尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

青山真治監督の「共喰い」

2013年09月24日 23時58分56秒 | 映画 (新作日本映画)
 田中慎弥の芥川賞受賞作「共喰い」を青山真治監督が映画化して公開中。映画「共喰い」は、ロカルノ映画祭でも受賞した力作だが、あまり大規模な公開になっていないので見てない人が多いだろう。しかし、非常に優れた出来なので、紹介しておきたい。映画を長く見ていると新作に厳しくなって、昔のレアものに関心を持ちがちなんだけど、重要な新作は紹介して行かないと。
 
 青山真治(1964~)という人は、「EUREKA」(ユリイカ)で2000年のカンヌ映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞するなど、日本の新しい映画監督の代表格で活躍してきた。その「EUREKA」を小説化して三島由紀夫賞を受賞、批評集も出しているし、映画音楽も手掛けている。北九州市の出身で、「サッド・ヴァケイション」など北九州を舞台にした映画も多い。この「共喰い」の原作は下関を舞台にしていて、映画でも一応下関の設定になっているが、撮影は主に北九州市で行われた。原作の川辺はとても印象的だが、ロケ地は新門司港の付近だということだ。「昭和63年」、つまり「昭和最後の夏休み」という設定だが、まさにその時代っぽい。

 ちょうど最近、「EUREKA」を見直す機会があったのだが、その映画は西鉄バスを乗っ取る犯罪事件に巻き込まれた運転手と乗客の姉妹を描いた作品である。ところが映画の公開直前に、実際に福岡県で西鉄バスを少年が乗っ取る事件が発生して、非常に驚いたものだ。その印象が強いのだが、今回見てみると、一番最初に乗客の少女役の宮崎あおい(デビュー作)が「大津波がやってくる」とつぶやく場面から始まっていた。「少年犯罪を描く」という「予見の映画」だった以上に、超長期にわたって「日本を予見する」映画になっていたことに改めて驚いた。

 今回の「共喰い」は、芥川賞受賞のベストセラーの映画化という難しい課題をほぼクリアーしたと思う。田中慎弥は、生まれた地に留まりながら「父と子」というテーマに挑み続けている作家である。しかし、様々な小説体験を基にした「作り物感」を僕は多少感じてしまうのである。「共喰い」もほぼ完成された短編小説になっているが、しかし「出来過ぎ」というか、設定に不自然さも感じられた。「セックスの最中に女を殴ってしまう父」とか、汚い川でする「ウナギ取り」、あるいは「神社でセックスする主人公の高校生カップル」など、まあ頭で作った感じではないか。いかにも「絵になる」設定だが、読んだときには実在感を得にくい感じもした。また「父の血」、女に暴力を振う習性が遺伝しているのではないかと恐れるというのも、それがテーマだとは言え過剰な気がして違和感がある。舞台となる独特な「川辺」の雰囲気も、中上健次の「路地」などに近い趣を感じる。

 僕に感じられた、そういう「非実在感」を映画ではクリアーできたか。若手俳優やベテラン俳優の存在感、ロケ地の存在感、名手荒井晴彦の脚本などを得て、僕は原作よりいいのではないかと思った。原作はかなり有名だし、文庫されている短編なので、ここであらすじは紹介しない。原作よりいいと言っても、設定は基本的に原作通りで、原作があって映画がある。しかし、小説中の人物設定に具体的な肉付けをして、実際に生きている人物にするというのが映画に求められた仕事である。特に主人公の母親役の田中裕子、いいのは判り切っているが、戦災で片腕がない魚屋という難役を見事に演じている。光石研の父親は、やはり何で女を殴るのか、僕にはいま一つ納得できない感じもあるが、まあ何となく納得させられてしまう。小説では身近でなかった人物たちが、ロケ地の風景の中で生きている。

 ラストが大きく違う。小説は「事件」の直後で大体終わるが、映画は後がある。小説では主人公カップルが警察に保護されるが、映画ではそれがない。原作でも面会のシーンが最後にあるが、映画ではそこで「昭和天皇の病気」が語られ、母親(田中裕子)に「あの人(天皇)より長く生きていたかった」と語らせている。その後主人公は、父のもとを逃げた愛人を訪ねる場面があり、昭和が終わるというナレーションが入る。このあたりは、脚本の荒井晴彦が原作に挑戦して読み込んだ場面だが、僕はその方が成功していると思った。映画は生の人物や風景が出てくるので、突然終わるより「その後」を語って終わる方が余韻が残る。また「昭和の終わり」という時代設定上、「天皇」を避けて通れないという勇気ある挑戦である。
 
 この映画に関しては、原作を読んでから映画を見た方がいいと思う。小説で描かれた場面が映像で語り直されてなるほどと言う場面もあるし、原作と違う場面は何故変えたんだろうと考える。そんなに長くない原作だし、両方を体験することで、昭和最後の都市の地方で起こった血と暴力のドラマがより理解可能になるだろう。原作者もうならせた映画化だというが、是非読んで、見て、比べる見方が面白いと思う。セックスや暴力の場面が原作にも映画にもある。というか、それが主題である。その描き方も、真正面から登場人物を描くというやり方で、不自然さは感じない。登場人物が理解できるかは別問題だけど。ともあれ、今年を代表する力作だと思う。好きになれない人も多いと思うが、取り組む価値のある作品。
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