尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「紫陽花(あじさい)通信」に改名します

2016年10月04日 22時37分42秒 | 自分の話&日記
 2011年2月のブログ開設以来、「尾形修一の教員免許更新制反対日記」として様々な記事を書いてきました。もともと、この名前、つまり「教員免許更新制を問う」というのは、5年ほどで変えようと思っていました。つまり、免許更新制がなかったとしても、「定年退職するべき年齢」に達したら、そこで「更新制反対」を僕が訴える意味も薄れるかなあと思っていたからです。

 そこで、このたび「尾形修一の紫陽花(あじさい)通信」という名前に改称することにしました。

 二つの候補がありました。前から、個人通信として「緑の五月通信」(ヴェルダ・マーヨ通信)という名前で発信してきました。一方、僕が何度か出した学級通信は、「紫陽花通信」という名前でした。このブログは、個人の思うこと、考えたことを書いているので、「個人通信」的な生活が強いでしょう。だけど、今回は「紫陽花通信」の方を使うことにしました。

 「緑の五月」と書いて「ヴェルダ・マーヨ」と読ませるのは、エスペラント語です。というか、この名前は戦前に日中戦争に反戦を貫いたエスぺランチスト、長谷川テルのペンネームでした。僕は5月生まれなので、そのこともあって、反戦、人権、大自然といった意味も込めて、「緑の五月通信」という名前で個人通信を作っていました。

 大学時代には「プリントゴッコ」で作った「ハガキ通信」(もう覚えている人はいないと思うけど)を作りました。もう「緑の五月通信」と言ったはずです。その後、長く書いた文章をコピーして綴じた文書通信を数号作って郵送したと思います。(足尾鉱毒事件と田中正造、「東アジア反日武装戦線」裁判などを書いた記憶があります。)2000年代になると、インターネットによる電子メール版「電送版・緑の五月通信」を400号近く出しました。(これは僕の周りでまだ記憶している方もいるかと思います。)

 そういう意味では、「緑の五月通信」という名前に愛着はあります。だけど、名前の由来を判る方から、僕がエスぺランチストだとか、長谷川テルの研究者だとか思われることもあります。そういうことは全くなく、そもそも大学時代に日本近現代史を学ぶものとして、たまたま付けてしまった(自分が5月生まれなので)という性格が強かった名前でした。ブログのデザインが、「緑の五月」的なので、そっちの方は今後も使うことにして、今回はその名前を使うことは止めることにしました。

 「紫陽花通信」の方は、僕が担任したクラスで学級通信を作るときには、いつもこの名前にしていたと思います。こっちの方は知る人ももっと少ないと思うので、この名前も残したいと思いました。僕は学級通信を毎日、毎週のように作った教員ではありません。忙しいときには無理せず、書きたいときだけ作るということで、創刊号しか出なかった年もあったかもしれません。でも、書くべきことがあるときには、家でも書いたことがありました。(ある時点からは、ワープロ、パソコンで作成したから、探せば残っていると思うけど、まあ今はそこまでする気もありません。)

 「紫陽花」(あじさい)というのは、奈良の「大倭紫陽花邑」(おおやまと・あじさいむら)から来ています。そこは、矢追日聖が戦後に開いた大倭教に基づく一種の共同体です。というか、というか、僕にとってはFIWC(フレンズ国際労働キャンプ)関西委員会が作った、ハンセン病回復者の泊まれる家「交流(むすび)の家」があるところです。韓国へのキャンプに行くときに、あるいは韓国から学生メンバーが来た時に何度も行ったところ。(新婚旅行でも行ってしまった馬鹿者でした。)

 「紫陽花」の意味を最初に知ったのは、僕の周り(の一部)に大きな影響を与えた、見田宗介さんの「気流の鳴る音」でした。紫陽花という花は、全体として大きな花のように見えますが、実は小さな花が一つずつ咲き、それが集まっています。このように、「個として咲き誇り」、同時に「全体として花となる」。これは「学級通信」にふさわしい名前でしょ。(別に独占するものでもないから、自由に使ってください。)だから、中学でも、高校でも、担任したクラスでは、この名前でお知らせを作りました。

 同書には「もち」と「おにぎり」というたとえもあったと思います。「もち」は完全に「元の米粒」がなくなり、全体として「もち」というものに変えられています。それは、日本社会の中で、個性を押し殺してしまう会社や学校のあり方と重なります。一方、「おにぎり」は、元の粒粒を残し、中に異質なものを抱え込んで存在しています。集団のあり方(われわれは、いかに時代が変わったとは言え、完全に一人で生きることはできないから、何らかの集団に関わることを避けられません)として、「もち」ではなく「おにぎり」のようでありたいと思います。

 単に学級通信の名前というだけでなく、昔のキャンプの思い出や日本社会への批判もこめて、「紫陽花通信」の名前にしたいと思います。(ワープロやパソコンだと、ルビをふれたけど、できなさそうだから「紫陽花(あじさい)」と一応書いておきます。)あじさいの絵柄も背景にできるけど、やってみたら不満が強いので、全体のデザインは前のまま。最初の名前も残します。映画評や政治論だけなら、匿名でもいいと思うけど、教育論などを書くときは、実名で書いて責任を明示したいと思っているので。それと昔の卒業生などが、検索しやすいように当面は実名を残しておくつもりです。
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3 コメント

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あじさいには (さすらい日乗)
2016-10-05 17:43:17
アジサイには、「色を変える」とのことで、旦那を取り換えるので、よろしくないとのことで、お妾さんは庭には植えないものだと本で読んだことがあります。
永井荷風の小説『あじさい』は、そこから来ているのだそうです。
尾形さんは、主義主張を変えない方だと思うので、逆にそれも悪くないと思います。
Unknown (kurashiki-keiko)
2019-04-23 14:15:01
「あじさい通信」は、私が毎月1回、20年来作っている家族新聞の名前です。創刊当時、子供たちは遊学で家族はばらばらでした。そこで「離れていても、あじさいの花のように家族は一つだよ」という意味をこめました。ブログもたした2005年から「あじさい通信・ブログ版」として開始しました。
こちらにも同じ名前があったので訪問しました。
コメントありがとうございます (ogata)
2019-04-26 21:20:04
 そういうこともあるのですね。

 ところで自分の場合は、「紫陽花通信」と書いています。それは本文に書いてあるように、元々の由来が「大倭紫陽花邑」(おおやまと・あじさいむら)にあるからです。奈良市にある自然神道に基づく「共同体」です。ホームページもあるようです。
 
 宗教ではあるんだけど、(僕は関係ないです)、まあ自然信仰みたいな感じだと思います。福祉施設なんかが集まっています。「紫陽花」って名付けられた場所があると言うことで、一応書いてみました。

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