尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

カポーティ『遠い声、遠い部屋』(村上春樹新訳)を読む

2023年12月27日 22時13分10秒 | 〃 (外国文学)
 村上春樹訳のトルーマン・カポーティ遠い声、遠い部屋』(Other Voices, Other Rooms、1948)が7月に出たので、何とか年内に読もうと思って取り組んだ。やはりなかなか難物だったけど、これは待望の新訳なのである。この小説を読むのは3回目で、中学生か高校生の時に河野一郎訳(新潮文庫)で最初に読んで非常に大きな刺激を受けた。だから何十年か経ってもう一回読み直したのだが、その時はどうも翻訳が古びたなと思って、これこそ村上春樹が新たに訳し直して欲しいなと思い続けていたのである。

 トルーマン・カポーティ(Truman Garcia Capote、1924~1984)は若くして認められ、日本でも大きな人気があった。『ティファニーで朝食を』や『冷血』が映画化されたこともあり、同時代のアメリカ作家の中でも早くから文庫に入っていた。僕もかなり読んだけど、特に長編デビュー作の『遠い声、遠い部屋』が一番好きだった。鮮烈な文体、少年の幻想、怪しげな登場人物が繰り広げる夢魔の世界。いわゆる「サザン・ゴシック」というアメリカ南部を舞台にした不気味なムードに魅せられてしまった。
(トルーマン・カポーティ)
 カポーティは23歳で『遠い声、遠い部屋』を発表した時、すでに短編『ミリアム』を書いて知られていた。そして初めての長編『遠い声、遠い部屋』を発表して、アメリカ文壇に「アンファン・テリブル」(恐るべき子ども)として名を馳せるに至った。この小説は自分を思わせる13歳の少年ジョエル・ハリソン・ノックスが、母が死んだ後で父の屋敷に引き取られるところから始まる。父の屋敷は「ヌーン・シティ」というバスも列車も通っていない小さな町から、さらに外れたところにある。少年が一人で行き着くまでが大仕事。そして、行き着いても父に会うことができない。

 その屋敷は火事にあって焼け残り、いとこランドルフと継母エイミーが住んでいる。またラバの馬車で彼を連れてきた昔から仕えてきた黒人ジーザス・フィーヴァー、その孫娘ミズーリもいる。近所にはおとなしいフローラベル、お転婆なアイダベルの双子姉妹がいて、これらの人々が少年の新しい世界となった。しかし、父に引き取られたはずなのに、父はいるのかいないのか、全く会わせて貰えない。そんな中で少年は謎の女性がいるのを見てしまうが、屋敷の人々はそんな人はいないと彼の言い分を否定する。父を見つけられない少年はミズーリの黒人文化に驚き、アイダベルと森の中を遊び回ったりする。
(原書)
 やがて判明する父の実情、ランドルフの人生、そしてアイダベルの家出に付き合って近くの町のカーニバルに行くクライマックスがやって来る。そこで小人症の女性と知り合い、観覧車に乗っていると大嵐が襲ってくる。こういうカーニバルの夢魔的世界は、レイ・ブラッドベリの小説や多くの映画なんかによく出てくる。その後、もっといろいろ接してしまったので改めて驚くこともないんだけど、初めて読んだときは多分こういう熱気と幻想にあてられてしまったんじゃないかと思う。病気になった少年は療養しながら、自分が少し大人になったことに気付く。結局「父の不在」と「自我の目覚め」がテーマなのである。

 カポーティはその後ニューヨークの社交界でもてはやされ、アルコールやドラッグでスポイルされてしまうことになる。多くの人に知られているように、カポーティの孤独と墜落の背景には同性愛があった。この『遠い声、遠い部屋』を最初に読んだとき、自分は全然そのことに気付かなかったが、今読み直すと明らかに作者はところどころに性的指向を密やかに書き込んでいる。当時のアメリカではそのことが物議を醸したというが、まだはっきりとは明言されていない。だが「サザン・ゴシック」の代表的な作品として、今もなお生き生きとした魅力を保っていると思った。
(原書、若き著者の写真が有名)
 村上春樹が最初に行った翻訳はスコット・フィッツジェラルド(1896~1940)だった。第一次大戦後の「失われた世代」を代表する作家だが、カポーティと同じように早熟な才能を酒とパーティーで費やしてしまい早死にした。その中で書かれた幾分感傷的な短編を集めた「ベスト・オブ・村上春樹訳フィッツジェラルド」とでも言うべき『フィッツジェラルド10』が中公文庫から刊行された。こっちを先に読んだんだけど、栄光と転落を描く物語が多い。ちょっと飽きてくる点もあるが、まずはじっくり人生を噛みしめる本だ。まあ僕はなんで村上春樹がフィッツジェラルドを大好きなのか、未だによく判らないんだけど。
 (スコット・フィッツジェラルドとゼルダ夫妻)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« フィンランド映画『枯れ葉』... | トップ | 「大川原化工機」国賠訴訟、... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

〃 (外国文学)」カテゴリの最新記事