尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「イン・ザ・ハイツ」、移民たちのミュージカル映画

2021年08月25日 21時12分00秒 |  〃  (新作外国映画)
 ミュージカル映画「イン・ザ・ハイツ」という映画が上映されている。どうしようかなあと思ったんだけど、これは見逃さなくて良かった。「面白くてためになる」というのがエンタメ映画の鉄則だが、この映画は面白さも抜群だが「ためになる度」が半端ない。アメリカにはラテン系の移民、特に「不法入国者」が多く、政治的にも大きな問題になっている。そのことは知識としては知っているけれど、この映画で判ったことが多い。彼らの暮らしぶり、町の様子、人々の夢と現実、そういうことが歌とダンスを通してストレートに心に響いてくる。

 もともとは2005年に初演されたミュージカルで、トニー賞で作品賞など4部門グラミー賞ミュージカル・アルバム賞を得た傑作だという。だから歌が素晴らしいのは言うまでもないが、何しろ躍動するカメラに映し出された群舞が圧倒的。こういうのはやはり大画面で見たい。2003年に起きた(と今調べた)ニューヨーク大停電が背景になっている。真夏の8月14日に起きた大惨事の前後、ニューヨークのワシントン・ハイツに住む若者たちの悩みと恋を歌い上げている。

 ワシントン・ハイツはマンハッタンの北部、ハーレム地区の北にあって、ドミニカ系のコミュニティになっている。名前は独立戦争時にワシントン砦が築かれたことから付けられたもので、ハドソン川にかかるジョージ・ワシントン・ブリッジでニュージャージー州と結ばれている。この橋は画面の奥によく映し出されている。映画に出てくるのは多くがドミニカ系だが、他にもキューバ系、プエルト・リコ系、メキシコ系などもいる。ラテン系ばかりで、映画内でもスペイン語が多く話されている。

 「コンビニ」を経営するウスナビが子どもたちに自分たちの来し方を語っている。ウスナビというのは、何だか変テコな名前だが、その由来が判ったとき、泣き笑いのようなエピソードが身に沁みる。映画では「コンビニ」と字幕が出たと思うが、むしろ「食料品店」、日本にも地方にはまだある小さな何でも屋のような店である。従弟のソニーと働きながら、ドミニカに帰って父の店を再興することを目指している。両親はすでになく、近所のアブエラが母親代わりになっている。近くにある美容院で働く幼なじみのヴァネッサが好きだけど、高嶺の花状態。そんな日々が続く暑い夏に、タクシー会社を経営するロザリオ夫妻の一人娘ニーナが故郷に帰ってきた。
(故郷に戻ったニーナ)
 ニーナは親の期待を一身に背負って、皆と遊ぶことも許されず勉強に精を出し、その甲斐あってスタンフォード大学に進学した。しかし「地域の誇り」だったニーナは、悩みを抱え、深い挫折感と共に帰ってきた。タクシー会社で働くベニーはニーナに恋しているが、ニーナには大学へ戻って欲しい。コミュニティへの愛着と脱出の思い、アメリカと故国の間で揺れ動く若者たちの恋のさや当てと悩みが、歌とダンスで感動的に描かれる。そして、大停電の中でアブエラが亡くなり、ウスナビはドミニカに帰ることを決意するが…。
(アメリカ版のチラシ)
 セットもあるが、かなりの部分をロケで撮影している(と思う。)街の臨場感が素晴らしい。配役は知名度はないけれど、実際のラテン系俳優が演じている。僕は必ず当事者が演じなければいけないとは思わないが、この映画の場合はそれが一番の効果になっている。監督にはジョン・M・チュウ(「クレイジー・リッチ」)が起用されている。中国系であることはあまり関係ないと思うが、初めてのミュージカルを無難に演出していると思った。

 この映画はミュージカルというジャンルで、移民がいかに差別され苦難の中を生き抜いてきたか。理不尽な思いと鬱屈を抱えてきたかを伝える。じゃあ、どうすればいいのか。声を挙げて闘っていくしかないんだと見る者を鼓舞するのである。それが歌とダンスの力なのである。これこそ大衆文化の意義じゃないだろうか。日本でも歌やダンスに惹かれる若い人々がたくさんいる。でもこういう歌やダンスを作るだろうか。この映画を世界の多くの若者たちに見て欲しいなと思った。
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