尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

趣里がすごい、映画「生きてるだけで、愛」

2019年01月09日 18時26分34秒 | 映画 (新作日本映画)
 「生きてるだけで、愛」が公開されたときに、まあ見なくてもいいかなと思ったんだけど、評判を呼んでいるらしい。新宿武蔵野館で夜7時だけ上映されていたので、見ておこうと思った。主演の趣里(しゅり)が評判通りの大熱演で、有力な女優賞候補だと思う。現代社会の中で「こころを病む」若き女性を描いていて、テーマ的にも興味深かった。監督は関根光才(こうさい、1976~)という人で、広告映像で国際的に活躍しているという。これが長編劇映画デビュー作だが、同じ2018年秋に公開されたドキュメンタリー映画「太陽の塔」も関根監督だったとは気づかなかった。

 「生きてるだけで、愛」は本谷有希子の小説の映画化。僕は予告編を見たけど、なんか面倒くさい感じで敬遠してしまった。この「面倒くさい」はテーマが深淵とか、表現が難解という意味じゃない。要するに、趣里の設定が「面倒くさい」感じに見えたのである。本谷有希子の小説も、芥川賞受賞の「異類婚姻譚」はまだフツーな感じだが、「嵐のピクニック」とか「自分を好きになる方法」など、けっこう面倒。映画化された「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「乱暴と待機」も、なんか面倒な感じだった。予告編を見てると「こういう生徒って時々会ったかも」なんて思ってしまう。

 映画を見ると、趣里が演じる「寧子」(やすこ)は、実際に完全に面倒な女。飲み会で会った津奈木菅田将暉)に付いていって、一緒に住み始めた(らしい)。でも働いてもいないし、料理や掃除をするでもない。毎日津奈木がコンビニで何か食事を買ってきている。そもそも一日の大半を寝てる感じで、自分でも「うつ」だと言ってる。姉とは連絡を取ってるが、父とも疎遠らしい。そんな感じなのに津奈木にはよく突っかかるし、責め立てる。ここまで「うざったい」のも珍しい。

 津奈木の方もゴシップ雑誌でこき使われていて、二人の間にはほとんど会話も成立しない。そんなときに、津奈木の元カノという安堂(仲里依紗)が現れ、復縁したいから出てけという。金もないし無理というと、その話をしてるカフェバーでバイトしろと迫ってくる。この安堂は、寧子が「あんたの症状の方が重いかも」というトンデモ女だけど、そこから物語が動き始める。そして、「爆発」した寧子は路上で服を脱ぎ捨てて行き、そこで職場を首になった津奈木に出会う。寧子はあんたは私と別れられるが、私は私と別れられないんだと訴える。そして、何で津奈木は別れないのか。

 趣里の演技は素晴らしく生き生きしていて真実感がある。「生きてるだけで疲れる」、自分で自分を持て余す女性を見事に演じている。映像はシャープで、どこにも停滞はなく、ひたすら疾走してゆく。最後には感動してしまった。すべての人は何らかの生きづらさを抱えているとは思うけど、ここまで「見てるだけで辛い」人生は大変だなあと思う。趣里(1990~)は、水谷豊と伊藤蘭の娘だが、名字を名乗ってない。親の名で判断されたくないんだろう。実際、親を超える演技力である。
 (趣里)
 音楽は世武裕子(せぶひろこ、1983~)で、テーマ曲も印象的。シンガーソングライターだが、今年になって映画音楽をたくさん手掛けている。「リバーズ・エッジ」、「羊と鋼の森」、「君の膵臓が食べたい」(アニメ版)、「日日是好日」などすべてこの人だった。主題歌「1/5000」も素晴らしい。ちなみにその作詞を共作している御徒町凧(おかちまち・かいと)はよく森山直太朗の作詞共作もしている人で、「さくら」も書いてる。尾野真千子が主演した「真幸くあらば」という死刑囚を描く映画の監督もしていた。今度知ったけど、その御徒町凧が本谷有希子の夫でもある。

 それにしても寧子は一度ちゃんと病院に行くべきだと思う。冒頭、健康保険(国民保険と言ってるけど)がないと言ってる。本人の言うところでは多分双極性障害だと思うから、きちんとした服薬によってかなり改善するはずだ。(ただ、「ウォシュレットが怖い」など、統合失調症の疑いも捨てきれない。)多分国民年金も未払いだろうが、それだと精神疾患の診断が出ても、障害者年金が受給できない。そういうことも含めて、精神保健の知識を若い世代に伝える場が必要だなと思う。
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