尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

韓国映画「弁護人」

2016年12月10日 21時46分41秒 |  〃  (新作外国映画)
 なかなか見る機会が作れなかったんだけど、韓国映画「弁護人」をやっと見た。(東京では新宿のシネマ・カリテのみで上映していて、16日まで。)今年最高レベルの感動編で、いま大統領弾劾で揺れる韓国の「民主主義への思い」を理解するためにも必見の映画。

 ソン・ガンホ演じる弁護人は、高卒で苦労しながら司法試験に合格し(一年間裁判官をするが、すぐやめて)、プサンで弁護士を始めた。当初は不動産登記や税金専門で「金もうけ弁護士」と言われるが、あるきっかけから、国家保安法違反の冤罪事件を引き受け、拷問によって得た「自白」と徹底的に戦う人権派弁護士になっていく。そう、これはノ・ムヒョン(盧武鉉)元大統領をモデルにしている。

 映画の「つくり」としては、特にアート映画、あるいは社会派映画ではなくて、ウェルメイドな娯楽映画になっている。主人公ソン・ウンソクは、ことさらに「金もうけ」的な弁護士だったと強調されている。デモにも批判的である。高卒で苦労した主人公は、ソウル大学に入学しながらデモに行く学生が最初は理解できなかったのである。こうした映画では、大体同じような作り方をしている。アメリカ映画「評決」では、アル中の弁護士が医療過誤訴訟に出会って人生が変わっていく。最初から人格高潔な闘士だったら、ドラマとしては面白くないということだろう。(まあ、実際にノ・ムヒョンもそうだったのだが。)

 ところが、行きつけの大衆食堂の息子が捕えられ、2カ月も行方知れず。母親に頼まれ、なんとか息子に面会したところ、明らかに拷問の痕に気付く。そこから、彼は変わっていき、一歩も引かない。公安事件の裁判は、(裁判官はどうせ有罪にすることになっているので)量刑の取引しかないと忠告されながらも、彼は拷問の自白は無効だとし、拷問警官を証人喚問し、無罪を主張する。そして、ついに拷問現場にいたという証人も出てくるのだが…。

 韓国の民主化運動については、キム・ヨンサム(金泳三)が亡くなった時に少し書いた。もう30年ほど経つから、日本ではほとんど忘れられているのではないか。でも、自らの手で独裁権力と闘って自由を勝ち取った韓国民衆の姿は、世界に大きな影響を与えた。日本でも、韓国の政治犯救援運動は大きく取り上げられた。何らかの形で関わった人はたくさんいたはずだ。もう民主政治が当たり前になってしまい、ちょっと前まで韓国は軍事独裁政権で、日本がそれを支えていたことは忘れられている。

 ソン・ガンホは韓国を代表する演技派俳優だけど、この「弁護人」は実在の大統領をモデルにして、また弁護士として法廷に立つシーンもあるという難役である。でも、いつも通りと言えばそうなんだけど、圧倒的な存在感で演じ切っている。ソン・ガンホは、今まで「JSA]「殺人の追憶」「観相師」で3回大鐘賞男優賞を受けている。「弁護人」では青龍賞の主演男優賞を受けた。

 2014年に公開された「弁護人」は、韓国で1千万人が見たという。初監督のヤン・ウソクが脚本も書いている。(ユン・ヒュノと共同。)現代韓国理解のために必須の映画だと思う。けれど、まず第一には「本当の使命」に目覚めた男の鬼気迫る闘いを描いた映画。「人権派弁護士」という言葉が、むしろ揶揄の言葉として週刊誌などで使われる日本社会を撃つ映画でもある。
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