尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『オルガの翼』、ウクライナの体操少女と「マイダン革命」

2022年09月11日 20時58分34秒 |  〃  (新作外国映画)
 渋谷のユーロスペースで上映されている『オルガの翼』は、とても力強い作品で是非多くの人に見て欲しい映画だ。何故ならウクライナで2014年2月に起こった「マイダン革命」の同時代映像が大量に引用されているのである。「マイダン革命」とは親ロシア派のヤヌコヴィッチ大統領に対する抗議運動が広がって大統領が亡命した出来事である。もっともロシア側からは「アメリカに支援されたクーデター」だとされ、日本でもそういうことを主張している人が結構いる。果たして真相はどこにあるのだろうか。

 2013年秋のキーウ。15歳のオルガは体操選手で、ウクライナのナショナルチームに所属してオリンピックを目指す少女である。練習風景を見ていると、コーチを無視して自分が納得出来るまで練習を繰り返している。母が車で迎えに来るが、明日は来られないと言う。オルガは不満だが、母はジャーナリストで政治の腐敗を追及していて抜けられないと言う。市内では高層建築をあちこちで作っているが、市長に裏で金が流れているのだと説明する。と、言う時に突然車が突っ込んできて、母娘の乗った車はハンドルを取られてグルグル回り始める。要するに反政府系ジャーナリストは襲撃されたのである。

 次のシーンはスイスになる。ウクライナで母と暮らすのは危険だとして、オルガだけスイスに移住したのである。実は亡くなった父はスイス人で、あまり会ったことはないけれどスイスには親戚がいる。この際、国籍変更してスイスからヨーロッパ選手権に出ようかと思っているのである。しかし、言葉も通じないオルガが入って来ると、誰かがチームから抜けなくてはならない。そのことでギスギスする少女たちの世界。それもじっくり描きながら、段違い平行棒や跳馬に挑む選手たちを追い続ける。体操シーンもドキュメンタリーかと思う出来だが、そこにウクライナの映像が映し出される。
(母と連絡するオルガ)
 オルガは母とパソコンやスマホでつながっている。そしてウクライナのニュースを見続ける。そこで出てくる映像はすべて当時実際に広場に集結した民衆がスマホで撮影した映像だという。だから臨場感が半端ない。盛り上がる反大統領の動き、それに対抗して政権側の暴力が日増しに激しくなっていく。ついに広場の民衆に警察が襲いかかり、母も病院に運ばれたとニュースが報じる。病院に電話して病状を知ろうとするが、海外にいることを理解されず状態を教えてくれない。僕が見るところ、キーウで起ち上がった民衆は1989年5月の天安門広場に集まった人々を思い起こさせる。あれは「アメリカの陰謀」だったのか。他国の謀略でこれほど多くの人々が反政府運動に集結することなどあり得るだろうか。
(独立広場に集まった民衆)
 いよいよ欧州選手権が始まる。ウクライナで一番親しかったサーシャもやってくる。二人だけでおしゃべりに興じるが、そんなサーシャが跳馬の試技の時に、驚きの行動に出る。揺れる少女の心、アスリートの世界、現実のニュース映像…普通考えたらバラバラのピースになりそうなんだけど、それが上手に融合している。2021年のカンヌ映画祭でSACD賞を受賞した(この賞がどういう賞か不明だが。)ロシアの侵攻前に完成した映画だが、ウクライナ情勢を考えるための必見の作品にもなっている。
(オルガとサーシャ)
 この映画で一番重要なのは、俳優が実際に体操が出来ないといけないことだ。でも本当に五輪レベルだったら、映画に出ているヒマなんてない。オルガ役のアナスタシア・ブジャシキナは、2001年ルハンシクに生まれ、2016年欧州選手権(ベルン大会)団体11位入賞という選手だそうだ。その後、ナショナルチームの補欠要員だった2017年に監督から出演のオファーがあった。その時は体操がすべてだったけれど、新しい体験にチャレンジしたという。マイダン革命当時は13歳でよく判らなかったが、今ウクライナで起こっていることを世界に知って欲しいと言う。体操選手は皆経験者が演じて迫真の映像になっている。

 監督・脚本のエリ・グラップは1994年生まれのフランス人で、音楽を学んだ後で映画に転じた。ウクライナ人音楽家から話を聞いて心動かされて脚本を書き始めたという。体操競技の世界を描く映画は珍しいと思うが、「スポーツ」「ウクライナの政治情勢」をつなぎ合わせる「少女の世界」という視点がとてもうまく生かされている。初めて大舞台に挑むアスリートの孤独、祖国で傷つく母との絆。オルガの力強い眼差しが心に残る。マイダン革命の現地映像も貴重である。
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