尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「宮本から君へ」から君へー助成金不交付訴訟、勝訴から控訴審へ

2021年07月15日 22時50分07秒 | 社会(世の中の出来事)
 ちょっと前の話になるが、「宮本から君へ」訴訟の判決について書いておきたい。2019年の映画「宮本から君へ」(真利子哲也監督)は傑作だった。僕もここで「映画「宮本から君へ」、異様な熱量」(2019.10.12)を書いた。その年の僕のベストワンの映画である。しかし2019年3月に、登場人物の一人を演じたピエール瀧が麻薬取締法違反で逮捕され、その後有罪となった。公開前なので取り直すことも絶対に出来ないわきではなかったが、結局ピエール瀧出演シーンをそのままにして秋に公開されたわけである。

 ところで、その問題を理由にして、助成金交付を決めていた「日本芸術文化振興会」(芸文振)が不交付を決めた。それに対し映画製作会社スターサンズ決定の取り消しを求める行政訴訟を起こしたのである。その一審判決が2021年6月21日に出されたが、不交付は違法であり、「公益性」を理由にした判断は「裁量権を逸脱または乱用した処分だ」というものだった。しかし、この判決に対して芸文振は控訴したので、今後も東京高裁を舞台に裁判はまだ続く。非常に大切な問題だと思うので、ちょっと時間が経ってしまったが書いておきたい。
(勝訴判決を受けた記者会見)
 映画会社スターサンズは映画プロデューサーの河村光庸(かわむら・みつのぶ)が設立した設立した会社である。河村は当初は個性的な外国映画の配給で成功し、2010年代以後「かぞくのくに」「あゝ、荒野」「愛しのアイリーン」「新聞記者」などを作った。その後も「i-新聞記者ドキュメント-」「MOTHER マザー」を作り、今年には「ヤクザと家族 The Family」「茜色に焼かれる」がある。そしてもうすぐ菅首相を取り上げた「パンケーキを毒見する」が公開される。ちょっと他社が取り上げない重厚作品が多く、さらに安倍政権・菅政権に批判的な映画を堂々と製作している。「忖度なし」度ナンバーワンの会社なのである。2019年当時は安倍政権批判と受け取られる「新聞記者」が評判となっていたので、狙い撃ちされたという説まであるぐらいだ。
(映画「宮本から君へ」)
 「狙い撃ち」かどうかは僕の知るところではないが、確かにそんな風に考えたくもなる不自然な不交付だったと僕も思う。ピエール瀧が出ているのは間違いなく、有罪判決を受けたのも間違いない。だが、この映画を見て「国が薬物乱用に対し寛容である」というメッセージを受け取る人がいるだろうか。そんなトンチンカンな見方しか出来ない人間が文化行政を担っているのだろうか。ピエール瀧はこの映画では脇役であって、しかも悪役である。(単純な「悪役」ではないが。)ウィキペディアで配役を見ると、ピエール瀧は9番目になっている。ピエール瀧目当てでこの映画を見る人はまずいないし、麻薬事件を知っている人でも「こういう人は捕まるんだね」的な感想を持つに違いない。この映画を見て「麻薬をやってもいいいだ」と受け取る人がどこにいるのか。

 判決でも「主要なキャストではない」ことが取り消し理由になっている。僕にしても蒼井優池松壮亮が問題を起こしたというんだったら、ちょっと公開は難しいだろうと思う。多くの人は彼らを見たいわけで、その対象のスターが不祥事を起こしてはいけないと思う。助成金取り消しもやむなしかなと考える。厳しいけれども、主演スターにはそれだけの予算を背負っている責任があるだろう。だが「助演者」の場合はどうなんだろうか。ピエール瀧は助演であって「通行人」ではない。セリフもかなりある。しかし、会社システムで作っているわけじゃないんだから、製作会社は全キャスト、全スタッフの私生活に全責任を持たなければならないのだろうか
(訴訟提起時の記者会見)
 このやり方が認められたら、多くの芸術文化が成り立たない。映画には多額な製作費が必要なので、このような公的な助成金の意味は大きい。しかし、芸文振のホームページを見ると、単に映画だけでなく各分野に幅広く助成金が交付されていることが判る。(「令和3年度文化芸術振興費補助金による助成対象活動の決定について」参照。)地方のオーケストラや演劇活動には助成が不可欠になっていることが判るし、東京の主要劇団も助成を受けている。新宿梁山泊や劇団燐光群なんかも対象になっている。落語や能狂言なども同様である。そんな中で、もしメンバーの一人でも不祥事を起こしたら助成金がなくなるとしたら、その団体にとって大変なことだ。

 要するに薬物に手を出さなければ良いと思うかもしれないが、そうじゃない。「役所」が文化団体の「生殺与奪の権」を握っているという状況が問題なのである。そしてその役所には、国民が映画「宮本から君へ」を見ると「国が薬物乱用に寛容である」と思うと信じている人たちがいる。それが大変なことだと思うのである。しかし、芸文振側では「アンケート」を実施し、6割の人が「助成金を交付することは国が違法薬物使用を大目に見ているように感じる」という結果になったという「証拠」を出してきた。一審はこのアンケートに証拠価値を認めなかったが、裁判官にもトンチンカンは多いので控訴審でひっくり返る可能性はありうる。

 文化表現には「公益性に反する」ものもありうるだろう。そういうものも「表現の自由」の中にあると考える。しかし、完全に反公益的なものだったら、申請段階ではねられる。「宮本から君へ」は助成対象になったのだから、内容自体は問題ないのである。ただ出演俳優の一人が薬物事件を起こした。それは問題には違いないが、キャストを変えて取り直せなどと芸文振側が言うことはおかしい。まさに映画「宮本から君へ」を見れば判ることだ。これを見れば、「不正義は見過ごせない」とあくまでも闘うメッセージを受け取るはずだ。「薬物乱用」と正反対のメッセージを。そして製作会社も、まさに「宮本」のように闘った。それは『「宮本から君へ」から君へ』へというメッセージである。今後の控訴審を支援していかなければならない。
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