尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

神武天皇陵とは何か②-真の初代天皇は誰か

2016年12月19日 23時15分05秒 |  〃 (歴史・地理)
 神武天皇(じんむてんのう)は、紀元前660年に即位したとされる初代天皇である。「日本書紀」とか「古事記」などの史書にそう出ているわけだけど、もちろんこの年代は操作されたものである。紀元前660年といったら、弥生時代の初期(または縄文時代の末期)である。「クニ」(国)が成立していない段階に、天皇(王)が存在するわけがない。だから、この年代には何の根拠もない。

 年代は後から古く書き直されたものだが、神武天皇という人物そのものは実在したという考えは成り立つだろうか。(ちなみに、紀元前660年というのは、中国の辛酉革命説に合わせたというのが通説。)神武天皇、あるいは神武天皇「東征伝説」的なことを成し遂げた人物(邪馬台国東進説的な出来事があったとして)はいたのだという人がいないわけではない。でも、歴史学では「初から9代までの天皇はいなかった」というのが通説になっている。

 天皇の歴史を学問的に研究することは戦前には難しかった。でも、津田左右吉などの先覚的な研究者がいて、いろいろと研究されてきた。昔から注目されているのは、2代から9代の天皇には、ほとんど細かな事績が書かれていないということである。それを「闕史八代」(けっしはちだい=今は「欠史八代」とも書く)という。まるで日本書紀の作り手が、後世の人々に「これらの天皇は架空ですよ」と密かにメッセージを送っているかのようである。

 そして、それ以上に重要なのは、神武天皇の名前である。もちろん、「神武」というのも、「天皇」も後から付けたものである。今だってそうだけど、〇〇天皇というのは「諡号」(しごう=死後の贈り名)として付けられる。それ以外にさまざまな名前があって、古代には「和風諡号」などがいくつもある。「日本書紀」では神武の名の一つに「始馭天下之天皇はつくにしらすすめらみこと)」というのがある。初めて天下を治めた天皇という意味で、初代天皇にふさわしい名前である。

 ところが、第10代崇神天皇(すじんてんのう)も、後から付けられた漢字表記は違うものの、読み方も意味もまったく同じ「御肇國天皇」(はつくにしらすすめらみこと)という名前を持っているのである。「初めて天下を治めた」という天皇が二人いるのはおかしいではないか。そして、崇神天皇には非常に大きな古墳(全国16位)の崇神天皇陵が存在する。もっともそれが真に崇神天皇の墓なのかについては異論もある。でも、大古墳がある以上、誰か重要人物が葬られているわけである。

 その当時は「崇神天皇」という名もないし、葬られた人物も確かには判らないので、今はできるだけ地名で呼ぼうという風になっている。崇神天皇陵は「行燈山(あんどやま)古墳」と呼ばれる。(測り方によっては世界一とも言える「仁徳天皇陵」は「大山(だいせん)古墳」である。)行燈山古墳は、日本最古の大古墳である「箸墓古墳」にも近い。大神神社(おおみわじんじゃ)のある三輪にあることからも、行燈山古墳の被葬者が日本最古期の王権と深い関係があるのは間違いない。
(行燈山古墳)
 ということで、崇神天皇こそが真の初代天皇ではないかというのが、大体の学者の考えていることだと言える。この崇神天皇も120歳まで生きているなど、記紀の記述にはおかしな点が多いんだけど、それは「後から引きのばされた」と考えるわけである。とにかく、古墳が実在する以上、3世紀半ばから後半にかけてのころに、大和を中心にした王権が成立したことは間違いない。

 ということで、では皇太子一家が参拝した「神武天皇陵って何?」ということになる。実在しない伝説の天皇になんでお墓があるの? しかし、不思議なことに2代から9代も含めて、全部の天皇にお墓が決まっている。(「陵墓参考地」などというのまである。)神武天皇陵はどうして、大きな古墳ではないのか? 日本最初の天皇、そしてそれに続く天皇には大きな古墳があるべきではないのか。実際、10代以後の天皇陵とされているものは、いずれも巨大古墳である。そして、この問題にはなかなか興味深い歴史があるのである。ホントはそれを書くつもりだったけど、長くなったのでもう一回。

 今夏の参院選のあとで、この神武天皇に関して興味深いエピソードがあった。僕も直接見てたんだけど、テレビ東京で三原じゅん子(自民、神奈川選挙区から当選)に池上彰がインタビューしたところ、以下のように答えたのである。非常に驚くべき答えが返ってきたので、ビックリした。

Q.先ほどのVTRの中で、神武天皇以来の伝統を持った憲法を作らないといけないとおっしゃってましたね。どういう意味なんでしょうか。明治憲法の方が良かったということでしょうか?
A.全ての歴史を受け止めて、という意味であります。
Q.神武天皇は実在の人物だったという認識なんでしょうか?
A.そうですね。いろんなお考えがあるかもしれませんけど、私はそういう風に思ってもいいのではないかと思っています。
Q.あ、そうですか!学校の教科書でも神武天皇は神話の世界の人物で、実在していた天皇はその後だということになってますが?
A.神話の世界の話であったとしても、そうしたことも含めて、そういう考えであってもいいと思います。

 日本の「反知性主義」もここまで来ているのである。右派論客の言説を聞きかじって、まともな歴史書を読んだことがないんじゃないだろうか。リーダー層の「常識」が崩れているのは、世界のあちこちで見受けられることだと思うが、こんなところにも日本の劣化がうかがわれる。
コメント
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