尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ムダの効用ー世の中に「寄席」が必要なわけ

2021年05月06日 23時14分02秒 | 社会(世の中の出来事)
 映画「きみが死んだあとで」を見たら、長く予備校講師を勤めている山本義隆が「最近の学生は笑わなくなった」と言っていた。公立学校の教員は異動があるから、同じ学校にずっと勤めることがない。生徒の様子は学校ごと、地域ごとにずいぶん違いがあるから、僕はそんなことを思ったこともなかった。しかし、予備校というのは基本的に同じタイプの若者を相手にし続ける。

 そうして比べてみると、同じようなジョークでも昔は大笑いしたのに今はシーンとしているんだという。不思議に思って、面白くないのか聞いてみたという。そうすると、面白いと答える。じゃあ笑うもんだと思うが、「自分だけ笑ったら浮いてしまう」という「配慮」が優先するんだと。だから、そんな配慮に構わず大笑いするタイプがいる教室だと、他の者も笑い始めるんだという。

 そういう時代になっているのかと驚いてしまうが、そこで思い出したのが都内の4つの「定席寄席」が5月から休館してしまったことだ。「寄席」は「よせ」である。何でも読めない人がいるとかで、念のため「読みがな」付き。「定席」(じょうせき)はいつもやってる私営の演芸場のことで、新宿、上野、浅草、池袋にある。他に小さな演芸場もあるし、落語以外の漫才、浪曲、大衆演劇等の演芸場もある。「国立演芸場」もあるが、お国のやってるとこだから国には逆らえない。

 浅草演芸ホールは、緊急事態宣言を受けて以下のようなお知らせを掲載した。寄席定席は「社会生活に必要」として通常の営業を継続した。

4月23日に、政府による「緊急事態宣言」が発令されました。
これに合わせて、東京都からは演芸場に対して「無観客開催」の要請がありましたが、「社会生活の維持に必要なものを除く」という文言があり、大衆娯楽である「寄席」は、この「社会生活の維持に必要なもの」に該当するという判断から、4月25日以降も通常通り営業することといたしました。

 今、そのお知らせは見られない。代わって以下の休業のお知らせが載っている。

緊急事態宣言発出による、東京都から演芸場(寄席)に対する「無観客開催要請」は、我々の商売の性質上受け入れ困難として、有観客開催を継続してまいりました。本日改めて東京都より「休業要請」としての打診があり、東京寄席組合及び両協会で協議の結果、5月1日~11日の営業をやむなく休止させていただくことといたしました。
公演を楽しみにしていらしたお客様には大変申し訳なく、心よりお詫び申し上げます。
またこのような形で休館せざるを得なくなりましたこと誠に残念ですが、新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、ご理解賜りますようお願い申し上げます。

 両協会というのは、寄席に出る落語等の芸人が所属する落語協会落語芸術協会である。何でもよほどの「圧力」があったとか。具体的なことは判らないが、まあ予想されることだ。しかし、僕は「オカミ」というのは、なんとも「ヤボ」なもんだと思った。4つの定席寄席は合わせても入場人員は千人程度である。さらに入場者の上限を50%にしていた寄席が多い。「首都圏の人流を減らす」と言っても、寄席休業の与える効果はたいしたことはない。

 一方、首都圏では東京都しか緊急事態宣言が出ていないから、隣接する千葉県浦安市にある東京ディズニーリゾートでは入場者を上限5千人にして営業している。ディズニーリゾートは広いから、この人数では園内の「密」は減るだろう。でも首都圏全体の「人流」には寄席の10倍の影響を与える。プロ野球でも東京ドームや神宮は「無観客」を求められたが、他県の球場は開いている。5月1日の横浜球場には1万5千人が入った。5月4日の西武球場には1万3千人が入った。これでは首都圏全体の人流を抑えるといえるのか。

 まあ世の中にはそういうバカげたことが起きるのだ。これに対して、上野の鈴本演芸場と浅草の浅草演芸ホールは、5月3日に「無観客寄席」を開いて、YouTubeで無料配信している。(上野は31日まで、浅草は16日まで無料で鑑賞できる。なお、「芸人応援チケット」があって芸人を支援することができる。)僕は鈴本を夕食後に見ることにした。だから前半は見てないのだが、後半を見て感じるところが多かった。トリは柳家権太楼である。「笑点」に出ている人しか知らない人には判らないかもしれない。でも、今もっとも充実してる数人の大家の一人である。
(柳家権太楼)
 寄席には落語家だけではなく、曲芸や漫才、マジック、紙切り、三味線を弾いたりギター漫談などが出て来る。僕も若いときは有名な落語家ばかりが並ぶ「ホール落語」の方が好きだった。でも今は昔は「ムダ」に思ったようなユルい芸が大好きになった。だから権太楼の前に出て来る「紙切り」とか「粋曲」を楽しんで欲しいと思う。でもやはりトリの権太楼。「百年目」という大ネタで、40分を超える大熱演である。2時間36分ごろに始まって、3時間28分まである。
(鈴本演芸場無料配信のメンバー)
 それは以下のところで見られる。「鈴本演芸場チャンネル」。僕はこの噺に心打たれた。人間通の大旦那が語る「ムダの効用」。長丁場を語って最後に泣かせる。姫野カオルコ彼女は頭が悪いから」の終わり近く、530ページぐらいに出て来る大学教授の語ることにも通じる。「人の心が判る」とはどういうことか。高く伸びる木も下草の栄養あってのものだ。

 そう語る大旦那(演じる権太楼)の言葉を、「彼女は頭が悪いから」に出て来る登場人物たちに聞かせたい。「東大生が教えるムダのない24h」という本を書いた東大生(「彼女は頭が悪いから」の登場人物)に「ムダの大切さ」を聞かせたい。予備校で笑わなくなった生徒たちにも聞かせたい。みんなで笑うことの大切さを、多くの人に噛みしめて貰いたい。と思って、最近見た映画や読んだ本が権太楼の「百年目」と地下茎でつながった思いがした。
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