尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

オフィス300『さるすべり』、渡辺えり・高畑淳子の「二人芝居」

2024年04月06日 22時17分28秒 | 演劇
 渡辺えりがやっている「オフィス3OO」(さんじゅうまる)の『さるすべり』という芝居を紀伊國屋ホールで見てきた。今日が初日で、15日まで。高畑淳子を迎えて、渡辺えりと姉妹役をやっている。チラシでは「新劇とアンダーグラウンド、歩んできた道の違う同い年の二人が奇跡のコラボ!」とうたっている。セリフがある役はこの二人だけで、一人芝居ならぬ「二人芝居」になっている。舞台は5時に始まって、6時半に終わってしまった。内容的には深刻なドラマも含むけれど、姉妹二人の葛藤というよりは、虚実入り交じるスケッチ風の芝居になっている。

 演劇というのは、普通入場したときには舞台の幕が閉まっている。開場のベルが鳴って幕が上がると、そこはドラマの世界になっている。それに対して今度の芝居では最初から最後まで一度も幕が下りない。最初から舞台が見えていて、大道具を直したりしている。初日だからバタバタしているのかと思うが、それなら幕を下ろしてやるはず。そして主演の二人も大道具や小道具を動かしている。そして、いつの間にかセリフも始まるのだが、姉役の高畑淳子は「ゴミの分別」をしていて、突然『八月の鯨』をやると言うから出たのに、何でゴミ処理なんかしなくちゃいけないのとか言い出す。そうすると、妹役兼作者の渡辺えりがアングラだから何でもアリなんだとか言い出す。そういう趣向が面白いのである。
(チラシ裏)
 『八月の鯨』は岩波ホールで姉妹で見たという。その時のベティ・デイヴィスとリリアン・ギッシュほどではないけれど、高畑淳子、渡辺えりも高齢になってきて、この劇ではもう認知症っぽい役作りになっている。しかし、そういうセリフがしっかり入っているんだから、現実の二人はまだまだ元気なんだろう。そういう設定で、テレビデオ(!)が壊れてニュースも見てないから、自分たちが何で「自粛」しているんだかも忘れている。妹は夫を置いて実家に戻ったまま、4年目らしい。姉は独身で昔の家に住んでいるけど、実は二人には「もう一人の家族」があったのである。その悲しい秘密も、ちょっと忘れてしまうぐらい老いてきたのである。
(渡辺えりと高畑淳子)
 舞台にはバンドネオンとコントラバスの「楽士」がいて、音を奏でている。またセリフが無いダンサーがいて、いろいろな過去の象徴のようである。戦争や学生運動、姉は闘争を経て築地場外市場で成功したりした。そして昔家にあった「さるすべり」の思い出が蘇ってくる。もっと若ければドラマティックになるところ、何だか忘れてしまう心境になってる。二人の女優の掛け合いが楽しいメタ演劇だが、やはりコロナ禍の「老い」を描いた作品である。テレビや商業演劇でもよく見る二人だが、この二人が舞台に立つだけで芝居が成立するのである。夜7時開始の公演はまだ余裕があるということで、紹介する次第。
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