ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

生徒たちの発表会・2018

2018年12月09日 | 音楽とわたし
こちらに来て18年と8ヶ月。
日本にいた頃と同様、相変わらずのピアノ教師をしてきた。

借金取りのヤクザに追いかけられてた(借金はわたしじゃなくて親のものだったけど)頃に、それならいっそ、違う組の暴力団幹部の子どもの家庭教師になったら?と、当時お世話になっていた教授が紹介してくれてピアノを教え始めた。

若い頃は、その日の気分で教え方が変わったり、ちょっとしたことで腹を立てたりしたから、生徒たちは大変だったろう。
歳を重ねてもなお、やっぱり怒りっぽくて、レッスン中に笑顔を浮かべることも少なかったから、いやな感じだなあって思ってた生徒は多かったろう。

そんなわたしがこちらに来てまず驚いたのは、生徒たちが自由に気持ちを話すことだった。
いやなことはいや、嬉しいことは嬉しい。
わたしが使った言葉が気に入らなかったり、意味がわからなかったり、言い過ぎたりした時には必ず、すかさず何か言ってくる。
わたしが褒めると、ありがとうと言って嬉しそうに笑う。

日本で23年間教えてきて、めったに味わえなかった会話が、ここでは例え7歳の子どもであっても存在する。
はじめは面食らってたじろいでいたけれど、そのうちに楽しむようになった。
そしてはじめて考えた。

日本の子どもたちもきっと、こちらの子どもたちのように、言いたいことがいっぱいあったんだろうな、と。

何年やろうが、学ぶことは後からどんどん出てくる。
やればやるほど、もっと学ばなければと思う。


17年目の去年の夏に、生徒たちの世代交代があった。
まだ6歳の、ピアノの鍵盤を押し込むことさえできないような小ちゃな手で、ドレミから始めた子たちが、気がつくとわたしよりうんと背が高くなり、声も低くなって、
「続けたい気持ちは山々なんだけど、もう物理的にどうしようもないので、レッスンをやめます」と、次々に離れていった。

10年以上も教えてたし、弾ける曲もうんと増えてきてたし、教える方としては「よし!これからがうんと楽しみだ!」と思っていたので、そういう子たちがごっそり抜けたのはショックだった。

でも、そういう覚悟はしていなければならなかったんだ。

『いつまでも 続くと思うな ピアノの生徒』なんだから。

というわけで、一気に10人近く減ったので、夏休みが終わってもずっとまだ夏休みが続いているような感じで、生活はじわじわと苦しくなった。
けれども一年の締めくくりとしての発表会はやりたい、どうしよう…と悩んでいた。

いつもの会場を借りると、割り勘の金額がかなり増える。
どうしよう、どうしよう、どうしよう…。
決められないまま11月になってしまった。
11月の中頃に、生徒たちの中で一番古株の兄弟が、発表会に出るのは負担が大き過ぎるので、欠席したいと言ってきた。
それで決心がついた。

よし、家でやろう。

生徒数は14人、兄弟姉妹がいるので家族は9家族。
両親だけが来ると仮定しても最低32人、もしも親族友人を誘って来たら40人を超えてしまうかもしれない。
うちの折りたたみ椅子は10脚。台所の椅子が5脚。夫の仕事椅子、ピアノの椅子、ソファにぎゅうぎゅう詰めで8人、あれやこれやを集めても25人分。
なので、もしできることなら、折りたたみ椅子持参で来てくださいとお願いした。

この部屋だけは準備完了。発表会の始まりを待つばかり。


とにかく家具を壁際に移動して、少しでも椅子が置ける場所を作らねば。


もしかしたらこの階段にも座ってもらわなければならなくなるかもしれない。


連弾プログラムの最後は、3手連弾のジングルベル♪


そして最後の最後に、最近友だちになったリリーが、クリスマスに合った曲を2曲歌ってくれた。
ソプラノ歌手の彼女とは2ヶ月前に知り合って意気投合し、一度だけ手持ちの曲で練習をした。
歌を勉強していたけれど、アレルギーを拗らせて断念し、美容師になった彼女は、でもやっぱり音楽を捨てることはできないと、7年ぶりに歌い始めた。
発表会の場所はもちろん、プログラムもギリギリまで決められなかったから、ゲストのことも後々になってしまっていた。
なので、彼女に頼んだのは発表会の前々日。
そして前日に承諾を得て、当日の午後に初合わせ、そして本番という無茶苦茶っぷり。
でも、ステキな贈り物になったと思う。
ありがとうリリー!


そんなこんなのバタバタ発表会だったが、とりあえずリビングに全員座っていただくことができた。
それはもうギュウギュウで、さぞかし窮屈だっただろうと思うけど、みんなニコニコと、実に居心地の良い家だと言ってくれた。

ぶうぶう文句を言いながら暗譜に挑戦した生徒たちは、全員しっかりと弾き終えることができて、いつにも増して満足そうだった。
音楽の表現が、いつもより豊かだった。
始めたばかりの3人はともかく、後の11人(+2人)中3人の高校生たちにとっては、もしかしたらこの日が最後の発表会になるかもしれない。
一番長いお付き合いをしているのはW家。
かれこれ12年、まずは6歳だった長男が、しばらくして次男が、そして三男が、さらにお腹の中にいた長女が、生徒として通ってくれている(いた)。
長男が辞め、そして去年、次男が辞めた。
この兄弟妹4人は全員、水泳の選手でもあり、特に次男と三男の二人はジュニアオリンピックの強化選手に選ばれている。
「いつかオリンピック選手になってインタビューを受けたら、実は僕はピアノも得意なんです。先生はまうみですって言ってね」
などとド厚かましいことを言うわたしを、照れくさそうに笑いながら見下ろす(彼はめちゃくちゃ背が高い)彼は、今日のことをずっと覚えていてくれるだろうか。


たくさんのきれいなお花、美味しそうなデザートやスナックをありがとうございました。


また来年を目指して頑張ります。
でもやっぱり会場は別のところがいい。
家具の移動や床拭きで、すっかり腰を痛めてしまったし、来てくださった人たち全員に、ピアノを弾く姿を見てもらえなかったのはとても残念だったから。
それにはもう少し生徒を増やさねば。
作曲と指揮とピアノ教師。
どれもやりたくてやっていることばかり。
しみじみありがたいと思う。
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"ACMA Presents" Recital

2018年11月17日 | 音楽とわたし
わたしが10年前から所属しているACMA(Amateur Classical Musicians Association) in Manhattan。
たった数人から始まったこの協会は、今では2000人以上の所属メンバーを抱えている。
会費はタダ。
会の名前にクラシカルと書いてあるが、ジャンルは問わず、音楽が好きな人なら誰でも入ることができる。
弾きたい曲がある人は申し出ると、定期的に開いているコンサートの場で披露することができる。
とてもシンプルなので、マンハッタン近辺に暮らす、プロにはなれなかったけどずっと演奏し続けている人や、そこまでには至っていないけど、演奏するのが大好きな人がワラワラと集まってきた。

はじめのうちは音楽学校のちょっと広めの教室を使っていて、それこそいろんなレベルの人たちがいたから、演奏前に演奏者のコメントを、演奏後には聴衆からのコメントを出し合ったりして、プチ公開レッスンみたいな雰囲気だったけど、
そのうちどんどん人が増えてきて、初心者の人たちにとっては演奏しづらい環境になり、カーネギーホールでの定例演奏会を行うようになってからは、その傾向がさらに進んでしまった。

わたしを含む7人の役員は、どんなレベルの人にも演奏できる環境を作ろうと、あれこれ試行錯誤を繰り返してきた。
ワークショップ、公開レッスン、レベル別コンサートなどなど。
まだまだ始まったばかりなので、軌道に乗せるまでには時間がかかるだろうけれど、大勢が集まる物事の成熟には、失敗しては学び、また次のステップに果敢に挑戦するという作業が必要だから、気長に取り組んでいくしかない。

昨日のコンサートも初めての試みで、いつもの10分以内という演奏時間の制限を取っ払って、30分前後なら好きなだけ好きなものを弾いていいよ、というもの。
わたしなんて10分の演奏でも充分すぎるので、この企画に挑戦する気など全くないけれど、持ち曲がたくさんある人たちにとっては嬉しい企画だと思う。

場所はマンハッタンのミドルタウンにあるミュージックスタジオの12階。
ヤマハのグランドピアノが置いてある。

準備開始。




10月からエグゼクティヴディレクターに任命されたニールが、司会を担当する。


我々の演奏会の録画を、ボランティアで担当してくださるご夫妻。


バッハのインヴェンション全曲(15曲)を演奏したマヤ。


急病のため欠席した歌手の代わりに、ピンチヒッターを引き受けてくれた2人の女性とニール。
急に頼まれたにもかかわらず、ショパンやラフマニノフやシューベルトの大曲を弾いた彼女たち、そして二つのバッハのプレリュードとフーガを弾いたニールから、ついつい怠け癖が出てくる自分に、いいゲンコツをもらった気がした。








クイズ・ベートーヴェンは自分の先生の名前を言わなかったのはなぜでしょう?
こたえ・彼は隠してたから(hidden)ハイデン→ハイドン(ベートーヴェンの先生はハイドンなのでした)
というダジャレで聴衆を笑わせるニール。


トリはジャーンのベートーヴェンが最後に作ったソナタ。18歳のときからずっと好きで弾いているという。


彼はとても高い位置で座るのが好きで、いつもは専用のクッションを持参するのだけど、今回はジャケットをたたんで敷いていた。


会場の暖房が効き過ぎていたり、天井裏か壁の内側に通っている配管から、カンッカンッとかなり大きな音が聞こえてきたり、まあこれは冬の風物詩なので仕方がないのだけど、ハプニングが何回か起こった。

演奏者たちはそれぞれ、演奏前は緊張したり心配したりしていたけれど、弾きたいだけ弾いた満足感が得られて嬉しそうだった。
きっと僕もわたしもと、演奏候補者が続出するような予感がする。

楽器持参で集まって、そこで適当にグループを作り、そこで適当に曲を選んで弾いちゃう、という企画もやりたい。
楽器じゃなくて声でもいいし。
音楽の自由さって無限に近い。
だからいつまでたっても学び足りない。
そこがすごくワクワクするところ。
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もう遠慮も尻込みもしない!この曲はわたしが振る!

2018年10月28日 | 音楽とわたし
春らしくない春が終わり、夏らしくない夏が過ぎて、秋らしくない秋の真っ只中。
どの季節にもとにかく雨が多かった。
そのためにいつもよりもよく育った野菜があり、いつものように育つことができないままに死んだ野菜があった。
特に葉物は、芽が出て大きくなろうとする時に根腐れが発生し、その小さな芽を地面に埋もらせてしまった。

木々の葉っぱも色づく前に枯れてしまい、美しい黄色や朱色に変わることもできずに、庭や道にハラハラと落ちていく。
散歩中に見上げると、薄茶色の葉に焦げ茶の斑点をつけた葉が、一枚、また一枚、わたしの周りに落ちてくる。
なんだか残念そうに見えるのは、わたしの心のうちがその葉に乗っかっているからだろう。

でも、たまに美しい朱色が見られる。


どこもかしこも、というわけにはいかない年だから、見つけたときのワクワク感は大きい。



昨日は、オーケストラメンバーが全員集まっての、第一回目の全曲音読み通し練習が行われた。
これまでずっと一人でこのオケの指揮をしてきたアルベルトが、自分が全曲振るのは大変だから誰か手伝って欲しいと言うので、ではわたしが手伝わせてもらいましょうと手を挙げた。
実は、これまでのオケの演奏を聞いてきて、いつも物足りなさを感じていた。
演奏者一人一人、そして指揮者の力量に、過大な要求をすることはできないことは承知している。
そしてこれまでは、カーネギーではあっても、賃貸料金さえ払えば誰でも演奏できる、客席300名弱のホールで為されてきたので、良くも悪くもまあプロじゃないのだから…で済まされてきた。

けれども今回、アルベルトが目指したのは客席600名の、カーネギーが認めた人や団体しか演奏できないザンケルホール。
このホールの舞台で演奏したことがあるが、相手の音が聞こえにくい上に、丸裸の自分の音だけが耳に入ってくる、なんとも居心地の悪い舞台なのだ。
わたしたちのグループは、これまでに数回、ザンケルホールを借りて演奏会を行い、とりあえず高評価を得てきたので、今回のコンサートの許可が下りたのだけど、
ザンケルホールでの演奏経験ゼロの寄せ集めのメンバーで構成された、まだ不安定な状態のオーケストラのみでの演奏会が、果たしてうまくいくのかどうか、それがすごく心配になった。
なので、無論わたしも力不足なのだけど、長年のブラスバンドやオーケストラでの演奏と、練習時の指揮の経験をフルに活かして、演奏を少しでも良いものにしたいと思った。


何度かのテストリハーサルを経た昨日、初回の合わせ練習がとうとう始まったのだけど、その初回はわたしには無理だから僕が振ると、アルベルトからメールが送られてきた。
ニューヨーカーのオケメンバーはクセの強い人が多いし、向こうも戸惑うから、などという理由だったが、まあ今までずっと彼らと一緒にやってきたアルベルトが言うのだからと、しぶしぶ承諾した。
けれども、今日は僕が振るけれど、この曲の指揮者はまうみだからと紹介もせずに、あたかもわたしなど居ないかのように、
これからもこの曲を指揮をするのは僕だ、というような態度と物言いで、指揮棒を振るアルベルトを見ているうちに、
わたしはとうとう声を上げる決心をして、アルベルトが振っているにも関わらず曲を止め、楽譜の読み間違いを指摘したり、楽員からの質問に直接答えたりした。
音読みだからと、8分の6拍子を6つに刻んで、それも「123456」と言いながら振るから、1拍めがわからなくなった人が続出。
8分の6拍子は2拍で捉え、その2拍以外の拍の音は流れるように、または浮き上がるように演奏したい(特にこのオペラ曲はそう)から、彼のところまで走って行って、指揮棒をぶん取ってやりたい気持ちを抑えるのに苦労した。

オケのメンバーの何人かは、なんだあの東洋人のおばさんは?と思っただろう。
でも、壊されていく音楽を聴くうちに、どうとでも思え!という気持ちになった。

次の練習は来年の4月まで無い。
そして5月にあともう一回やって、それで本番リハーサルが行われる11月まで、また大きな間が空く。
アルベルトが指揮をするモーツァルトのピアノコンチェルトとベートーヴェンのシンフォニーの、二つの大曲の練習に時間がかかるからだ。

最悪の場合、まうみ、やっぱりオペラの曲も僕が振るよ、と言い出すかもしれない。
けれども昨日の練習を見て、彼にはあの曲は振れないとはっきりとわかったので、わたしはもう、遠慮も尻込みもしないことにした。
あの曲はわたしが指揮をする。
そうして、少しでも良い演奏になるよう、あと2回しかない貴重な練習時間中に結果が出せるよう、しっかりと計画を練るつもり。
11月から、全国のオペラオーケストラを指揮している指揮者の、個人レッスンを受けることも決まった。
万が一の時のために、モーツァルトとベートーヴェンの曲も学ぼうと思う。


雨風がひどい1日だったけど、マンハッタンにもハロウィーンが近づいている。


なぜかこんな日にも水浴びに励む鳩さんたち。



昨日は気持ちを強く持って過ごしたと思っていたけれど、今朝は起きぬけから腰痛でヨタヨタしている。
夫は、昨日のフラストレーションが腰にきていると言う。
やれやれ…まだまだ未熟者だ。
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辻井伸行さんとオルフェウス室内管弦楽団

2018年10月09日 | 音楽とわたし
友人みっきぃの一人娘琴ちゃんが、こんなすてきなモビールを作ってくれた。
作者曰く、キモ可愛い惑星モビールだそうだ。












気持ちがうつうつとしてくると、椅子をぐるりと回して、ぼーっとモビールを見る。
そうするとなんだか気持ちが落ち着いてきて、またちょっくら続けるかと、中断している作業に取りかかれたりする。
ありがとう、琴ちゃん。


気持ちが大きく揺さぶられて、なかなか平常心に戻れない日が続いていた。
気持ちと一緒に、体の芯も揺さぶられたのか、微熱がずっと続いたりした。
村上春樹風に言うと、深くて薄暗い森の中だったり、深くて暗い井戸の中だったり、そういう空間で抱え込んだ膝小僧におでこを乗せたまま、息の音が聞こえるぐらいの静けさの中に身を置いて、
悲しいのやら悔しいのやら、恐ろしいのやら苦しいのやら、どう表したらいいのかわからない暗い気持ちから抜けられないまま、どんよりとした重い体を引きずりながら、毎日を過ごしていた。

そういう母親を知ってか知らずか、長男くんが急に、
「なあ、なんか日本の有名なピアニストが、カーネギーで演奏するらしいで」と、ポツリと話してくれた。
「え?誰?」
「名前は知らんけど、目が見えへん人らしい」

もしかして、もしかして、それは辻井伸行さんのことではないだろうか?
モヤがかかってた頭に、いきなりスイッチが入った。

ずっと休止中だったパソコンで一気に調べた。
やっぱり辻井伸行さんだった。
体調を考えると、出かけて行くことはもちろん、最後まで持つかどうか自信が無かったけど、とにかく行こうと決めた。
急いで親友ののりこさんに電話をかけて、一緒に行かないかと誘った。

席は3階の一番前。
もちろん遠く離れているけれど、カーネギーのホールはどこに座ってても音が良いので心配しなかった。
プログラムをもらって席に座り舞台を観ると、あれれ?なんでピアノが無いんだろう…。



フェイスブックのタイムラインに、この舞台の写真を撮って載っけたら、幸雄さんに「あれ?ピアノは?」って早速聞かれたし…。
まさか、辻井さんだけの特別仕様で、ピアノと一緒に舞台に出てくるんだろうか…などと、後から考えたらすごくアホなことを想像しながらプログラムを開いた。

あれ?1曲目は室内管弦楽団だけで演奏するみたいだ。
しかも今夜の演奏会は、どうやらこのオルフェウス室内管弦楽団が主体っぽい。
カーネギーホールのウェブサイトには、辻井さんだけの写真がデカデカと載っていたので、てっきり彼のソロ演奏の中にピアノコンチェルトが混じっているのだろうと思い込んでいた。
だからちょっとがっかりもして、けれども初めて聴く室内管弦楽団の演奏にも興味があった。

曲は、ARVO PARTのFratres。
聴いたことがないオーケストラによる聴いたことがない曲。
Arvo Pärt - Fratres


始まりから1分半ぐらいのところからのピアニッシモに、心の根っこを温められたような気がした。
そして涙があふれてきた。

この室内管弦楽団には指揮者がいない。

『1972年に、チェリストのジュリアン・ファイファーが中心となって、ニューヨークで結成された。
彼らの最大の特徴は、各セクション内の配置を曲ごとに換えて、リーダーシップ的な役割を順番に分担し、指揮者が行なう解釈上の決定を合議制で行なっている。
その結果、一人ひとりの力量は高いレベルで均一がとれ、演奏は高度に緻密でありながら自発性に富む』

https://tower.jp/artist/1338917/オルフェウス室内管弦楽団より

室内オーケストラに革命をもたらした、1972年にニューヨークで結成されたオルフェウス室内管弦楽団。
そのオーケストラと一緒に、辻井さんは練習を重ねた。

Orpheus 18-19: Nobuyuki Tsujii at Carnegie Hall


やっとピアノが舞台に運ばれてきた。


辻井さんが演奏したのは、ショパンのピアノコンチェルトの2番へ短調。
写真撮影は厳しく禁止されているのだけど、なんと10席離れたところに座っていたのりこさんが撮ってくれていた!?









辻井さんは、テレビ画面の中と同じように体を揺らし、オーケストラが織り込む音の色彩を感じながら、彼の音楽を全身で演奏していた。
月並みの言葉しか出てこなくて歯がゆいけれど、本当に素晴らしかった。
そしてやっぱり涙が出た。

コンチェルトが終わり、3度目のカーテンコールの後、突然椅子に座ったと思ったら、いきなりジャズ風の曲を演奏し始めた。
それはもう超絶技巧の演奏で、目を丸くして聴いてると、勢いよく弾き終わった彼がまた、客席の方にお辞儀をして、それを見ながら拍手をしていると、楽しくなって笑った。
でも、なんで今頃アンコール曲を弾くんだろう…。
そして再びプログラムを確認する。
二部はオルフェウス室内管弦楽団のみで演奏する、チャイコフスキーのチェンバー・シンフォニー第1番なのだった。

休憩時間にこんなものを見つけた。大量の咳止めののど飴。ご自由にどうぞ!


辻井さんの演奏を聴きに来たつもりが、聞かず知らずの室内管弦楽団が主だったものだったのだけど、もういっぺんにファンになってしまった。
心をわしづかみされた、という表現が一番合うと思う。







微熱とコントロール不可能な発汗が治ったわけではなかったけれど、心がとても慰められた。
久しぶりに会ったのりこさんとの時間も、わたしに元気をくれた。

音楽と友だち、やっぱりいいもんだなあ。
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「君はハンドルじゃなくて、指揮棒持つと性格が変わるんだね♪」

2018年08月18日 | 音楽とわたし
以前教えていた生徒のお隣の住人、スティーブン・コルベアが司会をしているレイトショーの会場。


近くでチケット売り屋さんがいて、どう?って聞かれて、ぐらりと気持ちが揺れたけど、いや、今日はそれどころではない。


明後日の朝に出発だというのに、全く荷造りもせず、ひたすら練習していたフランスオペラのラクメ。


曲は『花のデュエット』。
ジャスミンの花の香り、小鳥のさえずり、清らかな川の流れ…。
速度と拍子がクルクル変わり、ソプラノとメゾソプラノの気持ちによってまた変わりして、指揮をするにはなかなかに難しい曲だ。

その曲の指揮オーディションを受けた。
ほぼ暗譜していたし、自分のイメージを強く持っていたので、前回よりもドキドキしなかった。

全体を通しでやって、その後歌手の二人と細かい部分のチェックをして、部分練習をした。
拍やテンポが変わる部分は、とにかくわたしについてきて欲しいと、今回は遠慮なくきっぱりと言った。

「いやあ、まうみはハンドルを持つと性格が変わるんじゃなくて、指揮棒を持つと変わるんだね」

10年以上も一緒にACMAに関わってきたアルベルトが、何やら感慨深げに言う。
確かに、ピアノを教えていたり、合唱の指揮をしていたりするときと、ACMAの役員会議や月例コンサートに顔出ししているときのわたしはかなり違う。
後の方はどちらかというと無口で、笑みを絶やさず、あまり自分を表に出さないから、わたしのことをシャイだと思い込んでる人も少なくない。
そんなわたしが、いきなりシリアスな顔して、「Hey, you guys! Watch me! Follow me!」なんて大声で言うもんだから、目を丸くしてる人もいた。

「Maumi, Great job!」やった!

本格的な合わせ練習は10月から。
そして本番は来年の11月。
オーケストラだけのプログラムなので、舞台は中サイズのザンケルホールになる。
ちなみに、モーツァルトのピアノコンチェルトとブラームスのシンフォニーは、クラリネットで参加する。

それにしても、小学校の低学年の頃(半世紀以上…うわっ!恐ろしいほど前のことだ…)から夢見ていた指揮を、カーネギーのザンケルでできるだなんて…。
ほんとに夢みたいだ。
履歴も経験も無い、けれどもできると思うのでやらせて欲しいと言う者には、チャレンジする機会を与えてくれる実力主義の文化だからこそのことだと思う。

嬉しいなあ…ありがたいなあ。


昨日、歩美ちゃんが収穫しておいてくれたカボチャとキュウリ。


旅行に出る前に、留守番をしてくれる男たちのために、浅漬けを作っておこう。

そりゃそうと、今日ちらっとこちらの週間予報を見てみたら…最高気温、最低気温ともになんとも気持ちの良さそうな日になるみたい。
なのにわたしときたら、飛んで火に入る夏のぶーちゃん…。
暑さで脂肪が溶けてくれるだろうか…。
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七夕サロンコンサート♪

2018年07月09日 | 音楽とわたし
二度目のサロンコンサートを、七夕の日にやった。
前から決めてあった日だけれど、高温高湿度&熱帯夜が続いていたので、一体どうなるんだろうと心配していたら、
前日の金曜日の夕方からスルスルと湿度が下がり、それとともに気温も下がり、当日の土曜日は朝からなんとも爽やかな、まるでカナダの湖畔のような天気になった。
人がたくさん集まる日だったから、本当にありがたかった。
空に手を合わせて感謝した。

朝からバタバタバタバタバタバタバタバタ、何回繰り返して言っても足りないぐらいに、掃除やら片付けやら料理やら楽譜の用意やらでてんてこ舞い。
こんなギリギリじゃなくてもっと早くからやっときゃいいのに…いつものごとく、もう一人のわたしがため息交じりで文句を言う。
次は絶対にもう少しうまくやるぞって…前回もそう思ったことを思い出して苦笑い。


今回は、高校生のソフィアちゃんと小学生のルウナちゃんがヴァイオリンを、ACMA仲間のサイモンとジェーンがピアノを演奏してくれた。
ジェーンのピアノ伴奏で飛び入りで歌ってくれた親愛なる元大家さんのリズ、ブギウギを即興で演奏してくれたジャーンと夫、そして即興演奏が大の得意のソフィアちゃんは、サプライズの楽しさをみんなに分け与えてくれた。
























加えて、みんなが持ち寄ってくれたご馳走の素晴らしいことったらもう!
















楽しいおしゃべりの輪があちこちに。







のんちゃんが持ってきてくれた。



次回は秋か冬にまたやるよ♪
ルウナちゃん、今度もお味噌汁いっぱい作っとくからね!
ステラちゃん、今度はピアノ弾いて聞かせてね!
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助けてくれたみんな、支えてくれたみんな、本当に本当にありがとう!

2018年03月25日 | 音楽とわたし




気がつくと全部暗譜できていたというくらい練習した曲を、昨日、無事(詳細に言うと無事とは言い切れない…)に弾き終えることができた。

指の故障でピアノが弾けなくなって、ドスンと落ち込んで、なんとかならないかなあと考えられるぐらいに気持ちが復活して、カフェインと砂糖とアルコールを断てと言われて泣く泣く実践して、
そしたらじわりじわりと痛みが和らいできて、もしかしたら大丈夫かもしれないと試し弾きしたらやっぱり痛くて、また少し落ち込んだけどストレッチと食べ物の制限を続けていたら、
丸2年ちゃんとした曲を弾けずにいた指の痛みがほとんど無くなって、無茶さえしなければ故障前のような練習をしても大丈夫なまでに復活した。

よっしゃ〜今年はオーディションに挑戦するぞ〜!と意気込んでたけど、一緒に演奏してくれる人が見つからなくてほぼ諦めていたら、
エリオットから急に、決まってたパートナーが何の連絡も無く練習に全く現れなくて、だからもう他の人に頼もうと思って、曲をまず聞いて返事をして欲しい、という連絡がきた。
オーディションのわずか10日前だったから、とりあえず曲を聞いて、10日でなんとかなりそうかどうか判断してから返事すると言ったのだけど、もう気持ちは決まっていた。
フォーレの曲は、連弾以外は勉強したことが無くて、いつも弾いてみたいと思っていた。
聞いてみると、一目惚れ、いや、一耳惚れした。
それはそれは美しくて、流れがあって、いろんな思いが見え隠れして、ヴァイオリンとピアノが絡み合って愛を奏でている。

ああ弾きたい!と思ったから、10日間は文字通り狂ったように弾いて、とりあえずオーデイション用の演奏を仕上げることができた。

エリオットは息子よりちょいと年上の若者で、一緒にじっくり練習してみると、なんとも純真で素直で、音楽に対する強い思いとエネルギーを持つ、そして他人をものすごく思いやることができる人だということがわかった。
去年の暮れからやっとお尻に火がついて、細かいニュアンスについて話し合ったり、音程を一音一音修正したり、大きな流れを作るための調整をしたり、
マンハッタンとうちは、電車でもバスでも車でも、なぜか30分弱という距離なんだけど、仕事が終わってからの練習通いは、彼にとってかなり大変なことだったと思う。

弾けば弾くほど好きになる曲で、だからこそ素敵に仕上げたいという思いが募って、正直言うともうこれ以上弾きたくないと思うほど弾いた。
今回初めて挑戦したこともあった。
完成したとは言えないけれど、挑戦したことで得られたものは、これからの演奏に活きると思う。

そして、ピアノ弾きの友だちが、本当に親身になって助けてくれた。
実際に弾くのを聞いてくれたり、助言をくれたり、たくさんの励ましの言葉をかけてくれた。
何かというと自虐的になるわたしを、何度となく窘めてくれた。

催眠療法のセラピストさんは、良い暗示を自分に与えることを教えてくれた。
夫が選んでくれた落ち着きを与える漢方薬を、確かにカバンの中に入れたはずなのに、どんなに探しても見つからなかったけど、パニックに陥らずに本番に臨めた。


今回の舞台は3年ぶりで、だからちょっと特別にと思って買った勝負ドレス。


なのに、本番30分前の控え室で、うっかりとお味噌汁をボトボトとこぼしてしまった?!
歩くとほのかに味噌の香りが漂う、不思議なドレスに…。
さらに100メートル走でもしたのかと思うぐらいに汗をかいたので、早速今日はぬるま湯で手洗いした。

エリオットが色合わせの紫のベストとネクタイを身につけてくれた。




演奏が終わって放心状態。


エリオットの家族、そして夫とわたし、それから友人たちと一緒に近くのダイナーでお疲れ会。


エリオットといつも素晴らしい音楽を演奏するとしちゃんは、わたしたちにとってすごく頼りになるコーチ役を引き受けてくれた。



さっき、恐る恐る、昨日の演奏の録音を聞いてみた。
ちょこちょこと小さなミスや音程のズレがあるけれど、わたしたちはとても溶け合っていて、感じあっていて、音楽に勢いがあって、それがとても嬉しかった。

助けてくれたみんな、支えてくれたみんな、本当に本当にありがとう!

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昨日はMARCH FOR OUR LIVES 2018が、全米各地で行われた。
ワシントンD.C.では、なんと80万人もの人が通りに現れた。
マンハッタンでも大きな行進があった。
残念ながら本番当日と重なったので、さすがに参加できなかったけれど、各地の様子を写した写真をここに載せておこうと思う。
こういった集会や行進が当たり前のように行われ、市井の人々の声がしっかりと反映される社会のシステムや法律が生み出されることを心から願って。









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雪とドレスと練習と、そして心からの感謝と

2018年03月22日 | 音楽とわたし
春分の日に降った大雪…。


降り始めにはっと気がついて、またクリスマスローズ大救出作戦を実行した。





とうとう明後日が本番。
催眠療法の先生と約束して、心がザワザワすること、イライラすることから離れて、心地良い状態を保つために、ブログの記事を書くのを中断してから10日。
ついつい覗いてしまうツイッターやフェイスブックの、リツイートとシェアだけはどうしても止められず、だから書きたかったな〜と思うことがどんどんたまってしまう。

でも、往生際が悪いというか、性懲りがないというか、しぶといなあほんとに…。


さて、コンサートの話。
コンサート用の服はいつも、ほとんど上下バラバラの応用が利くものを買い、それらを適当に組み合わせて着ていたのだけど、
今回は、指の故障で仕方なく弾くのを止めていた3年間の、なんとも言えない喪失感を乗り越えた、晴れの復活コンサートなので、

18年ぶりに、ちゃんとしたドレスを着ることにした!
エリオットと二人で、テーマとなる色を話し合って、どちらも好きな紫色に決めた。

よっしゃ、見つけるぞ〜と意気込んで店を覗いたりインターネットで探したのだけど、店のは高価過ぎて論外、インターネットは着ているモデルと自分の差が大き過ぎてイメージがわかず…。
でももう時間が無い!
焦りに焦って、近くのアウトレットモールに出かけた。
そして思い切って、ブライダル衣装の専門店に突入した。

いやもう、どんだけ背が高い人が着るんですか?!みたいなドレスが、店内いっぱいに展示されている。
何百着もあるドレスのほとんどが、肩丸出し腕丸出しのデザインで、まあ普通ドレスっていうとそうなんだけど、わたしの最大のコンプレックスが肩と二の腕なので、選択肢が極めて少なくなってしまう。
値段だって低ければ低い方がいい。
するともっともっと狭まってくる。

ほとんどヤケクソで、70%オフの売れ残りドレスを一つ一つ調べていたら、すごくきれいな紫色のドレスが見つかった。
サイズは米国サイズの8。
いいねいいね〜。
さっそく試着してみた。
肩紐が長すぎるけど、上半身は(胸の位置を除いては)珍しくぴったり。
だけど、丈が長い!殿中でござるな丈の長さだ…。
しかもドレスの生地は両脇の所までしか無い。
だからそこから上はすっぽんぽん?!
なので、短い丈の、ひらひらと軽いカーディガンを探さなければならない。
あ〜めんどくさ!!

で、とりあえずどちらも見つけてレジに行くと、結局250ドルだったドレスを50ドルで買えることがわかってびっくり!
いやあ、思わぬお買い得感に浸りながら家に戻ったのだけど、難所の隠し役のカーディガンがペラペラ過ぎて、ピアノを弾いているとズルズルとずり落ちてくる。
これではまるで遠山の金さんではないか!
そこで、またもう一回、同じ店に出向いて行った。

ともあれ、演奏に必要な物が揃った。
練習は嫌になるほどやってるけど、必ずどこかでコケるのが直らない。
わたしが勝手にユジャ・ワン奏法と名付けているピアニッシモで美しく粒を揃えて弾くというのも、どんなにトライしても、録音を聴くとがっくり…な結果で、今回のコンサートに間に合う可能性はかなり低い。

でも、こんなふうに曲を学べること、学ぶ時間が持てること、こんな機会が持てることに、どんなに感謝してもし足りないと思う。
わたしに音楽を学ぶきっかけを与えてくれた両親に、くにゃくにゃのどうしようもない指を、ピアノを弾ける指に仕上げてくれた先生に、ピアノの道をすっかり諦めたわたしを引っ張り戻してくれた先生に、
わたしを相棒に選んでくれたエリオットに、練習に集中できるよう何処かに雲隠れしてくれる夫に、練習に付き合ってコーチしてくれる友だちに、自分を信じられるよう励ましてくれるセラピストや友だちに、
そして当日、時間を工面して、お金を払って、演奏を聴きに来てくれる家族や友だちに、感謝の気持ちでいっぱいだ。

作曲者フォーレが結婚を夢見ていた女性、マリアンヌ・ヴィアルドとの恋愛が反映された、とても幸福な、そして激情がほとばしる曲想を、親子コンビのエリオットとわたしがどこまで表現できるか。
明日の晩の最後の合わせ練習まで、お互いにギリギリまで、できる限り頑張ろうなと励まし合いながら、今日も個人練習をした。


もう何代目かもわからないお味噌。膜の張り方が半端じゃなかったけど、とてもまろやかで甘みのある味。


毎朝毎晩、マグカップにお味噌と刻みネギを入れ、熱湯を注いでいただいている。
本番当日は、玄米あずきおにぎりと一緒に、味噌汁も持って行こう!
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ちょっとくよくよタイム

2018年03月11日 | 音楽とわたし
雪がサラサラの粉雪から湿って重たい牡丹雪に変わろうとしていた時、思い出して慌てて外に出た。
なぜか満開になっていたクリスマスローズに、重たい雪が降り積もらないようにしないとって思ってたこと。

ちょうど、全体に覆いかぶせることができそうな、ゴミ箱の蓋があったので、花の高さに合わせるためにレンガを柱にして被せた。


雪が溶け始め、蓋をどけると、よかった…守ることができた。





昨日は24日のコンサートのための、ドレスリハーサルが行われた。
エリオットとわたしは、金曜日の晩に、なんとなく弾いてしまっている速い音符を、ちゃんと歌いつつ互いの音を感じながら弾く練習をした。
ゆっくりのテンポで何度も何度も弾いているうちに、これまで得たことのない一体感を得ることができた。
あっという間に時間が過ぎて、マンハッタンに戻らないといけないエリオットをバス停まで見送り、明日は頑張ろうと思いながら寝た。

当日の昨日、エリオットのアパートメントで軽く合わせ練習をして、会場のホールに向かった。

本当によく練習しているし、ちゃんと弾けるのに、そして催眠療法で得た自分への励ましやポジティブな思考も駆使してるのに、
わたしはまた、弾き始めた途端に混乱し、小さなミスを何度も繰り返した。

すごくショックだった。
バカみたいだけども、わたしはもうダメなのかもしれない、などと思った。
ピアノは弾けても、人前に出るとうまくいかない。
人前で弾くということが、わたしには向いていないのかもしれない。
そういうことができる強さが、わたしには決定的に足りないのかもしれない。
ピアノ弾きの中には、そんな人もいる。
わたしはその中の一人なのかもしれない。
そんなことを思って、すごく悲しくなって、いや、今はそんなことをくよくよ考えている場合じゃないと、自分に言い聞かせた。
残された2週間でなんとか立ち直らないと、パートナーのエリオットに申し訳が立たない。

これから本番までの2週間、エリオットは週に2回、合わせ練習をしにやって来る。
最後まであきらめずに、いろんなことを試してみて、自分たちにできるだけのいい演奏を目指して頑張ろうと話し合った。

エリオットは、心の病気を抱えた友人を見舞ったり、彼の知り合いや母親の頼みを聞いたり、自分のアパートの一室を寝泊りに貸したりして、
それが彼らしいといえば彼らしいのだけど、この2週間は自分のことを一番に考えて欲しいと切に願う。

わたしも、ブログに書きたいことは山ほどあって、何も行事が無くても書ききれないほどだけど、
そして今、政局は大変な山場を迎えているし、7年を迎えた東北大震災と原発事故がもたらした問題は、いまだに解決していないけれど、

今はまず、自分のことを最優先にしようと思う。


狭いリハーサル室で聞いたオケの演奏が、やはり広いホールになると違って聞こえる。
このホールは特に、弦の音が素っ裸になってしまうので酷といえば酷なんだけど、チェロが指揮を無視して何度か暴走したので、本番までに整えて欲しい。





さて、くよくよしてもしょうがない、練習練習!
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練習って、しんどいけれど必ず良くなっていくので楽しいよ♪

2018年03月07日 | 音楽とわたし
昨日はぴっかぴかに晴れていたのに、今日はこんな大雪の日…。


これ、今年の冬の特徴。
昨晩から、雨あられにみぞれが降り始め、今日のお昼頃からビヤ〜ッと粉雪が降り、そのあとボテボテの湿った牡丹雪が降った。

でも、さすがに3月に入っているからか、雪にいつもの元気がない。
積もりながらも、なんとなく遠慮してるみたいな気配が漂っている。

州全体に警報が出たので、レッスンはお休み。
だから、練習がいつもよりたくさんできた。

もうあと2週間とちょっとしかないというのに、いまだに自信満々で弾けない部分があって、あの手この手で練習している。
その日はうまくいっても、次の日に弾くとまた崩れてしまう。
あぁ…とがっかりして、気を取り直し、また練習を繰り返す。

わたしの演奏を聴いて、とても親切に、熱心に意見を言ってくれたさわみちゃんととしちゃんの声が、楽譜のあちらこちらから聞こえてくる。
としちゃんが、この曲は、フォーレがもっとも幸せだった頃に創られたと教えてくれた。
近々結婚しようと思っていたマリアンヌとの、牧歌的な(素朴で叙情的なってことかなあ…)恋愛中で、だから希望に満ちあふれているし、躍動感が光り輝いていると。
もちろん幸せなことばかりではなくて、傷ついたり葛藤があったり恐れがあったりするのだけど、そういう感情を此処そこで感じながらも、前へ前へと駆け抜けて行く若い心。
それを、ヴァイオリンとピアノの音で、呼応し合ったり絡み合ったりしながら表現したい。

でもその前にまず、頻繁に出てくるアルペジオとオクターヴの長距離跳躍を、すごく速いテンポの中で、音ミス無しで弾けるようにしないと。
弾き損なった音が、耳はもちろん心まで汚すような気がするから。
今までは、そんなことは人間なんだから、どこか一つや二つは外しても仕方がないと思ったものだが、今回はなぜか挑戦してみたくなって、毎日毎日悪あがきしてる。

ただ一つだけ、ちょっと嬉しいことがあった。
練習する時にはいつも必ず録音するのだけど、初めて今日それを聴いてて、あ、ちょっとこの音いいな、きれいになったなって思えるところがあった。


本番に出せたらいいなあ。

明日合わせ練習をするはずだったけど、今日の大雪が影響して、明日は来られないとエリオットから連絡があった。
先週もできなかったし、今週末はドレスリハーサルで本番さながらに演奏しなければならないので、毎日メールでこんな練習した、あんな練習したと伝え合っている。
あの部分は〇〇な気分でやってみたとか、〇〇さんの演奏を聴いてみてとか、風邪ひいたらあかんでとか。

息子と母(もちろん実の、ではない)珍コンビの探求は、まだまだ続くのだ。
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