尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『情熱の王国』『壁は語る』ーカルロス・サウラ最後の映画

2024年06月19日 21時45分32秒 |  〃  (新作外国映画)
 スペイン映画の巨匠カルロス・サウラは2023年2月に亡くなったが、遺作の『情熱の王国』(2021)、『壁は語る』(2022)が公開されている(渋谷・ユーロスペース)。未公開作品はたくさんあるので、昔に作られた映画なのかと思ったら最近の作品だった。91歳で亡くなったので、実に高齢になるまで元気に作り続けた人なのだ。『カルメン』(1983)で評価され、『血の婚礼』『恋は魔術師』の「フラメンコ3部作」で知られた。後に『フラメンコ』という映画も作ったけど、別にフラメンコ映画ばかり作った人ではない。様々なジャンルの映画を作り、各地の映画祭で受賞した巨匠である。

 『情熱の王国』はフラメンコじゃないけど、ダンスの映画ではある。それもメキシコでミュージカル製作過程をミュージカルにする三重構成の映画。若いダンサーをオーディションで選び、レッスンを繰り返していく。その間に登場人物を通して愛や暴力の世界を見つめる。メキシコはつい最近女性大統領が当選したが、社会には暴力の風潮が強く「マチズモ」(男性優位主義)が根強い。そのような社会に生きる若い世代の悩みも語られる。ダンスの世界と現実の世界を往還しながら、力強い劇世界を構成している。ダンスの練習を繰り返す中で、「現実」の力が作品内に浸蝕してくる。コンテンポラリーダンスの迫力が素晴らしい。2019年に撮影された時には監督は87歳だった。とてもそう思えない若々しい情熱に満ちた映画。第2都市グアダラハラで撮影された。

 『壁は語る』は全然違ってドキュメンタリー映画である。カルロス・サウラ自身がインタビュアーになって、芸術の起源を探る旅を続ける。具体的には幼い頃から接していたスペインのアルタミラ洞窟の壁画である。その他多くの遺跡や洞窟をめぐって、この絵はどうして描かれたかを専門家とともに追求していく。そこからさらに現代のグラフィック・アーティストを訪ね、壁に描く理由を問う。アニエス・ヴァルダの遺作『顔たち、ところどころ』(2017)を思い起こさせる映画だが、ヴァルダは現代を探るのに対し、サウラは過去と現代をつなぐアートの起源を探る。75分と短いが滋味がある。どっちも興味深い映画だ。
(カルロス・サウラ)
 こうしてカルロス・サウラ最後の2作品が日本で紹介されたのはうれしい。貴重な機会を逃さないように書いておく次第。サウラの融通無碍な作風をのぞかせる2本である。自分が前面に出て語る『壁は語る』も面白いと思うが、僕は特に『情熱の王国』がすごいと思った。同じスペイン語圏とはいえ、メキシコまで出掛けて映画を作る。それもミュージカルを作る過程をそのまま映像化することで、老若男女の苦悩を鮮やかにあぶり出す。若きダンサーたちが自分が選ばれたいとオーディションを頑張るシーンなど、実に若々しい演出に驚いてしまった。見事なものである。逝去が惜しまれる監督だった。

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