の弾きたい時に弾きたいだけ弾けるという、それはもうなんとも優雅な時間を過ごさせてもらいました。
本当は、マンハッタンで行われた『NO NUKE』デモにも参加したかったのですが、
少し風邪気味だったし、土曜日は仕事が1時半まであったので、今回はとにかく、体を休める、心をゆっくりさせると決め、
行かなかった分もよく練習して、日本を、被災地を思って創った曲を、心をこめて演奏できるよう、
それだけではなく、そういった演奏に、聞きに来てくださった方々が満足を感じていただけるよう、
たった7分弱の時間ではありますが、会場のみなさん、そして共演してくれるサラと、それぞれの思いを通い合わせることができるよう、
残されたあと20日間、一所懸命練習しようと思っています。

がんばるぞぉ~!!

毎日毎日、伝えたいこと、自分が知りたいことが、いっぱい目の前に現れてくるのですが、
この一週間はちょっと、心を鬼にして、できるだけパソコンから離れようと思っています。

もし日が空くような時があったら、みなさんには申し訳ありませんけれども、過去の記事などを読んだりしながら待っていてください。
って……そんなことを言いながら毎日書いてたりして……だはは。

いつも読みに来てくださるみなさんに、感謝を込めて。
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地球の四大プレートの交わる位置にある超地震大国に、54基もの原発を造った歴代の自民党!ど~ん!

2014年03月16日 | ひとりごと
どれも、ツィートで流れてきたものです。
ご紹介します。



日本は、
①北米プレート 
②フィリピン海プレート 
③ユーラシアプレート 
④太平洋プレート
地球の四大プレートの交わる位置にある、超地震大国です。
こんな国土の海沿いに、54基も原発を造ってはダメですよね。
この原発を造ったのは、歴代の自民党です。



そして先日、愛媛で大きな地震がありましたね。



今回の巨大地震は、伊方原発と上関原発(建設中)の、両方に被害を及ぼす可能性のある、絶妙な震源地…。
「瀬戸内海は地震が少なく安全!」と主張してきた原発推進派にとって、これほど不都合な地震があるでしょうか?



もうほんとに、やめましょうよ原発。手放しましょうよ、核利権。

せめて、もうできてしまった核のゴミの始末をどうするか、その筋道がきっちり立ち、始末できるようになるまで。




これのどこが、復興が確実に進んでいると、胸を張って言える状況なのか……あの総理と呼ばれている男は、本当に真性の阿呆なのか……?




播磨屋さんのおっきなトラックには及びませんが、その分小回りが利きます!
がんばれぇ~!常総生協!
コメント

基準値上げて問題解消!アンダーコントロール!こんな子ども騙しのトリックにひっかかってるのは誰?

2014年03月16日 | 日本とわたし
ドイツZDF「フクシマの嘘 其の参』(其の弐の強化版)を、紹介させていただきます。
このブログでも、以前紹介させていただいたことがある「フクシマの嘘 其の弐』に、約15分間分の新しい内容が追加され、43分になってます。
翻訳と文字起こしに要する膨大な作業に敬意を込めて、文字の打ち直しをしながら転載させていただきました。
(文字の強調と、文章の若干の推敲は、わたしの考えで行いました)

自分の目で読み、耳で聞き、そしてよく考えてください。



福島第一原発。
事故発生から三年が過ぎたが、今でも緊急事態のままだ。
2020年に、日本は、オリンピックを開催することになった。
そして日本政府は、世界を安心させようと必死だ。

日本総理大臣 安倍晋三
「私から保証をいたします。状況は統御されています」


首相の発言がどこまで信用できるのか、われわれは調べることにした。

調査を進めていくと、犯罪社会の心臓部に、導かれていった
「ヤクザの手先が人を集めて、福島に派遣しています」

私たちは、事故の被害が隠ぺいされ、黙殺されていることを突き止めた
事故のあった原子炉から、離れた場所にいる、科学者たちを訪ねた。
高濃度に汚染されたホットスポットや、放射性物質が溜まる場所を、発見しました

すべてがコントロールされているというのは、本当なのか?

京都大学原子炉実験所・小出裕章:
残念ながら、『アウト・オブ・コントロール』ですね。
そして、なにもコントロールできていないので、放射性物質は環境に漏れ、放射能汚染が日々広がっているのです。


フクシマの嘘 第2弾

双葉町。
ここは、福島第一原発と、目と鼻の先にある。
特別許可を得ないと、数時間の滞在も許されない。
双葉町は、いわゆる警戒区域である。
ここにはもう、誰も住めない、おそらく、もう永遠に
町の中心にかかっている標語。
「原子力 明るい未来のエネルギー」
まったく別の時代につくられた言葉だ。

井戸川克隆氏、双葉町の町長だった。 
古い武士の家系出身で、先祖代々500年以上、ここで暮らしてきた。
誇り、誠実、責任感といった徳が、何百年にわたって、家族で受け継がれてきた。

双葉町元町長・井戸川克隆:
井戸川家の跡継ぎということは、 私は、井戸川家の墓守なのです。
私には、ご先祖様の墓を守り、世話をする義務があります。
そしてこの義務を、次の世代に、受け継いでいかなければなりません。
しかし、こんな状態では、もう誰にも引き継いではもらえません。

井戸川美紀子:
妻として、私は、死ぬまで先祖に、礼をつくすつもりでした。
それがもうできないというのは、胸が引き裂かれる思いです。


戦争、地震、津波といった災難を、井戸川家は乗り越えてきた。
しかし、何百年と続いた後で、この家族の歴史は今、ここ双葉で終わろうとしている。
誰も、原発事故とそれが引き起こした出来事の責任を、取ろうとしない
「まったく恥知らずばかりだ」、と彼らは語る。

井戸川克隆:
日本では、東電が好き勝手にしたい放題で、自分たちのことしか考えていません。
政府はそれを、そのままに放っておきます。
政治家は、原発ロビーのいいなりです。
私は、それを世界中の人々に知っていただきたい。


郡山
フクシマの事故現場から、55キロのところにあり、20キロの立ち入り禁止地区からは、大分離れている。

教師・根本淑栄:
私は毎日、放射線の線量を測定しています。
ここは、子供たちの通学路なのです。
それで、原発事故のあと、測定を始めました。
事故が起こる前は、測定などしたことがありませんでした。

根本淑栄さんは学校の先生で、一人息子の母親だ。
彼女が、立ち入り禁止地区からこれだけ離れた場所で、放射線測定を行うのには、理由がある。
ここには、立ち入り禁止地区よりも、線量の高い場所があるのだ。

根本淑栄:
子供が小さかったころ、みんなよく、この近所で遊んだものでした。
この場所が、どこも汚染されていると思うと、とても悲しくなります。
できるだけ見ないようにしています
だって、とても我慢できないからです。
いつも泣きそうになってしまいます。
このことは、まったくマスコミでは報道されません
ここは、あらゆる問題を抱えて、悩んでいる人ばかりですが、でも、誰もここに来て、どうしているかと聞いてくれはしません
ですから、私たちはもう、忘れ去られているのだと感じています
現実に向き合おうとするのは、本当につらいです。


浪江町
福島第一原発から14キロのところにある。
畜産農家の吉沢正巳氏は、ここから避難するのを拒否した。

畜産農家・吉沢正巳:
私は牛飼いですからね。
私は牛抜きでは暮らせない。
350頭の牛と、私は運命を共にしたいのです。
牛も被爆し、人間もまた被爆します。
よく、「どうしてそんな危険なところに?」と聞かれます。
私はもうすぐ60になるんですが、被爆で寿命が短くなるとは思っていません。
でも、牛を見捨てるわけには絶対いきません。


経営者が避難して、ここを離れていった後、吉沢さんは、牛の世話を受け継いだ。
牛を放っていくことは、どうしてもできなかった。
動物の多くに、しかし変化が見られる。

吉沢正巳:
牛に現れた変化を、国に検査してもらったんです。
これが結果なんですが、私は、これは被爆の影響だと思ってます。
黒い和牛に、こうして突然、白いまだらの斑点模様が、いっぱいできたんです。

政府はそれを検査した。

吉沢正巳:
だけど「わからない」、と言うんですね。
こういう症状が出ているということはわかっても、原因はわからない、と。


福島の原発事故によって引き起こされた影響が、あらゆるところで出ている。
しかし、破壊した原子力発電所自体では、今まだ、どのような危険が進行中なのだろうか?

大阪にある、京都大学の原子炉実験所。
私たちは、小出裕章氏に取材した。
小出氏は原子力物理学者で、40年以来、ここで研究している。
原発事故発生以来ずっと、彼は、その進展を見守ってきた。
政府や原子力業界が発表しているのより、ずっと状況はひどい」と彼は言う。

京都大学原子炉実験所・小出裕章:
残念ながら、「アウトオブコントロール」と言わざるを得ませんね。
そして、なにもコントロールなどできていないからこそ、放射性物質が外に放出され、放射能汚染が毎日広がっているのです。

コントロールできていない?
日本だけでなく、世界も変えてしまうかもしれない場所
いまだに、広島の原発の1万倍以上という、放射能が潜む場所

小出氏は、首相の発言に、鋭く異議を唱える理由を、説明してくれた。

小出裕章:
1号機から3号機まで、メルトダウンしてしまいましたが、その溶けた炉心がどこにあるのか、わからないのです。
この炉心は、冷却しなければいけないので、水を原子炉建屋に注入しています
しかし、溶けてしまった炉心に水をやっているので、水は放射能で汚染されます
それは変えることができません。
そして、建屋には、ひびや割れ目がたくさんあるので、そこから地下水が入ってきています
東電は、その水を、循環回路でさらに利用するので、一時的にタンクに貯蔵する、といっていますが
もちろん、水を全部くみ上げることは不可能
です。
福島第一原発の敷地はもはや、『放射能の泥沼』と化してしまったのです。
付近の井戸からは、高濃度の放射性物質が、検出されました。
もちろん、その一部は海に流れ出ているわけです。

数階分が水浸しになっている
そして、その下のどこかに、溶けた炉心がある
つい最近も、建屋周辺にある観測井戸で採取した地下水が、1リットル当たり500万ベクレルのストロンチウムに汚染されていることを、
東電が知りながら、半年も隠していたことがわかった
ばかりだ。
今でも毎日、200トン以上の高濃度の汚染水が、太平洋に流れ出ている
それに加え、毎日40万リットルの水がくみ上げられ、このようなタンクに貯蔵されている。
今では、こうした汚染水が、4億リットルもある
これまでに、すでに何度も、問題や水漏れが起きている。
東電が、経費節約のため、放射性物質の貯蔵に適していないタンクを、選択したからだ。

小出裕章:
日本政府は、これまでに放出された放射線量は、概算して、およそ広島の原爆の168個分だけだ、と言っています。
チェルノブイリ事故で出た、放射能の5分の1だと。
しかし福島からは、汚染水が、常時、海に排出され続けているのです。
環境に放出された放射線の総量は、すでに、チェルノブイリと同じ程度だ、と私は考えています。
そして現在でもまだ、事故は進行中です。


しかしどうして、これほどの事態になってしまったのだろうか?
東京で、私たちは、馬淵澄夫氏と会った。
彼は、事故発生当時大臣を務め、事故の対応担当者として、事態収束に取り組んだ人物だ。
彼は、事故発生直後に、最悪事故の規模に関し、東電が真実を隠しているのではないか、という疑いを持ったという。

菅政権(2010年~2011年)内閣総理大臣補佐官・馬淵澄夫:
放射能に汚染された水が漏れているか」という質問をすると、東電は、「水は漏れていない。そんなことはありえない」と答えました。
地下水はどうなっているか」と聞くと、東電は、「心配は無用だ」と答えました。
でも、それは疑わしく思えたので、地下水の検査をするよう命じました。

東電が嘘をついていたことは、すぐに明らかになった。
産業界と科学者による、馬淵氏の専門家チームは、毎日数十万リットルの地下水が、福島第一の方に流れていることを突き詰め、
その地下水がそこで汚染され、さらに、太平洋へと流れ出ることを懸念した。

馬淵澄夫:
それで、一刻も早く食い止めなければならないと、急ぎました。
ゆっくり構えている暇は、まったくなかったのです。

それを早く食い止めなくてはと、事故発生後から約3ヵ月後に当たる、2011年6月14日
馬淵氏は、記者会見で、彼の計画を発表することにした。
福島第一を取り囲む遮水壁を、地下に建設する、という計画だ。
しかし東電は、それに反対した。
東電が、記者会見予定の前日に作った極秘書類を、ZDFが入手したが、このようなことが書いてあった。

わが社ではちょうど、有価証券報告書の監査期間中であり、
遮水壁を建設するということになれば、その建設費用の記載も求めることになる」
しかしそうなれば、市場は、激しい反応を見せることになるだろう。
わが社が、債務超過に一歩近づくと思われてしまう。
それだけは、ぜひ回避したい。


その陰では、かなり厳しいやり取りが行われた。
計画された記者会見は行われず、今でも、福島第一原発の周辺に、遮水壁はない。

馬淵澄夫:
要するに東電は、遮水壁の費用を、一切出したくなかったのです。
彼らにとって、都合の悪いことを言っていた私を、退任に追い込んだのです。
馬淵さえいなければ、と彼らは思ったのでしょう。
馬淵がいなければ、馬淵チームもなくなる、と。
私だけでなく、チームが全員いなくなりますから。


その陰では、強力でつかみどころのない、産業、銀行、政治家、官僚、科学者、そしてマスコミによる、
日本の原子力ロビーが、ありとあらゆる方法で、糸を引いていた

事故発生後、いわゆる原子力ムラと呼ばれている勢力と対立した当時の首相も、辞任に追い込まれた
管元首相もさんざん、誹謗・中傷を受けたが、後日、これらの非難はすべて、当てはまらないことが判明した。
事故発生から3年後、その彼が、激しく非難を展開している。

2010年~2011年総理大臣・管直人:
背景にあったのは、いわゆる原子力ムラが、私をできるだけ早く、首相のポストからおろせ、ということでした。
これは、まったくの陰謀でした。
私は、そう受け止めています。

そして原子力ムラは、あらたな看板役を見つけた
現在の総理大臣、安倍晋三である
安倍首相は、2020年のオリンピック開催権獲得に向けて、世界に対してこう宣言した。

日本総理大臣・安倍晋三:
フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。
状況は統御されています。


管直人:
現在の政府は、再び、「原子力ムラ」の人物を、諮問委員会に送り込んでいます。
これらの人物は、原発の新設を推進したい人物です。
巻き返しが、すでに始まっているのです。


私たちは、あるホテルで、放射能物質除染の専門家に、話を聞いた。
彼は、ある大きな研究所の、責任者だ。
そのホテル、町、大学の名前、彼の研究内容も、彼の素性が推理できる手がかりとなるもの一切を、伏せてほしいと言われた。
それには、理由がある。

放射能物質除染の専門家:
去年の10月始めまでは、かなり自由に、意見を述べても平気だったのですが、
ある時から、公的機関から指示が出され、「テレビに出演してはいけない、マスコミと一切、接触してはならない」と言われました。
オリンピックの開催地として候補するにあたり、安倍首相は、フクシマの状況はコントロールされている、と言いましたが、
その後、指示が来て、研究結果を、もう絶対にマスコミには公表するな、というのです。

その研究結果というのは、いったいどのようなものなのか、訊ねた。

放射能物質除染の専門家:
基本的には、福島第一原発の事故後の状況に関する、一切のデータです。
私たちは、現場サンプルを採集し、汚染を検査しています。
実際にはなにも、コントロールなどできていないのです。

その指示に従わなければ、研究プロジェクトの予算がカットされ、彼の元で働く研究員たちが失業することになる。
不安、恐怖を育む土壌。
そして彼は、「日本のマスコミは、このテーマには怖がって触れようとしない」と、別れ際に語ってくれた。


私たちは、京都大学の、水文水資源学会の山敷庸亮氏の、研究調査を取材した。
山敷氏たちは、河川や海の放射線汚染が、どのように広がっているかを調査している
東電や政府は、かねてから、水での汚染は、原発周辺の地域に限定されている、と主張してきた。
山敷氏率いるチームは、事故のあった福島第一原発から、80キロ離れた仙台湾で、土と海水を採取した。
原発から、これほど離れた場所で調査をするのは、これが初めてのことではない。
そしてその結果は、衝撃的だった。

京都大学水文水資源学会・山敷庸亮:
始め私たちは、放射能汚染は、フォールアウトした場所と、原発の水漏れのあるところに限られているのだ、と思っていたのですが
実は、阿武隈川流域一体で、汚染が進んでいることが、調査で判明しました。
私たちの計算では、阿武隈川を通じて、1年に約10兆ベクレルの放射性セシウムが、太平洋に放出されています。
この量は、原発事故直後に海に流出した量と、ほぼ同じです。

山敷氏の調査結果は、阿武隈川が、事故のあった原発から遠く離れているだけでなく、直接なんの接触もないはずだけに、かなり衝撃的だ。
それなのに、河床は、高濃度の放射性セシウムによる汚染があることを、はっきり示している
理由は、雪解け水と雨により、フォールアウトした地域から、放射性物質が洗い流されることによる
それが、小川や支流を通じて、阿武隈川に流れ込み、最終的に海へと運ばれていくのである。

しかしそれはまた、これから何十年にわたり、放射性セシウムが、食物連鎖に入り込んでいくことを意味している
誰も気にも留めない、原発事故現場から遠く離れた、この汚染源を通じて

山敷庸亮:
ここ2、3年はもう誰も、このテーマに関心を示そうとしません。
政府も地方行政も、市街の除染をやることが一番の関心事で、海への流出に関しては、注意を払いません
これらの事実は、すっかり無視されています

日本政府は、事故のあった原発周辺一体での、魚の捕獲を禁止している。
しかし、80キロ北上したここ(仙台湾)では許されている

京都大学、その1週間後のことだ。
山敷博士は私たちに、河口デルタ地域の、泥土サンプルの分析結果を見せてくれた。
海流と地形によって、放射性セシウムによる海の汚染の影響は異なるが、何箇所かで、値が非常に高くなっている。

Q:
それで、状況はコントロールされているのでしょうか?

山敷庸亮:
いいえ! 難しいですね。
分析結果はさておき、これは基準値の問題なのです。
日本政府は、新しい基準値を設定しました。
それによれば、1キロ当たり、8000ベクレル以上が危険、ということになっています。
これには驚きました。
なぜかというと、事故前の基準値は、1キロ当たり100ベクレルだったからです。
それで、私たちが分析した値を、もう一度よく見てみてください。
どれも、8000ベクレル以下です。
それで、誰もが大丈夫と思って、忘れ始めているのです。
しかし私自身は、この汚染は実は、非常に高いと思っています
このことに、世間はもっと、注目すべきです。
けれども、誰も、この結果に関心を寄せないので、政府もなにもしないのです。


このような子供だましのトリックで、政府は問題を解決しようとしているのだ。
基準値をあげれば、問題は消え、誰も心配する必要がなくなる、というわけだ。
去るもの日々に疎し、ということか。

私たちは、浪江町で、牛の飼育をする吉沢正巳さんの農場に戻った。
今ではここは、牛のホスピスとなってしまった。
ここで育てられた牛は、かつてはよく売れ、繁盛した。
しかし、2011年3月に原発が爆発して以来、それは過去のものとなり、牛は売れなくなった。
吉沢氏に、その理由を見せてもらった。

吉沢正巳:
牛たちは、ここにあるこういう草を食べていますからね。
放射能に汚染された草を、1年中食べているんです。
放射能が体内に取り込まれているから、白い斑点ができたんだと思います。
牛たちは、外部と内部被爆にさらされているわけですから。
この犬だって、被爆しているわけですよね。

吉沢氏には、動物たちを見捨てることはできない。
自分は、外からの食料で賄っているが、牛たちの食費は、支持者たちから寄せられる寄付金だけでは足りない。
放射能で汚染された食物が、どのような影響を与えるのか、牛を検査して調べることができるはずだ。

吉沢正巳:
こういう模様ね、こういう白い斑点が出ています。

Q:
こういうのは、前にはなかったんですか?

吉沢正巳:
初めてですね。
もう40年も牛を飼ってきましたが、こういうのは初めてです。

Q:
理由は何だと思いますか?

吉沢正巳:
獣医も、これは皮膚病ではない、といっています。
これは皮膚の病気ではなくて、ほらここ、肌が真っ白になっているんです。
どうしてそうなったかといえば、それは...…。
もう長いこと牛の世話をしてきましたけど、こういうことは初めてのことでね。
放射能の影響ということを、考えないわけにはいきません。
でないと、理由は多分、見つからないでしょう。

その周辺の村などでも、農家で、同じような原因不明の現象が、動物に現れている。
行政からは検査が命じられ、そのあとで、緊急な勧告が下りた。

吉沢正巳:
政府も、何もしなかったわけではありません。
2回ほど、科学者が派遣されてきて、あらゆることを調べていったんですが……。
それから、政府は私に、牛を全部殺すように、と言ってきました
これ以上生かしておいては困るから、私に殺せと。
だけど、私にはそれはできません。
どうして、政府が牛を生かしておきたくないか、その理由は、記録を残しておきたくないんだと、私は思っていますね。
だから、牛を殺せ、ここを片付けろ、と言うのです


しかし、被爆するのは動物だけではない。
双葉町に戻った。
ほぼ1万人の住民が、ここには住んでいた。
そのほとんどが、原発に従事していた。
今ではここは、原発事故による立ち入り禁止地区だ。
原子炉建屋が爆発したとき、たくさんの人が、高線量の被爆をした。
井戸川元町長も同じである。

井戸川元双葉町長:
私たちはちょうど、避難する最中でした。
病院の患者と看護婦たちが、ちょうど車に乗ったときです。
そのとき、バーンという大音響がして、それが1番目の爆発でした。
すぐに、空からたくさん埃が降ってきました。
あのときの線量は、非常に高かったと思うんですが……。
もう、すぐに死ぬと思いましたね。皆、そう思ったんです。

事故発生後初めて、井戸川夫妻は、自分たちの家に戻った。
彼らは、除草剤を持参した。
ここにはもう住めない、ということが、彼らにはまだ、納得できないのである。
ついこの間までは、この、東京近郊の学校の建物が、彼らの避難場所だった。
ここに、約千人の被害者と、寝起きを共にした。
井戸川氏は、爆発後、放射性の埃を吸い込んで以来、のどの痛みを訴え、繰り返し鼻血を出し、胃や目が痛み、そして疲労感に苦しんでいる
彼は、爆発直後、被曝量の測定をせずに済まそうとしていた官庁に、測定をするよう迫った
結果は、数十万ベクレルのヨウ素131と、セシウム137だった。
しかし、測定は、測定だけに終わった
それが何を意味するかについては、なにも知らされない

井戸川元双葉町長:
福島大学病院では、「放射線で健康被害を受けた人は誰もいない」と言うんですね。
しかし私たちは、事故が起きた時すぐそばにいて、放射能を直接浴びたわけですが、医学的な検査を、なにも受けていないのです。
今だになんの検査もされていないのですよ。
私は、真実を知りたいのです。
そして、それに従った手当てを受けたいのです。

これは、2011年に、福島で行われた説明会で撮影されたビデオだが、
これを見ると、日本が、公に、健康の危険に関する評価として、どのような立場をとっているかが明らかになる。
山下教授は、政府に任命された、福島の放射線健康リスク管理アドバイザーだ。

放射能の影響は、ニコニコ笑っている人には来ません。
くよくよしている人に来ます。
これは、明確な動物実験で解っています。


井戸川元双葉町長:
日本政府は、非人道的です。
それを私は、確信しました。
まったく情ないことです。
国民が、ことごとく馬鹿にされているのです。
いろいろな感情がこみ上げてきますが、一番強いのは、激しい怒りです。


大人と違い、子供を持つ親の要請で、子供たちには医学的な検査が行われている。
すでに、地域の子供、若者たちの30万人以上が、甲状腺のスクリーニング検査を受けた。
「笑っている人には放射線の被害は来ない」と言った、福島県の放射線リスクアドバイザーの山下教授も出席し、
検査結果が、規則的に間をおきながら、発表される。

結果は衝撃的だ。
いくつかのカテゴリーに分類されているが、検査を受けた子供たちの約50%に、甲状腺異常が検出されている
小さい結節や、のう胞からガンまで、さまざまなケースがある。
親には、自分の子供がどのカテゴリーに分類されたかを知らせる、手紙が届く。
根本氏のところにも、それが届いた。
しかし、それには問題点がある。

根本:
これだけでは、なにもわからないのです。
『8ミリから20ミリの結節』と書いてあって、一番下のカテゴリーだ、というのですが、
数字しか書いてなくて、でも私は、それがどういう意味なのかわからない
それで、どのような状況にあるのかを説明してほしいのです。
でも、検査結果は渡してくれないのです。
それで、わざわざ、申込書を提出しなければなりませんでした。

数ヵ月後にやっと、コピー代を払ってようやく、根本氏は、超音波写真を含む検査結果を受け取った
この結果だけを見ても、なにもわからないので、彼女は病院に行き、
彼女の息子は、そこで、2度目の検査を受けることになった。
しかしそれは、放射線リスクアドバイザー山下教授が出した規則に、反している

根本:
病院から、検査をこの病院でやった、ということは黙っていてほしい、と頼まれました
ですから、検査をしてもらった病院と医者の名前は、言うことができません

というのは、一番下のカテゴリーに分別された症状を持つ子供たちは、
2年後でないと、次の検診を病院で受けられないことになっている
、から
である。
それが、山下教授による指示なのだ。

根本:
どうしてそのようなことをするのか、私にはわかりません
ですから、政府や県のやり方に対する不信感は、募る一方です。
自分たちが、何を本当にしているのか、知られるのがいやなんだと思いますね。

しかし、2回目の検査をして、根本氏は少し安心した。
結節が小さくなっていたからである。
しかし、心配はなくなってはいない。
放射能による汚染は、まだ続いているからである。

根本:
薪ストーブに使っていた木なんですが、燃やしたあとの灰を測ってみたら、1万5千ベクレルだったのです。
それで、薪はもう使えなくなりました。
それ以来、ずっとここに置いてあるんですが、これをどうしていいかわからないんです。

高濃度放射能のゴミが、自宅の庭に
困った彼女は、町の役所に聞いてみた。

根本:
役所に電話をして、聞いてみたんですが、環境省に聞いてみろ、と言うんです。
それで、環境省に聞くと、今度は「市役所に聞け」と言う。
もうどうしていいかわからない、そういう状況です。


そして、彼女が連れて行ってくれたのは、町のある公園広場だ。
ここは、特別な場所である。
原発事故発生後、日本では、あらゆることがもう普通ではなくなったことが、ここにいるとはっきりする。

根本:
ここは、たくさんの子供たちが遊びに来る場所です。
2011年の事故発生後に、除染が始まったとき、放射能のゴミがこの公園に埋められたんです。
大きな機械を運んできて、穴を掘り、そこに、除染作業でできた袋詰めの放射能のゴミを何個も寝かせ、また上から土をかけたのです。

最初は彼女も、なにをそこに埋めたのか、知らなかったという。
しかし、それがとうとうわかったとき、根本氏は、このような場所が町のどこにどのくらいあるのかと訊ねた

根本:
「風評被害があるといけない」また「廃棄物の不法投棄が増えるといけない」という理由で、教えてくれませんでした
市が、どこに埋められているか知っていれば十分で、市民は知る必要がない、と言われました。

放射能のごみを公園に埋め、それは誰も知らない方がよい
子供たちの遊び場には、一応、立ち入り禁止のロープが張られている。
芝生養生中のため、という理由で、立ち入り禁止の立て札が立っている。
ドイツの諺にあるように、草がおおい茂れば、すべて忘却の彼方、ということか。


仙台駅。
私たちはここで、福島の除染作業員を集めていると聞き、やってきた。
3晩かかって、やっと接触に成功した。
取材に応じてくれるよう彼らを説得するのは、とても難しい。
危険だからだ。

除染作業員:
もちろん危険です。

彼らの商売に影響を与えるから。
これは、何十億という金のかかった『利権』である。
ある地方一体を、除染する作業だ。
福島県の大部分は、高線量のフォールアウトのため、住むことができない
政府はそれを変え、住民に帰還させたいと思っている。
しかし、そのためには、数百万立方メートルという汚染された土を、剥ぎ取らなければならない
福島県のいたるところで、土が掘られ、パワーショベルが動いている。
この危険な作業に携わる労働力が、たくさん必要だ。
そして、ここで活躍するのが、やくざである。

Q:
商売は、どのように行われるんですか?

除染作業員:
やくざ自身は、現場での作業には関わりません。
彼らの手先である組織が、人集めをして、作業員を福島に派遣するだけです。

Q:
どうやって、どういう人を集めるんですか?

除染作業員:
借金のある人、または失業者などですね。
仙台の駅周辺で、彼らは、仕事の口があるよ、と声をかけるのです。
ただ、実際に金を受け取ってみると、約束した額よりかなり少ないのです。

Q:
で、どれくらい受け取るものなんですか?

除染作業員:
日取りで5千円から9千円、といったところですが、そこから1割から2割が、やくざにピンはねされます


やくざが、ことに好んで雇うのは、ホームレスだ。
「それには理由がある」と、今井誠司牧師は語る。
今井牧師は、何年も前から、仙台のホームレス支援組織で働いている。
原発事故発生後、ホームレスの数は、著しく増加したという。
何十万人という人が、地震、津波、原発事故で、一切合財を失ったからだ。

今井誠司牧師:
ホームレスには、職も、住所も、住民票もないので、それで普通の仕事の口はありません。
しかし、原子力業界では、仕事がもらえるのです。
例えば、除染作業や、原子炉の収束作業などです。
どれもとても危険で、誰もやりたがらないからです。
それで、弱い者が、こうして雇われていくのです。

やくざに雇われ、彼らが行き着くのは、危険な場所にある下請け会社である。
住む場所も家族もなく、また、福島にいたということがわかると、ほかの仕事にありつけなくなるという不安があることが、
原発産業にとって、皮肉にも好都合な効果を招いていると、今井牧師は語る。

今井誠司牧師:
実際に病気になっても、証拠がありません
彼らは「いや、福島にいたことはない」と言いますから。
彼らは、嘘をつかざるを得ないのです。
そしてもし、ガンになることがあっても、彼らがそこいにた、という証拠はありません。
まったくひどいことです。
大事なのは金のことばかりで、人間のことはどうでもいいのです。
いつも金の話しばかりです。

私たちに情報を提供してくれた人も、やくざの手先として働いていたが、足を洗った。
もう、福島で働きたくない、と思ったからだ。
しかし、沈黙を破るのは非常に危険だ、と彼は言う。

情報提供者:
顔や姿を見せるのは、とても危険です。

Q:
どんなことが起きるのでしょうか?

情報提供者:
恐ろしいことをするだろうね。
殺しはしないまでも、思い知れという、かなりの戒めが待っているだろう。
きっと拉致されて、暴行されるだろう。


危険な仕事を引き受けるホームレスは、いつか死んでも、死を悼んでくれる人もいない。
原子力ムラに対立した総理大臣や大臣は、辞任に追い込まれ、科学者たちに圧力がかかり、事故の真実を隠蔽する - いったいどうしてなのか?

私たちは答えを求めて、福島県の隣にある、新潟県を訪れた。
ここには、世界最大の原発がある。
日本が自慢とする、この原発設備が建つのは、新潟市の中心街から目と鼻の先だ。
福島の原発事故以来、運転が停止されている。
東電と政府は、この原発を再稼動したいと思っている。
原子力発電をまた復活させるには、この原発が、中心的な役割を果たしているからだ。
私たちは、新潟県知事に取材した。
この知事は、今までは、政府与党である自民党に支持を受けていたが、それは取り消されることになるかもしれない。
それは、この知事が、再稼動を拒否しているからだ。

新潟県知事・泉田裕彦:
現在の「東電再建計画」では、事故があった場合に、銀行も株主も、責任を取らなくていいことになっています
そう計画書で、設定されているのです。
もし事故が起きれば、そのしわ寄せは、またみんな、国民に来るのです。
しかし、銀行や投資家が、なんの損害も受けないということであれば
彼らはこれからも、リスクを冒していくでしょうし、安全第一の文化が壊されていくでしょう。
私はこれを、『倫理的なリスク計画』と呼んでいるのです

ここでも、何百億、何千億という単位の、お金が絡んでいる。
東電の広瀬社長は、泉田知事に再稼動計画を認めてもらおうと、あらゆる手を尽くしている。
フクシマの事態はコントロールされている」。
あのような事故があっても、「原子力エネルギーは制御可能だ」というメッセージを、変えようとしない。

泉田裕彦:
東電は、真実を話してきませんでしたし、これまで一切、責任を取らないできました。
すべてコントロールされている、などというのは、私にはなんの意味もない言葉です
彼らが、たくさんのことで嘘をついてきた、というだけでなく、たくさんの問題に、正面から立ち向かうのを避けてきたことが、問題なのです。

「原子力ムラが、嘘、隠蔽、危険の過小評価をするのには理由がある」、と泉田知事は語る。

泉田裕彦:
日本には、安全神話というのがあります。
安全神話は、日本の原発は安全で、ほかの国のような事故は決して起きない、というものでした。
今、原発の再稼動に関する議論を見ていますと、彼らが、新しい安全神話をつくろうとしている、という印象を受けますね。


新しい安全神話?
私たちは福島に戻った。
島の反対側だ。
日本政府と原子力ロビーが、原発事故の事態は制御できる、と見せようとしていることは確かだ。
福島第一原発の周りに凍土遮水壁を作る、という計画も、それに属している。
これで、常時、原子炉建屋に流れ込み、放射能でたちまち汚染されていく地下水を、食い止めようというのである。

新川達也氏は、政府の原発事故収束対応室長だ。
遮水壁がいつ完成するのか、彼に話を聞いた。

事故収束対応室長・新川達也(経済産業省):
現在、可能性を探る調査を行っているところです。
今年度終了までに、プロジェクトの工事を終えたい、と希望しています
日本の会計年度は、3月に終わりますので、つまり、2015年の3月を目指しています
それから、土が実際に凍るまで、2ヶ月ほどかかります

遮水壁を作る、という初めの計画があがってから、数年が過ぎた
この数年の間に、毎日、何百トンもの地下水が、放射能に汚染され、そのうち毎日200トン以上の水が、太平洋に流出している
そしていまだに責任者たちは、可能性調査をしているという。
そもそも、凍土による遮水壁が、本当に目的を果たすかという疑問には、まだ完全に答えが出ていないのが現状だ。
そのことは、この政府代表者も認めた。

新川達也:
まだ、いくつかの課題があります。
まず、この技術は、これほどの規模で試されたことがありません
そして、地下水の移動速度、という問題があります。
私たちは、低いと考えていますが、もし速度が高ければ、水は凍りません。
それから、地質の問題があります。
原発の周りに、どのようなものが埋まっているか、土がその条件で凍るか、ということです。


Q:
それでも、状況がコントロール下にあるとお思いですか?

新川達也:
はい!


まだ技術の性能が試されたこともなく、福島の現場の条件でそれが機能するかどうか明らかでなくても、
それでもコントロールできている?


かつて、事故収束を担当した馬淵澄夫氏が、なぜ東電と政府が、この計画を決定したのか、その簡単な理由を教えてくれた。

馬淵澄夫:
国がお金を出すのは、凍土遮水壁のように、技術的に難解で、まだ課題の多いものに対してだけなのです。
これが、日本のやり方なのです。
それより、どうやったら確実に水をせき止められるのか、考えなければいけない。
難解なプロジェクトを始めることが、目的ではあり得ないはずです。
よく性能が実証されている技術を、使うべきです
しかし国は、技術的に手間のかかる、初めてのプロジェクトにだけ、お金を支払うことになっています
それで、凍土遮水壁が作られるのです。

つまり、投資家や株主は責任を問われず、したがって賠償をする必要がなく、
まだ実証されていない技術に頼って、日本と世界を大災害から守ろう、ということ
だ。

そして日本の一般大衆は、これらのことを、ほとんど気にもとめない
マスコミでは、福島第一原発から今でも発生している危険や、事故の影響について、ほとんど報道しない
それで、忘れられた、と感じている人たち、牛飼いの吉沢さんのような人たちに、世論を喚起する役を任せる以外にないようだ。
彼は月に一度、ここ、東京の渋谷を訪れる。

吉沢:
東京の住民の皆さん、話を聞いてください。
あなた方が使っている電気は、毎晩こうして、明るく照らしてくれる東京の電気は、40年来、福島から来ているんです。
今は、福島の火力発電所から来ています。
だけど、人間として、どうか考えてみてほしいのです。
浪江町や富岡町、大熊町、小高町、飯館村の人たちは、もう二度と、故郷に帰ることができない。
米づくりなど、二度とできやしないよ。
再稼動と今言っている人たちは、ここを見たことがないんです。
ことに安倍首相は、何も見ていません。
本当にがっかりします。


事故を起こした原発を所有する東電に、状況をどう判断しているか、訊いてみようと思った。
状況が、本当にコントロール下にあると思っているのか、嘘をついていると言われて、どう反論するのか。
私たちが質問表を用意すると、応じてもいいといわれていたインタビューを断られた。

ヨハネス・ハーノ記者報告
製作・ZDF
字幕翻訳・無限遠点
コメント

「私たちは殺されかかっているようなものなので、何かしなければなりません」いわき市住民

2014年03月14日 | 日本とわたし
金吾さんからふたつ、ビデオを教えてもらいました。
フランスとドイツで放送された2本の報道番組です。

チェルノブイリの原発事故が起こった時、原発の事故の悲惨さ、厳しさ、恐ろしさを、わたしは日本のテレビ局が報道した、優れた番組によって知りました。
その時、ああ、ソ連の国民でなくてよかった。
万が一、日本の原発が事故を起こしても、あんな酷い目に遭わないはず
なによりも、科学技術が発達している、しかも几帳面で堅実な日本人が管理している、どこよりも安全な原発やもの、そもそも事故なんか起こるわけがないし……。

ああ、なんと能天気で、物知らずな大人だったんでしょうか。

あの事故が起こり、それによって生じた様々な不条理や不手際を、散々調べて報道していた国が、
その当時の、初めてだから仕様が無かった混乱と失敗を、まるで聞いたこともないかのように、知らないふりをして、同じことを、いや、当時のソ連よりも後手後手に、
あれやこれやと誤摩化し、のらりくらりと先延ばしにし、隠したりウソをついたりしながら、ひたすら時間稼ぎをしている……。

最低の国だった……。

だから、「私たちは殺されかかっているようなものなので」という、いわき市の市民の方の言葉は、決して大げさでもなく、本当のことだと思います。
だから、そんな恐ろしい連中によって牛耳られている国に生まれてしまった子どもたち、これから生まれてきてしまう子どもたちのために、
わたしたち大人が、何かしなければならないのではないのですか?




フランスFR3「フクシマ・地球規模の汚染へ」 和訳全文

スイスの決意
それは、20年後に、原発をゼロにすること。
日本で、福島原発が大事故を起こした直後の決定である

「福島原発では、今日も、新たに2回の爆発が、同時に起こりました」

津波の後 福島原発が連続爆発してからというもの、スイス人は、放射能に対して、ひときわ敏感になった

「『日本の汚染魚にノー!』韓国は、福島産のすべての海産物を、輸入禁止しました」

バーゼルの研究所が、昨年10月に発見した。
スイスのスーパーで売られていた魚が、放射能汚染をしていたのだ。
太平洋産のマグロから、セシウム134と137が検出された。
福島原発事故由来の汚染である証拠だという。

「ご覧のように、セシウム134と137の両方を含有してました」
「どれくらいの量?」
「0.1から0.5ベクレル/ Kgです」

所長によれば 基準値以下のため、健康には危険はないということだ。
われわれのために、別のサンプルも分析してくれる。

「この魚は何ですか?」
「タラです」
「太平洋産タラ…バーゼル市内の店で買いました」
「セシウム検査をするために…」

【バーゼル研究所】
マルクス・ツェーリンガー・放射能研究チームリーダー:
二つのセシウムが同時に検出されたら、福島が汚染の原因だと言えます」

分析の結果、タラも、福島の放射能に汚染されていた。
行政の基準によれば、危険はない量とのことだが……。

しかし、国境の向こうのフランスには、別の意見の専門家もいる。
「『放射能が無害』などという発言は、非常識だ」と彼は言う。

【クリラッド測定所】
ブルーノ・シャレロン ・核物理学エンジニア:
被ばくには『しきい値』というものは、存在しないのです」
最少量のベクレルでも、ガンマ線やベータ線を外部や内部から受ければ、後年、それがガンになっていくキッカケになり得ます

だから、被ばくとは闘わなければいけない
終わりのない戦争だ。
それが地球の裏側では、3年前から猛威をふるっている
日本……。
その日、マグネチュード9の大地震が、日本の沿岸部を襲った。
数十分後、巨大な水の壁が、太平洋岸一帯を飲み込む。
犠牲者は、2万人を超えた。
5千人が行方不明だ。
津波は、福島第一原発も壊滅させた。
これが、運命の瞬間である。
巨大な波が施設を襲う。
冷却用タービンは水没して壊れ、原子炉はメルトダウンを始めた。
次々に爆発が起こった。
世界は、チェルノブイリ以来、史上最悪の原発事故を、目の当たりにした。
原発から放射能雲が発生し、国土の大きな面積を覆った。
政府は、3万人の住民避難を決定。
原発周辺に、最初は20km、やがて、30kmの閉鎖区域を設けた。

3年が過ぎた……。

福島周辺では、今でも、津波の爪痕が生々しい。
見渡すかぎりの瓦礫の山、家や家具の残骸、壊れた車、トラック……。
この地方全体が、巨大な除染作業の現場と化した
放射能雲は、いたる所を通過した。
たくさんの作業隊が、表土を5cm掻き取り、巨大な黒い袋に詰めている。
別の作業員が、それを積み上げる
処分法がないから
だ。

日本政府によれば、『現場はコントロールされている』

しかし、現地の住民は安心できず、自分たちで何とかする決意をした

例えば、原発から20km の南相馬市
事故の翌日に、避難を命じられた町だが、2012年4月、閉鎖区域から外された
住民は、放射能という『毒』を、自ら計測することにした。
事故後、独立した団体が、数多く結成された。

「仮置き場が見えますよ」
「放射性物質が貯蔵されてる所です」
「積み上げられて ゴミの山になります」

こうした団体の代表者は、ガイガーカウンター持参で、住民のSOSに駆けつける
丘のふもとの、立派な家に呼ばれた。
家は、市の除染を受けたばかりだ。
しかし家主は、安心できずにいる。

「全部 測りましょうね」

日本政府の定めた許容基準値は、毎時0.23マイクロシーベルト
つまり、年間1ミリシーベルト
国際的な基準によれば、それ以上の被ばくは危険である。

「素敵なお宅ですね」
「放射能がなければ、もっと素敵ですよね」

家主は、名のある陶芸職人だ。
調査を始めると、たちまち測定器が鳴る。
基準値の20倍……。

「ここの除染は完了しています
放射性物質はすべて除去したと、行政は主張してますが、このコンクリートの上など、5マイクロシーベルトあります」
「普通は、年間1ミリシーベルト以上、放射能を受けてはいけません
ここの年間の被ばく量は、4.3ミリシーベルトです」
チェルノブイリなら避難地域に指定される量です」
居住禁止のはずです」
「ここは誰も住んではいけない場所なのです」

彼は、妻と3人の子供を、300km離れた場所に移住させた。
しかし、自分は残るつもりだ。
大山弘一さんは 原発事故以来、ここに一人で住んでいる。

「15年前にここに来て、チェーンソーで土地を切り開きました」
「この家は、自分で建てました」
「庭も家も全部、自分で設計しました」

大山さんの家計は、惨憺たるものだそうだ。
補償はなく、顧客もないので、収入はゼロ
しかし、税金は今でも毎年取られる
テラスの線量は強烈だ。
基準値の40倍を超える

「素敵な家ですから、売りに出してはいかがですか?」
「誰も買いたがりませんよ」
「どうして?」
「だって、放射能汚染してますもの」
「放射線管理区域内です」
「ここの家を買う人なんていません」

南相馬はどこも、放射能だらけだ。
政府は、地域の学校すべてに、モニタリングポストを設けた。
保護者を安心させるために、リアルタイムの線量が示される。

0.13マイクロシーベルト/時。 
基準値よりずっと低い。
しかし、数メートル離れた道端の数値は、0.8マイクロシーベルトまで上がる。
学校前の公式数値の5倍だ。

吉田邦博・市民放射線測定所(CRMS)代表:
「学校は除染されましたから」
「当然、数値も低くなっています」
「でも、10メートル離れただけで、数値は変わります」
「4倍から5倍に上がります」
「10倍に上がる所もあります」
「私に言わせれば、モニタリングポストは、何の役にも立ちません
税金の無駄遣いです」
「これは自然放射線なんですか?」
「もちろん違います」
自然放射線だったら、0.05マイクロシーベルトくらいです」

地域のすべての学校が、行政によって除染された。
いわき市、福島原発の南40km
この日、小学校では、みんな熱狂していた。
地元野球チームの人気選手を迎えたのだ。
そして、グラウンドの片隅では、気ぜわしい様子のお母さん3人……。
彼女たちも、公式数値をチェックするグループを結成したのだ。
1メートルごとに、グラウンドを測定する。

千葉ゆみ・主婦:
「そこの場所が、学校では一番高いです」
0.18マイクロシーベルト以上です」

「グラウンドにしては高いですね」

健康にはまったく害がないと、保証されている数値です」
「でも原発事故前と比べると、3倍から4倍高いですね」

グラウンドの次は、校庭だ。
子供の健康を心配して、お母さんたちは、天(お上)任せにはしない。
「このタブレット、GPS機能が付いていて、直接線量を記録するんです」

学校責任者は、万事順調だと主張するが、動揺を隠し切れない瞬間もある……。

「学校の除染は済んでますか?」
「はい、人が来て、学校の裏の木や、あそこの木を切りました」
「でも、正式の除染はされてません
「子供が遊んでも安全なのですか?」
私個人としての意見ですか?それならノーコメントです」

教頭の後ろには、モニタリングポストが2台も立っている。
1台目の数値は、0.09マイクロシーベルト
2台めは、ずっと高い数値を示している。
毎時0.14マイクロシーベルトだ。

「長い話になるのですが、私の聞いたところでは、1台はある会社で作られたのですが、性能を満たしていないということで、文部科省が契約を解除したそうです」
「その後、新しい機械が設置されました。裁判になってると思います」

「同じ数値が出ますか?」

「こっちの方が良くないようです。性能が満たされていないそうです」

妙な話だ。
われわれは、取材旅行中ずっと、隣り合わせ(に立っている2台)のモニタリングポストに出会った。
政府が設置したモニタリングポストは、隣りの計器より低い線量のことが多い
この差はどこから来るのか?

東京に戻る。
この倉庫は、契約解除された計器のメーカーのものだ。
彼が、社長の豊田氏。

豊田勝則・株式会社アルファ通信社長 ;
「これが文部科省が発注したものです」
「省は600台 この、リアルタイムの計測システムを注文し、福島県に設置しました」

ところが、使用が始まった数週間後、省は、計測値を補正するように要請した。

計器の表示する値は高すぎる』という理由である。

省の通知は、厳しい口調だった。

「省から届いた通知です」

2011年10月26日付

「ここに、『表示値が高すぎる』とあります」
彼らは、6基のモニタリングポストを、現場で検査し、省のガイガーカウンターに比べて、私どもの計器の値は、はるかに高いと」
従って、表示値の補正が必須であると」
即座に調整を行なうように、要請されました

しかし、豊田氏の計測器は、国際基準に従ってアメリカで製造されていた
そして、アメリカの製造者は、補正を拒否した。

「アメリカ側とコンタクトを取り、数値を下げてくれ、と頼みました
『機器は、国際基準に則している』という返答でした」
『なぜ、日本の基準に合わせる必要があるのかわからない』と、補正を拒否されました

放射線量というのは、不確定であるため、20%程度の振れ幅が適用される。
しかし、ほとんどの国が、慎重をきして最高値を採用している。
日本の官庁は、われわれの問い合わせに応じなかった
豊田氏との裁判を控えているため、という口実である。

国民の不安をあおるのを恐れて、危険を最小限に見せる

事故当初から 国のこの態度に、日本人は苛立っている。
安全発言を告発するために、隠しカメラの使用を辞さないジャーナリストもいる。
日本では普通、ほとんど使われない。
そのため、このジャーナリストの顔を、公開することはできない。
『桐島 瞬』は、彼の筆名だ。
この3年間、原発内部を撮影するため、定期的に作業員として働いている。
この日は、東京のある労働組合で、目撃したことを報告した。
集まっているのは、原発労働者。
クビになる恐れがあるので、顔は公開できない。

「海を見るとすごく綺麗だけど、原発内部は、メチャメチャです」
「これは?」
「一号機のタービンです」
「汚染水用のホース 破れたものです」

原発内の仕事は、キツくて危険だ。
5千人の作業員は、みんな志願者だ。
桐島 瞬は、写真を撮ることは、自分の義務だと考えている。

「危険は承知です。48歳、もう若くないですから、構わないです」
「本当のことが知りたかったんです」
「何が一番大切か、考えました」
「危険を冒すほかない。原発内で起こっていることを、本当に知るために……」

彼は、私が、福島原発に接近する手助けをしてくれることになった。
2012年以来、閉鎖地域は、原発周囲の円状ではなく、放射能の広がりにほぼ沿っている。
許可なしで入ることは、不可能だ。
報道陣に許可の出ることは稀で、非常に規制されている。
しかし彼は、通行許可を持っているのだ。
私は、彼の車のトランクに隠れて、閉鎖区域に入ることになった。

「チェックポイントです。しばらくジッとしていて!」
「こんにちは!」
「申告することはありませんね?はーい どうぞ!」

数キロ先、人目のない場所で、トランクから出る。
だが、顔を隠すようにアドバイスされた。

「こうやって、日本人っぽくして、外国人だとわからないようにしました」
「日本人っぽく見える?」
「ああ、これなら目立たない」

原発に向うと、ガイガーカウンターが鳴り始める。
許容基準値0.23μを超えている、明らかな証拠だ。

「10.4」
「危険?」
「ああ、高すぎる」
「10.4?高すぎる、危険だ」
「ほら、ここを左折すると、1キロ半で原発だ」

双葉小学校の駐車場に、案内してもらう。
政府のモニタリングポストには、標準の50倍の線量。
桐島 瞬は激怒する。

バッテリーを地面に置いてある!」
ガンマ線はブロックされてしまいます
計器は、バッテリーと鋼鉄板の上に設置されてます
ガンマ線は、センサーに届きません
公式の線量は少なくなります

その証拠に、2メートル離れた草の中では、21マイクロシーベルト/ 時、公式線量の2倍に近い
校舎の裏では、測定器は狂ったように鳴る。

「ほぼ40マイクロシーベルト
「地面に置くと、単位が変わります」
「ミリシーベルトになりました」
0.32ミリシーベルト。つまり、320マイクロシーベルトですね」

安全基準の1300倍を超える。
日本政府は、双葉町が、何十年も住めないと宣言した。

「10年、50年は帰れません」
「ここに住んだら、許容基準の50倍の線量を、浴びることになります
「年間50ミリシーベルト以上……不可能です」
「あまり長居しない方がいい……行きましょう」
「ここによく来るのですか?こんな危ないのに……」
「私は、福島原発で長く働いたので、もういいんです。でも、あなたみたいな普通の人は、こういう場所に長居しない方がいい」

閉鎖地域の線量は、基準値をはるかに超える。
原発の周りの村では、2011年3月の震災の爪痕もそのままに、時間は止まってしまった。
しかし、日本政府はいつか、住民を帰還させる希望を失わない。
そもそも、家を捨てることを拒否した人も多い。
この農夫は、原発から14kmの場所に住んでいる。

「私はレジスタントです、神風、牛のテロリストです」

吉沢正巳さんは、300頭の牛と一緒に暮らしている。
みんな被ばくをしている。

「茶色い牛は日本特有で、黒いのとは全然違うんです」
「出荷できませんし、食べることもできません」
「譲渡も、売買も、よそに持ち出すことも、政府に禁じられています」

東電からは、2千万円の賠償金を受け取った。

7.9マイクロシーベルト……」
「7.6マイクロ、この辺りは高いです」

吉沢さんは、危険にもかかわらず、ここに残る決意をした。

「人生の最後まで、群れにエサをやる、牛飼いでいたいんです」
「牛を売れなくても、もう関係ないです」
「原発事故があった……仕方ないんです、原発が爆発してしまったんだから……」
「何が起ころうと最後まで、生き物たちの世話をするんです、残りの20年」

しかも、牛たちは病気だ。
事故から一年、皮膚に白斑が現われた

2012年8月から、白斑が出はじめました
「黒毛牛ですが、首や背中や体のあちこちに、白い斑点が出ています」
「すこし減りましたが、こっちの牛にも出てます。被ばくをしているせいだと思います
「皮膚や色素の変異みたいなものでしょう」

事故以来、200頭以上の牛が死んだ。
原因は不明だ。
政府は獣医を派遣して、調査を行なったが、結果は一度も送られて来ない

「この牛は。突然死にました」
「健康に見えたのですが、突然元気がなくなって、原因はわかりません。子牛も一緒に死にました」
「原因不明です、元気だったのに……」

一頭ずつ、死んだ牛のために、慰霊碑を建てている。
しかし、自分自身の体調については、語りたがらない。

「DNAの検査を二度ほど受けました」
「大丈夫だと言われました」
「少し心配な部分もあるけれど、 標準の範囲だと言われました」
「若い人ほど心配だそうです」
「私は来年60歳になるので……そんな年だから、もう心配ないんです」

それでも、われわれに、診断書を貸すことを承知してくれた。
検査によれば、彼のDNAは、損傷を受けていた。
問診をした日本の医師は、手で書き込みをしている。
『やや高めですが、心配ありません』

しかし、別の医師は、この記述に憤慨した。
チェルノブイリ事故後、ウクライナで、長く働いた医師だ。

「ある畜産家が、検査で、DNAの損傷を認められましたが、医師は問題ない、と言っています」
「それは、お医者さんが言ったんですか?とっても危ないですね」

河田昌東・分子生物学者:
「上昇がどういう意味を持つのかは、わからないのです」
わかるのは、体内で何か大変なことが起こっているということです」

「DNAが損傷すると何が起こるのですか?」

発癌リスクが非常に高まります
「しかし、チェルノブイリでは癌も増えましたが、他の病気も多く現われました
「実は、癌は、チェルノブイリ事故後に現われた病気の、10%に過ぎません
多かったのは心臓病です。セシウムは体内に入ると、すい臓と心臓に溜まるからです」
「それから体全体に広まることが、わかってきています」

福島では、こうした健康被害リスクが、2011年3月以来、現実にある。
原子炉建屋が次々と爆発し、高濃度の放射性プルームが放出されたから。
甲状腺癌の蔓延を恐れて、日本政府は、大規模な健康調査を実施している。
0~18歳の36万人の子供が、ホールボディーカウンター測定と、甲状腺の超音波検査を受けなければならない。
しかし、保護者にとって、検査は良識的とは言えない。

郡山市。原発から50Km
ここも、放射能雲が通過したため、ひどい放射能汚染をしている。
住民は、子供の心配をしている。

「見て、まだ毛があるよ」
「うん、僕、毛があったの」

野口とき子さんは、二児の母親だ。
13歳のユメちゃんと、9歳のダウン症児、リンタロウ君。
リンタロウ君は、原発事故直後に、髪の毛を失った
医者によると、ストレスが原因だ。 

「一番危険だったのは、3月15日だったと思います」
「爆発後、何時間のタイムラグがあって、放射能が風に乗ってきたのが、15日だと思います」
「それが15日の雪雲で、郡山市に降り注いだのです」

昨年、ユメちゃんとリンタロウ君も、県民健康管理調査に参加させられた。
甲状腺の超音波検査を受けたのだ。

「甲状腺検査を受けるためには、保護者はサインと捺印をします」
結果は、子供の名宛で郵送されます
「“野口リンタロウ様”とあります」
「封筒には、“親展”とあるので、彼しか開けられません
「まだ小学校四年の身障者なのに!それで、私たちが開封しました」
「結果は、20ミリ以下ののう胞があると、それだけです。数もサイズも、図も無しです」
「最後に、『A2判定』だとあります」
「次の検査は2年後だそうです。信じられません!のう胞があるのに、2年も待つなんて!
「ショックもありますが、怒りの方が大きいかな……」

とき子さんの子供は、二人ともA2判定だった。
保護者に渡された書類によれば、検査結果は、次のように分類されている。

A1判定=甲状腺に異常は見られませんでした。
A2判定=のう胞、または結節がありますが、問題はありません。
BとC判定は、二次検査、または手術を必要とする。


この不十分な情報に、保護者は安心することができない。
すでに、75人の甲状腺癌と、疑いが発見されているだけに、なおさらだ。
通常の発症率の15倍だ。

各地で、真実を探るための協会が、動き出した。
その一つ、三春村も、放射能雲の影響を受けた地域だ。
この日、学校の体育館で、たくさんの家族が順番を待っていた。

「ここの黒く見えるシミが、のう胞と呼ばれるものです」

この医師は、甲状腺癌のスペシャリストだ。
ボランティアで、検診を行なっている。

「甲状腺の左側に、結節があります。サイズは 8.2×3.6ミリ……」

「福島県の甲状腺検査は、信頼できない」と、彼は言う。
そして、権威機関の主張とは逆に、「日本で、癌が多発する恐れがある」と言う。

西尾正道・北海道がんセンター院長:
「15年か20年後には、大変な状況になる可能性があります」
「今の日本では、地上1mの線量が年20mSv になる場所に、人が住んでいます
チェルノブイリの基準ならば、住民を移住させなければいけません。年間3mSv以上で移住でしたから」
「しかし、日本は年20mSv まで、居住を許しています。このままでは、大変なことになります」

およそ100家族が、西尾医師の診察を受けに来た。

「結果はいかがでしたか?」

「問題ないそうです。安心しました」

政府が沈黙する中、こうした協会が、人々に、わずかな安心と希望をもたらす。

鈴木薫・いわき市市民放射能測定室事務局長:
「特別なことをやってるわけではありません」
「私たちのまわりは、放射能だらけです。いつ次の爆発が起こるか、わかりません。私たちは、そういう状況に生きてます」
「そんな中で、子供たちを放射能から守るには……、私たちは殺されかかっているようなものなので……、何かしなければなりません」
「とっても受身な姿勢ですが、闘わなければなりません」

日本政府は信用ならない、と評価されている。
その政府を相手に、闘うすべのない保護者たち。
事故後政府は、このアドバイザーを任命し、すべてが始まった。
このビデオは、インターネット上でも拡散された。
山下医師の発言は、日本中を震撼させた。

放射能の影響は、ニコニコしている人には来ません。クヨクヨしていると来ます。これは、明確な動物実験でわかっています

山下医師は、われわれの取材依頼に応じなかった。
その代わり、後任者に会うことができた。
鈴木医師だ。
「保護者が不安に思う必要はない」と、彼は言う。

鈴木眞一・福島医科大学付属病院病院長:
「二人に一人の子供は、医療措置を受ける必要がありません」

のう胞があるのに?

はい 問題ありません

甲状腺癌の数も、まったく異常ではない」と、鈴木医師は言う。
一番危険なのは、不安をあおること、だそうだ

「放射線は目に見えません」
「放射線による被害は、すぐには現われません。ですから事故当初、みなさんが心配をされたのは普通です」
「しかし、私の個人的意見ですが、放射線よりも、放射線への恐怖の方が、日本人に大きな影響をもたらしています
放射線を怖がるのが、一番いけません。わかりますか?」

だが、疑いがあるのか、福島大学は、巨大な放射線影響研究所を建設中だ。
2016年に開業予定だ。

日本は、暗い時代の到来に、備えているわけだ。
制御不可能なモノの制御を試みるため、日本政府は、原発から60kmの福島市に、原子力災害対策本部を設置した。
すべての関連省庁が、ここに集まっている。
そして、原発を所有する東電もいる。
広報班長の木野正登さん。
事故当初から、本部を指揮している。
彼の任務は。まだまだ続くだろう。

木野正登・原子力災害対策本部(経済産業省):
「もう三年近くここにいます」
「今のところ、後どれくらい、ここにいなければいけないかわかりません」
「放射能がなくなるまでは、30年、40年かかるでしょう。ですから、まだ長い間、ここで働くことになるでしょう」

原発を解体するのに40年。
しかし、目下、メルトダウンした原子炉を、冷却しなければならない。
常時、水を掛け続けるのだ。
非人間的な仕事だ。
漏水ばかりしている
何百人もの作業員が、危険にもかかわらず、リレー作業を続ける
汚染をなんとか遮蔽しようと、応急処置をしている
毎日300トンの高濃度汚染水が、太平洋に流れている

「みなさん、環境の心配をされています。高濃度汚染水が、海に流れていますから」
「当然です、特に、漁業の方は心配されています」
「一日も早く、汚染水の問題を、解決しなければなりません」

原発から海に漏れる汚染水が、魚を汚染させている。
昨年、水揚げされたこのアイナメは、基準値の2500倍の汚染をしていた
漁業は、沖合い40kmまで禁止されている。
いわき市のトロール船は、外洋まで操業に出なければならない。
捕獲が許可されているのは、約40種類の魚だけだ。
その一部は、検査に出さなければらない。
港では、県の役人が待ち受けている。

「魚は、研究所に持って行きます。放射能の検査をするためです」

この数ヶ月、県の検査結果は、魚を売ったり食べたりするのに、安心な値になってきている。

鈴木みつのり・漁師:
「食べるんですか?」

「もちろん。タコ」

「生で?」

「もちろん食べるよ。汚染ないもの」
「放射能ゼロだもの。これも放射能ゼロ」

タコやイカは、放射能に敏感ではなく、漁を許されている数少ない魚種だ。
しかし、漁師たちは、全面解禁を願っている。

「常時モニタリングしていると、基準値超えの魚も見つかります。100ベクレル以上ということです」
「でも、検査のたびに、値は下がってます
「政府は、とても慎重なんです。だから、何百回も検査して、はじめて漁の許可を出します」

日本政府は、汚染の続く限り、漁業を監視・制限すると宣言している。
日本気象研究所も、モニタリングに参加している。
青山道夫は、2011年以来政府の委託で、太平洋の放射能の拡散を観察している。
そして。安心できる見解を表明した。

青山道夫・気象庁気象研究所:
「福島原発から流出した放射能は、まず黒潮に乗ります。そして東に進みます」
「ただし、それほど東進しません」
「2011年冬から2012年春にかけて、汚染は東に流れました。そこで冷やされて、沈みます」
「深く沈んだ後、方向を変えて、南に向います。そして西に戻ります」
「日本に帰ってくるのです」
「こうして一部は、日本に帰ってきます」
福島から、2500~3000キロに運ばれた放射能は、水深400mまで沈んでしまっています

青山教授によれば、太平洋の生物には、まったく危険はない、ということだ。

「絶対ですか?」

「太平洋の魚は、まったく問題ありません。危ないのは、福島原発に接する海域の魚だけです」
「ここで育つ魚の遺伝子は、放射能で、ほんのすこし傷ついています」
「けれど、外洋の魚は、浅い所でも、深海でも、まったく大丈夫です」
「放射能が蓄積していても関係ありません」

「魚は食べて大丈夫なんですね?」

「大丈夫です。私も食べてます」

この、青山教授の説は、東京のある科学者を、困惑させた。

崎山比早子さんは、この日、放射能情報センター(原子力資料情報室?)に招待されていた。
放射線科学研究所の所長である崎山さんに、青山氏の説を話してみると……。

「魚が、高濃度汚染水の中を泳いでも、まったく問題ないそうです」

「ほんとに!?」

崎山比早子・福島原子力発電所事故調査委員会委員:
(*崎山氏より、「海洋学は専門外」と断りがありました
そんなこと、聞いたことありません。海洋学の青山先生ですよね?」
「魚が出られないように、網は張ってあるけれど、汚染水は自由に流れるから……」
セシウムは、砂や泥について水の底に沈むけれど、それを食べる魚だっているし、回遊してくるから、もちろん影響はあります
影響がないなんて、あり得ません
「(私は専門外なので)何故、彼がそんなことを言ったのか、わかりません」

日本政府は大丈夫、と言っているが、太平洋汚染の危機は現実、ということだ。
太平洋の向こう側では、その危機感が広まっている。

アメリカ……。
サンフランシスコ。
毎週、ボランティア達が、流れてくる津波の瓦礫を清掃する
環境を守ろうとする彼らにとって、今回の汚染は大惨劇だ。

海は、私たちの命です」
地球の70%が、海です」
原発事故は、もちろん海に影響を与えます
悲劇です」
日本からアメリカまで、生態は被害を受けるでしょう」

津波による瓦礫の大部分は、今年の春、アメリカ沿岸に届くはずだ。
しかし、科学者が一番心配しているのは、生態への影響だ。

ニューヨーク州ストーニーブルック大学。
この海洋学者は、放射能汚染したマグロの、切り身を保存している。

ダニエル・マディガン・ストーニーブルック大学生物学研究者:
「太平洋産のマグロです。サンディエゴ沖15~150キロの海域で、捕獲されました」
分析の結果 福島原発由来の、セシウム134と137が検出された
このピークは、福島の放射能でなければ現われません
セシウム134がとび抜けている以外には、目立ったところはありません

カリフォルニア沿岸中で、科学者グループは動き出している。
ダニエル・ハーシュ教授は、リフォルニア大学で、原子力政治学を教えている。
福島原発事故は、地球規模の被害をもたらす大惨事」と言う。

ダニエル・ハーシュ・カリフォルニア大学原子力政治学教授:
放射能に、安全なしきい値のないことは、わかっています」
海に流された汚染水によって、被ばくの危険は上昇しました。どの程度かはわかりませんよ」
福島原発事故は、世界規模の事故でした。被害は、グローバルに出るでしょう」
「どのようなものかはわかりませんが、人類に現われる健康被害は、膨大でないにしても、ゼロということもありません

太平洋汚染への不安から、カリフォルニアでは、人々は警戒を怠らない
ヨーロッパはどうだろう?
海は影響を受けなかったが、放射能雲は届いていた。
その大きさは?
フランスの科学者達は、それを突き止めようとした。

パリ近郊。
「大事故……そう、大惨事でした」

IRSNは、福島由来の放射能雲の通過コースを、シミュレーションした。
これが、その結果だ。

オリヴィエ・イスナール・フランス放射線防護原子力安全研究所・放射線防護課副課長:
「プルームは、太平洋に広がり、北米大陸に向かい、合衆国とカナダの間、そしてカリフォルニアの、アメリカ沿岸に達しました」
「そのまま、北米大陸、特にアラスカに広がりました」
ボストンから大西洋に抜けます」
北極圏からも広がっています」
そしてスエーデンから北欧に入ります」
東欧に達し 南北と東西に流れながら、徐々にフランスにも広がりました

「フランス人に、危険はなかったのですか?」

ありません。十分に低いレベルでしたから
ヨーロッパに住む人には、健康被害は出ません

だが、独立の立場の専門家は、そんなに簡単な問題ではない、と言う
確かに、ヨーロッパの放射能汚染は少なかったが、リスクは現実だったと、クリラッドの専門家は言う。

「フランスの住民も、福島の放射能を、ある程度受けました」
「呼吸と食物を通してです」
「幸い、チェルノブイリの時の1000分の1程度でしたので
例えば、安定ヨウ素剤の服用と言った、勧告を行なう必要はありませんでした。
とはいえ、あらゆる追加被ばく量は、健康リスクを上昇させます。
ですから、長期的な目で見て、影響がないと断言することは不可能です」
「これは、日本だけでなく、世界中の人に言えることです」


ふたたび日本。
南相馬市。福島原発から20km

いわもとてるおさん・退職者:

三歳の時から、地元の川で釣りをしている。
祖父に教えてもらった。
彼の生活スタイルなのだ

「ナマズ」

「食べられますか?」

「いいえ」

「どうして?」

「放射能に汚染されてます。たぶん1000ベクレル近く

「危険ですか?」

「ええ 今の日本の基準が、100ベクレルです。太田川は900とか、1000ベクレル出てます」

いわもとさんは、鰻釣りの名人だ。
日本人の大好物だ。
しかし、高濃度汚染しているので、もう食べられない。
自宅に戻って、検査するために、鰻を切り刻む。
原発事故以来、彼の趣味は終わった。

「定年退職して、人生を、これから楽しもうと思っていました。まさにその時 原発事故が起こったんです」
こんなこととは、関係なく生きたかった。放射能測定なんてこととは……」

「いつかまた川の魚を、食べられる日が来ますか?」

「私の生きている間は、来ないでしょう」

いわもとさんは自主的に、放射能測定を行なっている。
それが義務なのだ、と言う
未来の世代が、この悲劇を繰り返さないように。
故郷の川と……これほど多くの人生を、破壊してしまった悲劇。
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