尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

熊井啓監督「忍ぶ川」を再見して

2018年09月14日 22時49分07秒 |  〃  (旧作日本映画)
 池袋の新文芸座でやってる加藤剛追悼特集で「忍ぶ川」と「子育てごっこ」を見た。今井正監督の「子育てごっご」は多分初めてだけど、熊井啓監督の「忍ぶ川」は1972年5月の公開時に上野東宝で見た。併映作品は庄司薫原作の「白鳥の歌なんか聞こえない」で、僕はそっちも見たかった。でもやっぱり目的は「忍ぶ川。ものすごく評判が高かったので、土曜日に高校の放課後に見に行ったのである。それから46年も経過したとは我ながらビックリだ。

 それ以来いつかまた見たいと思っていた。時々どこかで上映されていたが、いつも都合が悪いのである。熊井啓監督が亡くなった時の追悼特集でも見られなかった。今回は是非見たいと思っていたら、途中で電車が停まってしまった。何かそういうめぐりあわせの映画もあるもんで、今回もダメかと思ったら、何とか予告編上映中に座ることができた。ここで書く気はなかったんだけど、その完成度の高さに感銘を受けたので書いて置きたいと思った。この年のキネマ旬報ベストワン毎日映画コンクール映画大賞である。(なお「旅の重さ」がベストテン4位だった。)

 改めて思ったのは、技術スタッフ(撮影、美術、録音、照明等)の素晴らしさである。撮影(黒田清已)や美術(木村威夫)のすごさは、高校生にも深い印象を与えたが、今回見て録音(太田六敏)の素晴らしさに感銘を受けた。調べると、映画録音の大家で、その後も熊井啓監督の「サンダカン八番娼館 望郷」、増村保造監督の「大地の子守歌」「曽根崎心中」、村野鐵太郎監督の「月山」など、高い録音技術が今も思い起こされる70年代の名作を担当している。音楽の松村禎三は有名な現代音楽家で、高校生の耳にも新鮮だった。抒情的なギターの旋律が印象的。

 主演の栗原小巻(1945~)は異様なまでに美しい。俳優座の舞台が中心になって、80年代以降の映画、テレビの出演が少ない。俳優座も退団していて、最近は公の席で見ることもない。だから若い人は「コマキスト」という言葉まであったことを知らないだろう。(吉永小百合ファンは「サユリスト」だった。)僕には正統派美人すぎて、特にファンじゃなかった。(僕の世代だと、秋吉久美子やキャンディーズなどが身近だった。)「忍ぶ川」の名演、熱演は素晴らしいの一言。主人公ならずとも心奪われる。こんな人がいるかと思いつつ、是非ともいて欲しいものだと思う。毎日映コン女優賞は取ったけれど、キネ旬はなんと日活ロマンポルノの伊佐山ひろ子が受賞してしまった。

 僕は事前にキネマ旬報に掲載されたシナリオ(長谷部慶治、熊井啓)を読んで非常に感動した。映画より良かったぐらいだと思う。「忍ぶ川」はもちろん、三浦哲郎芥川賞受賞作(1960年下半期)の映画化である。50年代後半には石原慎太郎、開高健、大江健三郎などが登場していたわけだが、「忍ぶ川」は時代離れした苦学生の恋愛私小説だった。熊井啓は「帝銀事件 死刑囚」でデビューし、「日本列島」「黒部の太陽」「地の群れ」と作ってきた。どれも骨太の作品ばかりで、第5作に純愛小説を映画化したことには懸念の声も多かった。
 (三浦哲郎)
 映画を見ると、ナレーションを多用し、字幕も使っている。そこに「文学臭」があって、映画の流れを損なうように昔見た時は思った。カラー映画が中心になっていた時代に、美しいモノクロ映像も評判になったが、それも現代離れした古風な感触を与えた。名作だとは思ったけれど、「旅の重さ」や「白い指の戯れ」のような、まさに同時代を生きる青春映画の方が魅力的だったのである。

 三浦哲郎もその後発表する長編や短編の名作がまだ書かれてなかった。でも今見れば、「白夜を旅する人々」に集大成された「家族の悲劇」が「忍ぶ川」の本質だと判る。単なる純愛私小説じゃない。生きがたさを抱えた主人公二人の魂の再生の物語だ。熊井啓の資質と離れた作品なのではなく、「忍ぶ川」も「日本列島」のような暗い抒情をたたえた社会性を持っていた。映画で脇を固めた信欣三永田靖滝花久子岩崎加根子なども印象的だったが、長くなるからもう止める。

 具体的な筋を書いていないけど、原作が有名だから省略する。作者は青森県八戸出身で、映画でも「青森へ帰る」と言っているが、雪の駅は「西米沢」と見える。米沢市協力と出るので、ラストの結婚シーンは米沢でロケされたんだろう。また原作者は「てつお」と読むのが正しいが、映画内では親が「てつろう」と呼んでいる。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 問題は代用監獄-富田林署逃... | トップ | 青春映画の傑作「君の鳥はう... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

 〃  (旧作日本映画)」カテゴリの最新記事