尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『受験生は謎解きに向かない』、ピップシリーズ前日譚+『愚者の街』『印』

2024年01月29日 22時20分01秒 | 〃 (ミステリー)
 ミステリーについて書くと、グッと(有意に)読者数が減るんだけど、まあ自分が面白かった本だから書きとめておきたい。年末年始にいっぱい買い込んでしまって、ゆるゆると読んでいるところ。まず今月出たばかりのホリー・ジャクソン受験生は謎解きに向かない』(KILL JOY)である。ホリー・ジャクソン(1992~)は『自由研究には向かない殺人』『優等生は探偵に向かない』『卒業生には向かない真実』三部作で一躍注目されたイギリスの若手ミステリー作家だ。

 その彼女がもう一冊ピップ・シリーズを書いたのである。町を揺るがした殺人事件の真相を女子高生が解き明かす趣向で、第一作は大人気となった。しかし、2作目、3作目と苦さが増していき、最後の作品は一体どう評価するべきか大いに悩む問題作になってしまった。ところが今回は第一作の直前に時間を戻して、高校生が謎解きゲームをするという趣向の中編である。つまり、シリーズの前日譚で、ボーナス・トラックみたいなものだろう。

 それは高校2年生が終わった後の夏休みに、仲良し高校生6人が集まって謎解きゲームをするという話なのである。舞台は1924年に設定され、孤島の豪邸で行われる富豪の誕生会で殺人事件が起きる。もちろん、そんな設定を実際に再現するのは不可能だから、親が留守の家に皆で集まり「ここは孤島です」とみなし、執事が配膳する料理はドミノピザを頼んで良しとする。皆はそれらしき服装をして集まるように指定され、配布されたブックレットを読みながらゲームが進行する。

 要するに現実に演じるロール・プレイング・ゲームである。設定はなかなか良く出来ている。作家が書いてるんだから当然だが、どうやらイギリスには実際にそんなゲームがあるらしい。主人公ピップはその時余り乗り気じゃなかった。新学期が始まったら取り組むべき「自由研究」のテーマが未定だったからだ。ところが思わず謎解きに熱中してしまい、作者(小説中のゲームの作家)の思惑を超えて大暴走していく。その「キレッキレ」推理が実に楽しく、僕は明らかにピップの推理が正しいと思った。この推理ゲームに参加したことから、ピップは自由研究で町の長年の謎(第一作の事件)に取り組むと決意した。

 もう一つの読みどころは、三部作を先に読んでいれば、この登場人物にはこの後どんな苦難が降りかかるのかを読者は知っていて読めるのである。今は仲良しの彼らもその後亀裂が入ることになる。そういう苦さを味わうのも、シリーズものならではの醍醐味だ。またヤング・アダルトの高校生もので売り出したホリー・ジャクソンだけど、やっぱりイギリス人であって、アガサ・クリスティばりの密室ミステリーが大好きなのも面白い。まあ、このシリーズのファン向けボーナスだけど。

 ついでに年末年始に読んだ外国ミステリー。ロス・トーマス(1926~1995)の『愚者の街』(1970)は、こんな面白い小説が未訳だったのかと驚く。よくも半世紀前の傑作を発掘してくれたと新潮文庫に感謝。もっともとぼけたスパイ小説なんかが持ち味のロス・トーマスは通好みの作家かもしれない。僕は生前はずいぶん読んでいて好きな作家だった。この小説は失敗したスパイが、元悪徳警官や元娼婦と組んである町を「腐らせる」仕事を請け負うという話。町を再生させるために一方の勢力から雇われるが、誰が誰やら大混乱する中でマフィアが入り乱れる。上下2冊あるけど、終わるのがもったいない面白さ。ただ、この手の小説は苦手という人も多いかも知れない。ふざけすぎだし、流血も凄いから。

 アイスランドのミステリー作家アーナルデュル・インドリダソンの6作目『』(サイン)。『湿地』『緑衣の女』『』『湖の男』『厳寒の町』に続くエーレンデュル捜査官シリーズである。ミステリーとしては『声』が傑作だと思うが、このシリーズはアイスランドの厳しい自然と独特の歴史を知る意味も大きい。どの作品もなかなかの出来だが、ミステリーとしてはどうなんだという作品もある。それは人口が少ないアイスランドで、派手な銀行強盗や連続殺人魔なんかの事件が起きるはずがないからだ。だからしみじみ系のミステリーが多くなる。それは主人公の生活にも言えることで、こんな捜査で良いのかなと思うときもある。

 『』は事件としての決着は付いている自殺事件を追い続ける話である。『印』というのは、あの世からのサイン、つまり霊媒なんかが死んだ人の言葉を伝えるような「印」を指している。昔のエピソードを延々と追い続け、それは正規な仕事じゃないので、同僚に苦情を言われる。また、今さら解決しようもないだろう失踪事件も追う。そんな昔のことばかり、趣味のように調べ続ける。そして一応「真相」が見えてくるんだが…。今は火山噴火で大変らしいアイスランドの暮らしを垣間見る本でもある。

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