尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『春画先生』(塩田明彦監督)を見る

2023年11月24日 20時34分50秒 | 映画 (新作日本映画)
 退院後に初めて見に行った映画が塩田明彦監督の『春画先生』だった。なかなか良く出来ていて面白かったが、これはどうなのかと思う設定もある。「映倫審査で区分【R15+】として指定を受け、商業映画として全国公開される作品としては、日本映画史上初、無修正での浮世絵春画描写が実現した」とうたう映画で、映画内に多くの「春画」が出て来る。この映画は、江戸時代までの日本人は性に対しておおらかな感性を持っていたが、明治政府の欧化政策により「春画」が弾圧されるようになったという史観で成立している。まあ大まかな認識としては、それで正しいんじゃないかと思う。

 神保町の古い喫茶店で働いている春野弓子北香那)は、ある日勤務中に地震が起きて立ち止まってしまう。その時客が見ていた春画の本に気付くと、興味があるなら一度訪ねてきなさいと名刺を渡された。その客が「春画先生」と呼ばれる芳賀一郎内野聖陽)で、あの人はちょっと危ない人と同僚から警告された。それでも、ある日家を訪ねてみるとお屋敷町にある古い建物で、どうしようかと迷いつつも意を決して呼び出しベルを押した。そこで見せられた春画に魅せられ、いつの間にか「内弟子」となって週二日働くことに。和服でなければならないなどの「謎ルール」に従って新しい日々が始まる。
(口を覆って秘蔵春画を見る)
 「春画マニア」は多いらしく、そのような集まりを通して「春画とは何か」を語りながら、同時に芳賀の人生も明らかになっていく。そしてどうなるんだろうという時に、編集者として「春画大全」を完成させたい辻村俊介柄本佑)が現れて映画世界をかき回す。この柄本佑が非常に印象的で、こういう俗っぽく騒がしい役柄が似合っているのではないか。そして、もう一人ここに重要な登場人物が現れる。それは伝説に包まれた先生の亡き妻である。写真でしか登場しない亡妻に今も深く囚われた先生は、新たに登場した内弟子・弓子の好意に気付きながらも応えることが出来ない。
(監督と主演メンバー)
 ところが金沢で開かれた春画鑑賞会で思わぬ人物が登場する。亡妻の双子の姉(にして、亡妻より先に先生の恋人だった)藤村一葉安達祐実)である。一人二役というか、片方は死んでいて写真しか出て来ないが、アメリカに行ってしまったはずが突如日本に舞い戻ったのである。そして映画の世界を暴力的なまでにかき回し、弓子の嫉妬心を煽る。この辺で物語は「春画」を越えて「変態コメディ」化して暴走を繰り返すが、やがて負けん気の強い弓子の意思が先生を圧倒するのである。春画の講釈とともに、二人の女性に引き回される「春画先生」を鮮やかに描いて映画は終着点に至る。
(北香那)
 この映画を成功させたのは弓子役の北香那だろう。2017年以来テレビや映画に出ているようだが、僕は知らなかった。この映画では全力投球でチャレンジしている。ふとした表情が魅力的だが、弓子は単に若いだけではなく「過去」があった。先生に対する気持ちが当初は理解しにくい。内野聖陽と北香那は実年齢で29歳差があり、年齢差を越えさせたものが春画というのはちょっと無理がある。だが、柄本佑や安達祐実の登場で暴走コメディとなっていくことで、観客も弓子の思いを応援するようになっていくのである。その意味で敵役としての安達祐実の鮮やかな存在感にも注目。あっと驚くシーンがいくつもある。
(安達祐実)
 塩田明彦監督(1961~)は黒沢清監督に就きながら自主的に作った長編映画『月光の囁き』と『どこまでもいこう』が1999年に公開されて注目された。思えば『月光の囁き』も「異常性欲」を扱った青春映画だった。その後『害虫』や『カナリア』など独自の映画を作ってきた。後者はオウム真理教を思わせるカルト宗教にいた若者を描いている。『黄泉がえり』『どろろ』などのヒット作もある。近年では小松菜奈、門脇麦主演の『さよならくちびる』(2019)が素晴らしかった。こうしてみると青春を描くことが多く、昨年の『麻紀のいる世界』も期待したが今ひとつだった。

 今回は監督自身が原作・脚本にもクレジットされている。むしろこういう作風の作品を作りたかったのかと思う。ただし、編集者辻村と弓子の最初の出会いなどには問題もあると思う。「先生」も「辻村」も策謀をめぐらし過ぎで、弓子がそれを受け入れてしまうほど先生や春画に入れ込んでいるのが判らないのである。それでもコメディとして完結していくので、ラストの着地点も笑って見過ごせるか。「春画」というものを毛嫌いしてない限り面白く見られると思う。
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